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「マレイシア──障害分野の現状と課題」

久野 研二 1999 『ノーマライゼーション』1999年6月号・7月号

last update: 20151221


「マレイシア──障害分野の現状と課題」

久野研二 1999
『ノーマライゼーション』1999年6月号・7月号(日本障害者リハビリテーション協会)

(本テキストには図表は含まれておりません、E-mail: kunok@ibm.net)


はじめに
 今年の「アジア太平洋障害者の十年」推進キャンペーンはマレイシアで開催される。マレイシアは東南アジア諸国の中でも発展している国のひとつであるが、97年から経済危機に直面し、障害分野においても、福祉分野の予算削減や雇用機会の減少など、打撃を受けている。しかし、一方では障害当事者運動なども活発になりつつあり、そのいくつかと、日本の協力現状などを報告する。

障害者の交通アクセスを求める権利運動
首都のクアラルンプールでは、公共交通機関の整備として、近郊電車2路線、主に高架を走る狭軌鉄道(LRT)4路線、モノレール1路線の建設を進めつつある。1994年、LRT第1路線の営業会社であるスターは、障害者の利用を「禁止する」という方針を発表し、これに対し、LRTのアクセスを求める障害者運動が起こった。
LRTの駅はほとんどが高架上にあるが、エレベーターなどもなく、会社側は、「障害者の利用を禁止するのは障害者を排除するためではなく、避難の際の安全確保ができないためで、障害者を守るためであり、私たちは障害者の安全を考慮しているのだ」という発表をした。マレイシアでは、デモなどの“反政府的”な運動は厳しく取り締まられており、既存の障害当事者団体も、障害者のための団体からも目立った反対運動は起きなかった。しかし、現在、障害者・解決・開発センターの代表を務めるクリスティーン・リーらを中心に、200名を超える障害者個々人が集まり、プトラ・アクショングループを結成し、街頭デモ行進による反対運動を決行した(写真1)。この運動はメディアにも大きく取り上げられ、新聞にも30以上の関連記事が掲載された。
これに対して、政府・福祉局はLRTが利用できない代わりに、イギリスから障害者用タクシーを導入する方針を出したが、残念ながら未だ実施にはいたっていない。また、スターは改築に20億円程かかる事などを理由に一切の改造は行っていない。しかし、交通省はLRT第2路線のプトラについては、エレベーターの完備など障害者が使えるものとする方針を決め、第6・7次国家開発計画にも盛り込み、1998年部分開通となった(写真2)。交通省は近郊電車2路線についてもバリアフリー化する方針を打ち出すなど、この運動をきっかけに社会が少しずつ変わりつつある。

グループホームと自立生活運動
 マレイシアでは、まだ自立生活センター設立には至っていないが、グループホームの形での自立生活が開始されつつある。
 現在、政府・福祉局や民間団体(NGOs)がグループホームを行っているが、その中でも注目すべきは、クアラ・ルンプール近郊のクポン地区にある5つのグループホームである。1984年、聖ビンセント・カトリック教会が初めてここにグループホームを開いた後、他の教会が開いたり、チェシャホームなどの入所型施設にいた障害者が仲間数人と共同で家を借りるなどをし、徐々に数が増えていった。
 聖ビンセント・グループホームは定員7名で、現在車椅子使用のインド系男性5名が暮らしている(写真3)。他のグループホームもそうだが、生活習慣がインド系、マレイ系、中国系と異なるため、比較的一つの人種になるグループホームが多い。マレイシアの家はもともと段差が少ないが、平屋の続き長屋であるテラスハウスを、車椅子で生活しやすいよう改造している。1人は近くの工場勤務、もう一人は宝くじ売り、他の3人は手工芸品の作製・販売をしているが販路が少なく十分な収入を得てはいない。ホームの責任者は毎月5人が1ヶ月交代でなり、問題が起こった場合は教会の委員とホームの生活者で話し合われる。当然、外出やその他の規制はなく、日常の運営は共同生活者に任されている。他のプロテスタント教会系のホームは毎週のミサへの出席を義務づける所もあるが、ここは特にそのような決まりはない。
 このホーム自体は教会が所有し、電気代などは教会が負担している。ホームの生活者は収入に応じて自由意志での寄付が求められており、工場勤務の一人は毎月1500円を寄付している1)。
 プロテスタント系教会が行うビューティフル・ゲートというグループホームは、3件続きのテラスハウスを改造し、男女両方が生活できるようにしている。これらのホームからさらに結婚をして出ていったり、一人暮らしを始めた障害者もいる。
 また、日本のヒューマンケア協会の協力を得て、障害者・解決・開発センターなどが中心となり、今年8月にマレイシアで初の自立生活セミナーを開催するべく準備を進めている。

当事者団体の動き
 福祉局には328の福祉関連NGOsが登録し、うち59団体が総額2億5千万円の助成を受けた(1997年)。障害分野の団体は80ほどあり、今年の「キャンペーン」の事務局であるマレイシア・リハビリテーション協会は、障害分野にかかわる政府機関とNGOによって1973年に設立された。現在は5省庁・局と21のリハ専門職の協会やNGOsが加盟している。一方、5つの障害当事者団体と知的障害者のための団体1つを準会員とするマレイシア障害者連合は1985年に結成され、障害者インターナショナル(DPI)のマレイシア代表となっている。
 マレイシア盲人協議会は、1994年から日本点字図書館と協力して東南アジアから研修生を招いてデジタル点字図書の作成講習会を行ってきた。今年は国際協力事業団(JICA)の協力も得て、東南アジア地区で始めてとなるデジタル音声情報システム(DAISY)に関する講習会を実施した。日本点字図書館から講師を招き、教育省特殊教育局を含む5つの団体から10名が参加し、1週間の講習会とフォローアップが行われた。マレイシアではマルチメディア・スーパー・コリドーというデジタル情報通信網整備を国策として進めており、この国策に合ったデイジーはメディアでも大きく取り上げられ、国営放送の時事番組でも特集が組まれた。
 マレイシア聾唖者連盟は、1963年から学校教育に導入された英語手話を元にしたKTBMという手話が、実際に人々が日常使う手話と異なる事から、マレイ語・文化を基礎にしたのマレイ統一手話の作成を行っており、今年度末を目途に統一手話辞典の発行と講習会の実施を行う予定である。

モビリティー
 長年、日産系のタン・チョン・モトという会社1社だけが上肢だけで運転できるようにする改造を行ってきたが2)、最近、フォードも改造車の販売を開始した。オートバイを3・4輪にする改造も行われており、ダマイという障害当事者団体が障害者の自動車教習を支援している。また、国産車メーカーのプロトンが「キャンペーン」で発表する事を目標に障害者用自動車の開発を進めている。電動車椅子はまだまだ高価で普及していないが、J Dシステムという障害者のためのコンピューターを扱う会社が、シンガポールの高等技術専門学校・リハ工学科で開発された安価な電動車椅子装置の導入を検討している。
 マレイシアでは統一建築物細則という法律によって、学校やホテルなど、公共建築物のアクセスを保証する法律があるが、建物の“外”に関しては指針があるものの法律がなく、その実施は各自治体任せとなっており、障害者が自由に動ける状況ではない。

教育
 マレイシアでは公教育の無償は保証されているが、義務教育制度ではなく、未だ多くの障害者が公教育を受ける機会を奪われている。1981年の障害者福祉に関わる4省庁による省庁間責任境界検討会議において、教育省の役割は「聴覚、視覚障害者、及び“教育可能(educable)な”知的障害者の教育」とされ、身体障害者・及び大多数の知的障害者が公的な学校教育から排除されてきた(注3、表1)。しかし近年、この分野も徐々に整備されつつある。

教育省の障害者教育
 視覚障害者の学校教育は1926年に、聴覚障害者のそれは1954年に始まる。上記の会議に基づき知的障害者の学校教育は取り残されてきたが、1988年に最初の小学校教育、1995年に中学校教育が始まる。教育省は特殊学校(Special School)、普通校における特殊学級(Integrated Education)、そして同じ教室で学ぶ統合教育(Inclusive Education)の3つの方法を行い、10,249名の障害者が教育を受けている(表2,3)。しかし、今だ身体障害者の教育は保証されておらず、1999年3月、福祉局を管轄する国民統一社会開発省大臣が、全学校のバリアフリー化を推進する旨の演説を行った。

 教育省特殊教育局は1964年、学校局下に特殊教育部として設立されたが、1995年に昇格し局となった。これは、障害者教育の重要性が認められてきた結果といえるだろう。1997年度の特殊教育局の事業予算は約10億円で、省総予算の0.36%を占める。第7次開発計画(1996-2000)では、11の特殊教育校の新設やコンピューター教育の導入、特殊・統合学級の農村地域への導入などが盛り込まれている。

 教員養成は1962年にチェラス教員養成校において視覚障害者教育のための教員養成が、63年に聴覚障害者教育の教員の養成が始まる。現在、1994年にできたクバンサアン大学の特殊教育学・学士コースを含め長・短期4つの方法で行われており、教員養成校の必須科目としても特殊教育を入れるべく検討されている。また、1998年度から教員養成校に視覚及び聴覚障害者の入学が許可されるようになり、1998年12月現在で31名が3校で学ぶなど、大学を含む高等教育に進む障害者も増加している。


マレイシアにおける日本政府の協力
 国際協力事業団(JICA)の障害分野での協力は狭義のリハ分野でのボランティアの派遣と研修の受け入れが中心であったが、バリアフリーの街作り調査など新しい動きもある。数値は特記しない限り1998年末のものである。
 青年海外協力隊4)の障害分野の隊員は79名(作業療法士21、理学療法士20、養護36、職業訓練2)で、マレイシアへの総派遣数1,011名の7.8%を占める。シニア海外ボランティア5)も2名(職業訓練、DAISY)派遣されている。障害分野の集団研修6)は10コースあり、マレイシアからは53名が参加している(表5)。
 また、平成10年度在外開発調査案件として、「クアラルンプール歩行者空間整備計画:障害者のアクセスと設備」がクアラルンプール市役所と協力して行われる。本案件は高齢者、子ども、そして障害者を含めた交通弱者に配慮した「人に優しい都市作り」の具体化を促進するための調査であり、市中心部のアクセスを調査するものである。マラヤ大学建築学科でバリアフリー建築等を教え、自身も障害者であるナジアティー氏と、スターという日刊紙に、毎木曜日「Wheel Power」という障害に関するコラムを書き、自身も車椅子に乗るアントニー氏の二人が障害者代表として調査に加わっている。このように調査される対象としてではなく調査実施側に障害者が加わるのは画期的な事といえる。
 また外務省が行う「草の根無償資金協力」では、1998年度までに41団体が約1億4千万円の助成を受け、うち、障害分野は13団体である。

終わりに
 マレイシアでは、障害の予防やCBR5)の実施によるリハは進んでいるものの、法律の整備の遅れなど、「十年」の目標である参加と機会の均等化を目指すには、なおいっそうの努力が必要であろう。
 また、日本の協力も、治療や訓練などの狭義のリハ分野が中心であり、「十年」の12の課題を見据え、生活支援やアクセスの保証など、より広い分野での協力が効果的と思われる。障害当事者の参加に関しては、JICAが平成7・8年度に「障害者の国際協力事業への参加」に関する調査を行っており、今後はピアカウンセラーなど、障害当事者の派遣もより積極的に進められることを期待している。



1)彼の工場勤務の給与は約1万6千円
2)改造費は約8万円
3)“教育可能な”という表現は、1996年の(新)教育法を元に1998年に施行された教育(特殊教育)規約の中においても依然用いられている。
 序文において、規約の対象となる障害児(特別な支援が必要な児童:Pupils with special needs)とは、「視覚、聴覚、または学習障害のある児童」と定義され、身体障害者が排除されている。そして“教育可能な”障害児とは「介助なしで生活が自立し、医師、教育省および福祉局の担当官より成る委員会によって国定カリキュラム従うことが可能と判断された児童」とある。
 そして、「以下の(1)と(2)を除く“教育可能な”障害児が、政府および政府助成を受けている学校の特殊教育プログラム(本文中の3つの方法)を受ける権利を有する。(1)学習能力に問題のない肢体不自由児、(2)重複障害児や重度の身体障害か精神遅滞(mental Retardation)を有する児童」としている。
 つまり、これに当てはまらない障害児については、公的教育機会が保証されないことになる。
4)40歳以下のボランティア派遣事業
5)40歳以上のボランティア派遣事業
6)途上国から研修生を日本に招聘し行う研修事業
7)マレイシアの障害者福祉政策概要、地域社会に根ざしたリハビリテーション(CBR)については「リハビリテーション研究No.??,マレイシアのリハビリテーション:CBRの現状と課題」に詳しい。

参考・引用文献
1)Kamariah Binti Jalil (1996) Policies and Plans for Provision of Library and Information Services for Visually Impaired Persons (VIPs), in National Library Malaysia (ed.) Proceedings of The National Seminar on Vision for VIPs: Access to Information, Kuala Lumpur: National Library Malaysia
2)Sharifah Maimunag Syed Zin (1997) Country Report: Malaysia, paper presented at The 17th APEID Regional Seminar on Special Education, in Yokosuka, Kanagawa, Japan, on 9-14 November 1997.
2)Special Education Department (1997) Buletin Pendidikan Khas, Kuala Lumpur, Author.
4)Education Act 1996 (Act550) & Selected Regulations (1998) International Law Book Services, Kuala Lumpur, pp. 339-342.



マレーシア  ◇CBR (Community-Based Rehabilitation)   ◇久野研二  ◇全文掲載
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