HOME >

「語りたいこと」と「語らせたいこと」

―インタビューにおける言語障害者との相互行為について―

草山 太郎(大阪体育大学短期大学部) 200303
『大阪体育大学短期大学部研究紀要』(2003.03):27-39



 *MSワード版(http://www.arsvi.com/2000/0303kt.doc)

  キーワード:言語障害、相互行為、インタビュー

1. はじめに

  量的にはとらえられない人間の生のリアリティを研究するための方法論として、近年、質的研究が注目を浴びている。この質的研究において利用される質的データを収集するひとつの方法として、インタビューがある1)。
  さて、私は、これまで何度かこのインタビューを実施してきた。しかし、あるインタビューを終えたとき、私は何か釈然としないものを感じた。それは、言語障害をもつ人へのインタビューを終えたときだった。
  この釈然としないものはどこからきたのだろうか。それを明らかにし、言語障害者との相互行為について考えてみたい、というのがこの論考の目的である。
  そこで、まず、そのきっかけとなったインタビューの過程をたどり2)、そのインタビュー全体を通して私が何を感じ、何を考えたのかを記してみたい。その後、そのインタビューでの具体的な場面をいくつかとりあげ、検討を加える。

2. インタビューの経過

2.1 インタビューまで

  私が釈然としないものを感じたのは、2001年11月に行ったAさんへのインタビューである。Aさんは、自立生活をしている39歳の男性。脳性麻痺で言語障害がある。
  私がAさんにインタビューを行ったきっかけは、以前、マスターベーション介助に関するインタビュー調査に応じてくれたBさんに、「実際にマスターベーション介助を受けている障害者の話が聞きたい」と相談したところ、BさんがAさんに、「マスターベーション介助の体験について話を聞きたいという人がいるが一度会ってくれないか」と打診してくれ、Aさんから「会ってもいい」という返事をもらったことである。
Bさんから連絡を受けた私は、Aさんに電話で正式にインタビューへの協力の依頼をしたうえで、事前訪問のアポイントメントをとった。この事前訪問の目的は、依頼や研究目的の説明を直接行うためであったが、じつはそれ以外に目的があった。
  それは、Aさんの言語障害の程度を確認することであった。というのも、電話で連絡をしたときに、受話器越しに聞こえるAさんの発話が非常に聞き取りにくかったためである。
  さて、この事前訪問では、Bさんを交えAさんと約1時間ほど会話をかわした。その際に私は、自分でAさんの発話の状態を把握するために、介助者に頼らずインタビュー聞き取りにくい言葉が出てきた時には確認する、あるいは聞き取れない言葉の時には聞き直すという作業を試みるようにした。電話での印象が「聞き取りがきわめて困難」というものであったためか、実際に会って話をしてみると、前述のような作業によって会話は可能であると感じた。つまり、確認および聞き直し作業(以下、確認聞き直し、と記述)により、インタビュー時のコミュニケーションの問題はクリアできたと、この時点では思われた。

2.2 インタビューの中で

  事前訪問の1週間後、2001年11月12日にAさんの自宅でインタビューを行った。この時介助に入っていたBさんには、自宅外で待機してもらった。それは、第3者が介在することで「場」が変わってくるためである。
  インタビュー調査の時間は、約2時間10分(20時から22時10分頃)であった。
  まず、はじめに、私から再度今回のインタビューの目的を伝えた後、内容のインタビューに入っていった。インタビューの形式は、半構造化面接の形式で行った。そして、事前訪問時に考えたように、Aさんの語りで聞き取りが困難あるいは不可能な発話および言葉(以下、発話と記述)に対しては、なるべく発話を遮らないようにタイミングを計りつつその場その場で確認聞き直しを行いながらインタビューを進めた。
  しかし、ある瞬間、私は語り手にそれまでとは違った様子を感じた。というのも、それまでの確認聞き直しを許さないような勢いで語りはじめたように感じたのである。その時、これまで私が必要だと思って行ってきた確認聞き直しという作業が、じつは彼の発話を抑える機能を果たしていたのではないだろうか、と感じたのだ。つまり、私が「あたりまえ」だと思い発していた確認聞き直しの言葉が、彼の言いたいことを制限あるいは誘導し、彼を「語る主体」とさせていなかったのでは、と。それがどの場面だったのか、記録していなかったため、録音を聞き直しても思い出せない3)。さらに、その様子を感じた後も、確認聞き直しという方法を意識して変更することなくインタビュー調査を進めたために、トランスクリプトを読んでもその場面を明確にすることはできていない。ただ、その勢いは長くは続かなかった、という感触だけが残っている。

2.3 インタビューを終えて

  このようなインタビュー調査を終えて考えたのは、次のようなことである。
  まず、「釈然としないもの」であるが、私の確認聞き直しの言葉が、彼の言いたいことを制限あるいは誘導4)し、彼を「語る主体」とさせていなかったことからくるものでは、と考えた。
  Aさんの語りの内容は、障害者のセクシュアリティを考える上で非常に興味深いものであった。しかし、私が、前述のようなことを感じたならば、それをそのまま「Aさんの」語りとすることはできないのではないだろうか。それは、Aさんの語りが「嘘か誠か」というレベルの話では、もちろんない。そうではなく、もしAさんの語りの中で、私の確認聞き直しの作業によって導き出された部分があるとしたら、その語りそのものが「Aさんの」語りということができないのでは、ということである。
  ここで、「Aさんの」語り、ということにこだわると、「語りは語り手の経験したことに還元されるのではなく、語り手と聞き手(書き手)の関心の両方から引き出された対話的混合体」(桜井1995,228)であり、語り手ひとりで生み出されるものではないと指摘されるかもしれない。もちろん、たしかに、「語り」とは語り手と聞き手の「協同の産物」であるだろう。しかし、そこに聞き手の誘導や推測による解釈の押し付けがあっていいとは思われない。そして、私がこのように考えている以上、今回のインタビューの内容を当初の目的どおりの研究材料にすることは、倫理的に許されることではないだろう。
  では、私がすべきことは何か。それは、その語りの内容以前に、今回のインタビュー調査において「感じた」ことを、ただ「感じた」ままにしておくのではなく、その場面を相互行為という視点から振り返り、分析することをとおして、「言語障害者の声を聞く方法」について考えることが必要ではないか、と考えた。

3. 具体的な場面から

  それでは、具体的なインタビューの場面をみてみたい。
  ここで検討するのは、語り手であるAさんが施設に入っていた時にマスターベーション介助(Aさんの言葉では、「シコシコの手伝い」)をしてもらっていたという話を聞き、その時の状況を聞き手である私が詳しく聞こうとする場面である。この場面で気になる部分を提示したうえで、若干の検討を加えてみたい。なお、トランスクリプトでのAは語り手、私は聞き手(草山)であり、その前に付している数字はこの場面での発話の通し番号である。なお、トランスクリプト中の各記号の意味は以下のとおりである5)。

・重複発話
話されているところに発話が重複した場合、重複の始まった地点を [ で表示する。
(例)4A:寝る時に、 寝る時、寝た時に、ちゅうど障害者の人がおって、
[
5私:   あっ、寝る時
・連続発話
発話と発話の間に間隔がなく、しかも重複していない隣接の発話は、=で示す。
(例)12私:ふーん、やってくれと頼んだ=
13A:=はい。
・発話内と発話間の時間的間隔
発話の流れのなかでの沈黙・休止・途切れなどは、(・・・)で示す。なお、括弧内のドットの数でおおその時間を示す。(・)は1秒を目安としている。
(例)6私:(・)ん?(・)中度。重=
・句読点
句点は、文の切れ目を表し、読点は語句の断続を明らかにする息継ぎの箇所を示す。話者が交代する時でも、語りが途中ならば、句点ではなく読点で終わることもある。
・聞き取り不能
ひらがなで表記し網掛けをする
(例)2A:ねるときに、
・聞き取り困難
ひらがなで表記し斜体太字にする
(例)4A:寝る時に、 寝る時、寝た時に、ちゅうど障害者の人がおって、

3.1 確認聞き直しのパターン

まず、はじめに、私の確認聞き直しがどのようになされたのか見てみたい。

1私:(前略)ちょっとその時の状況をですね、お話してもらえます?どういう、どうい
う時に、どういうふうに言って、その、どういう方に、
2A:ねるときに、
3私:えっ、すいません、もいっぺん。
4A:寝る時に、 寝る時、寝た時に、ちゅうど障害者の人がおって、
[
5私: あっ、寝る時
6私:(・)ん?(・)中度。重=
7A:=中度=
8私:=中。
9A:はい。

  このような感じで、私は確認聞き直しを行っている。なお、確認聞き直しをするタイミングは、Aさんの発話の流れに沿って、言葉と言葉の間、あるいは、発話の終了時に行うようにした。
  このように、@聞き取れなかった場合の聞き直し(3私)、A聞き取りにくかったが推測できる場合の確認(6私)、B聞き取れた場合の確認(5私、8私)というのが見られる。インタビューは、この3つのパターンに、完全に聞き取れていると判断し確認聞き直しをしていないの部分を加えた4つのパターンがみられる。
  では、この確認聞きなおしの作業は、ただそれだけの意味しかもたないのであろうか。このことについて、考えてみたい。
  私は、確認聞き直しをするタイミングについて、「Aさんの発話の流れに沿って、言葉と言葉の間、あるいは、発話の終了時」に行った、と前に述べた。しかし、じつは、この「言葉と言葉の間」あるいは「発話の終了時」という判断は、恣意的である可能性があるのだ。
  たとえば、2Aが聞き取り不能だったために、3私で聞き直しているが、これは2Aの発話が、そこで途切れて「間があった」ためである。しかし、その「間」とはあくまでも私の側からの判断に過ぎないのではないだろうか。Aさんが、「間を取ろう」として取ったのではなく、言語障害がゆえに「とらざろう得ない間」だった、つまり、この「間」は「間」ではなかったと考えられる。そう考えると、Aさんの側からすると2Aはまだ続いていたことになる。ということは、この部分は、Aさんの語りに私が割り込んだ、というようにとらえることが可能である。
  このように、聞き手の確認聞きなおしという作業が、ただそれだけの意味しかもたないのではなく、語り手から見ると、「割り込み」という意味をも持つ可能性があるということを、ここでは指摘しておきたい。

3.2 聞き手の関心による文脈の切断

  さて、9Aに続けて私は次のような質問をしている。

10私:それは同じ部屋にいたんですか?

  3.1で見た9Aまでの流れを振り返ってみよう。5Aから9Aにかけての発話は、前の4Aの語りが「寝る時、中度障害者の人がおって」ということの確認だった。となると、その文脈を変えないようにそれに沿ったあるいは関連した発話が10私にこなければならない。しかし、10私は、その中度障害者が「同じ部屋かどうか?」という質問になっている。これは4Aにはつながっていない。つまり、この質問はAさんの語りの文脈を切断しているのである。ではなぜ、このような質問を発したのだろうか。それは、5私から9Aにかけてのやりとりをとおして、私のなかに「Aさんと中度障害者は同じ部屋だったのだろうか?」という関心が生起すると同時に、確認を繰り返し時間が経過するうちに、9Aが4Aの確認に対する回答であることが忘れられたためであると考えられる。

3.3 語り手による文脈の修復

  それでは、Aさんは10私の質問に対してどのような回答をしたのだろうか。

11A:=はい(・・・・)ほんで、やってーって頼んだ。
12私:ふーん、やってくれと頼んだ=
13A:=はい。

  11Aでは、まず、「はい」と答えている。これは、「質問/回答」の基本パターンである。そして、その後、約4秒の時間的間隔を挟んで、「ほんで、やってーって頼んだ」と続けている。この語りは、4Aと繋がるものである。もちろん、Aさんが10私で文脈が断ち切られなかったとして、この11Aのとおり語ったかどうかはわからない。しかし、ここではそれよりも、Aさんが私の関心等によって断ち切られた文脈を修復したことが重要であろう。つまり、Aさんはここでトピックを取り戻したのである。この3.1から3.2にかけては、Aさんと私のアジェンダ設定をめぐる闘争がみられる。
  なお、この11Aの4秒の沈黙であるが、ここで私が発話をしなかったのは、Aさんが何かを語ろうとしている様子がうかがえたからだ。これは、トランスクリプトには表れてこない情報である。また、他の箇所でのAさんに属する時間的間隔も、同じである。

3.4 語りたいことと語らせたいこと

  その後、その中度障害者に依頼したときのAさんの言葉、その中度障害者が男性であること、そして、その男性の依頼時の反応に関するトピックが語られたあと、つぎのようなやり取りが続く。

28私:で、えーと、その19で(Aさんが施設に)入られて、その、頼まれた、頼んだ男
性とは、もうずーっと同じ部屋やったわけですか?
29A:はい=
30私:=ほな、もう、こう、いろんなコミュニケーションも、
31A:はい=
32私:=ま、言うたら、その、仲良うなってる
33A:はい。
34私:(・)ふんふん、なるほどなるほど。(・・)で、えー、その時に、その、その中
度の障害者の方は、もう十分、その、そういうシコシコが、Aさんのシコシコを
手伝うことができる。
35A:=はい(・・・)のうそっちゅう。
36私:(・)あ、脳卒中。
37A:うん。
38私:ちなみに、その方はおいくつですか?
39A:ごじゅうてまえ、

40私:  あ、ほーほーほー、
41A:50前ぐらい。
42私:あ、50前ぐらい。なるほど。その男性は、その、ま、Aさんが頼んだ時に、しゃ
あないっていうて、もう、その時、すぐにやってくれた。
43A:うん。

  まず、28私から33Aまでを見てみたい。私は、28私でマスターベーション介助を頼んだ男性と「同じ部屋」かどうか確認したあと、「同じ部屋=コミュニケーションあり=仲がいい」、という枠組みを提示している。それに対してAさんは、29A、31A、33Aのように「はい」とだけ答えている。このように、ここでは私の提示した解釈にAさんが従っているようにみえる。つまり、主導権を握っているのは私であるように読めるだろう。
しかし、この先の展開をみていくと、それとは違う読みかたが可能になる。その前に、ここで私が聞きたかったことはなんだろうか。それは、マスターベーション介助をしてもらった中度障害者との関係についてである。それを聞き出すために、私は前述のような枠組みを提示し、Aさんに語ってもらおうとしていた。29Aと31Aにおいては、私が隣接した発話をしたためAさんに語る時間を与えていないが、33Aでは、関係について語る間があった。34私の冒頭の1秒間の時間的間隔は、私がAさんが「はい」に言葉を続けることを期待していることを示している。しかし、その期待は裏切られる。
  続きを見よう。33Aで「関係」に関する語りが得られなかった私は、34私でトピックを中度障害者のからだがAさんの「シコシコの手伝い」をできるような状態だったかどうかの確認にトピックを転換している。それに対してAさんは35Aで「はい」と答えたあと、次の一言を発する。「のうそっちゅう」。この「のうそっちゅう」とは、実際にマスターベーション介助がどのようになされたのか、ということのリード部分であったのであろう。トランスクリプトでの質問の意味から言うと、この一言は私の答えに沿ったものである。
しかし、この一言にはそれだけにとどまらないものがあるように思われる。それは、この「のうそっちゅう」が、じつはAさんの語りたかったこと、そこまでいかなくとも「関係」に関するトピックよりは関心があった内容である、と解釈することができるからだ。
  というのも、この場面の展開からいうと、もし中途障害者の身体的な状態が関心のないトピックあるいは少なくとも「関係」と同じような程度の扱いだったならば、35Aにおいても「はい」のみでよかったと思われる。しかし、Aさんは語った。つまり、Aさんは、 私の聞きたかった「関係」については関心がなかったために「はい」で流していた。そして、トピックが転換した時に、自分が語りたいもしくはより関心のあるトピックに移行したため、「はい」で終わらさず「のうそっちゅう」と語った。このように読むことができるであろう。
  このように考えると、それまでの場面の見え方が違うものとなる。
  まず、私に枠組みを提示されて答えていたAさんの「はい」は、主導権を行使して語らせようとしていた私に従っていたわけではなく、Aさんにとって関心がないことからきていた。より積極的に読むとすると、この話題から他の話題に切り替えたかったための「はい」であったとも読めなくはない。だから、それ以上語ることはなかった。つまり、私が聞きたいと思っていた関係という話題はAさんにとってはどうでもいいことだったのである。そして、私は話題を変えた。この転換も、私の意志だと思っていたが、じつは話題を変えたかったAさんによって導かれたものであると、読むことができる。
  しかし、私にとって「のうそっちゅう」、つまり、実際にどうやってマスターベーション介助が行われたのかというたトピックは、関心事ではなかった。それは、「のうそっちゅう」を受けた38私で、それに関する内容を聞くことをしていなことや、全体を通してその場面については聞くことなく終わっていることからわかる。
  つまり、この場面は、私が一方的に主導権を握っていたように見えるが、じつはそうではなく、Aさんは関心のないトピックを「はい」でやりすごすことで私にトピックの転換を促し、Aさん自身が語りたいことに方向を切り替えさせた、と読むことができるであろう。

3.5 質問が「通じていない」ことの意味

その後、次のようなやり取りが始まる。

44私:なるほど。で、じゃ、その1回、あっ、その(マスターベーション介助を)頼ま
れる時に、Aさんの中の、この気持ちとしては。
45A:うん、もう、おんなのことやりたい。
46私:女の子とやりたい。うんうん、なるほどなるほど。うんうんうん(・・・・・・)
ま、でも、その施設の状況を考えるとできない。
47A:はい。
48私:なるほど。でも、やっぱりその、シコシコをしたいと。
49A:はい。
50私:ということで、同室の男性に頼まれたということですよね。
51A:うん。
52私:ほな、その、男性に頼むということに対して、えー、Aさんの中での気持ちとい
うものは?
53A:女の子と、やりたい。うん。
54私:うんうん(・・・)別に、その、男性にそのシコシコをやってもらうことに対し
て、その嫌やとかっていうのは別になかったですか?
55A:うん、ないない。

56私: うん、それはべつに=
57A:=今もない。
58私:あ、今もない。
59A:うん。なるほど(・・)わかりました。

  まず、46私、48私、50私においても私は自分の解釈を提示している。「施設で生活していて女の子と性的な行為ができず、欲求不満に耐えかねて男性にマスターベーション介助を依頼するAさん」というストーリーを組みあげ、Aさんに同意を求めているのである。ここでも、私は統制権を行使しているのだが、じつはAさんはそれに対抗している。それは、次のような部分である。
  44私で、私はマスターベーション介助を頼む際の気持ちについて質問している。これは、Aさんが男性に頼んでいたということからくるもので、言葉にしてはいないが「男性に」という意味を含んでいる。しかし、それに対して45Aの答えは、「女の子とやりたい」というものである。この回答は私の質問とずれている。そこで、私は、再度50私で「男性に」という言葉を加えて質問を試みている。しかし、答えはまた「女の子とやりたい」、それも「と」と「い」をかなり語気を強めて、Aさんは語った。2度にわたって噛み合わない回答を受けた私は、ついに54私で「男性にやってもらうことに対する嫌悪の有無」という具体的な内容を提示し、はい/いいえで答えられるようにもっていっている。つまり、私は44私の質問から一貫して52私の内容、つまり男性にシコシコを頼む時の気持ちが聞きたかったのである。そのような私には、「女の子とやりたい」というAさんの答えは期待に反するものであり、満足できるものではない。ここには、「自ら満足できる回答を得るまで統制を行使」(桜井2001)する聞き手の姿が表れている。しかし、この場面で私は満足できる回答を得ることはできなかった。つまり、ここには、聞き手が聞きたいことを聞こうとして行使する権力に対して、語り手が語りたいことを語ろうとする抵抗の力が働いているのである。
  では、Aさんは語りたいことを語れたのだろうか。答えはNoである。前に見たように、52私はYes/Noで答える質問になっている。この「はい/いいえ」で回答を求める質問は、その件についてだけの回答を求めているという明確な意思表示であり、その他の答えを許さない性質のものである。そして、それまでは「女の子とやりたい」と語っていたAさんも、ここにいたっては「うん、ないない」と答えている。つまり、この質問は、聞きたいことを聞くと同時に、語りたいことを語らせず封じ込める働きをしているのである。
あと、いま少し、「女の子とやりたい」という回答について考えてみたい。
  この回答を常識的にとらえると、質問を理解していないと解釈することができる。しかし、質問を理解し、Aさんが語りたいことではなく私の聞きたいことに引きずられ語ったとしたらどうだろう。そこには権力が成立したことになるのではないか。
  また、質問が通じていない、極端に言えば、「意味不明なことを言ってる」、ともとらえることができる。しかし、「通じる」とはどういうことなのだろう。それは、権力が行使されることでもあるのではないか。
  つまり、ただ質問が「通じたからいい」のではなく、「通じていない」場合、その意味を常識的な意味でとらえるのではなく、そこに語り手の何らかの葛藤が存在したり、抗議や抵抗のサインととらえることが、語り手の意味世界を理解することのできる語りを聞くことが可能なのではないだろうか。

4.おわりに

  予想もしていなかった地点にたどり着いてしまった。
  マスターベーション介助の話を聞くためにAさんに行ったインタビューを終えた後、私は釈然としないものを感じていた。そこで、そのインタビューを振り返り、言語障害のない私が言語障害をもつAさんに対して誘導や解釈の押し付けを行い、「脱主体化」してしまっていたのではないだろうか、と考えた。そして、それらを反省するとともに、「言語障害者の声を聞く方法」について考えようという意図で、インタビューの具体的な場面を、Aさんとの相互行為という視点から検討してみた。
  たしかに、インタビューの中では、権力を行使しようとする力が働いると認められる場面はあったし、Aさんと私の関係も非対称なものではあった。これらのことから、このインタビューで私は何をしたかったのか、という点については、今一度、問い返す必要があると思っている。
  また、今回は、インタビューという場面での相互作用を検討してきたが、たとえば、確認聞き直しの意味などは、言語障害者との日常的なやりとりについても共通することであるかもしれない。これについても、今後、考えてみる必要があるだろう。
  しかし、今回のインタビューに見出されたのは、当初考えていたような関係、つまり、私がAさんに対して誘導や解釈の押し付けを行うなど、Aさんへの一方的な働きかけの関係だけではなかった。そこには、言語障害者ならではの短いセンテンスあるいは言葉を動員しながら、私に対して有効打を浴びせるAさんがいた。私の「語らせたいこと」に屈することなく、自分の「語りたいこと」を語ろうとしていたAさんの姿があったのだ。
  Aさんの語りは、インタビューという行為そのもの、そして、言語障害者とのコミュニケーションのあり方を問うているのかもしれない。



1)近年出版された「質的調査」に関する出版物およびML等の紹介。なお、私のこの論考の発想や視点は、その多くを、桜井厚『インタビューの社会学』から得ている。
2)ここで私は、自分のフィールドワークの概要について記すが、これに関して宮内洋は次のように述べている。「フィールドワークに基づく書きものには必ず文脈があり、その文脈は時と場所から浮遊しているわけではない。だから、少なくともフィールドワークがいかなる時期に行なわれ、いかなる場所で行なわれたかについては最低限度説明がなされるべきだと私は思う」(宮内2000,226)
3)この「記録をしなかった」、ということは悔やんでも悔やみきれないミスである。といっても、全く記録する体勢を取っていなかったわけではない。実際、メモ用紙を片手に記録を取りながらインタビューを行っていた。しかし、記録された内容を振り返ってみると、Aさんの語りの内容に関することがほとんどで、状況等についてはそれほど意識できていなかったことがわかる。それは、このインタビューが「相互行為」を分析することを目的にしたものではなかったことが原因であると考えられる。
4)佐藤郁哉は、「誘導的質問」というものについて次のように述べている。「インタビュー調査やサーベイ調査の禁じ手とされているものの一つに「誘導的質問」がありますが、これはフィールドワークの場合には必ずしもルール違反だとは言えません。誘導的質問というのは、いわゆる誘導尋問と同じで、相手の答えをこちらの都合のいい方向にもっていくようなバイアス(特定方向への偏り)のかかった質問の仕方です。(中略)誘導的質問であっても、そういうタイプの質問でもしない限り先に進んで相手からさらに詳しい内容の話が引き出せないような場合は、どうでしょうか。たとえば、話し手がかなりシャイな人物で、自分の息子の成績や進学について自慢話に聞こえるのを極端にいやがっているような場合です。しかし、フィールドワーカーが研究したいのは、子供の学業成績や進学に対する親の関与の度合いという問題であり、また、相手の子供が総合的に見て非常にすぐれた成績をあげていることは事前に得ていた情報から既に明らかになっているのです。このような場合には、ある意味でたしかに誘導的な質問ではありますが、最初の質問で単刀直入にたとえば、「お子さんは、学校でもトップクラスの成績でいらっしゃいますね」という風に切り出した方が、「お子さんはどんな成績でいらっしゃいますか」などと教科書式の非誘導的な質問の仕方で聞くよりは、つっこんだ話が聞けることが少なくないのです。この場合は、誘導的質問はルール違反であるどころか、むしろ表面的なインタビューでは聞き出せないような深い事情を知る上できわめて有効な質問の仕方であると言えます」(佐藤2002,221-222)
5)これらの表記記号については、一部(「聞き取り不能」「聞き取り困難」)を除いて桜井(2002,177-180)によっているが、ここではそのうち使用したものだけ載せておく。

文献

桜井厚「生が語られるとき ライフヒストリーを読み解くために」中野卓・桜井厚編『ライフヒストリーの社会学』弘文堂,pp219-248,1995
―『インタビューの社会学』せりか書房,2002
佐藤郁哉『フィールドワークの技法』新曜社,2002
宮内洋「あなたがセックスケアをしない理由−福祉系専門学校における教育<実践>のエスノグラフィー」好井裕明・桜井厚編『フィールドワークの経験』せりか書房,pp226-244,2000)

※ネット上ではトランスクリプトが見えにくいあるいは正確にうつらないかもしれませんので、tarokusa99@yahoo.co.jpまでご連絡いただければ抜刷を送らせて頂きます。よろしくお願いいたします。


UP:20041125
草山 太郎  ◇全文掲載  ◇全文掲載(著者名50音順)
TOP HOME (http://www.arsvi.com)