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「障害者のマスターベーション介助をめぐる語り」

草山 太郎 2001/05/26

last update: 20160125


障害者のマスターベーション介助をめぐる語り

草山太郎(大阪体育大学短期大学部) 2001/05/26

障害学研究会関東部会第14回研究会


1.はじめに
 現在の日本には、障害者のマスターベーション介助(以下、マスターベーション介
助)に関する制度的に確立されたサービスは存在しない。しかし、このことは日本で
これまでマスターベーション介助が必要ではなかった、あるいは、行われてこなかっ
たことを意味するものではない。それは、マスターベーション介助にまつわる話が、
障害者自身の体験談として語られてきたことからも明らかである。
 一方、マスターベーション介助に関する研究に目を向けると、旭洋一郎などによる
若干の言及はあるものの、これを例外としてほとんど見受けられない。その中で、将
来介助者になる可能性のある学生のマスターベーション介助に対する意識を分析して
いる宮内洋の論考は、興味深いものがある。しかし、介助の対象を介助者の性的指向
性(sexual orientation)に沿った者に限定している点、調査の対象が身体介助に関
わっていない学生である点など、この論考には限界がある。
 このような状況のなか、マスターベーション介助に関する研究において必要なの
は、まずその実態を明らかにし、介助者がマスターベーション介助に与えている意味
を読みとくことである。
なぜならば、たとえば、食事介助や排泄介助は行えてもマスターベーション介助は行
えない介助者は、後者に特別な意味づけを行っていると考えられるためである。
2.研究方法
 マスターベーション介助の経験のある介助者を対象に、行った理由、行うまでの状
況、行った際の感想などについての聞き取り調査を行い、その「語り」から介助者が
マスターベーション介助をどのようにとらえているのかを分析した。
調査対象者はAさん(30歳・デイケアセンター職員・マスターベーション介助経験人
数3名(全て男性)・ヘテロセクシュアル)、Bさん(39歳・作業所職員・マスター
ベーション介助経験人数約15名(全て男性)・ヘテロセクシュアル)の2名である。
3.結果および考察(資料参照)
 3.1 Aさんへの聞き取り調査から
3.1.1マスターベーション介助を正当化する「介助者手足論」(a-1,a-2,
a-3)
マスターベーション介助に対する嫌悪感を語りながらも行ったというAさんは、「し
たくないけどする」という矛盾を「介助者手足論」によって正当化している。
3.1.2「本音の関係」という意味づけ(a-4,a-5)
   「したくない」マスターベーション介助を「する」Aさんは、その正当化を
「介助者手足論」だけではなく「本音の関係」というポジティブな意味づけによって
補強しようとしていた。
3.1.3「裏メニュー」としてのマスターベーション介助(a-6,a-7)
Aさんは、マスターベーション介助を食事介助や排泄介助と感覚的には「同じ」だと
語りながらも、介助を表/裏と切り分け、前者は「裏メニュー」であるとしている。
 3.1.4「関係」と「サービス」(a-9,a-10,a-11)
  Aさんは、生命維持に関わる介助で一律に提供できるものを「サービス」、生命
維持に関わらない介助で個別の折衝で行う/行わないが決定されるものを「関係」と
表現し、マスターベーション介助は後者であると語っている。
3.2Bさんへの聞き取り調査から
  3.2.1「秘めごと」としてのマスターベーション介助(b-1,b-2)
  自立生活や介護は「生活まるごとおおっぴら」にするものとしながら、その中で
マスターベーション介助は「ちょっと違う」と語っているBさんは、それを「秘めご
と」と表現している。
  3.2.2メニュー化させないもの(b-3,b-4)
  マスターベーション介助をメニュー化することで、障害者が希望を言いやすくな
ると述べながらもそれに「反対」だとするB氏の矛盾は、前に見たマスターベーショ
ン介助を「秘めごと」だととらえることからきている。
4.おわりに
 今回の報告は、中間報告的なものであるが、この2名に限定すれば次のことは言え
るであろう。
 それは、マスターベーション介助を行った経験のあるものにおいても、マスター
ベーション介助と他の介助は別個なものとしてとらえられている、具体的に言うと、
マスターベーション介助を食事介助や排泄介助と同じように扱っているから行えるわ
けではない、ということである。
 今後、マスターベーション介助の経験のある介助者だけではなくしない介助者ある
いは障害者への聞き取り調査を、さらに重ねていきたいと考えている。
 それは、この研究がただマスターベーション介助という場所にとどまらず、介助内
容の見直し、介助関係の再考を迫るものであると感じているからである。
<参考文献>
・旭洋一郎(1996)「障害者のセクシュアリティと障害者福祉−人権としての「性」
の実現とオランダSARのアプローチ」,『東洋大学児童相談研究』第15号,
109-125
・宮内洋(2000)「あなたがセックス・ケアをしない理由」,桜井厚・好井裕明編
『フィー
ルドワークの経験』,せりか書房,226-244


◆資料

a.A-さんの語り(抜粋)
a−1
「これは個人的なことなんですが、自分の中に性の話をできない関係とか、そういう
関係ってのができる人と比べて浅いんとちゃうかってコンプレックスがあったんです
ね。僕の中に。ほんまはもっと弾けた関係で対人関係ができたらええんちゃうかなっ
てのがあって、しゃあないなあっていいながら、まあ、生理的にはそんなええもん
ちゃうから半分くらいはいややったんですけど、反面、関係が深まったんちゃうかと
いう気持ちがあって、どうやってするのとかいいながら、やったときはあまり何も考
えてないですね」
a−2
「(一回やっていややとは思わなかったけど)したいとも思わなかったですけどね。
ウンコ介護やてきべんってあるじゃないですか、そっちと似てるんですよ。感覚が。
ウンコ介護って、したくないじゃないですか。あまり」
a−3
「(介助者は)一般的な手足やねんからっていう理屈はとおってるんですよ、自分の
中で。おまえ手でやるやろ、この人手が利かへんやろ、でも、気持ちいいことしたい
やろ、じゃ、手足がすればいいという理屈はとおっているんです」
a−4
「それ(初めてマスターベーション介助を経験)以降、「(マスターベーションは)
どうしてんの?」とか声をかけたことはあります」
a−5
「マイ・ブームやったんですね。本音の関係とかいうて。で、こっちに無理があるか
らやめたんですけど。そういうキャラクターじゃないから」
a−6
(「マスターベーション介助は介護の範囲に入りますか?」という質問に対して)
「感覚としてはそうですね。一人上手でやるぶんには、倫理的な問題があるわけじゃ
ないし。介護のなかにいれますね」
a−7
「理屈としてはマスターベーション介助もメニューの一つにあってええやろって、思
うんです。発想としてはメニューの中に入りうると思うんです。個人契約の中で性的
なことも入れようと思えば入れれるわけですね。で、ただ、現状では裏メニュー、と
くに、第3者にそのメニューをシステム化していこうとしたときに、入れてなくても
障害者と相談してねって、裏にあるんですが、表に出すような状態ではないというこ
とですね」
a−8
「(マスターベーション介助は)いいのかわるいのかわからないけど、実感としては
その延長線上にありますね」
a−9
「サービスとかアシストとかじゃなくってそこはやっぱり関係なんですよね。人間が
人間を支えたり一緒に生きて行くためには、そういう相手の立場とか状況とかを考え
て自分が変わって行くという相互関係があってはじめて豊かな関係になると思うんで
すよね。そういことでサービスの溝を埋めて行かないと一緒に生きて行く関係という
のはできてこないと思うんです。お互いが変わって行くという関係。その範囲にマス
ターベーション介助もあると思うんですよ」
a−10
「しょんべんでなかったら病気になる。でも、マスかきに関しては病気にならないね
んから、マスかくような人間関係になるかどうかっていうのは、その障害者と介護者
の関係の中に残された介護ニーズでいいんじゃないかと」
a−11
「介護者が障害者のことをどのへんまで考えてできるできないを言うかということ
と、障害者が介護者のことをどこまで考えて頼む頼まないをいうかって言う部分は、
最低限以上のことは関係性に任せたほうが面白いんじゃないかっていう理屈をもって
まして、それをメニュー化しちゃうとそれはそれで障害者は楽かもしれないけど、ぼ
くが魅力を感じている介護関係と違ってくるんですね」
b.Bさんの語り(抜粋)
b−1
「障害者の自立生活とか介護の問題って言うのは自分の生活まるごとおおぴらにし
て、けつの穴まで見せてでもやってることやけども、それでもその分野(マスター
ベーション介助)っていうのはちょっと違いますよね」
b−2
「(食事介助や排泄介助との違いは基本的には)ない。ないっていったら少しうそが
あるかな。つまり、食事介助っていうたらおれがやってもKさんがやってもあまり変
わりませんよね。たぶん、微妙に違うことはあっても。でも、マスターベーション介
助はその障害者と僕とのへんないいかたなんですけど2人の秘めごとというか、そこ
でなにか通じあえるものがあるというか。べつに、よろこんでするというわけでもな
いけど、なんかそこで共感するということもあるからね」
b−3
「(マスターベーション介助を介護のメニューにすることについて)僕は反対やね。
システムの中でマスターベーション介助を位置づけるということは規定を設けるとい
うことでしょ。業務としてこれとこれと。それ自身が疑問なんです。規定してしまわ
ないとマスターベーション介助もできないのかということでしょ。もちろん、まった
く知らない人が介護に入るときはこれとこれとこれをしてくださいということはコー
ディネートする側の責任上最低限することだけど、それ以上はその本人とその介護者
の関係の中でおたがいに思ってつくっていくことやと思っているから」
b−4
「これは頼んでもいいんですよといっておけば障害者のほうが言いやすいから(メ
ニューとして)設けるべきなのかなとも思うけど。ちょっと違和感ありますね。ぼく
の実感とは違いますから」
b−5
「障害持ってるからでられへんと。それはおかしいやんと。学校にいけなかったこと
とか、やりたいことができなかったこととか、単純に、そりゃできないことがおかし
いって、誰かの手助け借りてやればっていうのが、強烈にあったから、絶対にしなあ
かんって、意気込んででもやってたほうやから、悪く言えば障害者が要求すればなん
でもやるっていうのが、それはぼくらが我慢してとかそういうものではなくて、それ
は考え方も運動としてももっとやるべきやっていうのがあったんですね。そう意味で
はマスターベーションも、だれかの手を借りてやったらええがなっていうのはありま
したね。そういう意味では、断るというのはひどいというのが、当時からありました
ね。でもまあ、これは本人恥ずかしいことやし、やっぱり、言うことやってなかなか
できひんし。そんな大声上げて、みんなせえ、っていうことでもないっては思ってた
けど」


……以上……

REV: 20160125
「障害者のマスターベーション介助をめぐる「語り」――介助者への聞き取り調査から」  ◇旭 洋一郎  ◇障害者と性  ◇障害学  ◇好井裕明・桜井厚編『フィールドワークの経験』  ◇全文掲載
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