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障害学研究会関西部会第16回研究会 例会記録

障害学研究会関西部会第16回研究会 於:京都テルサ(京都勤労者総合福祉センター)
2002/10/19


====(以下、記録)===========================================
障害学研究会関西部会第16回例会記録

日時:2002年10月19日(土)
   午後2時から5時
場所:京都テルサ(京都勤労者総合福祉センター) 
報告者:Gregor Wolbringさん(カナダ・カルガリー大学医学部・医生化学分子生物学科)
通訳:土屋貴志
司会:山下幸子、記録:松波めぐみ

【内容】
(自己紹介の後、質疑応答のかたちで行われた。)
A: ウォルブリングさんのライフヒストリーをお聞きしたい。今とりわけ何に関心があるかも含めて。
Wolbring(以下W): 私は意志の強い両親のもとに生まれた。障害をもって生まれたが、ネガティブに受け取られずに、「好きなようにしていいんだ」というふうに受け入れてもらえた。だから自分は、時々「おまえは自己評価が高すぎる」と問題になるぐらいだ(笑)。14歳の時に生化学を志した。最初は医者になろうと思ったが、患者の方がサリドマイダーの医師を受け入れるだろうかと思った。車椅子に乗っているとそれだけで患者扱いされるから。それで生化学を志した。生化学を学ぶためには、高卒時点で成績優秀でないといけないが、幸い入学できた。生化学をやっていると、ナノテクノロジー、遺伝子診断といったことを扱うことになって、障害者に必然的に関わってくる。遺伝子診断で、先天異常が胎児にあるかもしれないとわかって中絶したりする。(もし自分の親がそうしていたら)自分自身がいなかったかもしれない。生化学をやりながら、生命倫理にも関心をもって、とりくんできた。
ドイツの大学で生化学を勉強している頃、1980年代だったが、遺伝子診断や安楽死の問題などが論じられるようになってきた。それに対して草の根運動として反対運動が起こってきた。背景として、緑の党ができ、反原発運動など、科学技術批判の動きがあった。そのなかに遺伝子技術にも批判するものもあった。市民運動的な批判はアメリカには少ない。日本では(科学技術批判の動きは)障害者運動との間に議論もあったが、障害女性たちの運動もあった。中絶の権利と「選択的中絶」を区別して考える立場だ。同じ立場は日本にもあった。ドイツでは一般的中絶の権利を擁護しつつ、選択的中絶を批判する観点が確立したが、アメリカにはあまりない。残念なことに女性運動はむしろ、中絶を強く擁護し、選択的中絶への批判は弱い。カナダも含めて北米では、遺伝子工学、遺伝子技術への批判的見方は弱い。なぜなら、それ
を批判すると「中絶の権利の制限」と見られてしまうからだ。私にとっても興味深いのだが、ドイツからカナダに渡りショックだったのは、北米では「生殖の自由」に全部含まれてしまい、「出生前診断による選択的中絶への批判的視点が少ないこと。北米では「障害をもつことは重荷」という見方がハッキリしていて、他の特徴、たとえば肌の色や髪の毛の色などにくらべて、全然違う特徴だと見られている。北米のいくつかの研究所などが出している資料で、障害のある子をもった母親の負担感が大きく取り上げられている。
(OHP上映)

『障害者の中には生を享受している者がいることはわかっていても、それにもかかわらず、障害児を育てることにかかる負担の大きさが、選択的中絶を正当化する、ということを多くの人が認めている。これまで女性が変えようとしてきた状況(母親として縛られ、仕事もやめなくてはならず、大きな負担を強いられる)を縮図的に示すのが障害児だ、と言われる。』
 つまり障害者と母親が対立するような構図におかれている。政府のサポートも少ないためだ。北米では障害者運動が、「遺伝子技術などの技術は良くない」と説得するのが難しい。ドイツでは成功するのだが。技術が「福音」だと受け止められるのが、渡米してショッキングだったことだ。他の問題でもそうだ。安楽死は「解放」だと言われる。障害児殺しも、それによって「親が助かった」ことが強調される。安楽死反対の'Not Dead Yet'というグループがあるが、全体からすれば勢力は小さいし、遺伝子工学に反対するグループはアメリカにはない。

B: ドイツの草の根運動は、たとえば日本でも知られているフィンレージのような活動?
W: フィンレージは一つのグループにすぎないし、むしろ国際的組織。ドイツでの特徴はむしろ、他の運動と連帯して大きなムーブメントになること。アメリカでは個々の運動が孤立していて、他の市民運動と連帯できない。ドイツでは生命倫理の問題を普通の人たちが扱っているが、アメリカでは生命倫理の問題を広く扱うというグループがまずないし、普通の人たちがそういう議論に参加することもない。

C: 私は環境問題のNGOで運動を続けて来ました。チェルノブイリ原発事故後の反原発運動や、ダイオキシンなどの問題で、障害者を悪いイメージで描くことがあり、そのことにこだわり続けてきました。よく「悪いのは障害者ではなく、毒物なんだから、毒物をなくせばいい」と言いますし、私もそんな風に言ったこともありました。しかし、それでいいのでしょうか?
同時に私は社会史を勉強してきました。日本では近代医学を取り入れた時から、「正常」「異常」という見方が登場してきます。当事者として、また科学者として「科学」という方法に対してどうお考えになりますか?
「科学」という方法、分類し名前をつけるそのものが障害を生みだしているのではないでしょうか? 
W: 私が分子生物学に携わっていないのはそういう理由からだ。障害者への偏見がある。                   

A: 社会の偏見のうえに科学が発達しているから、偏見もそれだけなくならない。DPI世界大会でも議論されていた。
W: 科学者はそういうものに従って、そこにお金がはいってくる。そのため科学技術が強められる。主流の考え方も強められる。障害というのは「病気」だ、「疾病」なんだと思われている。社会の常識はそうだから。環境活動家の見方というのは、障害は病気であって解決すべき問題。だから問題はダイオキシンとかDDTとか枯葉剤。そういうものをなくせば問題がなくなると考えているところに違和感がある。
 地雷もそうだ。地雷除去運動では、「地雷によってこんなふうに手を失った、足を失った」という写真を見せ、悪いイメージとして使われている。ここに医学モデルがある。社会モデルじゃない。手足がなくなる、だから地雷をなくそうという理屈だ。意に反して足を失ったことや、自分を選べなかった、選べないということに問題があるんであって、足がないことが問題なのではない。医学モデルがわかりやすくて、普通の人はそれしか考えてないのが問題だ。イメージは、「足を失ったかわいそうな子ども」。地雷廃止運動は、医学モデルでしか語られていないので、「障害をもって生きるとはどういうことか」ということにふつうの人が目を向けないところに問題がある。
「乗るなら飲むな」という飲酒運転撲滅運動がある。飲酒運転して大怪我した人が、たとえば学校にいって、「おれのようになりたくなかったら、飲むな」と言う。つまり「飲んで乗ると車椅子生活になるぞ」と。
(註 ここで配布資料にあった、ナイキの広告を参照した。配布資料(1)を参照のこと。)
 ものを売るときでも、実際は複雑なのに、そこをすっとばして、「障害をもつというのはこんなに悪いことなんです」といって売ってしまう。障害者運動以外の運動の広告でも見られることだ。メディアは医学モデルを補強するようなかたちで訴えかける。障害は社会的に構築されたものなんだということは、人びとのあいだで理解されない。障害者運動の中に他の市民運動の人が入っていかないと、一緒にやって関わらないと学べないことがある。
南アフリカで遺伝子技術や解析技術への批判的会議をすると、けっこう人がくる。タイでもそうだ。「障害者の見方」というのにある程度は理解を示してくれる。アメリカではそうではないが。インドや南アフリカに行って、障害者運動の人たちと他の運動とのリンキングを見た。そのようなリンキングをやっていかないといけない。自分がそこに行って話す、というのでなくても。障害者の見地を生命倫理的なものに反映させるのを、どうするか。議論を維持しつづけるというか。それを今やっているところだ。
(10分間休憩)

D: 治療ということについて、今の世の中の価値観として、「障害はないほうがよい」という価値観が圧倒的にあって、治療ができるよということを持ち出されて、いろんな技術が次々と導入されているように思うのです。障害をなくすほうがよいというふうには私は思っていなくて、「障害があっていいじゃない。このままでいいじゃない」と思っているのですけど、障害者にもいろいろいてある程度安定している障害の人もいるし、日常的に医療の世話になる人もいるし、中途で障害者になった人もいて、いろいろな価値観や、治療についての捉え方がある。「治療なんていらないよ」と言い切ってしまうのがしんどいところもある。「障害はないほうがいい」という価値観が主流にある中で、治療について、どういうふうないい方をしていったらいいでしょうか?
W: 社会モデルをとったからといって、生物学的な問題を無視するわけではない。だから、たとえば痛みについての治療は必要であれば受けることに問題はない。だけどもたとえば脊損のような場合、ふだんは治療を必ずしも必要としない。歩くといってもいろんな歩き方があって、車椅子に乗るのも一つの歩き方なんだから。脊損の方で、急性期を脱して医学的治療を要しないにもかかわらず、「自分の足で歩けないといけない」というのはおかしい。自分も痛みの治療をしてもらうことはある。でも「歩けるようにする」とかいうのは、別の話だ。これは違う。
要するに医学的対応が必要な急性期と、安定した状態は違う。医学的対応をすること、たとえばHIV感染を防ぐためにコンドームを使うのも、風邪をひいて薬を呑むというのも、自分自身を否定するわけではない。風邪をひいた自分の状態をなおすために医学をつかうのであって。「障害をなおす」というと全人間にかかわってくる。医学的に完治(cure)をめざすというのは「歩けるようになる」ということであって、急性期への対応(治療medical treatment)とは違う。車椅子を使うことが社会的完治だ。
「スーパーマン」の主演男優だったクリストファー・リーブの例がある。かれは自分の(脊損という)インペアメントに慣れることができない。彼は「もう一回歩けるようになりたい」と言いつづけている。それはリバウンド。たとえば、離婚した場合に、1人の生活に慣れようとするのではなく、2人の生活に戻ろうとする。また新しい伴侶をみつけてきて結婚すれば「戻る」がそれはリバウンド。ただ急変した状況に慣れるのに、たしかに時間はかかる。車椅子に慣れるのに7年かかるといわれる。クリストファーは慣れる機会がない。医学界に使われてしまってる。広告塔のように、ES細胞(胚性幹細胞)による再生医療研究の旗振り役として使われている。
(註 ESは、Embryonic(胚性) Stem(幹) が略されたもの。)

A: 健康の定義は?
W: ジャカルタ宣言における「健康宣言」によると。健康っていうのは、急性的な病気がないということではなく社会的資源、援助や教育も含めてだが、それを受けられて、ちゃんと暮らしていくということを含んでいる。たとえば自殺してしまう人がいるが、そのような社会的不健康な状態といえる。周囲から孤立してサポートが得られないの不健康ではないか。生理学的に悪くなってというのでなく、社会的関係のなかで孤立するということも、不健康として捉える。

A: その社会的「不健康」というとらえ方は、「医学モデル」ともいえるのではないか?
W: 医学モデルは、その人のなかに問題があると考える。その他のところには問題ない、というふうに捉えるが、社会モデルは、その人に問題があるんじゃなくて周りとの関係に問題があると捉えていくのでそこが違う。

E: いわゆる胎児条項に関連してお聞きしたい。選択的中絶を合法化することについて、日本ドイツでは長い間議論が続けられてきた。法律で中絶の適応事由のなかに「胎児に障害がある場合」という項目を明記することが、障害者の人たちや一般の人たちにどういう影響を与えると考えるか。
W: ドイツで胎児条項を削除したのは非常に表面的なことにすぎなかった。「精神衛生上、母親に重大な影響がある」という文言を入れて、選択的中絶を受け入れるようになっているので、表面的なとりつくろいに過ぎない。「精神衛生上、重大な影響がある」という表現にしてしまったことで、「障害児を持つことは親にとって大変な負担になる」と言っているわけで、優生思想的な文言を削ったといっても、障害者をないほうがいい存在と見ていることに変わりはない。
 要するに、正当化の違いだけだ。法律によって、条項を変えることによって、本質的に障害者の立場、障害者の置かれた地位が解決するわけでもなんでもない。大事なのは見方を変えることなのだが。
 たとえばナイキの広告を見れば、法律が無力なことがよくわかる。ADAができて10年近くたっているのに、障害者に対する見方はちっとも変わっていない。「独立自尊」のような哲学は、アメリカでは非常に広く一般に広まっているので、障害者の人たちの状況はちっとも改善しない。技術がいろいろ出てくることで、解決法が見つかったように見えてしまう。本質的な解決策ではないのに、そういうふうに思ってしまうことが問題だ。
 カナダの状況だが、障害者のおかれている状況は悪化している。投入されるお金も少なくなっているし、サポートも少ない。「自分達でやれ」ということだ。運動としても低調にならざるをえない。若い人たちがあまり参加しない。さきほども言ったが、障害者が自分でやらざるをえないというふうに、どんどん追い込まれていっている。
 今年の1月にブラジルのポルトアレグレで開かれた第二回世界社会フォーラムは「社会的公正」をスローガンのひとつにしていたのに、障害者を代表するグループが参加していなかった。これはとても残念なことだ。
(註 第二回世界社会フォーラムとは、スイスのダボスで開かれていた世界経済フォーラムに対抗して開かれている環境問題や経済格差に関心のあるNGO中心の集会。)

 気が滅入る話ばかりしてきたが、ここらで少し元気の出る話をしよう。私が実際にかかわったユネスコの仕事の話だ。1999年にユネスコの世界科学会議があった。やり方次第では、一人の意見でだいぶ変えられることもあると実感した。私はカナダ委員会のために働いていた。各国の委員会がユネスコ全体の政策をつくっている。カナダから日本の委員会にEメールが来た。今朝会ってきた、京大の位田隆一教授がユネスコの委員を務めている。カナダ委員会に5年ぐらい関わって、自分にとって良かったと思うことだが、ユネスコ世界科学会議に誰を派遣しようかという時、私を派遣することになった。それで、「グレゴール以前、グレゴール以後」と呼ばれるぐらい、状況が変わった。私が行って発言する前には「障害者」への言及がなかった。2年間草案づくり、校正をずっとやっていたが、誰も障害者の観点を入れる人はいなかった。起草作業の最後に私が起草委員会に入って、2時間で20箇所ぐらい文言を変えた。(それが配布レジメに載せたものだ。)
 その会議において、女性たちからの批判があった。起草委員会の中で、草案に対する抗議というか、提言されたことが大きかった。起草委員会で、草案を最も強く批判したのは女性たちだった。開始する前に「女性の観点を」と言われた。そこで私が「なぜ女性だけを言うのか?」と言って、「障害者の観点を入れる」ことを主張した。私の意図は女性の観点を排除することではなく、他の観点も、ということだったが、これに対する反対もあった。
日本では知られていないだろうか? ユネスコ会議の「科学と科学的知識の使用に関する宣言」79条は強い条文だ。
(註 同宣言79条「方針の開発を含む研究活動のすべての側面に不利益を被っている諸集団が完全に参加することも保障する必要がある。」)
91条は、最後で、「政策立案機関」への代表者派遣のことを書いている。平明で強い表現で、誤解の余地がない。使い方によっては切り開けるところがあるだろう。
(註 同宣言91条は、「不利益を被っている諸集団が科学技術に完全に参加できるよう保障するためには特別の努力を払う必要がある。これらの努力には以下のものが含まれるべきである」として、具体的に、「教育制度・研究制度における障壁の撤去」、「現存するステレオタイプを克服するために、これらの諸集団が科学技術に貢献しているという認識を呼び起こすこと」、調査や実践のあり方、「政策立案機関および会議への代表者派遣を保障すること」等を挙げている。)
 日本政府もブダペストの会議で署名しているので、これは有効なはずだ。91条の最初で、「教育制度における障壁の除去」をうたっている。ここでいう「ステレオタイプの克服」とは医学モデルのことを指している。この「科学と科学的知識の使用に関する宣言」は、科学者の条約において、障害者に言及された例だ。医学モデルでなく、社会モデルがとりいれられた、はっきりした例だと言ってよい。
(OHP上映:ユネスコ、「人権とヒトゲノム宣言」)

『政府は、ヒトゲノム研究とその応用によって生じる倫理的・法的・社会的問題を取り扱う、独立で学際的で多元的な倫理委員会の設立を、あらゆる適切なレベルで促進することの意義を認識しなければならない』。しかし、WHOのような医学モデルに則った機関が力を持つと問題がある。ICIDHにしてもそう。医学モデルを補強するような、「障害の度合いに応じた援助の基準」のランキングがある。要するにWHOが力をもってきてしまうと、医学モデルがますます力をもつ。
米国のことばかり伝わりがちだが、米国以外の国の状況や人々の考えがどうなっているのか、伝えていかなければならない。たとえばドイツとかアフリカとか。放っておくとどんどんアメリカナイズされてしまうので、米国以外のいろんなグループとネットワーキングして、いろいろ知っていかなければならない。たとえばシンガポールではどうなっているか?などと。
 DPI大会は4年に1回しかない。ふだんから協力しあっていくことが大切だ。グローバルな相互のやりとりを広げていきましょう。(終)
参加者 計19名(うち手話通訳2名)

*作成:
UP: 20090712
全文掲載  ◇障害学研究会関西部会  ◇障害学研究会関西部会・2002
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