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「マレイシアのリハビリテーション──CBRの現状と課題」

久野 研二 1999 『リハビリテーション研究』1999年7月号

last update: 20151221


久野研二 1999
「マレイシアのリハビリテーション──CBRの現状と課題」
『リハビリテーション研究』1999年7月号,日本障害者リハビリテーション協会

(本テキストには図表は含まれておりません、E-mail: kunok@ibm.net)

はじめに
 今年、マレイシアの障害者の日である12月3日までの5日間、首都のクアラルンプールにおいてアジア太平洋障害者の十年の推進キャンペーンが開催される。
 マレイシアでは、この「十年」の12の行動課題の一つであるリハビリテーション(以下リハ)の充実は、地域社会に根ざしたリハ(Community-Based Rehabilitation: CBR)を中心に進められてきたが、対象や活動の制限、地域社会の参加不足などの課題も多い。本稿では福祉局の実践を中心に、CBRの現状と課題を検討する。

1.障害分野の現状
 現在まで全国規模の障害者の実体調査は行われておらず、登録も任意であり、障害者数の正確な把握もできていない。1958年のサンプル調査をもとにしたものが最もよく引用され、全人口の1%が障害者であるとしている。しかし、疾患分類が違うものの、1996年に保健省が行った約6万人のサンプル調査では6.9%が何らかの機能障害を有するとする結果もある1)(表1、2)。
 マレイシア第6次開発計画(1991-1995)においては以下の成果が報告されている2)。
・ 知的障害児の統合学校:26校、
・ 視覚、聴覚障害児の統合教育:139校
・ 労働・交通災害による障害者の職業リハセンター:1施設(1995)
・ CBR:135プログラム
・ 統一建築物細則の改訂(1992)
・ 新交通システム(高架鉄道)のバリアフリー化:第二路線のみ
 第7次開発計画(1996-2000)においては、障害者も対象としたソーシャルワーク研修センターの建設、CBRの継続的な発展、障害者のアクセスの保証、NGO支援等が盛り込まれている。
 障害者の権利に関するまとまった法律は存在しないが、特殊教育規約 (1998)や統一建築物細則 (1984)などがある。また、障害者福祉に関する政策は以下の3つを基本としている。
・ 国家社会福祉政策(1990)
・ ビジョン2020 (1991)注2)
・ アジア太平洋障害者の十年、12の行動課題(1993) 注3)
 行政機関としては、国民統一社会開発省・福祉局、保健省、教育省、人的資源省が主な役割を果たしている。
 福祉局は登録や障害者手当て(月額RM70注4)の支給、NGOsへの助成(1998年度は43団体)などを行う。州立も含め4つの職業リハの施設も持ち、人的資源省と協力して行うバンギ職業リハセンターは500名定員(入所350、通所150)の大規模施設として1995年に完成したが、予算措置がつかず1999年から実質運営が始まろうとしている。
 教育省は特殊教育校、特殊学級、統合教育学級を行い10,249名の障害者が修学している。医学リハの中心機関はマラヤ大学リハ部とクアラ・ルンプール総合病院リハ部の二つで、各州の基幹病院でもリハは充実しつつある(表3)。
 
2.CBRの概要
 1983年に世界保健機構(WHO)の協力のもとトレンガヌ州に最初のCBRが導入され、92年からはCBRの全国展開を強化する予算措置が始まった(表4)。また95年には「CBR指針」が作られ(表5)、1997年にはCBRの質的向上を目標に、関係省庁の協力のもと全国CBR調整委員会が結成された。1998年からは「障害者の日」に優秀なCBRプログラムとCBRワーカーの表彰が始まり、福祉局のCBRプログラム数は196、保健省のCBR注5)は54に達し、全国展開に成功している(表6)。
 CBRは福祉局の重要な事業と位置付けられ、毎年20の新規プログラムを開始するための予算が採られてきた。近年の経済危機で新規プログラム予算は5つ分と減少したが、1999年のCBR予算はRM 310万で、社会サービス・諮問部の総事業予算RM1445万の21.5%を占め、家族・児童対策費予算RM379万に次ぐ予算となる。
 CBRの導入は、福祉局の指導・予算のもと、各地の地域住民がCBR委員会を組織化し、そこが実施主体となり行われる。「CBR指針」では全ての障害者を対象とするとし、主にCBRワーカーが実際の活動にあたる。

3.ペナン州でのCBR 
 以下の数値は1997年の調査をもとにしている。ペナン州の人口は約120万人、登録障害者数は5,712名で、州人口の約0.5%である。16のCBRプログラム注6)が実施され、形態は、障害者が小規模施設であるCBRセンターに通うセンター型が10、CBRワーカーが訪問活動を行う訪問型が1、両者の混合型が5である。ペナン州では1989年にCBRが開始され、国内でも活発な州のひとつと言われているが、以下の3つの特徴・課題が見られた。

(1)対象の限定
 障害別でみると、州の登録者の7割を占める身体障害者(視覚や聴覚障害者、肢体不自由者)がCBRの登録では3割以下になり、逆に知的障害者が7割を越している。また視覚障害者は一人もCBRプログラムに登録していない(表7)。
 年齢では、14歳以下のCBRプログラム登録数が66%、20歳以下が90%を占め、逆に35歳以上の登録者は一人もいない(表8)。

(2)活動の制限
 CBRの開始当初は地域社会や家族を巻き込んだ遠足や運動会、家族の勉強会などの多様な活動が行われていた。しかし、現在は障害児のみを対象にした読み書きや生活指導など狭義の療育活動のみとなりつつある。
 「CBR指針」においても述べられている地域社会の他機関との協力や啓発活動、また成人障害者の自立生活を支援するための介助者の調整や外出援助、カウンセリングや所得創出活動支援などといった広義の生活支援はほとんど行われていない。
 州にはCBRの他に11の障害者関連の施設・プログラムがあるが、照会などの協力も十分に機能していない。
 また、狭義のリハの実施においても、センター型CBRのうち、CBRの基本的手法である家族との情報・技術の共有を目的とした家族の同伴は1つのプログラムが行うだけであり、他のプログラムはそのような機会すらない。

 CBRが知的障害児の教育リハに専門化してきた結果、知的障害児はより充実したサービスが受けられるようになった。その一方でCBRのサービスを利用しない・できない障害者も増えてきた。CBR登録者のうち43%(89名)がCBRサービスを利用していないか、ほとんど利用していない。CBRを実際に利用している人数116名は、ペナン州総登録者数5,712名の2%、国連統計局の推定で算出したペナン州の障害者人口62,400名の0.2%にも届かず、施設型リハビリテーションによって支援できるとされる2%4)にさえ及んでいない。

対象・活動が制限された原因
  上記のような対象と活動の制限が起こったのは、視覚障害者や聴覚障害者向けの教育は教育省が比較的整備していること、また、肢体不自由者は病院において理学療法などが受けられ、最も取り残されてきたのが知的障害者であること、また早期療育の必要性が認められた結果による自然な流れともいえる。
 しかし、マレイシアのCBR実施方法自体が障害者を排除してしまっている側面もある。例えば、ペナンのCBRはセンター型が多く、移動に問題が多い中・重度の肢体不自由者には通所が困難である。また、「CBR指針」のCBRの実施内容も教育リハが中心に書かれ、CBRワーカーもチグー(マレイ語で学校などの「先生」の意味)と呼ばれる事、福祉局のCBRワーカーの研修は5日間の導入コースとフォローアップコースがあるが、1997年は導入コースのみ2回、98年は1回と、十分な研修は行われておらず、内容も教育リハが強調され、地域社会の啓発や組織化、生活支援の活動などはほとんど含まれず、結果としてCBRの内容が教育中心となり、それに適さない障害者は徐々にCBRを利用しない・できなくなる傾向にある。
 加えて、「CBR指針」において全ての障害者をCBRの対象としながら、その「指針」中で「障害者」ではなく「障害児」が、「家族」ではなく「親」という表現が多用されたり、CBRのサービスを受ける障害者に制服を設定するなど、暗に子どもだけがCBRの対象であることが示唆されている。
 地方の郡レベルでのサービスがCBRしかない現状で、CBRの対象から除外されることはサービスが受けられないことであり、マレイシアの「CBR指針」、また本来のCBRの目的5)からもそれるものといえる。

(3)地域社会の実施側への参加の不足
 障害者
 ペナン州(郡レベル)、サバ州、サラワク州の11のCBR委員会計120名のうち、障害者の委員は一人もいない。同じく3州のCBRワーカー54名中にも障害者はいない注7)。「指針」では障害者の代弁者として家族の委員会への参加の推進が明記されているのに対し、障害者本人の委員としての参加には一切触れいていない。

家族
 ほとんどのCBR委員会に障害者の家族が1−2名参加している(表9)。しかし、前述のように家族との情報・技術を共有する機会も少なく、その他の家族が実施側・貢献者としてCBRに参加する事は少ない。1995年から97年の間、ペナン州のCBRセンターのうち7つは年1回合同で運動会を開いていたが、それ以外のCBRでは家族との集会など一度も開催されなかった。

地域社会
 CBR委員会は地域社会によって構成されているが、委員以外の人がCBRに参加する方法は寄付行為を除きほとんどない。加えて、CBR委員会が形骸化し、最低でも3ヶ月に1度行われるはずの会議が1995−7年の間に一度も開催されなかったCBRさえある。実際には、福祉局郡事務所員が指針に従い運営している。1997年、福祉局は住民の主体性を強めるためにCBR委員会の議長に福祉局職員がなるべきではないとの通達を出したが、その一方で、例えば、CBRに参加する障害者(児)に制服を着用させるよう指導をだし、他への転用の利かない特別予算をつけるなど、トップダウン的な管理も進めている。
 当初、地域社会の参加を促するため、複数のボランティアに交通費程度を出すことを目的に作られた手当も、現在は、各プログラムが1−3名のCBRワーカーを福祉局の契約職員として雇用するために用いられている。
 CBRは、その活動が地域社会の生活に密着し多様であることで、地域社会の人々は単なる訓練補助のマンパワーとしてではなく、個々のさまざまな能力を“資源”として生かしたボランティアとしての活動ができる。しかし、現状のように療育・訓練に偏重したCBRでは地域社会は訓練助手などの形でマンパワーとして参加するしかなく、特殊な訓練の実施を期待されることで地域社会の人々はますます参加できなくなる。

 是非は別にし、福祉局のCBRは、総合的な障害者の地域社会生活支援ではなく、知的障害児を主対象とした小規模施設型教育リハのサービス提供地域拡大プログラムとして発展してきている。このCBRは施設型リハの3つの特徴:障害者はサービスの受益者であり貢献者ではないこと、生活支援よりも機能回復のための狭義のリハが優先されること、そして地域社会の参加が限定される事、を有している6)。

4.CBRの鍵となる障害者の参加とその制限因子
 多くの実践者がCBRの実施過程、特に意思決定過程への障害者の参加が重要かつ効果的であり、地域社会の参加と合わせてCBRを特徴付けるものとしている7)。国連・アジア太平洋経済社会員会・機関間委員会は、障害者の参加と機会の均等化を目指した戦略の一つであるCBRの実践過程自身に障害者の参加がないのは問題であるとしている8)。
 マレイシアのCBRにおいて、貢献者としての障害者の参加が抑制されている最大の要因は、いみじくも「指針」で述べられている、「障害者は訓練を受け“正常”になるべき存在」という障害者像であろう。これは、CBRの対象が知的障害児に偏ることで、障害者は「日常生活上の介助は必要とすれども、意志決定のできる存在」ではなく「自分で意志決定ができずかつ保護を必要とする存在」といった像がより強化されているだろう注8。
 フィンケルスタインは、施設型リハの基礎となってきたこの考えかた・障害者像がCBRの名のもとに地域社会の生活にまで“輸入”される事によって、それまで地域社会に根付き発展してきた障害者がいる生活、または広範囲にわたる障害者の生活支援がかえって侵害され、障害者の自立・参加を阻害している側面もあると論じている9)。
 具体的には以下の8点が障害者の参加の制限要因として上げられるだろう。
(1) 「CBR指針」、及びCBRの目的に障害者の貢献者としての参加が明文化されていないこと。
(2) 障害者とその家族が利害を共有し、その利害は家族(親)が代弁できるという仮説を採用し、家族の代弁のみを支援している事。障害児・者のいる親の子殺し・心中事件などが示すように、両者が利害を共有するとは限らない。
(3) CBRに関わるのが医療・教育の専門職が中心となることから、狭義のリハの重要性が強調されていること。また、訓練をすれば治る(良くなる)というリハへの過大な期待が根強いため。ワーナーはリハ専門職が障害者の参加を拒む最も大きい障壁であるとも論じている10)。
(4) 障害者の生活支援分野の遅れ。
(5) 障害分野で専門職として給与を得ている障害者が少ない事。医師などの専門職は業務としてCBRに関わることができ、業績にもなるのに対し、多くの障害者はならかの方法で給与を得ながらボランティアとして関わることになり、研修や会議などへの参加も容易ではない。研修があっても障害者は参加できず、貢献者として力量をつけることができない。またピアカウンセラーなど、障害者が自身の経験を生かして働ける専門職が確立していない。
(6) アクセス(サービス・物理的・情報)の悪さ。会議への参加や、CBRワーカーとしての家庭訪問などの制限因子となる。
(7) 障害当事者団体が計画・実施においてCBRに関わっていないこと。例えば1989年と95年、福祉局はCBR計画会議を開催したが障害者当事者団体の参加はなかった。当事者団体の多くは身体障害者の団体で、知的障害児の教育リハとみられているCBRに関連性・協力することの必要性が認められないのだろう。また当事者団体の多くが都市部中心であることや、福祉局のCBRに疑問を呈しても、代替政策案を提出できるほどの力量を有する団体が少ないことなども背景としてある。
(8) ファシリテーターの不在。地域社会の啓発や住民の組織化を支援するファシリテーターは、障害当事者主体のCBRを行うメキシコの実践や住民主体のCBRであるインドネシアの実践などで重要な役割を果たしている。しかし、マレイシアではCBR委員会もCBRワーカーもこの役割を果たしていないし、「指針」やワーカーの研修においても取り上げられていない。


まとめ
 「障害者の参加の促進」はマレイシアのCBR関係者にも言葉としては広く受け入れられているが、CBRの実施過程自身においてさえ、その実施は上記のように困難である。CBRは地域社会の状況に合わせて実施されればよく、決まったモデルはないし、CBRはあくまで狭義のリハに関する戦略とし、訓練による機能回復の結果、他の社会生活に参加する機会を得た障害者もいるだろう。しかしながら、当事者が主体としてプログラムやプロジェクトに参加することの重要さや効果は開発・障害の両分野でも多々論じられており、マレイシアのCBRにおいても、開発分野で積極的に取り入れられているParticipatory Learning & Actionなどの参加型手法や、当事者主体の生活支援活動である自立生活運動から学ぶ事は多いだろう。

注1:福祉局ではこの4つの障害分類しかなく、精神障害や内部障害はない。
注2:2020年までに先進国となることを目指し、マハティール首相によって発表されたの9つの行動課題。第7項においてCaring society(支え合う社会)の実現が述べられている。
注3:国内調整、法律、情報、国民の啓発、アクセシビリティーとコミュニケーション、教育、訓練と雇用、障害原因の予防、リハビリテーション・サービス、福祉機器、自助組織、地域協力の12項目。
注4:RM1(リンギット・マレイシア)は約34円。
注5:保健省のCBRは1996年に開始される。Clinic Based Rehabilitation: CBRやEarly Intervention Program: EIPと呼ばれ、郡診療所の看護婦や近郊基幹病院の理学療法士等によって行われている。
注6:98年には17になる。
注7:他州には若干名いる。
注8:事実として知的障害児は自己決定ができないということではなく、一般に流布している知的障害者像、および、子ども像として。


引用文献
1) Jamaiyah Hj. Haniff (1997) Impairment & Disability, in Report of NHMS2 Conference, n.p.,p.58.
2) Economic Planning Unit (1996) Seventh Malaysia Plan 1996-2000, Kuala Lumpur: PNMB, pp.568-86.
3) マレイシア福祉局(n.d.)Garis Panduan Tugas & Tanggungjawab Jawatankuasa PDK, n.p.: author.
4) Helander, Einar, et. al. (1989) Training in the Community for People With Disabilities: Introduction, Geneva: World Health Organization, p. 7.
5) ILO, UNESCO, and WHO (1994) Community-Based Rehabilitation: For and With People with Disabilities, Joint Position Paper, Geneva.
6) 久野研二(1998)発展途上国のCBR、澤村誠志他編「地域リハビリテーション白書2」、三輪書店
7) Tjandrakusuma, Handojo (1995) Participatory Rural Appraisal (PRA) in Community Based Rehabilitation: An Experience in Central Java, Indonesia, ACTIONAID Disability News, Vol. 6, No. 1, pp. 6-10.
8) Regional Inter-agency Committee for Asia and the Pacific, ESCAP (1997) Understanding Community-Based Rehabilitation (CBR), n.p.: author.
9) Finkelstein, Vic (1998) コミュニティーケアの哲学と展望, ヒューマン・ケア協会編、障害当事者が提案する地域ケアシステム、ヒューマンケア協会
10) Werner, David (1995) 'Strengthening the Role of Disabled People in CBR Programmes', in B. O'Tool & R. McConkey (eds.) Innovations in Developing Countries for People With Disabilities, Lancashire: Lisieux Hall.



マレーシア  ◇CBR (Community-Based Rehabilitation)   ◇久野研二  ◇『障害当事者が提案する地域ケアシステム ─英国コミュニティケアへの当事者の挑戦─』  ◇全文掲載
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