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「「大阪児童殺傷事件」に関する理事会見解」

日本精神神経学会 平成13年6月25日

last update: 20160125
                           平成13年6月25日

         「大阪児童殺傷事件」に関する理事会見解

社団法人 日本精神神経学会
理事長  佐 藤 光 源

今回の大阪児童殺傷事件は想像を絶する悲惨なものであり、亡くなられた方々のご
冥福をお祈りするとともに、被害を受けた方々およびそのご家族に心からお見舞いを
申し上げます。
 このような事件が再び繰り返されないように、万全の配慮と対策が講じられなくて
はなりません。しかし今回の事件は、いまだ事実関係が明らかとは言えず、本学会と
しては、真実の解明と被疑者の刑事責任能力について、精神鑑定、検察庁の判断、裁
判所の審理等の推移に重大な関心をもっております。
 また、このような事件の被害者の方々には、十分な心理的・精神医学的ケアが受け
られる必要があり、本学会としても最大限の協力をしたいと思います。

 この事件に関連し、重大事件を起こした精神障害者の再犯防止に関して、以下の見
解を表明します。

                  記

1.現行法における司法と精神科医療システムの狭間にある問題点を、早急に見直す
必要がある。
  その問題点とは、次のようである。
  重大事件の犯罪者が精神障害をもつ場合、障害による免責には、@検察官決定に
よる不起訴処分、A裁判所の判決による心神喪失または心神耗弱がある。心神喪失や
心神耗弱で不起訴になった場合は措置入院となる場合が多く、起訴された精神障害者
の中には減刑されて服役する者もいる。精神鑑定や措置診察の質的向上、検察官通報
による措置入院制度、措置入院中の治療と処遇のあり方、措置解除の制度、受刑者の
精神医療などについて、検討をすべきである。

 ただし、当面重要な問題は以下のことである。

 1)起訴前鑑定のあり方などを早急に見直す必要がある。現在の起訴便宜主義に
は、重大な制度的欠陥がある。犯罪を犯した精神障害者の89%が、検察官などの判
断で不起訴処分とされている現状に鑑み、起訴前鑑定のあり方について早急に見直す
べきである。少なくとも重大事件を起こした精神障害者については、安易な起訴前鑑
定は行わずに、検察官または裁判所の命令による正式な司法鑑定をすべきである。ま
た、精神障害者も市民の一員として平等に裁判を受ける権利があることを付言する。

 2)精神科医療全体の底あげが先決であることは言うまでもないが、措置入院等と
なった重大事件を起こした精神障害者の治療には、特に十分なマンパワー配置のある
精神科病棟(国・公立および一部民間病院)で治療出来るように公費を投入すべきで
ある。また、司法諸機関における精神科医療の充実も図られなくてはならない。

 3)アフターケアのあり方を検討すべきである。重大事件を起こした精神障害者の
退院または出所後のアフターケアについては、司法が一定の役割を果たすべきであ
り、精神医学の専門家と十分に協議しながら適切な受診援助などが行われるよう、第
三者機関としての審査機関の設置などを早急に検討すべきである。

2.現行法下での改善を優先し、政府は刑法改正などにより早計に保安処分制度や特
殊専門病棟の設置などを導入すべきではない。精神科医療をめぐるさまざまな問題の
解決には、まず現行の精神科医療の抜本的改善を図るべきである。

3.精神障害者に対する偏見除去を推進しなければならない。今回の事件を機に、重
大事件を起こした精神障害者に対する司法措置が検討されている。しかしそれは「重
大事件を起こした場合」に限られるべきであり、断じて「精神障害者すべてへの司法
措置」を検討するものであってはならない。それにもかかわらず、この点を混同した
政治家の発言や、被害者の心情を考慮しないマスコミ報道、事実に基づかない一部精
神科医のマスコミでの発言等が相次いでいる。これは、精神障害者とその家族に深刻
な不安と動揺を与え、社会参加への意欲を阻喪させ、精神障害者に対する社会の偏見
や差別を助長し、精神科医療を大きく後退させるものである。本学会の「精神障害に
対するアンチスティグマ(偏見除去)特別委員会」は、これらの問題を詳細に調査
し、精神障害に関する正しい知識の啓発活動を早急に展開するものである。
 
 以上のように、重大事件を起こした精神障害者の治療と処遇に関して適切な施策が
立てられるとともに、より良質な精神科医療が提供されるような構造改革が行われ、
精神障害者とともに市民が安心して生活できる社会に転換されるよう強く希望しま
す。


●『朝日新聞』2001-06-25

重大犯罪精神障害処遇の新法に反対 精神神経学会

 重大な事件を起こした精神障害者の処遇について、政府が入退院の際の司法の介
入、収容する専門病棟の新設などを柱とする新法制定を検討していることに対し、精
神科医や精神医学者らでつくる日本精神神経学会は25日、「現行法のもとでの司
法、精神医療の改善を優先するべきだ」と新法に反対する理事会見解をまとめた。同
日午後、佐藤光源理事長(東北福祉大大学院教授)らが厚生労働、法務両省を訪れ申
し入れる。

 見解は、重大事件を起こした精神障害者については、起訴前の簡易鑑定のみで検察
官が安易に責任能力を判断する傾向にあることを指摘。起訴したうえで公判で正式に
精神鑑定して責任の有無を明確にすることが、精神障害と事件の関係を明らかにし、
社会の偏見をなくすことにもつながるとしている。

 また、不起訴や執行猶予となった精神障害者は、十分なマンパワーがある国公立を
中心とした精神科病棟で治療が受けられるよう公費を投入すべきだとし、精神病院を
退院したり刑務所を出所したりした精神障害者の在宅治療を継続できるように、司法
と医療が連携する機関を設置することなどを提言している。


 さらに、大阪教育大付属池田小の児童殺傷事件にともなう一部のマスコミ報道や事
実に基づかない精神科医の不用意な発言で、すべての精神障害者に対する司法措置が
検討されているかのような誤解、偏見が広がり、患者や家族に深刻な不安と動揺を与
えていることを懸念。精神障害に関する正しい知識を市民に普及する啓発運動を早急
に展開するとしている。(15:21)


……以上……

REV: 20160125
精神障害/精神障害者 2001  ◇日本精神神経学会 http://www.jspn.or.jp/  ◇全文掲載
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