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「精神科医と死刑執行――日本の精神科医はWPAマドリッド宣言とそのガイドラインを尊重できるか?」

山本 真理 2001/07/25 『精神神経学雑誌』103-7:568-572

last update: 20160125


精神科医と死刑執行――日本の精神科医はWPAマドリッド宣言とそのガイドラインを尊重できるか?

山本真理
『精神神経学雑誌』103-7:568-572
2001年7月25日発行

 1996年WPA(世界精神医学会)はマドリッドにおいて精神医療の倫理面における宣言を出し、同時に特別領域におけるそのガイドラインを出した。このマドリッド宣言はWPAに参加する各国学会によって支持されたものであり、「どの国の学会でも尊重されなければいけないものである」(日本精神神経学会とWPA執行委員との合同会議録よりOkasha次期会長発言、学会誌99巻10号)。このガイドラインは死刑について以下のように述べている。「いかなる場合であろうと精神科医は法の下での死刑執行に関与すべきでない。また囚人の処刑ができるという能力評価に精神科医は関与すべきでない」。
 ひるがえってこの国の死刑執行の状況はどうか?
 1993年3月26日3人の死刑囚の死刑が執行された。
 その内の一人大阪拘置所で処刑された川中鉄夫氏が「精神病」者と判明している。川中さんは事実関係の誤りを求めて再審準備中であり、中道武美弁護士は彼の弁護人であった。大阪拘置所によると、川中鉄夫さんは確定判決前1982年1月14日に外部の精神科医が彼を診察し「幻覚妄想状態(分裂病の疑い)」であると診断した。以上は中道弁護士の問い合わせに対する大阪拘置所の1985年11月12日付回答である。しかし拘置所は川中さんを病院や医療刑務所に移送することはせず、半年に1回専門医の診察を受けさせるだけで、漫然と投薬を続け放置していた。そして政府は川中さんを処刑した。(注1)
 「死刑に直面している者の権利の保護と保証の履行に関する国連決議(1989年1のD)」(日本も賛成票を投じている)では「判決の段階又は処刑の段階を問わず、精神障害者又は極度に限定された精神能力者に対する死刑は排除すること」と明記されている。また国内の刑訴法479条には死刑の言い渡しを受けた者が「心神喪失の状態にあるときは法務大臣の命令によって執行を停止する」とある。川中さんの処刑は明らかにこれらに違反した不当違法な処刑であった(注2)。
 この処刑に関してはWPA Review Committee on the Abuse of Psychiatryの委員長Marianne Kastrup氏から筆者へ、2000年9月に委員会としてこの件に関し事実解明をする必要があるという結論が出、日本の学会と連絡を取る予定との連絡があった。またすでに川中さんの処刑直後にも本学会に対しWPAより「どの医者がどのように処刑に関与したのか」という質問がきているはずである。
 その後も精神障害を疑われる死刑囚の処刑が続いている。1995年に福岡拘置所で覚醒剤使用中の事件であると再審請求を繰り返し、処刑直前にも再審請求書を書き続けていた平田直人さん(覚醒剤の後遺症に苦しんでいたと伝えられている……注3)が処刑され、1997年8月1日には精神障害を疑われる永山則夫さんが東京拘置所で処刑された(注4)。さらに2000年11月30日には3名の死刑執行が行われ、その内福岡拘置所の大石さんが精神病に苦しんでいたと伝えられている(注5)。

<日本の医師、精神科医はどのように死刑制度と関与しているか?>
 まず逮捕の時点である。主治医がいる患者の場合、主治医が事情聴取され、「勾留に耐えるかどうか?」問われる場合がある。私の救援活動の経験ではこうした場合、「勾留の条件」すなわち獄中が患者にとってふさわしい状態か否か? 独房の日当たり、風通し、暖房、その他の条件、そして医療条件を調べることなく、「勾留に耐える」と警察に告げた精神科医がいた。その精神科医はその後「拘置所は暖房ないんですか?」とビックリしていた。寒冷地の冬のことである。精神科医も科学者であるなら、「勾留に耐える」と判断する際「勾留条件」を考慮することは当然ではないか? 
 加害者が大けがをしていれば取り調べや勾留よりもまず医療が先行するのは当然である。精神科でも当然その措置がとられるべきである。
 法的にも監獄法43条において「精神病、伝染病その他の疾病にかかり監獄において適当な治療を施すことができないと認められるときは、病者を情状により仮に病院に移すことができる」とされている。
 主治医あるいは監獄の医者、外部から招聘された医者は、「精神病」者の防御権の保障のためにも、生命の保障のためにも、上記の措置がとられるようつとめるべきである。しかしながら、今日本の精神科医はそうした視点を持ち得ないでいる。それゆえ、自分に対して何が行われているか理解もできない状態で、取り調べがすすめられ、裁判手続きが進行し、死刑判決を下される例も存在する。
 上記のように逮捕取り調べ、そして裁判の過程で精神科医は患者の利益に立たない形で死刑制度に関与している。
 日本精神神経学会自身1992年4月4日(平成4年)付け厚生大臣宛の「精神保健法見直し」についての要望書において、「精神保健法の見直し――国連決議との関連において――」のなかで、「精神保健法第50条(注6)に関して、原則20の規定から、この条文の中に『矯正施設に収容された精神障害者についても、この法律に定められた人権擁護の規定は適用される』と規定する必要があろう。」と述べているが、この視点からも精神科医は刑事施設に入れられている精神障害者について人権保障、医療保障、および医療的環境の保障を行うべきであろう。
 また国連原則20(注7)の趣旨からいえば、この国の現状の獄中医療は全てこの原則に違反している。川中鉄夫さんの例に典型的に見られるように、半年に1回の専門医の診察は、決して「最善のメンタルヘルスケア」とは呼べない。実際に獄中体験者の証言によれば、インフォームド・コンセントもなしに薬を漫然と与えられている実態がある。また獄中では医療より懲罰が先行している実態がある。弁護士の調査によれば、病状の苦しさのあまり大声を出せば、即懲罰、自殺は「脱獄」同様にとらえられ、懲罰が医療に優先する。こうした懲罰を科す場合、形式的には医師の診断が必要とされているはずである。こうしたとき国連原則20の趣旨に基づき、また倫理的職業的責務に基づき、医師が積極的に獄中者を防衛しなければならない。
 しかるに現状はそうなっていない。むしろ機械的に懲罰できると判をついているのが実態である(注8)。
 こうした獄中処遇の中で精神疾患に苦しむ死刑囚はその状態を悪化させられている。そうした精神疾患の悪化ゆえに、弁護士や支援者との意思の疎通を取れない状態に追い込まれたり、防御権を行使できず、控訴・上告を取り下げたり、再審をあきらめたりしている死刑囚が存在する。
 獄中処遇の実態においても精神科医が上記のように患者の利益に立たない形で死刑制度に関与している。
 そして処刑の段階において、元法相佐藤恵氏(注9)によれば死刑執行のサインを求められる際に、添付資料として「精神的に健康」という資料がつけられていたそうである。死刑執行の過程においては「執行できる心身の状態にあるか否か」がチェックされることになっている(注10)。
 川中さんについても必ず精神科医が「執行できる」というサインをしているはずである。日本の精神科医は明白にガイドラインに反し「死刑に関与」している。
 さらに処刑に医師が立ち合い検死していることは後述するようにアメリカ医師会の代議員会決議では禁止されている、「医師の処刑への関与」にあたる。

<アメリカの医師と精神科医の死刑問題に対する態度>
 いわゆる「先進国」中では日本とアメリカだけが死刑制度を維持し続けている。しかし日本の死刑制度が「密行主義」であり、また死刑囚の通信面会の権利が1963年の法務省通達以降著しく制限されているのに比して、アメリカでは死刑囚は州によっては電話もかけることができるし、またどこでも通信面会の権利は日本よりはるかに保障されており、死刑確定囚とマスコミとの接触も盛んに行われている。
 こうした状況下で、アメリカでは死刑の存廃をめぐり市民が議論するための情報が日本よりはるかに多く提供されていると言える。
 すでに1993年に筆者の川中さんの処刑問題について学会に訴えに応え、学会が法務省への問い合わせたのに対し、法務省は一切答えなかったことと比べるとき、アメリカと日本では死刑確定囚をめぐる状況が大きく異なっている。
 こうした情報公開があるにせよ、アメリカにおいては医療従事者や精神科医は死刑問題や死刑囚の置かれている状況から目をそらすことなく、医療従事者としての倫理において、以下のように活発な議論を行い、また決議を上げている(注11)。もちろん背景に州によっては注射による処刑が導入されたこともあるが、日本の医師と比して彼らは正面から死刑問題に取り組んでいる。

1980年
 American Medical Association
 生への希望のある限り生命維持に献身すべき職業者の一員として、医師は法により保障された処刑に関与するべきではない」と公式に立場を表明
 American Psychiatric Association(APA)
「直接的であれ間接的であれ、医師が国家に処刑者として仕えることは、医療倫理の退廃であり、治療者であり慰安者であるべき役割を腐敗させることである。したがってAPAは精神科医の処刑への関与に強く反対する」
1986年
 American Public Health Association
 「医療従事者は法により保障された処刑に手を貸すことを求められたり期待されたりされるべきではない」と決議。
 さらにこのあと死刑廃止に向けロビー活動をするよう呼びかける。
1990年12月 
 American Medical Association's House of Delegates
 医師の処刑への関与への反対と、処刑への関与の定義の拡大を確認し決議。
 決議は「死因を証明すること」をのぞき医師の処刑への関与に反対した。
 このことは1980年の決議よりさらに進んで医師の処刑への関与の定義を拡大しており、「死の宣告」も医師はすべきでないことを意味している。つまり医師が死の宣告をするとしたら、もし死刑囚が完全に死んでいないとき、もう一度の処刑をさせることになるからである。決議によれば医師は死刑囚の死が確認されたあとにのみ関与できるのである。
 この決議の定義によれば、日本で行われている医師による処刑の際の検死は、明白に医師の処刑への関与となる。
1991年6月
 AMA's House of Deligates
 「処刑への関与禁止を破り医師を動員しようとするいかなる法律や法令に反対するよう医療関係諸団体に要請する」決議を採択

 また英国では1990年にBritish Medical Associationに死刑執行も含む人権侵害への医師の関与の問題を検討するため作業班(Working Party)が作られた。
 この作業班の結論は医師は決して処刑に立ち合ってはならないというものであり、「処刑へと導かれる司法手続きにおいて医療的関与をなくすことを目的として医療専門家は動かなければならない」と結論を出している。
 そのほか被告人の将来の危険性(これが死刑の根拠の一つとなる)について100%危険性を予測できるとして、手続き上も問題ある鑑定と証言をしている精神科医に対してAPAの評議委員会は正式に懲戒処分を出している。ちなみにこの精神科医が将来も殺人を犯すと鑑定した人の中には後に無罪が証明された方も入っている。またAPAは将来の危険性については法手続上の証拠となるほどの信頼性はないと「裁判所の友(amicus curiae)(注12)」として法廷に意見を出すなどの行動も積極的に行っている。

<今学会に求められているもの>
 日本精神神経学会は最低限マドリッド宣言およびそのガイドラインを尊重しかつそれを改めて公に宣言すべきである。APAの姿勢に学ぶ必要がある。もちろんAPAの決議にも関わらずアメリカにおいては日本とは桁違いの数の死刑執行が行われ、そして多数の精神障害者が処刑されている。その意味ではいかにガイドラインを実効あるものにしていくか、その行動も問われている。
 たしかに日本の死刑制度の極端な「密行主義」および死刑確定囚の通信面会の制限が死刑囚の実態およびそれに関与する精神科医の実態を知るために大きな壁となっている。しかし上記のように精神科医が死刑制度に深く関与している実態があるとき、まず学会内において死刑制度および死刑囚の実態、死刑執行の実態について、そして精神科医が医師としていかなる関与をするべきなのか? あるいは関与すべきでないか議論を巻き起こす必要がある。そのためにも学会内に死刑問題委員会を発足させることを強く訴えたい。
 筆者らの死刑問題委員会発足の提起に対し、理事会ではこの問題は大きすぎて学会に扱う範囲を超えている、という結論が出たそうであるが、いかなる議論がされたか筆者らおよび会員には一切公開されていない。川中鉄夫さんの処刑以降世界から注目されている学会としてアメリカの例にならい、正面から医師の職業倫理としてこの問題に取り組むべきだ。少なくともそれがなぜできないのか、いかなる議論がなされたのか会員に公開されるべきである。
 まず上記に述べた、学会自身が出した意見書の実現を再度追求すべきだ。そして国連原則の視点からも死刑囚の獄中医療の問題について取り組むべきだ。さらに情報公開を国にせまる行動が求められている。同時に学会員全体に呼びかけ、情報収集につとめ、また個別の精神病に苦しむ死刑囚について、広く情報収集につとめ、医師として何ができるのかの追求をするべきである。
 全会員に呼びかけたい。医師としてこれ以上精神障害者の処刑を許さないという声を上げていただきたい。そしてその声を理事会に集中していただきたい。

注 
注1 処刑直後の中道弁護士のマスコミ発表による。
注2 国連決議と国内法は乖離しており、決議が「精神障害者」を処刑の対象から外しているのに対し、国内法では「心神喪失者」しか処刑対象から外していない。日本政府自身が賛成票を投じた決議と国内法のこの乖離は問題である。
注3 福岡の死刑廃止運動団体で平田さんと交流していた「死刑廃止タンポポの会」機関誌「わたげNo.24」96年2月17日発行による
注4 『死刑事件弁護人』、大谷恭子、1996年、悠々社
 著者は永山則夫さんの弁護人を務めた大谷恭子弁護士。永山さんについては精神鑑定が2回行われ、結論は完全責任能力と責任能力の減退つまり心神耗弱とに割れているが、裁判所は前者を採用した。弁護活動の中で精神症状を疑わざるをえなかった報告が本書にされている。
注5 大石さんに関しては精神鑑定が4回行われ、2つの結論は責任能力なし、あと2つは責任能力ありと二つに割れた。同上「わたげNo.38」2000年12月9日発行によれば、面会中の彼の発言から精神障害が疑われたことが報告されている。
 もちろん日本の裁判では専門家の鑑定に裁判所は拘束されるわけではなく、最終的な「心神耗弱、心神喪失あるいは完全責任能力か」の判断は裁判所がするのは当然とされているが、死刑か無期かは生命の問題であり、相対的な差ではなく絶対的な違いであることは言うまでもない。   
注6 現行精神保健福祉法43条 通報制度以外の法の「医療と保護」は矯正施設被収容者には適用しないとしている。
注7 国連総会第46回総会決議「精神病者の保護及び精神保健ケアの改善のための原則」
1991年12月12日出席加盟国全員一致で採択
原則20 刑事犯
@この原則は、刑事犯罪のため拘禁の言い渡しを受けた者、また刑事手続きあるいは刑事犯罪の捜査の過程で拘禁されている者で、精神病であると判定され、もしくは精神病であると信じられている者に適用される。
Aこうした者すべては、原則1で規定するように、利用しうる最善のメンタルヘルスケアを受けるべきである。以下略
注8 懲罰に関する医師の関与については公になっている資料としては、磯江洋一さんの訴えた民事裁判で明らかになったものがある。彼は「精神病」者ではないが、旭川刑務所で13年間1日24時間365日独房に監禁され完全に隔離された生活を強いられ、腰痛その他に苦しみ裁判に訴えたが、その公判で明らかにされた資料の中には、獄中医による3ヶ月に1回3ヶ月ごとの審査の資料があり、そこにはたった1行の独居処遇可能という文章のみが何年間も出され続けていた。
注9 1995年12月14日「死刑執行抗議、死刑廃止国際条約採択5周年、もう一人も殺させない12/14国会議員と市民の集い」での佐藤恵氏講演より
注10 死刑執行までの手続きは以下である。Dの(1)の段階で精神科医の専門家としての意見が必ず求められているはずである。
@裁判での死刑確定
    判決・裁判記録
A高等検察庁・検事長→法務大臣へ上申書
    判決・裁判記録
B法務省刑事局付け検事の審査
    疑問があれば再調査→刑事局会議
    (1)刑執行を停止する事由はあるか
    (2)非常上告の事由があるか
    (3)恩赦に相当する事由があるか
  死刑執行起案書 
    (1)犯罪事実
    (2)証拠関係
    (3)情状
    (4)結論
C刑事局・参事官→総務課長→刑事局長
    各担当者が精読の上決済
D矯正局・参事官→総務課長→矯正局長
    (1)執行していい心身の状態か否か   
    (2)恩赦の上申をする事由があるか否かを確認
E保護局・参事官→恩赦課長→保護局長
    恩赦に相当する事由があるか否かを確認
F刑事局
G法務大臣官房・秘書課長→官房長→事務次官(事前に大臣の内諾をとってから提出)
H法務大臣
    執行命令書にサインする
I高等検察局
J拘置所長
    発令されてから 5 日以内に死刑執行
注11 アメリカの状況については以下の本による "Executing the mentally ill ----the criminal system and the case of Alvin Ford" MILLER K. S., RADELET M. L. 1993 Sage Publications
注12 「裁判所の友」とは日本にはない制度であるが、当事者以外の第三者が事件の処理に有用な意見や資料を提出して裁判所を補助する制度で、「市民の司法参加」の一形態である。


……以上……

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