米英の対イラク戦争を裁く世界の市民の動き
君島東彦 2003/09/25
もくじ
1.国際司法裁判所を使う
2.国際刑事裁判所を使う――ロンドン法廷
3.国際民衆法廷を開く――トルコのイニシアチブ、ラッセル財団の支援
(1)国際民衆法廷の必然性と必要性
(2)ジャカルタ平和会議
(3)ブリュッセル会議――ラッセル財団の支援
(4)アジア平和連合ジャパンの取り組み
(5)世界の動き――現段階
(6)日本の市民、法律家へ
(7)イラク国際民衆法廷に関心のある方へ
世界の広汎な民衆の抗議、そして多くの法律家、国際法研究者の「国際法違反である」という反対声明にもかかわらず、米英は「先制的自衛」「予防的武力行使」というレトリックで、イラクを攻撃し、占領している。
米英の対イラク戦争を国際法の観点から吟味し、その違法性を確認し、武力行使に伴う国際人道法違反=戦争犯罪処罰を追及する世界の市民の動きが、すでに戦争開始前からある。
ここでは、これら世界の市民の動きを整理しておきたい。この問題に関心を持たれる日本の市民、法律家の皆さんのご参考になれば、幸いである。
1.国際司法裁判所を使う
国際反核法律家協会(IALANA)は、米英がイラク攻撃の可能性を示唆していた2003年2月、「『予防的』武力行使に反対する法律家・法学者の国際アピール」を発表して、米英のイラク攻撃が国際法違反であることを明確に示した。米英によるイラク攻撃が開始される直前の3月14日、ロンドンで開催された理事会において(君島も出席した)、国際反核法律家協会は、「国際アピール」を基礎に、「先制的自衛」「予防的武力行使」は国際法違反であることを確認する勧告的意見を国際司法裁判所を引き出すプロジェクトを構想した。
国際司法裁判所は、国連諸機関の求めに応じて、特定の問題の国際法解釈について、勧告的意見を出すことができる。たとえば国連総会は、「『先制的自衛』ないし『予防的武力行使』は国際法上合法かどうか」という問題について、国際司法裁判所に勧告的意見を求めることができる。国連加盟国191カ国の過半数、96カ国の政府の賛成を集めることができれば、世界の市民は国連総会を動かすことができる(90年代には、核兵器の威嚇・使用の違法性について、世界の市民は非同盟諸国と連携して国連総会を動かした)。IALANAは、各国政府――とりわけ非同盟諸国政府――にこの構想を打診しているが、政府の反応は悪い。これに関連して、IALANA会長のウィラマントリー前国際司法裁判所判事が、最近、米英の対イラク戦争の違法性を明確に指摘する本「世界の終末か素晴らしい新世界か?」を緊急出版している。
2.国際刑事裁判所を使う――ロンドン法廷
戦争犯罪処罰については、ニュルンベルク裁判、東京裁判以来、ニュルンベルク原則を確認する国連総会決議(1950)、安保理決議によって設置された旧ユーゴ国際刑事裁判所およびルワンダ国際刑事裁判所における経験を経て、わたしたちは2002年7月1日に活動を開始した国際刑事裁判所を使うことができる。活動開始以来66カ国から約500件の告発が検察官に寄せられているという。
米英のイラク攻撃についても、戦争犯罪処罰を追及する動きがある。「公益法律家」という英国の法律家NGOの主催で、イラク攻撃において英国軍およびオーストラリア軍が国際人道法違反、戦争犯罪を犯していないかどうかについて、5人の法律家が検討する会議が、来る11月8日にロンドンで予定されている(米国は国際刑事裁判所規程の締約国ではないので、米国の軍人を訴追することはできない)。この会議の準備には、国際反核法律家協会の会員のフィル・シャイナーがかかわっている。このロンドン会議で――「ロンドン法廷」と呼ばれている――戦争犯罪が犯されたと認識する充分な証拠が示されれば、国際刑事裁判所の検察官に正式に告発される。
国際反核法律家協会(IALANA)は、理事のジョー・ラウをIALANA代表としてロンドン法廷に派遣する。このロンドン法廷の結果を待って、IALANAは次の行動を考える予定である。
3.国際民衆法廷を開く――トルコのイニシアチブ、ラッセル財団の支援
(1)国際民衆法廷の必然性と必要性
ニュルンベルク裁判から国際刑事裁判所に至る流れには、確かに一定の大きな前進があるが、同時に大きな限界もある。それは戦争犯罪処罰の一貫性、普遍性(不偏性)に問題があり、大国支配の枠内でのみ戦争犯罪が処罰される――敗戦国、中小国の戦争犯罪のみが処罰されてきた――ということである。大国、とりわけ安保理常任理事国は、国際法の支配を逃れることが少なくない。
国際司法裁判所および国際刑事裁判所を使おうとする法律家NGOの試みは有意義なものであるが、それがいまの国際秩序=大国支配の制約を受けることは覚悟する必要がある。また、国家に優位する権威、機関を持たない現在の国際秩序からして、国家に国際人道法――武力紛争の法的規制――を遵守させることは容易ではない。国際人道法違反を監視するものとして、市民社会、NGOの役割は極めて重要なものとなるだろう。
これらの理由から、国際司法裁判所、国際刑事裁判所を使えるかどうかにかわらず――使えないならなおさら――米英の対イラク武力行使の違法性、国際人道法違反=戦争犯罪を裁く国際民衆法廷を開く必然性と必要性があるだろう。
(2)ジャカルタ平和会議――トルコのイニシアチブ
ブッシュ大統領がイラクにおける主要な戦闘の終結を宣言してから17日後の、5月19日から3日間、ジャカルタで「イラクとグローバル平和運動――次は何か?」という国際平和会議が開催された。この会議は、ウォールデン・ベローが代表をつとめるバンコクのNGO、フォーカス・オン・ザ・グローバル・サウスが開催を呼びかけ、主催したものだった。世界26カ国から参加者があり、イラク戦争後、世界の平和運動が集まって議論をする最初の機会となった。参加者には、アジア全体をカバーする平和団体のネットワークである「アジア平和連合」、ロンドンで歴史的デモを組織した英国の「戦争阻止連合」、米国で最大の反戦連合「平和と正義のための連合」、トルコで反戦行動の中心となった「イスタンブール反戦連合」などの代表が含まれていた。日本からはピープルズ・プラン研究所およびアジア平和連合ジャパンの武藤一羊氏が参加した。
ジャカルタ平和会議では、世界の現状分析と世界の平和運動のこれからの課題、方向性について活発な議論がなされた。最後に「ジャカルタ平和合意」がまとめられ、今後の行動の提案がなされた。その重要なひとつが、米英の対イラク戦争を裁く国際民衆法廷の提案である。提案の中心になったのは、今回、反戦運動の高揚と力を示し、米軍の領域内通過を阻止したトルコの平和運動「イスタンブール反戦連合」だった。この提案に対しては、メキシコ、ブラジル、南アフリカ、そして日本の武藤氏などからも賛意とコメントが寄せられ、この国際民衆法廷の提案は「ジャカルタ平和合意」のひとつの目玉となった。このような経緯から、現在イスタンブールに「国際戦犯法廷調整グループ」がある。
ジャカルタ会議の提案でもうひとつ重要なのは、イラク占領監視センターの設立である。これも フォーカス・オン・ザ・グローバル・サウス等の提案で立ち上げられた。また付言すると、いまのイラクでは、非暴力的介入NGOのひとつ、クリスチャン・ピースメーカー・チームズ――非武装の多国籍の市民のチーム――が活動している。
(3)ブリュッセル会議――バートランド・ラッセル平和財団の支援
6月26-27日、ブリュッセルで、「平和と人権のためのヨーロッパ・ネットワーク会議」がバートランド・ラッセル平和財団の主催で開催された。この会議においても、米英の対イラク戦争を裁く国際民衆法廷の構想について議論された。このブリュッセル会議で、国際民衆法廷のある程度の方向性が出てきた。簡単にまとめると次のようになる。
・予審(公聴会)を数カ国で行ない、最終的にイスタンブールで国際法廷を行なう。
・イスタンブール・グループは、法廷の準備プロセスの調整を行なう。法廷に関する情報はイスタンブールに集められ、ここから関係者に発信される。
・予審は2004年3月20日に、できればニューヨークで、始められ、イスタンブール法廷は2004年5月1日に始められる。
・ブリュッセルと広島はすでに予審(公聴会)の開催を申し出ている。
・バートランド・ラッセル平和財団はこのイニシアチブへの支援を公に表明し、財団の支援者たちにも協力支援を要請している。
(4)アジア平和連合ジャパンの取り組み
アジア平和連合ジャパンは、武藤氏のジャカルタ会議参加報告をうけて、イラク国際民衆法廷プロジェクトに取り組むタスクフォースを立ち上げた(7月13日)。君島は7月20日に開催されたバウネット・ジャパン総会でもイラク法廷の動きについて発言した。
8月12日、ジャカルタ会議を準備、主催したフォーカス・オン・ザ・グローバル・サウスのスタッフ、ハーバート・ドセナ(およびフィリピンの反核法律家、コラソン・ファブロス)が来日した機会をとらえて、彼らとアジア平和連合ジャパンとの話し合いの場を持った。そこで、女性国際戦犯法廷を実現したバウネット・ジャパンの経験、そこから得られる示唆などについて話し合った。また、イラク国際民衆法廷プロジェクトに対するアジア平和連合ジャパンの意見書を提出することを約束した。
現在、バウネット・ジャパンの協力も得て、女性国際戦犯法廷の経験から得られるイラク国際民衆法廷プロジェクトへの提案をまとめた意見書がほぼ完成しており、後述のメーリングリストを通じてイラク法廷にかかわっている世界の諸団体に送られる予定である。
(5)世界の動き――現段階
前述のハーバート・ドセナが管理人になって、イラク国際民衆法廷を準備するための世界的なメーリングリストが8月下旬に立ち上げられ、さまざまな議論がなされている。
現在、トルコのグループが事務局をつとめて、イラク国際民衆法廷プロジェクトに参加する団体を世界的に募り、拡大している段階である。このプロジェクトは広く開かれたものであり、参加団体が日々増えている状況である。世界のさまざまな平和団体がこのプロジェクトに参加しており、このプロジェクトは現在の世界の平和運動の非常に重要な側面といっても過言ではない。
米国の国際法学者リチャード・フォークもこの民衆法廷プロジェクトにかかわっているが、フォークの紹介で、国際反核法律家協会(IALANA)前会長のピーター・ワイスへも参加の要請がなされている。IALANAとしては、いまのところ民衆法廷プロジェクトには関与していない。また、国際民主法律家協会(IADL)の法律家は、個人的に民衆法廷プロジェクトにかかわっている。
6月下旬のブリュッセル会議で、民衆法廷の概要について、一応の合意はできたとされているけれども、ブリュッセル会議以降に参加団体が次々と増えていることを考えると、法廷のかたちについては、まだ流動的といいうるであろう。アジア平和連合ジャパンとしても、独自の提案がある。
来る10月27日から29日まで、法廷の方向性を確定させる準備会儀がトルコ・グループを幹事としてイスタンブールで開催される。この会議において、法廷の方向性が決まると思われる。
また、これから開催されるさまざまなNGO、社会運動の会議の場で――たとえば、11月にパリで開催されるヨーロッパ社会フォーラムで――、イラク法廷プロジェクトについて議論が続けられ、深められる見込みである。2004年1月にインドのムンバイで開催される世界社会フォーラムでは、特に「反戦集会」が企画されており、そこでも議題になると思われる。
(6)日本の市民、法律家へ
わたしたちは、米英による対イラク戦争の違法性、米英の武力行使に伴う国際人道法違反=戦争犯罪を、曖昧なままに放置しておくことはできない。20世紀を通じて、わたしたちが獲得した現代国際法の達成――武力行使禁止原則、国際人道法、戦争犯罪処罰など――を後退させるわけにはいかない。イラク国際民衆法廷は、わたしたちにとって、非常に重要なプロジェクトである。日本の市民、法律家は、この世界的な運動に合流し、日本およびアジアの市民の達成=女性国際戦犯法廷の成果を活かしつつ、イラク国際民衆法廷をよりよいものにするために、積極的な役割を果たすことが求められていると思う。
(7)イラク国際民衆法廷に関心のある方へ
最後に、イラク国際民衆法廷に関心のある方に参考になる情報を記しておきます。
・トルコの事務局の連絡先
Coordinating Group for Independent International War Crimes Tribunal
Gazeteci Erol Dernek Sok. No. 11 Hanif Han 4/5,
80072 Beyoglu ミ Istanbul - Turkey
Phone: +90 532 721 0491 or +90 212 292 9765
Fax: +90 212 244 7370
Contact: ayseberktay@superonline.com
・メーリングリストへ加入希望の方は、次のアドレスへ英語でご連絡ください(誰でも加入できます)。Herbert Docena が管理人です。
herbert@focusphilippines.org
メーリングリストに関する情報
http://lists.riseup.net/www/info/iraq-tribunal
・参考になるウェブサイト
バートランド・ラッセル平和財団
http://www.russfound.org/
11月の「ロンドン法廷」を主催する団体「公益法律家」Public Interest Lawyers
http://www.publicinterestlawyers.co.uk/
国際反核法律家協会のメンバー団体、米国の核政策法律家委員会
http://www.lcnp.org/
イラク占領監視センター
http://www.occupationwatch.org/
(以上、2003年9月25日)