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福祉コミュニティ形成における文化概念の役割

福祉文化概念に関する再考察

臼井 正樹 200205


1 はじめに
 「福祉コミュニティ」の形成は、一般的に地域福祉の実践にあたり最終目標として理解されている。ところが、「福祉コミュニティ」について厳密に議論しようとするならば、コミュニティ概念についての社会学的アプローチを前提に組み立てていくことが求められるのだが、現在までのところ、必ずしも十分な議論がなされているとはいえない状況にあるのではないだろうか。(註1)
 一方で、「福祉文化」の概念が提示されて20年を超える期間が経過したが、「文化の福祉化」と「福祉の文化化」を総称した概念であるとする一番ヶ瀬康子の当初の定義から、さほど議論が掘り下げられていないのではないかと考えられる。
 この「福祉コミュニティ」と「福祉文化」の二つの概念は、社会福祉基礎構造改革における「地域福祉の推進」において交わっていると考えられる。本論文では、既存の言説を整理しつつ「福祉文化」について再整理を試みたうえで「福祉コミュニティ」の形成との関係性について論じる。
 2で「福祉文化」に関する既存の言説を整理し、3で「福祉文化」に関し新たな概念の導入を試みる。4で「福祉コミュニティ」の形成過程に関する二つのモデルを論じ、5で「福祉文化」概念について再定義を行ったうえで、「福祉コミュニティ」の形成過程における「福祉文化」概念の役割について考える。

2 「福祉文化」概念へのアプローチ
 まず、「福祉文化」あるいは、それに近い概念に関し、幾つかの言説を整理する。
 社会福祉構造改革の中間報告は、改革の理念に関する記述の最後の部分で、「社会福祉に対する住民の積極的かつ主体的な参加を通じて、福祉に対する関心と理解を深めることにより、自助、共助、公助があいまって、地域に根ざしたそれぞれに個性ある福祉の文化を創造する。」(4)としている。ここで言われているのは、地域に根ざした福祉に関する文化の創造ということであり、「福祉に関する文化」の具体的な内容については触れていない。
 厚生労働省社会・援護局長の諮問機関による「社会的な援護を要する人々に対する社会福祉のあり方に関する検討会」報告書では、福祉文化について次のように述べている。
 「社会福祉が人々の生活にかかわるものであることから、人々の生活の拠点である地域社会において、いわゆる「官」と「民」が共働してその推進を図る必要があり、新しい「公」の創造を提言した所以でもある。また、社会福祉が人々の生活にかかわるうえで、その人の尊厳を守り、生き方を尊重することが必要であることはいうまでもない。…このようなことに立脚した福祉文化が創造され、わが国の中に定着していくことが必要であろう。」(5)ここでも、何が福祉文化なのかは、規定されていない。あくまで、新しい公の創造と人の尊厳と生き方の尊重に立脚した「福祉文化」が必要であるとしているだけである。
 また、「福祉文化」概念の提唱者として知られる一番ヶ瀬康子は、次のように述べている。
 「福祉の質を高めるための“福祉の文化化”と、ノーマライゼーションの理念を媒介とし、さらに高齢社会の到来にともなう生涯学習への需要を契機として、“文化の福祉化”とが注目されていった。そして、それらが統合化された概念として、“福祉文化”という言葉に実っていったのである。……いずれにしても真の福祉、真の文化というものをめざしたとき、“福祉文化”という造語は、“福祉”“文化”それぞれのあり方を問い、人間としての本質にせまる表現となる。また、その本質にせまる道筋のなかで、“福祉”“文化”それぞれの向上をめざすにあたっての総合的な概念にもなる。」(一番ヶ瀬康子[1997:6-8])
 この言説は、極めて曖昧な表現で構成されており、特に後段は、「福祉文」概念を用いて福祉、文化の二つの概念を論じたうえで、福祉、文化の二つの概念の総合化として「福祉文化」を規定しており、ロジックそのものが矛盾をはらんでいるといえよう。ここで明らかなのは、一番ヶ瀬は、「福祉文化」という概念を用いて「福祉の文化化」と「文化の福祉化」ということをいっているということである。
 例えば、「ことに福祉文化という場合は、インフォーマルな福祉を基点に社会福祉にも具現化した文化的生活要求の充足をはじめ、広く他の生活要求充足努力における文化性も含んでとらえる概念である。それは、福祉そのものの質を高めるために用いられてきた努力ともいえよう。その究極的な在り方は、自己実現である。」(一番ヶ瀬康子編[1997:2])
という一番ヶ瀬の言説は、「福祉の文化化」を中心としたものである。
 また、「文化の福祉化」については、「文化が一部の特権をもった人々に限定されず、拡がりを持っていくためには、当然、日常の生活要求の充足努力である福祉、さらに社会福祉実践との統合が必然的なものとなってくる。」と述べ、福祉文化について「自己実現をめざしての普遍化された“福祉”の質(QOL)を問う中で、文化的な在り方を実現する過程及びその成果であり、民衆のなかから生み出された文化」(一番ヶ瀬康子編[1997:3-4])であると概念化を試みている。
 文化という概念には様々な意味合いがあるが、一番ヶ瀬のいう「福祉の文化化」と「文化の福祉化」では、文化の意味に違いがあるようである。
 福祉文化についての萩原清子の言説は、一番ヶ瀬の言説よりも精度が高い。萩原は、文化について、「文化とは『社会を構成する人々によって習得され、共有され、さらには伝達される行動様式、生活様式』、あるいは『活動の総体』、『社会の価値や習慣を意味する』であろう。」(萩原清子[1999:5])としたうえで、「社会的欲求や文化的欲求の充足こそこれからの福祉に求められる課題であり、福祉の文化的欲求だということである。」「福祉文化とは、音楽や絵画、スポーツ、レクリエーション、芸術といった様々な文化領域の活動に福祉利用者がどのように係わるか、あるいは係われないかを主要なテーマにすることではなく、」(萩原清子[1999:11])とし、一番ヶ瀬が曖昧にしていたことを整理している。
 日本福祉文化学会の学会誌である『福祉文化研究』におけるこれまでの一般的な論文や、このほかの福祉文化論の言説は、主に福祉的な視点で様々な文化領域について論じているものであるといえよう。
 既存の福祉文化概念へのアプローチを踏まえ、次に、文化概念について整理したうえで福祉文化についてどのようなことが言えるのかを考えることとする。

3 障害者文化あるいは障害文化が明らかにしたこと
 「障害者文化論」(臼井正樹[2001])は、「文化」概念について、文化人類学のこれまでの成果を引用し、@知的、精神的、美的発展の一般的過程を表す独立した抽象概念、Aある国民や時代や集団の特定の生活様式、B音楽、文学、絵画、彫刻、演劇、映画等のこと、の3通りがあり、現在はBの用い方が一般的な用法となっていること、さらに、文化概念について、C集団ごとの差異のラベルや個々の社会集団ごとの暗黙に習慣化した規則の集積、という意味で語られることが多いことを述べた上で、Cの文化概念のうえに「障害者文化」の概念を考えることで、どのようなことが析出されるかを論じたものである。
 前節で引用した一番ヶ瀬の「福祉文化」に関する言説は、「福祉の文化化」について述べる際には、主にAの概念のもとで文化を論じているのだが、「文化の福祉化」を述べるときには、Bを基礎としつつ@の概念が用いられている。また、萩原の言説では、Bの文化概念ではないと断ったうえで、AあるいはCの文化概念のうえに、福祉文化を論じている。
 ここで@からCまでの文化概念と福祉あるいは福祉文化との関係について、もう少し丁寧に整理しておく。
 まず、@だが、これは通時的概念(註2)としての文化であり、時間経過の中で、知的価値、精神的価値、美的価値の変容を表す概念として整理されるものである。この場合、福祉との関係性で考えておくべきことは、文化概念の中に、福祉的発展の一般的過程を表す意味合いが包含されていると考えることの是非及びその意味合いであろう。
 この問いは、知的、精神的、美的それぞれの時間的価値変容のうちに、福祉的な価値変容と共通する部分があるかどうかということとほぼ同じでもある。そして、少なくとも、ノーマライゼイションやインテグレーションといった福祉的価値は、精神的価値に含まれるものであり、精神的価値は福祉的価値を包含していることは明らかである。しかしながら、時間経過の中での価値変容という意味合いにおいて、福祉的価値と精神的価値の関係を考えるとき、そこに特段の意味はないと考えてよさそうである。福祉的価値と精神的価値の関係性は、共時的な視点で論じるほうが妥当であろう。
 一方、A〜Cは共時的概念としての文化についてである。
 まず、Aの生活様式としての文化概念だが、例えば、江戸時代の江戸庶民の長屋における生活様式、あるいは平安時代の貴族階級における生活様式など、ある時代の人々の生活様式は、当然のこととしてその時代の人々における福祉の在り方を規定する。
 例えば、食文化は、当然のこととして、給食サービスやホームヘルプの内容を規定する。現在の日本であれば、煮物、焼き物なども含めて、一般的な家庭が食事にかける手間が、福祉的にも要求される。これが韓国であれば、キムチの漬け方を知らないと家事援助のホームヘルプはできないということになるかもしれない。また日本では、入浴サービスが福祉サービスとして成立するが、シャワー浴が中心の国では、ホームヘルプの一環としてシャワー浴の介助が行われる。そして、高齢になっても、障害があっても個人が望む生活様式を継続できるようにすることは、福祉に与えられた役割の中に含まれている。
 次に、Bの音楽、文学、絵画、彫刻、演劇、映画等の文化の場面では、直接的には、梅原健次郎が整理しているように、障害のある者等に対する「文化へのアクセス権の保障」(梅原健次郎[1997:234])といったことが課題となる。そしてこの問題は、コンサートホール、劇場、映画館等のバリアフリー化やガイドヘルプの充実、あるいは、文字を書いたり、絵を描いたりする際の身体的機能への援助・アシストとしての福祉機器の開発・普及などに還元される。ここでは、単に生きていくうえで必要な排泄等の介助、介護が問われているのではなく、音楽、文学などの活動を自己実現の視点で捕らえ、自己実現の基点である自己決定のプロセスに沿った積極的な支援が問題にされているのである。
 障害者文化あるいは障害文化に関する言説は、これまでの一般的な文化概念から離れ、集団ごとの差異のラベル、あるいは個々の社会集団ごとの暗黙に習慣化した規則の集積としての文化概念が、ノーマライゼイションの実践において果たす役割を示すとともに、障害者の「文化」は、集団と集団、または集団と個人の関係性のうえに成立する概念であることを明らかにしている。(註3)
 福祉は、一義的に個人と集団の関係性として成立する共時的な概念である。そして、障害者文化の概念の外延で考えるならば、福祉文化も、個々の社会集団における福祉的な規則の集積として考えることが可能となる。

4 地域福祉に関する二つのモデル
 ここで、地域福祉の形成に関する基本的なモデルについて、確認しておくこととする。
(1) 地域福祉形成に関する基本モデル
まず、阿部志郎が全国社会福祉協議会民生部長である島村糸子との対談で述べている
地域福祉の形成モデルを整理する。
「ソーシャル・インクルージョンという考えによって違いを受け入れること。そして
それを、もう一歩先に進めて、違いを喜ぶ心を育てていくことが重要になると思います。………アカルチュレーションという言葉があります。文化変容と訳され、複数の文化が接触して起こる変化の過程を意味するといわれていますが、私なりに解釈しますと、インクルージョンの先にあるのが、アカルチュレーションではないかと思うのです。文化と文化が触れ合うと、まず、摩擦や反発が起こります。そして次の段階で同化が起こり、どちらかがもう一方を吸収してしまう。……しっかりと交流をして、お互いに学び合い、相互の文化を変えていく。そして、それを育てて新たな文化を創造する。」(阿部志郎、島村糸子〔2001:75〕)
阿部は、対談の最後で島村がまとめているように、明らかに社会福祉基礎構造改革にお
ける「福祉文化の創造」を意識してこの発言をしている。ソーシャル・インクルージョンにより、様々な差異を地域社会として受け止めることによって、多様な文化が地域で接触する、この接触によって文化変容が起き、新たな文化、福祉文化が創造されるとしているのである。
 また、全国社会福祉協議会の和田敏明は、社会保障審議会福祉部会において「地域福祉を考える場合、福祉文化というものが決定的に大きな役割を果たすと思う。福祉文化を創造する上では、一人ひとりの住民、市民の役割が変わっていくことにより、大きなことができるのではないかと思っているが、その場合、……やはり実践にできるだけ参加し、それを通じて文化をつくるということが大事ではないか……」(和田敏明〔2001〕)と発言している。
 この福祉文化に関する予定調和的な言説を詳しく論じるためには、次のような点について考える必要があろう。まず、第一に、違いを受け入れる社会とはどのようなものを考えればよいのか、第二に、具体的な文化接触においては、例えば、外国籍住民と地域住民の日常のあいさつを通した交わり、外国籍住民のごみの出し方とそれに対する地域住民の反感といった、具体的な関わりが問題になるのであって、文化全体が接触するわけではなく、そうした中で文化変容によって創造される新たな文化は、地域社会、コミュニティとのかかわりにおいてどのような意味合いを持つのか、第三に、うまく新たな文化レベルに止揚されたとして、それが阿部の目指す福祉文化となると考えてよいのかどうか、といったことが問われるのであろう。
 第一の問いに対する答えは、直接的なものではない。異なる文化、異なる価値観に出会ったとき、個人のレベルで様々な感想を持つことは当然であるが、多くの人が不快な感想を抱いたとしても、社会集団として排除を行わないということである。裏返していうならば、コミュニティは地域社会の構成員に対して開かれており、個々の人々がそのコミュニティに参加するかどうかは、あくまで個人の側の問題ということになる。
 第二については、確かに文化的な接触は個々の具体的な場面で起きるものであるのだが、そこで起きる変容が特定の事象に限られるのか、あるいは、特定の事象からスタートして一定の大きさを持った文化変容のレベルに至るのかは、結果であってあらかじめ想定されるものではない。文化的な接触の結果としての文化変容がどのような意味を持つのかは、その地域社会の中で評価されるものであり、あらかじめ評価の尺度が用意されているものではない。
 したがって、新たな文化に止揚されたものが、福祉文化として地域社会において期待される役割を果たすかどうかは、あくまでも結果であって、福祉文化を創造することを目的としてソーシャル・インクルージョンを政策的に選択することは、適当ではないことがわかる。

(2) 共時的モデル(矛盾・葛藤モデル)
 一方、谷口政隆は、(谷口政隆編〔2000〕)や(谷口政隆〔2001〕)において、矛盾・葛藤解決モデルを提示している。
 「社会福祉協議会は小さな地域から全市までを視野におき、全市民の合意を形成しつつ社会福祉の推進を図っていく努力を続けていると考える。……ここで採られる手法は、地域で互いに助け合い、支え合う『互酬性』を主眼にした『全員一致・合意形成』のモデルによるといってよいであろう。これに対して、……ここでの手法は、当事者を中心とした自己主張の強化、いわばエンパワーメントのモデルであり、……『矛盾・葛藤解決』モデルと言えるかもしれない。つまり社会福祉の推進について全市民の合意形成を進め、意識を高めていこうとする社会福祉協議会の活動と、当事者の自己主張の強化によって社会の状況を変革していこうとする活動には、方法の差異があり、この差異をおのおの保持しかつ共存させることが今後の障害者福祉の推進と市民の参加の要件として非常に重要なことだと考えられる。」
 この谷口の言説は、地域社会においてソーシャル・インクルージョンとして様々な文化的差異を包括化することについては、予定調和を想定した基本モデルと同じだが、その後は、新たな文化を創造することよりは、矛盾、葛藤を差異として地域の中で最後まで保持し共有することのほうに重点を置いている。そういう意味から、文化変容という時間経過を内包した通時的な概念としての基本モデルに対し、地域福祉形成に関する「共時的モデル」と呼ぶことができよう。
 この「共時的モデル(矛盾・葛藤解決モデル)」では、例えば重度の障害者に対する福祉の水準、高齢者に対する介護のあり方における家族の役割など、地域の中では対立する考え方があるほうが普通であり、その対立の上に妥協点を見出すことが重要であると考える。この際、妥協点を探る役割を期待されているのが、市町村や市町村社会福祉協議会なのではないだろうか。 
 様々な意見をもった人々によって構成される社会があり、その社会が構成員との関係で何かをしなければならないとき、対立する二つ以上の考え方がある場合が想定できる。(これは、福祉に限らず、例えば公共事業としてのダム建設、道路整備など、極めてありふれた場合である。)こうしたそれぞれの考え方を、そのまま認める社会のあり方が、谷口のいう「共時モデル(矛盾・葛藤解決モデル)」ということであろう。
 この二つのモデルを比較したとき、コミュニティにおける差異の承認のほうにウエイトを置いて、ソーシャル・インクルージョンを論じた場合が共時的モデルであり、コミュニティ形成のほうにウエイトを置いたのが基本モデルとういことで理解できる。そしてまた、ソーシャル・インクルージョンを通時的に捉えたのが基本モデルであり、この通時的モデルを共時的な視点で補完したのが共時的モデルであると整理することもできる。

5 「福祉文化」と「福祉コミュニティ」に関する新たな定義
 (1) 「福祉文化」に関する新たな定義
 ソーシャル・インクルージョンという概念において、インクルージョン(包括化)する対象は、様々な文化、又はその文化的差異であることが明らかになったが、そこでの文化を共有する集団とは、どのような集団であると考えればよいのだろうか。
 少なくとも、ここで問題にしているのは、福祉コミュニティ形成過程におけるソーシャル・インクルージョンであることから、この問題を考える際の文化の範疇も福祉に限定して考えることが適当である。そして、この場合に、インクルージョンの対象としての福祉に関する文化を基礎に成り立つ集団は、それ自体、福祉コミュニティとして成立しているものであるのか、あるいは又、福祉コミュニティのうちのある特定の部分をさすものなのだろうか。(註4)
 この問いについて考えるにあたっての起点は、基本モデルの中にあると思われる。基本モデルによれば、様々な福祉に関する文化が、アカルチャレーション(文化変容)を経て福祉コミュニティを成立させる福祉文化に移行する。したがって、インクルージョンの対象そのものは、福祉コミュニティに至る前段階の集団における福祉的な文化であると考えるのが適当ということになる。つまり、ソーシャル・インクルージョンの段階では、地域社会に福祉コミュニティではない複数の「集団」が存在し、それぞれが「福祉的な文化を共有」している状態を想定しているのである。複数ある小さな福祉コミュニティを、それぞれのコミュニティにおける福祉的な文化をインクルージョンすることにより、文化変容をとおしてより大きな福祉コミュニティに移行させようとするものではない。
 ここまできて、次のように考えることが適当であることが明らかになった。
 ここで論じている「集団」という概念については、社会学的に見た場合、コミュニティ(地縁的共同体)というよりは、むしろアソシエーション(機能的共同体)とするほうが理解しやすい。そして、「福祉的な文化を共有する集団」、「福祉文化を共有する集団」をアソシエーションと理解することによって、福祉文化について、次のように整理することが可能になる。
 地域には、福祉的価値を共有する集団、福祉的な価値観をもつアソシエーションが様々に存在する。地域に存在するそれぞれのアソシエーションを形成している福祉的な共通の価値として、福祉文化を定義することができる。(註5)

(2) 「福祉コミュニティ」に関する新たな定義
 地域福祉、あるいは福祉コミュニティについては、これまでに様々な定義がなされてきているが、ここでは、その一つひとつについて、詳細に論じることはしない。これまでの地域福祉に関する言説には、地域福祉に関するいわゆる「構造的アプローチ」、「機能的アプローチ」あるいは、地域福祉の構成要件からの考え方などがある。こうした多くの言説は、概ね、福祉が目指す地域社会のあり方、あるいは、福祉のあり方の延長線での地域社会を示すものとして意味を持っている。つまり、これまでの地域福祉、福祉コミュニティに関する言説は、当然のこととしてその時々の状況、問題意識の中で語られてきたものであり、状況や問題意識の有り様によって、言説も変容すると考えるほうが自然である。
 それでは、「福祉文化」をキーワードとして、どのような地域福祉、福祉コミュニティを規定することができるだろうか。
 前節では、「福祉文化」の概念を用いて、地域社会における福祉を共通の価値としたアソシエーションを考えた。したがって、福祉的なアソシエーションと福祉コミュニティの関係について整理することが、この問いに対する解となる。アソシエーション=機能的共同体と、コミュニティ=地縁的共同体の関係を整理する上でのポイントが幾つか考えられる。
 第一に、ある特定の機能を持った集団、機能的共同体は、これを考える際に集団の成立するエリアを問わない。北海道から沖縄まで支社網をもつ会社が数多くあるように、あるいは、日本社会福祉学会の会員が、地域により濃淡はあるものの日本全国にいるように、アソシエーションは、地域に対して閉じていない。一方、コミュニティの概念は、現実的な地域社会における市町村域あるいは自治会域等のエリア設定に引きずられ、地域的に線引きがなされ、閉じているように意識される。
 第二に、30 〜40年前には、地域社会を離れて生活することは難しいことであったが、社会システムが整備されてきたことによって、我々は、幾つかの場合を除き、一般的な共同体=コミュニティに属することなく社会生活を送ることが可能となってきた。社会学的に考えられたコミュニティとアソシエーションの関係が崩れてきており、コミュニティの上にアソシエーションが成立するのではない状況が現れている。
 第三に、共同体としてのコミュニティが成り立たなくなった状況において、高齢者の介護や子育てなど、福祉の問題をコミュニティに還元して考える必要性が改めて生じている。
 こうしたことを前提に、福祉コミュニティを捉え直したとき、次のように考えることができるのではないだろうか。
 「地域には、それぞれの福祉文化に基づき様々な福祉的アソシエーションが存在するが、個々のアソシエーションには、それを成り立たせるエリアがある。このエリアは、アソシエーションを地域に対して投影(プロジェクション)した際の像、写像として意味付けられる。このことから、福祉コミュニティを様々なアソシエーションを地域へ投影した際の写像の重なり合いとして考えることができる。」 
 この定義は、アソシエーションを前提にコミュニティを成立させようとするものであり、これまでの社会学的な意味でのコミュニティとアソシエーションの関係を逆転させている。
 我々は、これまでの血縁、地縁による社会から、職縁による社会、すなわち経済活動を主体としたアソシエーションを中心に社会システムを構築してきた。そして、この社会システムが機能し始めた今日、高齢者や障害者の介護・介助や、子育て、或いは社会的孤立などの福祉的な課題への対応として、改めて社会に対し、新たなコミュニティ、福祉コミュニティという概念が求められている。
 しかしながら、福祉コミュニティを、文化変容の結果としての予定調和による形成概念であるとすることは、福祉コミュニティ形成へのプロセスを重視することであり、結果として最終目標である福祉コミュニティそのものは現実的な目標として適切ではなく、シンボリックな意味合いとして機能することになる。

 (3) 新たな定義に基づく今後の取り組み方向
 マッキーバーは、コミュニティを基盤としてアソシエーションが成立するとした。しかし、地域社会のあり方を考えるに当たって、コミュニティとアソシエーションの関係を逆転させ、福祉コミュニティについて新たな定義を行うことで、次のようなことが明らかになる。
 まず第一に、福祉に関する多様なアソシエーションが地域社会において数多く活動していることが必要であり、このことは、福祉的なボランティア活動、NPO活動をインキュべートすること、中でも「障害者文化論」(臼井正樹[2001])で明らかにしたことからわかるように、当事者の福祉活動をインキュべートすることが重要であることを示している。
 したがって、地域住民の主体的な福祉活動や、障害者の自立生活運動に代表されるセルフヘルプ活動に対する社会的な支援が重要であり、具体的には、社会福祉協議会等の行政レベルとは異なったルートでの支援活動の取り組みが必要となる。
 なお、こうした活動に対する行政レベルでの直接的な支援というのは、活動に対して社会的価値を付与する方向に働き、結果として行政が支援を行った特定の活動に対し社会的価値を付与することになり、ここでの論議の範疇に限定する限り、適当とは言えない。特定の活動に対し、社会的価値を付与する方向での支援のあり方は、寧ろ、その活動内容と地域との関係、地域における行政の役割のあり方から整理されるべきものである。
 第二に、それぞれのアソシエーションが、互いに接触し合うようなしかけ、さらには多様なアソシエーションの活動領域を地域に対し重なり合わせるような装置の存在が、福祉コミュニティの形成に有効に働くことがわかる。
 このことは、端的に言えば、形成しようとするコミュニティごとに、様々な活動の拠点を物理的に同一の場所として用意されることが効果的であることを示している。つまり、福祉的な課題を考え、解決しようとするのに適当なエリアとしての地域がそれぞれ存在し、そのエリアを大きさに応じて重ねあわせるしくみとしての活動のための場を整備することが、福祉コミュニティの形成に有効である。身近な地域、市町村域、保健福祉圏、都道府県域に物理的な意味での活動の場を確保するとともに、そこでの活動内容は、保育、高齢者福祉、障害者福祉といった特定の分野に限定するのではなく、設定した場のもつエリアの意味からみて適当なものはそこで活動できるようになっていることが望ましい。
 そして、こうした取り組み、しかけの整備をとおして、地域においてソーシャル・インクルージョンが実践されるのである。

6 まとめ
 我々の社会は、古い地縁社会としての共同体から開放された生き方、個々人の自由と自己実現を最大限尊重する社会を求めてきた。そして、そのことがある程度実現したことに伴い、新たな共同体としての福祉コミュニティが求められるようになった。
 しかし、この流れをフロムのいう「自由からの逃走」として捉えるべきではない。自己実現という文脈に沿って、様々なアソシエーションへの主体的な関与が可能となってきたことを素直に評価しつつ、その上で高齢者、障害者等の地域での生活を、個人のことして片づけるのではなく、地域社会における福祉のあり方との関わりで考え福祉コミュニティを問い直す作業がもとめられているのであり、このことは、それぞれの地域において不断に行われるべきことである。
 そして、そうであるとするならば、そこには、古くからの共同体を再生するということではない、新たな意味付けが必要となる。この意味付けを行うには、「地域福祉をどのように考えるか、地域福祉をどのように定義するか」というの問いから離れ、「地域福祉の形成に向けて、我々は何ができるか、何をすべきか」を問うことが有効ではないだろうか。
 ティトマスは、40年前に「コミュニティケア−事実か虚構か」(ティトマス[1961])と題する講演を行った。この講演は、コミュニティ・ケアは成立するかという問いではなく、コミュニティ・ケアを成立させるためには、精神保健行政の取り組みの強化が必要であると訴えたものである。
 本論文で明らかにしたことにより、形成概念とされる「地域福祉」、なかでも「福祉コミュニティの形成」について、具体的な取り組みの手法を提示したと考える。福祉コミュニティを求めても手の届かないものから、少なくとも地域における福祉ニードの充足と、ソーシャル・インクルージョンの段階までは手の届くものにできたのではなだろうか。そして、そのあとのアカルチャレーションの結果、期待する福祉コミュニティが生まれるかどうかは、「神のみぞ知る」なのである。
 阿部志郎は、自らが館長を努める横須賀基督教社会館の50年に当たり、一番ヶ瀬康子と「なんぞ嘆ぜんやついに事業なるなきを」と題する対論(阿部志郎・一番ヶ瀬康子[2001])を明らかにしているが、そのことの深い意味は「神のみぞ知る」の中にあるのではないだろうか。

 本論文は、第49回日本社会福祉学会において研究発表した内容をさらに深めたものである。つたない発表に対し、丁寧なコメントをくださった関西学院大学牧里毎治教授にお礼を申し上げる。


1 「福祉コミュニティ」に対し、都市社会学的なアプローチとして、奥田道大、越智昇などがいろいろと試みてはいるが、理論的に整理されたところまで至っていない。
2 「通時的」、「共時的」は、ともにソシュールの『一般言語学講義』で示された概念である。「通時的」は、時間経過を共有するという意味の概念であり、「共時的」は、同じ時間を共有するという意味の概念である。
3 
4 ここでいう「福祉的な文化を共有する」ということは、一般的な地域社会では、例えば、今、現在、子育てをしている母親たちに共有された保育に対する関心、課題意識、あるいは、支援、介助が必要な障害者が、社会参加しながら、地域で生活する上での共通した意識、価値観といったことを意味する。
5 ここでは、福祉文化に関し本文で示した定義が、正しい、あるいは適切であるということを論じているのではなく、このように定義することが論理的に可能であることを示しているのである。そして、このように定義する意義は、そこから何が導かれるか、導かれたことを具体的に社会に適用した際にどのようなことがいえるのか、といったことによって評価されると考える。

引用文献
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 越智昇 1990 『社会形成と人間−社会学的考察−』青が書房
 越智昇 1994 「新しい共同社会としての福祉コミュニティ」『福祉コミュニティ論』学文社
 中央社会福祉審議会社会福祉分科会

参考文献
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 牧里毎治 1997 「福祉コミュニティと地域福祉」『地域福祉事典』中央法規出版
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 和田敏明 2001 「社会保障審議会 平成13年度第2回福祉部会議事録」厚生労働省
 社会的な援護を要する人々に対する社会福祉のあり方に関する検討会 2001 「社会的な援護を要する人々に対する社会福祉のあり方に関する検討会報告書」厚生労働省
 朝日新聞社説 2001 「新たな福祉文化の創造を」『朝日新聞2001.3.31朝刊』朝日新聞社
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UP: 20030213
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