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「忘れ去られた農村 東ケープ州、マウントフレーレ周辺 イシナンバ『最後に笑うのは私たちだ』」

林 達雄 2002/09/11

last update:2010408


林 達雄

 会議終了から2日目、10年ぶりにイシナンバ(最後に笑う人々という名なのローカルNGO)を訪問した。アパルトヘイト政策の時代にもっとも差別されていたホームランドの女性たちを力づけてきたグループである。一年に一度、鉱山や工場労働から帰ってくる男たちは、その抑圧による鬱憤を女性たちに向けていた。ホームランドとして与えられた土地は狭く、やせており、農村にいながら、農業のできない状態であった。教育の機会も与えられなかった女性たちが、イシナンバの努力により、自分たちが本来もっていいる力に目覚め、元気になっていく。そんな活動をJVCを通して応援してきた。
10年前、女性たちは歌と踊りで歓迎してくれた。ひとりが歌いだすと、次の人がハモる。次々に歌い手が加わり、瞬く間に絶妙のハーモニーが編み出される。歌とともに笑顔がともり、踊りがはじまる。音楽というものはこんなにも楽しいものだったのか。こんなにも人と人を結びつけるものだったのか。はじめて知った。ともに踊った。
しかし、10年後の今回は歌も踊りもあまり見られなかった。教会音楽で村に迎え入れてくれたものの、笑顔は見られなかった。東ケープ州、旧トランスカイ一帯は『忘れ去られた地』と呼ばれている。国道沿いの町、マウントフレーレにはスコッターキャンプができている。さらに奥地の農村に暮らしてきた人々が生活に窮して移り住んできたためである。
 N2という高速道路沿いにあるため、中高生による売春が行われている。付近で良質のマリワナが採れるため密輸業者のため溜まり場となっている。こんな田舎町にもスラムが形成され、暴力の横行する危険地帯となっている。
 みぞれ混じりの雨の中、イシナンバの保健担当者とともに村を訪ねてみた。かつて女性と子供たちだけが残されていた村に男性たちが戻ってきている。しかし、鉱山は閉鎖され、仕事がないのでぶらぶらしている。長い出稼ぎ、強制労働のために農業のやり方も忘れてしまった。農村にいながら農業のやり方を忘れた人々である。80歳になる女性ルイ―スさんは流暢な英語で、東ケープ州の田舎がいかに忘れ去られてきたかを語ってくれた。もともとの貧困に失業が加わり、そこにエイズ・結核が追い討ちをかけている。もともとあった家庭内暴力に、エイズへの迷信と恐怖が加わり、暴力は子供にまでおよんでいる。教育は改善されたが、仕事に結びつかない。女の子は売春に走り、男の子は暴力に走る。村の暴力対策のためにコミュニティポリスが形成されたが、よぼよぼの中年団では役にたたない。飲料水にはいまだに川の水が使われ、衛生状態は改善されていないので、コレラが発生する。高速道路は都会からエイズを運んでくるが、水や電気や医療はやってこない。
 翌土曜日、高速道路沿いをはなれ、オースボーン村に向かう村道で埋葬のための行列を追い越した。クリニックの看護婦さんによると、350戸の集落で毎週、2組から3組の葬式がおこなれている。60歳になる男性キナセさんの家に入ると、娘のテンビシーレさん→立岩 真也+定藤 邦子 編 2005.09 『闘争と遡行・1――於:関西+』,<分配と支援の未来>刊行委員会
(24歳)がベットに横たわっている。キナセさんはアパルトヘイトの時代、鉱山で働いてきたが、肺を痛め送り返された。妻のノーマカラディさんは、薪を集めて売り、子供たちを学校に通わせてきた。キセナ夫妻には10人の子供と5人の孫がいる。現在、一家の収入は結核と診断されたキセナさんへの600ランドの年金だけである。娘のテンビシーレさんは家計を少しでも支えるためにダーバンに働きにでたが、そこで結核とエイズに感染してしまった。現在4歳になる娘をみごもった際、妊婦検診でHIV陽性であることを宣告された。母親のノーマカラディさんは病気になった娘や夫の世話をしながら、村の保健ボランティアとしての活動を続けている。アフリカのお母さんたちの強さと優しさには、いつも驚かされる。
 家の外では村人たちが集まり、エイズ対策やレンガ造りについてイシナンバの代表が話しをしている。南アでは、HIV陽性がわかるとその子供には養育年金がでるので、その証明書を必ず入手することなどなど。しかし、ほとんどの人々は検査を受けたがらない。村にも、エイズ啓蒙NGO・ラブライフの若者たちがいるが、彼らは他人には検査をすすめながら、自らが検査を受けることを恐れていた。イシナンバに最近加わった男性スタッフは帰りの車の中で、キセナさんの家に恐くて入れなっかたことを告白した。彼は、陽性者と接するのは始めての体験だという。そばにいるだけでは決して感染することがないことをわかってはいても、恐怖で体が動かなかった。しかし、彼自身の妻も妊娠しており、いずれは検査を受けなければならない。その機会に自分の検査を受けようか。そんな迷いを私に打ち明けた。アフリカではある年齢以上の母親たちは頭が下がるほど強く優しいが、男性は若者は、実に弱く、情けない。そして、情けない男が、女や子供に暴力をふるう。
 農村部のエイズに対する偏見と恐怖は根深く、感染がわかっただけで、家族にさえ見捨てられてしまうのが、現実だ。現実を改善しようとイシナンバの女性スタッフ、彼らの育てた村のボランティアが辛抱強く説得を続ける。そして、そのイシナンバの事務所の前に陽性者が捨てらる。
 夜、イシナンバの創設者ノクゾラ・マギダさんに話を聞く。この地域の過去10年の変化について、そして、イシナンバの今後の活動についてである。
アパルトヘイト解放後、水、電気、教育など基本的に必要なものはすべての人に行きわたるよう公共重視政策をとってきた政府は、2年後、債務返済を迫られる中、経済優先政策 (ギヤ政策)に転換した。その結果、すべてのものを買わなくてならない時代が到来し、今に続いている。いわゆるプライベータリゼーションである。
地域一体にほとんど木が生えていないため、村人は薪を燃料にすることができず、石油を煮炊きに使わざるをえない。ところが、石油の価格が高騰した。輸送用の車両燃料も高騰し、結果的に主食のメイズを始めとする食料の価格も高くなった。アパルトヘイトの傷を癒すはずの時代に、総じて状況は以前と比べても悪化の方向にある。

過去10年の比較
仕事;鉱山の閉鎖により、失業者が村に溢れるようになった。
食料;価格の高騰
農業;ほんの一部しか復興していない。土地利用、土地所有の問題が改善されない。
水・衛生;多少は改善されたが、皆にゆきわたる方向にはない。
健康・医療;病気は蔓延。基本医療にもお金がかかるようになった。
教育;改善され、男女差も減ったが、学校を出ても仕事に結びつかない。
貧富の格差;拡大した。労働条件は改善されたが、就労者の割合は減少。
都市と農村の格差;ものすごく広がった。
暴力;特に子供への暴力が増加。
スラム;さらに奥地から人が流入し、高速道路沿いにスラムが形成された。
NGO;都市に集中し、もともと少なかったが、さらに閉鎖に追い込まれつつある。
歌と踊り・笑顔と希望;素朴で伝統的なものが減り、コマーシャライズた。

イシナンバの今後
 アウェアネス・目覚めのための教育活動;アフリカの伝統的価値をとりいれ、一人一人が、自分の潜在的な力に気がつき、自信を回復できるよう、さらに力をいれる。
農村復興;都会での仕事に期待せず、村での生活を取り戻すことだ。農業を忘れた農村が、農業を取り戻す。そこにしか生きる道はない。

 この地域のエイズの流行爆発も、エイズに対する対策も、エイズもたらされる死者の数もいまだ初期の段階にある。南アフリカの政府が、いますぐ方針を転換して、全力をあげて対策をはじめたとしても、その成果はすぐに地方には届かない。次の10年、これまでにも増して多くの人が死に続けることだろう。
しかし、イシナンバの女性たちを見ていると、たとえエイズがどんなに過酷でも、その現実を受け入れることができる。現実を受け入れながら、立ち向かう力をとりもどし、笑顔をとりもどすことができるような気がしてくる。自分自身の持つ力に気がつくことが、すべての出発点である。最後に笑うのは私たちだ。


*本文はアフリカ日本協議会事務局長斉藤龍一郎氏あてに送信されたメールを転載しています。

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