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VCTから一歩先へ:患者・感染者は包括的なエイズ対策を必要としている

〜エイズと共に生きるアフリカの女性からのメッセージ〜

モロラケ・ンワグ Ms. Morolake Nwagwu
(ナイジェリア治療アクション運動 Treatment Action Movement Nigeria)
2003/08/03 TICAD NGOシンポジウム アフリカのNGOがやってくる 於:国連大学



*稲葉さんより

皆様 こんにちは。

 8月3日に国連大学で開催された「TICAD NGOシンポジウム アフリカのNGOがやっ
てくる」で行われた、ナイジェリア治療アクション運動のモロラケ・ンワグさんのス
ピーチを日本語訳しました。
 モロラケさんは自身もHIV感染者です。このスピーチは、アフリカの感染者の立場
から、地球規模のエイズ・アドボカシーに関わる問題提起、また、エイズに関わる途
上国への開発援助に対する問題提起を、網羅的に、かつ力強く展開する内容となって
います。ぜひとも、ご一読下さい。(タイトル等は私が仮決めしました)

稲場 雅紀

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VCTから一歩先へ:患者・感染者は包括的なエイズ対策を必要としている
〜エイズと共に生きるアフリカの女性からのメッセージ〜

モロラケ・ンワグ Ms. Morolake Nwagwu
ナイジェリア治療アクション運動 Treatment Action Movement Nigeria

 皆様 こんにちは。

 私は、国連開発計画(UNDP)、日本国外務省、そして、第3回東京アフリカ開発国
際会議に向けたNGO国際シンポジウム「アフリカのNGOがやってくる!」を組織してく
れた全ての皆さんに感謝することから、私のスピーチを始めたいと思います。皆さん
は、シンポジウムの開催に責任を持ち、多大な時間、エネルギー、資材を費やしてこ
のシンポジウムを開催してくれました。アフリカの10ヶ国から私たちを招へいしてい
ただいたことは、大いに称賛されるべきことです。主催者および共催者のNGOの皆さ
んの、「東京イニシアティブ」提言書を作り上げ、TICADプロセスをよりよく機能す
るものにしよう、という真摯な気持ちが、このシンポジウムを作り上げる原動力にな
ったのだと思います。私たち(アフリカのNGO)は、あなたがた、日本の人々が、ア
フリカの開発のためのイニシアティブを作りあげていく上で、そのパートナーとし
て、あなたがたと対話するために、今、ここにいるのです。

 開発は、人間がいなければ全く不可能です。そして、HIVは人間に関わっているも
のです。HIV、つまりヒト免疫不全ウイルスは、ヒトにとりつくウイルスです。それ
は犬や猿の中にいるわけではありません。それは、人間の中に住みつくのです。この
私の、血の流れの中に住みついているのです。統計資料で、HIVと共に生きる人々
(HIV感染者・AIDS患者)の70%がアフリカにいること、すなわち、世界4200万人の
HIV感染者・AIDS患者のうち3000万人がアフリカにいること、そしてナイジェリアに
生きる人々のうちの347万人がHIVに感染していることが明らかになるとき、これらの
数字が示す現実は、私自身、このロラケ自身のものなのです。私は図表でもなければ
統計でもない、人間です。私は、一見して健康的で、背が高く、大きく、黒く、美し
い女性です。そして私は今ここに、あなた方の前に立っています。

 もし、あなたがたの思考が、一片の統計図表を超え出るものとならなかったら、そ
してあなた方の努力が、ケア・サポート、そして治療を排除した、単に予防のみのプ
ログラムに集中するものにしかならなかったら、3年、5年、もしくは10年後には、
私はおそらく、あなた方がテレビのスクリーンを通して見慣れている、「エイズの犠
牲者」と一般的に呼ばれているイメージ、すなわち、弱々しく、死にゆく、骨と皮ば
かりの人間、というイメージに変貌してしまうでしょう。いま、ここにいる私は、犠
牲者ではありません。私は頭脳と技術を持った女性、生きる意志を持ち生きることに
熱意を傾けている女性です。しかし、もし何事もなされなければ、私たちがみな、た
だ座り続け、腕を組むだけで、考えたり促進したりすることといえば単に予防や、自
発的カウンセリング・検査(VCT)だけだ、ということになったとしたら、私は犠牲
者になるだけでしょう。もし私が延命薬に、結核の予防法にアクセスできなかったな
らば、私の赤ちゃんがウイルスに感染するのを止められなかったならば、そして、私
の血流の中に住みつくこのウイルスと闘うための抗レトロウイルス薬に、また、日和
見感染症を治療する必須医薬品にアクセスできなかったとしたら……私は犠牲者にな
るでしょう。不正義の、不平等の、黙殺の犠牲者に。悪い政策の犠牲者に。そして、
エイズの犠牲者に。

 1998年10月に、日本の、この東京という同じ都市で採択された、TICAD II(第2回
東京アフリカ開発国際会議)の主要な文書では、オーナーシップ(主体性)と地球規
模のパートナーシップということが強調されています。この文書は、「アフリカにお
ける優先課題は、アフリカそれ自身によって決定されるべきである¥と述べていま
す。TICAD IIのイニシアティブは、これらの優先課題への取り組みを支援するものと
なっています。以下、引用します:「アフリカ自身によって定められた開発の優先順
位が追求されるときにこそ、オーナーシップが発揮される」。これを聞いて、私は次
の警句を想起します:「靴のどこが窮屈かを知っているのは、その靴を履いている者
である」。エイズの問題に照らして言うならば、HIV/AIDSと共に生きている者こそ
が、アフリカでHIV/AIDSと闘う上で大きな役割を果たすのだ、ということです。も
し、そうであるならば、私たちはHIV感染者・AIDS患者が生きていける状況を作るこ
とが必要です。そうすれば、私たちは手に手をとって共に働くことができるのです。
私たちには、患者・感染者の、意味のある参加の拡大(GIPA: Greater and
meaningful Involvement of PLWHA)が必要です。私たちには、治療を含みこんだ予
防対策が必要です。なぜならば、私にとって、またアフリカに住む3000万人のHIV感
染者・AIDS患者にとって、「予防」はもう手遅れだからです。HIVはすでに、ここに
いるのです。1998年当時にも、そして3年前にも、すでにHIVはそこに存在していま
した。多くの人に、HIVを現実の問題として認識してもらう上で、患者・感染者の社
会参加の拡大(GIPA)は大きな役割を果たします。日本という母国で、そしてアフリ
カという他国で、患者・感染者と共に働くことによって、私たちは、新しい感染を止
め、不必要な死を防止することに寄与する包括的な対策を手にすることができるので
す。

 TICAD IIが掲げている目標の一つに、次のものがあります。「2015年までに、5歳
以下の幼児と児童の死亡率を、1990年段階の3分の1にまで引き下げる」。2003年、
すなわち、1990年から13年たち、2015年まであと12年を残すこの年、より多くの子ど
もたちが死を迎えています。赤ちゃんたちは、母子感染予防(PMTCT)への十分な支
援がないために、死んでいきます。子どもたちは、マラリアで、また、結核のような
日和見感染によって、死んでいきます。これらに対する予防対策を強化し、
HIV/AIDSに対する様々な戦略をセクターを超えて統合するために、TICADにおいて話
し合われる一つの方法は、女性を教育し、力をつけさせていくことです。わが国にお
いては、女性は、男性の6倍も脆弱なのです。また、VCTを超えて、ケア・サポー
ト、治療に一歩踏み出すこと、寄生虫病や結核・マラリアなどの感染症の予防や治療
に向けた努力をより強化することも必要です。また、行動変容も重要ですが、それ
は、現地の言葉で情報を提供し、HIVの予防および治療に向けたコミュニティの活動
を促進することによって初めて達成できることです。

 貧困層の、特に女性たちが、マイクロ・クレジットと雇用機会にアクセスできるよ
うになることが必要です。なぜ患者・感染者は、「貧困撲滅」を目標としたマイクロ
・クレジットのプロジェクトへのアクセスから排除されなければならないのでしょう
か?私たちも「貧困撲滅」に参画しているというのに。なぜ開発パートナーたちは、
私たちがHIVに感染しているからという理由で、マイクロ・クレジットを得ることが
できないというのでしょうか。彼らは言います:「あなたがたは、もうすぐ死ぬわけ
で、お金を返すなんてできないでしょう?」そうではありません。治療へのアクセス
さえあれば、私たちは死ななくてすむのです!
 TICADでは、開発パートナーの一員という立場から、次のようなことが言われてい
ます。TICADは、開発のための活動を計画し、運営するためのコミュニティの能力を
向上させるための訓練・強化のプログラムを支援する……。つまり、ここには、人々
が自らの生活と健康について、正しい、かつ、十分な情報に基づいた決定を下すため
の能力を強化し、支援するという意志表明が存在するということになります。治療の
ための教育のプログラムが強化されなければなりません。しかし、それは「抗レトロ
ウイルス薬」のことだけを意味するのではありません。よい栄養、肯定的な生活
(Positive Living)、補助的な食品や予防法の活用、日和見感染症の治療薬、そし
て、抗レトロウイルス薬、すなわちHIVに直接効果を持つ唯一の手段。包括的な治療
プログラムとは、これらがおりまぜられ統合されたものなのです。

 ナイジェリア政府は現在、1万人の成人に対して抗レトロウイルス薬を供給してい
ます。私たちの大統領は、第一歩を踏み出したわけです。しかし、私たちはそれを独
力で行っていくことはできません。私たちは、この(治療薬供給の)プロジェクトを
拡大するとともに、公的な補助を伴う医学的検査と治療教育をその中に導入していく
必要があります。もし私たちがパートナー以上の存在だとするならば、もし私たちの
間に、この場で言われているように、同じ土台を共有する友人としての関係が作られ
ているとするならば、私たちは、この(ナイジェリアの)プログラム、また、アフリ
カ全体にまたがる類似のプログラムに関して、それを拡大し強化するために、あなた
方の支援を求めたいと思います。あなたがたが私たちを手助けできる場はそこなので
す。また、世界エイズ・結核・マラリア対策基金(GFATM: Global Fund to Fight
AIDS, Tuberculosis and Malaria)が占めている場も、そこにあるのです。

 GFATMは、その初期の段階から、とくに患者・感染者のために、私たちの命を救う
ために設立された地球規模の組織です。GFATMはすでに仕事を始めており、今までに
資金提供を2回、行いました。しかし現時点で、GFATMは破産に瀕しています。日本
は世界第2の経済力を持ち、世界の富の14%は日本に存在している……しかし、お金
はどこにあるのでしょうか?私は、HIVに感染した女性という立場から、日本政府に
要求します:GFATMに資金を供給して下さい。日本は2億ドルを基金に供給していま
す。これは大きなステップであり、大いに賞賛されるべきことです。他の富裕国も、
同様に資金拠出を行うべきです。しかし、私たちは言いたい:日本よ、ありがとう、
しかし、もっと多くの貢献が可能なはずだ、と。GFATMの2003年度の予算の14%は8
億1500万ドル、しかし日本が拠出したのは2億ドル。このことが意味するのは、日本
はあと6億ドルを今年拠出すべきであり、来年以降については、少なくとも8億ドル
を拠出すべきだということです。

 国際協力事業団(JICA)は、ナイジェリアでの私の質問に答えて、日本政府の現存
する政策では、消耗品 consumables についてのサポートはできない、と言いまし
た。いいでしょう。それなら、お金はGFATMに回すべきです。GFATMは消耗品について
サポートし、私たちの命に投資してくれるでしょうから。GFATMの援助はひも付きで
はありません。彼らの原則は、治療と訓練に援助を行うということです。JICAは
VCT(自発的カウンセリング・検査)を援助するといいますが、それは、他の援助団
体がみなやっていることです。日本は、他の援助団体との色合いの違いを示すべきで
す。VCTがもっと促進され、新しいVCTセンターがたくさんオープンすれば、より多く
の人が、感染の有無を知りたいと思うでしょう。これはすばらしいことです。自分が
感染していることを知らない女性の方が、母子感染をたくさん引き起こしてしまうで
しょうし、HIV感染の事実を知ることは、健康的で質の高い生活を続けていくための
足がかりにはなります。だから、私たちはVCTを支持します。しかし、もしあなたが
私に検査を受けろと勧めたとして、私が陽性であることが判明したら、私はどうすれ
ばいいのでしょう?どこに私を支え、援助してくれるサービスがあるのでしょう?ど
こにケア、サポート、そして治療があるのでしょう?VCTは、ただそれだけでは立ち
ゆきません。それは、より多くの問題を引き起こします。それは人々を、自殺や精神
的混乱に導くかも知れません。私たちはVCTを必要とします。しかし、それに加えて
私たちが必要とするのは、私たちを支えてくれるケア、サポート、治療です。政策と
は、人間が作ったものであり、政府や人々の力によって、法や政策は変えうるものな
のです。

 最後に、私たちができることは何でしょうか?この会場にいる私たちができること
は何でしょうか?NGO、民間営利セクター、研究者、開発パートナー、政府担当者、
メディア、民間コンサルタント会社、アフリカの外交官、JICA、そして患者・感染者
ができることは何でしょうか?私たちができるのは、沈黙を破ることです。HIVはア
フリカの健康の問題というだけではありません。それは、地球規模の開発に関わる問
題です。それは単に私の問題であるだけではありません。それは、私たちが共有する
課題です。日本のような偉大な国々の技術力のお陰で、世界はすでに、「地球規模の
村」 global village になっています。壁も、障壁も、境界線もすべて取り払われて
しまいました。HIVはどこに侵入するにも、ビザも入国許可も必要としないのです。

 私たちには、国際的な闘い、アドボカシーに参加する道が開かれています。私たち
の赤ん坊が死にかかっています。姉妹が、母が、兄弟が、父が、友人が、コミュニテ
ィが、死にかかっています。立ち上がり、不必要な死を防ぐために、意識を喚起し、
資金を投入すべきです。私の国、ナイジェリアにおいては、2001年だけで、17万人が
エイズで死んだことが報告されています。これが意味するのは、毎日、エイズに関わ
る病気によって、465人の人々が死んでいる、ということです。私は統計図表にはな
りたくありません。私は死にたくはありませんし、自分の赤ちゃんにこのウイルスを
感染させたいとも思いません。私は生きたい。私は治療にアクセスしたい、行く手を
阻まれることなくどこにでも旅したい、そして、いのちへのアクセスを得たい。私た
ちがアフリカで求めているのは、隔離でもなければ、スティグマでも、差別でもあり
ません。意味のある、質の高い生活を営むこと、そして、私たちの国、私たちの大陸
そして世界の発展のために、応分の貢献をすることなのです。

 ありがとう。


UP:20030925
HIV/AIDS 2003  ◇全文掲載
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