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「死の権利」の現状について〜日本、オランダ、アメリカの比較から〜

田村 亜子 2000 愛知県立看護大学卒業論文


                          学籍番号 96‐45
                          氏  名 田村亜子

                          指導教員 橋本秀和

                          愛知県立看護大学
                          1999年提出→2000

[抄録]

  1.目的:本研究では、今日における「尊厳死」や「安楽死」の実態を明らかにする為に、日本、オランダ、アメリカにおける「尊厳死・安楽死」の歴史、また各国で認められるそれらの死の要件、そしてそこにある問題点や危惧について調査した。さらに、現状を知った上でより望ましいと考えられる、我が国での「死の在り方」について考察した。
  2.各国の「死の権利」に関する歴史とその要件:日本について、主流となる考えは日本学術会議、日本医師会、日本尊厳死協会の見解であり、それは末期医療の行き過ぎによる非人間性を解決する為にこれまでの延命一辺倒の医療を見なおし、医師は患者の求めに応じて医療行為を中止してもその罪を問われないものとする、というものである。これまで安楽死事件とされた三件の事件はいずれも患者の明確な意思の存在しない殺人行為と言えたにも関わらず、マスコミなどの「安楽死」との取り扱いに、国民の混乱は依然としてあることは否めない。しかし世界で初めて「安楽死の6要件」を示す(1962年名古屋高裁)など、画期的な判決もあった。そして日本では「積極的安楽死」という概念を医療に取り入れるのは時期尚早とする声が一般的である。
  オランダは、充実したヘルス・ケア制度が社会の根底にあり、長い歴史を持つホームドクター制度がもたらす患者と医師の信頼関係や、個人の決定を何より重んずる国民性があってこそ、「積極的安楽死」が認められている社会であった。その要件としては1991年の「安楽死5要件」が一般的で、1993年の「改正埋葬法」により、安楽死自体は刑法で違法とされたまま、医師の緊急避難としてその違法性を阻却する制度ができた。精神的な苦痛を理由とする安楽死が認められたことも世界に例を見ない。この「安楽死の先進国」に対する批判は、人間として自己のものも含めた人間の生命のコントロールは許されないといった宗教的なものが主で、その制度化はオランダだからこそ可能であった、とする意見が多い。
  アメリカではほとんどの州が「患者の死ぬ権利法」を定め、「医師への事前指示書」の作成により、末期医療における延命措置を拒否し自然死を選ぶ、いわゆる「尊厳死」が権利として認められていた。しかしそれらが有効となる条件が州毎で異なっているのが現状である。一方オレゴン州では、1997年、終末期患者の意思表示に厳しい条件を科した上で、「医師による患者の自殺幇助」を合法化することに成功した。他の州でも同様の法制化運動は進んでいるが、オランダと違い、医療保険制度の充実していないアメリカでは経済的な理由による安楽死を招きかねないとして、この安楽死(自殺幇助)には批判の声が高い。また末期の除痛法の実態が知られていない為に、あるいはその医療が買えない為に、安易に安楽死を決意することになる可能性もある。
  3.日本で望ましい「死の在り方」への考察:日本の現状では人間性と自己決定を重視した「その人らしい最期」の選択を可能にする為の最低条件とも言える、インフォームド・コンセントが充実していない。それを可能にする医療機関として近年増加傾向のホスピスが当てはまると考えられた。
  4.まとめ:末期医療における人間性と自己決定の問いかけが、今日の「死の権利」の主張につながっている。しかし「安楽死先進国」であるオランダ、「尊厳死先進国」であるアメリカのその制度をそのまま日本に輸入しても、決してうまくいかないであろう。それは文化、国民性、歴史、医療保険などのあらゆる要素が影響し合いそれぞれの国で成立した制度であるためだ。わが日本では外国の考えを参考にしながら、医療界の改善を行い、国民の末期医療への理解と関心を高めることを目指す方が先決であると思われる。

[本文]

1.はじめに

  私達がこの世に生を受けたうえで約束されているもの、それは「死」である。生命には35億年の進化の歴史があると言われているが、この法則は原始生命の誕生の瞬間から変わっていない。そして、21世紀を目前にした今日、人は高度な文明を築き、先端医療の恩恵をこうむっているが、一方では病気を完全に治癒させることができず、生と死の境に長い間、身を置くような状況も生まれている。それゆえにいま、「死の在り方」の問題が問われるようになったのである。
  まだ医療が未熟だった時代には、医療の発展がそのまま人類の生活の拡大につながり幸福をもたらしていたと言えよう。しかし、今、「生かされる医療」が果たして幸福なのか、多くの人が疑問を持ち始めている。現代を支える自己決定権の思想から、個人の生と死は個人のものであるという考えが生まれ、「安楽死」や「尊厳死」が主張され始めている。
  しかし生命の操作が可能ではあるものの、自己決定権という名のもとに人はどこまで個人の命を操作することが許されるのか、という問題が起こってくる。一般に終末期とされる人達に「死の権利」を認めるのだろうが、いったいどの時点から尊厳死や安楽死を考えれば良いのだろうか。“無意味”な延命治療を拒否し自然な形での死を望む「尊厳死」願望ムードはこの日本の最近の傾向でもあるが、意味のある治療と無意味な治療というものの間の線引きは本当に可能なのだろうか。例えば、数ヶ月以上たった植物状態の患者や、蘇生限界点(回復不可能と医師が診断する時点)を越え、ほぼ脳死状態に近い人や、老人性痴呆が進行した人や、あるいはIQが20以下の重症心身障害児などにおいて、その治療が中止されて良いのだろうか。延命治療のどこからが無意味だといえるのだろう。医師、患者、家族、あるいは国家がその範囲を判断できるのだろうか。「耐えられない痛み」であると誰が判断できるのか。疑問は尽きない。
  私はこの卒業研究によって、今言われている「尊厳死」や「安楽死」の実態を検証したいと思っている。日本をはじめ各国における「尊厳死・安楽死」の歴史を研究し、世界でどのような「死の在り方」が認められ、また求められているのかを、そこにある問題点や危惧とともに明らかにしていくつもりである。また、現状を知った上でより望ましいと考えられる、我が国での「死の在り方」についても考えていきたい。

2.研究方法

  @1994〜1996年の最新看護索引から「尊厳死」をキーワードに検索した雑誌掲載の論文、A1996〜1998年の医学中央雑誌のCD-ROMから「死ぬ権利」をキーワードに検索した雑誌掲載の論文、Bインターネット上で「尊厳死」「安楽死」をキーワードにして検索したホームページを中心に調査し、日本、オランダ、アメリカの「死の権利」の歴史と現状について事実関係をまとめた。過去5年間の参考文献しか利用しなかったのは、現状の把握のために最新の情報を必要としたこと、および「死」をめぐる動きにはこの数年間での変化が大きいと考えられること、などの理由による。
  まず日本、オランダ、アメリカ合衆国についての調査結果を示し、それらをまとめた後に、私の考える日本での「尊厳死(望ましい終末期)」の在り方についての考察を述べる。

3.調査結果

3-1.日本の「死」
  今日の日本には、尊厳死には肯定的、安楽死には否定的といったムードがあるように思う。しかし実際日本はどのような立場をとっている国なのだろうか。日本を代表する諸機関の報告や、世論調査、判例などから考えてみることとする。

3-1-1.日本学術会議の報告内容
  日本学術会議は1991年7月から組織されているものであり、人文・社会・自然科学の諸分野を代表する210人の会員によって構成されている、わが国の科学者の内外に対する代表機関である。そして、ここで報告される内容はその時々の日本を代表する考えである、と一般に了解されている。1994年の第15期においては「尊厳死の在り方」をテーマとし、「死と医療特別委員会」より、報告書「尊厳死について」が取りまとめられている。
  この「報告」では尊厳死を「助かる見込みがない患者に延命医療を実施することを止め、人間としての尊厳を保ちつつ死を迎えさせることをいう」1)と定義し、植物状態(苦痛がないとしている)、および激痛を伴う癌末期患者に適用されるべきとしている。尊厳死は消極的安楽死と同義であって積極的安楽死とは区別すべき定義であることも、指摘している。また、「報告」では、「末期医療においても、医療の原点であるインフォームド・コンセントの原理に立脚して患者の自己決定権ないし治療拒否の意思を尊重し、患者が選択した生き方ないし人生最後の迎え方を尊重すべきであるということが、尊厳死問題の本質であると考える」と言っており、日本の尊厳死がインフォームド・コンセントの充実の上に、まず患者が適切に意思決定できるような環境づくりから始めなくてはならないことを伝えている。患者の意思は、正常な判断能力や意思能力があればそれに従い、確認するが、意思表明ができない、植物状態のような場合には、リビング・ウィルの法的な効力を認める、ということである。
  以上のように尊厳死、つまり延命医療の中止を認める場合の、必要な要件として3点挙げられている。第一は、「回復不能の状態(助かる見込みがない状態)」で、単に植物状態にあるだけでなく、手を尽くしても治る見込みがないと診断されたケースや、癌末期の患者であること。しかしこれには、植物状態の予後を推定することの難しさから曖昧な基準ではないかと言う批判の声もある。科学的な目で見たとき、癌末期(普通余命3〜6ヶ月)の助からない患者の診断は専門医なら可能である。ほぼ100%死に至ると言える。しかし、植物状態の患者の場合、植物状態末期(余命3〜6ヶ月)の診断は、真の専門医にも不可能である、というのが現状だからだ。第二の要件は、「患者の意識が不明であるときは、延命医療の中止は認めるべきではなく、それゆえ、近親者等が本人の意思を代行するという考え方は採るべきではない」、つまり、患者本人の意思のみが有効、とし、前述したリビング・ウィルが効力を持つことを述べている。生前の意志が不明な場合についてはここでは言及されていない。第三は、延命医療を実際に中止するとして、鼻孔カテーテルや静脈注射による水分・栄養補給も、人為的であるという認識から、「病状等を十分に考慮して、中止しても良い場合がある」とした。この立場は後述する日本医師会と正反対であり、実質的に餓死させても良い場合があると受け取れることから、倫理に反するのではないかと言う批判がある。そしてその基準は何によるものなのか疑問視されている。
  この「報告」は、尊厳死を推進し、また一方で尊厳死の安易な実施を防止することをもその目的とする、とあるが、具体的な歯止め策はきちんと指摘されてはいない。2)

3-1-2.日本医師会の生命倫理懇談会の報告内容
  1992年日本医師会第三次生命倫理懇談会が「末期医療に臨む医師の在り方」について報告している。この報告でも、尊厳死は正当な選択として認められている。
  患者の意思は医者としても尊重すべきものであり、医療における患者の自己決定権をいうことが言われるようになってきている、とあり、患者が利益や幸福と考えるところに沿うようにすべきとしている。報告には、「本人が、末期医療において回復の見込みが失われたと考えるときに、治療を打ち切って(生命維持装置をつけないか、取り外して)自然に死を迎えたいということを遺言のように文書にしておけば、医師がそれに従っても民事上・刑事上の責任を負わないものとするものである。」リビング・ウィルは法律で定めらた手続きではないが、自然死を求める尊厳死に関してのリビング・ウィルの有効性は適当である、という姿勢を示している。また、特別な事情があれば、15歳未満でも、家族の口頭証言でも、患者の意思に代わるものとして採用しても良いと考えている。
  延命医療の中止に関しては、「栄養の補給、感染防止などは、生命を維持する必要にして最小限の基本的療法と考えられる」と書かれており、前述した日本学術会議の報告とは正反対の見解である。つまり、餓死をさせることは尊厳を保つ死に方ではない、ということである。

3-1-3.日本尊厳死協会
  1976年、産婦人科医であった太田典礼らを中心に、日本安楽死協会として発足した。その創設目的を当時の会則にみると、「安楽死についての研究、調査を進め、一般の理解を深めて、正しい認識に基づく世論を喚起し、合法化運動を進めること」とある。1983年「日本尊厳死協会」に改名、その目的を「尊厳死の調査、研究並びに思想の普及を図る」と改め、今日に至る。当初の会員数150名であったが、平成に入り一万人を越え、1999年10月現在9万人を越すまでに成長、発展しており、現在の日本においては最も大きな、死の在り方を考え、その思想の普及に努める任意団体である。
  会員は日本尊厳死協会へ入会と同時に、リビング・ウィル(L.W.)を作成することになる。協会の示すL.W.は「尊厳死の宣言書(1976〜1983年は『生者の意思』3))」と訳されるが、その内容は尊厳死を求める三つの末期状態を指示している。「@私の傷病が、現在の医学では不治の状態であり、既に死期が迫っていると診断された場合には徒に死期を引き延ばすための延命装置は一切おことわりいたします。A但しこの場合、私の苦痛を和らげる処置は最大限に実施して下さい。そのため、たとえば麻薬などの副作用で死ぬ時期が早まったとしても、一向にかまいません。B私が数ヶ月以上に渉って、いわゆる植物状態に陥った時は、一切の生命維持装置をとりやめて下さい。」ここでは、末期状態を大きく二分している。不治の病気により既に死期が迫っている場合(余命年月の想定はされていない)、無益と思われる延命医療を止め、痛みの緩和・除去処置のみを受けながら、自然死することを要求する、が一つ。植物状態の場合、「不可逆的な末期状態ではあるが死期が迫っている場合ではない」が、「生ける屍」4)であるため、栄養・水分補給に至る一切の生命維持装置を拒否する、が一つである。これは日本学術会議の延命医療中止の要件と同じ立場をとるものと考えてよいだろう。この植物状態への要件には、そもそも末期に入ったことの医学的判断が不可能であるのに、数ヶ月で死を選んでしまうことが、「早過ぎる死」や、「生命を軽視する風潮」をつくってしまうのではないかとして、その危険性を指摘する声がある。5)
  また、協会は、日本医師会が特別な事情がある場合には家族の口頭証言でもL.W.の代わりとなりうる、としているのに対し、家族と言えども代理はできないこと、あくまで文書で確認する必要があることを強調し、L.W.の普及活動に努めている。
  一方、協会はL.W.の登録・普及の推進に努める傍ら、その法制化も提案してきた。1978年に「末期医療の特別措置法」を起草、請願署名を添えて1983年に国会に提出したが、時期尚早として審議未了の形に終わっている。この法案は、患者の自己決定権に基づき、「合理的な医学上の判断で」不治かつ末期と認められた患者の、苦痛緩和を除いた「過剰な延命措置」の中止の手続きを定めたもので、「15歳以上で、意思能力のある者」であれば「2名以上の証人」(本人が署名捺印できない場合は2名以上の医師)の保証により、L.W.を作成できる、とした。6)協会は法制化を急ぐより先に社会の通念化が必要であろう、との結論を出している。また、1984年には厚生省に社団法人設立の許可申請を出すが、これも「時期尚早」と、協会の活動の公益性を認めてもらうことができなかった。
  尊厳死や安楽死、慈悲殺といった死の区別についての協会の見解はどうか。尊厳死は「あくまでも自己決定権に基づく生命維持装置の忌避による自然死である」とし、原則を「不治且つ末期」と決めている。この条件に合うであろう末期癌患者、治る見込みのない植物状態の患者、脳死患者が対象となる。現在では重度老年期痴呆は原則を満たさないとして、対象として認めていない。安楽死について、「不治且つ末期」で「知的精神的判断能力のある者」が「自発的に安楽死を望み、この要請を医師に継続的且つ真摯に訴えた場合」に限って、医師が患者の希望通りに安らかに生命を短縮させる「幇助」を行うこと、つまり「自発的安楽死」をいう、としている。この「自発的安楽死」には「医師が患者に致死薬を注射するなど積極的な方法で死をもたらす『自発的積極的安楽死』と、医師が致死薬の処方箋もしくは致死薬そのものを患者に渡してそれを患者自らが服用して死ぬ『医師による患者の自殺幇助』の二通り」がある。対象には筋萎縮性側策硬化症、AIDSといった不治の難病患者が想定できるが、日本で行うことはまだ早いと考えている。それは日本国民の尊厳死に対する理解がまだ曖昧であるため、安楽死を認めることにより混乱を防げないとするからである。慈悲殺は、「自発的積極的安楽死の要件も医師による患者の自殺幇助の要件も満たさない全ての慈悲心からでた殺人」としている。日本の現在においては、安楽死とこの慈悲殺とを同一視する傾向にあり、正しい理解が得られていない。7)

3-1-4.国民に対する意識調査の結果8)
A.読売新聞社「がんと尊厳死に対する世論調査」(1992年5月)
  全国の有権者3000人を対象として行われた結果、約8割の人が「多少生きる日数は短くなっても、あまり苦しまないような治療をするほうがよい」と答えている。また、「尊厳死とは回復の見込みがない末期患者に、ただ生命を延ばすためだけの医療を続けるよりも、寿命のまま人間らしい死に方を願うという考え方だが、あなたはこの尊厳死の考え方を認めますか、認めませんか」という質問に対し、「認める」54%、「どちらかと言えば認める」32%という結果になった。
B.厚生省「末期医療についての意識調査」(1998年1〜3月)
  医師と看護職員と一般市民の三者を対象に行ったもので、ここでは医師1577人、一般市民2422人から得られた回答について取り上げる。
  回復の見込みがないうえに死期が半年以内に迫っている患者に「延命医療はやめたほうが良い」と考える医師62.1%、「やめるべきだ」と考える医師15.3%と、およそ8割の医師が延命医療に消極的である結果が出た。また、その8割のうち88%が、延命医療を中止した後に行う措置としては「患者の命が短くなる可能性があっても、痛みなどの緩和に重点をおく」とした。
  同様に一般市民に対し、治る見込みのない病気で自分に死期が迫った場合に医師が行う治療について「延命治療はやめた方がよい」51.7%、「延命治療は続けられるべき」16.0%となった。
  一般市民と医師の意識の差について比較してみると、「末期医療に関心がある」一般市民80.9%、医師93.9%、「安楽になるために積極的な方法で生命を短縮させる」一般市民13.3%、医師1.9%、「持続的植物状態における延命治療をやめたほうがよい、やめるべき」一般市民78.8%、医師86.2%、「リビング・ウィルについて賛成」一般市民47.6%、医師69.5%、「リビング・ウィルについて取り扱い方の法制化をすべき」一般市民47.8%、医師55.2%という結果であり、両者の意識に差が見られることを表わしている。

3-1-5.日本における「安楽死事件」
A.名古屋高等裁判所の判決(1962年)
  事件の概要は、農業を営む当時24歳だった青年が、脳溢血で倒れ苦しみを訴える父親の依頼に応じて有機リン殺虫剤の入った牛乳を与え、死亡させたというものである。起訴され、1962年に有罪の判決が下っているが、これは世界で初めての安楽死についての判例である。ここで示された判決は「安楽死の6要件」として1995年6月まで約33年間、日本の安楽死の基準となったことで、画期的とされている。9)この判決による安楽死の違法性阻却事由は次の通りである。
一、 患者は不治の病に冒され、死が目前に迫っている。
二、 患者の苦痛が甚だしい。
三、 死苦の緩和が目的。
四、 患者の意思が明瞭で表明できる場合には、本人の真摯な嘱託又は承諾がある。
五、 医師の手によることを本則とし、これにより得ない場合には医師により得ない首肯するに足る特別な事情がある。
六、 その方法が倫理的に妥当なものと認められる。10)
B.東海大学付属病院事件の判決(1995年)
  これは1991年4月東海大学付属病院で、昏睡状態に陥った末期の多発性骨髄腫患者に対し、担当医が独断で塩化カリウムを静脈注射し、故意にその生命を奪った、という事件である。家族の求めに医師が応じた初めての安楽死事件で、その背景にある日本医療の現状の問題点をうき彫りにした。指摘された問題点には、医師の不勉強の為に適切な苦痛緩和治療が行われていなかった可能性があること、チームアプローチが成されていたのかということ、インフォームド・コンセントにより患者の意思を明確にできたのではないかということ等がある。11)判決は結論として、死期の迫った患者の自己決定権に関して本人の意思表示がなかったなどと判断、医師の行為は殺人にあたるとし、懲役2年執行猶予2年の有罪判決を言い渡している。
  また判決は、死期の迫った患者に対する対処を、「治療行為の中止」と「安楽死」の2つに分類、その「安楽死」をさらに「間接的安楽死」と「積極的安楽死」に分け、それぞれが許容される要件にまで踏み込んで整理している。
一、 治療行為の中止(いわゆる尊厳死)の要件
a.治癒不可能な病気に冒され、回復の見込みがなく死が避けられない末期状態にあ
  ること。
b.治療行為の中止を求める患者の意思表示が治療の中止を行う時点で存在すること。
   存在しない時は事前の文書または口頭による意思表示、家族の意思表示から推定
   が許される。
c.中止する措置とは栄養、水分補給を含む全てが対象となる。中止の措置と時期に
  ついては死期の切迫の程度、中止による死期への影響を考慮して決定。
* 前提条件として、病名告知とインフォームド・コンセントの重要性、死の回避不能の判断には複数の医師による反復した診断が望ましい、という点を挙げている。
二、 間接的安楽死(副次的に生命の短縮を伴う苦痛緩和のための治療的行為)の要件
a.患者に耐えがたい肉体的苦痛が存在すること。
b.患者の死が避けられずかつ死期が迫っていること。
c.患者の意思表示が存在すること。存在しない時は事前の文書または口頭による意思表示、家族の意思表示から推定が許される。
三、 積極的安楽死(苦痛から解放するため意図的に死を招く行為)の要件
  上記二のA、Bに加えて
  c.患者の肉体的苦痛を除去・緩和するために方法を尽くし他に代替手段がないこと。
  d.生命の短縮を承諾する患者の明示の意思表示が必要。推定的意思では足りない。
  上記三の要件が「医師による積極的安楽死の4要件」とされ、現在の安楽死の基準とされる。しかしこれらの分類について疑問視する声もある。まず、肉体的苦痛の緩和について、WHOと日本医師会方式などの正しい対策に基づけばほぼ100%近く痛みをコントロールすることができる12)と言われており、さらに加えて鎮痛剤を使用し傾眠状態や深い鎮静状態に導けば確実に苦痛からの解放が可能となる。13)つまり、代替手段がない、という要件は否定されることになり、また肉体的苦痛を前提とした「安楽死」は存在しないことになる。また「間接的安楽死」と表現しているが、苦痛の除去・緩和目的で行われた医療行為であって、インフォームド・コンセントにより患者及び家族がその副次的効果についても承知の上ならば通常の医療行為と何ら変わりはないため、「安楽死」と位置付ける必要性はないと考えられる。13)‐14)家族の意思表示も含めた推定が許されるという要件については、実際本人の明示な意思以外からの判断は困難であるうえ、家族の精神的負担を生じる可能性もある。どうやって本人自身の意思を明確な形で確認できるか、今後も検討する必要があるとされる。14)‐15)
C.国保京北病院事件
  1996年4月、末期癌で入院していた昏睡状態の48歳の患者に医師の独断で筋弛緩剤を投与、約10分後に死なせたとして、京北病院の当時の院長が翌年殺人容疑で書類送検された事件である。患者本人に告知はされておらず、患者からの意思表示もなかった。前院長は事件直後、「安楽死の認識はあった」と話したが、半年後には「苦悶の表情を消すのが目的で医療行為の一環」と主張、「筋弛緩剤の効果が表れるまでに起きた自然死」と殺意を否定した。結局、筋弛緩剤投与と患者の死の因果関係などの立証が困難となり、最終的には今回の死は「安楽死」や「慈悲殺」ではなく自然死だったと判断されたため、「容疑なし」で不起訴処分に終わっている。16)‐18)

3-2.オランダの「死」
  安楽死の先進国ともいうべきオランダについて、これまでの注目すべき判例や、社会的な背景を見ながら、オランダにおける死の在り方の実際、安楽死の要件の変化などを追ってみた。

3-2-1.オランダの安楽死政策の流れ19)-20)
A.ポストマ医師安楽死事件(1971年)
  オランダで安楽死論争の口火を切ることになった裁判である。開業医だったトルース・ポストマ女医は、脳溢血の後遺症で苦しみ自殺未遂を繰り返す自分の母親に対し、致死量のモルヒネを注射し安楽死させ、起訴された。1973年有罪判決が下されるがそれは「名ばかりの刑罰」で、レーワルデン地方裁判所は、この裁判で、安楽死を認めるための4要件を発表し注目された。@患者は不治の病に罹っている、A耐えられない苦痛に苦しんでいる、B自分の生命を終焉させて欲しいと要請している、C患者を担当していた医師あるいはその医師と相談した他の医師が患者の生命を終わらせること、の4要件である。
  判決の直後に、「オランダ自発的安楽死協会」がポストマ女医を支える団体として発足した。安楽死の完全「合法」化を求めた運動を始め、現在も7万人を超える会員にリビング・ウィルにあたる「安楽死のパスポート」を発行する他、安楽死に関する電話相談など行っている。21)
B.王立オランダ医師会(以下、KNMGとする)の声明(1973年)
  ポストマ女医の裁判後、KNMGより「安楽死は法的には犯罪であることに変わりはない」ものの、裁判所は医師の行為を正当化できるような「医師としての義務の衝突」があったかどうかについても検討すべきである、との声明が出された。
C.検察長官委員会の設置(1981年)
  検察官に報告された全ての安楽死事件について、中央機関である「検察長官委員会」で審議し、起訴を承認するまでは、医学的に実行された「自発的安楽死」を起訴しない考えが示された。
D.オランダ国家安楽死委員会の設置(1981年)
  勅令により、安楽死や自殺幇助に関する将来の政策等について政府に勧告する目的で設置。医師(精神科医を含む)、看護婦、神学者で構成された。
E.KNMGの「安楽死に関する公式の見解」(1984年)
  ハーグの国家安楽死委員会から求められ、公式見解をまとめたもので、先の「4要件」にその後の社会的論議や法的発展を取り入れた報告書である。この見解の中でKNMGは初めて条件付きで安楽死を認めたことになる。次の3点が強調された。@完全に「患者の自発的な要求によるもの」である、A患者の要求に対し医師がその実行を同意できないときには、患者との人間関係を損なわないような注意を持って、実行できる他の医師に患者を紹介しなければならない、B安楽死は「最後の選択肢」でなければならない。
F.KNMGの「医師へのガイドラインの5要件」(1984年)
  上記の公式見解の中に勧告されたものである。@安楽死の要求は、患者が全く自発的にA十分に考えた上、B持続的なものであって、特定の期間に限られたものではない。C患者の「耐えがたい苦痛」は、「疼痛」、「肉体的な苦痛」、「病気の容体」、「疼痛を伴わない肉体の崩壊」のいずれかに基づかなければならない。D安楽死の臨床について経験のある同僚に意見を求めなければならない。
G.アルクマール事件(1984年)
  オランダの最高裁判所が初めて、条件が満たされた場合には医師による安楽死に「不可抗力」が適用されることを認めた事件である。患者のマリア・バーレンドレフトは事件の数年前よりスホーンハイム医師から病状の説明を受け、安楽死を要求する文書を作成しており、事件前に、身体機能が低下し昏睡状態に一旦陥る状況の中でも、再度安楽死の要求を口にした。これを受け、スホーンハイム医師は助手と患者の息子に相談し、安楽死の実行に至ったものである。アルクマール地裁は違法行為ではない、としたがアムステルダム高裁ではその判断を覆し有罪、その後最高裁により、違法行為は存在するものの「緊急避難」が認められるとの判断が示されたため、医師の刑事責任は問われないことで解決した。
H.ハーグ下級裁判事件(1985年) 22)
  多発性硬化症の患者の要求に基づき、アドミラール医師が安楽死を実行し起訴された事件である。肉体的苦痛はなかったが、患者が何一つ自分でできないことが十分に耐えがたい苦痛であるとハーグ下級裁判所は認め、アドミラール医師の「緊急避難」つまり無罪の判決を出した。この判決で「必ずしも終末期でなくともよい」ことが認められ、安楽死の理由が精神的苦痛へと広げられる第一歩となった。
I.アメロ地裁事件(1990年)
  15年間昏睡状態を続けていた患者、イネケ・シュティニッセンの夫からの安楽死を求める訴えに対し、アメロ地方裁判所は、医師の手により「栄養補給を中止して安楽死させることを認める」判決を言い渡した。人為的な栄養補給は、医師に倫理的に義務付けられている生命維持ではなく、裁量権をもつ医療行為としたための結論であった。
J.「安楽死報告届出制度」の確立、施行(1990年)
  KNMGと裁判所の協議により定められたもので、前述した検察長官委員会による中央審議を経て決定、その手続きを発表した。@安楽死を実行した医師は直ちに検死官(監察医務官)に報告する。A現場に到着した検死官はその場で「検死報告書」を作成し、医師は20項目以上の質問に答える形で「詳細な報告書」を検死官に提出する。B検死官は全ての書類を地方検察庁に提出する。C地方検察庁の審査により報告内容に不審な点がなければ、市町村長に埋葬の許可が出される。D不審な点の有無に関わらず、全ての報告書が検察長官委員会に提出され、再度審議された上で、起訴するか否かの決定が下される。E起訴が決定すれば、その医師は地方検察庁より起訴され裁判となる。問題なし、とされれば不起訴である。23)
K.レメリンク・レポート(1991年)
  オランダ政府は、1990年、安楽死の大規模な実態調査を行うために「レメリンク委員会」を発足させた。委員会は、エラスムス大学、オランダ中央統計局にその調査研究を委託、一年半後にその結果を「レメリンク・レポート」として提出したものである。この報告によると、1990年にオランダで医師が行った安楽死の症例は全死亡者数の1.8%にあたり、医師による自殺幇助は0.3%であった。調査結果は「オランダ中央統計局による調査結果」とも、個人的な調査である「ファンデル・ヴァール医師の結果」とも非常によく合致しており、信頼度の高いものといわれる。
  また委員会は「通常の医療」と「異常死」を区別し、異常死だけが報告届出義務があるとした。「通常の医療」には@副作用として患者の生命を短縮する苦痛緩和療法や、対症療法、A生命維持療法の中止、あるいは初めからこれを行わないで寿命に任せる場合、B生命維持に必要な身体機能が既に衰えた時に、積極的に生命を終わらせる場合、を挙げている。「異常死」には@患者本人の意思と真摯な要求に基づいて医師が行った「自発的安楽死」A医師による患者の自殺幇助B患者の明確な要求がないのに医師が患者の生命を短縮する場合、を挙げた。つまり、異常死である「自発的安楽死」を行った医師は報告届出義務を科せられた、ということである。
L.オランダ法務省による安楽死の定義の公表と「安楽死5要件」(1991年)
  次に述べる5要件を前提に「安楽死とは『患者本人の意思』ならびに、その者の『真摯で継続的な要求』に基づいて、医師がその患者の生命を『故意』に終わらせること」と定義した。これは現在に至るまで定着し、オランダにおける安楽死の定義といえる。
  またこの5要件では、肉体的な苦痛を伴わない精神的な苦しみだけでも、苦痛の要件が満たされることになった。以下に5要件を示す。@肉体的あるいは精神的な耐えがたい苦痛、A可能な限りの治療を行い、苦痛に回復の見込みがない、B十分な情報を理解した上での全く自発的な要求、C他の医師との相談、D医師は全ての経過を書面に記録する必要がある。
M.オランダの「改正埋葬法」(1993年)
  1990年の「安楽死報告届出制度」(前記J)が一部修正され、政令として、この法律の適用附記に入れられた。この措置により刑法を改正せずに、自発的安楽死の要件を満たした場合にはその医師が起訴されることは稀な現状となった。
N.バウドワイン・シャボット医師事件(1994年)
  人生に絶望した「健常者」に、精神科医のバウドワイン・シャボットが自殺幇助を実行し、最高裁で有罪なれども罰せず、とされた事件である。患者のボスエルは50歳の女性で、夫と離婚、生きる希望であった二人の息子も相次いで亡くなり、精神科の治療を受けながらも長い間自殺希望を持ち続け、ついにオランダ自発的安楽死協会を訪ねシャボット医師を紹介された。シャボット医師の勧める精神科治療もボスエルは拒否、医師は他の精神科の専門家6人にも電話などで相談したうえで、幇助の決意を固め、致死薬を手渡したのである。検察はシャボット医師を「自殺幇助の罪」で起訴したが、裁判の結果、一審二審では、精神を病んでいたかは関係なく耐えられない苦痛を抱えていたこと、熟慮の末の自由意思に基づく自殺願望であったことが認められ、「緊急避難」を適用、無罪となった。そして1994年最高裁の判決で、有罪なれども罰せず、として決着した。有罪は、精神的苦痛を理由とする場合、第二の医師が直接患者を診察しない限り「緊急避難」は適用できないとの理由からであって、患者が健康であったことについては問題とされなかったのである。24)

3-2-2.オランダの現在の自発的安楽死の定義と法的要件
  オランダでは、現在でも刑法第293条、294条、289条により、本人の要請に基づく医師による安楽死、医師による患者の自殺幇助、本人の意思によらない殺人は禁じられている。しかし上記に示した通り、1973年以来の歴史的背景があり、自発的安楽死の違法性を阻却する刑法第40条を用いた法システムができたのである。現在、その自発的安楽死は「本人の意思ならびに真摯で持続的な要請に基づいて、医師が患者の生命を短縮し安楽死させる、あるいは医師が患者の自殺を幇助した場合」と定義され、1991年にオランダ法務省より公表された5要件(前記3-2-1.のL)を必要とする。但し注意が必要である点は、不治であることと、終末期であることを要件としていないこと、他の医師との相談には、最低一名の医師が必要であり、精神的苦痛を理由とする場合はその医師に直接患者を診察してもらう必要があること、が挙げられる。

3-3.アメリカ合衆国における死と「死の権利」
  リビング・ウィルを世界で最も早く法制化し広く普及させた国、アメリカ。その死に関する権利は、州によって大きく異なっているのが現状だが、全国的に「尊厳死法」を成立させようとする動きが目立ってきている。前述のオランダと同様に、これまでの注目すべき判例や、社会的な背景を見ながら、死の在り方の実際、尊厳死の要件の変化などを追う。

3-3-1.アメリカの「死の権利」の流れ
  A.「患者の権利」の誕生(1950年代〜1970年代)25)
  1950年代のアメリカには様々な人権運動が起こり始めていた。1960年代初頭より医療分野においても「患者の人権」運動が盛り上がるようになり、専門分野を越えた「患者中心の医療」が研究され始めた。そして1970年代初頭に「バイオエシックス(bioethics)」という新しい生命倫理が確立され、この考えのもと、医師は患者を一個の人格と認め、その意思を尊重し、患者の自由と権利を優先することが医師の義務だと考えられるようになっていった。そこで重要となってきたのが、「インフォームド・コンセント」である。
  B.カレン・クインラン事件の判決(1976年)26)- 27)
  ニュージャージー州に住む当時21歳のカレンは、急性薬物中毒で昏睡状態に陥った後、人工呼吸器につながれた植物状態となった。彼女の父親は人工呼吸器を取り外し安らかに死なせたいとしたが、医師がこれを拒否、延命を主張したため、裁判となった事件である。一審はこの父親の要求を退けたが、州最高裁判所では「人命尊重の大原則より死を選ぶ個人の権利が優先されるべき」とし、「今後治療を続けても回復の見込みが全くない、との結論が出た場合には、主治医と倫理委員会の承認を得て人工呼吸器を止めても良い」との結論を出した。これを受けカレンの人工呼吸器は止められたが、自力で呼吸を始め1985年まで生き続けた。
  C.カリフォルニア州「自然死法(Natural Death Act)」の制定(1976年)28)
  18歳以上の成人が知的精神的判断能力がある間に「自分が末期状態になったときは、生命維持装置を止めるか取り外すように」という主旨の医師に対する指示書を作成しておく権利を認め、その行為が違法でないとする法律。この指示書は、患者がまだ生きているうちに法的に発効する遺言ということで「リビング・ウィル」と呼ばれるようになった。世界で初めてリビング・ウィルを認めた法律として画期的なものである。この後、他の州で同様の「自然死法」が可決されていき、年現在その数は50州にのぼっている。29)
  D.アメリカ大統領「死の権利認知」を報告(1983年)30)
  不治かつ末期の患者に、生命維持装置をつけるかどうかは、患者自身の自発的選択に任せるべきだ、との大統領生命倫理委員会の報告書が発表された。
  E.カリフォルニア州「持続的委任権法(Durable Power of Attorney)」の制定(1985年)31)
  自分が末期状態になった場合、自分の表明したリビング・ウィルが確実に実行されるために、自分に代わって見届けてくれる人を前もって決め、委任しておく権利を認めた法律である。この後、現在に至るまでに他の多くの州でも同様に法制化されていった。このような権利に基づく医師への指示は、アメリカでは「アドバンス・ディレクティブ」と法的に総括する。
  F.キボーキアン元医師による安楽死事件(1990年)32)-33)
  ミシガン州の元医師であるキボーキアンが自ら考案した自殺装置を使用して、オレゴン州のアルツハイマー末期患者、アドキンス夫人の自殺を幇助した事件である。この後も1997年4月時点までにキボーキアンは47件の自殺幇助を行っている。ミシガン州では自殺幇助を禁止する州法を立法、州医師会は開業権を剥奪したが、キボーキアンは3回にわたる裁判にも無罪釈放となり、現在ある法律では罰することができないという現状である。
  G.ナンシー・クルーザン事件の判決(1990年)34)
  自動車事故で植物状態となったミズーリ州の当時25歳のナンシーは、昏睡状態のまま7年が経過し、自発呼吸はあるものの、水分・栄養等はチューブによる補給に頼っている状態であった。回復の見込みはないとの医師の判断の下、両親はナンシーがこのような状態で生きることを望まないであろうとして、チューブを取り外して死なせる許可を求めた事件である。ミズーリ州最高裁判所の判決は、ナンシー自身は延命医療措置を拒否する権利を有するが、両親は娘のその希望を証明し得なかったと言う理由でその訴えを拒否した。また「州が重視しているのは生活の質ではない…(中略)…むしろ生命そのものであり絶対的なものである」とした。両親はさらに連邦最高裁判所に提訴した。その結果連邦最高裁は「当人の意思が明確でかつ合法的である場合」にのみ、「不治あるいは末期の患者は合衆国憲法上の権利として、栄養や水分の補給を含む生命維持装置の取り外しを求めることができる」つまり「死ぬ権利」があることを認める歴史的判決を下した。この「死ぬ権利」はそれまでは各州法による規定であったため、この判決はアメリカ全国民の権利として尊重されることを保証した意義が大きかったのである。そしてナンシーのケースに関しては、リビング・ウィルのような「明白かつ説得力のある証拠」がないとして、州最高裁と同様に訴えを退けたのである。
  その後ナンシーの元同僚らの「明確かつ説得的証拠がある」証言が認められ、同州ジャスパー郡の遺言検認判事によりチューブの取り外しが許可され、ナンシーは12日後脱水死した。
  H.ワシントン州「イニシアティブ119」法案が否決(1991年)35)-36)
  全米で初めての「医師による末期患者の自殺幇助を認める法案」が、住民投票でその法制化の可否を問われた。内容は@2名の医師が余命6ヶ月以内と診断、A知的精神的判断能力のある成人のB自主的な要求、C親類以外の2名の証人の前で死ぬ意思を表示する宣言書を書く、等の条件を満たせば医師は自殺幇助罪に問われないとするものである。結果は賛成46%で法制化は失敗に終わった。
  I.米連邦法「患者の自己決定権法(Patient Self-Determination Act)」の施行(1991年) 37)-38)
  市民が自身に対する医療行為に関する見解を示し、それを社会が尊重することを権利とする法律で、リビング・ウィルを代表とする意思の明示、つまりアドバンス・ディレクティブを規定している。この法律はリビング・ウィル等を定めた州法の後ろ盾になるものである。
  J.カリフォルニア州「プロポジション161」法案が否決(1992年) 36)
1991年のワシントン州「イニシアティブ119」に類似した内容であるが、患者の要請を受け入れなくてもよい場合もあるとの要件を追加している。住民投票の結果は賛成47%で法制化は失敗に終わった。
  K.オレゴン州「尊厳死法」の発効(1994年) 36)
1992年のカリフォルニア州「プロポジション161」に類似した内容であり、「尊厳死法」と命名されてはいるが「患者の自殺幇助」を法制化する法案である。この法案では医師の処方箋で患者が自ら薬剤を入手、服用して自殺する場合に限定しており、注射投与は認められない。緩和ケアやホスピスへの入所といった選択肢を患者が理解している必要がある。また条件の整った患者の口頭の要求から最低「15日間の待機期間」を経た後に書面による要請を得る。さらに「48時間の待機時間」のあと、医師の処方箋の発行が認められる。
この住民投票は賛成52%で可決され、世界で初めて「医師による間接的な自殺幇助」が法制化された。
  L.オレゴン州「尊厳死法」に違憲判決(1995年)39)
  いったん法制化されたものの、カトリック団体などの強い反対で連邦地裁は同法を違憲とする判決を示し、法は差し止めとなった。
  M.アメリカ医師会の要請(1996年) 33) 
  アメリカ医師会は看護婦協会、オステオパス協会、精神病学会、神経病学会、麻酔科学会他45医学会と共同で、連邦最高裁による医師自殺幇助を法律制定しないよう、要請した。
  N.オレゴン州「尊厳死法」正式発効(1997年)40)-41)
  3年に及ぶ論争の末、再度住民投票が行われ、賛成61%でオレゴン州「尊厳死法」は改めて可決された。1997年10月時点で同様の「尊厳死法」を検討中の州は、20にも上るという。
  O.医師に対する尊厳死に関するアンケート調査(1998年) 41)
  1996年に全米の医師3102人を対象に行われ1902人から回答を得たアンケート調査で、医師の3.3%が「患者の自殺幇助を行ったことがある」と答えた。また「合法であれば自殺幇助を行う、あるいは致死量の薬剤の注射を行う」と答えたのは、それぞれ全体の36%、24%を占め、いずれも非合法である場合の3倍以上に上った。

3-3-2.アメリカの現在の死に関する権利の現状と法的要件29)33)42)
  現在50州が「患者の死ぬ権利法」を制定している。州によって自然死法、リビング・ウィル法など呼称が違う。医師に示す書面には、リビング・ウィルと持続的委任状とがあり、この2種類を「医師への事前指示書」という。どちらでも有効な州と、1種類しか通用しない州とがあり、内容も統一されていない。内容の違いは、例えば末期状態の定義にも見られる。@死の切迫が条件である(ワイオミング州、アラバマ州、ウィスコンシン州)、A生命維持措置がなければ死が確定していることが条件である(アーカンソー州、カリフォルニア州、ワシントン州)、B余命が半年以内であることが条件である(ニュージャージー州、オクラホマ州)、C回復不可能な状態の他に、持続的植物状態も条件とする(フロリダ州)、D上記2の条件の他に、昏睡や永久的な意識消失状態も条件とする(サウスダコタ州)。また、医師の診断条件にも違いがあり、@資格、経験のある一人の医師の診断(アラバマ州)、A主治医の診断(アーカンソー州、オレゴン州)、B主治医又は末期治療時の担当医とさらに別の医師の診断(フロリダ州)等である。これらの州法の上には連邦法である「患者の自己決定権法」(前記3-3-1.のI.)があって州法の周知を促している。
  「尊厳死法」として、医師による患者の自殺幇助を法制化しているのはオレゴン州のみであるが、現在他の20を越える州でも同様の法制化が検討されており、アメリカ医師会、および連邦政府の「安楽死」への反対がある中でも、更に法制化は進んでいく可能性がある。
アメリカ医師会による、近年の一般人1,000人に対するアンケートによると、男性の56%、女性の48%が医師による自殺幇助を是認しているが、全体の35%はホスピスの存在や姑息的治療も知らなかったことが分かっている。それらの人に説明をしたところ、うち73%はホスピスを選ぶと回答したのである。また全体の13%だけが自らが末期状態になった場合に医師の自殺幇助を認めるとしたが、別の民間アンケートでは同じ項目に44%という数字が得られており、国内の意識の不統一や、地域格差の存在が考えられた。

4.各国の「死」の比較とそれらの問題点

  これまで日本、オランダ、アメリカにおける死の捉え方を個別に見てきたが、ここでそれらを比較してみる。すでに明らかなように、各国の「尊厳死」や「安楽死」の定義は同一ではない。その極端な例はアメリカの「尊厳死法」で、尊厳死とは名ばかりの安楽死法であるといった方がよいだろう。また同じ用語を用いてもその構成要件は様々であった。そこには倫理観の違いがある。結果的に「死」へとつながる行為という点で同じでも、また、ヒトの生命の価値は尊重すべきという原則は共通だとしても、それぞれに異なる社会背景があるのだから、そこに生まれる生命倫理観には少なからず違いがあることは当然だとも言えるのである。そして社会の現状はここまで見てきたように、正に国家毎に独自の生命倫理観が掲げられている。これらの倫理観のどこまでが正しくてどこからが正しくない、という判断は不可能であろう。そこで私は、各国の倫理観の違いを明確化することを以下に試みる。
  ここでは宮川俊行氏の分類と分析43)を利用する。「合理主義的発想に支えられて、他者の生命を多かれ少なかれ死の方向に意識して人為的にコントロールしようとする人間的行為」と安楽死を位置付け、さらに多種多様の安楽死を次の3つの観点から説明するものである。
一、 行為と死の因果関係の観点から
  a. 積極的安楽死(作為安楽死)
実施者がある生命の死を目指して積極的行為をもってその生命に働きかけるもの。
b. 間接的安楽死(結果安楽死)
   自己の意図的行為が結局は死をもたらすことが分かっているのに、この死をやむをえないものとして当初の行為をなすもの。
c. 消極的安楽死(不作為安楽死)
ある生命体が別の原因から死へのプロセスに入っている場合、自分の行為によりこの死を留めたり進行を遅らせたりすることができるにも関わらず、あえて行為を行わず死に至らしめるもの。 
二、 何が無意味な生存かの観点から
d. 尊厳死的安楽死
  医学、医療は人命尊重と延命至上主義を基本原則としてきたが、近年その技術の発達により非人格的と思える生命の増加と生存の強制をもたらしている。尊厳死は非理性的・非人格的な人間生命の在り方を無意味だとしてその生存を拒否しようとするものである。「尊厳死思想」は人間生命を、精神活動のできる、あるいはその可能性を持った人格的状態と、そうでない非人格的、生物的生命状態とに二分し、前者には生存の意味があるとしてその生存を是認し、後者は生存の意味も価値もないものとする。そこにあるのは人格の「尊厳」を重んずる思想である。
e. 厭苦死的安楽死
  「厭苦死思想」は激しく、耐えがたい、しかも鎮静の可能性もない身体的苦痛に伴われた人間生命の在り方を無意味であるとして拒否しようとするものである。
f. 放棄死的安楽死
  人間は社会的な存在であり、二人以上の共同体の中で生きている。しかし、重度の心身障害者や植物状態の患者などを抱えた家族は経済的、肉体的、心理的苦痛を強いられる場合がある。「放棄死思想」は、家族を悲惨な状態に陥れ、連帯者の人生を灰色にしてしまう弱者をなぜそうまでして生かしておかなければならないのか、尊重されるべきは病人の生命ではなく家族の生命であり、保護されるべきは弱者から意味ある生存をも脅かされている連帯者のほうだ、このような弱者の致死をはかっても倫理的に問題はないのだ、と主張する。
g. 淘汰死的安楽死
  「淘汰死思想」は国家共同体の存立に無意味、あるいは有害と判断された人間生命を、価値なきものとして意識的に消去するものである。
三、 生命主体の意志の観点から
h. 任意安楽死(依頼・承諾安楽死)
  生命主体の意思に多かれ少なかれ沿ったものを言い、二つに分かれる。一つは依頼安楽死で、生命主体の命令、要求、願望に従って他者が安楽死を実行する場合。もう一つは承諾安楽死で、生命主体が積極的には望まぬが安楽死がなされることを承諾し、許す場合である。
i. 非任意的安楽死(不明安楽死)
  生命主体の意思が不明の場合である。
j. 不任意的安楽死(強制安楽死)
  生命主体が積極的に反対であるのにその意思に反して行為者が実施する場合で、強制安楽死とも言う。

  以上の分析を用いて考えてみると、日本で現在認められる傾向にあるいわゆる「尊厳死」はどう分類できるだろうか。日本学術会議、日本医師会、尊厳死協会の示す定義を中心にまとめれば、“終末期であればdの尊厳死的、およびeの厭苦死的な理由によるc、つまり不作為的安楽死は治療行為の一環として医師の責任を問わない行為である”と分類できる。そしてリビング・ウィルを用いたh依頼・承諾安楽死がその必要条件だが、患者本人の意思だけが有効とする依頼派と家族の代理も良いとするつまり承諾派が混在しており、議論の分かれるところであろう。終末期という病状の要件については曖昧な部分が多く、余命の判断が困難な植物状態の取り扱いについては意見が分かれている。また今日の医療において肉体的な苦痛緩和はほぼ100%可能とする立場が増えていることより、eを理由とする死は医師の職務怠慢として上記の「尊厳死」の定義から今後外されていく可能性もある。同じ根拠に基づいて考えると、事件の判決(前記3-1-5.のB.)で「間接的・積極的安楽死」が違法性を阻却される要件として「コントロール不能の耐えがたい苦痛」が示されたが、これも適切でないということになる。日本で「安楽死」とされるのは“不治かつ末期で、hのうちの依頼安楽死であればaが認められる”が主流であるようだ。iとjは殺人行為である。しかし現在の日本では本人の意思がない、いわゆる殺人行為でしかない慈悲殺事件が「安楽死事件」として取り上げられ続けていることからも、国民の間で尊厳死や安楽死、慈悲殺という概念の混乱が認められる。44)故に「尊厳死」以上の死をコントロールする概念(例えば「安楽死」)を取り入れた運動を強化することは現在の日本ではあらぬ誤解を招くことになりかねないだろう。
  次にオランダの現状について考える。オランダでは既にbやcに同義の「尊厳死」という概念は特に取り上げられることなく日常の治療行為として認められているようだ。20)45)日本と異なり、問題になっているのは専ら「安楽死」の在り方である。オランダでは“厳しく条件化された依頼派のhがある上で、dの尊厳死的、eの厭苦死的な理由によるaの積極的安楽死”が制度化されているのである。この要件で注目すべきなのは、理由となる苦痛には肉体的なものだけに限らず精神的なものが認められていることである。そして不治の終末期でなくても「安楽死」する権利が認められている。これらは多くの文献でも認められているように、オランダの社会制度、特にそのヘルスケア制度の性格により許されているといえる。20)46)- 48)まず、オランダには歴史の長い「ホームドクター制」が根付いており「医師と患者との親密な関係」が全国民に存在する。これにより患者の安楽死の要請が間違った知識によるものであったり、一時的な感情に左右されたもの、医療不信から来るものでなく、患者の尊厳を脅かす状態への「最後の頼みの綱」であることの判断が可能になる。ペインコントロールについては、専用の国家予算枠もあり組織的な研究に熱心な国で、そのレベルは世界的に見てもトップクラスである。そして全ての病院、地区にそのためのチーム制度が整備されているため場所を問わず確実に緩和ケアが受けられる。またオランダの医療保健額は世界第二位を占め長期の療養費を十分に補償しているため、経済的な理由による死の選択はあり得ない。この他にもオランダ国民が徹底した平等主義であること、討論・理屈好きで1973年以来裁判等を通じて議論を重ねて来ている歴史があること、国民の大半がキリスト教プロテスタント系のカルビン派で、頼れるものは自分自身の判断という個人主義が定着していることなど、国民性の要素も指摘されている。そして既に少なからず存在し、ある程度国民の間で暗黙の了解であった「安楽死」が、制度化により公的に可能になった点が国民には大変高く評価されている。しかしホームドクターと安楽死の実行を約束した患者には自然死を迎えるケースが多いということも言われており、「安楽死」を最後の手段として約束することは患者の安心につながり、かえって残された「生」を尊重することになるのかも知れないと思われた。
  最後にアメリカの現状を考えると、ほとんどの州で“依頼派のhである「医師への事前指示書」を作成したうえで、bの結果安楽死、cの不作為安楽死を実行される権利”が認められている。いわゆる無意味な治療を拒否するdの「尊厳死」思想であるが、州によって末期状態の定義が異なっていたり、hの有効性が異なる点に地域差を認める。国内でその医療に差があるというのだろうか。また国民の35%がホスピス等の緩和ケアを知らなかったという調査結果も出ており、インフォームド・コンセントが徹底しているアメリカでも知識不足のために死を迎える方法の選択肢が正しく示されていない恐れがある。それこそ患者の権利の問題であり、死そのものよりそれに至るまでの生をについての権利が注目されていかねばならないだろう。一方、近年オレゴン州では「尊厳死法」が正式発効し、“終末期で厳しい条件をもつ依頼派のhがあれば、医師による患者の自殺幇助に限ったaの積極的安楽死を認める”とする事実上の「安楽死法」が生まれた。この動きは全国的に広まる可能性も高いが、オランダと違ってアメリカでは医療保険制度の整備が不十分なことや経済的な格差が広がりすぎていることから、貧しい人が医療費を払えないばかりに安楽死を選ばざるを得ないのではないか、ということが懸念されており、必ずこのhに基づくこと、目的がdの尊厳死的安楽死であってfの放棄死的あるいはgの淘汰死的安楽死に流れない確実な条件が必須である上、制度上だけでなく社会の通念としてfやgはあり得ないことをアピールし、社会的な弱者を精神的に圧迫しないような気遣いが求められている。33)
  世界的に「尊厳死」という行為は治療行為の一環であり自然死を示している。患者本人の意思が要件として有効であるが、問題となっているのはその不治という定義の難しさであり、これは特に植物状態に言われている。不可逆的とする判断の基準をどこに置くか、また栄養・水分の補給停止のもたらす苦痛の有無は不明であるのが事実だが人倫に反さないか、といった論議が現在でも続いている。法的システムとなっているのは安楽死についてはオランダにおける違法性阻却システムを用いた「オランダ改正埋葬法」とアメリカオレゴン州の「尊厳死法」のみであり、いずれも患者本人の死の要請が自主的・持続的・真摯であることが必須条件である。オランダは患者の全人的な苦痛に対する他の代替手段がなくなった状態での実行が制度化されているが、一方オレゴン州では終末期の権利としての一つの選択肢であるという点も懸念され、患者と医師の信頼関係に基づいた安心材料としてより、経済的な心配から死が選択されることも危惧される。49)
  これらの死の在り方について倫理上の反発が世界的に強く残っていることもまた見逃せない。カトリック教会は「人間の生命は神から与えられたものだから、安楽死も尊厳死も神の意図に背く自殺や殺人に準ずる」としているが、同じ宗教でもローマ法皇庁は事実上尊厳死は認めるようになったようだ。医学会は「医師の任務はあくまで生命を引き延ばすことであり死なせることは医学の敗北」と考え、「末期医療の大切さ」をまず重視すべきとしている。50)世界医師会の「マドリード宣言」では「積極的安楽死は事実上の殺人行為であり、かつこれは基本的に医師の誓約にもとるものである」と断固とした態度を示す。「死の権利協会世界連合」は「尊厳死を広めることが植物状態の患者や障害者等の弱者を無用の存在とみなす風潮を作るのではないか」「尊厳死が単に自分勝手に死を選ぶことになりかねない」「他人に迷惑をかけたくないという倫理観がある。周囲への配慮から死を選ばせる恐れはないのか」「まず社会福祉の充実を図るべきである」と尊厳死自体も否定している。WHOは安楽死そのものに否定の態度を保っている。また、倫理学の立場から「自分の生命を最後まで自分でコントロールすることが許されるのだろうか」「医師が患者の死を最終的に認める点について、医師は専門知識はもっているが患者より上位を占めるものではないはずだ」との安楽死批判もある。51)社会学的な視点より、「安楽死を望む人々は文化の違いによらず、自分ができないこと、他人に頼らざるをえないことを苦痛と考え、死を選んでいるといえる。しかし『できること=個人の価値』という生産性を重視した我々の作り出したに過ぎない価値基準にとらわれているだけにすぎないのではないか。」という苦痛そのものの基準に対する意識の変革を求める意見もある。52)

5.私の考える、日本での「尊厳死(望ましい終末期)」の在り方についての考察

  「死の権利」をめぐる議論は専ら裁判によって始まっているようだが、驚くべき発見は3国におけるその歴史で一番古いものは、1962年、日本の名古屋高等裁判所の判例である。オランダは1971年、アメリカは1976年が始まりである。日本はその歴史こそ古いものの、議論を深め政策に反映させることはできなかった。近年になって京北病院事件が起こったときのマスコミの取り上げ方は「また安楽死事件」、といったものであった。事件の違法性という面ばかりが注目され、国民の意識は末期医療に潜んだ問題には及ばないままである。名古屋高裁の判例は国民の間では過去の事件として忘れ去られていた。そんな日本に対して、オランダやアメリカでは住民側から「死の権利」を求める運動が広まった。両国には共通して、権利は主張し獲得するものという国民意識がをあるようだ。お互いの権利、主張を認め合うことも然り。だからこそ「死」という一見タブーな話題についても議論を持ちやすかったとも言える。そして、それぞれの権利の獲得まで議論は続いていくのだろう。日本で尊厳死、安楽死問題が国民的問題として深まる為には、「死に方」についての国民的理解が先ず必要である。いわゆる安楽死事件に見られるような言葉の定義の混乱に代表されるように、倫理的に許される死の選択範囲について国民の議論はまだ初歩的段階に過ぎない。国民の意識調査によれば尊厳死への理解は深まってきている、尊厳死協会の会員数が増えていることは尊厳死への賛成派が増加した証だ、等と評価されているが、一体国民がどの程度の納得と理解、問題意識を持っているかを数字として表すことは非常に難しい。ただ少なくとも、末期医療において安心しておまかせではいられない、という漠然とした不安は浸透してきていると言えるだろう。末期医療にどう関わっていけば良いか。その点では日本尊厳死協会の活動に期待するところが大きい。同協会は死に関する多くの出版物を出しており、日本国民の死に関する言葉の定義の混乱の是正や、日本医療界の現実についての正しい認識の普及に努めている。しかし私は同協会の勧めるリビング・ウィル制度には多少の疑問を感じている。入会時に署名、押印した宣言書を作成し、会費を納めればそれでリビング・ウィルが成立する。会員は定期的に会報を受け取り、年に数度の講習会へは自由参加、会費を継続して納めることでその意思の有効性を示す、ということになっているが、果たしてそれで会員の全てが、自分の望む最期を選んでいることになるのだろうか。「楽に死にたい」という思いだけで気楽に入会した人も、本当に末期医療に疑問を感じて危機感から入会をした人もいるだろう。尊厳死は本人が納得する最期を選ぶことに本来の意味があるのであって、お任せの死では断じてない。それなのにカウンセリングも無しで一定のリビング・ウィルを発効させても良いのだろうか。せめてその内容を選択できるような宣言書を作って欲しいものである。これはオランダの「安楽死パスポート」の基本的な内容が修正可能であるとされていることを見ても当然の批判だろう。また日本尊厳死協会の制度では患者本人の意思であることの証明が多少不安である。寝たきりの家族への慈悲殺を企てた家族が、本人と偽ってリビング・ウィルを作成することも可能なのだ。そうなると尊厳死の大前提である本人の意思であること、という要件が危ぶまれる。考え過ぎだろうか。
  一方、国民の理解を促す必要性の他に、医療界の問題改善という課題がある。今日まで「パターナリズム」に基づく医師−患者関係は日本に「お任せ医療」を根強く定着させ、近年社会全般の欧米化が進む中で「患者の自己決定権」が輸入されても、まだ本来のインフォームド・コンセントを取り入れることができていない、という日本医療界の現実がある。オランダやアメリカで「死の権利」が語られているのは、このインフォームド・コンセントが当然の医療の基本として行われている土壌があってこそ、といっても過言ではないだろう。本来インフォームド・コンセントとは、患者と医師の信頼関係のプラスとなるものであるはずだが、患者が多くの医師の間を次から次へとたらい回しにされる、あるいは渡り歩いていくような現在の日本の医療環境では両者の信頼関係の形成そのものが難しい場合もあろう。医療への不信感からの死の選択がされるのではなく、医師と患者の間で「治療上の負担」と「治療からもたらされる利益」についての十分な話し合いが行われた上で尊厳ある最期が選択されることが、何より大切と思う。法でリビング・ウィルを制度化する運動を日本尊厳死協会は行っているが、同時に医療界のあるべき姿に対する警告の役割も持って欲しい。法によって管理するより先に、法制化しなくても良いような体制づくりが必要なのである。さらに尊厳死という言葉が、延命医療の中止に重点を置いて語られる傾向にあるが、そこにあるペインコントロールや、カウンセリングの充実などの問題も国民に啓蒙すべきである。
  ここまで述べてきたように「死の在り方」について権利を主張する上では、尊厳死、安楽死の区別を問わず、個人の意思が明確に示されていることが必要な条件であることは間違いない。そこで自分にとって望ましい「死の在り方」について日頃から考える機会をもち、「自分にとっての尊厳ある死」について、書面にしておくことが大切である。既存のリビング・ウィルの書式でなくとも問題はない。そうしておけば予期せぬ事態が起こり意識がない状態に陥った場合にも自己の意思を生かすことができ、また意識がある状態でも、冷静な状態における自己の意思の確認ができる。注意すべきは、この書面をもっていることで最期が決まったわけではないということだ。書面は万能薬ではない。その時々での病気の状態、医療技術等色々な影響があって実行可能な末期のケアは限られ、変化していくだろう。それにどう対応し、決定をしていくのか。その時にこそインフォームド・コンセントが必要なのである。しかし日本の医師の間に、このインフォームド・コンセントの目指すところがよく理解されていないこともまた事実である。専門的な知識をもとにして、患者の意思を聞かず一方的に治療方針の承諾を得る医師もまだ多い。インフォームド・コンセントと末期医療の両方をよく理解した医師に出会わなければ、日本人には「死の在り方を選ぶ権利」がないのだろうか。実際そうかもしれない、と私は考えていた。しかし、日本でもこの権利を保障してくれる医師や医療スタッフが確実にいる場所を見つけることができた。ホスピスである。
  この研究を進めるに当たって資料を集めていくと、この「死の権利」の記述の中には必ずホスピスという言葉を見つけることができる。ゆきすぎた医療の人間的でない行為に、人間性を持って歯止めをかけようとする「尊厳死」の立場が、緩和ケアに通じ、その緩和ケアを行っていく場所がホスピスなのである。ただし、「安楽死」は患者自身の尊厳を求めようとする基本的な部分では尊厳死と通じていると言えるが、他者の生命をコントロールする意味合いが強いため、自然死的な尊厳死を追求するホスピスの目的にはそぐわない。
  1999年12月現在、日本には厚生省の認可を受けたものと民間のものとを合わせて114のホスピスが存在している。53)そのうち、愛知県にある愛知国際病院と山下病院、大阪府の淀川キリスト教病院のホスピスを見学することができたので、ここにその見聞を紹介したい。私がホスピスがいかにインフォームド・コンセントを重視しているかを痛切に感じたのは愛知国際病院の専任医師の言葉からである。「『私は尊厳死協会の会員です。』と言われる患者さんもいらっしゃるのですが、私は『そんなものはここでは必要ありませんよ』と言っています。」それは拒否の言葉ではない。ホスピスへの入所はすなわち、行われる全てのケアを患者本人と医師の話し合いによって、患者の希望に添って決めていくことを意味している為、過去の誓約書には覚書という程度の価値しかないのである。言い換えるならば、ホスピスではリビング・ウィルがなくても尊厳のある最期を目指したケアが行われているのである。これこそ、末期医療に求められる「尊厳死」の権利だと思われた。主張しない限り認められない権利など、憲法にある個人の生存権にさえ反するではないか。また山下病院の緩和ケア病棟の婦長と面談させていただく中で、人生の最後の場所としての役割には病院と言う環境、看護婦という立場が常に役立つ良いものではないことも教えていただいた。尊厳をもって死を迎える為に、どんな病状の変化にも対応し苦痛をコントロールするスペシャリストが揃っていることこそが、一番の安心材料であると信じていた私には、目からうろこが落ちたような言葉だった。「患者さんはずっと患者ではないのです。生活している個人としての姿が本来の尊厳ある生活に近いはずなのに、白衣姿の看護婦には患者としての姿でしか接することができないようです。本当に対等な立場に立って話をしたりという基本的なことさえ私達はできていないのかもしれません。」婦長は、だからこそ多くのボランティアが入ってくることに患者の生活にその人らしさを取り入れる大きな意義があるのだと言う。看護婦はケアを行う機能を持ち得るはずだったが、看護婦である故に、専門家である故にそこには限界が生じている事実を痛感した。またこの事実は、オランダでホームケアのシステムが確立されているおかげで、真実の尊厳を追求した安楽死の要求が認められる、という説明にも通じている。患者が本来の自分でいられる場所で自分の選んだケアを受けられること、これはホスピスという環境をもってしても保障できない、その人にとっての尊厳ある空間に違いないのである。またこれは文献から得た言葉だが、聖ヨハネ会桜町病院ホスピスの山崎章郎氏は肉体的苦痛がほぼ100%取れるものであることを根拠に、「ホスピスでは積極的安楽死が施行されることがない。その必要がない」と断言している。14)このことはつまり、安楽死を考える人々が抱く未知の死苦に対する不安が解消できるという意味をもつ。肉体的苦痛がコントロールできる医療が確立されていくにつれ、それを理由にした安楽死希望者は減る。そして安楽死は精神的苦痛を理由にするものへと変化していくのかもしれない。しかしその精神的苦痛にもケアの確立が成されれば、我々は当然のこととして死の権利を振りかざさず、安心して末期医療を待つことができるようになるのだろう。つまり、死に関する権利を考えることが医療技術の向上に、さらには死の権利が語らなくとも当然保障される結果につながるのではないか。

6.まとめ

  私はこの卒業研究によって、世界各地で末期医療における人間性と自己決定の重視が、今日の「死の権利」の主張につながっていることを知った。しかし「安楽死先進国」であるオランダ、「尊厳死先進国」であるアメリカの制度をそのまま日本に輸入しても、決してうまくいかないだろう。それは文化、国民性、歴史、医療保険などのあらゆる要素が影響し合いそれぞれの国で成立した制度であるためだ。わが日本では諸外国の考えを参考にしながら、医療界の改善や、国民の末期医療への理解と関心を高めることを目指す方が先決であるように思われる。そして調査研究の過程において私は現在の日本で人間性と自己決定が尊重される望ましい最期を迎えるには、ホスピスが適当であるという印象を強く持った。
  日本と、オランダ、アメリカの「死の権利」の歴史を振り返るに当たり、その政策に注目し現状把握に努めてきたが、国民の意識や社会背景について説明できる資料が不十分であり、文献中の主観的コメント等に頼ることとなった。それが間違っているとは限らないが、本来であれば信頼性のある国民調査等の分析を通してそれを証明すべきだったと思われる。社会学的な視点からのアプローチが、これらの「死の権利」の検討において欠かせないということを知った。
  本研究で私は、日本での望ましい「死の在り方」はホスピスにおいて保障されるとの印象を持ったが、日本国内のホスピスは現在その数を急激に増加させている。それは緩和ケアという医療分野が見なおされ、新たな人間的な医療の場として注目を集めているからである。しかし一概にホスピスと言っても全てのホスピスが完全なるケアを提供できているわけではない。緩和ケアという分野がスタッフの人間性をも問いただし、またそのケアに明確な答えがなく、同時にそのケアの質を管理することが難しい為である。ホスピスという名の場所であってもそこにホスピスの精神がなければ、私の導いた結論も意味を成さない。今後日本の「死の権利」について考察を加える為には、このホスピスの可能性とともに、問題点をも取り上げていく必要があると考える。

  最後に本調査研究にご協力頂いた愛知国際病院ホスピスの細井順医師、水野敏子看護婦長をはじめスタッフの皆様、山下病院の鋤柄知子看護婦長、淀川キリスト教病院の梶田和子看護部長及び看護部の皆様にこの場を借りて御礼申し上げます。
  また、論文作成にあたりご助言を頂いた橋本秀和先生(愛知県立看護大学)に心から感謝いたします。

文献・資料
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30) 成田薫編集:年表が語る協会20年の歩み.pp44,日本尊厳死協会,1996.
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53)全国ホスピス・緩和ケア病棟連絡協議会.インターネット・ホームページhttp://www.inh.co.jp/~handpcu/kaiin.html,1999.12.12更新.


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