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「バルセロナ会議から」

林 達雄 2002/07/11

last update:2010408


 カナダのG8サミットから今、バルセロナに来ています。。
 エイズ会議は、1万5千人の参加者にとって、まるで同窓会のようだ。私個人に限ってみても、この2年間アフリカで知り合ったある女性はグローバル基金の理事になっているし、ある男性はこの会議のNGOの総責任者として、共に開会式の巨大なスクリーンに顔が映し出される。コミュニティ部門の世話役、ブラジルからの報告者など・・・さらには、18年前、タイの大学や難民キャンプで知り合った人間までも、今ではエイズワクチンの研究者となって参加している。
 バルセロナ会議の特徴は『政治』問題をその主催者たちが明確に受け入れたことにある。2年前、ダーバン会議を外側から取り囲み、『薬をよこせ』とデモ行進を組織していた運動家たちが今回は会場の内側にいる。主催者、国連の代表、緑の党の党首、パルセロナ市長など開会の挨拶を行った人間たちが口々に、ジェネリック薬を使った治療の重要性を説き、エイズへの挑戦は人権への挑戦であることを訴えた。この2年間、エイズの治療薬と、その普及を阻んできた国際特許をめぐる国際世論は大きく変わった。予防と治療の両立はもはや常識となり、誰もが治療を受けられる権利を有する時代(少なくとも、そんな言葉が公式の場で宣言される時代)となった。2年前にブラジルだけが訴えていた、薬の製法の『技術移転』、法律を駆使した対抗手段の普及が語られるようになり、WHOのドーハ宣言を政治的カードとして活用しようという声が公然となった。かつては、米国の一人舞台の感のあったエイズ会議のイニシアティブも変化した。かつて野党勢力でしかなかったブラジルを中心とするラテンアメリカ、タイ、南アフリカが目立つようになった。
 一方、世界のエイズの現実は、一部の例外を除けば、悪化の道をたどっている。UNAIDSの代表はエイズは今なおその流行の初期段階にあると述べた。南アの感染率は40%を超えても沈静化の兆しが見られないし、西アフリカは大丈夫という幻想は破られた。そして、次の20年は人口の最も多い、アジアでの流行が本格化するだろう。コミュニティの会議の司会者は、感染者たちに楽しんでもらう企画を用意しながらも、思わず涙した。先人たちの経験は必ずしも受け継がれるものではなく、2年前よりもさらに多くの人々が日々、死んで行く。20年たってなお、エイズを取り巻く現実は好転していないのである。
世論は一時的に盛り上っても、すぐに忘れ去る。運動は具体的目標に向けて、多くの団体が力を合わせるが、一定の成果をあげると停滞し、分裂する。バルセロナでのデモ行進は2年前のダーバン会議の10分の1にも満たないささやかなものであった。国境なき医師団、ヘルスギャップ、OXFAMなどの主要NGOは独自の会議は持っても、デモには参加しない。
その一方でこれまで、なりを潜めていたWHOは、300万人を対象にした総括的な治療計画案を提示した。その会場では、アクト・アップや国境なき医師団のような運動家も壇上に並んだ。政治運動が一定の成果を収めると、今度は国際官僚、実務家たちの台頭である。
『治療』へのプラン(少なくともたたき台)は提示された。それは歴史的な出来事である。同時にそれは、限界の確認でもある。資金とインフラという限界がはっきりした。グローバル基金は設置され、期待が集中している。これは、従来のものより、現場の声の届きやすい枠組みではある。しかし、集まったお金は必要とされる額の10分の1に満たない。始めから破産状態という声すらある。先進国は自国の意向のとおりやすい2国間援助に傾斜したままである。会議の主催者たちは、世界中の政府と市民による全面的な政治コミットメントを求めた。
 しかし、G8に象徴される国際政治の主要議題は2年周期で変化する。2000年に重要議題となった『感染症・エイズ』は9.11以降、テロ対策と安全保障に押されがちである。カナダサミットではアフリカの首脳たちが押しかけ、彼らのイニシアチブによるアフリカ再建プラン(NEPAD)が売り込まれた。そして、この案には、エイズは十分に盛り込まれていない。少なくとも治療は視野にはいっていない、あるいは草の根の声を反映していないと批判を受けている。
 今回の会議のテーマは、知識から行動へ。知識や情報はすでに出そろった。後はいかに行動するかである。それも、少ない資金をめぐって、競争するのではなく、協力することである。予防・ケア・治療、ワクチンの開発と治療へのアクセス、結核対策とエイズ対策など縦割りを廃して統合することである。協力・統合への提案が随所で見られた。
また、感染者を対象とするのではなく、対策全般のリソース(担い手)として活用することが、UNAIDSの事務局長から提案された。考えてみれば、関係者の誰もが感じていたことが、再確認された訳である。
 次の20年に向けてのイメージが、おぼろげながら見えてきた。幻想と現実の区別がつきつつある。現実を直視し、限界を知る中で、世界の関係者の間での協力と、少ない資源の活用を知った。多くの人が声を合わされは、政治の壁はのりこえることができることも知った。個人の行動を変えることから、生活全般・社会の行動を変えること、そして政治・世界の行動を変えるところまでイメージは広がりつつある。
 アフリカからの参加者は、圧倒的な現実の厳しさとともに、生きることの楽しさ、逞しさを教えてくれた。問題は感染者にとどまらず、その周囲に圧倒的な数の被害者が生ずることも学ばせてくれた。。彼らのおかげで次世代・子供を強く意識するようになった。ラテンアメリカからの参加者は『政治』を活用することを教えてくれた。関係者、賛同者の数の結集が歴史と制度を塗り替えてゆくこと。エイズ先にありきではなく、広範な社会運動の中にエイズを組み込んで行くことの大切さも知ることができた。
 おそらく次の課題は『次世代』と向き合うことだろう。バルセロナの中でも、『次世代』を表題にしたセッションに人が集まった。UNAIDSも若者が成功の鍵だと述べた。エイズは同時代の世界の問題なだけではなく、世代を超えた問題、次世代に感染と広範な被害(孤児→ストリートチルドレン→感染)をもたらす稀にみる感染症だからである。
私たち日本の関係者にとっても、行動と協力が今、問われている。
 エイズをなんとかしたいと思う者にとって、来年の神戸会議、再来年のバンコク会議がチャンスであるし、アフリカを愛する者にとって、今年のジョハネスブルグ(リオ10)から来年の秋、東京で行われるアフリカ開発会議が機会である。
 それは、これまでエイズやアフリカに触れたことのない人間にとっても、そのやりがいと喜びを知る絶好の機会だ。
 少なくとも、この時代の現実と、自分自身を再確認するきっかけになる。

 それではまた。

林 達雄


*本文はアフリカ日本協議会事務局長斉藤龍一郎氏あてに送信されたメールを転載しています。
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UP:20100408 REV:
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