HOME >

関係者間の認識のズレはどのように生じるのか?

−インテグレーション環境にある聴覚障害児の事例から−*1

木村 素子
(筑波大学大学院人間総合科学研究科心身障害学専攻)



*1『特別支援の実践研究』第1号収録の「関係者間の認識のズレはどのように生じるのか?−インテグレーション環境にある聴覚障害児の事例から−」を加筆修正。

   MSワード版
   ※今ご覧のこのファイルでは表などがくずれてしまっています。MSワード版をご覧ください。

  インテグレーション環境にある聴覚障害児の担任教師、学校長、保護者へのインタビュー調査と対象児在籍学級における参与観察を行い、対象児の関係者がどのように対象児の問題状況を把握しているかを調査した。本事例において、保護者と学校関係者が把握する問題状況は異なっていた。また、保護者と学校関係者が設定する課題は異なっており、各関係者の問題状況把握は各関係者の課題設定に基づいていた。さらに、問題状況把握、課題設定のズレの他に個人内のズレも見られた。これらの関係者間の認識のズレは、@話し合いの場がないこと、A認識のズレによって話がかみあわないこと、Bインテグレーションという不完全な教育環境の下では責任の追及を避けなければならないこと、という3つの理由から修正されることが困難であった。

1.はじめに

  今日、ノーマライゼーション理念の流入、「特別な教育的ニーズ」という新しい障害観の構築などによって、障害のある子どもたちが通常学級で学ぶ事象が増加している。平成14 年には文部科学省が就学基準に係る学校教育法施行令を改正し、特別な事由のある障害児童・生徒(認定就学者)の通常学級への就学が、法令上、認められた(木村[2003]23-40)■1。こうした背景から、今後、通常学級において学ぶ障害のある子どもが更に増加していくと考えられる。
  一方で、インテグレーション環境において担任教師、保護者、子ども自身が望むような指導が十分、施されていないとの声が聞かれる。その原因として、担任教師への支援体制が未整備であること、仮に担任教師への支援体制があったとしても担任教師と支援者との連携が困難であること、あるいは担任教師と保護者の連携が不十分であることなどが挙げられている(渡辺健治・佐藤和代・新井英靖・柴田久志[1997]337-344)■2。
  本稿では、インテグレーション環境にある聴覚障害児の一事例を通して、子どもの指導に関して関係者が何を問題と捉え、相互が把握する問題は異なるのか否か、異なるならばどのように異なり、また把握された問題は関係者によってどのように取り扱われるのかを論じることを目的とする。

2.方法

  普通小学校の通常学級に在籍する聴覚障害児★01の保護者、担任教師、学校長らにインタビュー調査を行った。インタビューはテープレコーダーによる録音あるいはノートテイクによって行い、発話内容についてトランスクリプトを作成した。インタビュー対象者本人による確認・修正を経たテキストを分析に用いた。関係者らの語りを解釈するために、対象児在籍学級において参与観察を行った。調査期間は、1999年6月〜12月である。

3.関係者間の認識のズレ

1) 各関係者の把握する子どもの問題状況
保護者(母親)と学校関係者(担任教師、学校長)★02が問題であると捉えている事柄について語ったものを整理すると、以下の表1のようになった。さらに、把握された各問題状況を分類したところ、A-1〜A-3のようになった。

表1 関係者の把握する子どもの問題状況
 
----------------------------------------------------------------------------
     │        保護者            │       学校関係者
----------------------------------------------------------------------------
     │                          │
A-1 │                          │・ 手話を優先して使っていること
     │                          │・ FM補聴器を使わないこと
     │                          │・ わからない環境を強いることがストレスとなること
     │                          │   
----------------------------------------------------------------------------
A-2 │                     ・日本語習得ができないこと
     │                        ・学力が身につかないこと
----------------------------------------------------------------------------
A-3 │                ・「大きな集団で当たり前の」子どもの発達ができないこと
----------------------------------------------------------------------------

ここで、筆者は本稿の軸となる一つの仮説を設定したい(課題設定については、次項において論じる)。


仮説:異なる問題状況を把握していれば、異なる課題を設定している。


(1) 異なる問題状況把握
  表1から、関係者間において、共通した問題状況把握がなされている場合と、異なる問題状況把握がなされている場合と二つのパターンがあることがわかる。まず、異なる問題状況把握がなされている場合、保護者はA-1群の問題状況を把握しておらず、学校関係者はA-1群の問題状況を把握しているのであるから、両者はA-1群において異なる問題状況を把握しているといえる。
(2) 共通した問題状況把握
次に、共通した問題状況把握がなされている場合について論じる。A-2,3群の問題状況は、保護者と学校関係者双方から頻繁に語られていた。であるならば、A-1群という相互に異なる問題状況把握はあるにせよ、各関係者は大枠では対象児の問題状況に関して共通した認識をもっていると解釈できそうである。
しかし、A-2,3群において保護者と学校関係者双方は共通した問題状況把握を行っていても、結果的には、必ずしも双方が同質あるいは同等の問題状況把握をしていない場合がある。共通した問題状況把握をしているにもかかわらず、同質/同等の問題状況把握ではない場合とは、複数の相反する問題状況把握の中での優先順位が各関係者間で異なっている場合である。
たとえば、現状のインテグレーション環境において、A-1とA-2の問題状況は相反しないが、A-1とA-3あるいはA-2とA-3の問題状況の解決は同時に成立しない事柄である。このような相反する問題状況群が一個人にいくつかある際、その個人の中で問題状況に優先順位が設定されている。保護者を例にとると、日本語習得できないことを是認してはいないが(A−2群)、大きな集団での発達と日本語習得も両立させようとすると、難聴学級において学校生活の長い時間を過ごす選択をせざるをえない。しかし、そのような選択をした場合、保護者の望むような「自然な」子ども集団による学校生活が保持されない可能性がある。保護者にとっては大きな集団での発達が保証されないことの方がむしろ問題であるため、つまり問題状況に優先順位を設定しているため、保護者にとっては、A-3群の方がA-2群よりも問題状況の優先順位が高いということになる。このように、相反する問題状況群間の優先順位が関係者相互で異なっている場合は、異なる問題状況把握をしていることと同じである。

2) 各関係者の設定する子どもの課題/各個人にある個人内のズレ

  前項で見てきたような各関係者の異なる問題状況把握は、以下のような課題設定に基づき、把握されている。表2のとおり、保護者と学校関係者双方の課題設定は異なっているために、前項のような異なる問題状況把握が生じていたことがわかる。

表2 各関係者の設定する課題

-------------------------------------------------------------------------
     │          保護者            │              学校関係者
-------------------------------------------------------------------------
     │                          │
A-1 │  「大きな集団の中で育つこと」がより重要であり  │  通常学級における学習についていけるような日本語習得をし
     │     日本語習得や学力向上は家庭で担う     │         学力を相応に身につけること
     │                          │  
     │                          │
-------------------------------------------------------------------------

  一方で、表3に示すとおり、個人内のズレが存在することにより、関係者らが感じ取る認識のズレが増加したり、逆に、各関係者に他の関係者と一致した認識が得られていると錯覚を生じさせたりする。

表3 「個人内のズレ」

-------------------------------------------------------------------------
     │          保護者            │              学校関係者
-------------------------------------------------------------------------
     │                          │
A-1 │・ 日本語・言語・手話等の区別の不鮮明さ     │・ 日本語・言語・手話等の区別の不鮮明さ
     │・ 「日本語習得・学力も学校でしてほしい」という │・ 相反する問題状況把握や課題設定の優先順位の不鮮明さ
     │課題設定への諦めが難しいことによる、課題設定の可変性│・ 「FM補聴器をつければいい」等、対象児の聞こえ  
     │・ 「集団の中で育つ」という課題設定に関して、  │についての実態把握が不十分な状況での感覚的な言動
     │形式的な“みんなと同じ”と“特別なサポートをした上 │
     │でのみんなと同じ”の区別の不鮮明さ         │
     │                          │
-------------------------------------------------------------------------

個人内のズレによって生じる現象として、以下のようなものが挙げられる。
保護者は学校関係者(学校関係者は保護者)の課題設定を受容あるいは同調することがある。それは、お互いの直接的な会話レヴェルのみに生起し、行為レヴェルには保持されないこともあれば、行為レヴェルにも保持されることもある。各個人における複数の問題状況間の優先順位は、意識化され整理されているものではない。そのため、関係者同士の会話レヴェルにおいて、一貫性がない問題状況把握や課題設定が他者に語られてしまうことがあるのである。これにより、ある関係者が他の関係者の認識を把握することに困難が生じる場合がある。逆に、ある関係者が他の関係者は自己と同じ認識をしていると誤認する場合もある。

------------------------------------------

「問題状況把握」

     ―→  各々の「課題設定」に基づく

               ―→「個人内のズレ」により可変的な課題設定に

                           ↓ 

                    新たな認識のズレ生起の一因となる

-------------------------------------------

図1 問題状況把握・課題設定・個人内のズレ間の関係

  本節をまとめる。第一項で見てきたように、異なる問題状況把握をしている場合、異なる課題設定をしていた。各関係者が一部では共通した問題状況把握をしていたとしても、相反する問題状況把握間での優先順位が各関係者間で異なれば、各関係者は異なる問題状況把握をしていると結論付けることができた。さらに、第二項ではひとつの課題設定に基づき、問題状況把握がなされていたことが明らかとなった。第一項と第二項を総括すると冒頭に挙げた仮説は、真であり、その逆もまた成り立つことがわかった。他方、各個人の内にある個人内のズレが、関係者間の認識のズレを新たに作ってしまうことがあることがわかった。よって、本来、異なった問題状況把握や課題設定によって生じていた関係者間の認識のズレに加えて、個人内のズレから生じる新たな認識のズレが生まれ、これらの認識のズレが関係者間の話し合いの困難さを形成することとなった(木村[2000])■3。

4.認識のズレという「問題」が関係者間で取り扱われない理由

  本事例では、各関係者は相互の認識のズレを問題として認識していた。しかし、関係者らは、認識のズレという関係者らの問題を、直接、取り扱うことはほとんどなかったという。明らかなクレイムの申し立てはもちろん、保護者が担任教師や学校長に自身の意向の表明による問題の解決、双方の意見交換、現実的な提案による問題の打開などを行うことはなかったという。(金澤[1996]43-50)★03、■4。関係者は問題を認知し、さらに解決を図りたい意思を少なからずもっているにもかかわらず、解決へのアプローチがしにくい構造がそこにはあったようである。以下の表4に、関係者が問題を取り扱うことを困難にさせていた要因3点を挙げ、整理した。

表4  認識のズレという問題が関係者間で取り扱われない理由
--------------------

1) 話し合いの場がないため
2) 話がかみ合わないため
3) 責任追及の回避をしたいため

--------------------

  理由の1)については、単純に話し合いの場の設定がなかったために、直接、お互いの認識のズレが話題とならなかったということである★04。特殊学級や養護学校の場合、送迎時の保護者と担任教師との廊下や教室でのやりとりや連絡帳利用など、情報交換の機会が多く設定されているが、インテグレーションの場合、直接、保護者と担任教師が会するのは個人面談や懇談会など年に数回だけである。もちろん、通常学級でも連絡帳利用はされているが、他の児童・生徒への対応のための時間配当の関係から、担任教師からの書き込みは、特記事項のある時に限られることが多い。保護者の方も、担任教師の書き込みの分量や回数から教師の負担や多忙さを敏感に感じ取り、必要時にのみ書き込むよう抑制・調整することがある(小松[1996])■5。
  理由の2)については、前節において論じたような問題状況把握と課題設定のズレ、そして個人内のズレにより、関係者で話をしても話がかみあわずに問題解決という本題まで到達することができないということである。問題状況把握のズレ及び課題設定のズレの場合は、自身の認識が他者と異なるとき「あの人はわたしとは違う考えをもっている」と認識されるのであるが、個人内のズレの場合は、ズレが顕在化しているわけではなく“なんとなく違う”というレベルで関係者に認識されるために、「やっぱりあの人の考え方はよくわからない」という認識になってしまう。そして、話がかみ合わないために話し合いに時間と根気を要することにもなる。この二次的な困難性も話し合いがなされにくい状況を助長することになっているかもしれない★05。
  理由の3)については、聴覚障害児の事例に限らず多くのインテグレーションの事例に当てはまるかもしれない。保護者による「学校は、通常学級の中で対象児の存在をもっと生かしてほしい」といった語りからわかるように、原則的に保護者は学校に責任を帰責している。しかしながら、学校側に直接その要求を主張することはない。その理由は二つある。一つ目の理由は、就学時に“ろう学校適”★06と判定されているにもかかわらずインテグレーションを選択しており、その時点である程度、不十分な指導を了解しており、それにもかかわらず主張してしまえば、「じゃあ、ろう学校へ行って下さい」と言われかねないからである★07。二つ目の理由は、担任教師や学校長の苦労が理解できるからである。担任教師の苦労を差し置いて、主張することなどできないのである。
他方、学校関係者が責任追及を回避したい理由とは何か。調査者と学校関係者との二者間のクローズドな語りに限っては、基本的に、学校関係者は通常学級を選択した保護者に責任を帰責している。しかしながら、学校関係者は保護者自身に直接「保護者に責任がある」と伝達することはないし、保護者の要求を無碍に拒絶することもない。その理由は二つある。一つ目の理由は、制度上、通常学級に在籍する障害児に対し通常学級において担任教師一人で十分な対応するように規定されているわけではないが、授業についていけるような学習の支援や簡単なコミュニケーションの成立といった“学校がやるべきと思われること”を学校ができていないことに対する後ろめたさがあるためである。二つ目は、聴覚障害児をもった保護者の苦労や努力を理解できるからである。これら二つの理由から、保護者から何か要求があった場合には、保護者に責任を帰責するのではなく、「制度が悪い」と制度に責任を帰責する。このとき、すぐに制度が悪いと語るのではなく、保護者の要求を「制度」の枠内でできるか、さらに本校においてできるか否かが模索され、その結果できないとわかった事柄に対して「制度が悪い」と弁明する。
  つまり、保護者も学校関係者も、相手方に問題の責任の比が大きいと認識しているにもかかわらず、自身に対する責任の追及を回避したいために、話し合いの際に問題を話題化せず、問題解決の核心に触れないよう、避けてやり過ごすのである。

5. おわりに

  本稿では、今後、ますます増加するであろうインテグレーション環境における保護者と学校のかかわり、連携をインタビュー調査を中心に明らかにした。保護者と担任教師の「連携」は昨今、特殊教育分野で頻出する話題の言葉である。
本稿での分析からわかるように、現在まで、インテグレーションは不完全な指導体制を甘受せねばならない指導形態であった。その問題の多くは制度が未整備のままでありながら、障害のある子どもの就学という現状が進んでしまっていたことに起因していたといえる。本事例においても、制度の不備が問題解決を妨げる要因になったり、問題解決ができないときの帰責主体となったりしていた。
今後、インテグレーションにおける関係者間の連携に関する問題が検討される際、制度の整備とともに、本稿で論じたような関係者の認識や行為の構造に関する知見がその助けとなることを期待する。



★01 小学校2年生の男児。聴力レベルは両耳とも110dB。就学前は地域の療育センターによる週一回の言語訓練。統合保育。口話は表出/読み取り/聞き取りとも困難。書記日本語の理解は特定の単語のみ。6歳ごろからろう者・ろう児との交流が始まり、手話使用開始。手話が第一言語となる。
★02 調査時には、保護者・担任教師・A小学校長・Fろう学校長・Dさんという5名の関係者を分析対象とした。本稿では、特に担任教師・A小学校長の認識を取り挙げ、この2名を「学校関係者」とし論ずる。
★03 金澤(1996)は、クレイムがクレイムらしく申し立てられない現象について聾学校でのフィールドワークを通し、その構造を分析している。
★04 学校長の提案により3月末の終業式の日に、保護者・担任教師・学校長・ろう者の補助教員Dさんの4名で話し合いの場が持たれた。しかしながら、その場においても現状の確認程度で話し合いは終わり、抜本的な話し合いはなされなかったという。
★05 これに関して、母親は「学校で少し話をする機会があって、同じことを話していても、例えば、“ことば”という単語ひとつをとっても、その定義が違うから話がずっと平行線になっちゃうんだよね、どうしてわかんないのかなって思うんだけどもうしょうがないんだろうね。」とこぼしている。
★06 「ろう学校への就学が適当である」の意。
★07 先述の学校教育法施行令の改正により、障害のある児童・生徒の就学指導の在り方・基準等の見直されたため、「ろう学校適なのに」という後ろめたさは今後、減少するかもしれない。

引用文献

1 木村素子(2003)障害児に対する通常学級教師の役割−法令、意識調査、実践からの検討−.横浜国立大学大学院教育学研究科教育相談・支援総合センター紀要,3,23-40.
2 渡辺健治・佐藤和代・新井英靖・柴田久志(1997)「特殊学級」による通常学級に在籍する障害児の支援に関する研究.東京学芸大学紀要第一部門,48, 337-344.
3 木村素子(2000)インテグレーション環境にある関係者間の問題状況把握の相違に関する研究.群馬大学卒業論文.
4 金澤貴之(1996)クレイムはどのように発せられるか.現代社会理論研究,6,43-50.
5 小松栄生(1996)こうすれば成功する!学校との連携の進め方−IEPを視野におさめて.中央美版.


UP:20040723
全文掲載  ◇全文掲載(著者名50音順)
TOP HOME (http://www.arsvi.com)