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記者の視点

記者の視点・2004

原 昌平 2003 『京都保険医新聞』(京都府保険医協会)



◆2003  「不正にはまず怒ろう」(記者の視点3)
 『京都保険医新聞』(京都府保険医協会)
◆2003  「患者アドボケイトの導入を」(記者の視点4)
 『京都府保険医新聞』
◆2003  専門家の自由と責任」(記者の視点5)
 『京都保険医新聞』
◆2003  「感染者の側から考える」(記者の視点6)
 『京都保険医新聞』(京都府保険医協会)
◆2003  「事故報告制度が出発点だ」(記者の視点7)
 『京都保険医新聞』(京都府保険医協会)
◆2003  「医学と法律の学校教育を」(記者の視点9)
 『京都保険医新聞』(京都府保険医協会)
◆2003  「「インフォームド・チョイス」への深化を」(記者の視点11)
 『京都保険医新聞』(京都府保険医協会)



 
 
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◆2003 「不正にはまず怒ろう」(記者の視点3)
 『京都保険医新聞』(京都府保険医協会)
 原 昌平(読売新聞大阪本社科学部)

 開業医と話していて一番かみ合わないのは、不正請求や劣悪医療をめぐる議論
になった時だ。
 患者に実害が生じていることもあるし、繰り返し表面化する不正が医療不信を
高め、真面目にやっている医師がとばっちりを受けるという意味でも、対策は重
視すべきだと私は思う。
 けれども返って来る意見で多いのは「例外的なケースを強調すると全体の問題
のように誤解される」「ごく一握りの話より、国の低医療費政策やおかしな診療
報酬など、もっと大きな問題を取り上げよ」といった反応だ。不正請求を話題に
したとたん「マスコミは医者たたきに走っている」と主張する人も少なくない。
 確かに「一部」の問題ではあるのだが、毎年、全国で表面化する事案の数や内
容をみれば、「ごく一握りの例外」で済む話とは思えない。国の政策以前に、医
療機関の根本姿勢を問うべき悪質なケースも多いし、それが後を絶たないことが
大きな問題なのだ。
 開業医が自分の周囲を見渡しても思い当たらないかも知れない。大規模な不正
は病院に多いこと、個別の不祥事案は全国紙でも地元以外にあまり載らないこと
などから、認識のギャップが生まれるようだが、そうした事案への関心度の薄さ
や、すぐに例外性を強調する態度は、かえって全体への信頼感を損ねることにも
気づいてほしい。
 同業者としての謝罪や自浄能力への反省を求めているわけではない。明らかな
不正であれば、まず率直に怒ってもらいたいのだ。
 専門家であればあるほど、自分たちが低医療費に苦しんでいればいるほど、悪
質な不正や劣悪医療には一般市民以上に腹を立て、再発防止策を真剣に考えるの
が本来ではないだろうか。
 身内かばいでなくても、謙虚に構えすぎて何も言わなければ、「自分たちも身
ぎれいでないからかな」と思われる。しっかり怒らずに例外性や医療政策への影
響ばかり強調すると「患者の被害や公益より、我が身を守る意識が先に立つのだ
な」という印象になる。
 かつて、悪徳の極みといってよい大阪・安田系三病院が摘発された時に保団連
が出した見解も「事件を利用した国の医療費締め付け」に力点を置いたもので、
違和感を抱いた。
 不正にはまずストレートに怒る。それが信頼を確保する基本だと私は思う。

 
 
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医療と人権メーリングリスト mhr からの配信です。
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原@大阪読売です。(重複受信の方すみません)

 [略]
(以下、非営利活動のみ転載可)
(以下というのはここより後のことです。念のため)

◆「患者アドボケイトの導入を」(記者の視点4)
 『京都府保険医新聞』
 原 昌平(読売新聞大阪本社科学部)

 アドボケイト(advocate)という言葉をご存じだろうか。弱い立場にある人の
側に立ち、その権利を守るために活動する人々のことで、そういう活動をアドボ
カシー(advocacy)と呼ぶ。英語では「支援者」ぐらいの意味でも幅広く使うが、
医療や障害者問題の分野では「権利擁護者」と訳されることが多い。
 米国では病院のほぼ半数に患者アドボカシー室があるという。市民団体から派
遣されたスタッフが常駐しており、患者から苦情や不満を聞き、必要に応じて病
院や職員に改善を求める。
 日本の病院にはそうした仕組みが全くなかった。
 大阪府で今年度、公的制度として始まる「精神医療オンブズマン」はその第一
号になる。常駐ではないが、外部のスタッフが予告なしに閉鎖病棟まで訪れ、患
者の相談に乗る。閉鎖性が強く、人権侵害も後を絶たない精神科病院の改革に画
期的な意義を持っている。
 アドボケイトが必要なのは精神科だけではない。医療者との知識や情報の格差
を埋め、立場的にどうしても生じる遠慮を減らすには「味方」の手助けが要る。
とりわけ高齢者や生活保護の患者には欠かせない。
 医師の説明が理解しにくいという患者がいれば必要に応じて助言し、場合によっ
ては同席もする。誤診や医療ミスではないかと思った時の相談も受ける。
 まともな病院ならば、決して敵対的な存在ではない。むしろ医療内容やサービ
スを向上・改善し、納得できる診療をスムーズに運ぶ助けになる。無用なトラブ
ルの予防にも役立つはずだ。
 本来は外部の人間が望ましいが当面、職員による院内アドボケイトでも意味が
ある。国内でもいくつかの病院が専従の看護師やワーカーを置いている。さらに
今年四月から特定機能病院に「患者からの相談に適切に応じる体制」が医療法施
行規則の改正で義務付けられた。これも院内アドボケイトに発展しうる。
 医療事故対策では「リスクマネジメント」が強調されている。大事なことだが、
あくまでも提供側の視点に立ったものだ。患者中心の医療を掲げるなら、患者側
の力量を高める手だても考えるべきではないか。そのための費用を国が確保する
価値も十分ある。

 
 
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Date: Mon, 09 Jun 2003 02:45:24 +0900
Subject: [mhr:2193] 記者の視点5

医療と人権メーリングリスト mhr からの配信です。
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原です。
京都府保険医協会の新聞に書いているコラムの5回目です。
(重複受信の方も多いと思いますが、すみません)
(以下、非営利活動のみ転載可)
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◆「専門家の自由と責任」(記者の視点5)
 『京都保険医新聞』
 原 昌平(読売新聞大阪本社科学部)

 医療の世界で混乱を招きやすい言葉の一つに「医師の裁量」がある。
 医学や医療技術は発展途上であり、わからないことの方が多いので、専門家の
間でも考え方に差があるのは当然だ。また医療は患者ごとの個別性と不確実性が
大きいので、画一的なマニュアル診療はよくない。そうした意味で医師の裁量は
認めるべきだし、しっかり発揮される必要がある。
 時々見られる誤用の一つは、医師の裁量を患者の権利と対立させ、診療方針の
決定権が医師にあるような言い方だ。細かな手法の選択や緊急性のある場合はと
もかく、大事なことは自分と異なる考え方も含めて十分な情報提供を行い、選択
肢を示すのが医師の責務であり、決めるのは患者側である。その際に自分はどの
方法を推奨するのか、根拠とともに示すのが裁量であり、力量だろう。
 もう一つの誤用は、裁量と称して自分勝手な診療がどこまでも許されるような
感覚である。行政が個々の診療内容を「聖域」にしてしまい、どんなおかしなや
り方でも是非の判断に踏み込まない口実にも使われている。これでは「医師免許
さえあれば何でもあり」の隠れみのになってしまう。
 いま肝心なのは第一に、医療界が根拠に基づく診療ガイドラインの確立と普及
にもっと力を入れ、裁量の「範囲」をできるだけ明確にすることだ。その範囲を
超える新たな方法を試みるなら、実験的治療としてヘルシンキ宣言に沿った手順
を踏まないといけない。
 第二は、レベルの低すぎる医師や裁量の限度を逸脱する行為に厳しく対処し、
専門職にふさわしい最低限の技能・倫理水準を確保することだ。医学の常識に反
する診療、低水準の診療、説明の欠如、故意の不正などには警告や再教育を行い、
場合によっては退場させる。終身免許制や自由標榜制の見直しも必要だろう。
 臨床医が「プロの裁量の侵害」を日常的に感じるのは、保険診療上の制約やレ
セプト査定だろう。確かに不合理なものは多い。
 ただ、全体に投網をかぶせるような支払い管理が強まったのは、医療側が裁量
の範囲をあいまいにし、程度の低すぎる医師の排除に消極的だったことも一因で
はないか。おかしな医師がまかり通っていれば、自由裁量にはゆだねにくい。管
理医療を脱するためにも、質の低すぎる部分をなくす手だてが重要なのだ。
 プロの自由はプロの責任を明確にしてこそ確立していくものではなかろうか。

 
 
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Date: Fri, 27 Jun 2003 23:38:05 +0900
Subject: [mhr:2198] 記者の視点6

医療と人権メーリングリスト mhr からの配信です。
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原です。
京都府保険医協会の新聞に書いたコラムの6回目です。ご参考まで。
末尾に関連する記事も付けておきます。
(重複受信の方すみません。以下、非営利活動のみ転載可)

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◆記者の視点6「感染者の側から考える」
 『京都保険医新聞』(京都府保険医協会)
 原 昌平(読売新聞大阪本社科学部)

 SARS(重症急性呼吸器症候群)の出現に、世界規模の対処はよくやれた方
だが、病原体の究明など自然科学的な対策に比べ、社会的な対応に課題が多い。
 人から人への感染力がある程度強い病気では、他者の生命や健康という人権に
かかわる以上、患者の行動の自由やプライバシー権の制約もやむをえない。ただ
し科学的に必要な最小限度にとどめないといけない。このあたりは、ほとんどの
人が同じ意見だろう。
 私が最も問題を感じるのは、感染症法の理念にうたった「人権への配慮」が抽
象的な言葉でしかなく、感染者の側に立った発想と手だてが足りないことだ。
 うつる病気はこわい。致死率が高く、未知の度合いの大きければなおさらだ。
医療従事者でさえ、我が身を守る意識が先に立つ。疫病への恐怖は人間の自然な
感情だろう。それを増幅して感染者を「加害者」やその予備軍とみなす傾向も社
会には根強くある。
 だが、誰よりも不安と恐怖におののくのは感染者や感染の可能性のある人たち
である。病気自体への不安に加え、社会的な不利益・差別・排除への不安が重な
る。もしも誰かにうつしていたら、一層つらい。
 不利益や差別への不安が大きければ、受診する勇気がなえ、早期発見を妨げて
しまう。これは人権上も実際の対策上もまずい。
 大事なのは、受診や入院が少しでも「安心」につながることだろう。
 第一は、診療できる医療機関を確保し、たとえ対症療法だけでもできる限り高
度な医療を提供することだ。しかし指定病院の整備は大幅に遅れており、外来受
診先を具体的に確保する方針を国が出したのも五月半ばだった。院内感染の防止
対策は議論されても、スタッフの能力を含めた医療の水準は今もあいまいだ。
 第二は、不利益を減らすことだ。ところが現状では可能性例で入院勧告が出る
まで医療費に自己負担がある。病気は本人の不運という従来の考えにとらわれず、
一定の生活保障も講じるべきだし、入院・隔離に応じた患者には積極的に感謝を
表明すべきではないか。
 接触者調査のための施設名の情報公開でも似たことが言える。せめて「安全宣
言」をする際、大臣は施設名をいちいち挙げて感謝の言葉を述べてほしかった。
 結核、ハンセン病、エイズなどでは、医療提供も不十分なまま恐怖と差別をあ
おり、社会にいづらくして封じ込めを図った過去がある。いま結核でDOTS
(直接服薬確認治療)が成果を挙げているのは、監視ではなく「完治を願う親身
なサービス」だからだ。
 手ごわい感染症への対処で肝心なのは、恐怖にかられた強制力指向より、人間
の気持ちへの想像力ではないか。報道のあり方への自戒も込めてそう思う。


以下、参考記事です。(私ではなく京都総局の取材です)

■新型肺炎の疑い 指定病院が入院拒否 
 5月下旬 京都→大阪へ転送 「風評、院内感染が心配」
 2003/06/21 大阪読売夕刊1面

 新型肺炎(重症急性呼吸器症候群=SARS)に感染した可能性のある患者の
入院先に指定されている京都府内の公立病院が五月下旬、中国から帰国後に高熱
を出した患者について、「院内感染や風評被害が心配」として入院を拒否し、大
阪市内の病院に転送していたことが二十一日、わかった。患者は結果的には「へ
んとう腺炎」と判明したが、SARSに感染した台湾人医師の来日を機に、「第
一号患者発生」への備えが急がれているなか、医療機関の受け入れ態勢の不備が
改めて問われそうだ。
 関係者によると、患者は中国から帰国して約一週間後、38度以上の熱が出た
ため、「第二種感染症指定医療機関」である公立病院に救急車で搬送された。
 せきはしておらず、エックス線でも肺炎の兆候は見られなかったが、抗生物質
を投与しても熱が下がらないため、府は厚生労働省と協議したうえで入院させる
よう病院に指示した。
 しかし、病院側は「もっと設備の整った医療機関で受け入れてほしい」と転院
を強く主張、地元自治体も同じように府に要望した。このため、府は大阪市内の
「第一種指定」の公立病院と交渉。患者は約七十キロ離れた病院に救急車で運ば
れた。
 京都府内の公立病院はSARS対応の病室を備えていたが、一般病室や看護師
詰め所と同じ階にあった。このため、院長は「もし感染患者だったら、病院機能
がマヒしていた。第二種指定のほとんどはSARSに対応できていない。『疑い
例』が出ただけで他の患者が来なくなり、病院がつぶれる恐れさえある」と話し
ている。
 京都府内には、第一種指定病院がなく、この公立病院を含む五つの第二種指定
病院が、SARS感染の可能性がある患者の入院先に指定されている。
 台湾人医師の問題以降、国内の病院では、患者を診た場合の院内感染や、風評
被害による経営への影響を懸念する声が拡大。厚労省は、患者を集中管理する病
院を各府県に一か所ずつ決めることも検討したが、患者が多数の場合は対応でき
ないとの理由で、計画は立ち消えになったという。
 第一種指定医療機関は、エボラ出血熱やペストなど致死率の高い感染症が対象
で、施設面の基準が厳しい。第二種指定はコレラ、腸チフスなど主に細菌性の病
気を対象にしている。

 
 
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Date: Thu, 07 Aug 2003 20:31:29 +0900
Subject: [mhr:2211] 記者の視点7

医療と人権メーリングリスト mhr からの配信です。
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原です。
京都府保険医協会の新聞に書いているコラムの7回目です。

(重複受信の方すみません。以下は非営利活動転載可)
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◆「事故報告制度が出発点だ」(記者の視点7)
 『京都保険医新聞』(京都府保険医協会)
 原 昌平(読売新聞大阪本社科学部)

 日本の医療事故対策は本当のスタート地点にまだ遠い。報告の義務化さえ実現
していないからだ。
 医療事故による国内の死者数は、予防可能なものだけで年間二万六千人という
試算がある。これは米英豪など五か国で調査された発生率を日本の病院の入院患
者数にかけた推計で、外来患者や診療所、それに院内感染なども考えれば、もっ
と多いかも知れない。
 交通事故の死者は年間一万人弱。労災や海難事故、鉄道・航空事故はもっと少
ないが、警察や監督官庁への報告は当然のことだ。最大規模の犠牲者が出ている
であろう領域で、発生件数さえつかめずに、まともな対策ができるわけがない。
 そこで厚労省は報告制度の検討部会を設けたが、四月に出した結論は全くの腰
砕けだった。来年度から報告を義務付けるのは、大学病院などの特定機能病院と、
すでに本省への報告が必要な国立医療機関だけで、計二百五十施設ほど。全病院
数の3%弱、ベッド数でも10%弱にすぎない。「すべての医療機関に報告を強く
促す」ともいうが、それはあくまでも自主報告だ。
 しかも対象は「特に重大な事例」に限り、報告先は「事故情報を収集・分析す
る新設の第三者機関」、さらに「収集情報は行政処分に用いない」「防衛医療、
委縮医療に陥らない対策を講じる」とされた。
 要は、報告してもどこの話かわからず、病院が不利益を一切受けないようにす
るらしい。国立病院や大学病院でも今より透明度が低下するかも知れない。
 義務化に抵抗したのは例によって日本医師会。「報告がかえって出にくくなる」
「リスクの高い治療や手術を行わなくなる」と難色を示した。報告を義務付ける
医療機関の範囲を順次拡大していく方針にも、日医は「同意していない」と言い、
第三者機関に調査機能を持たせることにも「原則反対だ」という。
 事故を世間に知られたくない。病院の評判が落ちて客が減るのは困る。そこに
は医療機関の情報を求める患者の声も被害の救済も視野にない。そもそも事故情
報を集める目的である「再発防止」はだれのためなのか。自主報告でどれほど集
まるか、目に見えている。
 経営優先の姿勢をプンプンにおわせながら「医療の公共性」「患者、国民の味
方」を主張する厚顔さ。もっとも、それを自覚できるぐらいなら社会の感覚との
ずれにも気づくだろうが…。
 たとえばバス業界が事故報告を拒み、「処分されるなら報告しない」「スピー
ドを出せなくなる」「各社の事故件数は非公開に」と言ったら、どうだろうか。
 報告の基準など細かな課題はあるが、まずは事実、実態を明らかにすることだ。
ペナルティー付きの報告制度ができた時点で「ようやく本気の医療事故対策が始
まった」と私は書く。

 
 
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◆2003 「医学と法律の学校教育を」(記者の視点9)
 『京都保険医新聞』(京都府保険医協会)

 原 昌平(読売新聞大阪本社科学部)

 私のこれまでの記者生活のうち、8年は警察・検察を含めた司法の担当、7年
半が主に医療の担当である(残りは主に地方行政)。
 だからと言うわけではないが、医学と法律に関する学校教育は、どうしてこれ
ほど貧弱なのだろうか。
 中学や高校の医学関連の教科は「保健・体育」である。保健の授業を専任の教
師が受け持つならまだしも、体育を本業にする先生がやっていることが多い。む
ろん受験科目ではなく、いわばマイナー教科の中のマイナー領域の位置にある。
 高校での主な内容は健康づくり、喫煙・飲酒・薬物乱用の防止、心の健康、感
染症、性教育、生活習慣病予防、応急手当といったところだ。生徒の健康維持に
関係するテーマをつまみ食い的に拾い上げ、当面の対策として教え込もうという
発想に立っており、長い人生で役に立つ医学や保健の基礎知識を伝えようという
姿勢は乏しい。
 もう少し体系的に教えるべきではないか。新学習指導要領は理科や数学の内容
を削りすぎだという批判が強く、私もそう思うが、あえて言えば、波動力学やモ
ル計算、光合成回路、数列などを習うなら、人体のしくみや主な病気、薬の作用、
医療制度などを理解しておいた方が生きていくうえで意味がある。若い時期に発
病しやすい精神科の疾患も、知識があれば対処が違ってくる。医学の雰囲気に早
く触れれば、テストの成績だけで医学部を選ぶ傾向も少しは変わるかも知れない。
 患者・市民への知識の普及を考えても、医療現場や社会教育だけでなく、もっ
と学校教育に目を向け、まともに取り上げるよう働きかけるべきではないか。
 法律もそうだ。社会科の中心は歴史と地理である。公民、現代社会、政治経済
といった科目もあるが、内容の大半は政治と経済の分野で、法律に関しては、憲
法と裁判制度の概略ぐらいしか教えていない。
 近世以前の細かい歴史や外国の産業、手形決済などよりは、刑法、民法、訴訟
手続きの基本とリーガルマインド(法的な物の考え方)を学ぶ方が、大学でも社
会でもうんと役に立つ。
 法律を知らないことは違法行為の言い訳にならないが、社会のルールをまとも
に教えないまま、守れと言うのは根本的におかしいのではないか。もしも逮捕さ
れたらどうなるのか、民亊裁判はどう進行するのか。実生活のうえでも、世の中
を理解するためにも、欠かせない基礎知識だろう。
 そういう教育の欠如のせいで、医療関係者も法律にうとい場合が多い。刑事と
民亊の区別がついていない人もまれではない。医療過誤に限らず、法的な理解が
必要な問題は多いので、基本だけは今からでもかじっておいた方が得策だ。

 
 
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◆記者の視点11(京都保険医新聞)
 「インフォームド・チョイス」への深化を
 原 昌平(読売新聞大阪本社科学部)

 インフォームド・コンセント(IC)はここ十年余りの間に日本でも一応、医
療の大原則になった。ただし、どの程度まともに行われているかは疑問で、説明
の不備から事故や訴訟に至った事例は数え切れないし、がん医療では道半ば、精
神科ではまだ出発点にない。
 そもそもICがなぜ必要なのか、医療関係者の間でも認識のずれが多いのでは
ないか。日本医師会の「説明と同意」という訳語は情報提供の意義を薄め、プロ
セスの主体が医師か患者かもあいまいにするのに、いまだに通用している。釈迦
に説法かも知れないが、少し整理してみたい。
 ICには二つの源があるようだ。一つはナチスの非人道的実験への反省に立っ
たニュルンベルク綱領、ヘルシンキ宣言の流れで、人を扱う研究や実験的治療で
の人権保護を目的とする。
 もう一つは米国の医療訴訟や患者の権利運動が推し進めた自己決定権の流れで、
通常の医療が舞台だ。
 後者の領域は「インフォームド・チョイス」とする方が明快になる。
 法的に見れば、手術や検査、投薬などの身体侵襲行為が刑法犯にならないため
には、<1>治療の目的<2>医学的妥当性<3>患者の同意−−の三つが必要
になる。同意がないと原則として違法だ。民事でも、診療契約に伴って患者への
説明義務が生じるし、侵襲行為の有効な委任は、リスクや他の選択肢を含めた十
分な情報提供が当然の前提になる。
 倫理の観点で見れば、自分の生命、身体にかかわる事柄は他人が決めるもので
はない、治療の主役は患者だ、という論理で、パターナリズム批判になる。
 もう一つ、科学の観点として「医療の不確実性」を強調しておきたい。
 人体はわからないことが多く、現代医学も正しいとは限らない。患者の個人差
も大きいので、結果がどうなるかは正確に予測できない。医師による見解の差も
ある。しかも死亡まで含めた様々なリスクがある。
 正解が一つに決まらない中で、最善の道を探るには、医療を受けないことを含
めた複数の選択肢から患者自身が選ぶしかない。
 セカンドオピニオンも根底には同様の事情があり、インフォームド・チョイス
のための一手段といえる。
 医師側から見れば、ICの徹底は「自信過剰」への戒めであり、患者とのコミュ
ニケーションを通じて安全と納得の医療に近づける過程と考えるべきだろう。
 とはいえ現場にゆとりがなく、説明に十分な時間をとりにくい現実はある。患
者の情報収集の手だてと自己決定を助けるスタッフの導入も考えた方がいい。
 付け加えると、医師や医療機関の力量の差もICの対象だ。個々の医師の技量
が争われる訴訟も増えつつある。今後は「医師のインフォームド・チョイス」の
要求も強まるだろう。


UP:20030810
原昌平  ◇患者の権利
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