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「政策モデル分析の陥穽:障害者の権利保障政策を題材として」

杉野 昭博

last update: 20151221


「政策モデル分析の陥穽:障害者の権利保障政策を題材として」

98日本社会学会 社会政策研究のフロンティア

関西大学 杉野昭博

1.障害者政策の二つのモデル

 広井良典(1996abc)は、同じように障害者の自立促進および脱施設化をめざしながらも、アメリカとヨーロッパでは政策モデルに違いが見られると指摘する。「自助による自立」を基本理念とするアメリカ型モデルの典型が「障害をもつアメリカ人法(ADA)」であり、その中核理念は能力主義・機会平等・医療モデルの三つに集約される。一方、「公的支援に基づく自立」を基本理念とする北欧・イギリス型モデルは、結果平等と生活モデルを基本とする点においてアメリカと異なる。そしてわが国が取るべき道は「地域における積極的な生活支援サービスを中心とする北欧・イギリス型モデル」であり、「基本的に”安上がり政策”であるアメリカ型モデルを過度に美化してはいけない」と警告している。(広井1996b:78)
 このような広井の指摘は、とくにアメリカにおける「障害年金」Disability Insuranceの支出削減とアクセス権の保障との関連がまったく見落とされたままに、権利保障や差別問題の文脈だけでADAを眺めてきたわが国の障害者福祉研究においては示唆に富むものだった。しかし「当事者主権」の保障は必ずしも、能力主義や機会平等や医療モデルといったアメリカ型に固有のものではない。

2.イギリスにおける機会平等法の制定

 広井は上述の障害者政策モデルの2類型に基づいて、近年のイギリスにおけるADAによる影響を「アメリカ型のもつ長所を自らの中に統合していこうとする」政策モデルの修正として解釈している。しかしイギリスにおける1970年代以降の社会政策全体の展開を考えると、「ニードに基づく福祉」から「権利に基づく福祉」への政策転換の大きな流れが存在し、ADAをモデルとして1995年に成立した「障害者差別禁止法」Disability Discrimination Actも、そうしたマクロな福祉国家改革の文脈の中で出てきた当然の流れとして理解できる。つまり、イギリスにおける近年の障害者政策を検討する場合は、「アメリカ型」と「北欧・イギリス型」という政策類型を念頭におくだけでは不充分であり、同時に「ニード型」と「権利型」という政策類型も考える必要がある。
 さらに、福祉サービス利用者の権利を尊重する「権利型」の福祉供給は、必ずしもアメリカのような能力主義や機会平等や医療モデルといった、いわば「個人主義的権利保障」モデルだけではなく、「集団主義的権利保障」といった形で実現することも可能であり、イギリスの障害者福祉においてはむしろそうした形で近年の福祉サービス改革が行われている。その場合、障害者の「集団権」と「結果の平等」は矛盾しない。

3.結論

 @障害者の権利保障は「個人権」と「集団権」という二つの次元で考えていく必要がある。たとえば、公共交通機関におけるアクセス権の実現は障害者個人にとっての課題ではなく、集合としての「障害者」に対する集団的権利保障である。一方、たまたまある特定の障害者が特定の駅員によって差別的処遇を受けたような場合は、その不当性を追及できるような「個人」としての権利が保障されなければならない。つまり、「障害者の権利」を保障していくためには、「個人権」と「集団権」の双方が必要である。
 A必ずしも、ADAに代表されるようなアメリカ型の政策だけが障害者の権利を認めるものではなく、それ以外にもさまざまな政策オプションがあり得る。広井による「アメリカ型」と「北欧・イギリス型」という政策類型は、実は「障害者政策のモデル」というよりも「マクロ社会政策モデル」の域を出ていない。政策理念や価値観をベースとして描かれる政策類型は、いわゆる「福祉国家論」以来の伝統と言えるが、このようなマクロ政策類型は「政策」の類型であるかのように見えて、実はその社会の「文化」や「価値観」の対比をおこなっていることが多い。つまり、現実の「政策・行政」のモデルと、政策の背後にある「文化・価値観」の理念型との区別について、私たちはこれまであまりにも無頓着でありすぎたのではないだろうか。

参考文献

杉野昭博
1995 「ボランティアの比較文化論」月刊福祉 11・12月号
1998 「機会平等法の国際的展開〜オーストラリアとイギリスの機会平等法」
河野正輝・関川芳孝編 障害をもつ人の人権と権利擁護 公刊予定、
有斐閣、所収。
広井良典
1996a「わが国の障害者政策への提言@」月刊福祉1月号
1996b「わが国の障害者政策への提言A」月刊福祉2月号
1996c「わが国の障害者政策への提言B」月刊福祉3月号



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