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これからどうなる、日本の電子投票のアクセシビリティ――全国初・新見市の電子投票に着目して

村田拓司(東京大学先端科学技術研究センター特任教員〔助手〕)
『ジュリスト』2003年4月1日号(No.1242)(有斐閣) pp.2-4



 2002年6月23日,岡山県新見市長・市議会議員選挙で日本初の電子投票機による投票が実施された。これは,同年2月1日から施行された「地方公共団体の議会の議員及び長の選挙に係る電磁的記録式投票機を用いて行う投票方法等の特例に関する法律」いわゆる電子投票特例法(以下,特例法)によるものである。
 私は,電子投票機のアクセシビリティ(高齢者や特に障害者の利用しやすさ)の有無が高齢者や障害者(以下,高齢者等)の選挙権行使に密接に関連するため,自身が全盲であることもあって,障害者の参政権保障の見地からかねてより電子投票に注目してきた。本稿では,一般に開票事務の効率化など行政側からの視点でのみ論ぜられることが多い電子投票に関し,新見の選挙を検証しつつ,投票者即ち市民特に障害者の側からの視点で,そのもたらす新たな可能性と懸念,課題について論じたい。新たな電子技術による投票の仕組みの導入場面で利用者中心の視点を重視していけば,これまで看過されがちだった高齢者等,いわゆる社会的弱者層の政治参加を十全化する可能性をもたらす一方,それを軽視し,単に行政の効率化のみを追求するならば,新たなデジタルデバイド(情報格差)を招き,「弱者層」の政治過程からの排除のみならず,民主的政治体制そのものの基盤を掘り崩しかねない。いかなる条件の人々に対しても政治参加の道が開かれていることが,真の民主政治の実現に繋がるといえるからである。

電子投票のもたらす可能性
 電子投票は,新技術を生かし,そのアクセシビリティに配慮することにより,自書が困難ゆえに代理投票を余儀なくされてきた人々や,自書はできても加齢などによりそれが煩わしく思う人々に,独力で,又は容易に投票する機会をもたらした。その結果,高齢者等の選挙権が実質的に保障され,男性普通選挙(1925年)や女性参政権の実現(1946年)に次ぐ,我が国選挙史上,第3の変革をもたらすと言っても過言ではない。
 現に同年6月24日付の山陽新聞によると,新見市では,電子機器が苦手と思われがちな高齢者も含め,投票者の96%が,操作は「簡単」と好意的だった。注目すべきなのは,電子投票の好評度が高齢者層で100%近い高さを示していることである。
 また,交通事故で両手が自由に動かせないため代理投票せざるを得ず,政治信条をさらけ出すようでつらかったと感じていた人や(「検証・全国初の電子投票 障害者の選挙参加,容易に」毎日新聞2002年7月17日付参照),高齢で失明したため点字が習得できず,自票の判読不能という不安を持ったまま,失明前の記憶を頼りに墨字(点字に対し,一般に使われる文字)で投票してきた人も,独力で安心して容易に投票できるようになったことは,非常に画期的なことである(小林保「投票のバリアフリー化へ第一歩 全国に先駆けて電子投票を実施」日本障害者リハビリテーション協会『ノーマライゼーション』2002年10月号63頁)。
 ところで,点字投票(公職選挙法47条)は,特例法が適用されず残される(同法3条)。しかし,点字投票ではこれまで,開票区内で点字使用者が僅少なため,投票の秘密が事実上侵害される懸念があったが,電子投票の導入で,むしろ,その僅少性はより際立ち,その懸念が増しかねない。よって,電子投票が点字使用者にも利用しやすいものとなり,他者と同じ投票機で投票できるようになれば,その懸念は払拭されることになるだろう(議員会館電子投票機見学報告(2)〔http://member.nifty.ne.jp/ymisaki/giintohyo2.htm〕)。
 さらに,ALS患者が,在宅での代理投票を認めない現行法は,選挙権を侵害しているとして国家賠償を求めた訴訟で,その違憲状態を認めた判決が先ごろ出された(「ALS投票訴訟:原告敗訴も選挙制度は違憲状態 東京地裁」毎日新聞2002年11月28日付)が,そこに言う巡回投票に電子投票が認められれば,独力で投票できる人々の範囲は,より広がることになるだろう。
 この新見市の「成功」には,2つの要因があった。
 第1は,障害者を含む多くの人々の評価を経て,ユーザビリティ(使い勝手)やアクセシビリティに配慮して開発された投票機の採用である(森島隆之「電子投票機のバリアフリー化について」日本障害者リハビリテーション協会『ノーマライゼーション』2002年10月号64頁,http://member.nifty.ne.jp/ymisaki/index.htm#バリアフリーほか参照)。その投票機では,例えば視覚障害者(以下,視障者)への配慮として,ヘッドフォンによる音声案内と僅か5つのキーの専用キーパッドによる操作が用意されているという具合である。
 これまでアクセシビリティといえば,その筋の専門家の意見を参考にするか,僅かな数の被験者による試験,ことによっては障害に対する単なる先入観からの配慮に止まっていたのではないか。これからは,実際に利用するできるだけ多くの人たちによる実証実験を経たものでなければ,真のアクセシビリティ配慮とは言えないだろう。しかし最近,多くの企業が電子投票機開発にしのぎを削っていると聞くが,「バリアフリー対応」などと銘打つ割にあまり体験会の話が聞こえてこないのはどうしたことか(拙稿「視覚障害者がバリアフリーの視点から見てきた電子投票」東京ヘレンケラー協会『点字ジャーナル』2002年8月〔第387〕号。なお,原文は,点字だが,http://www.bfs.rcast.u-tokyo.ac.jp/murata/2002p01.htmで活字での閲覧が可能である)。
 第2は,新見市の入念な事前準備である。アクセシブルな(利用しやすい)投票機の採用(http://www.evs-j.com/参照)のほか,何度もの模擬投票や巡回体験会による市民への周知(新見市選挙管理委員会"電子投票体験コーナー" 〔http://www.city.niimi.okayama.jp/soshiki/senkyo/taiken/〕,「検証6・23電子投票−新見市の挑戦(中)」山陽新聞2002年6月29日付)などがそれである。
 特筆すべきは,投票機による候補者名などの音声表示を明記した電子投票条例(新見市議会の議員及び新見市長の選挙における電磁的記録式投票機による投票に関する条例)の制定である。後述のように,特例法には,音声表示その他アクセシビリティに関する配慮規定がないため,ともすれば電子投票を実施する自治体がその点の配慮を欠く懸念があったからである。

アクセシビリティを欠いた場合の懸念
 特例法は,4条1項で,電子投票機の具備すべき条件を定め,6条1項で,電子投票を実施する市町村の選挙管理委員会が,その条件を具備する投票機を指定すべきものとする。しかし,その条件中にアクセシビリティに関する事項は明記されていない。それに配慮するか否かは専ら,各市町村の判断にゆだねられているといえる。
 各市町村が,投票機採用や事前準備にアクセシビリティへの配慮を欠けば,新たなデジタルデバイドともいうべき,障害者の選挙権侵害をもたらす懸念がある。
 例えば,投票機画面の色合いや文字の大きさに配慮を欠けば,高齢や弱視の投票者はもちろん,一般の投票者の誤操作をさえ招きかねない。音声案内やキー操作端末の配慮を欠けば,全盲者は,候補者の選択も投票もできない。上肢障害や不随意運動がある肢体不自由者の使うタッチペンについて,また車いす使用者,特に,一般に座高の低い女性障害者の場合には,視界が低くなるため,画面の高さや角度について,それらの配慮などを欠けば,やはり誤操作や操作困難を招きかねない。
 さらに,たとえ新見市のようにアクセシビリティへの配慮がなされていても,「タッチパネルで簡単」などという報道や広報のみがなされ,アクセシビリティについて触れられなければ,高齢者等が体験会に行くことさえ躊躇する懸念もある。実際,新見市で面談した視障者の場合,市の説明会でその家族が視障者も投票機が使えるかについて偶然質問して初めて,キー操作などが可能だと知ったと聞いている。もしその質問がなければ,この視障者は体験会さえ行かなかったかもしれないとすれば,せっかくのアクセシビリティへの配慮を生かせていない。事前の広報面でもアクセシビリティへの配慮が欠かせないことを記しておきたい。

今後の課題
 上記のように,成功裏に終わった新見市の電子投票にも幾つかの課題が残されている。今年4月の統一地方選を機に電子投票の導入を検討する市町村の増加が予想される今日,解決すべき問題は山積している。
 技術面としては,第1に,議員選挙のように候補者が多数の場合,表示の公平性の確保と,見やすい画面や効率的な音声表示の実現という,2つの要請の調整が必要になる。略言すれば,文字を大きくすれば見やすくなるが,1画面に表示できる候補者数は少なくなり,改ページやスクロール操作に不慣れな投票者には,全候補者をいかに表示するかが課題となる。なぜなら,一般に画面操作に慣れなければ,始めの画面だけで全てが表示されていると錯覚し,改ページなどの操作に思いも至らないからである。
 また,音声表示では,意中の人を読み上げるまでキーを繰り返し押さなければならず,人数が多いほど時間がかかることになる。番号入力の提案もあるが,点字選挙公報のない現状での可否,画面表示の場合との整合性などが課題である。
 第2に,電子投票では,一触れ・一押しの簡単操作なので,従来の筆記と投函の場合に,比して誤動作させてしまわないかという不安の声が,中途視障者や,一般の出口調査でも17%の人から聞かれ,その解決策が求められる(杏林大学社会科学部・岩崎正洋研究会『岡山県新見市における電子投票に関する有権者意識調査結果報告書(単純集計・速報版)』)。
 法律面としては,第1に,特例法は「開票事務等の効率化及び迅速化を図る」(1条)ことのみを重視し,投票者の利便やアクセシビリティに配慮していない。しかし,選挙権の十全な保障の見地から投票者の利便性重視に理念の転換が必要である。
 第2に,同法では,投票機の具備条件にアクセシビリティを挙げていない(4条)。その結果,市町村がアクセシビリティの低い投票機を導入して,障害者の選挙権を脅かす危険性がないとはいえない。そこで,法律上,投票機の具備条件の1つとしてアクセシビリティを明文化し,電子投票の実施主体である市町村の啓発を図るとともに,各企業のアクセシブルな投票機開発を促す必要がある。また,人の移動がめまぐるしい現在,各市町村が導入した機種ごとにインタフェースがまちまちでは,操作の混乱を招くので,インタフェースの共通化も課題となる。
 第3に,特例法原案では,画面の表示事項に市町村の裁量が認められ,顔写真表示の余地もあったが,現行法上それは候補者名と党派別のみに限られている。そのため,文字が不得手な知的障害者等へのアクセシビリティの配慮を欠いている。その解決として,顔写真や政党のシンボルの表示を法定事項に加えて,そのアクセシビリティを図る必要がある。

最後に
 電子投票は,使い方次第で,高齢者等の選挙権保障の十全化に寄与する可能性を持っている。その導入主体は市町村であり,私たち住民の投票機選定過程への参加や体験会の開催要請など積極的な働きかけ次第で,そのアクセシビリティの高低も決するといってよい。また,開発企業へのアクセシビリティの働きかけも怠ってはならない。
 今後,全国的に電子投票導入が加速され,いずれ国政選挙への導入も検討されることになろう。私たちも,関心を常に持ち,アクセシビリティを盛り込む法改正など構想していくときではないだろうか。
(むらた・たくじ=東京大学先端科学技術研究センター特任教員〔助手〕)


UP:20051025
村田 拓司
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