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「脳外傷問題」の構築のされ方

―「谷間」というマジックワードをめぐって―

赤松昭 2002/03/16
障害学研究会関西部会第14回研究会

last update: 20160125


* 以下松波さんより

 みなさま、こんにちは。松波めぐみ@障害学研究会関西部会世話人です。
 先日行われた、障害学研究会関西部会第14回研究会の記録をアップします。
 終了後しばらくこのMLでも感想が取り交わされたことからもわかるように、
なかなか面白い報告&質疑応答でした。(というようなことは、普通、記録者
は書かないのですが。)
 長いので、三つに分けてお送りします。
 (上)(中)が報告内容、(下)が質疑応答になります。

【以下、記録】

障害学研究会関西部会第14回研究会

日時:2002年 3月16日(日) 午後2時〜5時
会場:茨木市福祉文化会館 401号室

司会:田垣正晋氏

●参加者自己紹介

●15:30頃まで
 報告:「脳外傷問題」の構築のされ方 −「谷間」というマジックワードをめ
ぐって−」 赤松 昭 氏(大阪市立大学大学院後期博士課程、頭部外傷や病気に
よる後遺症を持つ若者と家族の会)

★以下、配布レジュメと、報告による補足(【 】内)

<今日はこんなこと話してみようと思います>
 近年、「脳外傷問題」が「医療・保健・福祉にかかわる援助専門職」や「本人
や家族らの当事者」によって提起され、社会的な関心を集めつつある。しかしな
がら、こうした人はいわゆる「福祉の谷間」にあってその社会的支援策は極めて
脆弱であり、そのためその抱える苦しみは容易には解消されそうにもない・・・
 と、いうことらしいのですが、皆さん、「脳外傷問題」って知ってました?
 私自身、当事者の一人としてこの「脳外傷問題」にこの間ずっと関わってきま
した。それは介護者として、研究者として、そして運動家として、極めて厳しい
状況をなんとかしようという動機に基づいて行われたものでしたが、でも、最近
なんとなくですが、「なんか変やな。このまま突っ走っていっていいのかいな」
という気持ちになっています。そして「もう少し距離を置いて脳外傷問題を考え
てみたい」とも。その時出会ったのが「構築主義」です。もちろん、普段、量的
調査を生業としている私にとって、この方法論を用いて問題の構築過程を「鮮や
かに描く」ことは能力的にも不可能ですが、でも先に述べた自分の気持ちに応え
るのに、構築主義アプローチは役立つのではないかと思いました。そこで今回の
発表では、前半で「脳外傷問題」の展開を時間をおって整理し、さらに、後半で
そうしたクレイム申し立て活動に際して、度々登場する「谷間」という言葉がど
のような役割を担い、そしてその意味をどのように変えていったのかについて、
少し考えてみたいと思います。【私自身のスタンスについては、最後にひとこと
述べます。】

<状態としての脳外傷>
 ある社会問題の構築のされ方を検討する前提として、ある実態を想定すること
はいけないこと。それをあえて承知で「脳外傷」について少し説明。
−「脳外傷」って?−
 事故や病気によって脳にダメージを受けた後、身体機能は回復したものの、記
憶や認知、人格の変化等、高次脳機能障害による生活上の困難が生じている状況。

【記憶の障害があると、人と話していても、翌日あるいは半日後に忘れていたり、
5分後に忘れていたりする。その場合、その人の生活をどうやった枠組みで生活
していくか、という点で難しさがある。MLで「『自己決定』というがいつの時
の『自己』なのか?」と書いている人がいたが、そのとおり。だからその人にど
うアプローチしていくかも難しい。これを買おうと思って買い物に行っても、別
のものを買ってしまう、といった日常生活上の不便もある。就業が難しい。人格
の変化という障害もあるので、普通にしゃべっていても、何が原因かわからず、
いきなり怒り出したり、机をひっくりがえしたりすることがある。だが本人に聞
いても、3分後に忘れていたりする。そういった面での難しさもある。】

 脳外傷、といいながら、その原因に脳疾患も含まれており、実質的には脳外傷
=「若年の高次脳機能障害者」を意味している。しかし、「脳外傷」「脳損傷」
「高次脳機能障害」という名付けの仕方は、その後一貫して状態のカテゴリーを
めぐる線引き合戦=パワーゲームを当事者間で引き起こしている。

【たとえば、交通事故の被害者が多いので、その被害者救済というカテゴリーで
語られることがあるが、それでは病気によって同じ状態になった人はだめなのか、
とか、「若年」とはどこで線を引くかなど、さまざまな線引き合戦が起こってく
る。】

−対象の範囲の確定の仕方−
 年間の交通事故負傷者数、脳疾患発生数から推計
(皆さんに質問)「交通事故で頭部を負傷している人は年間に何人?」
 脳外傷者の数について当事者側は「50万人」、行政側は「2万6千人」、その
他、4万人等々・・・
 →様々な数字が乱れ飛ぶ状況。当事者側は「誰にでも起こりうること」として、
公共の問題として脳外傷を扱うための根拠にこの数字を利用
 “問題が大きければ大きいほど、より多くの注目に値すると言うことができる
ので、クレイムメーカーは問題の大きさを強調する”(J.Best)

<「脳外傷問題」の構築過程−社会問題の自然史に従って>
 ●段階1 個別の事例から公共のイシューへ(1980年代から90年代後半まで)
 −「処遇困難事例」としての脳外傷−
【もちろん1980年代以前も同様の事例がなかったわけではない。しかし本格的
に注目されるのは80年代の初頭から。】
1980年代の初頭から、リハビリテーション専門医が「脳外傷リハ」の立ち後れ
をアメリカのリハ体制との比較から言及するようになる。また、理学、作業、
言語療法の分野からは高次脳機能障害に対する訓練、評価研究を行う中で、脳外
傷者の処遇困難事例が報告されていく。ただ、社会的な視点からこの状況につい
て言及したものはこの時点ではほとんどない。
−当事者によるクレイム申し立て活動のはじまり−
 1995年9月、大阪で初めて脳外傷者の当事者組織が結成され、その後1両年の
間に愛知、神奈川、札幌、と相次いで当事者組織が結成される。そしてその
活動の中で地元マスコミ、地方行政、地方代議士への働きかけ開始する。ただ、
これら当事者組織の多くが、その結成にあたってリハ専門機関、専門職の働きか
け、バックアップを受けている。

−メディアによる「脳外傷問題」の報道−
当初、メディアはこの問題にほとんど関心を示さなかった。しかし当事者組織
からの働きかけと、それを報道した時の反響の大きさから、次第にその報道の頻
度を(1998年頃から)次第に高めていく。
(報道の実例)
「歩く時は介助がいるが、外見上は障害が見えない。手をつないで歩き、障害者
トイレに××さんが介助に入ろうとすると(本人は成年男子のため)、他人から
好奇の目でみられる。障害が理解されないのが悲しい」(「脳外傷を考える」読
売新聞1998/5/1)
「昨年末、福祉事務所に身体障害者手帳を申請に行った。だが、身体の欠陥がな
いとの理由で手帳はもらえなかった。窓口の担当者は「どうしようもないです」
と繰り返すばかりだった。手帳がないため、訓練施設や作業施設などへの入所も
できない。民間の共同作業所や障害者施設にも問い合わせたが、「手帳があるこ
とが前提です」と丁重に断られた(中略)。「どうせやっかいものやからな。も
うどこへでも行くよ」。最近はこっそり酒を飲んでは荒れる。家族全員が眠れな
い日が続き、家庭での世話も限界にきている。母親は「私の死後、息子がどうや
って生きていくのかを考えると苦しい」という」(「見えない障害 福祉の谷間
に」朝日新聞1998/6/5)

−家庭内トラブルから社会の問題へ−
「ふと見たTBS報道特集で紹介された北海道の高次脳機能障害に苦しむ青年の
話。私は思わず「これだ!! 今までさんざん悩まされていた訳の分からないモ
ノの正体は」と叫んでしまいました。(中略)ああ、これは全て高次脳機能の症
状だったのです。もっと早く知っておれば、実りのない言い争いをしなくてもよ
かったのに。(中略)同じ悩みを持つ人が助け合って生きていけるシステムがで
きれば、私たちも確信して「生きてて良かったと思える日が来るよ」と言えるで
しょう。そういう日が来るように私たちは努力しなければ」(当事者組織の会報
に掲載された手記より)

−責任所在の同定−
「(脳外傷者が福祉サービスの利用を拒否された二つの事例を紹介した後)この
ように私たちは徹底的に分類されたうえ、基準に合わないことを理由に福祉制度
からも疎外されてしまうのである。(中略)しかし、社会構造の変化に伴って社
会福祉への要求は多様化し、あちこちでサービスとの不一致が生じている。この
ような事態を迎え、そろそろ状況を基準とした施策体系を築くことが考慮されて
もよい時期に来ているのではないだろうか」(「後遺症もつ若者に総合的福祉を」
赤松昭 朝日新聞1998/4/2「論壇」)

−専門職の思惑を代弁する当事者−
「アメリカでは外傷を受け病院に入院している時から将来に向けてリハビリが始
まるそうです。家族にも障害について説明をし、退院してからのケアの仕方を教
育をすると言ってみえました。アメリカでは二十年も前から脳損傷の治療とリハ
ビリが行われており、研究の分野でも新しい治療法について開発が行われていま
す。日本でも脳外傷にとってより良い環境を整えて頂けるよう専門分野の先生方
にお願いすると同時に、私達親の立場からも行政や社会に求め、訴えていかなけ
れば道は開けないと思いました」(アメリカでの脳外傷リハ視察ツアーに参加し
た家族の手記)
→「・・・では、こんなこと、あんなこと、やってます。だから日本でも同じ
ようなことをやってください。そのための専門職スタッフが不足しているなら、
国の責任で養成してください」という当事者による言説は「脳外傷問題」に限ら
ず、障害児療育等の場面でも頻繁に登場する。もちろん、こうした当事者による
「海外リハビリ視察」のお膳立てをするのは専門職側(及び業者)である。

 この段階1では、「脳外傷」という状況に直面した当事者が同じような悩みを
抱えている他の当事者との出会い、あるいはマスコミでの報道等、なんらかのき
っかけで、自分達の抱えている状況が、個別の問題ではなく、共通した広がりを
持っていることに気づく。特に、95年に大阪で初めて設立され、そして今でも各
地で設立が相次いでいる脳外傷者の当事者組織(実質的には家族会)は、当事者
に自分達が直面している状況に「高次脳機能障害」という科学的知の枠組み(も
ちろんこれも専門職によって構築されたもの=医療化)を与え、さらに、それが
公共の問題であるという認識をもとにしたクレイム申し立て活動の培養地として
機能している。しかし、こうした当事者組織の活動にリハ医、臨床心理士等のリ
ハ関係者は一貫して深い関わりを持っていることは見逃せない。彼らは当事者組
織の設立当初から、会報への寄稿、また当事者組織の主催の講演を積極的に引き
受け、当事者によるクレイム申し立て活動に「科学的根拠」を注入してきた。し
かし、そうした貢献は、むしろ自分達の業界の中での地位確立のため、「脳外傷
問題」が自らの利益代弁のための打ってつけの資源だと考えたための代価であっ
たことに疑いはない。もちろん、当事者側もこうした思惑には薄々は気づいてお
り、そうした思惑をうちに秘めながらお互いに利用し合うという蜜月関係は今な
お続いている(一部こういう関係性を拒否する当事者グループもある)。とまれ、
「脳外傷」が公共のイシューであると認識したクレイムメーカー達は、今度は行
政による認知を受けるために、そのクレイム申し立て活動の舞台を、ポリティカ
ルアリーナへと移していく。

 ●段階2 行政側の「脳外傷問題」の認知
−ポリティカルアリーナーに登場した「脳外傷問題」−

 □1996年1月11日:橋本内閣(第一次)発足(厚生大臣 菅直人)
・1996/2/23 I議員(衆院共産)衆院厚生委員会で脳損傷による成人後の知
  的障害について実例を紹介して対応を国に求める。
→関東の当事者組織の会員が共産党市議を通じてI議員に働きかけ。答弁に
  立った管大臣は、実態把握に務めることを約束。この後、厚生科研「若年痴
  呆の処遇に関する研究」(1998)が行われる

 □1996年11月7日:橋本内閣(第二次)発足(厚生大臣 小泉純一郎)
・1997/12/9 「今後の障害保健福祉施策の在り方について(中間報告)」
  公表   →身体障害を伴わない高次脳機能障害については基本的には精神保
  健福祉法の枠内で対処すべきことが明記される。
・1998/6 関東のある当事者組織の会員が都議(公明)に面談。高次脳機能障
  害者への社会的対策を求める

 □1998年7月30日:小渕内閣発足(厚生大臣 宮下創平)
・1998/9/26 I議員(衆院公明)「脳外傷者の実態と公的支援に関する質問主
  意書」提出。答弁書は現行制度の中で十分対応できているとの認識を示すにと
  どまる。

 □1999年1月14日:小渕内閣改造(厚生大臣 宮下創平)
 ・1999/2/ 運輸省「今後の自賠責保険のあり方に係わる懇談会」発足
・1999/3/15 N議員(参院無所属)参議院国民福祉委員会で家族からの手紙を
  もとに実例を紹介。厚生省、労働省に今後の取り組みについて質問。これに
  対し厚生省は従来意見(身体障害のない高次脳機能障害は精神保健福祉で処
  遇)を繰り返す
 ・1999/4/20 N議員(参院無所属)参議院国民福祉委員会で高次脳機能障害に
  ついて、政府参考人として出席していた全家連理事、日本精神病院協会長に質
  問
 ・1999/6/8 関東の二つの当事者組織の代表、公明党厚生部会ヒアリングに出
  席。高次脳機能障害者の実態について説明を行うとともに、大阪、北海道、愛
  知の三組織も併せ、五つの要望書を提出。
 ・1999/6/30 A議員(参院公明)「脳外傷の救済策の確立等に関する質問主意
  書」提出。答弁書は先のI議員の時とさして変わらず。脳外傷はあくまでも精
  神障害者福祉の枠で遇することを強調し、別枠で認定することを拒否
  (対抗クレイム)。
 ・1999/7/14  運輸省、自賠責再保険制廃止を表明
   ※再保険制度:国が保険会社より保険料の一部を預かり、それを運用して
    交通事故被害者救済のための費用とする制度
 ・1999/7/29 全国交通事故後遺障害者団体連合会、川崎運輸大臣に「自賠責
   保険のあり方に係わる懇談会」への連合会代表の参加を要請
   ※同連合会は運輸行政における高次脳機能障害の救済を求め、関東のある
    当事者組織の会員が、組織内の単独活動として、他の当事者組織にも
    横断的な呼びかけを行い、運輸省の要請の直前に結成されたもの
 ・1999/12/16 運輸省「今後の自賠責保険のあり方に係わる懇談会」の中に
   専門部会「後遺症部会」を設置。研究者、損保業界、自動車業界の代表者
   に加え、当事者組織の代表をメンバーに加える

 □1999年10月5日:小渕内閣再改造(厚生大臣 丹羽雄哉)自自公連立
   政権樹立
・1999/10/26 W議員(参院公明)参院決算委員会で高次脳機能障害へのジ
  ョブコーチの適用の可能性について質問
 ・2000/2/20 「第2回脳外傷交流セミナー」開催(名古屋)厚生省障害保健
  福祉部企画課課長補佐が来賓として参加。祝辞で高次脳機能障害者への手帳
  交付を検討中と発言。
  同日 日本脳外傷友の会(全国の脳外傷者当事者組織の連絡協議会)設立
→対行政交渉の窓口一本化を狙ったもの
・2000/2/25 I議員(衆院公明)衆院予算委員会第4分科会で高次脳機能障
  害についての認識を厚生大臣に問い、大臣はこの問題が社会的にクローズア
  ップされていることを認め、今後対策について「前向きに取り組む」と答弁
 ・2000/2/28  Y議員(衆院民主)衆院予算委員会第7分科会で自賠責再保険
  制度廃止と被害者救済の関連、及び高次脳機能障害者への障害者手帳の交付
  について、それぞれ運輸省と厚生省に質問

 □2000年4月5日:森内閣(第一次)発足(厚生大臣 丹羽雄哉)自公保
  連立政権樹立
・2000/6 運輸省「重度後遺障害者の生活実態等に関するアンケート調査」
  実施

 □2000年7月4日:森内閣(第二次)発足(厚生大臣 津島雄二)
・2000/7-8 厚生省「高次脳機能障害の生活実態調査」実施
 ・2000/8/25 厚生省 「高次脳機能障害者支援モデル事業」を新年度予算
   要求(約1億円)に盛り込んだことを発表
 ・2000/10/28 日本脳外傷友の会、厚生、労働、運輸の3省実務担当者と
  話し合い

 □2000年12月5日:第二次森内閣改造(厚生大臣 坂口力)

 □2001年1月6日:省庁改編に伴う内閣改造(厚生労働大臣 坂口力)
  ※厚生労働省、国土交通省誕生
 ・2001/1  自賠責保険で高次脳機能障害の認定開始
・2001/2/1 関東の当事者組織代表、公明党都議と共に坂口大臣と面談
 ・2001/3/22 N議員(参院無所属)参院厚生労働委員会で高次脳機能障害に
  対する坂口大臣の認識と現状での国の取り組みを質問。
・2001/4  国の「高次脳機能障害者支援モデル事業」(3カ年継続事業)
  開始

 □2001年4月26日:小泉内閣発足(厚生労働大臣 坂口力)
 ・2001/5/24 全国交通事故後遺障害者団体連合会、金融庁に自賠責再保険
  制度廃止によって被害者救援策が後退することのないよう要請活動を行う
 ・2001/6/1 I議員(衆院公明)衆院国土交通委員会で高次脳機能障害者支
  援にあたっての省庁間協力を求める。
 ・2001/6/5 自動車総連事務局長、衆院国土交通委員会で介護を要する交通
  事故被害者は国の社会保障制度の中で救済すべきことを主張(対抗クレイム)
 ・2001/6/6 公明党神崎代表「日本版ADA法」制定を提言。「障害をもつ
  人の権利保障法」の中で自閉症、ADHDと並んで高次脳機能障害に言及
 ・2001/6/6 S議員(衆院共産)衆院国土交通委員会で自賠責保険における
  高次脳機能障害認定の現状について質問
 ・2001/6/22 「自賠法・自賠特会法の一部改正法案」可決。自賠責再保険制 
  度廃止が確定
  ・2001/9/7 日本脳外傷友の会会長ら、坂口大臣と面談。脳外傷を新たな障
  害の枠として認定することを求める等、支援策の拡充を要望

 政治家というトラブルシューターを得て、国政というポリティカルアリーナへ
と舞台を移したクレイム申し立て活動は、期せずして同時期に起こった与党の枠
組みの改編、及び省庁再編という外部要因にも助けられ、「公共のイシュー」と
しての認知を受けるにいたる。そしてその結果、「高次脳機能障害支援モデル事
業の開始」「自賠責保険における高次脳機能障害の認定」という二つの果実をも
たらすことになった。しかしその過程の中で、一部のクレイムメーカーが運輸行
政への働きかけを開始。こうした「交通事故被害者」のクレイム申し立て活動
(レトリカルワーク)に乗っかる形でのクレイムメイキングは、ちょうど省庁再
編にあたってその存在価値を欲していた運輸官僚の思惑に一致して、ほぼ1年あ
まりで実質的な対抗施策の確立を「勝ち取った」、が、当事者組織側に「交通事
故による脳損傷者」と「それ以外の脳損傷者」という、深刻な対立の火種を残す
ことになった。そして現在、この責任所在をめぐって二つ分流した「脳外傷問題」
のクレイム申し立て活動は、危うい均衡を保ちながら鎮静状態を保っている。 
 そして、この段階2に続く段階3の「確立された施策への再度のクレイムの申
し立て」は、今のところ最初のクレイム申し立て人が「国がどんな支援策を今後
打ち出すのかを見守る」状態であるため、表だったものは表出してきていない。


< 今日のお話の後半は「社会問題はイディオムを使って算出されるもの(イバラ
&キッセ)」という仮説に基づいて、「脳外傷問題」の中のマジックワード「谷間」
を検討します。>

−「谷間」前史:国会答弁にみる「谷間」の「ご使用法」−
●谷間をめぐる言説:第1期<谷間=社会の底辺>
・「資本主義の谷間から貧乏あるいは不幸が発生してきたとういうことからいけば、
私は資本主義の政策として福祉の限界を限界を設けてはいけない」(参院社会労働
委員会1959/3/17)
・「待望の国民皆年金もいよいよその完成を目前に控えており、国民年金制度の発
足を見るに至ったことは、まことに同慶にたえないところであります(中略)経済
の成長途上において、国民の一部が依然光りのあたらない谷間に取り残されること
のないよう、政府としては周到な努力を惜しまないつもりであります」(池田勇人
首相 所信表明演説 1960/10/21)
・「政府といたしましても、この谷間に取り残された気の毒な子供さん方の療育の
ために 520ベッド、全国で10個所の国立の施設をつくるということの予算措置を
講じたのでございます」(衆院予算委員会1966/3/1)

●谷間をめぐる言説:第2期<谷間=システムの不備>
・「福祉行政は厚生省関係するが、雇用の関係については労働省が関係している。
(中略) しかし、その間の谷間にある人たちは非常に不遇な目に合わされると
か言っております」 (衆院社会労働委員会 1967/6/28)
・「この国民年金制度に加入することのできない、したがって70歳に達するまで
は全く
恩恵に浴さない、いわゆる年金の谷間に埋没している方々、これをいまどのよう
に掌握していらっしゃり、どう対処していかれるのか」(衆院社会労働委員会
 1972/6/2)
・「母子家庭は、子供さんが独立して、卒業したけれども、まだ老人福祉の対象
にはならないという谷間の年齢で単身生活していらっしゃる婦人というものが非
常に多いわけである」(参院法務委員会 1976/10/19)

●谷間をめぐる言説:第3期<谷間=満たされない個別のニーズ>
・「第2に、情緒障害児に対する問題です。複雑多様化する現代社会の中にあっ
て、不安定な今日の社会情勢を反映するがごとく年々増加の一途をたどる情緒障
害児、いわゆる自閉症児などは、全国で約2万人と推定されております。これは、
人間を軽視し、ただ GNPを追い求めてきた政策の犠牲といっても過言ではあ
りません。診断基準も不明確で、専門機関も少なく、十分な治療や教育も受けら
れないまま行政の谷間に放置されているのです」(参院本会議 1980/1/30)
・「被害者当人は大半が寝たきりや、最も重度の障害者であるために、ただでさ
え貧弱な福祉の谷間に置かれて見捨てられてきました」(衆院文教委員会 1985
/6/19)
・「健常者でもなく障害者でもない。福祉の谷間で揺れている小児糖尿病患者を、
病気を隠さず就職できるようお願いいたします」(参院厚生委員会 1991/9/19)
・「まず大臣に、こういう脳外傷者とか高次脳機能障害者が現行の身体障害とか
知的障害とか精神障害の枠組みになかなか当てはまらないというようなこで福祉
や医療のサービスの谷間に置かれている、こういう現状を大臣としてどのように
御認識されているかをお伺いしたいと思います」(衆院予算委員会 2000/2/25)

 第1期、すなわち1960年代半ばまでの国会答弁の中では、福祉と谷間が同じ文
節の中で使われることはなかった(イディオムとして用いられることはない)。
多くが「貧困層」「社会の底辺にある」「お気の毒な障害児」という「谷間」に 
光を当てるのが「福祉」「社会保障」であるという文脈が支配的だった。
 続く第2期、すなわち60年代後半から70年代末までは、福祉や制度という言葉
と谷間という言葉が同じ文節の中でレトリック・イディオムとして使われるよう
になる。特に1971年から1973年にかけての国会の中で連続的に審議された年金制
度改革法案をめぐる答弁の中で、及びそれの報道するメディアでも「年金制度の
谷間」というイディオムが頻出している。このような言説の中で「谷間」という
言葉は、これまでの社会の底辺を指す言葉から、「成熟社会へ向かう過程の中で
システムの不備と、それによって不利益を被る人の出現、そしてそういった状態
は許されるべきではなく、公的責任のもとにその状況は解消されなければならな
い」、という今日的な道徳的ディスコースを意味するイディオムとして完成する。
 さらにその後の第3期では、「谷間」という言葉が他の言葉と連結されて、
「モチーフ」(状態のカテゴリーを要約的に記述/評価するために使われる比喩
的表現)が形成されていく段階である。ここでは第2期に形成された基本的な図
式を引き継ぎながら、その想定する対象が前の2期に比べるとより矮小化してい
るのが特徴である。すなわち新たに出現したニーズ、あるいは「新たに発見され
た障害」と対象とし、そうした「個別のニーズ」あるいは「均質社会の中の不平
等」に応え、是正してくことを求めるレトリックのモチーフとして、「谷間」が
使われるようになっていく。

 これら国会答弁の中での「谷間」のもつ意味合いの変化を追っていくと、その
想定する層が次第に小さくなっていき、次第に固有の問題への言及へと帰着して
いくのがみてとれる。これは、国政という舞台のクレーマーである代議士が、社
会構造そのものに焦点をあてるのを徐々に避け、日常生活の側面に焦点をあてよ
うとしてきた姿勢の変化を反映しているためと思われる(「谷間」という言葉を
使う質問者も当初は社会党議員が多かったのが、次第に公明党、無所属議員がと
ってかわっていく)。そしてその使用者こそ違え、そこに共通しているレトリッ
クは、「谷間」とはシステムの部分的欠陥によるものであり、それは例えば脳外
傷者を身体障害者として認定する、というシステムの是正(マイナーチェンジ)
で対応できるというものである。

こうして、「脳外傷問題」以前の段階で、「谷間」という日常用語は、それが
制度とか福祉いう語と共に使われてレトリック・イディオムとして機能する場合、
「当人には何の落ち度もない」「システムの不備にとってもたらされた」不利益
であり、従ってそれは「公的責任によって救済されすべき」という意味合いが付
与されることになった。こうして形成された人々の「谷間」観にのっかる形で、
「脳外傷問題」は構築されていくことになるのである。

−「脳外傷問題」構築過程におけるレトリカルワークの中の各「谷間」−
 次に申立人の種別「当事者」「行政・専門職」「政治家」ごとに、「谷間」
がどのように使われたのかをみてみる。

(1)当事者:戦略としての「谷間」
@「広告会社のキャリアウーマンだった××さんは、92年6月、25歳の時、友人
の車に同乗中、信号無視の車に衝突され、頭の骨を折った(中略)手足は動くよ
うになったが、記憶力は極端に落ち、使い慣れていたパソコンも、文字配列さえ
も思い出せない。国際電話も出来た英会話も、単語が浮かばない(中略)××さ
んは労働能力を喪失したと認定され、2219万円が自賠責から支払われたが、○○
さんは「娘の介護に不安は尽きず、将来への保障としては納得していません」と
話す。高次脳機能障害は、医療や保険制度の谷間に置かれ、国も被害者数すら把
握していない」(保険の谷間「見えない障害」  毎日新聞 1999/8/19)
A「高次脳機能障害者は、現行の医療制度や社会福祉制度の谷間に置かれていま
す。救命救急医療の進歩に伴って生まれた、いわば新しい障害であるため、現在、
ほとんどの人が十分なリハビリや福祉サービスを受ける事ができませんし、また、
社会的認知も立ち遅れているために、社会参加や社会復帰さえも妨げられていま
す。中でも、自分の人生をこれから築くという時期にある、「若い世代の高次脳
機能障害者」は、多くの障害に 取り囲まれています」(「ハイリハ東京」HP
から)
B「学齢期の子供たちは一応の教育施策が、また60代以上の方々には不十分なが
らも様々な福祉サービスがありますが、その間の世代にとっては『福祉を享受す
る世代』からは抜け落ちていて、市町村によっては年齢の制限により行政サービ
スが受けられない状態にあります。事故や病気は誰にでも起こる可能性はありな
がら、行政はその後の対策については放置していると言っても過言ではありませ
ん」(「頭部外傷や病気による後 遺症を持つ若者と家族の会」入会案内パンフ
レットから)
C「97年の交通統計によれば、交通事故で頭部を損傷し、死亡した人は5千人、
重傷者は1万人を超える。働き盛りの人が脳外傷をおった場合、職場が失われる。
2000年からの介護保険制度では、65歳未満の場合、介護サービスも受けられない
ほど福祉や医療の谷間におかれている。だれもがある日突然、事故に見舞われる
可能性がある。障害を抱えても社会復帰できるような体制の整備が急務だ」
(読売新聞 1998/5/28)
 
 以上、当事者によるクレイムのテクストをいくつか紹介したが、その中に使用
されたレトリックをイバラとキッセが提示したレトリックの種別に従って整理す
る。

□喪失のレトリック:ある客体(純粋無垢なもの)の価値が貶められている事態
への抗議に関わるレトリック
@広告会社のキャリアウーマンだった××さんは
Aこれから築くという時期にある、「若い世代の高次脳機能障害者」は、多く
の障害に取り囲まれています
C働き盛りの人が脳外傷をおった場合、職場が失われる。

「脳外傷問題」が喪失のレトリックを用いて語られる場合、しばしば「元気な頃
の××さん」というキャプション付きの写真と共に、受傷前のエピソード(本人
がいかに明るく、元気で周囲の評判もよく、将来に向かって毎日を元気に過ごし
ていたか)が添えられることが多い。そこには「将来を約束されていた青年、女
性」「健全な若者としての将来」という客体が侵されたことへの抗議という意味
合いが込められている一方、「障害者」という状態のカテゴリーに括られること
への拒否(健全な客体への回帰願望)が見え隠れする。

□権利のレトリック:全ての人への平等な制度のアクセスの保障と、自己表現を
めぐる選択の行使にあたって自由が制約されないことの価値を強調するレトリッ

A 社会的認知も立ち遅れているために、社会参加や社会復帰さえも妨げられて
います。
 B間の世代にとっては『福祉を享受する世代』からは抜け落ちていて、市町村
によっては年齢の制限により行政サービスが受けられない状態にあります。
C2000年からの介護保険制度では、65歳未満の場合、介護サービスも受けられ
ないほど福祉や医療の谷間におかれている。

 権利のレトリックは、システムの不備としての「谷間」のために、当然受けら
れるべきものが受けられない、ことへの意義申し立てとして用いられる。ただそ
のレトリックは、ひとえに「脳外傷者」の中だけにとどまり、広く障害者の権利
として制度の充実を要求する=横断的な障害者活動に拡大するまでにはいたって
いない。

□危険のレトリック:人々への健康や身体の安全への危険が、価値判断抜きに客
観的に提示される「医学的」「科学的」ロジックを念頭においたレトリック
A救命救急医療の進歩に伴って生まれた、いわば新しい障害であるため、現在、
ほとんどの人が十分なリハビリや福祉サービスを受ける事ができません
 C97年の交通統計によれば、交通事故で頭部を損傷し、死亡した人は5千人、
重傷者は1万人を超える。

 「脳外傷問題」で使用される危険のレトリックは、前半部分でも紹介した問題
の大きさの見積もりとも関連されてしばしば用いられる。その根拠は定かでない
にもかかわらず脳外傷者の発生数は見積もられ、そしてその数字をもとに「誰に
でも起きうる」という具合に「潜在的な当事者」を設定することで、この問題を
公共のイシューとして認知させようというレトリックである。

 脳外傷の当事者がクレイム申し立て活動を始める際、「谷間」という言葉が
「状態のカテゴリー」と「道徳的ディスコース」を予め形成してくれていたため、
他の社会問題に比して、この問題は比較的短期のうちに社会的認知を受けること
ができたのだろう。方法論的にみれば成功だったように見えるこの戦略だが、
「脳外傷問題」のクレーマー、特に当事者がの言葉を戦略的に用いた理由はそれ
だけにとどまらないと思われる。2001年、日本脳外傷友の会が坂口厚生大臣に提
出した要望書には、「精神障害」としてではなく、あくまでも「脳外傷者」とし
て認定してもらうことへのこだわりがみられる。「精神障害への偏見はない」と
言いつつ、「精神保健福祉のサービスはまだ未整備である。だから身体障害者と
して認定してもらいたい」と言うのは、スティグマを付与されることを避けつつ
も、でも果実は欲しいという、言ってしまえばご都合主義的な戦略ともいえる。
 すなわち、「喪失」のレトリックでも見え隠れした「我々は底辺、マージナル
な人間ではない。あくまでも、システム内の空間に落ち込んだ人間である」とい
う価値が、この問題をめぐるレトリックの背後に一貫して流れているような気が
するのである。それは「この身をさらしたまま、社会的支援を受けようとする当
事者の知恵」と捉えることもでき、一概に批判できるものではないかもしれない。
が、こうした戦略は「脳外傷という障害を抱えたこの私として生きていく」とい
う価値と向き合う時、必然的にその見直しを迫られることになる。その時に備え
たレトリックは、「脳外傷問題」のクレイム申し立て活動の中にはまだない。
【当事者の中にも、個人的には(レトリックの危うさ等に)気づいている人がい
る。しかしクレイム申し立ての中には、まだ現れていない。】

(2)行政・専門職:責任回避としての「谷間」
・「高次脳機能障害というのは、はっきりした症状が出ないということでござい
ますが、今のお手紙にもありますように、実態がよく把握されておらないし、ま
たニーズに対応する福祉政策のあり方も明らかではないということでございます。
十分な相談や援助を提供できない状況にありますので、保健福祉制度のいわば谷
間になっておるというようにも感じます(中略)。私としては、本日のお手紙か
らいわゆる高次脳機能障害者に対する対策の重要性というものを改めて認識させ
ていただきましたので、今後さらにその検討を進めて対応に万全を期してまいり
たいと思います」(衆院国民福祉委員会 宮下創平厚生大臣 1999/3/15)

・「質問:今、よくマスメディアでこの人たちの置かれている状況を「制度の谷
間」とか「福祉の谷間」とか表現されているのですが、これは一体どういう状態
を指しているのでしょうか?
 答え:私自身も正直言って、安易にこの言葉を使うことがあります。ひとつは、
この言葉は言い逃れだと思います。最近でこそ私も、ケースのことでおかしいと
思うことがあったら、行政に電話でかけあうぐらいのことはできるようになりま
したけれども、結局狭間というのは、自分が何もアクションしていないのに、変
えていく運動をせずに、本人、家族に対して、あなたは狭間なんだから仕方がな
いよ、となだめのニュアンスで使っている部分があると思います。どちらかと言
えばネガティブなイメージ、狭間を埋めていこうというポジティブな意味で使わ
れることはないですよね」(発表者が1998年に行った 医療ソーシャルワーカー
へのインタビューデータより)

 「谷間」はまた行政、専門職にとっても都合のいいイディオムである。上の厚
生大臣の答弁では、「今まで良く知らなかったから十分援助ができなかったのだ」
という責任回避のレトリックとして「谷間」が使われている。また、専門職であ
るソーシャルワーカーは、「谷間」を責任回避のレトリックとして専門職が使っ
てきたことを確信犯的に告白している。

(3)政治家:政策課題設定のための「谷間」
「福祉の谷間にこそ光を当てるのが××党であり」「私○○××は、つね日頃か
ら社会の谷間にいる方々のために働いてまいりました」という空々しい言葉は聞
き飽きたが、社会構造の変革そのものを謳う政策をぶち立てるよりも、こうした
いかにも庶民の日常に密着した政策課題を打ち上げる方が票に結びつくのだろう。
おまけに、面倒な問題の定義は既に最初のクレイム申立て人がやってくれている
し、そうした政策を実現するにあたっても、大幅な法改正を必要とするわけでも
なく、政治家とってこうした「谷間」の問題に取り組むことは、まさにお手軽な
政策課題だといえる(当事者にとってお手軽という意味ではない)。

−まとめ−
 「谷間」がなぜにこれまで過剰に使われてきたかといえば、ここにあげたよう
にある特定の社会問題に関わる者にとって、この言葉が非常に便利であったとい
うことにつきる。この言葉を使うことで、すべてを語らずとも山の中腹ぐらいま
では勝手に連れていってくれる、まさにマジックワードなのである。このように、
「脳外傷問題」にかかわる者達それぞれの戦略、思惑の交差点に「谷間」という
言葉が屹立していたことが、これほどまでこの言葉がそのクレイム申し立て活動
の過程の中で消費されてきた理由なのではないだろうか。

 いかなるシステムを作り上げようとも、それが人間の主観世界まで覆い尽くす
ことは原理的にあり得ないのだから、今後も「谷間」は不可避的に生成され続け
ると言ってよいでしょう。要するに、中河も言っているように、「社会問題活動
のプロセスは本来的にオープンエンド」なのだから、この「谷間」という言葉は
「打ち出の小槌」として、今後も長らくクレイムメーカー達に「ご愛顧」され続
けるに違いありません。おしまい。

【最後に、私自身のスタンスについて。私は『にせ当事者』だと思っている。脳
外傷というと、脳実質に損傷を受けていることになるが、自分はそうではない。
が、詳しく調べたわけではないから、厳密にはわからないが。むしろユニークフ
ェイスの当事者かもしれない。もともと私は反脳死臓器移植の運動とのつきあい
から、脳外傷の当事者の活動に流れこんだ。ただ、脳外傷の当事者に話を聞くよ
うな時、「ああ、あなたも当事者」と思ってくれて便利、という面はある。研究
者として、ある意味、ずるい。私が当事者の方々の活動のお手伝いをするのは、
その「後ろめたさ」から来ているのかもしれない。】

(参考文献)
J.ベスト「クレイム申し立てのなかのレトリック」足立重和訳『構築主義の社
会学』(2000)
P.イバラ&J.キッセ「道徳的ディスコースの日常言語的な構成要素」中河伸俊
訳.同上書 『社会問題の社会学』中河伸俊(1999)

●15:30-15:45 休憩

●質疑応答
A:国会答弁から、「谷間」をキーワードに検索されたということだが、「隙間」
では検索してみたか?
赤松:「谷間」「狭間」ではやったが、「隙間」ではやっていない。
A:第3期ぐらいから、谷間の使われる文脈と隙間の使われる文脈が分かれていっ
ているんじゃないかと思う。相互交換可能なものとして使っている人もいるかもし
れないし、谷間だけの人、隙間だけの人もいるかもしれない。私は時期的に第3期
しか知らない。軽度発達障害(LD、ADHD、高機能自閉、発達性協調運動障害
など、障害自体が軽度という意味ではなく、障害の重度・軽度に関わらず、知的障
害が合併していない、あるいは、合併している知的障害が軽度という意味)をめぐ
っては、「隙間」という言葉が非常によく、今日のお話での第三期の「谷間」と近
いバックグラウンドで使われている。使い分けがなされている場合については、比
較の価値もあると思う。逆に、使い分けではなく、相互に入れ替え可能なものとし
て使われていた場合、「谷間」しか検索しないことによって、使用頻度を実際以上
に低く見積もっていることになるので、「隙間」の検索はやってみて下さい。
赤松:「隙間」について、ぜひやってみたいと思う。

B:まず一つ目。通常の医学用語では、「頭部外傷」「脳損傷」。つまりhead
trauma、brain injury。そうではなくて、「脳外傷」と呼んでいる意味は何か。
 二つ目。「脳外傷」といわれる状態の方は、精神科でも見かける。実数はわから
ないけど、精神病院にはぽつぽついる。高齢の方でも、「むかし交通事故で」とい
う人がいた。報告では、運動の中で脳外科医とリハビリ関係の人が出てくるが、実
際は精神科医、神経内科医も診てきたはず。出てこなかったのか。出てこなかった
としたら、どういう理由なのか。
赤松:リハ医が定義したとき、「頭部外傷」という語を多く使っていた。当事者運
動がたちあがっていく時、脳梗塞でなく、若年の人がもつ頭部外傷であると定義し
ていった。高齢者を入れない。私たちのクレイム申し立てを受けて行われた事業で
は、「高次脳機能障害者」と言っている。パワーゲームがあることは承知して。
B:ありていに言えば「脳外傷」ということで、脳梗塞などを排除しているのか。
赤松:まさにそうです。
B:そもそも「精神疾患」も、「高次脳機能障害」と言うこともできるのだが。障
害の質じゃなくて、「若くて、交通事故等によるもの」ということで固まって、そ
の他の人たちを閉め出してる気がする。
赤松:先頭に立った当事者組織では、支援者が、「凝集性を高めていかないと行政
の窓口は受け付けてくれないよ」と忠告した。全国組織をたちあげる時、「脳外傷」
以外の人を排除することに抵抗を持った人ももちろんいた。大阪の当事者組織では、
それ以外の人も受け入れるスタンス。名前のつけ方による立場の違いは、当事者間
にも厳然としてある。
 登場する医者は、リハ医、脳外科医、精神科医だが、おきまりのパターンがある。
リハ医は「いい役」。あとの二者は「悪役」。脳外科医は、「あとあとこういう状
態になる」ということをちゃんと伝えなかった、ということで非難の対象になる。
 精神科医がなぜあまり登場しないかというと、「精神病」への抵抗感が大きくて、
実際にはてんかんとか、いろんな症状を抑えるための薬をもらっているのに、関わ
りがあるのに表に出てこない。急性期には、精神科の病棟に移ることがある。おそ
らくいろんな経験をしている。家族の手記にも、「まのあたりにした精神病院の様
相におどろいた」等とある。精神病院にネガティブなイメージを持ったがために、
あまり当事者活動のなかで精神科医、精神医療について語りたがらない。だから登
場しないのかな? ただし、リハ医のほうは、「症状を抑えるために精神科の協力
が必要だから、関わりを持ちましょう」と啓蒙しているが。当事者間では、なかな
か語られないようだ。
B:関わることでの専門家のメリットがあるのかなと思う。リハ医にはある。医療
と福祉の「谷間」、そこにすっぽりリハビリがはまる。「私たちが関わりました!」
と言える。危惧するのは、「際限のないリハビリ 」になるのでは、ということ。
赤松:急性期の後に、リハビリに入る。最初、多くの人は身体的なリハビリにこだ
わる。しかし限界が来る。高次脳機能のリハビリをやってほしい、という要望があ
るが、リハ医によるサービス提供がそれほどされていない。こういう問題に関心持
っている人が少ない。需要に対して供給のほうが少ないのが現状。

C:Bさんの質問の一つ目に、つけくわえて聞きたい。赤松くんの発表では、戦略
的な意味で「脳外傷」カテゴリーが使われてきたようだが、当事者のリアリティは
どう? 脳卒中の人とは別だ、という思いがあるのかな? それとも共通している
が「戦略」として分けているのか?
赤松:家族でもご本人でも、さまざま。たとえば「脳外傷でなく、交通事故の後遺
症」と言いたがる人がいる。本人にそう言い聞かせる親もいる。「質的に違う」と
捉えている人、結構いる。ご本人のなかで、「自分は高次脳機能障害を持っていな
い」という認識の人もいる。アメリカには「脳外傷でなく頭部外傷」という言い方
をしている当事者グループある。日本の当事者ではそうでないが。クレイム申し立
てのなかで戦略的に使っている人もいる。両者がまざりあってるなあ。

D:1980年代の初頭から、「脳外傷問題」への言及が始まるようだが、なぜこの時
期なのか。私の専門のほうでいうと、いわゆる「生命倫理」が構築されるのが日本
では1980年代で、その主要なトピックの一つが脳死移植問題である。すると、脳死
の原因として「脳外傷」が注目を浴びるようになったようにも思える。赤松さんが
関わっている「若者と家族の会」は、顧問の山口研一郎さんもそうだけど、脳死反
対の立場でパワフルに頑張っている数少ない団体の一つだし。
 それから、脳死問題に関して日本では、慎重派・反対派の言説として「米国では
脳死移植が盛んなので、頭部外傷の人をあまり熱心に治療しないが、逆に日本では
療育センターとかで一生懸命働きかけて、コミュニケーションがとれるようになる
ようにしている」というのがある(もっとも、米国でも日本でも「助かるんだけど、
こんなに障害がいっぱい残る」という受け取り方もあって、そうするといっそのこ
と尊厳死させようということにもなってくる)。だけど、リハビリ専門医の言説が
「アメリカでは1980年代から脳損傷の治療とリハビリをやっているが、日本はまだ
遅れている」というふうに、脳死慎重派・反対派の言説とちょうど裏返っていると
ころが興味深い。そのあたりについて聞きたい。
赤松:(「頭部外傷や病気による後遺症を持つ若者と家族の会」が出した「生きて
てもええやん」という本に、)「『脳死』を拒んだ若者たち」というサブタイトル
をつけたのは私。反脳死臓器移植運動をやってきた山口研一郎さんが、その流れの
中で頭部外傷に関わるようになった経緯があるので、両者には関係はある。
 アメリカで脳外傷のリハがされるようになったの80年代になってから。あるリハ
医は、「アメリカでこんなに発表が増えました。だから日本でも」という言い方を
した。当事者活動のレベルでも、反脳死と頭部外傷のつながりがある。
 当事者活動について、95年に始まりましたと(レジメには)書いてあるが。最初
は、より「脳死」に近い、いわゆる植物状態(遷延性意識障害)の人たちの集まり
が脳外傷の当事者組織として始まったという経緯があった。その中で高次脳機能障
害が、「ちょっと違う」ということで、高次脳機能障害を中心とする脳外傷者の当
事者組織の活動が始まった。そういう人たちにとっても、自分たちの経験として、
「交通事故!意識不明、ICUで・・・」という経験の中で、「脳死」といわれる水
面と近い状態を経験しているので、「反脳死」ということには、ほとんどの人が思
いを持っている。話してくれと言うと、結構気軽に応じてくれる。
D:非常におもしろいと思ったのは、アメリカで1980年代に脳損傷リハビリのプロ
ジェクトが始まっているんだけど、アメリカで「脳死」が法制化されるのがやはり
1980年代。おそらく、脳死を認めると同時に、脳死になりかけた人を助けなきゃと
いうのもあるのだろう。つまり、一方で「完全にもう助からないけれど臓器提供者
になって他人のお役に立てる」という脳死の人がいて、他方「元に戻して社会復帰
させる」という脳損傷の治療とリハビリを追求する。その中間で、他人のお役にも
立てないし元にも戻らない人は尊厳死させる。そういうトリアージュ(三分割)が
あるように見える。日本でも微妙なのは療育センターあたりのケアになるが、全体
としては「元に戻そう」という意識が強いのか。
赤松:日本では、そうですね。アメリカは臓器移植産業も、脳外傷へのリハビリテ
ーションも、両方とも結局同じ医療サービスあって、ビジネスとして有望であると
いう理由から、図らずも同時並行的に進んでいった経緯があると思います。
D:米国で尊厳死が叫ばれる背景には保険制度の違いから来る経済的問題があるだ
ろう。アメリカは国民皆保険ではないから、植物状態に近い人を一生懸命治療する
のは、お金がかかって仕方ない。それに対し日本では、一生懸命治療しても費用的
になんとか家族が支えられる、というのがあるかもしれない。

E:レジメのレトリックの話のところに、「『我々は底辺、マージナルな人間では
ない。あくまでも、システム内の空間に落ち込んだ人間である』という価値(略)
・・・こうした戦略は『脳外傷という障害を抱えたこの私として生きていく』とい
う価値と向き合う時、必然的にその見直しを迫られることになる。」とあるが、
「見直し」とは、具体的にはどういうことなのか?
赤松:自分自身を納得させるために、あれこれ考える時、中途で障害を持った人に
は健常だった頃への思いがある。「障害を持った人」として自己認識することなく、
困っていることについて、たまたま対応するサービスがないのだということで納得
させる。そこでは、障害者は「お気の毒な人たち」という価値観にしばられている。
それだとやっていけないので、「システムの不備だから、落ち込んだ」と思うこと
で、当面の危機を乗り越えようとする。
 ただ、いつまでも、その自分への「言い聞かせ」をすることは、なかなかできな
いわけです。厳然として、障害を持っているのは確かなんだから。大嫌いな言葉で
「障害受容」というのがあるが、要するに自己を受容しないといけないわけですよ
ね。「この私」に何が必要か。「リハビリすれば健常者に戻れる私」を捨て去らな
いといけないわけで。「そういう私、そういう娘・息子をもった私」というとこま
でいかないと、難しいかな。モデル事業が制度化されたとしても、それはやっぱり、
急性期、亜急性期に対応するものであって限界があるわけです。やはり、自分の住
んでいるところで生きていこうとすると、リハビリ頼みの生活ではやっていけない
わけです。一時期、自分を言い聞かせる理屈というのは必要なんですけど、これか
ら長い人生を生きていく時に、そういった理屈はいつか捨て去らないといけないと
いうこと。でも、ひとつ誰が見直すのか、ってことはありますけどね。
E:お話を聞いて、自分の血友病のことを考えてみた。歴史が古いおかげで(苦笑)、
一部障害者手帳を交付されてる人もいますし、「特定疾患受療証」をもらっている。
私は手帳は持っていないが、「特定疾患」の方は持っていて、いわば「谷間」をう
ずめてもらってる。今、私はちょうど私なりの「見直し」をやっていて「血友病と
いう病名によって『障害』をもってることを隠してるんじゃないか、ごまかしてい
るんじゃないか」と思い始めている。赤松さんのおっしゃるように「見直しをする」
というのも、本人か周囲か、誰が見直すかにかにかってると思う。

A:今の方の質問と同じ箇所について。私は発達障害で、アスペルガーとADHD
がある。発達障害はどれも生まれつきのものではあるけれども、昔は、ADHDや
LDなどは「微細脳損傷」と呼ばれてきた歴史があるくらいで、先天性という違い
はあっても、実際の状態像は、(脳外傷と)共通してるところがたくさんある。た
とえば私の場合は、実行機能に障害がある。具体的には、手順のとりまとめができ
ない、意欲意志を保持できない、目先のことに引きづられる、といった内容。
 赤松さんが話の中でおっしゃってた、MLに「自己決定って、いつの自己?」と
いうのを送ったのは実は私なんですけど、日々の生活が、三日坊主というよりも
「五分坊主」。計画倒れの墓場のうえを毎日歩いて暮らしている。生まれた時から
ずっと。こういった、「衝動と闘うのが大変」という要素は、どれもADHDによ
る困難。一方、自閉の方ではどんな不自由があるかというと、いっぺん思いついた
ことの修正がきかない。
 そんな私が、高次脳機能障害の話を聞くと、「私が生まれたときからずっとして
きたのと同じ苦労を、人生半ばで突然するようになった人がいる」という感じを受
ける。全員が同じ種類の苦労とは言わないが、外傷なり病気なりの部位によっては、
後遺症を負った方々の一部、あるサブセットにあたる方々に対しては、時期や原因
といった事情の違いはともかく、現に日々の生活の中で経験している不自由だけを
見れば、生活の中で経験している不自由としては、別々の場所で同じ苦労をしてる
んじゃないかと思う。でも、私は、生まれた時からその場所で生活しているから、
どうにか流したりごまかしたり、人の手をどこで借りるかとかができる。このへん
は、子どものときに早期診断されて療育を受けてきた人と、こじれてから遡って診
断された人とで、違いはあるのかもしれないけれど、どっちにせよ、苦労しながら
も、まがりなりに生活してきた蓄積があるから。生活の知恵という点では、発達障
害の人は、ある意味で「先輩」でもあるわけですよね。
 もうひとつ、私は、同じ発達障害でも早期療育を受けてきた人とはつきあいが少
ないので、そちらの層については断定的なことを言えないんだけど、とりあえず、
〈診断から漏れて育って、行き詰まってから必死で理由を探した結果、子どものこ
ろに遡って診断がついた人たち〉に限って言えば、この人たちは長年、「健常児の
くせに」というレッテルに傷ついてきた人たち。だから、人によっては、診断がつ
かない時から、「障害」というレッテルを欲しがっていたりする。そんな人たちは、
いわば、診断もされないうちから障害の「受容」が済んでいるとも言える。そう考
えると、受容という意味でも、全然別の場所にいながら、一歩先を行ってる部分も
あったりする。そのかわり、リハビリ的なサービスとつながる窓口が全然なかった
りして。その面では、置いていかれている。私たちの場所ではもっぱら「隙間」専
門らしく、「谷間」という言葉を使ったことも聞いたこともなかったと思うのだが、
制度的にはパラレルだ。一歩進んでいるところが二点、遅れているところと、パラ
レルなところがそれぞれ一点ずつ。
 なんでこんな話をしたかというと、「外部から『ラブコール』されたら、迷惑に
感じますか?」ときいてみたかったから。迷惑だと感じる方が多いでしょうか?
赤松:私は歓迎したいと思います。いわゆる高次脳機能障害で生きるしんどさ、ど
う対処するかについて、本人・家族なりに試行錯誤してわかってきたこともありま
すし、リハ医とよばれる専門家が、高次脳機能障害の人に、しっかりとした枠組み
を与えるのが大事だとか、作業はできるだけ単純化しなさいとか、そういう専門家
によって与えられる知識があるんです。
 高次脳機能障害がなぜ問題かというと、社会規範から「逸脱」した行動をとるか
らですよね。その「規範」が変われば、「逸脱」じゃない。でも、リハ医も一見、
同じようなことを言うわけです。ただ、そうした専門職の知識に乗っかっていって
いいのかな?という思いがある。これから脳外傷リハの供給量が増えていった時を
予想すると、おそらくこのような、アメリカなんかから輸入された方法論が出回る
と思うんです。そうした方法論も当座の間はウエルカムになるでしょう。
 でも、そうした専門職の知識とは別に(外部=発達障害による脳機能障害の当事
者から)知識、情報がもしもらえるのであれば、これまで専門家によって与えられ
る情報にばかり向いていた人の目を、意識を、変えられるかもしれない。その時は
またこのにせ当事者である私が、会の機関紙の中で「先人の知恵」というタイトル
をつけて紹介することができるかも(笑)。
A:外部から「ラブコール」しよう、という発想が私に出てくるのは、あ、これは
ほかの人はどうか知らないですよ、私個人の場合ですが、「ばらばらじゃとにかく
人数が少なすぎる」って思うから。でもそれだけじゃなく、「谷間」でなく「隙間」
という言葉を使ってきたからって事情の影響もあったのかもしれない。今日まで考
えてなかったけど、今日の話を聞いて思った。
 「隙間」というと、「隙間産業」という言葉がありますね。個人的な話になるけ
ど、私はフリーランスで仕事をしているので、「隙間を探す」というのは、職業上
でも、マーケティングの中で常に考えていることでもあるわけですよ(笑)。そう
なると、「隙間」っていうのは、私にとって、「個人として、障害をもって暮らす」
という意味でも、何もサービスを受けられないという制度に対する不満の意味でも、
共通キーワードになってる。個人的なアイデンティティの面でも、職業的なアイデ
ンティティの面でも、ずっと「隙間」がつきまとっているんです。すべての場面で
「隙間、隙間」をひきずりまわして歩き回っている。
 で、そんな私は自分のことを「隙間」とは思っても、「谷間」と思ったことがな
かった。「隙間」って思っていると、「両側に関係があるんだから、両側を道づれ
にしていけばいいんだ」ってつい考えたくなる。「三者でいっしょに、右と左いっ
しょに、三人でおいしい話を」、と言えそうな気がするんですよ。お互いを前例と
して振りかざせるって。だから「谷間」じゃなく「隙間」という話を今日、したく
なったのかもしれない。「谷間」だったら、なんだか「おいしい話」という発想に
はつながりづらい気がする。
赤松:隙間産業ネットワークということで、やっていきたいという気持ちもありま
すが。そのためには当事者の背後の組織でうごめく専門家どもを駆逐しないと。い
や、そこまで言うと言い過ぎですね。あくまでも協力をお願いするということです。
やはり専門家は自分たちの思惑で動いているところもあるので、そうしたベクトル
をもうちょっと変えてもらうといいと思います。ただ、私の経験から、社会問題が
公的認知を得ていく過程は、大変生臭いものですよね。まあ、ここでこんな恨み言
を言っても当事者の生活は変わらないので。屍を乗り越えてこれからもがんばって
いこうと、そう思った今日でした。
A:「外部」からだと、「外部」というのがはっきりしてるしさ。手をつなぐにし
ても、「お客さん」と思ってくれるじゃないですが。都合いい時だけ会って、都合
悪い時はバラバラになればいいし。ラブコールは「外部」からのほうが、内部の線
引き合戦と関係ないからしがらみがなくて、てっとり早く連帯できるんじゃないか
と。ただ心配で質問したくなったのは、外部からラブコールがあったことで、内部
の線引き問題が済んでいないのに、あたかも済んだようなことにされて困る人が出
ないかなって。それで「迷惑はかからないですか」と聞いたんです。
赤松:外部からの声で 整理されることもあるかもしれない。

F:赤松さんが言ったことと関連するが、「この私として生きていく価値」につい
て。ある意味で矛盾だと思う。クレイムを申し立てた最初から、医者が関与してい
る。医者は障害をネガティブに捉え、リハビリによってある程度なおさないと、と
言う。「駆逐」されるべき専門職が関わっているのが、一見、矛盾しているように
見えるんですけど。医者が関与することじたいが問題じゃなくて、どうやって当事
者が医師をうまく利用しながら、一方で自分たちのアイデンティティをしっかり確
保していくのか?、というのが質問。社会的にもマイナーだと、医者なり臨床心理
士なり、関わっている専門職というのは、力を持ちやすい。
 僕の筋ジストロフィーも「難病」で、始動のクレイム活動から、医師が関わって
いる。最近よく見るようになったけど、病気の知識を持っている医者が少ないので、
当事者組織のなかでも医者の権力が強い。当事者主体でやっていくというのが、あ
まりない。筋ジス協会は医者と家族が中心で、「こんなに悲惨だ、はよう治してく
れ」という雰囲気。当事者としては、自分の障害を見つめていく、というのがなか
なかない。ネガティブな面を強調するのに、当事者も巻き込まれていく。どうやっ
たら専門職を利用しながら、当事者活動を進めていけるのか。それが疑問です。
赤松:私も疑問です。「この私」として生きていく、という矛盾。医者によって命
名された脳外傷というカテゴリーがある。当事者活動の場面場面で、専門職による
そのレッテルを使うことの矛盾がある。もちろん、そうしたカテゴリーを使うこと
への反発もあります。 その例として、「見えない障害」という言葉を使う専門家
やマスコミがいました。当事者もそれに巻き込まれる形で、この言葉を使ってクレ
イム申し立て活動をしていたんですね。「見えない障害、だから手帳がとれない」
とか。でもある脳外傷の当事者人が「他の障害でもそうやん。精神、聴覚、視覚も
『見えない』じゃないか。そういう人がどう感じるか、考えたら」と、この言葉を
使うことへの異議を申し立てたことがあるんです。
 このように、当事者活動の中でも場面場面で出てくる問題提起の枠組みに対して、
疑念を呈する人もいる。私の立場としては、そういう人を支えるというか、専門職
によって与えられた言説と違う言説がたちあがるのを応援するのが私の立場かな、
と思う。でも今の段階で、「こうやってこうやったら、こうなる」という感触まで
は、つかんでいないですね。

G:今までの話は、若者とその家族が対象。「家族=親」ですよね。若者に限定さ
れた理由は?
赤松:私の会では限定していない。そういう親を介護してる子どもさんもいる。し
かし全国的にまとまって運動するときに、「高齢者福祉、児童福祉、どっちの対象
にもならない、だから問題なんだ」と言っていくために、「18歳以上、60歳未満」
という枠をつくってしまった。だけど60歳を越えて同じような状態で苦しんでる人
もいる。「シニアグループ」といったサブグループをつくって情報交換しているこ
とはある。
G:老人福祉といっても、かわらないわけですよね。
赤松:かわらないです。家事とか炊事とか。
G:介護保険は、適用されないですよね。
赤松:痴呆状態?
G:「歩ける」とかいうことでは、適応されない?
赤松:全く、というわけではない。
G:ふだんの生活ができれば、認定を受けられない。「立って動く」ことができれ
ば、要介護ではない。介護保険に関しては、支援はないわけですよね。
H:横から失礼。状態にもよるんですけど、日常生活上全く問題がないとうことで、
脳機能障害が短時間出ているというかたちでは、難しいかもしれませんが、痴呆に
ついての定義はあいまいなので。不服申し立てをしたら変わることもある。
G:それは「要介護」じゃなくて「支援」になるんじゃ。言いたいことは、介護保
険があるからといって、ほとんど助けにならないということ。「谷間」って言われ
るけど、先にいっても変わらない。支援は受けられない、大変さは続いていく、と
いうことなんですけど。お話からすると、シニアグループをつくられるっていうこ
となんですけど。
赤松:だから、「若年の」と言っているが、現に、自分の子どもがそうであるお母
さんにとって、本人が60歳なった時に十分なサービスがあるはずないとは、わかっ
てるんですが。交通事故は、20代、30代が多いから、数として流れていったが、問
題の大変さはかわらない。
G:60、70になって高次脳機能障害や後遺症ができたとしても、あまり問題にされ
ないということがあるんじゃないか。本人は、かなりひどい時でも自覚がない。世
間も「年寄りだから」問題にしない。
赤松:高齢者が大変なのは当たり前と見られる。若者が大変なのは、マスコミ・世
間にうけやすい。だから注目された。ライフステージによって直面する問題は違う
から。
H:かれらの運動によって、サービスが国に認められてくる。お年寄りのほうが、
数は大きいが。言語療法士とか、ターゲットはそっち。当事者団体と、そこにサー
ビスを提供する専門家集団がいる。筋ジスのお医者さんは、ほかに仕事しようがな
いから、当事者といっしょにいる。ところが高次脳機能障害の場合、よそにいって
も商売ができる。構造的な違いがあるような気がするが、そのへんはどうか?
赤松:ゆっくり考えます。
I:「にせ当事者」という言葉が印象的。ラポールがとりやすいということだった
が、そこに若干、違和感がある。「当事者運動への違和感」も聞きたかった。時間
切れなので、またMLで質問します。

●参加者21名(うち介助者1名)
(以上)

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REV: 20160125
障害学  ◇障害学研究会関西部会  ◇全文掲載
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