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「ユニバーサルデザイン」

川内 美彦 2001/09/29
障害学研究会関東部会第17回研究会報告
テーマ 「ユニバーサルデザイン」

last update: 20160125


◆レジュメ

〇困難さと環境
困難は周辺の環境との関係で生まれる
困難は日常生活の中でまだら状に起こっている
ここでは障害のあるなしといった画一的な分類は役に立たず、その場のニーズに合っ
た社会的支えがあるかどうかが問題となる

〇「障害」とまちづくりの関係
障害のある人は福祉の対象と考えられている。
障害のある人や高齢の人が使いやすいまちづくりを「福祉のまちづくり」と呼ぶ。
なぜ福祉か = 社会的弱者だから = 助けてあげなければならない
60年代からアメリカで施設はいやだ、地域で暮らしたいという人たちが現れた。
地域で暮らせるような社会を作ろう。
リハビリすべきは社会ではないか。

〇特別扱い
これまでミスター・アベレージという幻想に合わせてきた社会
平均を外れた人には特別扱い = 平均から外れることに恐怖を感じる社会
だれが「障害のある人」で、だれが「障害のない人」か?
「障害がない」のではなく、巧妙に「能力の限界」を隠している社会
社会環境と人間の関係を考えるとき、「障害者」「健常者」とことさらに区別するこ
とに何の意味があるのか
問題解決の手段としてバリアフリーをやってきた
車いすマーク=バリアフリーの象徴
「障害の強調」と「障害の隠ぺい」
無視もされず、強調もされず、特別扱いもされず、普通に生きていきたい
バリアフリーはその願いを叶えてくれない

〇ユニバーサル・デザイン
ロンのアパート問題への疑問から始まった
市場が広がり、選択肢が増え、価格を下げられる
 → バリアフリーは特殊で高いという固定観念を打ち破る可能性を含む
  → 企業が高い関心
スペシャルなものではなく、みんなが共に利用できるようにという発想
バリアフリー:障害のある人のために車いすマークを増やす活動
ユニバーサル:車いすマークがなくてもいい環境を作る

〇単体、システム、全体
しかし、一つのもので全てのニーズに応えることはできない
いかに選択肢を提供できるか

〇『福祉の』まちづくり・人にやさしいまちづくり
「福祉のまちづくり条例」「ひとにやさしいまちづくり」で何が変わるか
使えることは当たり前という意識から議論を始めたい

〇法的な努力
日米の法律における思想の比較

〇「よいまちづくり」を目指して
一度に全てのことはやれない
完璧はない → 少しずつ改良を重ねていく → バージョンアップの思想
ユニバーサル・デザインはシステムだ
実現するためには、消費者主導、参画、情報公開、合意などのキーワードが必要

 

◆記録(by土屋葉)

第17回障害学研究会(関東部会)2001/09/29
 川内美彦「ユニバーサルデザイン」
(於三田障害者福祉会館 13:30〜16:30)
司会:田中

(自己紹介)

川内:建築事務所をしている.この研究会で話をすることは前
から打診されていたが,厳しい質問がくるのではないかという
こと,世話役の長瀬さん自身がユニバーサル・デザインに懐疑
的なのではないかと感じていたことから,逃げていた.しかし
今回本を出したこともあり,著者としての説明責任があること
考えて今日は来た.
 重度の人を切り捨ててしまうのではないか,という批判につ
いてはまず,ユニバーサル・デザインはロン・メイスという重
度の障害をもつ人が言い始めたということがある.また,障害
学の研究者であるジョイ・ウィーバーが彼を支えていたという
ことから,ユニバーサルデザインが障害学に敵対するものでは
ないといえる.

(以下,本題)
 障害があると,この世の中でひどい目にあうらしいというこ
とを,多くの人がうすうす感じている.だから障害をもちたく
ないと考えると,私は感じる.けれども「ひどい目」につい
て,多くの人は具体的には知らない.
 具体例を一つ.ある時,山陰の方に講演に行った日,列車の
客室に入ろうとすると通路が狭くて入らない.デッキにいなく
てはならなくなった.暖房もなく,車両のつなぎ目から雪が
降ってくる.風もふく.車掌さんが通ると「大丈夫ですか」と
聞くが,大丈夫なわけはない.車掌さんが悪意を持っているわ
けではないのに,こういうことが起こってしまう.
 車いすトイレというものがあるが,高齢の人で使った方が便
利だと思える人たちの多くが,「あのトイレは絶対に使いたく
ない」という.自分たちは障害者ではないと思いたい感覚があ
るようだ.

□「辛さ」をつくりだすもの
★スライド:男性がトランクを二つかかえて階段を上ってい
る.
 ある場所で,何かの行動を行うとき「しんどさ」を決める要
素は三つある.一つは「環境」,ここでは階段.二つめは,
「身体的な事情」.筋力があるとか,体力があるとか.三つめ
は「そこで何をやりたいのか」.
 私は建築の人間なので,いかにして階段というハード面を改
善することによって,いろんな人がしんどいと思わずにすむ環
境をつくるかということに関心がある.

★スライド:妊婦,ベビーカーを抱える男性,けがをした女子
学生,掃除道具をかかえた人,杖をついた高齢の女性,それぞ
れが階段をのぼりおりする場面
 この階段を快適に使っている人はいるのか?という疑問がわ
いてくる.この人たちのなかで「障害」がある人は,おそらく
いない.けれども階段でたいへんな思いをする.社会生活のな
かで障害がなくとも,いろいろなたいへんな思い,不便な経験
を持っている.が,多くの人はすぐに忘れてしまう.ずっとた
いへんな目にあっている障害をもつ人がそれを主張し続けて
も,なかなか自分のこととして考えられなかったのが,現在ま
での状況であったと思う.
 では,スライドに出てきた方は,他の環境ではどうか?階段
ではたいへんでも,他の環境ではそれほど大変ではないかも
しれない.つまり,何かをする時に不便とか,大変ということ
は,環境との関係でまだら状に起こっているということ.

□障害者と福祉
 ところで,障害のある人は福祉の対象として考えられてい
る.あの人たちは社会的弱者なのだから,助けてあげなければ
ならない.まず家族が助ける.家族ができなくなったら,施設
に預ければよいのだ,と施設をたくさんつくってきた.施設に
いるから社会に出てこない.社会に出ないからいないものだと
して,何も受け皿を作ってこなかった.だからよけいに社会に
住めなくなり,施設にずっといる.その繰り返し.ところが,
60年代あたりから,地域で生きようという運動が起こってき
た.リハビリするのは,自分たちではなく社会ではないかとい
いはじめた.ここで街づくりの考え方が,いかにして社会的弱
者を出さない街づくりをしていくかということにがらりと変化
した.

□社会的な支え
★スライド
 いままでのまちづくりというのは,平均「ミスターアベレー
ジ」にあわせて作ってきたといえる.しかし,ミスターアベ
レージは、いそうでどこにもいない.平均にあわせようとがん
ばってきたが,はずれると,不利な扱いを受ける.多くの人は
平均からはずれるのは嫌なことだと,思っている.
 しかし,多くの人が平均から外れたケースが阪神大震災であ
る.大多数の人は会社に行けない,学校に行けない,トイレも
使えない.普通に送っていた社会生活が送れなくなった.つま
り,社会環境が壊れたためにそれまでの生活ができなくなった.
 私たちは日頃,生まれたままの人間として暮らしているので
はない.社会的支えを受けながら暮らしている.これまで社会
的支えを受けられなかった人がいた.ありきたりな社会的な支
えでは漏れてしまった人たちを「障害者」と呼んできた.
 従って,カバーされてこなかった人たちをどのようにカバー
していけばよいのか,ということがポイントになる.このよう
に社会環境と人間の関係を考えるときに,障害者とか健常者と
か,ことさらに区別することが大した意味をもたなくなる.

□やり方の例
 どのようにして生きやすい環境をつくっていくか,その例と
してまずバリアフリーが出てきた.
★スライド:車いすで駅の階段を上る時の例.おみこし.キャ
タピラーを使う機械.エスカル.エスカレーターの利用.
 機械をつくってしまうと,利用者ではなく機械を中心とした
システムになってしまう.

★スライド:車いす専用の待合室.丸の内南口.一般の人が通
らないような地下通路.貨物専用のエレベーター.
 今までのバリアフリーのやり方は障害を異常に強調したり,
隠したりすることがあったが,バリアフリーの考え方の中では
これに対しての問題意識が弱かった。利用する側としては,社
会のなかで特別扱いも,無視もされず,自立した人間として普
通に生きていきたいと思っているのに,バリアフリーではその
願いを叶えてくれないことがあるということが見えてきた.

★スライド:都庁の入り口.大きく示した車いすマーク.エレ
ベータの前に「一般の人は押さないでください」の張り紙.
 障害のある人に向けてではなく,周囲の人に向けて「私たち
は,こんなに配慮しているんですよ,こんなに努力しているん
ですよ」ということを見せたい.その道具として使っている.
「あの人たち/自分たち」の区分けをしている状況.バリアフ
リーの象徴としての車いすマークが、それを必要としている人
に対して表示されているのではなく,PRのためのものとなっ
てしまっている.

□ユニバーサル・デザイン
 ロン・メイスは,いろいろな身体の状況に対応できる住宅を
つくろうと考えた.特に車いす専用といわなくとも,使える住
宅をつくることができる.これをユニバーサル・デザインと名
づけた.障害のある人が使えるものは特注品で値段が高いとい
う固定観念をうち破る可能性がある.
 バリアフリーは障害のある人のために車いすマークを増やし
ていくことだったが,ユニバーサルデザインは,だれにでも使
いやすい環境をつくること.特殊なものをなくせというわけで
はなく,一つ一つのニーズをきっちり解決することが基本.そ
のうえでより多くの人に使えるようにすることで,マーケット
が増えていく.このことで「あの人たちと私たちの境目」をな
くしていくことを考えている.

□具体的には?
★スライド:アメリカのチケット売場(指でなぞることによっ
てチケットが買える).エスカレーター,エレベータ,階段の
三点セット.バス停の表示(音声と光).野球場の折り畳める
いす(→車いすも入れる).ノンステップバス.システム自体
を視野に入れた設計.

 福祉の町づくりということで,その分野だけあつかうのには
疑問を感じる.使えることは当然で,さらにもっと安全で,快
適で,安心なまちづくりをめざすことが重要.
 法的努力としては日本でも1994年にハートビル法,2000年に
は交通バリアフリー法ができた.模範となったのはアメリカの
ADAだが,日本の法律には「障害がある人が使えないのは
差別である」という考え方がない.福祉の枠に閉じこめたいと
いう意識がある.
 ユニバーサル・デザインはプロセスだと思う.これを実現す
るためには消費者が参画していくこと.また情報公開がなされ
ることが重要.行政が勝手にやるのではなく,息の長い活動
にする必要がある.私は,ユニバーサルデザインをやりましょ
う,といっているわけではない.いろんな人が不便とか,危険
とか,不安とかを感じなくてもすむ社会をつくりたい.そのた
めの方法としてバリアフリーがよいと思ってきたが,幾つかの
問題点があることがみえてきた.今は,いちばんうまく説明し
てくれるものとしてユニバーサルがある.ここにも問題点がみ
えてくるかもしれない.ユニバーサルは目的ではなく,目的を
実現するための手段でしかない.

(以下,質疑応答)
○バリアフリーも含めてユニバーサルデザインに関する,建築
界の意識をおうかがいしたい.新しい東京ドームのホテルでは
車いす対応の部屋は一つだけだった.建築家はユニバーサルデ
ザインを敵視しているのか.
川内:部屋は二つだと聞いている.ハートビル法では客室その
ものについての求めがない。客室が使えなくてもハートビル法
での認定を受けられる.建築家の常として、基準法に定められ
ていることはやるけどそれ以上はやりたくない.もし発注側が
求めていたのにやらなかったということであれば,建築家に意
図があったのかもしれない.建築家の中にはそのような規制に
とらわれたくないという意向を持っている人もいる.

○公共交通機関についてはわかりやすいが,たとえば住宅は個
別のことだと思う.住宅にユニバーサルデザインは見合うか?
というのが疑問.
川内:一般品と特殊品の境界をどこにひくか,どの部分までを
ユニバーサルと考えるのかはいろいろな議論がある.結論は出
ていない.ロン・メイスが住宅についてまず提唱したのは,
「アダプタブル」という考え方.二つの要素が含まれる.一つ
はアジャスタブル.高さの変わる流し台など.もう一つはアダ
プタブル.後で改造できること.システムの改善.住宅をどの
ようにとらえるか,住むということをどのようにとらえるのか
ということが重要になる.これは必ずしもユニバーサルを目標
に考え出されたわけではないが、最近,スケルトン・インフィ
ルという考え方に関心を持っている。家主は床と柱を提供し、
住む人はそこの空間使用料を払って空間を自由に使うという発
想がある.

○今日はだいぶ納得できた.まず最初の質問.97年から98年に
かけて,バリアフリーの第一人者の方々が,バリアフリーから
ユニバーサルデザインに考えを変えられていった,その機会が
あったら知りたい.二つめは,制度面,意識面を含んだバリア
フリーという言葉がよく使われるが,ユニバーサルデザインが
カバーする範囲はどのあたりまでか.三点め,ADAに対する
批判.障害に着目をすること自身がかえって障害を強調するこ
とになる,という批判.しかし障害に対する差別をなくすには
障害に着目する以外にはないのではないか.
川内:一つめ.1990年にロン・メイスと初めて出会ったが,そ
の時には彼が何を言っているのか本質を理解できなかった.し
かし,「バリアフリー」という言葉は注意して使わなければな
らないとは思っていた.ある考え方があり,面白いと思われる
のに時間差があり,97年あたりからユニバーサルデザインの考
え方が注目され始めた.何かを境にがらっと考え方が変わった
ということではないと思う.
 二つめ,「ユニバーサルデザイン」は「みんなのためのバリ
アフリー」とはどう違うのかという質問.いろいろな人が不便
なことがある,ということには意識がいっていないのが「バリ
アフリー」.ユニバーサルデザインのカバーする範囲は,モノ
と市場,二つに分けるべきだと思う.特殊なものをユニバーサ
ルからはずすのか,ひっくるめるのかという考え方がある.特
殊なものをひっくるめるのは,マーケットをいかに広げていく
かという話になる.
 三つめ,公民権法は宗教,人種,性別で差別を禁止してい
る.ではなぜ障害だけが個別に切り出されなくてはならないの
か.障害にもとづく差別を解決するために,「障害」という言
葉をいれる法律をつくるのは,社会的に問題のありかを知らせ
るという意味でも意味がある.だが,その先はそれらも包含し
て、社会全ての人に対する差別禁止を言うのが本来では.将来
的には統合された法律ができるのが望ましいと考える.

○ユニバーサルデザインをおしすすめていくと,差別が見えな
くなるのではないか.またユニバーサルデザインが実現した社
会というのは,もともとの「不便さ」に対する想像力が欠けて
いる世界ではないか.
川内:物事は一度に解決できない.もともと困っていた人の問
題点が見えなくなるのは,表面的にはそうかもしれないが,だ
からといって改善をやめて不便なままでよいのかというと,そ
うではない.経験を蓄積し,伝えていくことでユニバーサルデ
ザインが実現された社会はそのような経験の遺伝子をもってい
ることになるだろう.

                            
     (以上)


……以上……


REV: 20160125
川内 美彦  ◇ユニバーサルデザイン/ユニヴァーサルデザイン  ◇障害学研究会関東部会  ◇全文掲載
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