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「障害文化」とは何か
―文化志向による分析枠組みの構築―

清和女子短期大学 寺田貴美代(t-kimiyo@nifty.com
※第75回日本社会学会での報告の下敷きとなった論文を、ホームページ掲載用に作り直しました。
※1つの図と、2つの表の解説があります。ALTキーで表示させてください。

last update: 20160125


はじめに(1)

 近年、マイノリティ集団の存在とその文化に関する要求が、先進諸国を中心に無視しがたいインパクトを持つようになっている(2)。日本もその例外ではなく、いわゆる多文化化が進展し、マノリティからの文化的要求が活性化している。こうした状況の中で、障害者の中からも、自らを文化的なマイノリティ集団と規定する人々が現れ始めており、障害を文化的側面から捉えた「障害文化(Disability Culture)」という概念が提唱されている。 しかしながら、障害文化という概念は、障害に関する問題を考える上で、重要な新しい視点として注目を集めながらも、統一的な見解は存在しない。Handbook of Disability Studiesの中でBarners, C.とMercer, G.は、障害文化を、積極的な障害アイデンティティの表明と維持によって確立され、障害者の団結や政治運動へと向かう意識やアイデンティティ、意義を作り出し、支えるものとして説明しているが(3)、この捉え方が一般的な定義として確立しているわけではない。既に、日本国内においても、多数の論者によって、それぞれの理解を伴いながら用いられており、その定義は極めて多様である。  そこで「1 基本概念」において、本論文の基本的な視点を明確化した上で、「2 障害文化に関する先行研究」にて、日本における先行研究を整理し、この概念がどのように用いられ、また、どのような点で議論されているのかを整理する。その上で、「3 障害文化に関する試論」において、障害文化がどのようなものとして捉えられているのかを照射するための枠組として、文化志向による分析枠組を構築する。そして、障害文化の位相を整理し、その一端を明らかにしたいと考える。

1 基本概念

1.1 文化

 文化という概念は、極めて広範な領域において、多様な観点を伴って用いられている。そこでまず、本論文で用いる文化の定義を明らかにしたい。 本論文では、障害文化をマイノリティ文化の一つと位置づけ、社会との関わりから論じたいと考えていることから、文化の定義には、社会学的視点を採用する。宮島喬は『新社会学辞典』において、文化とは「人間の現実的・想像的な生活経験の象徴化された形態」であると規定している。ここでいう生活経験とは、「多少とも集団的に共有され、対自然、対人間、対観念などの内容をもち、これを象徴化するという人間の営みは、用いられる記号の多様性にも応じ、さまざまな形をとる」ものであり、象徴化とは、客観的・主観的経験の意味化、記号化といってもよいものであるという(4)。すなわち、文化は人々の社会的経験の所産であり、その象徴化にはさまざまな次元がある。そのため、「福祉文化」や「障害文化」の例としてしばしば取り上げられる言語や芸術などの客体化された文化はもちろん、意識化されにくい慣習文化(5)の次元なども含めて、文化という用語を用いる。

1.2 障害文化

 障害文化を検討する前に、まず障害文化が注目された経緯を簡単に振り返りたい。従来、障害者の問題は障害者個人の問題であり、障害は治療やリハビリテーションを通じて治されるべき、克服すべきものであるという、「個人モデル」や「医学モデル」と呼ばれる考え方が支配的であった。これに対して、障害者の問題は、障害者を取り巻く社会環境にあるという、いわゆる「社会モデル」が提唱された。社会モデルは、障害の医学的な側面や個別心理的な側面を否定するものではないが、障害者問題を問題を個人に還元せず社会関係に起因する社会問題として捉える点で、前述の医学モデルや個人モデルとは大きな差異がある(6)。
 このような中、障害をimpairment、disability、handicapの3つの水準に区分したWHOのICIDH(国際障害分類)に対し、障害を環境との関連で捉える見方がICIDH-2(国際障害分類第2版案)として提起された。そして、2001年のWHOの総会において、ICF(ICIDH-2から略称変更。The International Classification of Functioning, Disability and Health)として正式に承認されている。ICFでは、障害に対する環境の役割を重視しており、各次元間や各要因間の相互作用を強調し、生涯に対する否定的なイメージを払拭するなど、医学モデルと社会モデルの統合を目指している(7)。医学モデルと社会モデルの違いについて、ICFでは、医学モデルは個人的問題として障害をとらえ、医学的ケアを必要とするものと見なすのに対し、社会モデルでは、主として社会的に作られた問題として捉え、障害は、個人の特質ではなく、むしろ社会環境によって作り出される数々の状態の複合として見なすと述べられている(8)。
 そして近年、障害に対して「文化」の視点を導入した、「障害文化」という概念が提起されている。特にアメリカを中心に「障害者として生きることに誇りを持つ」運動としての障害文化運動が高まりをみせており(9)、日本においても、「障害学」(10)の領域を中心に、障害文化に関わる取り組みが始まっている。
 このような経緯を踏まえ、本論文においては、「障害文化」という用語を、障害を文化的な側面から捉えた定義全般を指す概念として用いたいと考えている。そのため、各論者による実際の文章表現には、「障害文化」の他にも、「障害者文化」や「障がい文化」、「障害の文化」などの多様な表記を含むものとする。さらに障害文化は、必ずしも障害者だけが担うものではないと考えている。詳しくは、「3.1 分析的関心」で論じるが、障害文化の担い手の中心が障害者であることは間違いないものの、場合によっては、非障害者が障害文化を有する場合もあると考える。また「障害者」という概念は、いわゆる医学モデルには依拠せず、構築主義的な捉え方をして用いたいと考える。つまり、「障害者」という社会的地位を付与された人々が、障害者」であり、言い換えれば、マジョリティ社会によって「障害者」という範疇に区分された人々が「障害者」であると考える。なお、表記上の問題として、「障害」ではなく、「障碍」や「障がい」と記述する論者もいる。これらは「障害」という文字が持つ否定的な意味に配慮した表記ではあるものの、未だ一般化しているとは言い難く、また本論文のテーマである障害文化そのものも新しい概念であることから、混乱を避けるため、本論文では、「障害」という表記で統一した。ただし、本項での概念規定は、筆者の視点を明確にするためのものであり、当然のことながら、引用文においては、原典における表記のまま引用している。そのため、それぞれの論者による理解を伴って「障害」や「文化」等の用語が使用されている点に留意する必要がある。
 さらに本論文においては、特定の障害を有する方々やその文化について、「ろう者」「ろう文化」「盲人」などと表記しているが、これらは、当事者がそのような表記を求めており、また出典の文脈に沿って用いている表現であることをはじめに断っておく。

2 障害文化に関する先行研究

障害文化に関する先行研究を大別すると、@障害者間の固有性や共通性に障害文化を見出そうとする立場、A障害者の有する多様な文化の総体を障害文化として捉える立場、の2つに分けることができる(11)。もちろん、それぞれの考え方に対し、批判や検討が加えられている上、双方の立場の中でも、論者ごとの主張はさらに細分化している。また、両方の立場に跨っている意見もあり、必ずしも厳密に分類できるわけではない。しかしながら、基本的な立場を整理すると、この2点に集約できるのではないだろうか。そこで本節では、「2.1 障害者間の固有性や共通性」において@の立場、「2.2多様な文化の総体」においてAの立場をまとめ、障害文化に関する先行研究を整理し、次節の試論につなげたい。

2.1 障害者間の固有性や共通性

 障害者間に何らかの文化的な固有性や共通性を抽出したり、あるいは他の文化との差異を見出し、文化的な独自性を主張することで、障害文化を規定しようとする論者は少なくない。
 岩隈美穂は、アメリカにおいて「障がい者対健常者のコミュニケーションも異文化コミュニケーションとして研究されはじめ」ており、それは、このようなコミュニケーションが、典型的な異人種・異民族コミュニケーションと酷似しているからだと論じている。その上で、「健常者から障がい者への移行のプロセス」が「痛みを伴うのは、異文化適応に必要不可欠なカルチャー・ショックのあらわれであって、それまでの健常者文化から障がい者文化への移行を意味している」おり、それは「障がい者文化の存在の証明ともいえる」という。さらに、「障がい者と健常者のコミュニケーションを異文化コミュニケーションというからには、障がい者が固有の文化を所有しているという考えがその前提としてある」とし、障害者の固有文化の具体的な例としては、障害文化に関するビデオ上映の際に、観客である障害者の多くに生じた「奇妙な障がい者としての一体感」をあげている(12)。
 金澤貴之も障害者の固有文化について論じている。金澤は、障害文化には2つの側面があるとし、「障害者が担い手となって作られた文化」という側面と、「『障害』を文化的産物として扱う」という側面を挙げている。金澤は、特に前者の側面に着目し、「ろう文化」を例に挙げ、その固有性を論じている。しかしながら、「障害文化」と「ろう文化」は異なるものであり、また、固有文化の先に融合を求めることは困難であると述べている(13)。
 谷内孝行は、後述する倉本智明による定義を引用し、「障害者文化」を「社会から『障害者』と名づけられた人々が、『障害』という身体/精神生活に基づいて築き上げる活動の総称」として位置付けた上で、「こうした『障害者文化』は、『障害者』集団の中に何か一つの文化が存在するのではなく、『障害者』という集団の中で共有されている、ある部分として捉える必要がある。また、こうした文化の構築に際しては、自らの身体や精神などの『機能』に基づく部分が大きく影響すると共に、支配的な『健常者』による文化からの影響を強く受ける」としている。そして、「こうした独自の文化集団としての『障害者』の認識枠組みを提示することにより、これまで『専門家』が医学に依拠し、一方的にカテゴリー化してきた結果、見過ごされてきた『障害者』のリアリティを明らかにしていくことが可能である」と述べている(14)。つまり谷内は、障害者文化とは障害者集団に存在する一つの文化ではないが、集団内で共有される一部分であり、それが障害者の独自の文化であると捉えている。
 さらに奥村宣久によれば、障害文化があるとすれば、「生かされているということ、他人に支えられて自立していること、仲間や友人、家族といった人のつながりへの感謝、自分なりの物語を作ることが生きる意味である等」が、その基盤となる価値観であるという。そして、「障害文化」として位置づけることの意味は、「生きることをより深く考えざるを得ない、障害者からの多くの問題提起を正確に把握するため」であり、またそれにより「既存の文化の評価が可能になる」としている。そして、障害文化を「ひとつの文化として扱うことでその既存の文化と融合し、新しい文化を生み出す可能性を期待するからである」としている(15)。つまり奥村は「固有文化」という用語自体は用いていないものの、生に対する何らかの価値観を基盤とする、障害者の一つの文化を想定することで、既存の文化を評価したり、双方が融合したりする可能性が生じると述べている。
 また、障害文化を経験に対する一定の解釈の共有であるという論者もいる。横須賀俊司は、「障害者は自分を生きやすくするために『障害という経験』を主体的に意味付け、独自に解釈する枠組みを形成する。この解釈枠組みがある一定の成員に共有されると、それが『文化』としての一を占めることになる」としてる。そして、「障害者はきわめて苛酷で困難な『障害という経験』を何とか生きやすく、できれば楽しめるような経験へと現実構成するために『障害という経験』を読み替えていくのである」と述べている。つまり横須賀は、「障害という経験」を通じて、生み出される、障害者に共通の解釈の枠組み、経験の把握の仕方を、障害者の文化であると規定している(16)。
 さらに臼井正樹は、「障害者文化」を「障害のある者の集団において、その集団のなかで暗黙に習慣化した規則のうち、他の集団とは異なったものの集積」として定義している。そして、「障害者文化は、障害のある者がその集団に属し、規則を共有していなければ意味がない」と述べ、障害者の集団の中に位置し、共有されるものであるとしている。さらに、「障害者が自ら違う存在であるということを主張するうえで、健常者に対しその差異の承認を求めること、そのことこそが障害者文化を発信する意味なのではないだろうか」と述べ、「障害者集団と健常者集団との関係性」を捉え直す上で意義があることを指摘している(17)。
 ましこひでのりは、障害者の持つ多様性を強調しており、その点は、次項の「多様な文化の総体」として障害文化を捉える立場に近い。しかしながら、障害文化を障害者個人の個性を超えた本質に見出そうとする点で、固有性・共通性を求める立場と言うことができよう。ましこは、「障がい者の生活文化は、多数派=非『障がい者』が自明視している秩序/規範/美意識などにかなり規定されているのではないか」とし、非障害者からの影響を指摘し、さらに「障がいの質/程度によって、とてもひとくくりにはできない生活文化の相違があると同時に、それにからまる人的むすびつきの質も、かなりちがいをみせることがわかる」という。つまり障害者の生活文化や、周囲との関係性から障害文化の多様性を論じており、その上で、「こういった関係性の異質性も各『障がい者文化』の独自性ということができる」と述べている。そして「『障がい者文化』が『障がい者』個人の個性をこえた本質をもっているとしたら、本人の障がい自体と、家族『以外』の多数派=非『障がい者』がもたらすものといえる」と述べ、「現在の『障がい者文化』のおおくは、@『特殊教育』の義務化、A統合教育、B福祉施設という空間、そして、Cおなじ障がいをもつ当事者、D教員/福祉職員、E介助ボランティアという関係者、等々とのかかわりをうみだすもの」であるとしている(18)。
 また、各論からの視点ではあるが、障害文化の固有性、共通性という視点を考える上で、「ろう文化」は重要な位置を占めることから、ここで触れておきたい。日本、イギリス、アメリカにおける障害文化の議論では、共通して、「ろう者」という集団が、その一つのモデルとして取り上げられることが多い(19)。日本においても、これまで聴覚障害者として規定されてきた人々の中から、自らを「ろう者」という言語・文化的集団であると自己規定する人々が現れている。例えば、木村晴美と市田泰弘は「ろう文化宣言」において、「ろう者とは、日本手話という、日本語とは異なる言語を話す、言語的少数者である」と規定し、ろう者=「耳の聞こえない者」「障害者」という病理的視点から、ろう者=「日本手話を日常言語として用いる者」「言語的少数者」という、社会的文化的視点への転換であると述べている(20)。また木村は「ろう者コミュニティ(=ろう社会)では、ろう者としてのふるまいができていることと、ろう者コミュニティで使われている手話ができていること」が、ろう者とそれ以外とを区別する基準であり、「ろう文化(Deaf Culture)とは、ろう者社会の中で世代を通じて学習され、伝えられていくものであり、その成員によって共有されている行動様式、生活のパターン、その基盤となるような規範、価値観、信念、習慣などの総体である」と述べ、ろう文化の持つ独自性・固有性を強調している(21)。
 一方、森壮也も「ろう文化」を規定している。森は、「たとえ、『文化』という言葉で語られなくとも、ろう者のやり方、『ろう者の世界』の常識という形で語られてきたもの」がろう文化であるという。そして、「『ろう』はさまざまな身体の収奪行為から自己を守る文化として手話を残してきた」とし、「ろう者にとって、ろう文化は身体性同一の位置におかれたものであり、身体性はむしろろう文化の外部への説明理由としてよく機能しうる」と述べている。その一方で、「すべてのろう者に共通するものは何かといったようなことからろう文化を抽出しようとする考え方」のような純粋主義は、「文化」の存在を認識してもらえない相手に対する戦略としては位置付けられても、それが説明のための仮構であることに変わりはないと述べ、前述の木村らによる「ろう文化宣言」に対し、「部分集合型の説明に意義を唱え、開集合のアナロジーを用いることを提唱」している(22)。
 また長瀬修は、ろう文化が、あくまで障害文化の一つであることを強調している。長瀬は、「ろう者の手話言語は、障害者の文化の一つの典型的存在である」とし、「障害と生きる、障害者として生きることを一つの生の形として位置づける障害文化運動の視点からは、『聞こえない』ことから生まれたろう文化は、障害文化の頂点の一つ、モデルの一つとしてとらえられる」と述べている。その上で、ろう文化運動が「障害者ではない」ということに力点を置く際に、身体的状態に規定される旧来の障害者観が現れる場合があるなどの問題点を指摘し、「過度のろうナショナリズムと化した場合には排除の論理や自文化優越主義などの弊害も生じるだろう」と述べている(23)。またその一方で、「純粋に手話、ろう文化、ろう者コミュニティを追究していく方向性を歓迎する。なぜなら、その方向性の先にこそ、他の障害文化との出会いがあると信じるからである」と述べ(24)、文化集団としての他の障害者とかかわる可能性を指摘している。
 さらに山田富秋も、障害文化の固有性を認めつつ、その強調に伴う問題点を指摘している。山田は、「ろう文化」が、文化的に独立したマイノリティとして承認されるための十分な事実を備えていると述べた上で、「ここ数年の日本における障害学のターゲットは、障害の『固有文化』へと急速にシフトしているように見えるのである。それは、障害を持っているために、それをきっかけとして、障害を持った当事者たちの集団によって、共同で生み出される文化といった定義になるだろうか」と論じ、「文化の固有性の強調が、逆に『特殊化』や『差別』の根拠や指標(メルクマール)として利用される可能性」が生じる上、「障害者の文化の独自性自体も『健常者』との関係(つまり、健常者文化の否定)において生じている可能性がある。そうだとしたら、障害者に対して同化を迫り、潜在的に差別的な関係を取り結ぼうとする『健常者』文化との関係を再び問題にすべきだということにもなろう」としている。また、「障害者の固有文化宣言は、常に潜在的に健常者文化に対する挑戦の意味を含んでいたが、それは障害の固有文化の構築へと向かわずに、むしろ健常者文化の否定と、当事者のことは当事者にしかわからないという『当事者幻想』の称揚によって、当事者文化の狭隘化を帰結したこともあった」と述べている。そして、障害を持つ者と持たない者を対立として捉えるのではなく、むしろ障害者も健常者も巻き込んでいくような全体化のプロセスを問題にすべきだろうと述べている(25)。
 また皆川満寿美も、固有文化として捉えることの危険性を指摘している。皆川は、「『障害者は固有の文化をもっている』と主張することは、確かに積極的な意味をもつこともあるが、そうした観点に基づいて立てられる『文化アプローチ』が、『差異の研究』としての『異文化研究』に変身するとき、そこには陥穽が待ちかまえている」と述べている(26)。
 このように、障害者間の固有性・共通性から障害文化を捉えようとする試みがある一方で、その問題点も指摘されている。そこで次に、固有性や共通性の抽出とはやや異なる視点から、障害を捉える立場をまとめてみたい。

2.2 多様な文化の総体

 障害者の持つ文化の多様性を認めつつ、それらの総体として、障害文化を捉える論者も数多く存在する。ただしそれは、一部の障害者間で共有される障害文化の固有性や独自性を否定するというものではない。むしろ、そのような固有性や独自性を内包する、多様な文化の総称として障害文化を位置付ける立場と言うことができる。
 早期に「障害の文化」という概念を提唱し、後の障害文化の研究に、大きな影響を与えた杉野昭博は、障害文化について3つの側面から論じている。まず第一に、「<名づけ>としての『障害』」である。「個人の多様な障害を共通項でくくっているのは、彼らを『障害者』として規定し排除している一般社会にほかならない」とし、障害者としてのアイデンティティが社会的構成によるものであることを指摘している。そして、「健常者社会によって割り振られた『障害者』役割のセットを、『障害の文化』と呼べば、それは、健常者社会の上位文化に対する従属的な下位文化」であるという。第二に、「<名づけ>に対する反作用」である。これは前述の<名づけ>や役割期待に対する反作用であり、対抗文化として、障害アイデンティティの相互作用であるという。そして第三に、「固有文化」である。杉野は盲人文化を例にあげ、障害者に固有の文化があることを指摘し、その<名のり>として、当事者運動を位置付けている(27)。このように杉野は、障害文化の中には、が固有文化という側面が存在することを指摘しつつも、非障害者文化に対しては、従属文化や対抗文化としての側面も併せ持っていると述べている。
 また、前項で「ろう文化」に関する言説を取り上げた長瀬修は、障害文化の多様性を認めつつ、その連帯の必要性を強調している。長瀬は、「ろう文化」など、種別の障害ごとの文化の存在を認めた上で、これらの「文化が存在したところで、それが共通の障害文化を直ちに構成することにはならない」と述べ、「ろう文化」を始めとする種別の障害文化を「サブカルチャー」として位置づけ、「障害種別それぞれが別個の『文化』として独自の道をたどることもありうるだろう」としていている。そして、「文化」の概念の導入は、障害者間の分断の契機になりうる危険をはらんでいるものの、「社会の中でどこに障害者がいるのか、障害がどのようにとらえられているのかを考える際に、連帯であれ、種別であれ、文化、コミュニティの視点は書かせない」と述べその重要性を指摘している。そして、「障害の文化、障害のコミュニティは非障害者の世界に出撃する『砦』の一種」であり、他者、異文化としての多数者の社会に出ていくための拠点であるという。その上で、「文化を行動様式や価値観という意味でとらえ、そういう意味での文化を共有している集団として障害者を考えてみることができるのではないか。」と述べ、これが、全ての障害者についてあてはまるのかどうかはわからないとしながらも、「優劣に還元しない『文化が違う』という視点は、理解を進めていくときに役にたつ、興味深い視点である」としている(28)。
 さらに倉本智明も、複数の障害者の文化の総称として障害文化を規定し、かつ、その中に内包される固有性を論じている。倉本は、障害者を客観的に定義する基準はなく、「社会の多数派が『おまえが障害者だ』と名づけた、その名づけられた人」が障害者であり、その人々が担う文化を「障害者文化」として位置づけている。また、「障害者文化とは、全ての障害者が共通してもっている一つの文化ではなく、複数存在する障害者の文化を総称する言葉」であり、何らかの一つの実体を差し表す言葉ではないという。そして、健常者文化の影響を受けており、「障害者文化の全てが障害者身体の特性から帰結するわけではなく、社会的文脈から生じる部分が多々含まれている」と述べている(29)。そして、「人がある規範から逸脱して、それでもなおかつ自身の正当性を確信するには、それを追認する他者の視線が必要である。そこにこうした視線が複数存在し、相互承認が繰り返しなされるならば、慣習的な行為やアイデンティティの変容も可能となる。もしそのような事態がある集団のなかに持続性をもって生じたならば、そこに新しい文化が生まれたと言うことができよう」と述べ、この新しい文化を障害文化としている。さらに、障害文化における固有文化を「健常者の役割期待に応えるものでもなく、対抗すべき他者の存在を前提する必要もなく、独自に存立可能な様態にある文化」として説明し、その例として「ろう文化」をあげている(30)。ただし、倉本のいう固有文化は、障害者が共有する固有な文化というよりも、「アイデンティティ志向」とでも言うべきものを指しているように思われる。
 また石川准も、障害文化の多様性を認める立場であるものの、石川が「文化」として捉える範疇は、障害の克服という方向性も含まれる点で、前述の倉本とは異なっている。石川は、「ろう者と盲人と身体障害者と自閉者などが育む(かもしれない)文化も当然異なる。だから、障害文化という概念になにか均一な特性を与えることはできない」と述べ(31)、多様性を指摘する一方、「障害は機能的差異にすぎないという見方を確立すべきであり、そのためにも社会は機能的差異にのみ関心を向け、その縮小や克服のためになすべきことをするのだ、という考えからすれば、差異をことさら増幅しようとする『障害の文化』は逆を向いていると感じられても不思議はない」が、「障害の文化を豊かにしていくことによってこそ、差異に意味を与え返す営みによってこそ障害ある人々の生は輝くと考えられないだろうか」と述べている。そして、「人はより良く生きるために、方法を考えるとともに、意味を与える。障害者もそのように暮らしている。その全体性があえて言うなら『障害の文化』である。だから、克服のための方法や技術を編み出していくこともれっきとした『障害の文化』である」としている。つまり、文化とは環境への動的な適応であり、それが例え障害の克服という方向であったとしても、障害文化の一つであるという。さらに石川は、「障害者も健常者同様、圧倒的な力をもった社会の慣習的な秩序から自由では」なく、「自分が抱いている価値観や欲求を相対化していく取り組みの一つの大きなきっかけとして、価値に手が届かないという挫折の経験」があり、「そこから出発して新しい文化や思想や道徳を生み出していく」ことが障害の文化と呼ばれることもあると述べている(32)。
 このような倉本と石川の見解の相違について、三浦耕吉郎は、『障害学への招待』の書評において、端的にまとめている三浦は、「障害者の社会参加をはばんでいる制度的な障壁を除去することをめざす<平等派>と区別して、障害の持つ『オルタナティブな価値の創造』を通して健常者社会に揺さぶりをかけることをめざす<差異派>として自己規定をしてみせる倉本智明と、<平等派>の試みが健常者社会への障害者の同化に帰結する恐れを認めつつもなお、障害の克服のための方法や技術をもたらすバリア・フリー社会への暑い期待を隠そうとしない石川との間」では、障害文化に、障害を肯定する営みだけでなく、障害を克服(否定)する営みも含めるのかどうかが焦点になっていると述べている。さらに、三浦は、前項の長瀬と森の見解の相違についてもまとめており、「『障害者』や『障害の文化』といったカテゴリーが、いったい誰によって何のために用いられているのかが問われている」としている。そして、三浦自らの見解として、「障害文化」の担い手の中に、積極的に「健常者」を呼び入れる必要性を述べ、「現代社会における『障害者も健常者も巻き込んで行くような全体化のプロセス』を把握するためには、『障害の文化』のもつ健常者文化への対抗的な側面に注目するだけではなく、健常者文化との妥協や協調、相互浸透などの側面を十分に視野におさめておくことが必要になってくる」としている(33)。
 津田英二は、多文化主義および文化の概念の検討を行い、その上で「障害文化」の概念を多義的に整理している。すなわち、@「障害者」の欲求を制御し、方向付ける媒体であり、「障害者」の欲求を充足する組織・制度を構成する役割期待、A「障害者」の組織化された創作活動、B「健常文化」との対照によって独立する独自性をもった文化、C多分に「健常文化」の要素を含み、また、内部に多様性も抱えている複合文化、D個々の「障害者」の主体化を促し多様性を承認する文化、E「健常文化」に対して「健常性」の認識と反省を迫る抵抗の拠点、F「障害者」の日常生活を支配している「健常者幻想」という権力からの解放の拠、点という7点である。ただしこれらの中には、Bの独自性とCの多様性のように、相互に矛盾する規定もある。これに関してて津田は、「障害文化」と「健常文化」という二項対立に依拠しながら、その恣意性を際立たせるという戦略をとりえるという意味で、「矛盾を抱え込んだ『障害文化』の概念は、恣意的な差異化と非対称性を問題化するための、戦略的概念である」と述べている(34)。

3 障害文化に関する試論

3.1 分析的関心

 最後に、前節でまとめた先行研究の成果を踏まえ、障害文化に対する自らの視点を明らかにし、今後の分析的な関心を述べたい。自らの立場を、前節で述べた2つの立場のいずれかに当てはめるならば、「2.2 多様な文化の総体」に最も近いと言うことができる。他の論者と同様に、私も一部の障害者間で共有される固有文化や独自文化の存在を否定するものではないが、固有性や独自性を有する、それぞれの文化を「種概念」として捉え、各種文化間の差異や対立を止揚した水準に、「類概念」としての障害文化を位置付けたいと考える。また、自らの視点は、障害に関するアイデンティティの側面に注目し、分析を試みる点で特徴がある。
 例えば、障害文化という概念自体が未だ一般化していない現状において、ろう文化のように明瞭な独自文化の存在を主張することは、その明示性が重要な意味を持つ。そのため、特定の障害を有する人々の文化的共通性を抽出することは、障害文化の存在を顕在化させる上で、有効な戦略となろう。しかしながら、このような明示性は、必ずしも各種文化が存在するための必要条件ではないと考える。「1.1 文化」の中でも述べたように、文化にはさまざまな次元があり、当事者にさえも意識化されにくい慣習文化のようなものまで、多様な様態を含むものである。さらに、障害文化に限らず、マイノリティ文化一般に対し、既に指摘されていることであるが、現代の先進社会のマイノリティ自身、その地にあってさまざまな文化変容をとげており、明確な境界や輪郭をもった純粋独自文化をそこにみることは不可能に近い(35)。そのため障害文化も、障害者の中に部分的であれ全体的であれ、何らかの独自文化が仮に存在していたとしても、それを全ての障害者に共通して見出すことは困難である。また、一部の人々の間に共通性を見出したとしても、その普遍性の証明が難しいばかりか、共通性を有する人々のカテゴリーを限定し、その細分化を繰り返すか、あるいはその共通性を持たない障害者を、少数者・例外として切り捨ることになろう。その意味において、固有性・共通性の提示によって、障害文化そのものを規定しようとする試みには、限界があると言わざるを得ない。
 その一方で、それぞれの障害者が有する、多様な文化の総体が障害文化であるとするならば、そもそも障害文化とは何なのか、あるいは、その存在をどう捉えるのか、という問題が残る。当然のことながら、現実に存在する個人は多様であり、その一人一人が有する文化もまた多様である。そのため、障害文化が内包する個々の文化の、実践事例を集積することによって、障害文化そのものを実体化することは不可能である。無論、文化は行為者による実践から切り離せないものであり、現実社会の中でさまざまに展開する実践レベルでの障害文化に目を向けることは重要であるが、その一方で、こうした実践の背景となる文化的社会的要因の分析を忘れてはならない。私は、障害文化とは障害者であればアプリオリに備わっているものではなく、所与の社会的文化的環境の中で、後天的に身につけられるものであると考える。つまり、他のさまざまな文化と同様、社会的経験の所産である。そのため、先天性の障害を有している場合や、幼少期に障害を有した場合に、障害文化を習得することは言うまでもないが、必ずしも障害を有していなくとも、状況によっては、障害文化を習得することは可能であると考える。例えば両親の母文化が障害文化である環境で育った子どもの場合などは、身体的には障害を有していなくとも、社会化の過程において母文化として障害文化を習得することもありえるであろう。また逆に、障害者であっても障害文化をほとんど身につけていない場合もある。例えば中途障害者は、既に非障害文化の中で社会化の過程を経験しているため、障害文化への適応は、再社会化とでも言うべき過程をたどることになる。そのため、既に多くの論者も指摘しているように、中途障害者の障害受容には、多くの困難が伴う上、必ずしも当事者にとって障害文化が母文化にはならない場合もあるのである。
 すなわち障害文化とは、当事者が望むと望まざるとに関わらず、否応なく経験するさまざまな社会的経験によって生み出され、習得されるものであり、障害文化への志向は、「障害」というアイデンティティの形成につながるであろう。また、障害文化か、非障害文化かと、二者択一を迫るものではなく、必ずしもいずれか一方を志向しなければならないものでもない。むしろ、マジョリティとしての非障害文化からのさまざまな影響を受けていると考えられる。ただし、「障害は個性である」という主張と同様に、障害をアイデンティティの側面から捉えるという主張は、ともすると、精神主義であり、「本人の気の持ちようで克服可能な問題」に帰結するという誤解が生じるかもしれない。しかしながら、ここで私が提起しているのは、障害がアイデンティティの問題であるという主張ではない。障害の問題をアイデンティティの側面から捉えることによって、障害者を取り巻く現状を、非障害者との関係性から分析することが可能になるということである。豊田正弘も指摘しているように、障害問題は、その当事者を障害者のみに限定すべきものではなく、当事者と障害者と非障害者の双方が取り組むべき問題である。マイノリティとマジョリティという立場の違いを越えて、社会全体の問題として共有される問題であり、その変革の主体を、障害者だけに求めるべきではない(36)。そのため、以下試論的に論じたいのは、アイデンティティという側面に注目し、障害文化の生成、伝達、享受の社会的条件を検討する試みである。具体的には、マジョリティ文化としての「非<当該>障害文化」と、マイノリティ文化としての「<当該>障害文化」への志向性に基づく枠組みを構築し、障害文化に関する分析枠組みとして提示したい。

3.2 障害文化に関する分析枠組み

 図1は、縦軸の変数としてはマジョリティ文化としての「非<当該>障害文化への志向」の度合いをとり、横軸の変数としてはマイノリティ文化としての「<当該>障害文化への志向」の度合いを取った図式である。そして第T象限を、非<当該>障害文化と<当該>障害文化の両方共、強く志向する「両文化志向型」とし、第U象限を、非<当該>障害文化への志向が強いものの、<当該>障害文化への志向があまり強くない「非<当該>障害文化志向型」、第V象限を、非<当該>障害文化と<当該>障害文化の両方への志向が弱い、あるいは志向しない・できない「脱両文化志向型」、第W象限を、<当該>障害文化への志向が強いものの、非<当該>障害文化への志向があまり強くない「<当該>障害文化志向型」として名付けた(表1)。ただし、第V象限の「脱両文化志向型」は、選択的に志向しない場合と、被選択的に孤立せざるを得ない場合がある。
 これらの志向性および各象限の4タイプは、あくまでも、障害者のアイデンティティを分析するために名づけたものであり、図式化の過程においては、各タイプの特徴を単純化するために、共通点は捨象し、相違点を特に取りあげて構成している。そのため、現実には多様な障害者が、この4タイプのいずれかに、厳密に収まるわけではなく、抽象的な類型であることを始めにことわっておく。また、この分析枠組みを、実際に適用する際には、当事者の障害に合わせて指標を変えるなどの調整が必要である。例えば、「晴眼者」という言葉は、盲人が非盲人をさして使う言葉であり、この言葉には、車いす利用者であろうが、知的障害者であろうが、「盲」でさえなければ全て含まれる概念であり、「健常者」に比べ遙かに広い範疇を包摂する概念であると、倉本が述べているように(37)、障害者本人にとって、必ずしも「マジョリティ文化=健常者の文化」、「マイノリティ文化=障害者全体の文化」ではない。例えば、ろう者であれば、マジョリティ文化を聴者の文化、マイノリティ文化をろう者の文化として解釈する必要があろうし、盲人であれば、マジョリティ文化を晴眼者の文化、マイノリティ文化を盲人の文化として解釈する必要があろう。いずれにしろ、当事者の障害に関わる文化が、ここでいう「<当該>障害文化」であり、一方、その障害を有しない人の文化という意味で、「非<当該>障害文化」がマジョリティ文化となることが予測される。この点を強調するため、分析枠組みでは、「障害文化」・「非障害文化」とはせずに、「<当該>障害文化」・「非<当該>障害文化」と表記している。

図1 マジョリティとしての非障害文化と、マイノリティとしての障害文化における分析枠組
図1の解説。全体的には数学で用いるX軸とY軸を組み合わせた2次元の図式と共通の形状。  縦軸の変数が「非(当該)障害文化への志向」の度合いの強弱、縦軸の変数が「非(当該)障害文化への志向」の度合いの強弱である。  この2つの軸により4つの象限に分かれており、各象限間の移動や、志向性の変化を示す矢印も入っている。  各象限の内容については表1、各矢印の場所や意味については表2で解説している。  以下、各象限の名称だけ列記すると、第1象限「両文化志向型」第2象限「非(当該)障害文化志向型」 第3象限「脱両文化型」第4象限「(当該)障害文化志向型」の4つである。図1の解説ここまで。 
※象限間移動の矢印の意味
 ・数字は、移動前に属していた象限の番号
 ・上右斜は、矢印の方向
   上=非(当該)障害文化への志向を強める移動
   右=(当該)障害文化への志向を強める移動
   斜=第2象限・第4象限間の移動(斜めの移動)
 ・点線は、現実には生じにくい移動

表1 アイデンティティ類型
表1の解説 表タイトル「アイデンティティ類型」。 第1象限「両文化志向型」非<当該>障害文化と<当該>障害文化の両方共、強く志向するタイプ。第2象限「非<当該>障害文化志向型」非<当該>障害文化への志向が強く、<当該>障害文化への志向が弱いタイプ。第3象限「脱両文化型 」非<当該>障害文化と<当該>障害文化の両方志向が弱い、あるいは志向できないタイプ。第4象限「<当該>障害文化志向型」<当該>障害文化への志向が強く、非<当該>障害文化への志向が弱いタイプ。表1の解説ここまで。 

表2 象限間移動パターン(表2内、(当該)を省略。例「(当該)障害文化」→「障害文化」)
表2の解説 表タイトル「象限間移動パターン」(表2内、(当該)を省略。例「(当該)障害文化」は「障害文化」と表記している。表は、矢印・移動を促す主な要因・志向の変化・結果・の順に解説している。  2-上(第2象限から上方向への矢印)。障害文化への問題意識や反発、障害に基づく精神的・身体的苦痛体験等。非障害文化のみ志向強化。強度の自己否定等精神的問題の深化(過剰適応)。  2-右(第2象限から第1象限への矢印)。ピアカウンセリングやセルフヘルプ、当事者集団等の支援や参加。非障害文化への志向維持、障害文化への志向強化。第1象限へ移行。  2-斜(第2象限から第4象限への矢印)。非障害文化への問題意識や反発、非障害文化に基づく精神的・身体的苦痛体験等。非障害文化への志向弱化・障害文化への志向強化。第4象限へ移行。  3-上(第3象限から第2象限への矢印・点線)。医学的治療やリハビリテーション、バリアフリーやユニバーサルデザインの活用。非障害文化への志向強化。第2象限へ移行。  3-右(第3象限から第4象限への矢印・点線)。ピアカウンセリングやセルフヘルプ、当事者集団等の支援や参加。障害文化への志向強化。第W象限へ移行。  4-上(第4象限から1方向への矢印)。医学的治療やリハビリテーション、バリアフリーやユニバーサルデザインの活用。非障害文化への志向強化。障害文化への志向維持。第1象限へ移行。  4-右(第4象限から右方向への矢印)。非障害文化への問題意識や反発、非障害文化に基づく精神的・身体的苦痛体験等。障害文化のみ志向強化。過剰適応・社会不適応・社会的軋轢の深化(過剰適応)。   4-斜(第4象限から第2象限への矢印)。障害文化への問題意識や反発、障害に基づく精神的・身体的苦痛体験等。非障害文化への志向強化。第2象限へ移行。表2の解説ここまで。  
 まず、図1を俯瞰的に捉えると、上方向の矢印(図1:矢印3−上や4−上)は、非<当該>障害文化への志向を強める動きを示している。主な例としては、医学的な治療や、リハビリテーションによる身体的機能の改善や、ユニバーサル・デザイン、バリア・フリーなどの技術の活用による障害の克服を想定できる。身体的な機能の改善によるか、技術の活用によるかという個々の手段は異なるものの、その方向性としては、非<当該>障害文化への志向である。また、軽度の障害者は、この方向性が強い傾向があると考えられる。例えば、「軽い障害者は、世の中に数としてはたくさんいるはずなんだけど、目立たないようにしてるし、健全者に追いつこうとして一般社会にまぎれちゃう。だから障害者運動に出てきにくい」という指摘があるように(38)、軽度の障害者は、その社会的経験から障害文化よりもむしろ、非障害文化への志向を強く持つ傾向が考えられる。また、初期の中途障害者も、この傾向が強い可能性がある。具体的には、医学的には障害を有しつつも、自ら障害者であるという自己意識を持たない場合や、あるいは意識的に自らの障害を否定する場合など、非障害文化を強く志向し続けるケースが想定される。
 ただし、非<当該>障害文化(上方向)への志向を強める動きだけでは、マイノリティの側の変容を迫るだけに留まり、マジョリティ社会への一方的な同化や統合を迫ることになる点を忘れてはならない。例えば、「ろう者コミュニティには、人工内耳の埋め込み手術=聴者である親がろう児本人の意向抜きで、ろう者を聴者に変えようとすることは許されない」という主張があるように、「言語的文化的少数者であるからこそ、ろう者は人工内耳の埋め込み手術を暴力的な同化政策とみなす」という人々も存在するのである。そして、「できるようにする技術(enabling technology)を媒介して障害者と健常者が共に生きる社会とは、障害者の生身の身体をいっそう受け入れない社会になりかねない」という指摘や、「バリア・フリー社会とは、実はできないままに社会に参加することにいっそう不寛容な社会」ではないかという危惧もある(39)。安易なテクノロジーの活用やバリア・フリーの発想が、非障害文化への一方的な統合や同化につながりかねないという懸念が、障害者の側からあがっているのである。このように、非<当該>障害文化のみへの一方的な過剰適応は、その結果、精神面を中心に、さまざまな問題を抱え易い状態に陥る可能性があることも否定できない。
 また、右方向への矢印(図1:矢印2−右や3−右)は、<当該>障害文化への志向を強める動きを示しており、このような変化を促すものとしては、例えば、ピア・カウンセリング、セルフ・ヘルプ、当事者集団などへの参加やこれらの活動からの支援が考えられる。 例えば、障害者のピア・カウンセリングが、感情を管理する方法を提供する活動であり、「自らの身体をもっとポジティブに受け入れ、自分への誇りを取り戻すための対抗的な世界観が提示される。障害は差し引いたり克服すべきものというより、かけがえのない『わたし』の個性の一つではないか、という思想が示される。こうした障害観、身体観は障害にポジティブな意味を与え、萎縮や劣等感や無力感から人を解放する。ピア・カウンセラーは、そうした身体観やそれに対応した感情経験を実践するパイオニア、準拠者として機能する」(40)という指摘や、「障害者にとって『ピア・カウンセリングは障害者文化を伝達する装置である』と考えるのが適当ではないだろうか」(41)という意見があるように、ピア・カウンセリング等の活動が、障害文化への志向性を強化することが予想される。また、この志向性を強く持つ人々としては、「ろう者コミュニティ」など、当事者集団への帰属意識が高い場合などが想定される。木村晴美が「ろう者というのは耳が聞こえないということよりも、手話へのこだわりを強くもっている」と述べているように(42)、集団への帰属意識の高さは、文化的な志向性の強さにつながらうことが考えられる。ただし、<当該>障害文化への志向(右方向)を強める動きだけでは、マイノリティの側の尊重は出来ても、マジョリティの側に譲歩を迫るだけに留まる。これは、現実生活において、社会的問題が発生しやすい傾向がある。いみじくも木村が、「私たちろう者には、自分が快適に使うことのできる手話があり、その他に聴者社会で生きていくために必要なものとして、日本語を学びたい」と述べ、バイリンガル・アプローチを支持しているように(43)、社会参加を果たす上で、障害文化への志向性の強い人々が、戦略的に非障害文化への接近を試みることが考えられる。
 さらに、非<当該>障害文化や<当該>障害文化への志向性の変化を促す作用が、複合的に現れることもある。例えばろう学校には、公的な一次的機能として、聴者社会に適応するための教育・指導など、マジョリティ社会への適応、すなわち非障害文化への志向性強化を促す機能がある一方、そこにろう者が集まることによって、ろう文化が発展・伝達されるという二次的機能、すなわち<当該>障害文化への志向の強化を促す機能があることも事実である。また、セルフ・ヘルプ・グループの活動などでは、障害を肯定的に受け入れ、その受容を促進する作用がある一方で、非障害文化社会で生活する上でのノウハウが伝達されるなど、さまざまな相互扶助が行われる。その結果、障害文化への志向性ばかりではなく、非障害文化への志向性の強化を促す作用も生じる。このように、人々を取り巻くさまざまな支援やサービスは、当事者の志向性に多様な影響を及ぼすことが予測される。
 また、一方向への過剰適応は、生活問題の増幅につながりやすい傾向がある一方、非<当該>障害文化と、<当該>障害文化の両方を志向する、第T象限「両文化志向型」に属する人々は、自らの問題を解決に導きやすいことが予想される。この象限に属する人々も、当然ながら、生活問題を全く抱えないわけではない。しかし、何らかの困難に直面した場合にも、他の象限に属する人々に比べ、周囲からサポートを受けることが比較的容易であり、また、両方の文化を志向することにより、自らとは異なる文化への理解や尊重が進展し、それに伴い、自−他の差異を繰り返し認識することになり、己の価値観や常識、秩序などの修正・調整が迫られ、必然的に新たな関係の構築へとつながる可能性がある。
 ただし、第T象限の「両文化志向型」以外に当てはまる人々は誤りであると批判するために、この枠組みを構築した訳ではない。個人がどのような志向性を持つかは、最終的には当事者の自己決定に委ねられている。そのため、志向性は他者によって強要されるべきものではない。しかし、文化志向性に目を向けることによって、人々の状況を理解し、社会福祉という立場から、何が出来るのかという問題を考える上で、この分析枠組みが意味を持つと考える。またさらに本論文の分析枠組みは、障害文化と非障害文化という、他者の持つ異質性との接触により何らかの生活問題が発生した人々を理解し、支援する上で役に立つと考える。例えば、「共生よりも、むしろ障害者だけの世界の方が良い」と主張する一部の障害者や、非障害者でありながら、障害文化にアイデンティティを持つ人々を理解したり、あるいは軽度の障害者や初期の中途障害者と障害文化の関係を把握するなど、障害に関するさまざまな現実問題を理解し、その対応を検討する上で、有効性を発揮するであろう。もちろん、他者の持つ異質性との接触が、必ずしも問題の発生に結びつく訳ではなく、また、程度の差もある。しかし異文化との対峙は、当事者に何らかの葛藤や軋轢、矛盾などの対立を経験させ、自文化との差異が大きいほど、そこから発生する生活問題が深化しやすい。ただし、このような問題の発生は、相互の異質性の認識であり、その意味では、相互理解による共生の契機として捉えることもできる。その意味において、障害者のみをこの分析枠組みの分析対象として想定しているわけではない。障害者と非障者に関わらず、異文化と対峙している人々に適用可能なものであると考える。今後は、海外における障害文化に関する先行研究を整理・分析すると共に、実際にフィールドワークを行い、事例を基づいた分析を深めたいと考えている。

[注]

(1)本論文は、寺田貴美代「共生に向けた『障害文化』」概念の活用」『東洋大学大学院紀要』Vol.38, 2002.3, pp.289-306を基に、加筆・修正を行ったものである。
(2)宮島喬『文化と不平等』有斐閣, 1999, pp.4-5
(3)Barners, C., Mercer, G.'Disability  Culture : Assimilation or Inclusion ?' Handbook of Disability Studies, Sage, 2001, pp.515-534
(4)宮島喬「文化」森岡清美ほか編『新社会学辞典』有斐閣, 1993, p.1291;宮島1999:Op.cit., p.18;宮島喬「現代の文化研究の課題」宮島喬編『文化』東京大学出版会, 2000, pp.2-4; 宮島喬「文化と実践の社会学へ」宮島喬編『文化の社会学』有信堂, 1995, p.3
(5)意識化されにくい慣習文化の次元:P.ブルデューらによって、「ハビトゥス(habitus)」と称されるものである。ハビトゥスとは、「所与の社会的文化的環境のなかで人々が習得する、無意識ないし半意識のなかで人々が習得する、無意識な意志半意識において機能するものの見方、感じ方、振る舞い方の一定の性向」を指す。(宮島1995:Op.cit., p.13 )
(6)長瀬修「障害学・ディスアビリティスタディーズへの導入」倉本智明,長瀬修編著『障害学を語る』エンパワメント研究所, 2000, pp.11-12, (a);倉本智明「障害学の文化の視点」倉本智明,長瀬修編著『障害学を語る』エンパワメント研究所, 2000, pp.118-119
(7)武川正吾『福祉社会』有斐閣, 2001, p.227
(8)Classification, Assessment, Surveys and Terminology Team World Health Organization The International Classification of Functioning, Disability and Health:Final Draft Full Version (ICIDH-2), 2000, p.18,http://www.who.int/icidh/
(9)障害学:長瀬修「障害の文化,障害のコミュニティ」『現代思想』Vol.26-2, 青土社, 1998, p.205;長瀬修「障害学に向けて」石川准,長瀬修編『障害学への招待』明石書店, 999, p.23
(10)長瀬修は障害学を「障害を分析の切り口として確立する学問、思想、知の運動である」と規定している。そして、「障害独自の視点の確立を指向し、文化としての障害、障害者としての生きる価値に着目する」と述べている。(長瀬:1999:Op.cit., p.11) また、障害学の領域からは、日本脳性マヒ者協会「青い芝の会」のように、必ずしも、「障害文化」そのものについては、直接、論じなかった活動に対しても、障害文化としての視点から、再解釈する試みも行なわれている。
(11)本論文とは異なる分類もある。松波めぐみは、既存の研究を整理し、障害文化に関する各論者の主張を、「ありよう志向」と、「文化運動志向」という、2つの志向にわけて分類している。松波のいう「ありよう志向」とは、「文化を『民族文化』のように、『ある程度『そこにあるもの、行なわれているもの』として観察しうるもの』として捉える方向性」を意味しており、文化運動志向とは、「新しい価値を創造したり、『文化』と見なされていなかったものを『文化』と読み替えることで、個人のアイデンティティや社会の主流文化に介入しようとするもの」であるという。(松波めぐみ「『障害文化』論が多文化教育に提起するもの」大阪大学大学院人間科学科修士論文, 2001, p.53 http://www.arsvi.com/2000/010300mm.htm
(12)岩隈美穂「異文化コミュニケーション,マスコミュニケーション,そして障がい者」『現代思想』Vol.26-2, 1998, pp.194-197
(13)金澤貴之「聾文化の社会的構成」『解放社会学研究』Vol.12,1998, pp.44-54
(14)谷内孝行「『障害』の実態的モデルへの批判的アプローチ」『社会福祉学評論』,Vol.1, 2001, p.9
(15)奥村宣久「障害文化という視点からみた自助グループ」『精神医療』No.17, 1999, p.43
(16)横須賀俊司「自立生活センターと障害者の『文化』」『鳥取大学教育地域科学部紀要』Vol.1,No.1,1999,p.21, pp.24-25
(17)臼井正樹「障害者文化論」『社会福祉学』Vol.42 No.1, 2001, pp.87-99
(18)ましこひでのり「障がい者文化の社会学的意味」『解放社会学研究』Vol.12,1998,p.11, pp.15-16
(19)田中耕一郎「障害者運動研究の動向と課題」『北方圏生活福祉研究所年報』Vol.5,1999,p.47
(20)木村晴美,市田泰弘「ろう文化宣言」『現代思想』Vol.23-3, 1995, p.354
(21)木村晴美「ろう文化とろう者コミュニティ」倉本智明,長瀬修編著『障害学を語る』エンパワメント研究所, 2000, p.124;木村晴美「『ろう者』として」『ライフスタイル』岩波書店, 1998, p.102 木村晴美「『ろう者』として」『ライフスタイル(日本現代文化論5)』岩波書店,1998, p.102
ただし、木村らによるろう者は障害者ではないという主張や、ろう者の範囲の規定に対しては、さまざまな批判がある。本文中で紹介した論者の他にも、山本おさむ「『ろう文化宣言』を読んで」『思想』Vol.907、岩波書店、2000、pp.62-69、長谷川洋「『ろう文化宣言』、『ろう文化を語る』」を読んでの疑問」現代思想編集部編『ろう文化』青土社、2000、pp.101-109、江藤双恵「異文化としての『ろう文化』に対峙する聴者」現代思想編集部編『ろう文化』青土社、2000、pp.96-100などにおいて、「ろう文化宣言」の持つ排他的傾向などが指摘されている。
(22)森壮也「ろう文化における身体性と文化」『現代思想』Vol.26-7, 1998, pp.220-226;森壮也「手話とろう者のトポロジー」現代思想編集部編『ろう文化』,青土社, 2000, pp.177-178
(23)長瀬修「(資料紹介)差異・平等・障害者」『手話コミュニケーション研究』Vol.24, 1997, p.4;長瀬修「<障害>の視点から見たろう文化」現代思想編集部編『ろう文化』青土社, 2000, pp.49-50, (b)
(24)長瀬1999:Op.cit., p.27
(25)山田富秋「障害学から見た精神障害」石川准,長瀬修編『障害学への招待』明石書店, 1999, pp.286-289
(26)皆川満寿美「障害としての文化」『武蔵大学人文学会雑誌』Vol.29, No.1-2, 1997, pp.150-170
(27)杉野昭博「『障害の文化』と『共生』の課題」青木保ほか編『異文化の共存』岩波書店, 1997, pp.250-267
(28)長瀬修「障害の文化、障害のコミュニティ」『現代思想』Vol.26-2, 1998, pp.208-210;;長瀬2000:Op.cit., pp.24-25(a)
(29)倉本2000:Op.cit., pp.90-106;倉本智明「障害文化と障害者身体」『解放社会学研究』Vol.12, 1998, p.31
(30)倉本智明「未完の<障害文化>」『社会問題研究』Vol.47, No.1, 1997, pp.75-81
(31)石川准「ディスアビリティの政治学」『社会学評論』Vol.50, No.4, 2000, p.50
(32)石川准「あとがき」石川准,長瀬修編『障害学への招待』明石書店, 1999, pp.314-315(a);石川准「平等派でもなく差異派でもなく」倉本智明,長瀬修編著『障害学を語る』エンパワメント研究所, 2000, pp.32-33
(33)三浦耕吉郎「『障害学への招待:社会,文化,ディスアビリティ』(書評)」『思想』Vol.909, 2000, pp.150-153(a)
(34)津田英二「『障害文化』概念の意義と課題」『神戸大学発達科学部研究紀要』Vol.7, No.2, 2000, pp.96-97
(35)江渕一公「多民族社会の発展と多文化教育」小林哲也,江渕一公編『多文化教育の比較研究』九州大学出版会, 1985, p.28
(36)豊田正弘「当事者幻想論」『現代思想』Vol.26-2, 1998, pp.112-113
(37)倉本1998:Op.cit., p.35
(38)米津知子,大橋由香子(聞き手)「重さくらべや後回しからは,何も生まれない」『現代思想』Vol.26-2, 1998, p.113
(39)石川准「障害,テクノロジー,アイデンティティ」石川准,長瀬修編『障害学への招待』明石書店, 1999, p.63, (b);石川1999:Op.cit., pp.315-316(a)
(40)石川1999:Op.cit., p.59(b)
(41)臼井:Op.cit., p.95
(42)木村2000:Op.cit.,p.151
(43)Ibid., Loc.cit.;木村・市田:Op.cit., pp.12-13


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