HOME > 全文掲載 >

「『障害者雇用率未達成企業一覧等の一部開示決定』に関する本件訴訟への意見陳述」

金 政玉 2002/08/29

last update: 20160125


                               2002年8月29日
東京地方裁判所 御中
〒125−0041 東京都葛飾区東金町2丁目8番3-106号
                      原 告  金   政  玉

「障害者雇用率未達成企業一覧等の一部開示決定」に関する本件訴訟への意見陳述

2001(平成13)年12月10日、行政機関の保有する情報(障害者雇用率未達成企業一覧、
障害者雇入れ計画の実施状況報告書)の開示請求の件につき、東京労働局長が原告に
対して行った「行政文書開示決定通知書による開示決定処分」(部分開示決定)につ
いて、以下、本件訴訟の裁判官のみなさまに障害者雇用の深刻な実情をぜひ認識して
いただき、障害者雇用の具体的改善の実現と、ノーマライゼーション理念の実現に即
した方向で審理を行っていただきたいという思いから、原告としての意見を提出いた
します。

◆ なぜこの裁判を起こすのか

一 障害者雇用率未達成の現状をどう見るか

(1)「自己都合」を含む実質的な解雇の急増
 まず、長く続いている今日の不況下で、障害者雇用の実態がどうなっているのかを
直視することが必要でると考えます。企業が障害者を解雇した場合、公共職業安定所
に届出が必要となりますが、提出された届出数をみると、例えば1998年は1月から6月
までの半年間で1699件になり、すでに前年(97年)の1年分の1609件を超える数字と
なっています。
 この状況は、今日の全体的な失業者の増加傾向の中で一層深刻化しており、その年
の解雇の届出数は、昨年、一昨年のほぼ倍にあたる数の障害者が解雇されるとの予測
が成り立ちます。さらに、この解雇の届出数には、会社側の通告による解雇や倒産に
よる失業等の「会社都合」による解雇がカウントされ、本人の「自己都合」による退
職は含まれていません。
実態的には、障害者に対する劣悪な職場環境や周囲の無理解等によって、会社に居づ
らくなり、「自己都合」で退職することになってしまうケースの方がはるかに多いこ
とを考えれば、「自己都合」を含む実質的な解雇数は、「会社都合」による届出数よ
りも2〜3倍にのぼると推測されます。

(2)法定雇用率の形骸化を生み出している「雇用納付金」 
 周知のように1998年7月1日から、障害者の雇用の促進等に関する法律の一部改正が
実施されました。主な内容は、民間企業における法定雇用率を従来の1.6%から1.8%
へと引き上げ、一人以上の身体障害者または知的障害者を雇用しなければならない企
業の規模を、従来の常用労働者数63人以上から56人以上へと拡大したことです。法律
上は、民間企業・国および地方自治体は障害者を一定の割合で雇用しなければならな
いことになっています。
 ここで、障害者雇用制度の沿革をふり返ってみると、障害者雇用についての歴史
は、第二次世界大戦後にさかのぼることができます。当初は、傷痍軍人対策からス
タートしたものですが、60年に「身体障害者雇用促進法」として制定されました。
しかし、「雇用促進法」とはいうものの、内容は障害者雇用の啓蒙であり、雇用を各
事業所の努力目標として設定することにとどまっており、なんらの法的拘束力をもつ
ものではありませんでした。
 それが、67年に、一定割合以上の身体障害者の雇用を義務づけ、一定の法的拘束力
をもたせるとともに、納付金制度、各種の助成金の支給を定めました。つまり、この
時点で現在の障害者雇用制度が始まったといえます。その後76年の改正により、雇用
義務が「努力義務」から「法的義務」に変わり、87年には法の対象を身体障害者だけ
でなく、知的障害者を含めた障害者に拡大する改正が行われています。
こうした流れの中で98年に法定雇用率が0.2ポイント引き上げられて、現行の法定雇
用率(1.8%)になっていますが、それでは、この法定雇用率のひき上げによって、
現在の不況下の企業の障害者雇用の状況を好転させることができているのでしょう
か。
 答えは「ノー」と言わざるを得ません。厚生労働省は毎年1回、法定雇用率を守る
義務のある6万余の民間企業から、障害者実雇用率の報告を求めて集計しています
が、調査を開始した77年から今日まで、調査対象企業の平均した雇用率が法定雇用率
に達した年は一度もありません。ここ数年は1.4%〜1.5%台に張り付いている状態
が続いています。
また、より大きな問題として、法定雇用率に達していない企業は不足人数一人につ
き、月額5万円の障害者雇用納付金を納めなければなりませんが、この「雇用納付
金」は、障害者を多数雇用する中小企業主への報奨金等に充てられ、罰金とか制裁金
という性質のものではありません。そのために「納付金」さえ支払っていればいいと
安易に対応する企業が非常に多く、その結果として、平均雇用率が法定雇用率に現在
も遠くおよばず、企業の法定雇用率を守る「義務」が形骸化している最も直接的な要
因になっています。それとともに、この「雇用納付金」問題は、多くの企業が障害者
の「雇用義務」を安直に考えているために、いったん「契約社員」として雇い、一年
半の雇用助成金の支給期間が切れれば適当に低賃金で働かせて本人が「自己都合」で
退職せざるをえない状況になるまで放置して「使い捨て」にしてしまう結果を生み出
す背景にもなっています。

二 行政指導の強化が求められています

 原告は、DPI(障害者インターナショナル)日本会議が設置した権利擁護機関
(DPI障害者権利擁護センター)で相談業務を担当していますが、その相談事例の
内容は、障害者雇用の実態が、障害者の社会参加と自立を阻む壁がどれだけ厚いもの
であるかを具体的に教えてくれます。
「印刷会社に20年以上勤務してきたが、不景気のため子会社の出向させられた。
子会社では以前から聴覚障害者が4名ほど首切りになっており、(相談者本人も)給
料が低いことや会社に居ずらい雰囲気のため退職した。親会社から出向の際は退職金
が出ているが、今回は退職金も支給されていない」(聴覚障害をもつ40代の男性か
らの相談)という事例は、こうした実態の一端をはっきり語っています。
障害者の働く権利を実現するためには、行政指導の強化と、企業が法定雇用率を早
急に遵守し社会的責任をはたすことが第一義的に求められていることを強く主張いた
します。

三 本件(行政文書開示決定通知書による開示決定処分)の「不開示決定理由」

 被告は、本件の「不開示決定理由」として、主に次のことを上げています。
@ 「障害者雇用促進法」においては、適正な雇用を実現するには事業主の理解と協
力が不可欠であるとの観点から、虚偽報告等を除いては、事業主に対し刑罰などの直
接的な制裁を科さないこととしており、障害者雇用率を満たしていない事業主のうち
勧告(障害者雇用促進法第15条第5項又は第6項)に従わない場合にのみ社会的制裁と
してその旨を公表することとしている。
A 法定雇用率を下回っている企業について、障害者雇用率を満たしていないことが
公になることは、障害者雇用率を満たしていないという事実のみにより、勧告等の行
政指導を待たずにボイコット運動や社会的非難を受ける等の事実上の社会的制裁が行
われる可能性があり、障害者雇用促進法により企業に求められる企業努力を超えて、
当該企業の社会的イメージや信用度の低下につながり、事業主の正当な利益を害する
おそれがある。
B 法定雇用率を下回っている企業については、障害者雇用促進法に基づき、必要に
応じて3年間の雇入れ計画を作成、実施し、その実施状況によっては、適正実施の勧
告を受けるといった雇用率達成指導を経ることにより、計画的に雇用率を達成するこ
ととされている。公表については、正当な理由なく勧告に従わず、その結果、達成指
導後も障害者雇用状況が改善しない企業に対して行うこととされている。

四 本件「不開示決定理由」に対する反論

(1)「不開示決定理由」の@とBについて
@ 前記「一 障害者雇用率未達成の現状をどう見るか」の(2)で述べたように、
「厚生労働省は毎年1回、法定雇用率を守る義務のある6万余の民間企業から、障害
者実雇用率の報告を求めて集計していますが、調査を開始した1977年から今日まで、
調査対象企業の平均した雇用率が法定雇用率に達した年は一度もありません。ここ数
年は1.4%〜1.5%台に張り付いている状態です」という現実をもっと直視しなけれ
ばなりません。なぜ25年にもわたって、実雇用率の平均が法定雇用率に一度も達した
ことがないのか、その原因は何か。
  結論的に言えば、障害者雇用の制度上の運用、とりわけ「行政指導の在り方」に
構造的な問題があると言わざるを得ません。
A 「不開示決定理由」のBでは「必要に応じて3年間の雇入れ計画を作成、実施
し、その実施状況によっては適正実施の勧告を受けるといった雇用率達成指導を経る
ことにより、計画的に雇用率を達成することとされている」としていますが、「必要
に応じて」とは、どのような具体的基準に基づいて、当該企業に対して「3年間の雇
入れ計画を作成、実施」することを指示しているのか、まったく明らかにされていま
せん。
B たとえば、法定雇用率(現行1.8%)の2分の1以下(0.9%)の実雇用率にとど
まっている企業だけに限定して、「3年間の雇入れ計画を作成、実施」を指示したと
しても、それを繰り返すだけでは、実雇用率の平均が法定雇用率に届かないことは、
言うまでもありません。 
つまり、1.5%前後の実雇用率の平均値にとどまっている企業に対しては、現状の
「行政指導」がどのように行われ、適切な効果を生み出しているのかが最も重要なポ
イントであると考えるべきです。現状は、1.5%前後の実雇用率の平均値にとどまっ
ている企業にとっては、行政指導の対象からはずれることが多く、法定雇用率の未達
成部分は「雇用納付金を納めていればいい」という安直な抜け道が用意されているの
が実態です。
こうした実態を放置しているとすれば、明らかに「行政指導」上の怠慢であり、「障
害者雇用促進法においては、・・・適正な雇用を実現するには事業主の理解と協力が不
可欠である」(「不開示決定理由」の@)といくら述べても、それはお題目にしかな
らず、問題をすり替えているというべきです。
原告が「未達成企業一覧」だけでなく「障害者雇入れ計画の実施状況報告書」の情報
開示を求めている主な理由は、この点にあります。
C また、「雇入れ計画の作成と実施」によって、当該企業が、本当に着実に障害者
雇用状況の改善を行っているかどうかについては、当該企業が採用する障害者の個別
事情に応じて適切かつ必要な配慮をして受け入れていこうとする姿勢をはっきりもっ
ているかどうか等も欠かすことができない評価点であり、今日においては、障害者団
体の代表者または推薦者を含む「第三者評価」の仕組みをつくっていく段階にきてい
ると考えます。
  そうした意味からも、「未達成企業一覧」及び「障害者雇入れ計画の実施状況報
告書」の開示が必要です。

(2)「不開示決定理由」のAについて

@ 法定雇用率を満たしていない企業名が公表されると、「障害者雇用率を満たして
いないという事実のみにより、勧告等の行政指導を待たずにボイコット運動や社会的
非難を受ける等事実上の社会的制裁が行われる可能性があり、障害者雇用促進法によ
り企業に求められる企業努力を超えて当該企業の社会的イメージや信用度の低下につ
ながり、事業主の正当な利益を害するおそれがある」としていますが、被告は、何を
恐れているのでしょうか。
  長期にわたって法定雇用率を達成せず、「雇用納付金」を納めることで、実質的
に障害者の働く権利に対して企業の社会的責任を果たすことに背を向けている企業
が、「反論」の(1)で述べたように、その当該企業の「姿勢」の度合いに応じて、一
定の相応しい社会的ペナルティーを受けることは当然です。
A  例えば、「日本航空の株主訴訟」においては企業名が公表されましたが、この
場合「当該企業の社会的イメージや信用度の低下につながり、事業主の正当な利益を
害する」ことが何か具体的にあったのでしょうか。むしろ「和解」によって、当該企
業が反省すべきは反省し、その結果、当該企業が積極的に法定雇用率達成に向けた取
り組みを具体的に示した(「参考資料」参照)ことによって、当該企業の真剣な姿勢
が社会にも理解され、当該企業の社会的イメージや信用度がかえって高まることにつ
ながる可能性も充分に期待できると考えるべきです。一体、被告は、働きたくても働
く権利を奪われている障害者の利害と、意図的に「雇用納付金」を納めることで障害
者を雇わずに済ませようとしている悪質な企業のどちらの側にたっているのでしょう
か。
B  少なくとも一定期間(例えば3年以上)区切って、法定雇用率を達成しない企
業に対しては、その実雇用率にかかわらず、期限付きの勧告を行い、それでも期限内
に効果がなければ、速やかに企業名の公表を行うべきです。 
なお、以下に障害者雇用に関する国際的な水準についての重要な情報を示しておきま
す。
 同じ「先進国」でありながら、日本の現状は非常に立ち遅れていることが一目瞭然
となっています。
改めて、障害者雇用の制度上の運用に関する抜本的な見直しが早急に求められている
ことを強調しておきます。

◆各国の法定雇用率
・ドイツ
 法定雇用率 6%(16人以上の事務所)
 実雇用率  4.2%
  (民間企業) 3.8%、(公的機関) 5.5% 
・フランス
 法定雇用率 6%(20人以上の事業所)
 実雇用率  4.0%
・オランダ
 法定雇用率 民間企業業種別に3〜7%に設定


(参考資料)


1、 日本航空は原告らに対し、障害者雇用促進法の、すべて事業主は障害者の雇用
に関し、社会連帯の理念に基づき雇用の場を与える共同の責務を有するとの精神並び
にそれに基づく同法の定めに従って、2010年度末を目標に障害者雇用促進法に定
められた法定雇用率を達成するよう努力するとともに、前記目標達成の為に2003
年度末までに現在の全国平均の障害者雇用率を達成することを確認する。

2、 日本航空は原告らに対し、障害者を雇用する為、今後とも、職場環境の改善及
び障害者の就労を支援するための補助機器の導入を含む支援体制を推進することを確
認する。

3、 日本航空は原告らに対し、法定雇用率達成に至るまでの間、その年度の雇用率
状況を日本航空のホームページで一般に公開する。

4、 原告らは被告らに対する請求を放棄する。

5、 原告らと被告ら及び日本航空は、本件に関し、本和解条項に定める外何ら債権
債務が存しないことを相互に確認する。

以上

REV: 20160125
障害者と労働  ◇「「法定雇用率未達成企業の情報公開法に基づく開示請求」裁判へのご支援のお願い」  ◇全文掲載
TOP HOME (http://www.arsvi.com)