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「障害文化」とは何か
―文化志向による分析枠組みの構築―
last update: 20160125
第75回日本社会学会大会一般研究報告(2002/11/16)
報告者:清和女子短期大学 寺田貴美代(
t-kimiyo@nifty.com
)
※当日配布した資料を基に、ホームページ掲載用に作り直しました。なお、web公開の性格上、視覚以外の手段をご利用の方を意識し、図表等の表現(矢印の名称など)を、当日配布の資料とは変えております。ご了承下さい。(寺田)
※1つの図と、2つの表の解説があります。ALTキーで表示させてください。
T 研究の目的
「障害文化」という概念を整理・検討し、障害文化がどのように捉えられてきたかを照射するための枠組みとして、文化志向による分析枠組を構築する。それにより、障害文化の位相を整理し、その一端を明らかにすることが本研究の目的である。
U 報告の流れ
・研究の基本的な視点となる概念を説明する=「1.基本概念」
↓(下向き矢印)
・先行研究の整理・分析=「2.障害文化に関する先行研究」
↓(下向き矢印)
・自らの立場を示し、試論を展開=「3.障害文化に関する試論」
V 報告内容
1.基本概念
@文化 :「人間の現実的・想像的な生活経験の象徴化された形態」(宮島喬『新社会学辞典』有斐閣)。人々の社会的経験の所産であり、その象徴化にはさまざまな次元がある。そのため、言語や芸術などの客体化された文化はもちろん、意識化されにくい慣習文化の次元なども含まれる。
A障害者:「障害者」という社会的地位を付与された人々が障害者。言い換えれば、マジョリティ社会によって「障害者」という範疇に区分された人々が障害者(いわゆる医学モデルには依拠せず、社会構築主義的な捉え方。)
B障害文化:直接的にはDisability Cultureの訳語。本報告では、障害を文化的な側面から捉えた定義全般を指す概念として用いる。各論者の実際の表記には「障害者文化」や「障がい文化」、「障害の文化」などあり。また、障害文化は、必ずしも障害者だけが担うものではない。
2.障害文化に関する先行研究
2.1 障害者間の固有性や共通性(を障害文化と考える先行研究)
・障害者間に何らかの文化的な固有性や共通性を抽出したり、あるいは他の文化との差異を見出し、文化的な独自性を主張することで、障害文化を規定する立場。
(例:ろう文化、生への関心・価値観、障害に関する経験の解釈など)
・固有性の強調は、積極的な意義が評価される一方で、問題点が指摘されている。
(例:エスノセントリズム、排除の論理、自文化優越主義)
2.2 多様な文化の総体(を障害文化と考える先行研究)・障害者の持つ文化の多様性を認めつつ、その総体として、障害文化を捉える立場。ただし、一部の障害者間で共有される障害文化の固有性や独自性を否定するものではなく、むしろ、そのような固有性や独自性を内包する、多様な文化の総称として障害文化を位置付ける。
3.障害文化に関する試論
3.1 分析的関心
@定義・解説
・固有性や独自性を有するそれぞれの文化(例:ろう文化など)を「種概念(下位概念)」として捉え、各種文化間の差異や対立を止揚した水準に、「類概念(上位概念)」としての障害文化を位置付ける。
→一部の障害者間で共有される固有文化や独自文化の存在を否定するものではない。「2.2多様な文化の総体」に近いが、自らの視点は、障害に関する文化の志向性に注目し、分析を試みる点で特徴がある。
・障害文化という概念自体が未だ一般化していない現状では、ろう文化のように明瞭な独自文化の存在の主張は、障害文化の存在を顕在化させる上で有効な戦略。しかし、明示性は、必ずしも各種文化が存在するための必要条件ではない。
・障害文化か、非障害文化かと、二者択一を迫るものではなく、必ずしもいずれか一方を志向しなければならないものでもない。当然、マジョリティ社会からの多様な影響を受けている。
・障害文化とは、他の文化と同様、当事者が望むと望まざるとに関わらず、否応なく経験するさまざまな社会的経験によって生み出され、習得されるものであり、障害文化への志向は、「障害」に基づくアイデンティティの形成に繋がる。
→障害=アイデンティティ(の問題)という主張ではない。
・障害問題は、その当事者を障害者のみに限定すべきものではなく、当事者として障害者と非障害者の双方が取り組むべき問題。
A「障害者間の固有性や共通性」という考え方(2.1の立場)に対して
・当事者にさえ意識化されにくい慣習文化まで、文化は多様な様態を含む上、マイノリティ自身、さまざまな文化変容をとげており、純粋独自文化をみることは不可能に近い。そのため障害文化も、仮に一部の人々の間に共通性を見出したとしても、その普遍性の証明が難しいばかりか、共通性を有する人々のカテゴリーを限定し、その細分化を繰り返すか、あるいはその共通性を持たない人を、少数者・例外として切り捨ることになる。
→固有性・共通性の提示によって、規定する試みには、限界がある。
B「多様な文化の総体」という考え方(2.2の立場)に対して
・そもそも障害文化とは何なのか、あるいは、その存在をどう捉えるのか、という問題が残る。当然のことながら、障害文化が内包する個々の多様な文化の、実践事例を集積することによって、障害文化そのものを実体化することは不可能。
・文化は行為者による実践から切り離せないものであり、現実社会の中でさまざまに展開する実践レベルでの障害文化に目を向けることは大切であるが、その一方で、こうした実践の背景となる文化的社会的要因の分析が重要。
・障害文化とは障害者であればアプリオリに備わっているものではなく、所与の社会的文化的環境の中で後天的に習得するもの。他のさまざまな文化と同様、社会的経験の所産。
→先天性の障害を有している場合や、幼少期に障害を有した場合に、障害文化を習得することは言うまでもないが、必ずしも障害を有していなくとも、状況によっては、障害文化を習得することは可能(例:両親の母文化が障害文化である環境で育った子どもの場合等は、身体的には障害がなくとも、社会化の過程で、母文化として障害文化を習得することもある)
→逆に、障害者であっても障害文化をほとんど身につけていない場合もある。(例:中途障害者は、既に非障害文化の中で社会化の過程を経験しているため、障害文化への適応は、再社会化とでも言うべき過程をたどる。そのため中途障害者の障害受容には、多くの困難が伴う上、必ずしも当事者にとって障害文化が母文化にはならない場合もある)
3.2 障害文化に関する分析枠組み
・以下の試論は、「非(当該)障害文化」と、「(当該)障害文化」への志向性という側面に注目し、障害文化の生成、伝達、享受の社会的条件の検討である。
図1 マジョリティとしての非障害文化と、マイノリティ文としての障害文化における分析枠組
※縦軸の変数:「非(当該)障害文化への志向」の度合い
横軸の変数:「(当該)障害文化への志向」の度合い
※実際の適用には、当事者の障害に合わせて指標を変える等の調整が必要。障害者本人にとって、必ずしも「非障害文化=健常者の文化」、「障害文化=障害者全体の文化」ではない。例えば、ろう者であれば、非障害文化を聴者の文化、障害文化をろう者の文化として解釈する必要がある。いずれにしろ、当事者の障害に関わる文化が、ここでいう「(当該)障害文化」であり、一方、その障害を有しない人によるマジョリティ文化という意味で、「非(当該)障害文化」となる。尚、障害者のみがこの分析枠組の分析対象ではない。
※象限間移動の矢印の意味
・数字は、移動前に属していた象限の番号
・上右斜は、矢印の方向
上=非(当該)障害文化への志向を強める移動
右=(当該)障害文化への志向を強める移動
斜=第2象限・第4象限間の移動(斜めの移動)
・点線は、現実には生じにくい移動
※志向性および各象限の4タイプは、あくまでも文化志向を分析し、障害文化を検討するために名づけたものである。図式化の過程で、各タイプの特徴を単純化するために、共通点は捨象し、相違点を特に取りあげて構成。現実には多様な障害者が、この4タイプのいずれかに、厳密に収まるわけではなく、抽象的な類型である。
表1 アイデンティティ類型
表2 象限間移動パターン(表2内、(当該)を省略。例「(当該)障害文化」→「障害文化」)
@非(当該)障害文化への志向を強める動きについて(上方向の矢印)
・要因の例:医学的な治療、リハビリテーションによる身体的機能の改善や、ユニバーサル・デザイン、バリア・フリーなどの技術の活用による障害の克服。
・該当者例:軽度の障害者は、社会的経験から障害文化よりもむしろ、非障害文化への志向を持つ傾向が強いと考えられる。また初期の中途障害者や、高齢者になってから中途障害者になった場合も、同様の可能性がある。具体的には、医学的には障害を有しつつも自ら障害者であるという自己意識を持たない場合や、意識的に自らの障害を否定する場合など、非障害文化を強く志向し続けるケース等。
・ただし、非(当該)障害文化(上方向)への志向を強める動きだけでは、マイノリティの側の変容を迫るだけに留まり、マジョリティ社会への一方的な同化や統合を迫ることになる。安易なテクノロジーの活用やバリア・フリーの発想が、非障害文化への一方的な統合や同化につながりかねないという懸念が障害者の側からあがっているように、非(当該)障害文化への一方的な過剰適応は、精神面を中心に問題を抱え易い状態に陥る可能性も否定できない。
A(当該)障害文化への志向を強める動き(右方向への矢印)
・要因例:ピア・カウンセリング、セルフ・ヘルプ、当事者集団等への参加や、これらからの支援。
・該当者例:当事者集団(ろう者コミュニティなど)への帰属意識が高い場合。集団への帰属意識の高さは、文化的な志向性の強さにつながる。
・ただし、(当該)障害文化への志向(右方向)を強める動きだけでは、マイノリティの側の尊重は出来ても、マジョリティの側に譲歩を迫るだけに留まる。これは、現実生活において、社会的問題が発生しやすい傾向がある。
→社会参加を果たす上で、障害文化への志向性の強い人々が、戦略的に非障害文化への接近を試みることもある。
B非(当該)障害文化と(当該)障害文化への志向性の変化を促す作用が複合的に現れる場合もある。
・例1:ろう学校には、公的な一次的機能として、聴者社会に適応するための教育・指導など、マジョリティ社会への適応、すなわち非障害文化への志向性強化を促す機能がある一方、ろう者が集まることによって、ろう文化が発展・伝達されるという二次的機能、すなわち(当該)障害文化への志向の強化を促す機能もある。
・例2:セルフ・ヘルプ・グループの活動などでは、障害を肯定的に受け入れ、その受容を促進する作用がある一方で、非障害文化社会で生活する上でのノウハウが伝達されるなど、さまざまな相互扶助が行われる。その結果、障害文化への志向性ばかりではなく、非障害文化への志向性の強化を促す作用も生じる。
→人々を取り巻くさまざまな支援やサービスは、当事者の志向性に多様な影響を及ぼす。
C第T象限「両文化志向型」に関して
・一方向への過剰適応は、生活問題の増幅につながる傾向があるため、非(当該)障害文化と、(当該)障害文化の両方を志向する第T象限「両文化志向型」に属する人々は、自らの問題を解決に導きやすい傾向がある。この象限に属する人々も、当然ながら、生活問題を全く抱えないわけではない。しかし、何らかの困難に直面した場合にも、他の象限に属する人々に比べ、周囲からサポートを受けることが比較的容易である。また、両方の文化を志向することにより、自らとは異なる文化への理解や尊重が進展しやすい傾向もある。
・ただし、第T象限以外が誤りであるという主張するために、この枠組みを構築したわけではない。個人の志向性は他者によって強要されるべきものではなくではなく、あくまでも当事者の自己決定によるものである。
4 今後の課題
今後は、海外における障害文化に関する先行研究を整理・分析すると共に、実際にフィールドワークを行い、事例を基づいた具体的な考察を通して、分析を深めたいと考える。
REV: 20160125
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