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障害を持つ当事者が希望し、自信が持てる就労のかたちについての一考察
―障害者就労に関する雑誌記事と当事者へのインタビュー調査の分析を手がかりにして―

平成15年度 東洋大学大学院社会学研究科 福祉社会システム専攻・修士論文
田島明子(3570990019)



[目次]

まえがき
 1 問題意識と研究の目的 ……………………………………………………  1
 2 論文の構成と各章の要旨 …………………………………………………  2
第1章 障害者が働くということ
 第1節《障害》とは ― 《障害》をめぐる理論状況 ― 
  1 障害構造 国際障害分類 …………………………………………  6
  2 《障害》のイメージと《障害》に対する態度 ………………… 10
  3 《障害受容》ということばの意味を考える …………………… 13
 第2節《働くこと》とは ― 《働くこと》をめぐる理論状況 ―
  1 働くことに関連することば ……………………………………… 18
  2 職業の3つの意義 ………………………………………………… 19
  3 わが国における働く価値の類型化 ……………………………… 20
  4 業績原理・能力主義 ……………………………………………… 21
  5 労働・雇用における差別 ………………………………………… 23
 第3節《障害者》が《働く》ということをめぐる歴史と現状
  1 障害者の就労状況 ………………………………………………… 24
  2 障害者就労支援の状況 …………………………………………… 32
  3 障害者の職業選択 ………………………………………………… 39
  4 障害者の就労形態 ………………………………………………… 50
  5 《障害者》が《働く》ということ ……………………………… 59
第2章 当事者視点による障害者就労の課題
  ―当事者に定位した障害者就労関連記事のKJ法による分析―
 第1節  研究の概要
  1 問題所在・研究意義 ……………………………………………… 62
  2 先行調査・研究 …………………………………………………… 63
  3 対象 ………………………………………………………………… 68
  4 研究方法 …………………………………………………………… 68
 第2節 結果と考察
  1 希望する就労のかたち …………………………………………… 69
  2 健常者との関係において望むこと ……………………………… 79
  3 障害者が行っていくこと ………………………………………… 81
 第3節 まとめ ……………………………………………………………… 83
第3章 障害者が就労に見いだす意義
  ―障害を持つ当事者へのインタビュー調査―
 第1節 研究の概要
  1 研究の概要 ………………………………………………………… 84
  2 対象者 ……………………………………………………………… 84
  3 研究の方法 ………………………………………………………… 85
 第2節 結 果 ― ケース・スタディ・リポート ―
【事例1】 ………………………………………………………………… 88
小さい頃から絵を描くことが好き、中学校時代の夢は絵本作家になることだった。重い障害を抱えながらもその夢を実現、これからも絵本を描き続け、より多くの人に自分の描いた絵本を見てもらいたい、と語る女性 
【事例2】 ………………………………………………………………… 97
高校時代、部活動中の事故で重い障害を持つ。今は中学時代から好きだったパソコンで在宅就労をしており自信にもなったが、正式な雇用ではないため先々の不安があるという男性
【事例3】 …………………………………………………………………108
理学療法士は状況判断を要求される仕事であり、視覚障害を持つ自分には限界があると感じている。これからは、今までの就労経験や資格を生かしながら、自分にしかできないオリジナリティのある働き方をしたいと考えている女性
【事例4】 …………………………………………………………………114
福祉を知ることは自分を知ることになる、自分以外の障害を持つ人たちの役に立ちたい、と福祉系の大学に進み、現在は新人相談員として介護老人福祉施設で働く男性
【事例5】 …………………………………………………………………122
授産施設であるが工賃も高く、企業に近い職場環境のなかで、職務技術を向上させ、給料をもっとたくさん貰えるようになりたいと語る女性
【事例6】 …………………………………………………………………127
働き続けられることが希望。T授産施設で印刷の仕事に携わり31年。これからは、印刷工程全体の流れを管理する仕事をやりたい、と語る49歳の男性   
【事例7】 …………………………………………………………………133
作業所での様々な活動経験に満足し、自分を肯定できたり、有力感を感じている女性
【事例8】 …………………………………………………………………138
前向きにやりたいことをがんばり、内面から輝ける自分になりたいが、現状は、やりたいことを探さなければと想いつつふわふわした毎日を過ごす日々、と語る20歳の女性
【事例9】 …………………………………………………………………145
障害者の自分に自信がないが、プロレスラーの自分だったら、必要とされ、見てくれる人がいる。いい試合をして仲間に誉められたい、もっと強くなりたい、とトレーニングの道場の通う男性
【事例10】 ………………………………………………………………150
プロレスが好き。だから、身体が動く限りやりたい、もういいよって言われない限りは続けたい、51歳、男性
【事例11】 ………………………………………………………………155
 プロレスをすることで「社会という川に障害者と健常者の見えない橋をかけたい」、自分のプロレスで人に感動を与えられたことが一番の思い出と語る男性 
【事例12】 ………………………………………………………………160
養護学校時代のピアな関係と普通高校におけるピアじゃない関係の経験が、現在のピアカウンセラーという仕事につながった。「障害を持つ人と持たない人をつなげたい」という想いを胸にCILの活動を行う女性
【事例13】 ………………………………………………………………167
障害者と健常者が近づく方法、それは、障害者だけでなく健常者も自分に向き合い、自分らしさに気づくことではないかと語る、ピアカウンセラー男性
【事例14】 ………………………………………………………………178
   5年間、ピアカンセラーとして障害者の自立支援と行ってきた職場を辞め、誰もが住みやすい街作りを目指して新たな一歩を踏み出そうとしている女性 
 第3節 事例のまとめ ………………………………………………………183
 第4節 考 察 ………………………………………………………………196
第4章 障害を持つ当事者が就労に見いだす意義と「障害者と健常者の支え合い」の関係
 1 「職業的な意義を見いだすこと」の「障害者と健常者の関係」……202
 2 「健常者に近づくこと」の「障害者と健常者の関係」………………206
 3 「障害者レッテルや否定された経験を越えて自己の価値を上げること」の「障害者と健常者の関係」………………………209

さいごに
謝 辞

〔注〕 ………………………………………………………………………………216
参考文献 ……………………………………………………………………………223
資 料 ………………………………………………………………………………@〜liv



 
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まえがき

1 問題意識と研究の目的
  筆者は、約10年程前に作業療法士の養成校を卒業し、障害者の生活支援のために施設に勤務した。そこでは、主として、肢体不自由者に対して、身体の機能から見て、車いすや電動車いすなどの補装具を交付することや授産施設や療護施設に入所したり通所したりすることが妥当かどうか判定を行うという業務を行ってきた。
  そうしたなかで、障害を持つ人への支援のあり方が、当事者の希望に沿ったものではなく、むしろ社会の側が用意した受け皿に当事者一人ひとりを当て嵌めているようにしか感じられず、ジレンマとともに強い疑問を抱くようになった。特に仕事を得るということについては、障害者は、健常者が職業を選んだりそこから自分なりの意義を見いだしたりするのとは明らかに異なる経験をしていると感じた。例えば、健常者の多くが仕事に対して自分自身の希望や願いを思い描くのに対して、障害者は、どんな職種でもいいから働きたいと思ってもその願いが叶わず、授産施設や共同作業所などの福祉的就労の場で働いたり、そうした場が得られなかったりすることさえあった。また、福祉的就労の場における仕事内容の多くは、流れ作業の一端を担うような単純な手仕事である。人は働くなかで、自己を表現したり自己の可能性を追求したりし、生きがいや充実感を感じる。流れ作業の一端を担うような単純な手仕事に、生きがいや充実感を感じられるのだろうか。筆者の率直な想いであった。
  そうした想いをもとに、東洋大学4年時には、ゼミ論において、知的障害を持つわが子と共に働ける場を作ろうとパン屋を開店した父親を取材し、障害者就労の問題の一端を追求した。その父親は、作業所の仕事内容に抵抗感があった。わが子には、流れ作業の一工程を担うような作業ではなく、自分が誰の役に立っているかがわかり、仕事の喜びを感じられるような仕事をさせたいと考え、お子さんが中学生のときに、パン作りを1から学び始め、卒業と同時にパン屋を開店したのだった。パン屋を開店するまでには周囲の大きな反対もあった。うまくは行かないだろうと思われたのだ。様々な困難を乗り越えたうえでの夢の実現であった。逆に言えば、多くの障害者にとっては上述のような就労のかたちが現実なのだと言える。
  筆者は、このような障害者就労の現実は、障害者自身にとって、自分を否定したり、力がないと感じたりする体験になってしまっているのではないかと思った。なぜなら、労働の価値が低く見積もられて健常者一般の労働の場から疎外されたり、隔離・保護的な就労の場が用意されたりする状況を障害者自身が選ぶということは、障害を否定的に捉える社会の価値観を障害者自身が受け入れ、障害のある自己を社会的に価値のないものと規定し、自分を無力化する作業に他ならないのではないかと思われたからだ。また、一般就労が目標として設定されたとして、それが成就され難い現状において、挫折やさらに深い自己否定を内在させているのではないか、また、仮にそれが成就したとしても、今度は健常者相手の競争社会であり、能力を武器にしのぎを削る社会であるから障害が不利に働くことは当然であり、結局は成功したかに見えた後にも自己否定や無力感を感じざるを得ないのではないかと思われたのだ。
  障害者就労の領域は、これまで雇用機会を増やすことの重要性に力点が置かれてきた感があり、当事者の気持ちに着目した研究は意外になされていない。本来なら、働くということは、その人が社会的存在としての自己の可能性を模索する、挑戦的で創造的な行為のはずである。しかしそのような視点が欠落した支援では、自己との繋がりを欠いた挑戦的でも創造的でもない仕事内容であったり、障害があるために他者・自己評価が得られず、自己否定感や無力感を募らせたりすることに鈍感になってしまう危険があるし、事実、これまで、そのようなことにはあまり着目がされてこなかったのである。
  筆者は、こうした問題意識から、今後の障害者就労支援のあり方を探るために、障害を持つ当事者が、就労に何を望み、何があれば自信を持てるのかを考え、その実現のための方途を探ることが必要なのではないかと考えた。

2 論文の構成と各章の要旨
  第1章では、「障害者が働くということ」について先行文献や統計資料などをもとに、その理論や歴史、現状を整理した。第1節では《障害》をめぐる理論状況を整理し、人々が《障害》に対して示す感情や態度、それが障害者の気持ちや人生・生活に与える影響について述べた。第2節では《働く》ことをめぐる理論状況を整理し、なぜ人は《働く》のか、さらに、その行為に「能力主義」や「差別」がどのように関係してくるのかについて述べた。第3節では、就労状況、就労支援、職業選択、就労形態から障害者就労の歴史と現状を整理した。その結果、法制度や支援のあり方は改善されてきたものの、依然、在宅障害者の2〜3割程度しか就労できておらず、障害者の多くは就労の機会から疎外されたり、就労したとしても興味や関心から職業を選択していなかったり、また、健常者の職場から追いやられた障害者の多くは福祉的就労と呼ばれる隔離・保護的な場で、簡易な作業をし、小遣い程度の工賃を得ている状況に大きな変化は見られないことがわかった。以上から、障害者の就労をめぐる問題の核心は「健常者本位」にあり、そのため、当事者は就労から自分なりの意義を見いだしたりそれを達成できたりせず「自己を否定したり力がないと感じている」のではないかと仮説を立てた。
  第2章では、こうした現状を当事者自身がどのように受け止め、どのように変えたいかを整理した先行調査・研究がほとんどないことを踏まえ、当事者自身が考える問題点と改善点を明らかにすることを試みた。対象と方法:障害者運動体の機関誌、創刊(1979年)から64号(2000年)まで対象とし、障害者就労に関する記事を抜粋、さらにその記事のなかから「障害者就労に関して、どのように受けとめ、何のために、どのように変えたい、あるいは変えたか」について述べられている文章をカード化し、それらカードをKJ法の手順に従って分析した。なお、本雑誌を対象とした理由は、@当事者に定位している、A当事者が主体的な関わりを持っている、B社会の動きや差別にしっかりと向き合っている、C誰もが対等で共にある社会を目指していること、である。結果:カードは237枚作成され、それらは、1)「希望する就労のかたち」(81枚、34.2%)、2)「健常者との関係において望むこと」(84枚、35.4%)、3)「障害者が行っていくこと」(83枚、35.0%)、の3つに大分類された。それらから、当事者自身は、障害者を拒否したり、働かせてあげる対象としたりする企業の態度や意識、そして、現在の社会構造が、障害者が必要悪として隔離され、障害者支援と言いながら健常者に予算や就労場所が用意される「健全者福祉」社会であることに問題を感じていることがわかった。また、改善点は、従来の働き方である一般就労や福祉的就労に加えて「障害があるからこそできる就労」をしたいこと、健常者との関係において「支え合い」を望んでおり、具体的には「不当に扱われない・評価されない」「働く仲間として対等である」「障害に合わせた就労のかたち」であることが明らかになった。
  第3章では、当事者が就労に何を求め、何があることが自己肯定につながり、力を得ていくことができるのかを調べるために14名の障害者にインタビュー調査を実施した。対象者は、第2章より、一般就労者と福祉的就労者に加え、「障害があるからこそできる就労」をしている人を捜した。「障害があるからこそできる就労」については多様な職種を探したが少数であったため、やむを得ず無収入の活動まで対象を拡げた。残念ながらすべての依頼者に協力を得ることはできなかったが、以下の人たちには協力を得られた。なお「障害があるからこそできる就労」をしている人を「新しい働き方モデル」とした。対象と方法:一般就労者4名、福祉的就労者(授産施設2名、小規模作業所2名)4名、新しい働き方モデルとして障害者プロレスラー3名、ピアカウンセラー3名、計14名にインタビューを実施した。質問項目は、@自分を肯定できたり力があると感じられるか否か、Aそのように感じる理由、B活動を始めた経緯・動機、過程、目標、B活動において不当な扱いや評価はないか、働く仲間として対等か、障害に合わせた就労のかたちか、である。インタビューは半構造的に行い、その内容は許可のうえ録音し、逐語録を作成した。結果:自己を否定したり力がないと感じていたのは3名のみであり、仮説は否定された。さらに検討を加えたところ、そのほとんどが、現在の活動のなかに自分なりの意義を見つけだし、それに向かって努力するなかで自分を肯定できたり力があると感じていることがわかった。その意義は、就労のかたちによって異なり、一般就労者は「職業的な意義を見いだすこと」、福祉的就労者は「健常者に近づくこと」、新しい働き方モデルでは「障害者レッテルや否定された経験を越えて自己の価値を上げること」にあることが明らかになった。また「感じない」と答えたほとんどが一般就労者であったが、障害に合わせた就労のかたちではないために「できない・必要とされない」と感じており、弱者の立場にいることがその要因ではないかと考えた。
  第4章では、インタビュー調査で明らかになった当事者が就労に見いだした3つの意義、すなわち「職業的な意義を見いだすこと」「健常者に近づくこと」「障害者レッテルや否定された経験を越えて自己の価値を上げること」が、どのような「障害者と健常者の関係」からなるかを考察し、障害者/健常者価値が対等であるところの「支え合い」の課題について検討した。その結果、「職業的な意義を見いだすこと」では、健常者とその職務を行う実力において対等な関係を求められ、それが成立しない場合「価値剥奪」が生じる可能性があることが考えられた。したがって課題は、健常者側が能力発揮の機会を損なわないように「障害に合わせた就労のかたち」を配慮することにあると考えられた。「健常者に近づくこと」では、健常者生活に近づくことを、健常者が支え、障害者が支えられる関係にあると考えた。そもそも健常者が上位に位置づけられていることから、対等な関係となるためには、障害者/健常者とも、健常者上位の価値観を捨て、障害価値を見いだすことが課題ではないかと考えられた。「障害者レッテルや否定された経験を越えて自己の価値を上げること」は、少なくとも当事者にとって「自己価値を見いだすこと」を支えられていることは明らかだが、健常者にとっての意味は本研究では明らかにできなかった。今後の課題である。しかし「新しい働き方モデル」が「当事者本位」の新しい就労の可能性を持っていることは確かであり、当事者が望む「支え合い」に近づける可能性があると考えられた。


 
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第1章 障害者が働くということ

第1節 《障害》とは ― 《障害》をめぐる理論状況 ―

  本節では《障害》とは何かについて考える。まず《障害》を構造的に捉え、次に《障害》によって喚起される《障害》がないとされる人々の感情や態度、それが障害のある人の心の有り様や生活に与える影響について考える。

1 障害構造 国際障害分類
1)ICIDH
  障害とは何か。集英社国語辞典1)によれば、@物事を行うときに、妨げになること。また、そのもの。A心身の機能上の故障。B「障害競争」「障害物競走」の略、とある。つまり障害は、物事を行うときの妨げとなるような心身の機能上の故障、と言える。
  しかしそれでは、どのような障害があるのかはわからないし、問題を解決するための道標も得られない。そこで作られたのが世界保健機関による国際障害分類思案(International Classification of Impairments, Disabilities, and Handicaps, 1980)である。頭文字を取って、「ICIDH」と呼ばれることが多い。
  国際障害分類試案によれば、障害は3つの次元から成り立つ。機能障害(Impairments)、能力障害(Disabilities)、社会的不利(Handicaps)である。それらは次のように定義されている。「機能障害」とは、「健康経験の文脈において、心理的、生理的、または解剖的な構造や機能の欠陥または異常である」。「能力障害」とは、「健康経験の文脈において、人間として正常とみなされるやり方やその範囲で活動を遂行する能力のなんらかの制限や欠損(機能障害に起因する)である」。「社会的不利」とは、「健康経験の文脈において、機能障害や能力障害の結果として個人にもたらされる不利益で、その個人が正常な役割(年齢、性別、および社会的文化的要因に依存する)を果たすことが制限されたり妨げられたりすることである」。それぞれは、「機能障害」→「能力障害」→「社会的不利」と、一方向的に関係付けられている。この図によると、社会的不利が個人の能力障害を原因としている。つまり、「社会的不利とは他者が主体であり、他者が障害を持つ個人に負わせる、とみる見方」である。言うなれば「社会的不利の『責任』は、もとをただせば個人の機能障害」ということになり、そのことはICIDHの弱点であり、本質的な欠陥ではないか、と南雲は指摘している2)。そうした問題について、わかりやすく図解したのが、ハンパパー・N・シータマとランジット・K・マジャンダーである。(図1)
  
2)ICF
  「ICIDH」は、その普及・活用がすすんだ反面、上述した以外にも、いくつかの批判が生まれた。これら批判3)をもとに、WHOは、1990年にWHO主催の第1回修正会議の開催を皮切りに、「ICIDH」の修正作業を始めることになる。そして、2001年5月22日、WHOの第54回世界保健会議(The 54th World Health Assembly)において、新しい国際障害分類(International Classification of Functioning,Disabilty and Health:ICF)が採択された。これは「IDIDH」を改訂した、新しい障害分類である。(図2)
  改訂の特色として、まず、障害者運動やカナダの研究グループからの「環境の影響についても考慮すべき」という指摘があり、環境の関わりが加わったことである。つまり、上述のとおり、「ICIDH」では、《障害》は「本人の問題」として捉えられていたが、「ICF」では、環境因子(Environmental Factors)によって、《障害》になることもあるし、ならないこともある、という捉え方がなされたことである。例えば、脊髄損傷で両足が動かない場合、上半身の力で車いすでどこにでも行けるし、手だけで運転できる車いすもある。このような車いすや車も環境であり、それらは「プラスの環境」と解釈される。「社会的不利」についても、本人だけの問題でなく、環境との相互作用において決まると捉えられる。「マイナスの環境」のために社会参加ができない場合、「参加制約(participation restriction)」と表現される。
  「ICIDH」にはない「ICF」のもう1つの大きな特徴として挙げられるのは、前者は障害のマイナス面だけを見ていたのを、後者は、マイナスとプラスを含めた障害者の全体像を見ることができる、ということである。「ICIDH」では、障害を起こす原因は「疾患」であるが、「ICF」では「健康状態(health condition)」と表現される。また「機能障害」は「心身機能・構造(Body Functions & Structure)」となり、これが障害された状態が「機能・構造障害(impairment)」である。「能力障害」は「活動(activity)」であり、それが制限された状態は「活動制限(activity limitation)」である。「社会的不利」は「partisipation(参加)」であり、それが制限された状態が「参加制約(participation restriction)」である。そして、それらの相互関係については、双方向で結ばれることになった。
  これまでの「ICIDH」は、狭い意味での「医学モデルにすぎない」と強く批判されていた4)。そのことについて上田敏は、「医学はマイナス面をみることに慣れすぎており、医学教育ではわずかな異常でも目ざとく見つけて診断する目を養うことが大事だとされ、そのためのトレーニングを日々行っている。また医学用語はマイナス用語ばかりである。ところがそれでは、人のプラスの面や正常な機能が残っている部分や、ノーマルな面についての関心が薄くなる」「医学全般としては、患者や障害者に対する社会的存在としてのとらえ方が足りなかったことは間違いなく、その意味でこのような非難はやむを得ない」と語る4)。
  「ICF」はそうした反省の上に立って作成されており、その過程には医学の専門家のみならず、福祉の専門家、行政、障害者自身の平等な参加があった。そうした意味で、「ICF」は「医学・社会モデル」であり総合的モデルと言える4)。したがって「ICF」に期待されることとして、これまでの、障害に取り組むすべての人々の間で物の考え方や使う言葉が違っており共通の理解が得にくかった、という問題に対して、「共通言語」としての役割や、医療や福祉の専門家が「ICF」を「意識的に行う道具として使う」ことで、障害者の持つマイナス面とプラス面とを全面的に捉えたり、自分の得意分野だけをとらえてニーズの全体像を見落としてしまう危険を回避できたりすること、などがあげられる。

2 《障害》のイメージと《障害》に対する態度
1)《障害》のイメージ
  南雲は《障害》に対する一般の人のイメージには3つのものがあるとしている。それは「けがれ」「苦」「できない」である5)。
  「けがれ」とは、文化人類学によれば、1つの社会的地位から次の社会的地位へと移行する際に、その境界に生じるものとされる。人類学者メアリー・ダグラスは「けがれとは場ちがいなものである」と言う。例えば、生から死への移行である。仮に、私たちは、死者が私たちの日常のなかに放置されるとすれば、「気味が悪い」とか「恐ろしい」という気持ちになるだろう。だから、葬式が行われ、あの世への移行が行われる。つまり、死者はセレモニーが行われるまでは、生と死の境界、両義性のなかに存在しており、その両義性が多くの人に耐え難い緊張を引き起こす。《障害》もその両義性を有しており、だから人は《障害》と出会うことによって生じる緊張を回避するために《障害》を排除しようとするのだ、と南雲は分析する。
  「苦」とは、思いどおりにならないことである。《障害》が苦であるとは、すなわち自分の思いどおりにならない状態に苦しむことである。私たちの心理として、苦の状態にある人たちを前にすると同悲の気持がわき起こってくるが、その奥には裏腹な気持があるのかもしれないということを指摘したのはタマラ・ランボーとその共同研究者である。ランボーらは、それを「悲哀の要求」と名付けた。つまり、「健常者にとって、障害者は単に苦しむだけでなく、苦しむ“べき”であり、苦しんでいなければ低評価される“べき”である。健常者のこうした態度は、そうしないと身体的な美しさや能力を自分たちのもっている中心的価値として維持しようとする安心感が脅かされると感じるからである」と言う。そして、「かわいそう」という言葉は、多くの障害者にとって「一番腹の立つ」言葉である。その理由は、「かわいそう」という言葉には、同情を伝えるよりもむしろ、「あなたは障害者、わたしは健常者」という「差別」のメッセージを伝えるものだからである。
  そしてもう1つは「できない」ということである。「できない」というイメージによって、障害者はどのような扱いを受けるのか、南雲は次の4点があるという。
@世間付き合いがすでに破綻している、ということである。ふつう顔見知りの間では、お互いの情報を等分に分かち合っているものであるが、障害を持つ人の場合、相手はよく知っているのに、自分はよく知らないということが生じる。それは医者と患者の関係に似ており、顔見知りの関係というのが実際は成立していないのである。
  A敬意を受けなかったり人格を不当に貶められたりする、ということである。
アメリカの文化人類学者であるロバート・F・マーフィは、脊髄腫瘍のために四肢麻痺を負っているが、次のような経験をしている。
  「ある日、レストランでウェイターが四人連れの私たちにメニューを3枚持ってきた。私はウェイターを呼び戻して、私も字が読めるんだが、といってやった。しかし2ヶ月後に行ったときにも彼が同じことをやったところをみると、あまり効き目はなかったようだ。」
  さらには「物扱いされる」ということがある。看護婦の連絡事項として「腕を持って持ち上げぬこと」と書かれてあったり、掃除の際、一時的に移動させられるときに、介護者に「運ぶ」と言われたりすることなどである。
また人は、1つの障害を見ると、じつにすみやかに「何もできない」と決め込んでしまうこともある。たとえば気管切開をしたためしゃべれない四肢麻痺者に対して、周囲は、聞こえないと勘違いして大声で話しかけたり、頭がおかしくなったと思い込んだりするのである。
  B障害を持つ多くの人たちは、自己決定権を侵害されるのをただ黙って見ていなければならないことである。
  介護者は絶対的な存在である。当人の意向を考えずに車いすを動かしたり、30歳を過ぎても母親が選んだ服しか着せてもらえなかったりする。しかし、それでも我慢せざるを得ない。逆らえば、「何もしてあげない」「かってにトイレに行け」ということになってしまう。
  C生存権さえ奪われることがある、ということである。
  朝日新聞1997年10月20日付によれば、無職A容疑者(51歳)が、殺人の疑いで群馬県警大泉署に逮捕された。調べによると、老人性痴呆症気味の母親(83歳)が、廊下で失禁したことに腹を立て、頭や腕などを殴る蹴るなどし、数時間後に死なせたということである。
  南雲は、現代は能力主義の時代であり、障害の有無に関わらずできるできないが人物評価にもっとも強力な意味を持っているため、この3つのなかで「できない」という意味がもっとも強い力を持っている、と言う。

2)《障害》に対する人々の態度
  障害のある人々は集団として扱われ、「否定」=「価値の引き下げ」に出会う
  これは、W.ウルフェンスバーガーの指摘である6)。W.ウルフェンスバーガーは否定的な評価を「価値の引き下げ」と名付けた。そして「価値の引き下げ」、つまり「社会によって価値が低いと見られる」と「このような知覚が反映されたやり方で処遇されやすい」と言う。具体的には「質の悪い住居に住まわされたり、乏しい学校教育しか受けられなかったりすることがある。あるいは、全く学校教育が受けられなかったり、(就労していたとしても)低賃金で威信を欠く仕事しか与えられず、質の悪い保健ケアしか提供されなかったりする。多くの人たちは、その人と関係を持とうとするよりも、その人からなるべく離れていようとする。このように、『価値の引き下げられた人』は、拒否され、隔離され、排除されるようになる。そして、『価値のある人々』によって享受される、支持的な関係、尊厳、自律性、価値のある人々の活動への参加など、あらゆる種類の良いことは『価値の引き下げられた人』には否定され、奪われることになる」と言う。そして障害のある人々の「価値の引き下げ」は、「社会的集合レベル、全体の社会レベルにおいて生じるもの、つまり、あらゆるクラス(同じ特徴をもつ人々の集合を意味する)が、全体の集合、社会、あるいはその大多数によって否定的に判断され」、そして「価値を引き下げられた人」の人生には次のような現象が生じるとしている。 

* 成長が期待されない ゆえに 経験が浅い
  W.ウルフェンスバーガーによれば、「価値を引き下げられた人々」は、哀れみの対象として見られることがあり、そのため、「苦しむ者の人生を少しでも楽にすることを願うあまり、学習や遂行、あるいは成長に対する期待をほとんどかけられない」、そして「彼らの経験は、多くの場合非常に狭く、価値の高い社会やその活動へ参加することを否定されたり、禁止されたり、行くことができない場所さえある」と述べている。

* 排除 ゆえに 自己否定感・自分たちから距離を置くようになる
「価値を引き下げられた人々」は、「全体としての社会によってのみではなく、彼ら自身の家族、近隣、コミュニティや、彼らを助けるはずのサービスのワーカーによってすら、組織的に拒絶されることが多い。拒絶とは、その人が、他の人々によって実際に近くにいることを望まれないことである。」こうした排除によって、「価値を引き下げられた人々は、価値のある世界の中では自分は異邦人であり、そこにはふさわしくなく、歓迎されていないことを知るようになる。そして彼らは、非常に不安定になりがちで、自分自身のことすら嫌いはじめるようになる。彼らは、自分のことをいやしむべき、可愛くない、価値のないものだと思いこむようになる。」そして「価値を引き下げられた人々は、彼ら自身で彼らの価値を下げ、拒絶している者たちとの間に距離を置くようになる。その結果、価値を引き下げている者たちから遠くに離れたり、価値を引き下げている者たちが価値を引き下げられた人を移動させたりすることになる。」としている。 

* 決定権が他者にある ゆえに 生活のコントロールを失う
  「価値を引き下げられた人々」は、「自分たちの生活のコントロールを失う経験をする。彼らに対して力をふるい、彼らのためにと言いながら、表と裏で決定を下すのはいつも他の人たちだからである。」そして彼らは「生涯において、彼らの機会、挑戦、経験が否定され、人生の早い時期にはあったはずの潜在的可能性が実を結ばず、破壊されている間に時は過ぎ去っていく。価値を引き下げられた人々が入れられたサービスプログラムのなかでさえ、ただ座って待っているだけで、彼らの時間が無駄に費やされる場合が多い」と述べている。

3 《障害受容》ということばの意味を考える
  《障害受容》という言葉は、障害者の支援に関わる医療や福祉の専門家の間で使われてきた。障害者自身や家族が《障害》を理解し、《障害》から生じる様々な弊害を受け止め、前向きな対処ができるような状態になることを意味しているが、これもICIDHに述べた「社会的不利」という用語と同様に、その責任が障害者本人に帰結されてしまうことに問題があると思われる。そこで本項ではまず、南雲の文献7)を借りながら「障害受容理論の展開とほころび」について述べ、次に事例をもとに、現場での用いられ方、その問題について考える。

1)その理論の展開とほころび
  南雲は、障害受容を考えるときに2つの視点があるとしている。1つが、人はそれまでの自分(のからだ)とは異なったときどのように対処するか、2つめが、他者は自分とは異なるからだにどのような対処をするかである。
  障害受容について最初に書かれた論文は、1951年、アメリカの精神科医モリス・グレイソンによるボディ・イメージの障害に関するものであった。モリス・グレイソンは、受容は、「身体的には患者が障害の性質や原因や合併症や予後をよく知ること。社会的には雇用や住宅や家族やその他の関係に対して現実的であること、心理的には、ひどい情動的症状を示さないこと」であると言う。しかしこれらは表面的なことであり、障害の受容に深く根ざした要因は、@パーソナリティ構造に関するものと、A社会が障害ゆえに個人に果たすものがある、と言う。このグレイソンの研究は、1つめの問い、「人は、それまでの自分(のからだ)と異なったとき、どのように対処するか」の解答を導こうとした。
  1960年代に入ると、アメリカでは障害を負った後に共通にみられる心理的反応として「悲嘆」が導入され、同時にその回復には一連の段階があることが主張されるようになった。今日、ステージ理論と呼ばれるものである。これも1つめの問いに答えようとするものである。有名なものに、アメリカの精神科医エリザベス・キューブラー・ロスによる、臨死患者が死を受容するまでの心理的ステージに関するものがある。
  モリス・グレイソンと同時代においてタラマ・デンボーは、社会との関連で障害をもつ人たちの心理を考えていた。当時のアメリカでは一見してそれとわかる障害をもつ人たちはよく似た社会状況に置かれていたが、デンボーらは、そうした状況を「不幸」と呼んだ。そして彼女らは「不幸」へ貶められた人たちへの治療に関心を寄せており、その方法として価値転換論を提唱した。つまり身体障害を持つ人は、個人的、社会的、2種類の価値を失った者であるとし、これらを受容するために「価値の視野の拡大」と「比較価値からそのものの価値への転換」が必要だというのである。
  個人的喪失には4つの状況があると説明している。第1は絶望で、圧倒的な喪失体験によって受傷直後に急性に生起する暗黒のうつ状態または絶望である。第2は、外見の問題で、魅力が損なわれたと感じ、常態とは異なる外見に対する悩みである。第3は、悲哀の問題で、対象を喪失したためそれまでの満足感が過去のものとなり、今はそうできない苦しみである。第4は、障害の問題で、能力障害に起因する苦悩である。社会的喪失とは、社会の否定的態度に悩むことである。「価値の視野の拡大」とは、苦悩に囚われた心が別の何かに気づくことである。その何かが見えてくることによって希望の光を見いだし、力づけられ、生活は再び生きる甲斐のあるものであることを知る。「比較価値からそのものへの転換」とは、能力障害によって評価が下がったとしても、課題の成績よりも、それを遂行しようとする努力に価値を見いだしたりすることである。
  南雲は、この価値転換論は「どっちつかず」であるとして批判的な見方をしている。つまり一方では、個人の喪失感を問題にし、他方では、個人に向けられた社会の態度を問題にしており、障害受容における2つのタイプを綯い交ぜにしてしまっているというのである。その後、1つめの問い(人はそれまでの自分(のからだ)とは異なったとき、どのように対処するか)に対して、ステージ理論が展開し、2つめの問い(他者は自分とは異なるからだにどのような対処をするか)に対して、スティグマ理論が展開したと分析している。
  スティグマとは「人の信頼をひどく失わせる属性」のことであり、その性質について最初に体系化したのがアーブィング・ゴッフマンである。
  ゴッフマンによれば、障害は、際だった社会的アイデンティティであり、スティグマとなる。それは、「突出しているために人の注意を引き、見つけられれば誰もが顔をそむけ、しかも他の属性などはもはや眼中に入らなくなる1つの特性」であり、スティグマのある人は「まったき人間ではなく」「劣っていてしかも危険」であるとみなされ、一般社会は排除しようとする。そして彼らのアイデンティティは「同じ人間であるという意識」と「人から避けられ、蔑まれているという意識」に分裂する。集団のなかで対等(周囲と同じように振る舞い続ける)であろうとすれば、それは孤立や社会的な死を意味することになる。彼らは、孤立を避けるために、あえて、人前に出ないなどの態度を取るようになる。
障害受容という言葉は、障害のある人自身にあてられた言葉であり、障害を受け入れるのは本人である。障害から生じる問題というのは個人の心理的な問題もあれば、社会の否定的な態度から生じる問題もあるが、それらすべてを障害を持つ本人が達観して受け止めるということになる。
  南雲は、障害受容には3つのほころびがあると言う。第1は、障害受容が持つ専制性である。第2は、障害が与える影響の過小評価である。第3は、社会の過小評価である。障害受容の持つ専制性とは、それがその時代を支配するほどの考え方になってしまったがゆえに、それが絶対であると信じてしまったことである。しかし障害受容は障害を持つ本人がなさなければならないものである。それが信念となってしまったことで、障害を持つ本人のみに過大な負担を強いることになった。障害が与える影響の過小評価とは、障害が本人や家族にとって深刻な体験であるにも関わらず、その重さをしっかりとは受け止めきれていない言葉であるということである。社会の過小評価とは、障害には社会が個人をどうみるか(社会が障害を排除しようとする傾向)という問題が含まれているにも関わらず、それが軽視され、それすらも個人が受け止めるべきこととしていることである。

2)支援のなかの排除装置としての《障害受容》
  障害受容という言葉は、障害者を支援する医療や福祉の分野などのなかでしばしば用いられる。その場合、専門家は、自分が方向づけた支援に患者・クライアントが従わないときにこの言葉を用いてしまうことがある。南雲の一節を紹介する。 

  「日本のリハビリテーション医学は全人的医療を標榜して出発した。それは患者心理の理解と対応を含むものであった。その鍵となる概念が障害受容であった。ある意味でそれは不運であったと言えるかも知れない。〜中略〜 障害受容は心的援助を目指したにもかかわ結局は不作為という対応でしか事にあたることができなかった。その結果、今日では障害受容は、援助とはまったく無縁なものになってしまった。それどころか、障害をもつ人たちの足枷すらなっているのである。リハビリテーション関係者は、訓練プログラムに意欲的でない患者のことをしばしばこういう言い方で表す。「障害受容ができていないから困る」リハビリテーションは、障害受容へ向けた1つの援助ではなかったのか?」

  また、福祉現場における著者の経験では次のようなことがある。障害者の就労支援の場面において、支援者から見れば復職は無理ではないかと思える人生の半ばで障害を持った人が「私は再び働きたい」と言う。その意向が支援者の判断と異なるとすると(支援者は働くことは無理だろうと判断したとする)、この障害を持った人は《障害受容》ができていないと言われることがある。つまりここで使われる《障害受容》の意味は「自分自身の身体や精神機能の状況のことを正しく認識できていない」というような意味で使われる。そうなると障害を理解することは同時に働くことを諦めねばならないことになる。これは先の国際障害分類思案の、原因のすべてを個人の障害に結びつけ、環境の因子を考慮しないまま社会との相互作用によって生じる不利益を個人の責任に押しつけてしまうこと、と同じではないだろうか。実際の事例から考えてみることにする。

〔事例〕
  軽度知的障害のある20代前半の男性である。小学校・中学校は普通学級、高校は全寮制・普通科に入学したが、いじめや学力低下などの問題で1年で退学し、その後、定時制高校に入学し、卒業した。職業安定所の紹介で一般求人枠で就職したが、見習期間中の解雇が約10社に及んだ。時間を守れない、仕事が捗らないなどがその主な理由だった。T施設へは「職業相談」目的で来所。愛の手帳を取得し、支援が開始した。
  職能評価では、企業就労は難しいと予測された。しかし、本人は一般企業で働きたいという気持ちが強く、家庭の要望もあり、企業就労に向けて支援活動が開始された。評価をし、指導目標を立て、職能訓練を実施した。9か月間の個別訓練であった。訓練の目標は時間を守る、自分の考えをはっきりと伝える、作業を正確にやる、何事にも集中して取り組むであった。その後、5社面接し、すべて不採用となった。面接になると緊張感から吃音が目立ち、表情や態度に落ち着きがなくなり、質問に適切に答えることができなかった。しかし6社目では、障害者緊急雇用安定プロジェクト8)を活用して職場実習を行えることになった。実際の職務の状況から評価してもらえるので面接のみよりは有利であったが、トライアル雇用への移行にはならず、実習のみで終了。7社目、職場実習における評価により、与えられた職務を遂行する能力はあるものの、集中力に波があり、職務への慣れが期待どおりではない、ということから、母親が週1回職場に入ること、担当者がジョブ・コーチ9)として職場に入ることを条件に、トライアル雇用10)に移行することができた。しかし就労には至らず、担当者はこれまでの就労支援の経過から今後も企業就労に向けた支援を継続することは本人に大きな負担になることを福祉事務所担当者に伝えた。結局、今後は福祉的就労を行うなかで、時間をかけて企業就労に挑戦していくことで本人、家族は納得した。本文は「職場実習を行えたことで、障害理解や自己理解ができ、適切な自己選択をすることができるようになった」と締めくくられている。

  本事例は、ある障害者支援機関の情報誌11)に掲載されたものであり、本事例が紹介された真意はトライアル雇用の意義について明らかにしようとしたことにある。トライアル雇用については障害者の実際の職務遂行能力が明らかになるうえ、企業には実習奨励金、実習生には賃金が支給されることから、その意義が注目されていた。今回の趣旨はさらに違った角度からその意義について捉えてみようというものである。つまり、実際に企業で就労経験をし、それを採用するか否かの評価材料にしてもらえることで、面接時の第一印象だけで判断されてしまう危険を回避できることから、本人や家族にとっても、その判断をより妥当なものとして受け入れやすくなる、ということである。
  しかし本事例のように、企業の判断が否であり、その結果を受け止め、別の道を選んだことが果たして「障害理解・自己理解による適切な自己選択」と言えるであろうか。これは先のリハビリテーションの現場における《障害受容》の用いられ方と似ている。「障害理解・自己理解」という言葉によって、労働市場から排除されるという社会との相互作用によって生じた不利益は、障害のある個人のみが引き受けるべきものになってしまっている。また「適切な自己選択」という言葉についても、選択肢がある状況ではなく、むしろ、素直に支援者の用意した道を受け入れたに過ぎないとも言える。
  障害者の就労支援は、より生産性の高い労働力を求める労働市場の価値観が優先されるため、そこでノーマライゼーションの理念を実現する難しさがあることに支援者側の苦しみがあり、働くニーズを満たす「福祉的就労」の場はその窮地を救ってくれるものであるように思われる。そうした現状のなかで《障害受容》(ここでは「障害理解・自己理解による適切な自己選択」)という言葉によって、社会の側の問題をかき消し、専門家としての判断の正しさや支援の力量を肯定すべきものにしてしまっているとも解釈できる。

第2節 《働くこと》とは ― 《働くこと》をめぐる理論状況 ―

  ひとはなぜ働くのか。「労働」という行為をなぜ人は行い、その行為から何を得ようとするのか、一般的事項について確認する。そして、障害者が働くことを考えるうえで重要なキーワードとなる「能力主義」「差別」が生じる要因について触れる。

1 働くことに関連する様々なことば
  働くことに関連する日本語には「就労」「雇用」「労働」「職業」など色々あるが、手元にある国語辞典1)で調べてみると、それらは以下のような意味を持っている。
就労:仕事に就くこと、仕事を始めること。
雇用:ある労務に従事するために賃金を支払って人を雇うこと。
働く:報酬を得ることを目的として仕事をする。労働する。
仕事:しなければならなこと。職業。働くこと。労働。専門的、職業的な方面での価値のある作業やその成果。
労働:何かの目的のために心身を働かせること。生産・利益のために、精神的、肉体的に作業を行うこと。労働力の合目的的な使用が労働と定義される。
職業:生計を立てるため、日常従事する仕事。生業。
生業:生活するための仕事。職業。せいぎょう。
就業:業務につくこと。仕事にとりかかること。職業につくこと。
  「職業」「生業」は同じような意味合いで使われているが、日常の印象を含めても、仕事の内容や種類に注目をした言葉として用いられているように思われる。「雇用」や「労働」という言葉は、労働力の売買が行われる労働市場システムにおける現象を説明するために用いられる言葉であること、そして「就労」「就業」は「仕事」として与えられた役割を行うという意味合いがあること、「働く」という言葉はそのどちらの意味合いでも使用できる言葉であることがわかる。
  ちなみにわが国の職業に該当する欧米の用語には、occupation、vocation、work、calling、profession、labor、job、task、business、career、mission、tradeなどがある。Occupationとは、それが何であれ一日の大半を占める活動のことである。つまり子どもであれば遊びや学習、大人であれば仕事や余暇活動などである。Workは仕事の対価としての収入を伴うか否かに関わらず仕事を行うことで、趣味活動もこのなかに含まれる。Vocationはworkやoccupationのなかで生きがいや価値を持った仕事であり、一般的な職業にあたる。Laborは使役の概念が含まれた労働の意であり、jobは賃仕事や職務、taskには義務として負わされた仕事や課題の意味がある。Businessには用事や営利を追求する仕事、missionとはある義務に基づく仕事、carrerとは職業経歴のことで、occupationからvocationへの変化、つまり職業を通した人間的成長という意味も含まれている12)。

2 職業の3つの意義
  尾高邦雄は、「職業とは、個性の発揮、連帯の実現および生計の維持を目ざす人間の継続的な行為様式である」と定義している13)。つまりひとの継続的活動が、社会的分業の一端を担う役割遂行行為であること、またその行為によって一定の物質的報酬が得られ、生計を維持することが可能になること、そしてその役割遂行行為に際して、多少とも個性を伸ばし、自己実現と人間的成長をはかる余地があること、の3つの要件を備えているときに職業と呼べるのである。以上のように、職業には個人的、経済的、社会的側面があるが、それらは職業の主要な機能でもある。
  つまり1つには、物質的報酬の獲得による生計維持という経済的機能である。収入の多い少ないは、ひとの生活機会や生活程度、生活様式、そして社会的地位を決め、人生の幸・不幸を左右することもある。しかし人生の幸・不幸を左右するのは物質的報酬の多い少ないだけではない。2つめは、精神的報酬である。仕事で個性が生かされ、やりがいを感じることで、人生はより充実する。そうした自己実現欲求を充足する機能である。3つめは、社会的存在証明の機能である。ひとは社会的な役割を担うことで社会の一員として受け入れられ、社会的な地位や信用・尊敬を与えられる。また職業をつうじてひととの交流が持て、集団へ帰属することができ、アイデンティティを確立することができる。

3 わが国における働く価値の類型化
  それらはひとが働く目的となり、仕事から得られる効果でもあるが、どれにより価値を置くかは人それぞれである。三隅らは、働くことに対する態度や価値観、人生観、人間観を基にして日本人を類型化した14)。それは次のようなものである。
@ 賃労働型
  仕事上の経済的・物的労働条件にもっぱら関心がある人々。
A 人間関係志向型
  仕事中心性が賃労働型ほど低くはないが、B以下の者より低く、他人を信用・信頼できる存在と考える親和的な人間観をもつ傾向が強い人々。
B 働きがい志向型
働くことを何らかの社会的価値を創造する活動と捉え、給与、作業条件といった労働条件 よりも、むしろ、仕事の内容そのものがどのくらいおもしろいか、自分の能力や技術の向上につながる学習の機会はあるかといった、仕事に対する精神的充実感を重用視する傾向が強い。
C 仕事一辺倒型
  一生懸命働いて何とか経済的豊かさを手に入れたい。仕事に生きがい、働きがいを求めるより、仕事の結果である物質的豊かさをひたすら求めるタイプ。
これらの4類型は、仕事中心性の高さと働くことの価値観において異なる特徴を示している。こうした働くことに対する価値観や姿勢は、ひとの人生を左右するほどの影響力を持つことは明らかである。三隅らは、諸外国(アメリカ、イギリス、ベルギー、オランダ、イスラエル、西ドイツ、日本の7か国)において、働くことが日常生活全体のなかでどのくらいの中心的な位置を占めているかを調査した15)。その結果を紹介する。
  仕事、レジャー、地域社会、宗教、家族の5つの生活領域に対して、それぞれの重要度に応じて合計100点の点数を配分してもらい、仕事に配分された点数の大きさによって仕事中心性を測定したものである。日本が36点で最も高く、次いでベルギー、オランダで30点、イスラエル、西ドイツは28点、アメリカが25点、イギリスが22点で最も低かった。また「最も重要なことの1つ」(7点)から「最もとるにたらないことの1つ」(1点)の7段階尺度で働くことの重要性を評定してもらったところ、日本、イスラエル、アメリカにおいて「最も重要なことの1つ」と答える割合が過半数以上であった。なかでも日本のそれが最も高かった。三隅らは、日本の職場生活の特徴として、諸外国が仕事のみを行う場であるのに対して、レジャーや地域生活、宗教生活すら職場生活のなかに含まれることがあるとし、「日本の仕事の得点が7か国中一番高いのは、日本人にとって職場のもつ意味が他の国々と相違していることにもその原因が求められる」と分析している。

4 業績原理・能力主義
  業績原理・能力主義には次の3つがあると言われる。1つは、「人の価値の表示」、2つめは、「財の所有の原理」、3つめは、「人の配置の原理」としての業績原理・能力主義、である16)。「人の価値の表示」とは、つまり「その人の労働・生産力によって、その人の価値が決まる」というようなことである。そして「財の所有の原理」とは、「多く働けば多く取れ、少ない働きなら、少なくしか取れない」ということである。「人の配置の原理」とは、「人を、その能力に見合った適材適所に配置させること」である。障害者就労について「能力主義」が取り上げられるのは、大きくは2の問題による。つまり働くためには、たいていの場合、自分を雇ってくる人を捜さなくてはならない。そうした取引が行われるところが労働市場であるが、障害者の場合、労働力としての商品価値が認められず、取引が成立せず、雇用関係が成立しないことが高率であるからである。したがって障害者は、雇用機会に恵まれず、財を所有できないため、十分な暮らしが保障され得ない結果となる。確かに、生活保護や障害者年金による所得保障はなされているが、それはごくごく最低限の水準の生活を保障しているにすぎない。つまり「分配では足りない」のである。
  なぜそのような格差が生じるのか。1つの回答は、より多くの労働を引き出すためである。そうすることで市場が活性化するからである。人は、より多くの報酬を得たいので、より多くの生産をしようとするからである。逆に、さしたる労働をしなくても、もっと言えば、労働をした人よりも労働をしない人の方が受け取りが多かった場合、労働への意欲は減退するかもしれない。
  立岩は「財の所有の原理」について次の3つの結論を導き出す17)。
  @根拠はない
  「自己労働→自己所有は図式は単なる言い換えにすぎない。さらに抽象化された、自己のものは自己のものという命題にしてもその根拠が見いだされるわけではない。さらに自己のものということ自体が問題である。何が自己のものと言えるのか。そこで自己に固有に起因するものとそうでないものを分ける作業が始まるが、一般に障害と呼ばれる時、その属性が自己の責任に属さないのは明らかであり。この構図からかえって扱いの不当性が言えることになる。ここに貢献という項をおいても同じである。仮にある人の労働がより大きな貢献をしているのだとしても、その結果を取得すべきであるとはやはりいえない。非生産的領域、そこにいる人々を、生産の領域、生産者が支えており、後者は前者がなくても存在できるが、前者は後者がなければ存在できないという主張を認めてもよかろう。しかし、だから、後者の側が、その側に位置する者が優位であり、多くの配分を受け取るべきだとは依然として言えない。傾斜的配分によって個々人に動機づけを与えた方が社会全体ひいては個々人の利益がより多いといった言明についても、利得がより多いという選択を取るべきかどうかは、他の要件を勘案した上で改めて問うことができる以上、ここからも配分の正当性が自明に既決するわけではない」
  A自然として生じる
  「これはことの善悪として生じているということではない。私達は、同じ商品であれば安く買う、自らのものとされているものを高く売ろうとする。そのことの善し悪しを考えているわけではない。こうした市場に人間も包摂される場合、そのように扱われることになる。私の労働は実は私の労働であると言えるかどうかと別に、私において、働くことは確かに私の決定と統御のうちにあり、何かを得るために働くということは、その私の意識、動機の連関において連続しているという私にとっての事実がある。」
  B介入の装置がある
  「配分機構の外側に様々な装置が仕掛けられており、そのことによって総体の作動が維持されている側面を無視できない。すなわち、私達が都合のよいように行動するという事実(社会の都合と言っても同じ)にすぎないもの(→A)を、当然のこと、正当なものとし、正当化の論理の底が抜けていること、当の図式内部にも曖昧なところがあること、こうした訳のわからなさ(→@)をぼかし、価値の序列を指定し、ある特性こそが真の価値であるとし、そこに向けて人を整形し、行為を整流し、そこに乗らない者を無力化しようとする意識的あるいは無意識的な行為、装置が配され、その効果がさらに個々の選好に盛り込まれている(→A)ということである。こうして障害を持つ者はを囲む場は、生産の領域の優位を前提として、可能な限りそこに近づくことを求める。あるいはこの領域の作動を阻害しないような場に退くことを求める、そしてそれが他ならぬ自己の側に折り畳まれる、大きな負荷が私の側にかかっている」

5 労働・雇用における差別 
  ひとは、収入を得たり、また生きがいを見いだしたり、社会的な存在価値を認めてもらうために働くということを確認してきた。そしてわが国は、他国と比較しても、仕事の重要性を高く位置づける国民であることがわかった。そして働くためには、たいていの場合、自分を雇ってくる人を捜さなくてはならない。そうした取引が行われるところが労働市場である。
  他の商品市場にはない労働市場の特徴として、労働市場では、同程度の職業能力などを持つ労働力同士であっても、同等の賃金が支払われているとは限らず、企業間、地域間、年齢間などで格差がみられる場合もあること、また、商品に値をつけるのは商品を売る側であるが、労働力に値をつけるの労働力を買う方であること、がある。労働市場を構成するものとして、求人者の求人活動である労働力需要、求職者の公共職業安定所に対する求職申し込みなどの労働力供給、職業紹介機関(公共職業安定所等)の斡旋などによる労働力需給の結合機関などがある。また、労働市場は、地域や労働者の属性、経歴、雇用形態、職種、企業の規模や産業などに応じて区分することができる。例えば、男性労働市場と女性労働市場に区分したり、ホワイトカラー労働市場とブルーカラー労働市場に区分したりすることができる18)。
  そのような特徴を持つ労働市場において、差別はどのように生じるのか。立岩は、差別の種類を3つ提示している19)。
@そこで求められる能力と関わらない差別
これは例えば、人種等による差別のことである。しかし「競争が働く市場の場でそのような採用の仕方をしていると、その企業、雇用主はかえって不利になるはずで、市場での競争によって淘汰されていくはずだとも考えられる。属性に関わる差別が近代社会において徐々に減少していくだろうという観測も、1つにはそのような了解から来ている。しかし現実は必ずしも予測どおりにはならなかった。〜略〜 差別することで競争に負け完全に淘汰されてしまうほどこの要因が強く働くことは少ない。〜略〜 総じて、差別することによって得られる快が、差別しないことによってもたらされる利益を上回るなら差別は続くだろう」と立岩は分析する。
A統計的差別
  統計的差別とは、とくに常雇用の場合、先物を買う性格が強いため、どれだけの価値があるのかが確実にはわからない中で判断せざるを得ない、つまり不完全な情報のなかで選択をせざるを得ない状況にあるために生じるものである。例えば女性は、出産・育児を巡る社会的条件・規範に関わり早く退職する可能性が高く、その可能性を雇用時に個別に予測できないとする。すると他の条件が同じならそれが理由となって雇用されなかったり、雇用の条件を違える可能性が生じたりする。また低学歴者は、他の仕事ができるかどうかを知る手がかりが少ないことが要因になり、その中で、ある程度正の相関がある要因なら、それが仕方なく採用される、といった具合である。
Bその人の能力による選別、格差の設定
  例えば、消費者に対する仕事で、太ったスチュワーデスや年をとった店員を客が好まず、客が減ったとすると、その人は「本質的な能力」ではない部分で雇用されないことが生じうる。能力とは消費者に求められるものであるとすれば、それこそが求められている能力であると反論される余地も含まれはする問題である。


第3節 《障害者》が《働く》ことをめぐる歴史と現状

  本節では、まず障害者の就労状況、就労支援、職業選択、就労形態の概況を述べる。そして第1節、第2節より明らかになったこと、つまり《障害》とは人々にとって「差別」の対象であると同時に、《働く》という観点からは、健常者の自己所有・価値づくりとしての「能力主義」によって、今日の障害者就労の様態は、特に職業的重度の障害者にとって「報酬」「価値」、そして「自己実現」としての「労働」からの疎外が行われていることを述べる。

1 就労状況
  ここでは、文部省、旧労働省、旧厚生省における調査から、障害者の実情をあきらかにすることを目的とする。使用する調査報告は、学校基本調査、身体障害者(児)実態調査、知的障害児(者)基礎調査、社会福祉施設等調査、身体障害者及び知的障害者の雇用状況についての報告である。それら調査報告から、@在宅で生活を営む知的・身体障害者の数・就労状況等、A社会福祉施設における就労者の状況、B盲・聾・養護学校を卒業後の進路、C知的・身体障害者の雇用の状況、を明らかにする。

1)在宅で生活を営む知的・身体障害者数、就労状況等
(1−1)身体障害者の状況
  わが国における在宅の身体障害者の実態については、概ね5年ごとに全国調査が実施されている(身体障害者実態調査,厚生省)。平成8年11月に実施された調査の結果によれば、全国の18歳以上の在宅身体障害者数は、2,933,000人(人口比2.9%)と推計されている。前回の(平成3年11月)調査の2,772,000人(人口比2.8%)と比較すると、約7.8%の増加であった。
  この結果を障害の種類別にみると、肢体不自由が1,657,000人(56.5%)、内部障害が621,000人(21.2%)、聴覚言語障害が350,000人(11.9%)、視覚障害が305,000人(10.4%)となっている。
  年齢別にみると、18〜19歳が8,000人(0.3%)、20〜29歳が72,000人(2.5%)、30〜39歳が111,000人(3.8%)、40〜49歳が242,000人(8.3%)、50〜59歳が435,000人(14.8%)、60〜64歳が378,000人(12.9%)、65〜69歳が408,000人(13.9%)、70歳以上が1,179,000人(40.2%)という結果である。つまり60歳以上の占める割合が7割弱にものぼる。経済活動年齢・生産年齢として考えれば、18〜64歳ということになるが、その数は1,246,000人ということになる。
  障害の程度別にみると、身体障害者手帳等級1・2級の重い障害を持つひとが1,266,000人であり全体の43.2%である。内訳をみると、1級が796,000人(27.1%)、2級が470,000人(16.0%)、3級が501,000人(17.1%)、4級が551,000人(18.8%)、5級が291,000人(9.9%)、6級が212,000人(7.2%)となっている。

(1−2)就労・不就労の状況
  就業の状況をみると、就業者は845,000人、不就業者は1,958,000人である。障害種別別にみた就業者の割合は、聴覚言語障害が32.0%で最も高く、次いで内部障害が29.6%、肢体不自由が28.3%、視覚障害が26.2%と続いていた。就業率については前回平成3年の調査と比較すると、平成8年の就業率の伸率は88.3%にとどまっている。
  また就業者を就業形態別にみたときの結果については「一般従業者」の割合が226,000人(26.7%)で最も多く、次いで「自営業主」が201,000人(23.8%)、「家族従業者」が113,000人(13.4%)と続いていた。「福祉的就労」は19,000人(2.2%)であった。
  就業者の職業については、障害種別ごとにみると、肢体不自由者では「農業・林業・漁業従事者」が91,000人(19.4%)で最も多く、次いで「技能工・採掘・製造・建設・労務従事者」が86,000人(18.3%)であった。聴覚・言語障害では「農業・林業・漁業従事者」が35,000人(31.3%)で最も多く、次いで多いのが「技能工・採掘・製造・建設・労務従事者」で34,000人(30.4%)であった。視覚障害では「農業・林業・漁業従事者」が24,000人(30.0%)で最も多く、次いで「あんま・マッサージ・はり・きゅう従事者」が20,000人(25%)であった。
不就業の理由については「重度の障害のため」が533,000人(27.2%)で最も多い。次いで「高齢のため」が474,000人(24.2%)である。ちなみに「働く場がない」「適職がない」は、それぞれ56,000人(2.9%)、49,000人(2.5%)とわずかであった。

(2)知的障害者の状況
  厚生労働省が平成12年に実施した知的障害児(者)基礎調査によれば、在宅の知的障害者数は全体で329,000人である。そのうち18歳以上は221,200人(67.2%)である。障害の程度は、中度・軽度が49.5%、最重度・重度が39.1%である。 
  活動の場の状況については、「卒業」している人では、「自分の家」が25.8%、「職場・会社」が23.7%、「作業所」が21.0%、「通所施設」が19.8%、「その他」が7.4%、「デイサービスセンター」が2.3%である。
  また「卒業」している人の、将来の、活動の場の希望(昼間の過ごし方について翌年における希望)については、「職場・会社」が27.6%、「自分の家」が22.5%、「通所施設」が20.9%、「作業所」が20.7%、「その他」が5.6%、「デイサービスセンター」が2.6%である。現在の活動の場と比較すると、「自分の家」「その他」が約2〜3%減少し、「職場・会社」が約4%程度増加している。
  くらしの充実の希望については、「老後の生活」が35.1%、「働く場所」が29.4%、「通所施設」が23.7%、「作業所」が16.1%であった。またくらしの充実の希望について、本人の希望のみに着目すると、「働く場所」が45%、「通所施設」が30%、「作業所」が20%であった。

(3)精神障害者の状況
  精神障害数は、平成8年の厚生省患者調査、厚生省報告例などによると、精神病院入院340,000人、在宅1,820,000人と推計されている。
また、平成8年日本精神病院協会患者調査によると、精神病院の入院患者の年齢構成は、70歳以上が18.4%、60〜69歳が21.1%、50〜59歳が24.4%、40〜49歳が21.5%、30〜39歳が9.2%、29歳以下が5.4%となっている。60歳以上の高齢者が4割となっており高齢化が伺われる。
  さらに同調査によると、精神病院の入院患者の在院期間は、20年以上が16.5%、10〜20年が16.9%、5〜10年が14.9%となっている。10年以上在院している患者が3割以上となっており、在院期間が長期にわたることがわかる。
  また平成7年に交付が開始された精神障害者保健福祉手帳は、平成12年3月現在で163,000人に対して交付されており、その内訳は1級が44,000人、2級が9,0000人、3級が29,000人となっている。 

2)社会福祉施設における就労者の状況
(1)就労施設の施設数、定員、在所者数
  厚生労働省が平成12年10月1日に実施した社会福祉施設等調査の結果によると、生活保護授産施設は、全国に24施設あり、定員は855人、在所者数は699人である。身体障害者授産施設は、全国に81施設あり、定員は3,764人、在所者数は3、417人である。重度身体障害者授産施設は、全国に128施設あり、定員は8,220人、在所者数は8,151人である。身体障害者通所授産施設は、全国に252施設あり、定員は6,676人、在所者数は6,361人である。身体障害者福祉工場は、全国に37施設あり、定員は1,808人、在所者数は1,366人である。知的障害者授産施設(入所)は、全国に228施設あり、定員は14,307人、在所者数は14,111人である。知的障害者授産施設(通所)は、全国に890施設あり、定員は34,140人、在所者数は33,420人である。知的障害者福祉工場は、全国に43施設あり、定員は1271人、在所者数は1124人である。精神障害者入所授産施設は、全国に22施設あり、定員は604人、在所者数は465人である。精神障害者通所授産施設は、全国に168施設あり、定員は3、896人、在所者数は3,992人である。

(2)施設の種類別施設数の年次推移
  生活保護授産施設については、平成2年には76施設であったが、平成12年には24施設に減少している。社会事業授産施設についても、平成2年には156施設であったが、平成12年には138施設に減少している。
  身体障害者授産施設については、平成2年には85施設、平成12には81施設であり、やや減少している。重度身体障害者授産施設については、平成2年には119施設、平成12年には128施設であり、若干増加している。身体障害者通所授産施設については、平成2年が109施設、平成12年が252施設であり、この10年間で2倍以上に増加していることがわかる。身体障害者福祉工場は、平成2年が24施設であったが、平成12年には37施設に増加している。
  知的障害者授産施設(入所)については、平成2年が181施設であったが、平成12年には228施設に増加している。知的障害者授産施設(通所)については、平成2年は396施設であったが、平成12年には890施設であり、2倍以上に増加していることがわかる。知的障害者福祉工場については、平成2年は4施設であったが、平成12年には43施設であり、10倍以上増加している。
  精神障害者入所授産施設については、平成2年にはなかったが、平成12年には22施設になっている。また精神障害者通所授産施設についは、平成2年には26施設であったが、平成12年には168施設となっており、およそ140施設増加していることがわかる。
  
(3)施設の種類別在所者数の年次推移
  生活保護授産施設については、平成2年には2,804人であったが、平成12年には699人に減少している。社会事業授産施設については、平成2年には5,459人であったが、平成12年には5,923人であり、わずかに増加している。
  身体障害者授産施設については、平成2年には4,025人、平成12には3,417人であり、やや減少している。重度身体障害者授産施設については、平成2年には7,241人、平成12年には8,151人であり、若干増加している。身体障害者通所授産施設については、平成2年が2,349人、平成12年が6,361人であり、この10年間で3倍弱も増加していることがわかる。身体障害者福祉工場は、平成2年が1,210人であったが、平成12年には1,366人であり、わずかに増加している。
  知的障害者授産施設(入所)については、平成2年が11,267人であったが、平成12年には14,111人に増加している。知的障害者授産施設(通所)については、平成2年は13,919人であったが、平成12年には33,420人であり、3倍弱程度増加していることがわかる。知的障害者福祉工場については、平成2年は124人であったが、平成12年には1,124人であり、10倍近く増加している。
  精神障害者入所授産施設については、平成2年にはいなかったが、平成12年には465人になっている。また精神障害者通所授産施設についは、平成2年には446人であったが、平成12年には3,992人となっており、10倍近く増加していることがわかる。

3)盲・聾・養護学校を卒業後の進路 
(1)卒業後の進路
  厚生労働省が平成13年に実施した学校基本調査の調査結果によると、中学部については、高等学校への進学率は、盲学校が98.9%、聾学校98.8%が、養護学校が95.1%である。
  高等部については、盲学校では334名の卒業者がいたが、そのうち、大学等進学者が45.5%、専修学校(専門課程)進学者が0.3%、専修学校(一般過程)進学者が1.2%、公共職業能力開発施設等入学者が1.8%、就職者が12.6%、その他が38.6%であった。聾学校では596名の卒業者がいたが、そのうち、大学等進学者が48%、専修学校(専門課程)進学者が1.3%、専修学校(一般過程)が0.5%、公共職業能力開発施設等入学者が8.2%、就職者が31.4%、その他が10.4%であった。養護学校では10,811名の卒業者がいたが、そのうち、大学等進学者が1.2%、専修学校(専門課程)進学者が1.2%、専修学校(一般過程)が0.2%、公共職業能力開発施設等入学者が2.5%、就職者が21.8%、その他が73.8%であった。

(2)産業分類別の就職者数 
  産業分類別の就職者数については、盲学校では男子が27名いるが、サービス業が23名(85.2%)で最も多かった。女子については15名いるが、サービス業が8名(53.3%)で最も多く、次いで卸売・小売業・飲食が5名(33.3%)であった。聾学校では、男子が187名いるが、電気・ガス・熱供給が153名(81.8%)で最も多く、次いで卸売・小売業・飲食が12名(5.3%)であった。女子については105名いるが、やはり電気・ガス・熱供給が88名(83.8%)で最も多かった。
養護学校では、男子が1.594名いるが、電気・ガス・熱供給が803名(50.4%)で最も多く、次いで卸売・小売・飲食の335名(21.0%)、サービス業の282名(17.7%)が続いていた。女子については764名いるが、電気・ガス・熱供給が340名(44.5%)で最も多く、次いで卸売・小売・飲食の171名(22.4%)、サービス業の207名(27.0%)が続いていた。

(3)職業分類別の就職者数 
  職業分類別の就職者数については、盲学校では、男子27名中、専門職・技術的職業の16名(59.3%)が最も多く、次いでサービス職業従事者が9名(33.3%)であった。女子は15名中、専門的・技術的職業が8名(53.3%)で最も多く、次いで販売従事者が5名(33.3%)であった。
  聾学校では、男子105名中、生産工程・労務作業が90名(85.7%)で最も多かった。女子は82名中、生産工程・労務作業が58名(70.7%)で最も多く、次いで事務従事者が16名(19.5%)であった。養護学校では、男子1,594名中、生産工程・労務作業が975名(61.2%)で最も多く、次いでサービス職業従事者が326名(20.5%)、販売従事者が134名(8.4%)と続いていた。女子は764名中、生産工程・労務作業が384名(50.3%)で最も多く、次いでサービス職業従事者が234名(30.6%)であった。

4)知的・身体障害者の雇用の状況 
  厚生労働省が平成13年12月26日に発表した「身体障害者及び知的障害者の雇用状況について」を参考にする。本調査は「障害者の雇用の促進等に関する法律」により、1人以上の、身体または知的に障害のあるひとの雇用を義務づけられている事業主20)などから、平成13年6月1日現在における障害者の雇用の状況についての報告を求め、これを集計したものである。

(1)民間企業
@ 民間企業における障害者の雇用状況
  平成13年6月1日現在における一般の民間企業における障害者の雇用状況は、「企業数」は61,115人、「重度障害者(常用)」は66,293人、「重度障害者(常用)以外の障害者」が120,284人であり、「実雇用率」は前年と横ばいで1.49%となっている。
  また特殊法人等における雇用状況については、「企業数」は131人、「重度障害者(常用)」は344人、「重度障害者(常用)以外の障害者」が1、054人であり、「実雇用率」は1.97%となっている。前年は2.08%であり0.11減少しているが、平成13年4月に設立された独立行政法人を除いた数値は0.02ポイント上昇し、2.10%となった。

A 企業規模別の雇用状況
  企業規模別の雇用状況については、56〜99人規模では、「企業数」は21,756人、「重度障害者(常用)」は6,136人、「重度障害者(常用)以外の障害者」が13,762人であり、「実雇用率」は1.63%となっている。
  100〜299人規模では、「企業数」は27,823、「重度障害者(常用)」は13,0616人、「重度障害者(常用)以外の障害者」が29,097人であり、「実雇用率」は1.36%となっている。
300〜499人規模では、「企業数」は5,385、「重度障害者(常用)」は6,462人、「重度障害者(常用)以外の障害者」が12,448人であり、「実雇用率」は1.41%となっている。
500〜999人規模では、「企業数」は3、597、「重度障害者(常用)」は8,511人、「重度障害者(常用)以外の障害者」が15,208人であり、「実雇用率」は1.46%となっている。
1000人以上規模では、「企業数」は61,115、「重度障害者(常用)」は66,293人、「重度障害者(常用)以外の障害者」が120,2842人であり、「実雇用率」は1.49%となっている。
さらに民間企業における企業規模別の実雇用率の推移を示したのものが図3である。平成5年ごろまでは、企業規模56〜99人の中小企業の、実雇用率の高さが目立っていたが、それ以降は景気の影響からか56〜99人規模の企業の実雇用率は低下している。それに対して企業規模が500〜999人、1000人以上の大企業では、年ごとに実雇用率が上昇しているのがわかる。

 図3http://www.arsvi.com/2000/030900t1.xls

B 産業別の雇用状況
  産業別の雇用状況については、実雇用率の最も高い産業は電気・ガス・熱供給・水道業であり、実雇用率は1.75%であった。次いで製造業の1.71%、運輸・通信業の1.66%が続いていた。
  産業別の実雇用率の推移については、どの産業においても実雇用率が上昇しているが、その順位について大きな変動はない。

(2)国、地方公共団体
@ 国、地方公共団体における障害者の雇用状況
平成13年6月1日現在における、国、地方公共団体における障害者の雇用状況については、国の機関では、「重度障害者(常用)」は1,636人、「重度障害者(常用)以外の障害者」が7,923人であり、「実雇用率」は2,14%となっている。
  都道府県の機関では、「重度障害者(常用)」は1,917人、「重度障害者(常用)以外の障害者」が4,244人であり、「実雇用率」は2,45%となっている。
  市町村の機関では、「重度障害者(常用)」は5,242人、「重度障害者(常用)以外の障害者」が11,128人であり、「実雇用率」は2,46%となっている。
  全体では、「重度障害者(常用)」は8,795人、「重度障害者(常用)以外の障害者」が23,295人であり、「実雇用率」は2,36%となっている。

A 都道府県の教育委員会等における障害者の雇用状況
  平成13年6月1日現在における都道府県等の教育委員会における障害者の雇用状況については、「重度障害者(常用)」は1,889人、「重度障害者(常用)以外の障害者」が3,318人であり、「実雇用率」は1,22%となっている。

2 就労支援の状況
  ここでは障害者就労支援の状況として、主に職業リハビリテーションとして総称される法制度に支えられた一連の支援体制について明らかにする。

1)職業リハビリテーションとは
  ILO(国際労働機関) 第159号条約 1983年によると、「障害者が適当な職業に就き、それを継続し、かつ、それにおいて向上することができるようにすること、ならびに、それにより障害者の社会への統合又は再統合を促進すること」とある21)。
「障害者の雇用の促進等に関する法律」においては、「障害者に対して職業指導、職業訓練、職業紹介その他のこの法律に定める措置を講じ、その職業生活における自立を図ることをいう(法第2条5号)」となっている22)。 

2)関係法令
(1)日本国憲法
日本国憲法のなかの、第3章・国民の権利及び義務・27条には「勤労の権利及び義務」とあり、その(1)に「すべての国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ」と書かれてある23)。

(2)障害者基本法 
  「障害者基本法」は1993年11月に成立したが、これは、障害者に関する各種法律の調整法として1970年に制定された「心身障害者対策基本法」を改正したものである。
内容は、第1章は総則(第1条〜第9条)、第2章は障害者の福祉に関する基本的施策(第10条〜第26条)、第3章が障害者の予防に関する基本的施策(第26条の2)、第4章が障害者施策推進協議会(第27条〜第30条)となっている24)。
  改正で評価されることとして楠木は次の7点を挙げている25)。@法律の目的に「障害者の自立の促進と社会経済活動への参加の促進」が位置づけられたこと、A基本理念において、すべての障害者が「社会の構成員」として、あらゆる分野への活動に参加する機会を与えられることを明確にしたこと、B精神障害者を法の適用対象に含めたこと、C国の障害者施策に関する基本計画の策定を義務づけ、都道府県と市町村に対しては同計画の策定について努力義務としたこと、D国は毎年、国会に障害者のために講じた施策の概況に関する年次報告書(『障害者白書』)を提出しなければならないとされたこと、E国や地方公共団体に対して、雇用促進、住宅の確保、公共の施設の利用、情報の利用などについて必要な施策を義務づけ、事業者には努力義務を課したこと、F中央および地方(都道府県・市町村)の障害者施策推進協議会の委員のなかに、障害当事者および障害者の福祉に関する事業に従事する者が含まれるようにするとされたこと、である。
つまり、障害者の社会経済活動への参加促進がその目的として掲げられ、障害者にはその権利があること、また目的達成のための国、都道府県、市町村は必要な施策を講じなければならないこと、事業者は努力しなければならないことが明記されたのである。

(3)障害者の雇用を促進するための法律
  「障害者の雇用の促進等に関する法律」のなかには「職業リハビリテーションの推進」として章が設けられている。その目次を辿ってみると、まず第1節として、「通則」(職業リハビリテーションの原則)があり、第2節では、「職業紹介等」として、公共職業安定所の役割、障害者職業センター、公共職業安定所と障害者職業センターとの連携などについて記載されている。また第3節では、「障害者職業センター」として、障害者職業カウンセラー、障害者職業センター相互の連絡及び協力等、日本障害者雇用促進協会による障害者職業センターの設置及び運営の業務の実施などについて、第4節では、「障害者雇用支援センター」として、障害者雇用支援センターの指定、業務、地域障害者職業センターとの関係などについて、さらに第5節では、「日本障害者雇用促進協会による障害者職業能力開発校の運営の業務の実施」について記載がなされている26)。

3)対  象 
  「障害者の雇用の促進等に関する法律」には、「障害者」とは「身体又は精神に障害があるため、長期にわたり、職業生活に相当の制限を受け、又は職業生活を営むことが著しく困難な者」と規定されている。身体障害者、知的障害者であるか否かは、それぞれ身体障害者手帳、療育手帳を所持しているどうかで確認される。またそれ以外の障害については個別に判断する。精神障害者については、政令において、@精神分裂病、そううつ病又はてんかんにかかっている者、A精神保健及び精神障害者福祉に関する法律第45条2項の規定により精神障害者保健福祉手帳の交付を受けている者、に該当する者であって、症状が安定し、就労可能な状態にある者、と定められている27)。

4)実施機関・施設
  障害者の就労を支援する機関・施設には様々なものがある。主なものとして公共職業安定所、障害者職業センター、障害者能力開発校などがある。また平成6年10月1日より、障害者雇用センターが業務を開始した。これらが職業リハビリテーションの役割を分担し、連携しながら、障害者の雇用の促進、職業の定着を目指す。ここでは、それら機関・施設の役割・機能について説明する28)。

(1)公共職業安定所
  公共職業安定所は、障害者と労働市場の接点であり、障害者の職業的自立と社会参加を直接的に支援する重要な機関である。安定所の業務は、求職者の把握から、就職後の指導にいたるまで、職業リハビリテーションの全過程にわたるものである。公共職業安定所の役割については以下のように整理される。
@職業リハビリテーションの対象となる障害者に関する情報の収集
「障害者の雇用の促進等に関する法律」のなかでは、「公共職業安定所は、障害者の雇用を促進するため、障害者の求職に関する情報の収集を行い、事業主に対して、当該情報の提供、障害者の雇入れの勧奨等を行うとともに、その内容が障害者の能力に適合する求人の開拓につとめるものとする」(障害者法第3条の2)とある。
A求人開拓
B職業指導
  「公共職業安定所は、障害者がその能力に適合する職業に就くことができるようにするため、適性検査を実施し、雇用情報を提供し、障害者に適応した職業指導を行う等必要な措置を講じるものとする」(障害者法第3条4)とある。
C職業紹介
  公共職業安定所で行う職業紹介とは「求人、求職の申し込みを受け、求人者と求職者との間における雇用関係の成立を斡旋すること」(職業安定法5条)であり、「公共職業安定所は、求職者に対しては、その能力に適合する職業を紹介し、求人者に対しては、その雇用条件に適合する求職者を紹介するように努めなければならない」(職業安定法19条)とある。
D就職後の障害者に対する職場適応、職場定着指導等に関わる助言及び指導
  「公共職業安定所は、障害者の職業の安定を図るために必要であると認めるときは、その紹介により就職した障害者その他事業主に雇用されている障害者に対して、その作業の環境に適応させるために必要な助言又は指導を行うことができる」(障害者法第8条の2)とある。
E事業主に対する雇用管理等に関わる指導
「公共職業安定所は、障害者の雇用の促進及びその職業の安定を図るために必要であると認めるときは、障害者を雇用し、又は雇用しようとする者に対して、雇い入れ、配置、作業補助具、作業の設備又は環境その他障害者の雇用に関する技術的事項についての助言又は指導を行うことができる」とされている。
F障害者重点職業安定所
  障害者の雇用促進のためには、求人開拓などにより、企業からの求人を確保することが重要であるが、それだけでなく、求職者の情報を幅広く収集、整理し、これらの情報を求人者に対して積極的に提供していくことが必要である。
  障害者の雇用を一層進めるためには、これら求人情報、求職情報を、求職者、求人者相互に十分に提供できる体制を整備することが重要である。このため、各都道府県の中核的な安定所を重点公共職業安定所として指定し、都道府県内各安定所における障害者の求職に関する情報や、求職者に対しては雇用の可能性の高い求人情報を提供することにより、障害者の雇用の促進を図っている。

(2)日本障害者雇用促進協会
  障害者の雇用の促進と、その職業の安定を図るためには、行政機関による施策の推進とともに、社会一般、とりわけ、障害者を雇用する事業主が、障害者に対して正しい認識を持ち、その雇用問題に積極的に取り組むことが重要である。
  日本障害者雇用促進協会は、「障害者の雇用の促進等に関する法律」の趣旨に沿い、行政に協力しつつ、障害者の雇用を円滑に進めるための各種事業を行うことにより、障害者の雇用の促進と職業の安定に資することを目的として、昭和52年3月、旧労働省の認可を得て設立された。事業主によって構成される障害者雇用促進団体による自主的活動である。
業務内容は以下のとおりである。
@ 障害者職業センターの設置運営業務及び障害者職業能力開発校の運営業務
障害者職業センター及び、障害者職業能力開発校については(3)と(5)で説明をする。
A 障害者雇用納付金関係業務
障害者雇用納付金制度29)に基づき、障害者雇用納付金を徴収し、その徴収した納付金を財源として、障害者雇用調整金、奨励金、及び各種助成金30)の支給をする。
B 障害者職業生活相談員の資格認定講習業務
事業主は、5人以上の障害者を雇用する事業所において、障害者の職業生活全般について相談・指導を行わせるための障害者職業生活相談員を選任しなければならないとされている。障害者職業生活相談員の資格認定講習を実施している。
C会員及び事業主に対して、障害者の雇い入れ、雇用環境の整備その他障害者雇用に関する技術的事項についての指導及び援助業務
雇用相談業務を通じて事業主などに対して技術的指導・助言を行うなどのほか、障害者の雇用の促進に関して、全国障害者雇用促進大会、障害児童・生徒などの絵画展などを開催している。
A 事業主その他に対して障害者の雇用管理に関する研修業務
事業所の雇用管理担当者、障害者アドバイザーなど障害者の雇用管理に関わる業務に従事する者に対する研修を行っている。
B 労働者が障害者となった後において、当該労働者の雇用を一定期間以上継続する事業主にあって、当該雇用の継続のために政令で定める措置を講ずる者に対して、労働省令で定める規準に適合する給付金義務
企業に採用された後、労働災害、交通事故などにより障害を有するに至った、いわゆる中途障害者の雇用を継続する事業主に対して給付金31)の支給をする。
C 障害者の技能に関する競技大会の開催業務
障害者の職業能力を促進し、その技能を通じて障害者に対する社会的理解と認識を高めるための全国障害者技能競技大会(アビリンピック)を開催している。 
D 障害者の雇用に関する調査・研究及び広報業務
障害者の職域拡大に関する調査・研究、障害者の雇用に関する事業所などへの調査の実施、障害者の雇用の促進に関する情報・資料の収集・分析及び広報誌「働く広場」などを発行している。
E 障害者の雇用に関する国際協力業務
アジア諸国における国際セミナーの開催、国際協力に関するニーズ調査及び職業リハビリテーション専門家の養成のための研修を行っている。

(3)障害者職業センター
  障害者の雇用支援において、職業評価、職業指導、職場適応指導などには専門的な知識が必要であるため、職業評価から就職後のフォローアップまでを専門的に行う施設として、障害者職業センターが設立された。障害者職業センターは4種類あるが、それらの概要については以下のとおりである。 
@ 障害者職業総合センター
  障害者職業総合センターは、職業リハビリテーション関係施設の中核として、職業リハビリテーションに関する研究・開発、障害者の雇用に関する情報の収集・提供、職業カウンセラーの養成・研修などを通じて、職業リハビリテーション関係施設を支え、職業リハビリテーションの全体的な資質の向上に資することを目的に設立された。
A 広域障害者職業センター
  広域障害者職業センターは、医療施設などとの密接な連携のもとに、広範囲の地域にわたり、系統的に職業リハビリテーションの措置を受けることを必要とする障害者に対して、職業評価、職業指導および職業講習を行い、また、障害者を雇用する事業主に対しては障害者の雇用管理に関する助言その他の援助を行う。
  現在、広域障害者職業センターは、国立職業リハビリテーションセンター、国立吉備高原職業リハビリテーションセンター、せき髄損傷職業センターの3カ所が置かれている。

B 地域障害者職業センター
  地域障害者職業センターは、原則的には各都道府県単位に置かれ、地域の安定所との密接な連携のもとに、障害者や障害者を雇用する事業主その他の関係者に対して、専門的なサービスを提供する。
  主な業務内容は、障害者に対しては職業評価、職業相談、職業準備訓練、職業講習、フォローアップなど、事業主に対しては、職場管理、作業施設に関する相談・助言などがある。

(4)障害者雇用支援センター
  授産施設などの福祉関係施設に入所している人、養護学校卒業後、在宅で福祉サービスを受けている人、小規模作業所に通所している人など、これまでの雇用対策では対応が困難であった障害者、職場に定着することが困難な障害者など、特に就職が困難な障害者の職業生活における自立を図るためには、その障害の特性に応じたきめ細かな職業リハビリテーションを行う必要がある。障害者雇用支援センターでは、授産施設などを定期的に訪問し、職業的自立を希望する障害者を発掘し、彼らに対して各種職業リハビリテーションを奨励する。
  また、障害者雇用支援センターから地域センターに職業評価を依頼したり、地域障害者職業センターで職業準備訓練を受ける必要があると判断された人に対しては、障害者雇用支援センターで基本的な労働習慣の習得や職業能力の維持を図るために一定の軽作業を行ってもらうなど、地域センターとの密接な連携を保つこととされている。
  その他、職場見学の実施、就職後の通勤援助・職場定着のための指導、住宅の確保など職業生活上の問題に対する相談の実施、障害者雇用支援者(ボランティア)の養成・登録・紹介など、直接雇用に関わるものに限らず、幅広く障害者の職業生活を支援するための業務が行われる。

(5)障害者職業能力開発校
  障害者職業能力開発校は、一般の公共職業能力開発施設において職業訓練を受けることが困難な重度障害者や知的障害者に対して、障害に配慮した職業訓練を実施する施設であり、必要な技能・知識を習得させることにより、就職を容易にし、職業の自立を図ることを目的とする。2000年現在、国が設立し、都道府県に運営委託しているものが12校、国が設立し、日本障害者雇用促進協会に運営業務を行わせているものが2校、府県が設置・運営しているものが6校、公共職業能力開発施設からの特別委託により公共職業訓練を実施している施設が14校ある。 

3 障害者の職業選択
1)養護学校における進路指導の状況
  養護学校の進路指導における興味深い研究があるので紹介したい。この研究は1996年に長沼によって行われた。肢体不自由養護学校生徒の職業選択に対する進路指導担当者の意識についての研究である32)。
  問題意識の所在として、「職業選択は職業とのかかわりで自分自身を明らかにしていく過程であると同時に、自分自身との関連で職業を明らかにしていくことでもある。また佃は、職業選択に対して、自分の求めているものが何であるかが明確であることと、進路先がその要求をどれほど満足させてくれるかが理解されていなければ、意思決定は困難であったり、謝った意思決定がなされることになると指摘している」とし、「進路指導担当者は、一人ひとりの生徒理解を行うとともに、生徒自身が自己理解を進め、職業選択における適切な意思決定ができるように指導しなければならない」とする。それでは実際に肢体不自由養護学校の進路指導担当者がどのように生徒理解を行い、生徒の職業選択に対してどのよ うな意識を持っているのかということを明らかにすることが本研究の目的である。
  研究の方法である。調査対象:全国の肢体不自由養護学校高等部142校である。調査時期および調査方法:1994年10月13日から10月27日に質問紙調査を行った。学校長に依頼状を送り、進路指導担当者に趣旨説明書および質問紙を返信用封筒を添えて送付した。調査内容:1卒業生の就職先の実態、2生徒理解の実態;進路指導や職業評価、心理検査について、生徒を理解するために使用している評価法を調査した。(生徒の職業選択に対する意識;「本人の希望に合った職種ならば、賃金が低い職場を選択しても満足すると思う」という質問文を用意し、質問文内の「賃金が低い」の部分を、ストレスが多い、職務に対する役割が果たせない、障害者に理解がない、能力や適性を生かしにくい、社会的評価が低い、通勤時間が長い、将来性が厳しい、専門性を求められない、休日が少ない、昇進の機会が少ない、作業環境に改善を要するに替え、各項目は「強く思う」「やや思う」「どちらでもない」「やや思わない」「強く思わない」の5件法で評定された。
  結果である。回収率:有効回答の回収率は70.4%。卒業生の就職先の実態:対象校の平成5年度卒業生1059名のなかで就職したの521名(49.2%)であり、雇用形態別では福祉的就労が最も多く384名(73.7%)であった。生徒理解の実態:生徒理解のために既成の評価法を使用していたのが75校。使用頻度が高かったものは、WISC-R知能検査、労働省編一般職業適性検査(GATB)、障害者用就職レディネスチェックリスト(ERCD)、田中ビネ−式知能検査、乳幼児分析的発達検査(遠城寺式)が高かった。進路指導担当者の意識:因子分析の結果、生徒の職業選択に対する進路指導担当者の意識は、@就職先の概観、A生徒の心理的負担、B就職先の待遇、C職務に対する役割、D職務のステイタス、E職種に対する興味の順に強く影響されていた。長沼はこれらの結果から、肢体不自由養護学校における進路指導では既製の評価法を用いて主に生徒の能力・適性面を把握しようとしており、選職の条件としては職種に対する興味を重視してはいないという結論を導きだしている。このことは「肢体不自由生徒の職業選択の幅が狭いという状況のなかで、職場に通えること、職場へ現実に適応し、安定した生活を送ることを重視しており、興味を十分に反映できていない現状にある」とし、「個人の職業興味はその人の生活歴やパーソナリティから生まれ、職業の選択はパーソナリティの表現の1つであるとされている。また、職業選択は個人の主体的な行為であるとされている。このような職業選択に関する主観的な側面を扱った研究としてZadehのファジィ理論を応用した支援システムという試みがある。今後、養護学校における進路指導で、個人の職業興味や主観的側面をどのように把握しているか明らかにし、検討していくことが、今後の課題になると考えられる。」と締めくくっている。

2)職業選択における健常者と障害者の比較
(1)障害者の職業選択
  「障害者が社会に出る―その後の5人の人生―」という著書33)には、著者の桐ヶ丘養護学校34)時代の同級生5人の、学校卒業後の人生について書いてある。それらを事例として、障害者が職業選択をする過程において、どのような要因が働いているかを考察してみたい。

〔事例1〕
  佐藤欣也さん。障害名:脳性麻痺。身障手帳等級:1種1級。障害状況:自力歩行や書字は可能だが、速度が極端に遅い。不随意運動あり。言語障害あり。現在は、実家の呉服屋の会計事務のほか、週2回、近くにある障害者のための授産施設の会計事務をしている。父親は他界し、現在は母親と2人暮らし。妹がいるが、10年ぐらい前に結婚した。

〈就職活動〉
  鼻の血管が弱くなってしまい、1日に何回も鼻血がでるようになり、学校をしばらく休んだため、進学や就職の活動が他生徒に比べ遅れる。他生徒は、高等部2年時に、職業安定所内にある障害児のための就職適性検査を受けるが、高等部3年2学期に受ける。検査の内容は、一般常識の口頭試問のほか、簡単な四則演算、漢字の読み書き。結果について、担当者に「おまえはバカじゃないことだけはわかったけど、おまえにできる仕事はない」と言われる。そう言われ、がっかりしたが、がっかりしているだけでは何も始まらないと思い、専門的な知識や技術を身につけようと考える。実家が呉服屋だったので、会計の勉強をしようと思い、会計科のある障害者のための職業訓練校を受験する。無事合格。桐ヶ丘の学生で職業訓練校に合格したのは初めてだった。

〈職業訓練校〉
  入学にあたり、学校側から、「いちばん困るのは、あなたみたいな人だ」と言われる。つまり、その訓練校は卒業後みな就職できることを売りにしていたので、重度の障害者は本当に困る、という意味である。入学の条件として、就職活動をしないこと、を約束させられる。
  学校の敷地内にある寮で生活を送る。会計の授業とソロバンの実習が主であった。授業のあと、毎日1、2時間残って勉強をした。ノートは、授業時間内にとり終わらないため、記憶して後で書くか、後から友達や先生に質問して書きたした。3、4ヶ月経った頃から、友達や一部の先生がノートのコピーをくれるようになる。

〈簿記学校通学、税理士試験受験を考える〉
  勉強していくうちに、会計の仕事が面白くなり、訓練校を修了すると、家業を手伝う傍ら、簿記の専門学校に通うことにする。そこでの勉強をステップにして、税理士の資格を取りたいと考える。その学校は、授業料さえ払えば、障害者だからといって入学を断られることはなかった。税理士試験を受験するには、@大学の商学部か経済学部を卒業している、A商工会議所の簿記検定1級所持、B実務経験5年のいずれかを満たす必要がある。そこで、商工会議所の簿記1級を取ろうと考える。しかし、限られた時間に答えを書くことがハードルとなり、(簿記1級の場合、3時間以内に4科目の解答をしなければならない)4回ほど受験するが、だめだった。そうこうするうちに、実家での経理の実務経験が5年を越えたため、税理士試験に勉強を切り替える。

〈税理士試験〉
  自分の書くスピードはわかっていたことから、試験に和文タイプライターを持ち込めないか、税理士試験の監督官庁である国税庁に直訴する。最初は、言語障害のため言葉が通じず、守衛さんに門前払いをされていたが、3、4回足を運ぶうちに、首をかしげながらも聞いてくれるようになり、国税庁に入ることができた。しかし、いざ担当者と話しができても、担当者は、「忙しいからかまっていられない」「時間がない」「そういう計画はない」という返事。ところが1年後、国税庁から、「タイプライターの持ち込みを認める」という電話が入った。しかし、タイプを持ち込んだものの、試験は受からなかった。タイプで打てる量にも限界があり、時間は不足していた。同じような形態で2回受験したが、どちらもだめで、税理士の道は諦めることになる。

〈授産施設で会計の仕事〉
  税理士試験を断念し、家の仕事と、八王子市内にある「もぐらはうす」という重度障害者の働く場を提供する授産施設で会計の仕事をするほか、姉妹施設である「ハンドクラフト杢」でも会計の仕事をすることになる。また、知り合いの宝石屋の、顧客名簿の管理の仕事もしている。自動車普通免許のほか、労務管理士や食品衛生管理者の資格を取得、また、全国経理学校協会の簿記検定に合格した。
  
〔事例2〕
  森猛さん。障害名:脳性麻痺。身障手帳等級:2種2級。障害状況:不随意運動はあるが、事例1の佐藤さんよりも障害は軽く、書字のスピードも速い。利き手の左手1本でピアノを弾くこともできる。また、若干足を引きずるが、歩くことにほとんど不自由はない。言語障害はあるが、落ち着いて話せば初対面の人にでも理解できる程度である。その一方で、小学部の高学年から中学部にかけて聴力が弱くなり、補聴器を使用することになった。

〈就職、失業そして再就職〉
  桐ヶ丘養護学校高等部を卒業後、父親の知り合いが経営する印刷関連の会社に就職。その印刷会社は、文字がプリントされたフィルムをアルミの板に焼き付ける、刷板という作業を専業している会社であった。入社後9ヶ月で、会社の経営が悪化し、辞めざるを得ない状況になった。社会保険には加入しておらず、辞めても失業保険ももらえなかった。
  池袋の職業安定所へ行き、そこで開催されていた「障害者職業相談会」に参加。障害者を募集している会社を一堂に集めた就職希望者の合同面接会を行っていた。そこで紹介された、婦人服を作っている会社に再就職することになった。印刷会社を辞めて1ヶ月くらいの時期である。
  この会社は社員30人くらいで、仕上げの段階でのアイロンかけの仕事を担当。午前9時から午後5時まで、昼食時間45分を除いて休みなしの重労働であった。ところが、1ヶ月くらい経った時、その会社で面倒を見てくれていた人に、「国からの助成金が来月で切れるので、来月からその分の給料を引かせてくれ」と言われる。「障害者雇用促進法」に基づく助成金が1年で切れるからという理由であった。当時の給料は手取り7万円ほどであり、それからさらに引かれてしまっては働く意味がないと思われ、辞めることに決める。
  再び職安へ。次に紹介されたのは、光学機器を梱包する会社であった。得意先から双眼鏡や顕微鏡などの商品を預かり、段ボールや化粧箱に入れていく仕事である。1、2ヶ月はアルバイトで働いた。ほとんどただ働きであり、仕事ぶりを見て採用を決めるというものであった。結局、仕事の効率が悪いということで正式な採用はされなかった。
  再び職安へ。今度は、中規模の印刷会社を紹介された。面接時に、そこの社長と意気投合し、「月曜日から来てください」と言われる。写植課、オフセット課、活版課があり、営業部員を含めて、50人規模であった。最初は、オフセット課に配属された。そして6年が経ち、写植課に移動。それは、森さんがパソコンに強いことを社長が知っており、写植機と同様の機能を持つソフトを購入したので、森さんを移動させたのであった。当時、会社でパソコンを扱えるのは森さんだけだったので、森さんは、誇りを持ってその仕事に取り組んだ。
  しかし、たまたま仕事上のミスが続いたうえに、バブル崩壊の影響で会社が苦しくなって社長が交替することになり、入社以来世話になった社長から「もう自分が面倒みることができなくなったから、君も辞めないか」と言われ、退職を決意する。写植課は3年おり、計9年間の勤務であった。退職金ももらった。給料面では不満はなかった。残業代も支払われていた。しかし、同年代の他の社員に比べて低く抑えられていたようである。

〈仕事とボランティアと〉 
  印刷会社を退職後は、2年ほど、父親の会社でサポート的な仕事をする。父親の会社は、コンクリートや鉄筋など組み立ての材料をそろえ、建築を施工する会社に卸す仕事である。その後、大型コンピューターの操作を覚えるために、東京都小平市にある障害者職業訓練校のプログラミング科に入学。そこを卒業後は、父親の会社で、必要に応じて作業するという形で、主にコンピューターを使った仕事を請け負っている。その傍ら、近くのゲームショップのインターネット・ホームページ作成をボランティアでやっている。これは、60ページほどを毎月更新しなければならず、なかなか大変な仕事である。このほかに、自分のホームページもある。仕事以外でも、コンピューターに向かうことが多い日々である。

〔事例3〕
  石黒信二さん。下半身(足)が部分的に大きくなってしまう障害を持っている。障害状況:幼いときから症状が進行し、何度も手術を繰り返した。靴は、既製品のものは小さかったり、形が合わなかったりするため特注で作成。足が大きく、引きずるように歩くので、道行く人に振り向かれたり、不躾な視線を向けられることがよくある。反面、上半身は不自由はなく、言語障害もない。養護学校には小学部の3年生までおり、4年生からは担任の先生の勧めもあり、普通の小学校に転校。中学校、高校と順調に進学し、慶応大学商学部に進学。大学3年生のときに公認会計士試験に受かり、卒業後は世界的な監査法人(会計事務所)に就職。第一線で活躍している。

〈会計士を目指す〉
  足に障害があるため、営業のような外回りはできない。その当時から、商社や銀行などの一般の会社に入る選択肢はないと漠然と思っていた。いろいろな本を調べ、弁護士か会計士か医者がいいと思ったが、親から医学部はお金がかかるからだめだと言われていた。そこで、残り2つのうち、どちらかと言えば数字に強かったので、会計士を目指そうと決める。中学・高校と、買いたい楽器やレコードが買えなかったので、それなりの高収入が得られる仕事がいいとも思っていた。高校生の頃のことである。
  会計士になるために、慶応大学商学部に入学。合格すると、普通は監査法人(会計事務所)に入る。4年生のときには、それを第1志望にし、一般企業の採用面接を受けたが、一次面接で落ちることが多かった。そのとき、障害があると一般企業に入るのは難しいと実感する。障害者雇用促進法により、企業が一定の割合で障害者を雇わなければならないことは知っていたが、仕事が限定されてしまうと思い、そういう形で就職することは考えなかった。 ゼミの先生に推薦状を書いてもらい、4年の秋に第1志望の中央監査法人に内定が決まる。現在は、国際税務を専門的に行っている。

〔事例4〕
  増淵(旧姓・磯谷)久美子さん。障害名:脳性麻痺。身障手帳等級:2級。障害状況:足と手に障害がある。車いすは使用していないが、歩行時は、左足のかかとが地面につかず、爪先で歩く。また歩行中は、身体のバランスを取るために右手を腹にあて、全身を大きく左右にゆらして、見た目には、人が少し触れただけで転んでしまいそうな不安定さがある。言語障害はない。

〈電話交換手になる〉
  高校2年の夏ごろ、電話交換手になろうと考える。勉強は月並みであったので、大学への進学は考えていなかった。そのかわり何か手に職をつけたいと思った。手足の障害はあるが、言語の障害はなかったので、電話交換手になろうと決める。
  高校3年の夏休みに電話交換手の免許を取る。夏休みが終わると、桐ヶ丘の担当の先生に職業安定所に電話をしてもらい、障害の状況や電話交換手の資格を持っていることを説明した。冬休みになり2件紹介をしてもらう。どちらも銀行であった。1976年に障害者雇用促進法が改正され、法定雇用率が上がったのと同時に、障害者雇用が義務化されたのを受けて、どちらの銀行も積極的に障害者を採用しようとしていた。S銀行に内定が決まる。

〈電話交換手の仕事〉
  S銀行は大手町にある。増淵さんの住まいは板橋区大山であったため、通勤には1時間以上かかる。勤務は9時からであったが、ラッシュを避けるために、8時には職場に着くように、7時前に家をでていた。勤務時間の配慮がなされ、他の人に比べ、朝早くからの勤務や残業の一部免除がされていた。
具体的な業務は、社内からの電話を別の部署につなぐ仕事や社内の人からの問い合わせに答えて内線番号を教える「社内案内」の仕事であった。最初は、外からの人の電話をつないでいたが、他の人に比べて業務量が少なくなってしまうため、上司に相談したところ、社内案内に変更をしたのであった。
電話交換室には女性ばかり30人くらいの交換手がいた。電話が20台あり、3つのチームに分かれての3交代制で、1時間働いて10分間の休みを取った。後から苦情が来た場合のためにメモを残しておかなければならなかったが、字を書くのが遅くてあまり上手くないために苦労をした。主任がメモをチェックした際「なんて書いてあるかわからない」と注意されたことがあり、それ以降、10分の交替時間を使って、よくメモを書き直した。

〈仕事上の悩み〉
  電話交換手の仕事は、何千という内線番号や細かなマニュアルを覚えなければならず、大変な仕事であった。健常者でも1、2年で辞めてしまう人がいた。そんななかで、他の人より仕事のスピードが遅かったりシフト勤務なども少なかったりしたが、同じ給料をもらっていたので申し訳ない気持ちが強く、辞めようと思ったことが何度かあった。また、女性だけの職場だったためか、先輩後輩の関係が厳しく、先輩のためにコーヒーを入れなければならなかったが、そのコーヒーを入れられず、同期の人たちに代わりにいれてもらってばかりいたので、つらい思いもした。
  電話交換の業務以外に、交代で、交換室とは違うフロアーにある総務部に行って、必要な書類のコピーをとってきたりする仕事もあった。他の人より時間がかかるために、同期のみんなに迷惑をかけないために息をきらして戻ると、先輩から「汗くさい」と吐き捨てるように言われたこともあった。
  そんな毎日に仕事の遅さも加わり、だんだん自分に自信が持てなくなり、「早いうちに辞めたほうがいい」と思うようになる。桐ヶ丘の高等部時代の担任の先生に「銀行を辞めて、福祉工場のようなところで働こうか」と相談したこともあった。しかし、当時、先輩のなかに1人だけ、何でも相談できる人がおり、その先輩に諭されているうちに、「今辞めてしまったら、交換手になった自分のこれまでの努力が無駄になる」と思えてきた。母親からも、「今辞めたら、ほかにいくところがないよ」「障害の身でありながら、大手の会社に入れたのは運がいいんだから続けなさい」と言われ、確かに福祉工場に比べ給料は倍以上だったこともあり、もう少し続けてみることにする。

〈悩みを打ち明けられる仲間、そして結婚〉
  時間が経つにつれて、同期の仲間同士で悩みを打ち明けあったりするようになる。その都度、「仕事がつらければ、上の人に言って、調整してもらえば」などのアドバイスがもらえ、なんとか続けていくことができた。
  電話交換手は女性ばかりの職場で、ほとんどが18、9歳で入り、たいてい何年かすると結婚退社をしていく。同期は7名いたが、全員が26、7歳のころに結婚退社をした。増淵さんも、9年間、同じ職場で働いた後、友人の仲介で知り合った、ポリオで両足に障害を持つ7歳年上の男性と結婚し、結婚退社をした。

〔事例5〕
  佐藤(旧姓・橋爪)三千代さん。障害名:先天性多発性関節拘縮症による四肢機能障害。身障手帳等級:1級。障害状況:関節が伸びない障害で、生まれた時にはすでに手首や肩などの関節が曲がっていた。物心ついたときには車いすに乗っていた。車いすは、車体を低くしたものに乗って、両足で地面を蹴って前へ進む。肘から下の関節は何とか動かせるので、字を書いたり、食事をしたり、着替えをしたりは自分でできる。高等部を卒業後、行動範囲を広げようと車の運転免許を取得。

〈普通の人の行く学校に行きたい〉
  高等部の担任の先生に、学校卒業後は、埼玉県所沢市のリハビリテーションセンターに行くか、障害者雇用促進法の採用枠を使って、第一勧業銀行で宝くじを売る仕事ならあるがどうか、と言われるが、それに疑問を感じる。なぜなら、学校を卒業して、資格も何も持っていないまま社会に出ても、それから先どうなるんだろう、と不安に思ったからだ。先生は「所沢のリハセンターなら、勉強もできるし、資格も取れるよ」と言うが、そこは障害者ばかりが集まる場所であり、そこから外に出ていった時にどうなるのかと思った。そして先生に「自分が何がやりたいかはまだはっきりわからないけれど、普通の人の行く学校に行きたい。その場所をこれから自分で探します」と伝える。性格上、人に敷かれたお決まりのレールをそのまま進んでいくのはどうしても嫌だったこともあった。

〈和文タイプの専門学校、そして一般就労〉
  それから半年ぐらい、何をやるかを考えた。「自分に何ができるだろう、車いすだし、力仕事はできないし。ただ車の免許だけは持っている」。その時、和文タイプを思いつく。今はワープロが普及しているが、当時はそうでなかったので、タイプの仕事の需要はまだたくさんあった。そこで和文タイプの専門学校へ入ることにする。電話で車いすでも大丈夫なところを探した。駐車場があるところ、エレベーターがあるところ、段差があってはいけないところといった条件を満たす必要があった。一つだけ、お茶の水にある富士タイピスト学院というところが、受け入れてくれた。2年くらい経過し、ある程度タイプが打てるようになると、先生から、検定を受けるように言われる。しかし申し込みをすると、「あなたがやるんですか。うちではまだそういう例がないので待ってください」と言われ、しかもいくら待っても返事がもらえない。学校側も見かねたのか、「あなたはもうタイプができるから、職安に行ってみてはどうか」とアドバイスをくれる。職安で、2つの職場を紹介される。1つはA銀行で、タイプと電話の交換を兼ねた仕事だった。もう1つは、川口市の商品パッケージを作る会社で、機械を使ってパッケージの元になる製図を書く仕事だった。A銀行は自宅から距離が遠いため負担が大きいこと、また、職場で意地悪された話なども聞いていたため気が進まず、川口の会社の面接を受けた。「タイプ検定なんかいらないからすぐに来てくれ」と言われ、即、働くことになる。実際の仕事は、製図器に図面を見ながら数字などをタイプで打ち込んでいく仕事であった。

  これら事例は、何を基に職業選択を行っているのだろうか。長沼の文献と第2節で述べた「働く価値」を参考にして、仮に、本人の職業興味や関心によるものを「内的基準型」、能力や適性など、就職先の求めに応じたものを基準とする場合は「外的基準型」、それらが合わさったものを「複合型」としよう。そうすると、事例1、3は「複合型」、事例2、4、5は「外的基準型」と分類できる。つまり事例1と3は、それぞれ「職業興味」や「働く価値・目的」がはっきりしており、それを優先的に考えたうえで「障害状況」も鑑みて職業選択を行っていることがわかる。それに対して2、4、5は、「障害状況」から「できる仕事」を割り出している。「内的基準型」は一人もいなかった。ちなみに健常者の職業選択はどうであろうか。次に、参考までに同じ分類を用いて健常者の職業選択の要因を分析してみよう。

(2)健常者の職業選択
  「なりたい自分を探せるしごと情報誌」というキャッチフレーズの「salidaサリダ」という情報誌の2001年10月22日発行には、〔みんな、何で働くの?もう一度考えてみよう「わたしなり」の働く意味〕という特集が組まれている。
  それによると、20代〜30代前半の女性50人に「今まで働く理由を考えたことがありますか?」という質問をしたところ、「はい」と解答した人が17人、「いいえ」と答えた人が33人という結果であった。「はい」と回答した17人に対して、「なんで働くのか」について具体的な質問をし、その理由を明らかにしているので紹介をしたい(表1)。

 表1http://www.arsvi.com/2000/030900t2.xls

  これらの事例は、20代〜30代の女性に限定されており、それを健常者一般に普遍化することは無理があるが、《障害》の有る・無しによる違いを知るヒントにはなるだろう。 
まず事例10、11を除いてすべて「内的基準型」であることがわかる。事例10、11は、それぞれ「心臓ペースメーカーの使用」、「体力の問題」を理由に仕事を絞りながらも、「自分の世界を持つ」、「仕事を通して成長したい」という自分なりの目的も持っており、「複合型」に分類できるのではないだろうか。
  これら結果から、障害者は健常者に比べて、自分の興味や関心などの内的基準に基づいて職業を選択することが極めて少なく、まずは障害があっても可能な仕事が選別され、なかにはそれが本人の職業興味や目的と合致することもある、といった程度にしか本人の希望や意志は反映されていないことがわかる。

4 障害者の就労形態
1)一般就労
  賃金の助成や特別な保護的な職場環境の提供を受けないで競争的な労働市場に参加することであり、企業や官公庁と雇用関係を結んで採用される「雇用」のほかに、自営業や内職などを含む「在宅就労」が含まれる。一般雇用の形態は、官公庁や企業などの通常の雇用の場の他にもいくつかの方式がある。1つが「重度障害者多数雇用事業所」である。これは「障害者の雇用の促進等に関する法律」による助成金を受けて、一定数以上の重度の障害を持つ人を雇用する。2つめが「特例子会社」である。これは、親会社が、同法の雇用率制度や納付金制度の上では同一の事業所と見なされる子会社を設立して障害者を雇用する方式である。子会社と見なされるには一定の要件35)を満たすことが必要だが、親会社にとっては雇用率や納付金制度の面で利点36)があるために障害者は雇用されやすく、特に、大企業における障害者雇用の有力な手段となっている。3つめが「第3セクター」方式である。これは、地方公共団体と民間企業が共同出資して「第3セクター」を設立し、地方公共団体が加わりながら各種の助成金37)を活用して重度障害者の雇用を促進することを目指している。

2)保護雇用
  ILOの第99号勧告(1955年)が障害者の雇用の形態の1つとして示したものである。競争的な一般雇用が困難な場合に、雇用主との雇用関係を結びながら、賃金の補てんや担当職員の人件費、施設や設備の改善、運営に伴う経費などを補助しつつ、雇用の継続に向けた保護を行う方式である。わが国では「福祉工場」がこれに該当する。しかし「福祉工場」については「福祉的就労」として位置づけている文献もある38)。「福祉工場」で働く場合には労働法規が適用されるため働く人の身分保障がなされるが、先に述べたような保護的な配慮もなされており、「雇用」でありまた「福祉的配慮」もなされる場と言える。

3)福祉的就労
  福祉的就労とは、一般雇用に適応が困難な障害者の働く場であり、授産施設(社会就労センタ−)や小規模作業所39)などがそれにあたる。設置目的や運営方針は様々である。
授産施設の種類は下表のとおりである。授産施設の役割については身体障害者福祉法、知的障害者福祉法、精神保健法、生活保護法、社会事業法、それぞれの法律に根拠規定がある。また授産施設の主たる機能は、障害者の労働能力の評価や開発機能、さらに生活自立訓練と生活援護機能である。
現在の授産施設や福祉工場の問題はいろいろと指摘されている。それに対して小規模作業所は、学校卒業後あるいは病院退院後の成人障害者の働きたいという願いを実現するとともに、一般雇用における就労率の低さや授産施設や福祉工場などの福祉的就労に対する施策の不十分さを補う社会運動として設立されてきた経緯がある。そこで次に授産施設、福祉工場の問題点と小規模作業所の意義について整理しておく。

福祉工場、授産施設の問題点
  福祉工場、授産施設における意義については、これらが障害者の働くニーズに合わせた就労の場であることであろう。特に福祉工場については、労働法規が適用されるため、身分や最低賃金の保障がなされることの利点は大きいと思われる。しかし様々な問題点が指摘されている。それらについて以下に整理した。

(1)一般雇用への移行率が低い
  少々古いデータになるが「平成4年度授産施設・福祉工場実態調査」40)によると、授産施設利用者の「雇用率」(退所者中の就職者の比率)を推計している。それによると、授産施設全体では2.2%、身体障害者授産施設1.8%、身体障害者通所授産施設3.4%、重度身体障害者授産施設1.0%、身体障害者福祉工場3.0%、知的障害者授産施設(入所)2.6%、知的障害者授産施設(通所)2.2%、知的障害者福祉工場2.1%、精神障害者通所授産施設8.6%であった。現在においても授産施設・福祉工場などの社会福祉施設における一般就労への移行率はきわめて低い。雇用可能性のある利用者が授産施設にいるとすれば、障害者を保護的環境に閉じこめてしまっていることに他ならない。それらの社会福祉施設では一般就労へ移行するための積極的な方法が取られているとは言い難く、利用者にとっても、一般就労へ挑戦したとしても失敗したときのセーフティ・ネットが存在しない現状のなかではリスクを背負いたくないという気持ちがあるものと思われる。

(2)作業内容の付加価値生産性が低く、工賃が低い
  福祉的就労は「収入」よりむしろ「自己ニーズ達成」に目的の焦点があてられた特殊な就労形態である41)。付加価値生産性を向上させ、今よりも高い工賃が得られるための努力はできる。その努力によって、そこで就労する利用者はより経済的に充足でき、自然な就労状況に近づくことができる。
  授産施設における平均工賃額は、昭和63年時点では、生活保護授産施設が5万872円、社会事業授産施設が4万3291円、身体障害者授産施設が2万8107円、身体障害者通所授産施設が2万3417円、重度身体障害者授産施設が1万8489円、精神薄弱者授産施設(現知的障害者授産施設)(入所)が9738円、精神薄弱者授産施設(現知的障害者授産施設)(通所)が9808円、精神障害者授産施設(通所)が4365円となっている42)。工賃の低い理由として限界生産力が低いことが考えられる。それが一般企業に就職しにくい原因でもある。だから社会福祉施設では付加価値を上げることが難しい。「付加価値とは、経済活動によって作られた新たな価値であり、ここから賃金と利潤がでる。付加価値が小さければ、高い給与は出せず、赤字経営になることもある。要するに、一般市場では採算にのらない活動である」43)。
  授産施設の作業種目については、縫製、紙(加工)製品、その他の製品、農耕・畜産・園芸、木工、電気器具、印刷、プラスティック製品、機械器具、簡易作業、食料品、サービス業、金属製品、陶芸、クリーニング等である44)。軽作業や簡易作業が主たる職種となっている。作業種目については、受注が不安定であり、前近代的な業種であるとの指摘がある。
  したがって生産性向上のための施設・設備の改善をしたり、経営のあり方を見直したりするなど、所得が増えるようなインセンティブを設けることは、経営効率の向上のために有効なものであると考える。

(3)利用者の労働法規適用の問題
  授産施設については、施設に就労する障害者と法人理事長とのあいだに雇用関係は成立していないが、授産施設の実態をみると、そこには「使用従属性」がみられるため労働基準法の適用を受けるべきではないか、という指摘がある45)。
  「労働基準法では、『労働者とは、職業の種類を問わず、前条(第8条)の事業又は事業所に使用される者で、賃金を支払われる者をいう』(第9条)と定義され、『労働者性』の有無は、@使用される(指導監督下の労働)者であるか否か。Aその対償として賃金が支払われるかどうか」で判断される。
  授産施設で就労する障害者は、次の諸条件をすべて満たすため、労働者性はないものとされ、雇用関係は成立しないとみなされている。その条件とは
「@ 作業への出欠、作業時間、作業量などが自由であり、施設においては指導監督するものがないものであること、特に、作業量が予約された日に完成されなかった場合にも、工賃の減額、作業品割の停止、資格の剥奪などの制裁が課せられないものであること
  A作業によって加工すべき品目について、技能を考慮して授産施設において割り当てるものであっても差し支えないが、同一品目の工賃が、技能により差別を設けず同額であること、また、授産施設の場内で作業をする場合と場外で作業する場合とによって工賃に差別を設けないものであること
  B作業収入は、その全額を、障害者に支払うものであること
  C授産施設の運転資金、人件費、備品費、営繕費その他の事務費又は固定資産の償却などの経費は、施設の負担においてなされること」
である。しかし授産施設の実態は「作業工賃は、一律ではなく、個々の障害者の作業能力に応じて支給され、作業時間・作業量などが障害者の自由裁量に任されているとは言えない」などの状況が指摘できるため、「『使用従属性』がみられることから、労働基準法の適用を受けるべきである」という指摘である。
  しかしそのための課題として、「一般労働者とのあいだに極めて大きな格差としてある労働条件の改善があげられる。それには経営戦略の能力を高め、全体としての生産性の向上を図る必要があり、次のような条件整備対策の実施が求められる」としている。
  「@企業的な経営手法の導入による経営方針の改革、A障害者比率の見直し(障害者と障害を持たない者の比率は、少なくとも半々程度が望ましい)、B多様な仕事を可能にするに十分な受注の確保(質・量ともに)、C仕事を遂行するために必要な基礎的知識・技術の付与・向上、D仕事を通じた一般企業への移行の可能性を高めるための能力の開発・向上、E施設・設備の高度化、F障害の特性に応じた施設・設備、障害補完などの機器の発達、G新製品の開発、技術的な支援、H製品の販路の確保・拡大、I経営戦略に対応した職員の能力開発・レベルアップ」である。それらが実現されれば「労働生産性については、障害者の労働力に加えて、障害を持たない人の労働能力、施設・設備、環境、障害支援機器などの総和となるため、飛躍的に全体としての生産性を高めることが期待できる、障害のある人とない人が『共に働く場』」としても期待できる」としている。

(4)絶対数が不足し、地域的に偏在している
  福祉工場については次のような指摘がある。「平成4年10月時点で、身体障害者福祉工場は28か所、精神薄弱者福祉工場(現知的障害者福祉工場)は11か所が設置されているにすぎない。前者は約半数の県で、後者では4分の1の県で設置されているにとどまっている。合計しても2000人の障害者が就労しているにすぎず、その絶対数は少ない」46)。
  また授産施設についても、「平成2年時点でみていくと、身体障害者授産施設は、北海道・東京都等を除くと、各府県に1〜3か所程度しか設置されていない。設置されていない県も14県あった。重度身体障害者授産施設についても、各都道府県で1〜4か所が設置されているのがほとんどであり、設置されていない県が4県あった。身体障害者通所授産施設は、東京都・神奈川県・愛知県・京都府・大阪府兵庫県などを除き1〜3か所の設置がほとんどである。設置されていない県も12ある。精神薄弱者入所授産施設(現知的障害者入所授産施設)は、1県を除いて設置されているが、大半が4か所以下の設置数である。精神薄弱者通所授産施設(知的障害者通所授産施設)についても1県を除き設置されている。この授産施設は、他の種類とは異なり、大都市部を中心に多数設置されている。ともあれ、授産施設は、全国にある約3000の市町村のうちで、約500の市区町村にしか設置されていない」47)。
  このような福祉的就労の場の、絶対数の不足や地域的な偏在は、福祉的就労の場が、障害の種類や程度が限定されたものであることとも相まって、就労に結びつくことのできなかった多くの重度障害者を在宅や病院などに閉じこめる結果となった。
  そうした、学齢期を過ぎ、成人期に到達した重い障害のある人たちの働き・成長できる機会や仲間づくりを求めて、市民の手探りで生まれたのが小規模作業所である。

小規模作業所の意義と問題点
  小規模作業所という呼び名の由来をたどると、地方自治体行政における、補助金制度の施策のなかで使われたのが最初であるが、その後、こうした作業所が授産施設と中味が類似していること、さらに通所者数や施設規模が比較的小さいことなどから、関係団体間において「小規模作業所」や「小規模授産施設」などの言葉が使われ始めた。しかしその自主性、柔軟性、独自性などは、従来の授産施設のあり方と大きく異なることから「小規模作業所」の呼び名の方が好んで使われるようになった。「小規模作業所」は、行政の取り組みに従属したり、またその取り組みから疎外されたりするものではなく、あくまで対等性を主張する立場にある。その取り組みの特徴について以下に整理をする。

(1)共同福祉の場 
  園田は、「共同福祉(community care)」という概念は、すべての人びとが、地域社会において、相互の理解を深め、共通の目標や価値を守り・伸ばし、共に生きる・連帯的な関係を目指す福祉、という意味付けをし、従来の、地域社会における社会福祉施設などに拠点を置いた福祉的なサービスのあり方については「地域社会を基盤としたケア(community based care)」「地域社会でのケア(care in the community)」として区別することが妥当ではないかとしている。そして共同福祉の具体的な動きとして、小規模作業所の取り組みを紹介している48)。
  小規模作業所の取り組みは、1969年に、知的障害者を対象として、愛知県名古屋市にその第1号が誕生したのを皮切りに、およそ30年間のあいだに、全国に4千を越える数に広がっていった。そしてそこに通う障害者の数も7万人にものぼると推計されている。その取り組みは、養護学校を終えても働くことが困難とされた知的や身体に障害のある人、そして施設や病院を出た後、放置状態におかれてきた精神障害の「回復者」などが、仕事をしたり、仲間づくりをしたりするなかでひととして成長できる場がほしいという、当事者やそれを支える教師や医師や看護婦や一般市民のボランティアなどの願いが1つになって、試行錯誤を重ねながら進んできた。
  小規模作業所と地域社会との関わりについては、1989年に東京都と神奈川県の作業所266か所を対象として行われた調査の結果をみると、作業所を開設したり運営していくことで地域からの反対を受けたことがあったかとの質問に対して「あった」とした作業所は全体の11%にすぎず、障害の種類によって差異はなかった。反対運動の内容として、障害者への不安・こわさ、住民への迷惑がかかることへの不安、地価が下がること、設立時に住民の意見を聞かなかったこと、などが挙げられていた。また小規模作業所からの地域への積極的な働きかけとしては、バザーの実施が7割、作業所だよりや新聞の発行と配布が6割、廃品回収が2割程度の作業所で取り組まれている。その他、地域行事やまつりへの参加、作品展や文化祭や講演会の開催、近隣の道路や公園の清掃、コンサートの開催、街頭募金活動などさまざまな活動が展開されていることが明らかにされている。
  さらに全国精神障害者家族会連合会が1987年に全国の精神障害者の作業所306か所を対象として実施した調査においても、同じような結果が報告されている。つまり作業所の設立に関して一般住民の否定的な反応が懸念されたにも関わらず、そのような動きは1割にも満たず、周辺住民への説明や働きかけを通じて、多くの場合は理解を獲得していた。むしろ、地域の人々が作業所の設立・運営に積極的に協力してくれる場合は全体の4割近くあり、反対の動きに比べて協力的な動きの方が多い、という結果だったのである。
  園田は、こうした小規模作業所の取り組みについて、次のような理由から、今後の動向が極めて注目されるものであるとしている。
「@障害者たち自身やその親たち、そしてそれらを支援する専門職や一般市民の有志たちによる自主的で、自発的な動きにより誕生し、発展してきているものであること
  Aそれはたんに行政や社会に行政や社会に要求をしたり、依存したりするというものでなく、障害という重い課題をもっている人々を主体とした連帯的な、共同の活動が中核となっていること
  Bそれが障害者の仲間うちの集いや結びつきにとどまることなく、地域の一般の人々との交流や、新しいコミュニティづくりの結節点としても積極的な役割を果たしてきていること」
  小規模作業所の取り組みは、障害者を主体として目標を持って成長しようとする、自発的・自主的に生まれた連帯・共同の活動であるとともに、小規模作業所は、地域を巻き込み、地域が「障害」を理解し受け入れ、地域とともに発展する、まさに「共同福祉」を創出してきた場であるということができる。

(2)支え合いの場 
  障害者にとって、小規模作業所における活動はどのような意味を持っているのであろうか。「ひろがれ共同作業所」49)には、作業所における実践事例が紹介されていることから、それらを参考にしながら考える。

〔事例1〕
  広島にあるもみじ作業所に入所する重度肢体不自由の障害を持つ幸子さんの場合である。幸子さんは、当時31歳。アテトーゼタイプの麻痺があり、手指の巧緻な動きを使用とすると身体全体に力が入ってしまい、つまみ動作すら困難な状態にあった。養護学校を卒業後在宅となり、家でタイプアートやタイプで手紙を打ったりして1日を過ごしていた。
  幸子さんが最初に取り組んだ仕事は、プラスチックのもぎ取り作業だった。これは成型されたプラスチックの部品をもぎ取り、種類別に分け、数をかぞえて袋に入れる仕事である。車いすから降りて横になり、部品を左手と右手に持ち、右手で引っ張ってもぎ取る。それが彼女にとって初めての仕事であり、自分にもできる仕事があることにうれしさがこみ上げた。その後幸子さんは、仲間とできないことを補強しあいながら1つの作業を行ったり、さらに自助具を使ったりすることで、できる仕事を増やしていった。作業所はこれらの取り組みから「@作業工程を障害の重い仲間にもできるように分けること、A労働集団のなかで障害の重い仲間への援助者を位置づけ、作業の流れをスムーズにし、お互いの学びあい育ちあいを大切にした集団づくりをしていくこと、B可能性の追求として自助具の工夫をしていくこと、C意欲の持てる労働内容、またより高い生産性の追求できる新しい仕事の開拓にも意欲的に取り組むことを、確認した」、「重度肢体障害者への労働実践の成果としては、まずとても働けないと思われていた彼女に対して作業の工程を分けることや、知恵おくれの仲間とコンビを組んでの集団労働や、自助具の使用によって、働くことを保障できたことがあげられます。またそのことは、単に働くことができたということにとどまらず、生きていく上での大切な自信や意欲や積極性を引き出した」としている。

〔事例2〕
  精神障害のある澄子さん(当時50歳)は、中学生の頃に発病し、18歳より入院し、入院生活が30年間続いた。入院中、一番嫌だったのは電気治療だそうである。舌をかまないようにタオルをくわえてヘッドホーンみたいなものを頭につける。ビービーという瞬間とともに気を失い、後は覚えていない。澄子さんは「こわくて、いやで、暴れて逃げたけど、力ずくでベッドに寝かされてしまう。早く退院したくて、お母さんに手紙を書き続けた」と振り返る。
  澄子さんが東京にあるあさやけ作業所に入所したとき、長らく社会との接触が断たれていたために、洋服が乱れていても気にしない、トイレに入ると外に出てからスカートをあげる、おやつが出ると我先にとっていくなど、驚くような行動が見られた。
入所後1年経って、ミシンの作業に取り組むことになった。最初は「触ったことがないからできない」と拒否する。日をおいて何回か誘いかける。ようやく「やってもいい」ということになった。しかし、失敗する度に「できないからやめる」「やりたくない」と言う。その度に、職員やミシン班の仲間から励まされ、練習を続けた。意欲は人一倍あり、半年後には、電動ミシンでエプロンや防災頭巾が縫えるまでになった。予想外の上達ぶりに仲間たちから「上手」「すごい」と評価され、本人はとてもうれしかったようである。
そのことは自信と意欲に繋がり、表情が明るくなり、よく話をするようになった。入所して3年目、澄子さんの目に見える変化に、病院側が退院の方向を打ち出す。しかし母親の急死で中断した。単身生活は難しいだろうという判断から、救護施設の方向を検討し、1987年4月、30年間過ごした病院生活にピリオドを打ち、施設に入寮することになった。

  2事例とも、もし小規模作業所と出会わなかったら、在宅・精神病院に閉じこめられた生活をいまも送っていたかもしれない。幸子さん、澄子さんは、小規模作業所で、仲間の支えや工夫により、できないと思っていたことができることがわかったり、役に立てた経験から、自分に対する自信や意欲が引き出されたのである。

(3)設備、報酬などに関わる問題
  小規模作業所には、上述してきたような良さがある反面、利用者工賃の低さなどが指摘されている50)。利用者の工賃については、1998年に行われた小規模作業所実態調査によると、利用者一人あたりの月額平均工賃が4,724円である。工賃を時間給で見ると、時間給200円未満が83.3%、さらに100円未満が53.8%である。また時給500円以上は3.9%となっていた51)。
  また作業所の職員は、利用する障害者の生活を守り、発達を指導・援助する役割や、仕事の確保、取引先企業との交渉、自主製品の開発・販売、運営にかかわる財政実務、運営委員会をはじめとした諸会議の準備など、果たさなければならない役割は非常に多いにも関わらず、一作業所あたりの職員数の少なさ(常勤が2.3人、非常勤が1.4人、賃金などの労働条件の面ではボランティアに近い状況の者も含まれると見られる)52)や、給料の少なさも指摘されている53)。 
  その他、運営資金の調達が難しく、助成金や寄付金に頼っているところが多いが、それでも生産性をあげるための設備作りをするうえでは十分ではなく、結局は、利用者や職員の収入の少なさや職員の過重労働に繋がる結果となっているようだ。

4)共働事業所
  現在、数としては決して多くはないが、「共働事業所」として障害者の就労の場づくりをしているところもある。共働事業所は、障害者自身による福祉的就労に対する強烈な批判から出発したものであり、雇用関係の実現を目指している。共働事業所の基本理念は、「障害者を訓練することを目的化せず、障害者・非障害者の新たな共働関係を求めている場」、「障害者の労働保障を明確に目的化した場」、「収益性のある仕事を行い、一定程度の分配を可能にしている場」の3つが指摘できる。
  「共に働く関係」とは、働くなかで「能力差」に基づいた意志決定関係を築かないことであり、障害者も健常者も対等な関係で働き運営するということである。つまりそれは、障害の有無にかかわらず人間は平等・対等であるということと「能力主義の否定」の主張がその背景としてある。
  「障害者の労働権保障」とは、障害種別やその「軽重」を問わず保障していくということである。現在の障害者の就労政策において「労働」の可能なものは「労働市場」へ、なお就労可能性が高まりうるかも知れないものはリハビリと訓練の場である「福祉的就労」へ、それができないものは「福祉」へという裁断、人間社会の分割への強烈な批判が込められている。
  「社会経済的自立を目指す事業体」とは、「経営的」自立を図れるかどうかということである。それは、障害者が社会のなかで、慈恵の対象でなく、自立した個人としてあるために必要なことである。そのためには個人が属する就労の場あるいは生活の集団が社会的経済的に自立している必要がある。しかし障害者の労働生産性は低く、一般企業との競争関係のなかで生き残っていくことは大変な困難が伴うことでもある。だから実際の問題として、共働事業所の社会経済的自立を支える制度政策が求められている。現在、共働事業所の多くは、さまざまのネットワークを形成し、運営努力を補完するさまざまな公的な助成や補助を得ることを前提として存立している54)。

5 《障害者》が《働く》ということ 
  第1節では《障害》は人々に何を喚起し、障害者/健常者という分断を生むのかを考えてきた。
  障害がないとされる人々は、《障害》に対して、「気味が悪い」「恐い」「かわいそう」「できない」などのマイナスの感情を抱きやすく、それは障害者の価値を引き下げることになる。価値の引き下げられた人になされることは、「排除」や「成長を期待されないこと」、「生活のコントロール力(決定権)が失われること」である。一方、障害があると見なされた人は、そうした健常者の態度によって「自己否定感」を募らせたり、「様々な経験、能力開発、学びの機会が与えられなかったり」、「生活の決定権を他者に委ねなければならなかったり」する危険がある。さらにそれらはループをなしているかも知れない。つまり経験機会が与えられないから、能力開発や発揮の機会が得られず、結果として価値の引き下げや排除が生じ、自己否定感募らせざるを得ない、というループである。
  また、障害者の就労を支援する立場の者であれ、健常者本位の社会を維持し、障害者を排除するための装置になり得る、という問題提起を行った。

  第2節では、《働くこと》について、またその行為に、どのように「能力主義」や「差別」が関係してくるのかについて述べてきた。
  《働くこと》には、「物質的報酬」「社会的存在証明」「自己実現」という3つの意義があることを述べた。またそれらのどこに比重を置いて働くかは国によっても個人によっても異なる、ということを確認した。
  人はとかく、いい生活がしたいし、価値のある人間と認められたいものである。雇用主は、沢山の儲けがほしいから、商品価値の高い、より付加価値生産性の高い労働力を雇いたいのである。
  それによって「能力主義」が生じる。そして、第1節で述べたような障害に対するマイナスイメージによる「差別」とも相俟って、障害者の労働市場からの排除がなされる。仮に一般就労できたとしても、健常である勤務者に比べ、昇進や収入アップの機会が乏しく、研修への参加や他の部署を経験するなどの能力開発の機会に恵まれないなどの問題点は既に指摘されていることである55)56)。

  障害者の就労状況については、障害の種別によっても異なるが、およそ在宅障害者の2〜3割が就業していることがわかった。そのなかで経済活動年齢・生産年齢にあるものは身体障害で4割程度、知的障害で7割程度であるから、経済活動年齢・生産年齢にある人のなかでの割合はもう少し増えるであろう。その内訳として、民間企業雇用者は20,000人程度、特殊法人が1,400人程度、国・地方公共団体が50,000人強といったところである。民間企業では軒並み雇用率を下回っている。また社会福祉施設で働く障害者は、身体障害者で15,000人程度、知的障害者では50,000人弱、精神障害者は4,000人程度であり、数は少ない。そうしたなか、障害者自身あるいは家族などが、働く場、あるいは日中の過ごし場所を求めて増えてきたのが、小規模作業所や共働事業所である。それは法制度上、しっかりとした機能分担がなされ、障害者の就労に向けた綿密な支援体制が組まれている状況においてもなお、改善され難い現実であると言える。
  そうしたなか、障害者は、その障害が職業的に重度であるほど、差別(障害に対する否定的なイメージ)と能力主義によって、「報酬」とその人の「価値」に結びつくような労働の機会からの排除や、職業選択の際にも、障害が優先して考慮されるために、興味や関心により職業を選択することが極めて少ないことがわかった。
  こうした健常者本位と言える支援のあり様や就労のかたちにより、「価値ある人間として認めらたり」「収入を得る」といった人間としての当然の欲求から、不当に、そして周到に排除されたり、自分の職業興味を十分に反映させたかたちでの就労がなされずらかったりすることは、当事者にとって、少なからず、自分を否定的に捉えたり、力がないと感じざるを得ないものではないだろうか。
  筆者が本論文で考えたいことは、障害を持つ当事者が、就労に何を望み、何があれば自信を持てるのか、ということである。そこで次章では、障害者自身が、障害者就労の現状をどのように受け止め、何のために、どのように変えたい、あるいは変えたか、を知るために、障害者運動体が発行した機関誌、「そよ風のように街にでよう」を過去30年遡り、障害者が働くことを巡って何を言ってきたのかを分析していく。




  
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第2章 当事者視点による障害者就労の課題
―当事者に定位した障害者就労関連記事のKJ法による分析―


第1節 研究の概要

1 問題所在・研究意義
  昨今、わが国における障害者就労は、厚生省、労働省の一本化や、平成15年度実施の、社会福祉基礎構造改革の障害者福祉分野への導入等により、大きく変化しつつあると同時に、法定雇用率制度に説明されるような、わが国に固有の障害者雇用システムに対する批判は数多くなされ57)58)59)、日本障害者雇用促進協会においても、障害者就労支援の方途についてあらゆる角度から研究がなされている60)。それらは、企業側の理解を求めたり、新しい就労支援の方法やシステムの改善策、法・制度への提言であったりするなど、本人要因の改善に加え、社会・環境要因の改善を模索する動きとして解釈できる。
  しかし第1章でも見たように、障害者の就労の現状は、「差別」と「能力主義」という2重の要因によって、ノーマライゼーションの理念が実現したものとは言い難い。また、理念の実現を目指して障害者が健常者と同じような生活を求めたところで、挫折と敗北の繰り返しになり、障害者自身が自己否定や劣等意識を再生産するにすぎない危険も内在している。
  このように複雑かつ深い問題性を孕む障害者就労の領域であるが、働くことに関して障害者自身の声、言葉が整理された先行調査・研究はほとんど皆無に等しい状況である。2で述べるが、就労支援機関や障害者授産施設を運営する社会福祉施設、あるいは小規模作業所の分野において、雇用・就労後の満足度・評価や自信・態度、興味、希望等について意識調査がなされている以外には、当事者としての障害者自身がこうした状況をどのように受け止め、何のために、どのように変えたい・変えたか、がまとめられた先行研究は存在しない。しかし今後、障害者就労の改善を図るうえで、当事者視点からその問題点と改善点を掘り起こすことの必要性は必至のことであろう。なぜなら、そうした状況が、そうした状況に置かれた人々にどのような感情を呼び起こし、苦しめるものであるのかは、当事者にしかわからないこと、だからである。またそこに述べられる改善案は、当事者にとって必要なものであり、障害価値を肯定的なものに変換しうる何かを持っていると考えられるからである。
  データ収集の方法として、著者の当事者へのインタビューという方法を検討したが、著者のインタビュアとしての経験の不足や、当事者自身の問題意識の掘り下げが不十分である可能性も考えられたため、より深い問題意識を探るために、障害者運動体が発行する機関誌のなかの「障害者就労」に関する記事を対象データとした。また、課題抽出を目的として、仮説発想の方法であるKJ法を用いて分析を行った61)。

2 先行調査・研究
  過去10年間の、就労に関する当事者意識についての調査・研究について調べた。社会福祉系の研究論文については、社会福祉学会検索システムを使用し、医学・リハビリテーション系の研究論文については、職業リハビリテーション、職リハネットワーク、総合リハビリテーションのバックナンバーを検索した。また、福祉的就労分野では、全国社会就労センター協議会、共同作業所全国連絡会、就労支援に関わる機関では、日本経営者団体連盟、日本障害者雇用促進協会、国立身体障害者職業リハビリテーションセンター研究紀要、障害者雇用支援センター、当事者の労働に関する研究会では、障害者労働研究会、の各機関・団体において就労に関する当事者意識についての調査・研究がなされたかどうかを調べた。それらをまとめたものが表2−1、2、3であり、全部で8つの調査・研究があった。
  それらを、目的を縦軸、質問内容を横軸にして整理したものが表3である。目的については、すべてが、「一般就労・就労支援」、「授産施設」、「小規模作業所」、それぞれの分野における「現状改善のための資料」を得ることを目的としているため、表のようにした。質問内容については、「満足度・評価」、「目的」、「自信・態度」、「興味」、「〜観」、「希望・予測」「その他」に分類し、あてはまる枠内に、表1の調査・研究の番号をあてはめた。また、目的の「一般就労・就労支援」、「授産施設」、「小規模作業所」のなかには、それぞれに該当する表1の調査・研究の番号を入れた。
  これらは、現状の障害者就労・支援システム内のそれぞれの場において、当事者意識を探り、それらを反映した就労支援のあり方を検討するための調査・研究であることが共通している。本研究における調査の目的は、《障害》と《働くこと》を巡って、《障害者》自身が《自己肯定・有力感》の方向へ導かれる何かを探しだすこと、である。それには、健常者と同じ就労形態やキャリア発達を目指すことを前提とはせず、そうした、健常者に価値が置かれた視点そのものを問題の射程に据えた、働くことに関する障害者自身の声、言葉を整理する必要があるが、そうした視点からの先行研究・調査は現在のところ存在しないことがわかる。

 表2・3http://www.arsvi.com/2000/030900t3.doc

3  対  象
  対象は、障害者問題資料センターリボン社より発刊されている「そよ風のように街にでよう」という雑誌のなかから「障害者就労」に関する記事を取り上げた。
「そよ風のように街にでよう」は、障害のある人もない人も共に学び生きる、そういう社会を目指して1979年に創刊された。毎号、教育・労働・介護・性など幅広いテーマで特集を組んで全国各地を取材するほか、身近な問題に直言する「シリーズ風論」、学校や市民活動の生の声を届ける「現場百景」などの企画がある。「おおげさに身構えたり深刻ぶったりしないで、私たちの日常の生活と想いがある所から出発しよう」というのが本誌の姿勢である。
  次のような6つの「編集の指針」(@障害者自身の立ちあがりをよりどころとした本づくり、A障害者や家族、また、それらをとりまく人たちの声をよりどころとした本づくり、B頭の中だけにとどまることや、言葉の乱用をさけ、身体と実感に支えられた本づくり、C社会の動きや差別のありように、しっかりと向きあった本づくり、Dさまざまな動きの中から、みんながともに歩ける道すじをつくりあげる本づくり、Eみんなが、どこででも、だれとでも