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日本初・新見の電子投票―アクセシビリティに着目して
村田拓司
(東京大学先端科学技術研究センター特任教員〔助手〕)
2002年12月25日 『季刊福祉労働』第97号(現代書館) pp.120-122
はじめに
二〇〇二年六月二十三日、岡山県新見市の市長選挙、市議会議員選挙において、日本初の電子投票による選挙が実施された。私は、自身も全盲で、障害者の参政権保障の見地から電子投票に注目してきた。
本稿では、一般に開票事務の効率化など行政側からの視点で論じられることが多い電子投票に関し、新見の選挙を検証しつつ、投票者=市民、特に障害者側からの視点で、そのもたらす新たな可能性と懸念、課題について論じたい。
新見の成功=電子投票の可能性
電子投票は、新技術でアクセシビリティ(高齢者や特に障害者の利用しやすさ)に配慮することにより、自書が困難で代理投票を余儀なくされていた人々に独力で投票する機会を保障した。その結果、高齢者や障害者の選挙権が実質的に保障され、男性の普通選挙権(一九二五年)や女性参政権の実現(一九四六年)に次ぐ第三の変革をもたらす可能性がある。
現に新見では、電子機器が苦手と思われがちな高齢者も含め、投票者の九割以上が、操作は「簡単」と好意的だった(注1)。手が不自由でこれまで代理投票を余儀なくされていた人や、高齢で失明したため点字が習得できず不安なまま筆記投票していた人も、独力で安心して容易に投票できるようになった(注2)。
また、点字投票では少数のゆえに、投票の秘密が事実上侵害される懸念があったが、他者と同一条件下での投票が保障されることで、その懸念は払拭されるだろう(注3)。
この「成功」には、二つの要因があった。第一は、障害者を含む多くの人々の評価を経、ユーザビリティ(使い勝手)やアクセシビリティに配慮して開発された投票機の採用である(注4)。
しかし最近、多くの企業が電子投票機開発にしのぎを削っているが、「バリアフリー対応」などと銘打つ割にあまり体験会の話が聞こえてこないのはどうしたことか(注5)。
第二は、投票機の音声表示を明記した電子投票条例の制定、アクセシブルな(利用しやすい)投票機の採用、多数回にわたる体験会による市民への周知などの新見市当局の入念な事前準備である(注6)。
アクセシビリティを欠いた場合の懸念
他方、電子投票を導入する自治体が、投票機採用や事前準備にアクセシビリティへの配慮を欠けば、新たなデジタル・デバイド(情報格差)ともいうべき、障害者の選挙権侵害をもたらす懸念がある。
例えば、候補者名の表示画面の色合いや文字の大きさに配慮を欠けば、高齢や弱視の投票者の誤操作を招きかねず、音声案内やキー操作端末の配慮を欠けば、全盲者は選択も投票もできない。上肢障害や不随意運動がある肢体不自由者の使うタッチペン等や、車いす使用者、特に女性障害者のように視界が低い場合に投票機画面の高さの調整などの配慮を欠けば、やはり誤操作や選択・投票不能を招きかねない。
今後の課題
成功裏に終わった新見の電子投票にも、幾つかの課題が残され、二〇〇三年四月の統一地方選を前に電子投票の導入を検討する自治体の増加が予想される今日、解決すべきことは山積する。誌面の関係上、これらには簡単に触れるに止める。
技術面としては、
1.議員選挙のように候補者が多数の場合、表示の公平性の確保と、見やすい画面や効率的な音声表示の実現という、二つの要請の調整が必要になる。略言すれば、文字を大きくすれば見やすくなるが、一画面に表示できる候補者数は少なくなり、改ページやスクロール操作に不慣れな投票者には、全候補者をいかに表示するかが問題となる。また、音声表示では、意中の人を読み上げるまでキーを繰り返し押さなければならず、人数が多いほど時間がかかることになる。番号入力の提案もあるが、点字選挙公報のない現状、画面表示の場合との整合性、候補者が望まない傾向との兼ね合いなどが課題である。
2.電子投票では、一触れ・一押しの簡単な操作ゆえ、従来の筆記と投函の場合と異なり、誤動作の不安の声が、中途視障者や、一般の出口調査でも一七%の人から聞かれ、その解決策が求められる(注7)。
法律面としては、
1.電子投票法は、「選挙の公正かつ適正な執行を確保し」「開票事務等の効率化及び迅速化を図る」(一条)ことのみを重視し、投票者の利便やアクセシビリティに配慮していない。しかし、選挙権の十全な保障の見地から投票者の利便重視に理念の転換が必要である。
2.同法では、投票機の具備条件にアクセシビリティを挙げていない(四条)。その結果、自治体がアクセシビリティの低い投票機を導入して、障害者の選挙権を脅かす危険性がないとはいえない。そこで、法律上、投票機の具備条件の一つにアクセシビリティを明記し、自治体のアクセシビリティへの啓発を図るとともに、アクセシブルな投票機開発を促す必要がある。
3.立法過程では、画面の表示事項に自治体の裁量の余地があったが、現行法上それは候補者名と党派別のみに限られ、顔写真表示が認められていない。そのため、文字が不得手な知的障害者等へのアクセシビリティの配慮を欠いている。その解決として、顔写真や政党のシンボルの表示を法定事項に加えて、そのアクセシビリティを図る必要がある。
最後に
電子投票は、使い方次第で、高齢者・障害者の選挙権保障の十全化に寄与する可能性を持っている。その導入主体は市町村であり、私たち住民の体験会の開催要請など積極的な働きかけ次第で、そのアクセシビリティの高低も決するといってよい。また、開発企業へのアクセシビリティの働きかけも怠ってはならない。
今後、全国的に電子投票導入が加速され、いずれ国政選挙への導入も検討されることになろう。私たちも、関心を常に持ち、アクセシビリティを盛り込む法改正など構想していくときではないだろうか。
注
1 山陽新聞連載企画「検証・6.23電子投票・新見市の挑戦(上)」二〇〇二年六月二十八日。
http://www.sanyo.oni.co.jp/kikaku/2002/denshi_niimi/niimi_01.html
2 中国新聞地域ニュース「タッチ一票、ATM感覚」二〇〇二年六月二十四日付。
3 議員会館電子投票機見学報告(2)、二〇〇二年。
http://member.nifty.ne.jp/ymisaki/giintohyo2.htm
4 電子投票普及協業組合、二〇〇二年
http://www.evs-j.com/
三崎吉剛さんのホームページ
http://member.nifty.ne.jp/ymisaki/index.htm
#バリアフリー など。
5 拙稿「視覚障害者がバリアフリーの視点から見てきた電子投票」『点字ジャーナル』二〇〇二年八月号(第三八七号)、(東京ヘレンケラー協会、点字)
http://www.bfs.rcast.u-tokyo.ac.jp/murata/2002p01.htm
6 新見市選挙管理委員会“電子投票体験コーナー”、二〇〇二年。
http://www.city.niimi.okayama.jp/soshiki/senkyo/taiken/
新見市「新見市議会の議員及び新見市長の選挙における電磁的記録式投票機による投票に関する条例」二〇〇二年
http://www.city.niimi.okayama.jp/soshiki/senkyo/jourei/jourei.htm
山陽新聞連載企画「検証・6.23電子投票・新見市の挑戦(中)」二〇〇二年六月二十九日。
http://www.sanyo.oni.co.jp/kikaku/2002/denshi_niimi/niimi_02.html
7 『岡山県新見市における電子投票に関する有権者意識調査結果報告書〈単純集計・速報版〉』杏林大学社会科学部・岩崎正洋研究会。
UP:20060212
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村田 拓司
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