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視覚障害者がバリアフリーの視点から見てきた電子投票

東京大学先端科学技術研究センター バリアフリー・プロジェクト
特任助手 村田拓司
『点字ジャーナル』(第387号)(東京へレンケラー協会) pp.8-11(点字) 2002年7月


 6月23日、岡山県新見市で日本初の電子投票による市長・市議選が実施された。自身が視覚障害者(以下、視障者)(全盲)でもあり、かねてより障害者の参政権保障の見地から電子投票に注目してきた私はこの日、現場の空気を体感すべく新見の地を踏んだ。

 既に報道されているとおり、私が投票所出口で話を聞いたほとんどの人も、今回の電子投票は「しやすい、簡単だ」という感想だった。意外だったのは、電子機器が苦手と思われがちな高齢者層からも、いちいち名を書かなければならなかった従来の投票のわずらわしさよりも、タッチペンで触れるだけですむ今度の電子投票のほうが、むしろ投票しやすかったという声が聞かれたことである。
 年をとってから失明し、点字も習得できなかったという人からうかがった話では、これまで事前に何度も墨字で候補者名を書く練習をして投票に臨んだが、誤記や判読不能で無効にならないかと不安だったという。今回は、模擬投票を4度も経験しているせいもあり、意中の候補者名を音声で確認しながら確実に投票できたので安心したとのことだった。
 この意味で、バリアフリーの面でも、今回の電子投票はひとまず成功といえよう。

 あまり報道されていないが、今度の新見の成功は、実は採用した投票機が高齢者、障害者に配慮されたバリアフリー機だったことに拠るところが大きい。今回の投票機を開発した電子投票普及協業組合が、開発段階からバリアフリーという開発意図を明確に打ち出したことは重要である。もっとも、視覚障害者対応は、私が初めて評価会に参加した一昨年4月当時、甚だお粗末だった。しかし、視障者による改善への地道な働きかけと、何度も開いた評価会での問題指摘に真摯に耳を傾け、改良を重ねた開発者側の姿勢とがあいまって、いわば利用者重視の開発がなされ、その投票機が実用化されたことが、今回の成功につながったといえる。そして、電子投票を導入した新見市側に、バリアフリー対応機を採用する姿勢があったこと(新聞に、市長がお年寄りにも使えると思ったとあった)も高く評価したい。

 次に指摘したいのは、事前の広報と準備の重要性である。新見市では模擬投票を何度も行って市民への浸透を図るなど事前準備を怠らなかったことが、高齢者を含む多くの市民が機械に慣れ、苦手意識を払拭させて、本番の円滑な投票に繋がったことの意義は大きい。
 残念なのは、市の広報では視障者のためのキー操作端末や音声案内に触れていなかったらしいことである。そのため、市の説明会で視障者の家族が質問してバリアフリー機であることが判るまで、視障者らにそのことが知られていなかったようである。実際、報道でも、タッチパネル式や開票の効率化のみが強調され、バリアフリーに関する報道はほとんど皆無で、そのために今回電子投票を諦めた視障者がいた可能性もある。

 新見の成功を機に他の自治体や国政選挙への今後の電子投票導入が語られているが、解決すべき課題は多い。
 まず注意すべきは、実質を伴わない、見せかけだけのバリアフリー対応機の美名に惑わされてはならないことである。というのも、私は、ある展示会で、今回新見で採用された電子投票機とともに他の有名企業のバリアフリー対応機と称するものもいくつか見たが、それらはおよそ看板に偽りありの代物だったからである。新見で採用されたものは、その場で音声・キー操作も即座に体験でき、開発側のバリアフリーに対する積極的姿勢が見て取れたが、他の有名企業のものは、いずれも音声ソフトが入っておらず、そこからして企業のバリアフリーに対する姿勢が予想できた。そして、音声案内なしでよいからと体験してみたある企業のものは、見えない人にキーでなくタッチパネルを操作させ、しかも、実現もしていない番号投票を前提とした画面上の番号に触れさせるものだったのである。
 電子投票の導入を予定する自治体が、単に大企業名に惑わされてこのような機械を採用することになれば、新見のような成功はないばかりか、住民、特に障害有権者の選挙権行使を害する懸念すら覚える。それを防止し、電子投票のバリアフリーを確実なものとするには、住民・障害者の自治体への積極的働きかけが肝要である。さらに、現行法上、投票機の具備条件に明記されていないバリアフリー対応を明文化することを、国や各政党に働きかけていかなければならないだろう。
 今度の電子投票でも、次のような声が聞かれたことも付記しておく。すなわち、これまでなら候補者名を書いて投票箱に入れに行ったのに比べ、電子投票では、選択した候補者で確定してよいかどうかの確認はあるものの、ボタン一押しで確定するため、誤操作すると取り返しがつかないことになる不安もあるとのことだった。それから、弱視者の中には、画面が見えにくいため、音声表示のほうを選んだ人もあるようである。また、点字使用者の中には、電子投票はしたものの、今回22人が立候補した市議選のように候補者が多いと、意中の候補者名が聞こえるまで何度も選択キーを押さなければならず、わずらわしいという声もあった。将来、多数の立候補が予想される大都市の市議選や、参院比例代表選のような多数の政党と候補者のある場合などに、いかに公平で効率的な画面・音声表示を実現するかが、重要課題になるだろう。
 このほか、特例法案審議で投票機の表示事項から顔写真が削除されたと聞くが、文字使用が不得手な知的障害者等への情報保障の見地から再考すべきである。画面・音声表示が使えない盲ろう者への配慮も忘れてはならない。
 このように、電子投票のバリアフリーには、まだまだ課題が山積しているのである。

 ともあれ、日本初の電子投票が、バリアフリーへの応用という開発意図を明確に掲げて進められた新技術開発の成功例であり、これまでの後追い的障壁撤廃という弊風を打破する快挙でもあったことを、最後に強調しておきたい。


UP: 20060909
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