HOME > 全文掲載 >

「障害者の恋愛と性」

榮谷 明子
「ジェンダー論」(於:東京大学)98年度冬学期レポート

last update: 20151221


障害者の恋愛と性

「ジェンダー論」(於:東京大学)98年度冬学期レポート
文化人類学 榮谷明子
c80001@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp

 障害者の恋愛は今までどのように描かれて来ただろうか。たとえば日本のテレビドラマでは私の記憶するだけでも87年の『アリエスの乙女達』から95-97年の『星の金貨』まで、たびたび障害者と健常者のカップルが描かれている。ストーリーは一様に、障害と戦う男とそれを支える恋人(またはその逆)という図式だ。「障害者=無垢、プラトニック、性欲が無い」というイメージなのである。今度は映画について考えてみよう。障害者がきちんと描かれる映画が作られるようになったのは『ギルバート・グレイプ』(93年)、『フォレスト・ガンプ』(94年)以降のことだと思われる。しかし『ギルバート・グレイプ』や『スリング・ブレイド』(97年)では、障害者は恋をしない。『フォレスト・ガンプ』になって、いくらかガンプの恋愛が描かれた。「障害者でも子供がつくれる」ことを示したことも重要な点だった。この映画は1995年に日本で公開され、ちょうどその時期に『星の金貨』で手話がブームになり、2年後の97年には東京国際映画祭で聾唖者を描いた『ビヨンド・サイレンス』がグランプリに選ばれたが、この映画でも恋をするのは健常者の聾学校教師と少女だった。日本では北野武が『あの夏、一番静かな海』(91年)をつくったが、『みんなやってるか』で性を真っ向から取り上げた監督だとは思えないほどプラトニックに、聾者の恋人達を描いている。障害のために一見、不器用に見える性は、障害者をさらに遠い存在として感じさてしまうと考えられたのだろうか。しかし、性の概念の揺らぎとともに状況は変わって来たようである。1996年には障害者の恋愛と性をきちんと描写する二つの作品が発表された。一つは同棲する恋人達の日常生活としての性を自然に扱い、多発性硬化症で健常者から障害者になる男と恋人との関係を描いた『Go Now』(英)。それから、ダウン症の二人が互いを愛しながらも親達によって引き離される『八日目』(ベルギー+仏)である。この二作は、障害者の性について二つの大きなテーマを示唆してくれている。
 障害者の性の問題は大きく分けて三つある。一つは機能障害や関係性障害をもつ本人の問題、二つ目に介護者・施設・親や世間がもつ偏見の問題、三つめ物理的・金銭的な障害となる法制度の問題である。法については世論が変われば次第に改善される問題としてひとまず置き、ここでは特に一つ目と二つ目について考えることにする。
 まず、本人の問題。根本的な問題として性に関する情報の圧倒的な不足がある。先天性の障害者は特に、小さいころから親元と施設の間を往復するだけで過ごす人が多いため、性に関する情報が慎重に取り除かれている場合がある。たまたま自慰のような行動をする子供がいると、それを叱り、悪いことであるという概念を植え付けてしまったり、逆に叱られることで大人から相手にされると喜んで自慰行動を助長してしまう例も聞かれる。また、性の自認を阻害されることで、自分のセクシュアリティに気づかず、自分の魅力を否定してしまう人もいる。知人のKさん(進行性筋萎縮症)にしても、今でこそ二児の父だが結婚するまで男女の体の仕組みや性交に関する知識がまるでなかったという。これに対しては障害児にもきちんと性を教えていこうという本がいくつも出ている。「ふれあい」と「快楽」を求めることは人間の当然の権利であるという考えにより、性的快楽を否定しがちな従来のありかたを変えていこうとしている。ふれあうことに慣れることは、大きくなってから人生のパートナーを見つける上でもとても大切であることはいうまでもない。それからもう一つの問題として、機能障害で射精できなくなることがある。その場合、性欲も減退すれば本人は苦しまずにすむかもしれないが、たとえば脊髄に障害を持つ人たちの85%は射精障害をもつが、33%は障害を持つ前と同様の性欲があるという。また、『Go Now』にも見られる通り、女性を性的に満足させてこそ男であるという社会的なプレッシャーがあせりやコンプレックスになることも多いようだ。またこのプレッシャーは、四肢障害でピストン運動がうまくできない障害者にもかかっている。
 次に介護者・施設・親や世間がもつ偏見の問題である。日本の障害者は常に他人の監視下に置かれることが多く、プライバシーが奪われがちであるし、重度障害者の性は機能障害のため介護者なしには不可能である。だから介護者の考え方はそのまま決定的なものとなる。しかし一般に、重度の障害者は(肉体的にも金銭的にも自立できていないから)結婚すべきでない、セックスは生殖につながる行動だから(優生学的に)障害者はセックスしないほうが望ましい。あるいは、生きるだけでもこんなに人の手を煩わせているのに性を望むなんて贅沢だと考える介護者も多い。そのような場合、障害者の多くはプライバシーがないために自慰もできずに悶々としていたり、恋愛の機会を完全に奪われていたり、極端な場合は『八日目』の主人公のように恋人と引き離され、自分を必要の無いものに感じて自殺に至ることもある。恋愛の不慣れがまた、ボランティアの女性への不器用な愛情となって失恋し、心を閉ざしてしまうことも多い。障害者の結婚は実際にはなんとかなるのである。金銭的には障害者年金や介助費がある。在宅の仕事がある。障害者どうしの子供であっても健常者は生まれる。性的な満足についても肌のふれあいで満足しているケースが多い。
 それから、パートナーとのセックスや自慰に介助が必要な障害者は頼む相手が見つからずに悩む。親友であっても親しいからこそ、下手なことをいって気まずくなったらどうしようと言い出せないケースも多いらしい。一つの解決策として男性の場合ソープランドに行くことができる。しかしいいかげんな扱いをされたり、もし事故でも遭ったら責任が取れないと入店を断られることがあるという。また、障害者の中でも女性にはソープランドのような所が無い(もしあっても精神的なつながりのない性で女性が満足できるかは定かではない)し、性のことを問題にしたくても、まだまだ女性が性を語ることに対する社会的プレッシャーは大きい。女性の障害者は二重の問題を抱えているといえる。

 最後に、障害者の性について具体的にどんな政策が行われているのか、外国の例を紹介したい。積極的な政策を行っている国にはスウェーデン、デンマーク、オランダ、アメリカなどがある。デンマークでは1974年に福祉行政の法的基盤として「生活支援法」が議決され、1976年から施行された。生活は障害者年金で保証されており、電動車椅子やリフト、その他必要な補助器具が無料で貸与される。日々の生活は三種類のヘルパーが介助する。ホームヘルパー(市町村職員で有資格者)、家族ヘルパー(市町村から給料、休暇もあり)、障害者自身が面接して雇うヘルパー(報酬は市町村)。この「オーフス式」は、今ではスウェーデン、フィンランド、オランダ、アイルランド、米国の一部に広まっている。
 そのほかにデンマークでは1989年に障害者の性生活に関する指導指針が作られた。
 オランダでは1982年にSARと呼ばれる障害者のための性的サービスの制度が整えられた。SARは障害者のカップルが性交するために同じベッドの上に寝かしてやったり、自慰の手伝いをするサービスで料金は介護人の交通費など、ほとんど実費に近いという。
 アメリカ1990年にADAというエイズ患者を含む身体的及び知的弱者のための法律が作られ、性の相談センターが設けられた。
 世界的な流れとしては、まず、1971年の国連総会で「知的障害者の権利宣言」において、知的障害者は実際に可能な限りにおいて知的障害者以外の人と同等の権利を有することが明確にされた。これを受けて75年にWHOが「障害者の権利宣言」を提出し、81年は国際障害者年とされた。日本の法律では、94年の障害者基本法で「自立と社会参加」を理念として障害者のQOLについて定められた。
 障害者と健常者の接点を作るために、政府主導で「障害者の日」を設定して両者が一堂に会する場を設ける企画も立てられているが、この様な集まりは、どうも無理矢理人数を集めた合コンのように、初対面の気まずさを残したままその場のつきあいで終わってしまうことが多いようだ。障害者を理解する層の着実な広がりは、やはり看護や介助に興味や経験を持つ人とその友達から始まっている。イベントで特に成功した例としては、長野パラリンピックが挙げられる。選手達を身近に見たボランティアはもちろんテレビでを見た全国の人に障害者の新しいイメージが広がった。また、長野県を中心として各地にバリアフリーの動きが進んだ。最近では早稲田大学政経学部の乙武氏がベストセラーの『五体不満足』を著したり公演活動を行っているし、パラリンピック金メダリストの松江選手も活発に公演活動を行って小・中学生にも新しいイメージを広げている。


【参考文献】
『障害者が恋愛と性を語りはじめた』 障害者の生と性の研究会 1994年 かもがわ出版
『知的障害者の恋愛と性に光を』   障害者の生と性の研究会 1996年 かもがわ出版
『障害児の性教育』   あゆみ出版
『障害者・マイノリティの性と性教育』浅井春夫ほか編
『脊髄損傷者のための性と出産のガイドブック』 1996年 三輪書店
URL http://paralinks.net/cripmovie.html


REV: 20151221
障害者と性全文掲載
TOP HOME (http://www.arsvi.com)