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「いわゆる「触法精神障害者」への特別立法に反対の声を」

長野 英子 2001/11

last update: 20160125


いわゆる「触法精神障害者」への特別立法に反対の声を

全国「精神病」者集団会員 長野英子
2001/11

 11月12日与党「心神喪失者等の触法および精神医療に関するプロジェクトチーム」が報告書(以下「報告書」とする)を公表した。
 これは6月の池田小事件以降「危険な精神障害者の犯罪に対して何らかの対策を」という声に応えて出されたものである。
 内容は別紙図のような「心神喪失等の触法精神障害者」に対する特別施設への収容を中心とした特別立法の提案と「精神障害者医療および福祉の充実強化」の提案である。
☆ 保安処分としての特別立法
 保安処分とは何か? 「精神障害者」に対する保安処分に限ってみれば、「精神障害者を犯罪を犯しやすい危険な者とみなし、何らかの犯罪を犯す危険性を要件として、予防拘禁や人権制限を行い、その危険性を取り除くことを目的として強制医療を施すこと」と定義できる。
 今回出された「報告書」は@重大な犯罪にあたる行為を行ったが心神喪失あるいは心神耗弱を理由に不起訴となった者あるいは心神喪失あるいは心神耗弱と認められ裁判で無罪等(執行猶予となったものも含むのか?)となった者を対象としてA全国の地方裁判所に判定機関を置き、精神科医による鑑定を参考に対象者の処遇を判定するB判定の結果は国立病院内におかれた専門治療施設に収容するか、保護観察所の観察下の通院を命令されるかであり、さらに責任能力ありと判断されれば検察官にその結果が通知されることとなる。C専門治療施設からの退院や通院措置の解除、また観察下の通院からの再収容も判定機関が決定する。としている。
 施設への収容や強制通院命令の要件は明確にされていないが、「精神障害者」の中でとりわけ「事件を起こした精神障害者」を対象とする以上、「再犯防止」すなわち「危険性」が要件となることは明らかであろう。 
 まさに保安処分である。
☆ 一生出られない「専門治療施設」
 再犯防止を目的として予防拘禁や通院の強制を行う以上、判定機関は「万一何か事件を起こされたら」という恐怖から、「社会にとって安全=すなわち危険ではない」と確信できるまで拘禁や強制通院の解除の決定を下さないことになる。すなわち永久の拘禁が必然となる。
 一切希望が持てず監禁され続ける特別病棟で医療など成り立つであろうか? 人を監禁する専門家の法務省ですら、管理の困難を理由に「終身刑」導入をためらっている。一切の希望を絶たれた人間を管理するには、徹底した抑圧と厳重な警備、そして秩序維持を目的とした強制医療が必要となる。患者をおとなしくする目的で電気ショックや薬漬け、縛り付けが横行するであろう、そして脳外科手術すら復活しかねない。
 報告書はこの特別病棟内での、治療拒否権も人権擁護システムについても何も述べていない。
 たとえ特別病棟への入所ではなく強制通院を命じられたり、あるいは特別病棟を退所できても、いつまた再収容されるかわからない管理下での生活が続くことになる。こうした状況で医師や援助者との信頼関係を築き、医療を受け入れることは不可能である。
 特別立法の対象者が、本来の意味での医療(=患者本人の利益のための医療)を保障される体制はどこにもない。
☆ 特別立法は「精神障害者」差別
 「危険性」を要件として国家が人を予防拘禁したり人権を制限することはそもそも許されてはならないことである。こうした予防拘禁や予防的な人権制限を許せば、国家はほしいままに人の人権制限や予防拘禁を行ってしまうようになる。それゆえ、この国は少なくとも刑法において「再犯を行う可能性」を根拠に人を予防拘禁することを許していない。
 しかしながら「精神障害者」に限って特別の法律を作り「再犯防止」を目的とした予防拘禁や人権制限を科すことの合理的根拠はなんだろうか? 「精神障害者」差別以外の根拠はあるだろうか?
 「報告書」はこの疑問に全く答えていない。
しかもすでに建前上は本人の「医療と保護」を目的としながら、運用実態としては「犯罪防止」を目的として「人」を永久に拘禁できる措置入院制度をこの国は精神保健福祉法に定めている。99年6月末の時点で措置入院の30%あまりが20年以上の長期拘禁となっている。すでにこの国では「自傷他害のおそれ」を要件として、健常者が受ける刑期以上の拘禁が公然と行われているのだ。
措置入院下では医療が成立せず、ひたすら監禁のみある実態、電気ショックの乱用が暴露されている。
こうした強制医療の実態の中でさらに屋上屋を重ねる形の特別立法下ではどんなことが予想されるであろうか?
よくあるミステリーの書き出し。深夜帰宅すると夫が刺されて倒れていた。妻の私は悲鳴を上げながら駆け寄ってナイフを抜く。そこに悲鳴を聞きつけた隣人が駆けつける。隣人の目撃したのは血まみれのナイフを持って呆然と立っている私。私が呆然としてかつ病状も悪く何がなんだかわからなかったとしたら、そのまま警察に逮捕され取り調べられる。当然混乱している私は当番弁護士など呼ぶことなどできない。
検察は私の病状を判断してとても責任能力を問えないとして不起訴にし、特別立法下の判定機関にまわす。私は何がなんだかわからないまま身柄を拘束されており、自分が犯人とされていることなど理解する余裕もない病状である。当然自分はやっていないということを説明する余裕もなく、判定機関にかけられるとき、つける事ができるという弁護士を呼ぶ知恵すら浮かばない。私が孤立していれば私の身柄がどこにあるか探してくれる人もなく、私は闇から闇に葬り去られることになる。
判定機関は裁判でないので、検察がいう私が犯人というストーリーを検察官に物証を要求して証明を迫ることはできない。私は「重大な犯罪にあたる行為をした精神障害者」として専門治療施設に送られ、一生監禁されるか保護観察の対象となる。
今現在の措置入院もこうした冤罪事件で措置なっている人はありうる。
また現実に私が夫を刺していたとしても、夫が私を殺そうとして正当防衛で夫を刺したので、裁判にかけられれば無罪となったり、あるいは日ごろ夫がDVを振るっていたということで情状が酌量されてそれなりの刑期となることだってありうる。そして刑期さえ過ごせば私は再び自由の身となれる。
 しかし「重大な犯罪にあたる行為をした精神障害者」とレッテルを貼られれば、一生監禁されたり、保護観察の対象となってしまうのだ。
 国家が人を監禁するというのは国家による最大の人権侵害行為であるから、刑罰を科すには刑事訴訟法上の手続き保障が重要視され、検察は被告の有罪を立証する責任があり、刑罰を受けるとしたら「裁判を受ける権利」が確保されていなければならず、その裁判も公開を原則としている。
 しかし判定機関はこうした手続きを一切省き人を監禁できるのだ。
 この「精神障害者」差別を許してはならない。
☆ 特別立法とセットの精神医療改善?
 「報告書」は特別立法とセットとして「精神障害者医療および福祉の充実強化について」を提案している。
 国境なき医師団は、アフガン爆撃と同時に医療品や食料を投下する米英の「同時作戦」を厳しく批判し、こうした「人道援助」は効果が疑わしいばかりでなく、空爆下にある人々を「人道的援助」全てを疑わなければならない状態に追い込むとしている。
 「報告書」のいう「医療福祉の充実」も同じである。片方で特別立法という最大の「精神障害者」差別を行い、「精神障害者」を「犯罪防止」のために監禁しておいて、医療福祉の充実をいわれても、私たち「精神病」者は医療と福祉を疑いの目で見るしかなくなる。
 私たちを「犯罪を犯しやすい危険な者」という色眼鏡で見て、「犯罪を犯させないため」に監視や管理をすることが精神医療や福祉充実の目的ではないか?と私たちは疑わざるをえない。患者会への援助だって相互監視へのご褒美なのかと疑ってしまう。医者も保健婦もホームヘルパーもボランティアもみな警察官になるとしか思えない。
 おびえる「精神病」者は医療や福祉に近づくことすらできなくなるであろう。
 今なすべきことはこの国の論外の精神医療システムを根底的に改善することである。そして精神医療を批判してきた私たち「精神病」者の言葉に耳を傾け、精神医療の被害を受け苦しむ仲間に謝罪し学ぶことである。
 そこからしか精神医療の改善はありえない。
 過激派ならしかたがない。暴力団ならしかたがない、オウムだから、さらに国際テロ組織だから、しかたがない、という形で、この20年間次々と特別立法が作られそして作られようとしている。
 法は国民全てをおおいつくす網でもある。今回「精神障害者」に対して作られようとしている特別立法を許すことは全国民の人権の未来を危うくするものでもある。
 この特別立法阻止のため葉書運動が始められようとしている。読者の方にご支援ご協力を訴えたい。

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