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「障害者運動と障害学」

姜 博久 2001/06/30

last update: 20160125


障害者運動と障害学

姜博久 20010630
リバティおおさか(大阪人権博物館)主催・リバティセミナー「障害学の現在」 第5回

Subject: [jsds:6065] リバティ・姜博久さん講演記録(長文)

みなさま、こんにちは。まつなみです。

 夏の間いそがしかったり、パソコンが壊れてしまったりで、遅れに遅れてしま
いましたが、リバティおおさかのセミナーの報告を、再開します。

 第5回は、このMLにも参加されている、全障連の姜博久さんです。ぜひ読ん
でみてください。(姜さんにはチェックしていただきました。)
 セミナー報告は、あと1回(倉本さん)で終了です。

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リバティセミナー「障害学の現在」 第5回 (20010630)
 『障害者運動と障害学』     
  by姜博久<カン・パック>さん(全国障害者解放運動連絡会議関西ブロック)

 現在、リバティおおさかで進められている展示物の見直しの委員会に関わってい
る者として、このような関西初の「障害学」の集中的なセミナーが設定されたこと
は光栄だ。このタイトルで僕が話す資格があるのか、迷いもあったが、この間、自
分なりに考えてきたことをしゃべりたいと思う。

0.はじめに 〜障害学への私的関心、知の経験と身体の経験〜

 @発見されてこなかった障害者 〜障害者の歴史と社会批判〜

 僕の障害学への関心を考えると、大学時代(80年代初頭)にさかのぼる。日本古
代史を専攻した。このころ、大学に入る障害者は少なかった。それもほとんどが社
会福祉専攻。それが当たり前と思われていた。僕は根っからひねくれ者で、「障害
者イコール福祉」はイヤだった。歴史が好きだったが、最初は「障害者の歴史」を
する気は毛頭なかった。でも大学3年のゼミ発表の時、たまたま河野勝行の『障害
者 −過去・現在・未来』を読む。全体的に納得できなかったが、障害者に関わる
非常に面白い史料があることを知る。面白くてたまらなくなり、自分で調べた。最
終的には、奈良時代の福祉政策について論文をまとめることになった。
 しかしその頃「障害者の歴史」の文献ほとんどなかった。本を読んでも僕が知り
たいことは載っていない。「歴史研究において障害者は、いまだ見つかっていない」
と思った。どんな生活をし、どんな人間関係をとり結んでいたのかがわからない。
理由として考えられるのは、障害者の問題が社会問題としてきちっと認識されてこ
なかったこと。(社会批判的な視点が弱い。) 被差別部落の運動と歴史、植民地
史や「在日」の歴史、80年代以降は女性史についても研究が進められてきたが、障
害者の歴史研究は進んでいない。これは障害学の一つの大きな課題ではないか。今
後、障害学的な視点を導入した専門分野からの追求、とくに社会体制や国家機構を
も視野に入れた研究が出てきてほしい。

 A身体機能の変化と戸惑い 〜障害というものに対する問い直し〜

 僕が「障害学」に関心を持つもうひとつの理由。30歳まえに、アテトーゼ型脳性
マヒ者の二次障害である頸椎症にみまわれた。小学校から大学までは、何とか単独
歩行ができていた。しかし手押し車が必要になり、今は車椅子を使う。上肢も、こ
れまで動いていた腕の力が低下し、動く範囲が狭まっている。これまで受けてきた
リハビリは何だったのか?と思ったりする。「自分が自分の意志でコントロールで
きない部分を持つ」ということは、人間にとってどういう意味があるのか。この問
題はどこかで安楽死の問題ともつながっている。ただ悲観するのでなく、意味を見
いだしたいと思う。これは人間としての価値を減じることなのか?と、自分の身体
経験から思う。いくらテクノロジーが発展してディスアビリティ(社会的障壁)が
除去されても残る、この「コントロールできないもの」(インペアメント)を社会
の中でどう捉えるのか。それを「文化」とか「個性」とかで捉えていいのか。抵抗
感、疑問があった。今もある。「障害学」の文献を読み始めて、障害は文化である、
インペアメントを一つの属性として打ち出す、という文を読んで、しんどくなった。
まっとうだけど、しんどい。これはなぜなのか。

 B人間の存在と関係をめぐる問題意識 
  〜現代思想への関心と社会への批判的視点〜

 もう一つ障害学に関心をもった理由は、大学時代からの現代思想への関心。浅田
彰、柄谷行人などを読んでいたことから。人間の意識や行動がいかに社会によって
つくり出されているのか、人間存在は他者との関係抜きには考えられないこと等、
さまざまな知的刺激を受けた。しかしあくまでもつまみ食いで、消化不良のところ
があったが。

1.障害学と障害者運動 〜闘いと遡行、遠い? 近い? その関係〜

 @障害学と障害者運動の距離 〜学問・政治/運動・思想に対する忌避〜

 一つ考えておかないといけないことは、「闘いと遡行」ということだ。立岩さん
の本(※『弱くある自由へ』)の原題だったそうだが。「遡行」とは、(運動の経
験などを)学問的に咀嚼して、よりよい方向を見つけていこうということだ。立岩
さんという人は不思議な人で、彼が「闘い」について書くことは具体的でわかりや
すい。でも、「遡行」で書くことは難しい。おそらく立岩さんが「闘いと遡行」と
いう言葉に込めた意味は、障害者が未来を切り開くためには、この二つを同時に進
めていかないといけない、ということではないか。しかし障害者運動の現場では、
正直言って、(障害学のことが語られない。運動の武器、運動の理論として使えて
いないのが正直なところではない。酒飲みばなしで話されることはあっても。
 運動をやっている人の中では、学問ぎらいが多い。へんなかたちでの学歴社会へ
の反発かもしれない。政治、学問を遠ざける雰囲気がある。学ぶ環境が満足に保障
されてこなかったことも関係しているのかもしれない。
 一方、「障害学に興味があるけど、行政闘争などには二の足を踏む」という人も
いるのではないか。現在、当事者が地域を拠点としていろんなサービス提供する事
業も出てきている。いろんな活動が運営され始めている。そんな中で、昔からの
(障害者)運動の意味とかを、知らないままの人も出てきている。昔からやってき
た人は、笑い話に語ることはあっても、本当の(運動の)しんどさや意味を伝えて
いないかもしれない。自分自身、(障害者運動の)第二世代だ。「青い芝」の運動
の渦中にはいなかった。70年代の養護学校義務化反対闘争も、文部省の前でジクザ
グデモをし、テントをはって、という経験もない。今の自分、その場にいたとした
ら、どれだけ入り込めたかな、と、(前の世代の人を)うらやましく思ったりする。
本当に、僕たちの前の世代の人が何を問題にし、何を変えていこうとしたのか、知
っていきたい。
 大阪というのは不思議な土地だ。被差別部落、在日の運動があり、運動の素地の
ようなものがある。そこで障害者運動が始められた意義は大きい。しかし、「まあ、
ええやん」で進んできたところもあるかもしれない。それを否定しないし、だから
こそ広がったのかもしれない。運動をふりかえることが、今、必要ではないか。そ
の一方で、障害学の対象は何か。運動が担っていくのは何かというと、今のシステ
ムを変えていくことだろう。社会批判の視点をどう切り開いていけるのか。これら
(闘いと遡行)がリンクして、つながってこそ、ほんとの運動じゃないか。障害学
も立派な「運動」だと思う。ただ、現状はかみあっていない。互いが違いを刺激し
あえていないと思う。これからだろう。

 A一人一人が抱く問い、感覚、思い 〜現実生活の中に漂う問題意識と関心〜
 
 僕が注目するのは、80年代に関西で始まった「ノーマライゼーション研究会(通
称:N研)」。ここには(当事者、運動家、研究者など)種々雑多な人が集まって
いた。ここでやられていたことは障害学だったと思う。もしかすると分析の精密さ
は、いいかげんだったかもしれない。でも、そこでやられていたこと、問題意識や
課題は、今の障害学と共通していると思う。80年代、日本では立派に障害学が始ま
っていたと思う。研究者と運動は、もっと近かった。(定期的な部会のほかにも、)
思っていることを語り合う場があった。N研の中に、「コメントの会」という、当
事者どうしが語り合う場もあった。一方、学問的に成果を出していく人もいた。堀
正嗣さんの『障害児教育のパラダイム転換』など。そこで堀さんは「ノーマライゼ
ーションの同化と異化」ということを言ったが、これはN研の年報で公表されたも
のだった。
 障害学は、ただ「英米から始まった」んじゃないと思う。N研の活動が始めてい
たことがあった。日本でもちゃんと、同じような問題意識を持って取り組んでいた
活動があった、と言っておきたい。(それは、自立生活運動が80年代に本格化する
以前に、「青い芝」の運動によって地域での生活がすでに始められ、その広がりの
基盤としての役割を果たしたのとよく似ている。) N研の中に、ゆるやかなつな
がりの中で、学問であろうが運動であろうが、前に進め、実っていく可能性が、こ
こ大阪にあったのではないか。
(例えば93年に心身障害者対策基本法が改正され、障害者基本法になったとき、運
動の側が取り組みの拠り所としたのは、10年も前にN研で作成された法律案だった。
関西には、集団で何かを創り上げる草の根の力といったものが、ほかの地域にまし
て強い気がする。)

 B社会批判の理論とシステム変革への実践 〜知の運動と実戦運動の連結〜

 障害学の対象とする領域は広いし、人によってその意味するところが違うのは当
然のこと。ただ、障害学の目的の第一は、障害という視点に立って、社会を批判し、
徹底的に相対化すること、その上で社会の中の可能性を見いだしたり、その可能性
を現実化する道筋をえがくことにあると思う。だとすれば、障害学は知的な側面で
の現代社会に対する闘いであり、運動ではないのか。
 石川准さんが(この講座の第一回で)「障害学は障害の視点で考えていく学問で
あって、それ以上でも以下でもない」と言ったが、それだけでは自分は納得できな
い。運動と研究は距離感をおいておくほうがいいと言う人もいる。だが、少なくと
も運動の現実、マイノリティとしての障害者が何を望み、どういう課題を抱え、ど
んなシステム改変の道を探ろうとしているかを知ることなしに、障害学は進まない
だろう。運動と学問、お互いがお互いを避けてはいけないんじゃないか。障害学=
知の運動と実践運動は、車の両輪であるべき。まだそうなっていない。相互批判を
含めて成果を共有してこそ、本当の闘いにつなげることができるのだと思う。

2.障害学の中で語られていること 
  〜社会モデル(平等派)・文化モデル(差異派)〜

@平等派と差異派の違い? 〜生活相対的平等の闘争と属性相対化平等の闘争〜

 ここからは議論に足をつっこんでみたい。障害学の本の中でとりあげられている
「社会モデル」と「文化モデル」がある。「社会モデル」は、障害をつくり出して
いるのは社会であり、社会を何とかしていかなくてはというもの。「文化モデル」
は障害をもつことの独自性を強調し、いかに肯定していくかというところから出て
きた。だいたい、「社会モデル」を強調する人は平等派、「文化モデル」を強調す
る人は差異派と呼ばれるようだ。 しかしこういう呼び方はあまり意味がないと思
う。「社会モデル」の人も、片やぜいたくな暮らし、片や悲惨な生活をしているな
ら、それはいけない、ということで、同じレベルでの生活を求めていく。そのため
に必要な支援は異なる。平等の視点に立って保障していかないといけないが、これ
は違いに注目しないと成り立たない。(=生活相対化平等。)
 いっぽう、文化モデルも結局は,他の文化と「対等な」位置づけを求めているん
じゃないか。自文化を絶対化しない限りにおいては、求めているのは平等だと思う。
障害という属性を、あたりまえのこととして相対化していくということだ。(=属
性相対平等。)
 つまり、平等派と差異派の違いを強調すると、運動的にも学問的にも良くない。
両方が、いっしょに取り組まれるべきだろう。
 「青い芝」の運動は、今から思うと(平等と差異の)二つの側面があったのでは
ないか。障害学でも「青い芝」は、(差異派的な思想として)語られるが。実力行
使、バスジャックだって、「普通の人のようにバスに乗りたい」という動機があっ
たのではないか。施設から障害者を連れ出していくにしても、「普通の人と同じ生
活をさせろ」ということだったのではないか。その中で自分の障害をどう見つめて
いくのかを問いかけ、「青い芝」の運動は続いた。ただ、「青い芝」が求めた「平
等」は、非障害者中心の社会をそのままにしての平等ではなかった。平等を求めて
いくからこそ、今の社会を変えていかないといけなかった。「愛と正義を否定する」
という行動綱領の意味は、安易な平等論ではなく、非障害者社会との闘いと変革を
前提としていた。運動と思想が一体となって進められた闘争だった。

 A障害文化論は成立するのか? 〜文化の政治学とアイデンティティの危うさ〜

 文化の意味内容は多様だが、とくに、慣習的な行為や価値観、ルールという側面
から考えた場合、障害(インペアメント)に基づく障害者固有の活動にあてはめて
「文化」として位置づけるのが「障害文化論」かと思うが、これは成立するのか?
僕たちはよりかかれるのか?というのが正直な思いだ。倉本さんは、身体的な障害
(インペアメント)を積極的に打ち出す方向、社会に突きつけ、価値を高める、と
いうことを書いていたが、僕からすると、障害者特有の慣習的行動、日常というの
は、今の社会で障害者が置かれている状況から強いられていることが多いのじゃな
いのかと思う。社会の側の、圧倒的な非障害者中心のつくりがあり、それゆえに行
動しなければならないことが多々ある。いくら障害独自の行動といっても、かなり
の部分、押しつけられている部分がある。それを抜きにして、簡単に「文化」とい
って独自性を打ち出していいのか。それが僕の疑問だ。
(障害文化論は確かに一定のインパクトがあったし、意義は認められる。だが、現
状では、支配文化である非障害者文化からの影響や妥協から逃れがたい宿命を背負
っていることも、注意すべきではないか。もし、現在の段階でインペアメントをポ
ジティブなかたちで打ち出すのであれば、ある特有な属性として、他の属性との相
対的な行道を求める方向で、闘争理論の筋道を見いだすほうがよいのではないか。)

Bマイノリティ文化の揺さぶりとマジョリティ文化の柔軟性〜二元論構造の限界〜
 
 第二回の杉野さんの話で、健常者の枠が狭くなっている、という提起があった。
障害者による障害のポジティブさの主張、社会のありようを変えるということで、
支配文化を揺さぶり続けていることになるのかもしれない。しかし、いくらマイノ
リティが自分たちの文化を誇っても、マジョリティによって消費されるか、幻想と
してのマイノリティ文化を押しつけられる。支配文化そのものが根底から覆される
ことはない。
 倉本さんが取り上げた障害者プロレスと演劇(劇団態変)があるが、当事者たち
の思いや活動じたいの意義は別として、あれは劇場空間の中だからできること。文
化の政治学の力によって消費されていくのではないか。人間の身体を意識的に突き
つけることはできても、障害者の生活の現実問題は見えてこない。『五体不満足』
の乙武くんは、(あれだけ本が売れたことを)見事な「誤算」と言っている。めっ
ちゃさわやかで、見ていて気持ちがいい。健常者にとっては、たまらない。乙武く
んは、絵になる。彼のキャラクターは認めるが、安堵感を与えるものとして、消費
されるだけに終わっている。(第一回で)石川さんも言っていたが、障害者が個人
について語ることが、(支配文化の中で変換され)、個人として受け取られないこ
とがある。
 だからといって僕は、インペアメントの部分を否定してしまおうとは思わない。
最終的には、「障害があって、どこが悪い!」と言いたい。「たまたま障害者なん
だ」と僕は言いたい。しかし、自分の中の「コントロールできない部分」を「文化」
と位置づけることはできない。(インペアメントゆえの身体経験をどのように理論
的武器として打ち出せるのだろうか。解答はすぐには見つからない。)

3.知の運動と実戦運動による問題共有
 〜二つの大きな壁をどう乗り越えていくのか〜

 @労働へのアプローチ 〜近代的労働力の無根拠性へ向けて〜
 
 障害学と障害者運動が共有すべき、と思っているのが、「労働」と「教育」の課
題だ。近代社会では、(資本主義でも社会主義でも)「労働力」というものを人間
共通の所有物として、それに立脚する生産構造を前提としてきた。だが、労働力と
は、はたして何らかの実態としてつかめるものなのか。測れるものなのか。現実に
は、同じ時間、働いてもさぼっても給料は同じ、ということだってあるではないか。
労働力は、普通、生産の成果物の量で計測される。しかし求められる生産量は、
社会の側から設定されることがほとんどであり、個人個人の生産力は、相対的に測
られるにすぎない。つまり、生産性というのは、個人がつぎこんだ労働力じたいに
よって計測されるわけではない。また、(商品は売れなくては無意味だから、)商
品の価値は、それにつぎこまれた労働力で決定されるわけではない。つまり、労働
力はそもそも計算不可能な性質をもっているのではないか。
個人的な労働力の価値が計算不可能だとすれば、社会が要請する労働現場から、
労働力のないとされる障害者が排除される理由が見いだせなくなるのではないか。
「生活相対化平等」の闘争理論から、労働力の差異を補うことの平等性が認識され
るなら、「ほかの人の労働力を借りた障害者の労働力」の行使も、認められるので
はないのか。
 障害学は、近代的な労働力に対する認識の転換を、どう進めていくのか。少なく
とも、労働力が「個人の能力」として認識されている限り、障害による生産の不可
能性は強調されつづけるに違いない。(そもそも、本当に働けないのか、さぼって
いるのかを見分けるために「障害」の分類が進んだりした。)「労働力」観を転換
するための理論構築が、障害学にも障害者運動にも求められていると思う。

A教育へのアプローチ 〜学校という強制の場をどう考えるのか〜
  
 近代社会において、学校教育は国民国家を成り立たせる強制力として、大きな意
味を持ってきたし、今もそうだ。強制的に、同じ場で教育を受けさせられる、とい
うことはどういう意味を持っているのか。
「ろう文化」で主張されてきた「ろう学校必要論」は、近代の特殊教育という強
制力のもとで手話が誕生した(第三回、稲葉さん)ということからも、その強制力
を利用するものといえなくもない。一方、地域の普通学校への就学をめざした運動
も、「学校は多種多様な人によって構成される社会の縮図であり、その中で障害者
と非障害者の関係がはぐくまれる」という理屈で、その強制力を社会変革の基盤と
して重視していると言える。
学校教育への批判は多い。能力主義への嫌悪感から、学校なんかいらない、とい
う主張もある。しかし、市民による共同社会の形成にとって、学校教育の存在を否
定しきることができるのか。否定できないとしたら、それに対する理論構築が求め
られるだろう。
 
4.おわりに 〜共同で社会を創っていくということ〜

 @安易な人間同一性論(ヒューマン・アイデンティティ)を求めることの危うさ
 
近代社会は、人間は同じ身体をもち、同じ発達段階を経ていくという前提から、
医療や教育をはじめとする人間科学を発展させてきた。「人間としてみんな同じ」
という幻想があって、同じだから互いに理解しあえるという認識も出てきたといえ
る。だが、この人間同一性論を、いま一度、徹底的に相対化させる必要があるので
はないか。そもそも人は、身体・性別・年齢・生活空間などによって、まったく違
う日々を刻んでいる。そんな個々人が互いに理解したり、同じ思いを抱いたりする
と簡単に言うべきではないだろう。安易な「同じ」論こそが、異なる属性をもつ人
を社会から排除し、個々人の違いをふまえた人間関係の構築を疎外してきたのでは
ないか。
 最終的に言いたいことは、障害者・非障害者共通で社会をつくっていかないとだ
め、ということ。そのためにも、安易に「同じ人間だ」と言わないでおこう。

 A非対称としての存在を引き受けた上で向き合えるか

 障害者と非障害者は、身体の構造や身体経験の上で違う。日々、社会的障壁にさ
らされているかでも違う。その非対称性ははっきりしているし、それを抜きに新た
な共同社会への道筋を考えることはできない。「青い芝」もそうしたことを突きつ
けてきた。
 障害者が「非障害者には自分の気持ちはわからない」と言うと、非障害者は戸惑
い、結局その場をごまかして逃げてしまう。それでは本当に必要なコミュニケーシ
ョンはとだえてしまう。つぎの一歩を踏み出すためには、相手に問い、尋ね、違い
を認識しあい、ぶつかりあうしかない。それを抜きに「互いの生を前提とした関係」
はありえない。

 B固有名=単独性(サンギュラリテ)としての関係をいかに築いていけるか
 
 障害は最終的には「属性の一つ」か。障害者に固有の関係というのはある。友達
に介助してもらうこともある。アイデンティティを障害に求めるのに拒否感があっ
たのは、「障害者だから」と自分をくくりたくない気持ちがあるから。誰々さんと
自分、という固有名の関係を求めたいからだ。「障害者だからコミュニティが必要」
というのは、納得できない。障害者ばかりのコミュニティがあるとしたら、自分は
入りたくない。そういう世界は世の中に作っちゃいけないと思う。障害者ばかりだ
と気が休まる、というのはあるが、そこに安住するわけにはいかない。違った者ど
うしが社会を作っているのだから。違う人間どうしが日常的に時間を共有すること
が大事だ。
 「固有名」(柄谷行人)、「単独性」(G・ドゥルーズ)という概念が示唆を与
えてくれるのではないか。個々人が、深い関係を結ぶとき、それは「同じ人間」と
しての一人ではなく、ほかに変えようがない固有名(この私)として、互いの存在
を認めあう。この固有名としての関係、そこにある単独性こそが、インペアメント
を単なる属性として相対化するだけではなく、否定しえない絶対的なレベルにまで
押し上げていく一つの方法であり、可能性ではないだろうか。
 忘れられない経験がある。ある学校で講演したこと。校内を車椅子で歩いている
と、小学生の子が僕に尋ねる。「おっちゃん、その体、どうしたん」。僕、「病気
やねん」と答える。すると横にいた先生が、「ほら、○○ちゃんと同じやで。」と
その子に言った。(「○○ちゃん」というのは、その学校に在籍している障害児の
こと。)その女の子は、不思議そうだった。○○ちゃんと僕が結びついていないよ
うだった。つまり彼女のあたまの中では、「○○ちゃん」は学校で日々一緒に過ご
している同級生としか思っていなくて、何も、「障害者」という認識もないようだ
った。
 それまで、何とか同級の生徒も話をしている僕も同じ課題を抱えている「障害者」
として認識してもらおうと思っていた。でも、それは違うのではないか?と思うよ
うになった。その小学生の女の子が、○○ちゃんと僕を連結できなかったことこそ
大事ではないのか。彼女にとっては「障害のある○○ちゃん」ではなく、「友だち」
だった。それをもっとふくらませていけたら。おとなになればなるほど、「障害者」
が強調されて、「○○ちゃんと私」の関係じゃなくなっていく。そう思うと、その
学校にいる○○ちゃん(障害児)を引き合いに出すのはやめたい、と思った。
 「文化」「アイデンティティ」として障害を強調するのは、ゴールじゃない。単
に「障害を持っているオッサン」「男」として関係を築けたほうがいいのではない
か。

 C多様な自己認識と生き方が確保できる共同社会を創り出せるか

 労働と教育をとりあげたのは、局所的な固有名による単独性の関係を築くために
は、障害者と非障害者の、時間と場の共有が重要になってくると想定しているから
にほかならない。「まちづくり」が多少進んでも、これは私的な場、公共的な場の
こと。極端にいえば、「我関せず」という関係ですんでしまうところがある。しか
し、労働や教育の場はそうはいかない。働き学ぶことは、日常の多くの時間と場の
共有を不可欠とするので、互いの生活に干渉することもある。障害者と非障害者が
固有名と単独性としての関係を創り出すためにも、労働と教育は社会的条件として、
より重視すべきではないか。
 人は、自分に備わる多様な属性を否定しては生きていけない。同じ属性の中だけ
で生きているわけでもない。多様な自己認識のなかで人は、自分のアイデンティテ
ィを確保していく。ただ障害者の場合、(他の被差別者と同じように)属性の一つ
が否定されてしまうという社会の現実にさらされている。その現実を変えていくこ
とは、障害者と非障害者が、固有名としての関係のなかで現実を見つめるなかで、
可能になっていくのではないか。それを追求してみる必要があるのではないか。
以上。


……以上……

REV: 20160125
障害学  ◇リバティおおさか(大阪人権博物館)主催・リバティセミナー「障害学の現在」  ◇全文掲載
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