HOME > 全文掲載 >

「道路交通法改正試案」に対する日本てんかん学会の意見

http://www.hosp.go.jp/~szec2/text/youbou.html

last update: 20160125


 *下記ホームページより。「*」のついている資料にはリンクがあります。
  是非直接ホームページをご覧ください。
  http://www.hosp.go.jp/~szec2/text/youbou.html


 平成12年12月警察庁交通局より提示された「道路交通法改正試案」に対する日本
てんかん学会の意見の要旨は次の通りです。


1. 疾患名により免許を制限するのではなく、疾患を有する人の個々の状態像に応
じて運転適性を決めるべきであります。法令には疾患名を明記すべきではありませ
ん。

2. 自動車の安全な運転に支障を及ぼすような身体や精神の障害を有する者あるい
はこれらの状態が新たに生じた者は、自ら申告し、専門医ないし適切な医師による
適性の判定を受けるべきであります。

3. 自動車の安全な運転に支障を及ぼすような身体や精神の障害の運転適性判定に
関する医学的指針を細則に定めてください。これは医学の進展に合わせて定期的に
見直すべきであります。

4. 医学的指針案を提示します。


==============

警察庁交通局交通企画課法令係 殿

日本てんかん学会         

理事長 八 木 和 一

日本てんかん学会法的問題検討委員会

委員長 小 島 卓 也

平成13年1月10日


平成12年12月警察庁交通局より提示された「道路交通法改正試案」につき、以下の
意見を申し述べます。

1. 2(2)の2と3を廃止し、次のように変更してください。

「運転免許試験に合格した者あるいは免許を受けた者が、自動車の安全な運転に支
障を及ぼすような身体や精神の障害を有している場合には、免許を拒否もしくは取
り消し、又は免許の効力を停止する」

2. 2(2)の備考の部分で、2について以下を削除してください。

3.「自動車の安全な運転に支障を及ぼすような身体や精神の障害」の内容を次のよ
うに政令に定めてください。

「自動車の安全な運転に支障を及ぼすような身体や精神の障害」には、感覚、判
断、運動等の持続性あるいは発作性の障害が含まれる。これらの障害を有する者あ
るいはこれらの状態が新たに生じた者は、自ら申告し、適性の判定を受けなければ
ならない。

4.「自動車の安全な運転に支障を及ぼすような身体や精神の障害」の運転適性判
定に関する指針を運用細則に定めてください。これは医学的指針とし、定期的に見
直してください。発作性障害における適性判定基準(案)を示します。


要望内容とその根拠および対案


1.  2(2)の2と3を廃止し、次のように変更してください。

「運転免許試験に合格した者あるいは免許を受けた者が、自動車の安全な運転に支
障を及ぼすような身体や精神の障害を有している場合には、免許を拒否もしくは取
り消し、又は免許の効力を停止する」

2.  2(2)の備考の部分で、2について以下を削除してください。


理由

 備考のウにおいて ウ 障害者を表す規定から障害者を特定しない規定への改正
 がなされるとうたってあるにもかかわらず、てんかんと精神分裂病のみが明記し
てある理由が不明である。てんかんと精神分裂病をもつ者が、とりわけ免許の交付
に不都合であるという根拠があるならば示すべきである。そうでなければこれは病
名による明らかな差別を法的に是認することになる。

 てんかんをもつ人のなかに、「随意運動が障害される発作」が反復しているため
に、運転に不適格な状態が存在することは確かである。しかしこの状態をすべての
てんかんに罹患している人がもつわけではない。

 てんかんにおいては、現在の医療によってもすでに70-80%の患者が「随意運動
が障害される発作」から解放される。これらの患者の多くは、日常生活・社会生活
に何らの支障はなく、運転に不適格ではない。その過半数は薬物なしに無発作を維
持する。医学的にも、一定期間の発作のない状態を観察すれば、その後に発作が再
発しない予想をたてることは可能である。また、今後の医学の進歩により、さらに
発作の抑制率が上昇することが見込まれる。

 運転免許は、現代では生活の質の向上と雇用の可能性に大きな影響を与える資格
となっている。このような資格を適性が存するにもかかわらず剥奪することは公平
ではない。

 したがって、てんかんという病名で不適格を規定するのではなく、てんかんの状
態像によって適格の可否を判断するべきである。この判断は医学的ガイドラインに
沿った専門医の診断によって可能である。

 なお、てんかんをもつ者を運転の欠格とする法律を有する国は、Singapore、
Taiwan、Bulgaria、Central Africa Republic、Estonia、Ghana、Pakistan、
Rwanda、Turkey、Uzbekistan、China, Russiaのみであり、その他の国ではすべ
て、状態に応じて適格を規定する相対欠格か、あるいは規制なしとなっている。

 病気を隠して運転する場合には、医学的な適性状態と解離する可能性があるた
め、病気による事故のリスクは高いと予想される。規制が厳しければ厳しいほど、
病気が軽快すれば免許を所得できるという予想が難しければ難しいほど、病気を隠
して免許をとる人は増え、それだけ事故の危険性が増すことが考えられる。

 2000年11月13日に、WHOの参加のもとで、アジア・オセアニアてんかん学会議に
よる「てんかんをもつ人の運転免許に関する医学ガイドライン」が策定されたが、
その第1条には「てんかんという診断(病名)が運転禁止の根拠になってはならな
い」と明記されている。


3. 「自動車の安全な運転に支障を及ぼすような身体や精神の障害」の内容を次
のように政令に定めてください。

内容

「自動車の安全な運転に支障を及ぼすような身体や精神の障害」には、感覚、判
断、運動等の持続性あるいは発作性の障害が含まれる。これらの障害を有する者あ
るいはこれらの状態が新たに生じた者は、自ら申告し、適性の判定を受けなければ
ならない。


説明

 自動車の安全な運転に支障を及ぼすような身体や精神の障害には、てんかん発作
も含まれる。予見なく突然に意識障害ないし運動障害に陥り、そのために随意運動
能力を喪失する可能性があるからである。しかし、発作性におこる意識障害ないし
運動能力障害はてんかん発作に限るものではなく、例えば、睡眠発作、心臓血管性
失神、脳虚血発作、代謝性障害、心因性発作などにおいても同様であり、発作が診
断としててんかん性であるか否かは重要ではない。したがって、「発作性障害」と
してまとめるのが適切である。

 病的状態にあるために運転適性に疑念がある場合は、自ら申告し、専門医ないし
官庁の指定する医師の適性判定を受けなければならない。 申告は、申請時、再申
請時および病的状態が出現(再発)したときに行うべきであり、虚偽の申告をした
場合には罰則を設けるべきである。ただし申告内容は、免許認可の手続きにかかわ
る作業以外に漏洩してはならない(プライバシーの保護)。また医師に通報義務を
課してはならない。

 どのように医師の判定がなされるべきか(医学的指針)、鑑定医師にどのような
資格が必要かを定める必要がある。また、必要に応じて専門医を含む医学審査会を
設置するべきである。

 なお、再審査の手続きは保証されるべきである。

 発作性障害については、まず神経科医ないし精神科医の診察が必要であり、診断
結果にもとづいて専門医ないし官庁の指定する医師の判定がなされるべきである。

 てんかんにおいては、日本てんかん学会の認定する「てんかん認定医」ないしこ
れに準じる資格を有する医師の判定が必要である。

 発作性障害のために運転に不適格な状態が存在するかどうかは、個々の事例にお
いて検討されなければならない。


4. 「自動車の安全な運転に支障を及ぼすような身体や精神の障害」の運転適性
判定に関する指針を運用細則に定めてください。これは医学的指針とし、定期的に
見直してください。

 てんかん発作を含む発作性障害における運転適性の医学的判定指針(案)を下に
示します。このような指針は医学的ガイドラインとして策定し、医学の進展に合わ
せて定期的に見直すことが必要と考えられます。


発作性障害における運転適性の判定指針(案)


 意識障害や随意運動障害は自動車を適切に運転できない状態である。発作性にこ
れらの状態に陥る病的状態には、てんかん発作、睡眠発作、心臓血管性失神、脳虚
血発作、代謝性障害、心因性発作などがある。


普通運転免許

 慢性的なてんかん発作あるいは他の発作性に生じる意識障害もしくは随意運動障
害を有する人は、発作再発のおそれがあるかぎりにおいて、通常、普通自動車運転
に適性であるとはみなされない。

 ただし次の場合は例外とする。

1 自動車の運転に支障をきたす意識障害、運動障害、感覚障害あるいは認知障害
を伴わない単純部分発作で、少なくとも1年間の経過観察で発作症状が進展するこ
とがなく、複雑部分発作や全般化発作へ移行しない場合。

2 2年間の経過観察で、睡眠中にのみ発作が起こる場合。

3 発作が1回だけの場合(3−6月の観察期間が必要)

 (1) 発作が特定の条件に結びついていて(機会性発作)−例えば、断眠、アル
コール摂取あるいは急性疾患(発熱、中毒、急性脳疾患あるいは代謝疾患)など−
そのような条件がもはや存在しないと証明されたとき。アルコール依存症における
機会性発作については神経科医、精神科医によるさらなる判定が必要である。

 (2) 神経学的診察により、てんかんの初発と考えられない場合。

4 最近てんかんと診断され、治療開始後1年間発作がなく、再発のおそれがない
場合。長年にわたって難治であったてんかんにおいては、2年間の発作抑制期間が
必要である。その際、脳波に高度のてんかん性異常波が認められてはならない。

5 脳外科手術や脳外傷直後(およそ2週間以内)に起こった発作では、その後6
月間発作がない場合。


 合併する身体的もしくは精神的な障害については判定の際に合わせて考慮するこ
とが必要である。

 医師の指示により抗てんかん薬を漸減しててんかんの治療を終了する場合には、
薬を中止するまでの期間および中止後の3月間は自動車の運転は控えるべきであ
る。再発のおそれがない十分な根拠のある場合(発作抑制期間が長い、発作回数が
少ない、再発のリスクの低いてんかん症候群、経過の良いてんかん外科治療後)は
例外である。

 発作が再発した場合には、6月間の運転中止とする。

 抗てんかん薬治療を継続しなければならない場合には、運転の安全性を損なうよ
うな中枢神経系の副作用が認められてはならない。


 なお、非てんかん性発作においても、専門医の個別判定により免許の適性が認め
られる場合がある。


大型免許

 2回以上てんかん発作があった場合には、通常、大型自動車運転の適性はない。
ただし、抗てんかん薬治療なしに5年間発作がないことが医師により証明される場
合は例外である。成人期にはじめて一度だけ発作があり、てんかんの初発ないし他
の脳器質性疾患とみなされない場合には、さらに2年間発作がないことを確認すべ
きである。機会性発作が一度あった場合には、誘発因子を避け、6月間経過を観察
すれば、再発のおそれはないと考えられる。


 なお、非てんかん性発作においても、専門医の個別判定により免許の適性が認め
られる場合がある。


(附)

 発作性障害を有する免許保有者は、普通免許の場合は3年間、大型免許の場合は
5年間、1年毎に医師の検診を受けるべきである。


資料

*資料1 アジアオセアニアてんかん学会議にて策定された「てんかんをもつ人の
運転適性に関する医学ガイドライン」 (New Delhi, 2000.11.13)

*資料2 ヨーロッパ連合による「てんかんをもつ人の運転適性の判定指針」
(Brussels, 1996)

*資料3 ドイツにおける運転免許適性に関する規則

*資料4 スイスの新ガイドライン(スイスてんかん学会交通委員会改訂:1995
年)

*資料5 運転免許とてんかんに関する合意声明、法定条項サンプルおよび条例モ
デル(アメリカ合衆国)

*資料6 てんかんをもつ人の運転適性ガイドライン(オーストラリア:1997)

*資料7 道路交通法改正試案に対する各国からの意見

7-1 国際抗てんかん連盟会長エンゲル氏の意見

*7-2 フランスてんかん学会の意見

7-3 ドイツてんかん学会の意見

7-4 オーストラリアてんかん学会の意見

7-5 日本の道路交通法改正試案についての意見(ベンジャミン・ジフキン)

7-6 国際抗てんかん協会運転規則委員会の意見

7-追加1 国際抗てんかん協会からの意見

7-追加2 イタリアてんかん学会からの意見

7-追加3 国際抗てんかん連盟事務局長からの意見

7-追加4 国際抗てんかん連盟次期会長からの意見

7-追加5 ハンガリーてんかん学会からの意見

7-追加6 国際抗てんかん協会運転規則委員からの意見

7-追加7 国際抗てんかん協会運転規則委員からの意見

7-追加8 オーストラリアてんかん学会運転規則前委員長からの意見

7-追加9 デンマークてんかん学会からの意見

*資料8 てんかんと運転免許に関する医学的文献(コメントを含む)

8-0 てんかんと運転免許に関する医学的文献についてのコメント

8-1 てんかんの予後:英国の家庭医における治療開始後9年の分析、前方視的集
団疫学調査

8-2 小児期に発症したてんかんの医学・教育・社会的な長期予後:日本の一地方
における住民ベースの研究

8-3 突発性脳機能障害により引き起こされる運転能力の障害:てんかん及び失神
に対する制限

8-4 てんかん患者における発作に関連した自動車事故の危険因子

*資料9 アジアと日本におけるてんかんと運転免許の現状

以上

REV: 20160125
欠格条項  ◇自動車の利用に関わる欠格条項  ◇てんかん epilepsy  ◇全文掲載
TOP HOME (http://www.arsvi.com)