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「政府は「重大な触法行為をした精神障害者に対する新たな処遇制度(案)骨子」を直ちに撤回しろ」

長野 英子 2002/02/19

last update: 20160125


緊急声明
政府は「重大な触法行為をした精神障害者に対する新たな処遇制度(案)骨子」を直ちに撤回しろ
http://www.geocities.jp/jngmdp/020219seimei.htm

2002年2月19日
                            長野英子
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 政府は2月14日に「重大な触法行為をした精神障害者に対する新たな処遇制度(案)骨子」を公にした。骨子によれば、1目的は医療の確保し病状を改善して再犯を防止し、社会復帰を図る。2対象者は放火、強制わいせつ、強姦、殺人、障害、強盗およびこれらの未遂にあたる行為をした者で、心神喪失または心神耗弱で不起訴となった者、あるいは裁判で無罪あるいは有罪の確定した者の内心神喪失者または心神耗弱者(実刑に服するものは除く)。3処分は強制入院あるいは保護観察所の保護観察下での強制通院。入院あるいは通院医療は指定医療機関とする。4処分の決定あるいは解除は地方裁判所が行う。裁判官1名精神科医1名の判断の一致で決定。心神喪失等であるか否か、不起訴処分を受けた者が犯罪にあたる行為をしたか否かの判断は裁判官の合議体が行う。5入院命令や通院命令の判断基準は入院あるいは継続的な医療を行わなければ、心神喪失等の状態の原因となった精神障害のために再び対象行為を行うおそれがあるか否か。とされている。
 再犯防止を目的とした保安処分制度そのものである。
 私は以下の点でこの「骨子」を批判する。
一 「再犯のおそれ」を要件とした拘禁および保護観察下の強制医療は、予防拘禁および予防的な人権制限であり、「精神障害者」にのみそうした予防的措置をとることはなんら合理性がなく、「精神障害者」差別そのものである(憲法第14条「法のもとでの平等」)。
 この強制入院および強制通院の命令は「刑罰」でもなく、また「本人の医療と保護」でもない、危険性を要件とした拘禁と人権制限であり、逆にいえば危険性がない安全という証明がない限り課せられ続ける拘禁および人権制限である。健常者は「危険性」を要件として人権制限や拘禁をされることがないのに、「精神障害者」だけは「危険がないこと安全であること」を立証し続けなければ人権制限や拘禁をされるということである。
すなわち「精神障害者」だけはとりわけて「危険」だから、特別に予防拘禁するということであり、こうした差別的「精神障害者」観を許せば、私たち「精神障害者」全員があらゆる生活の場面で、「安全であること」を積極的に証明することを要求されかねない。全ての差別欠格条項も正当ということになってしまう。「精神障害者」が利用する作業所や生活支援センターを作る際の住民の反対もまた合理化正当化される根拠を国が作り出すことになる。
 障害者の完全参加と平等、ノーマライゼーションを謳う国そのものがより強烈な差別を「精神障害者」に対して行うことは決して許してはならない。

二 対象者の収容や保護観察決定にあたっては、対象者はその病状からいって防御できる余裕があるとは考えられず、裁判もなしにまた防御権保障もなしに拘禁や保護観察下の強制医療を決定されることになり、冤罪のまま対象者とされ永久拘禁されるというおそれもありうる。重大な人権侵害である(第32条「裁判を受ける権利」、第33条「逮捕の要件」、第34条「拘留・拘禁の要件、不法拘禁に対する保障」)。
 対象者が「犯罪にあたる行為をしたか否か」は不起訴処分の場合、刑事訴訟法に基づく適正手続きも経ずに裁判官が判断することになる。たとえば強姦や強制わいせつそれも未遂は刑事裁判でも立証が非常に困難であり、障害者が施設職員を告発した場合たいてい無罪となっている。それほど立証が困難である行為を裁判も行わずに認定できるはずがない。それとも行っていないという立証責任は対象者側にあるとするのか? この特別立法下ではやっていない無実のものが処分されるという最悪の事態の頻発が予想される。さらには犯人がつかまらない事件の「解決」のため、適当な「精神障害者」の行為ということででっち上げられるというおそれすら生じる。
 またこの処分の審査にあたってはすでに対象者は拘禁下におかれる。そこで医療を保障されないとしたら、そのこと自体人権侵害である。また一方でそこで医療を施されるとしたら、今現在刑事施設の被収容者あるいは措置入院患者に強制されているような薬漬けや電気ショックを施されることとなり、電気ショックにより記憶を奪われ自ら防御を行うこともできず、また弁護士との意思疎通さえ不可能にされてしまうおそれがある。現実に名古屋では刑事事件の被告が薬漬けになり弁護士と話すこともできない状態にされ、その弁護士が弁護権の侵害として民事訴訟を起こした事例がある。
 
三 すでに措置入院制度によって対象者にあたる「精神障害者」は健常者以上の長期永久ともいえる拘禁を受けている。この「骨子」に基づき処分を決定する裁判所も「解放したものがまた事件を起こしたら非難される」というおびえから、釈放や解除に消極的となり、対象者は永久の拘禁あるいは地域での保護観察対象となり続けることは明らかである。
 そもそも「再犯のおそれ」を科学的に立証することは不可能であるという批判に対しこの「骨子」は何も答えていない。適正手続きが保障されていない以上、対象者は「再犯のおそれがない」ことを立証しない限り処分を受けることになりかねないし、釈放や強制通院命令からの解除にあたっても同様である。「再犯のおそれがない=安全」であることの立証など「精神障害者」であろうとなかろうと誰もできない。
 一方裁判所は常に「おそれ」を最大限認めてきた傾向がある。たとえば無実の元死刑囚赤堀政夫さんの再審開始決定後、保釈を求めた赤堀さんの要求を認めなかった。30年以上前の事件の証拠をどうやって隠滅するというのか、再審を求めている赤堀さんがどうして逃亡するというのか。それにもかかわらず裁判所は「証拠隠滅逃亡のおそれ」ということで保釈を認めなかったのである。

四 指定医療機関での医療内容は明らかにされていないが、この対象者のみを選別し治療する医療的医学的根拠はない。そもそも違法行為を行った「精神障害者」と行っていない「精神障害者」で異なった医療など存在し得ない。「再犯防止」を目的とした強制医療体制は、通院であれ入院であれ、医療従事者に対象者の「生殺与奪の権限」を与えるものであり、対象者と医療従事者の間に信頼に基づく医療的関係など成り立ちえない。対象者はひたすら医療従事者の意に沿うことで釈放と解除を獲得するか、あるいは徹底して抵抗するかの選択肢しか持ちえない。一方医療従事者側は拘禁や強制通院の継続の脅しで対象者管理に専念するしかなくなる。医療とは呼べない状況が生じるのは明らかである。
永久の拘禁下で絶望した対象者への医療は、「本人のための医療」ではなくひたすら「保安のため」「管理のため」の強制医療となり、電気ショックや薬漬けが横行し、脳外科手術すら復活しかねない。「骨子」は対象者に「治療拒否権」を保障していない。もっとも仮に「治療拒否権」が保障されても、「治療拒否=危険性の継続」ということでひたすら拘禁が続くだけとなるので、「医療なき拘禁」となるだけであるが。
 マスコミ報道によれば、指定医療機関はとりあえず2ヶ所、将来的に全国各地に800床を新設するとされている。厳しい財政状況のもと都道府県立精神病院すらない県がいまだある実態の中で、各地に地域に根ざした施設が新設されるかは疑わしいといわざるをえない。自分の地域から遠くはなれた施設に強制的に送られることは「精神病者の保護及び精神保健ケア改善のための諸原則」(1991年国連総会で決議日本政府も賛成している)も掲げている地域で医療を受ける権利を侵害し、友人や家族と切り離され、社会復帰の大きな障害となる。

 精神病院での医療から地域での医療へという国際的趨勢に逆らい、日本政府は60年代に闇雲に精神病院を乱立させ多くの「精神障害者」を精神病院へ強制収容した。その結果が超長期入院患者の累積であり、地域での「精神障害者」差別の蔓延と強化であった。
 この失政に勝るとも劣らない害毒をもたらすのが今回の特別立法である。今日本政府がなすべきことは「触法精神障害者」のみに対する有害無益な特別なシステム作りではない。政府の精神医療政策の誤りに対して謝罪し、「医療なき拘禁」をもたらしている強制入院制度を見直し、精神医療全体の底上げによって、「精神障害者」の人権回復を具体化することである。そうして初めて、人権制限や烙印を恐れることなく、安心して受けられる精神医療が生まれる。
 政府が直ちに「骨子」を撤回し、「精神病」者本人の声に学び精神医療の抜本的見直し作業に入ることを要求する。

以上。以下はホームページの制作者による
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「重大な触法行為をした精神障害者に対する新たな処遇制度(案)骨子」  ◇長野英子  ◇精神障害/精神障害者  ◇精神障害・精神障害者 2002年  ◇全文掲載  ◇全文掲載(著者名50音順)
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