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「生命倫理研究フォーラム第八回研究会「ハンセン病を考える」」

岡本千草 1998 『青松』掲載原稿

last update: 20151221


「生命倫理研究フォーラム第八回研究会「ハンセン病を考える」」(仮題)

岡本千草 1998
『青松』掲載原稿

 一九九七年十二月七日、日曜日の午後、高
松宮記念ハンセン病資料館の一階視聴覚室に
おいて、「ハンセン病を考える」をテーマに
生命倫理研究フォーラム第八回研究会が開催
されました。
 それがどういういきさつで始まり、どんな
内容だったのか、大島の皆様にお伝えしたい
と思います。

 大島に住む鳴門千草さんとの二十年以上に
及ぶ交流を通じて、私はハンセン病をめぐる
問題を私なりに感じ考えていました。けれど
らい予防法を廃止しようという機運が高まり
様々な運動が起こる中で、私は署名運動に協
力する以外は自分から行動を起こして世の中
の人々に問題を提起していこうとは思いませ
んでした。それはあくまでも個人的に関係し
ている事柄であり、私のような著名人でも識
者でもない人間が社会的な広がりを持った何
かができるとは考えにくかったからです。ら
い予防法廃止の後もそう考えていました。家
族ともども大切な人として鳴門さんに誠実に
向かい合うことを大事にしたかったし、自分
がハンセン病問題を他人と論じることができ
る人間だとは考えていなかったからです。

 一九九六年十月十五日付で、青松編集部の
Nさんから一通の手紙が送られてきました。
私は「鳴門千草さんへの手紙」と題した四回
目の原稿を青松編集部に送ったばかりでした。
その原稿で私は初めて「らい」という言葉に
対する自分の気持ちや感じ方、それを人に伝
えることのできない不甲斐なさを語りました。
それを読んだNさんの短い感想とともに同封
されていたのが、十月一日付の全療協ニュー
スのコピーだったのです。
 そこには日本ハンセン病学会会長だった某
大学教授の『東奥日報』投稿記事が紹介され
ており、それを読んで、私は怒りました。
 『患者』という表現が目につきました。ら
い予防法廃止後は「入所者」という表現に置
き換えられた筈です。ハンセン病そのものは
治っても、後遺症としての身体障害やその他
の事情で社会復帰が難しくやむをえず療養所
に留まっている方たちにその言葉はふさわし
くありません。またその入所者数も現実の倍
近い数が述べられ、在日外国人労働者に新患
者が多数発生している、など多くの事実誤認
がニュースで指摘されていました。
 見過ごすわけにはいかないと思いました。
同時に、法律が廃止されたことで安心しては
いけないのだ、今の自分が知っている事実、
一九九六年という今現在、日本という同じ国
で暮らしている療養所の人々の生活、その生
きている有り様を、自分のできる範囲で社会
の人々に向かって伝えていこう、けれど私の
気持ちが先走って大島の人々の気持ちを傷つ
ける行動だけはしたくない。
 
   生命倫理研究フォーラム
 話は少し遡ります。一九九五年三月、『現
代の生命の問題を、様々な角度から幅広く議
論する研究会』として四人の世話人により発
足した集まりがありました。赤林朗さん(医
学、生命倫理学)、後藤弘子さん(法学)、
立岩真也さん(社会学)、森岡正博さん(生
命学)、それぞれが大学で教え研究している
若い学者さん四人がその世話人でした。
 同年七月、その『生命倫理研究フォーラム』
の第二回研究会に、私は問題提起者として友
人とともに出席し、出産に関するテーマにそ
って個人的な体験を語りました。会は非常に
うちとけた雰囲気で終始しました。私や友人
の話題提供の後、参加者が自由に自分の意見
を述べ合いました。司会を受け持つ世話人は、
出された意見を否定することなく、それぞれ
の意見を大切なものとして扱い尊重して議論
を進め、議論を通じて参加者がそれぞれの考
えを深めていくことを重視していると感じま
した。論じ合った後も、押し付けがましい結
論はなく、一人一人が自分の胸の内に何かを
得て、帰る。そこには一人の人間やその生活
を研究対象として見るさめたまなざしはなく、
私の隣に座るあなたの存在や意見を私たちは
大切に受け止め考えます、という世話人から
の無言のメッセージが伝わってきたのです。
 あのフォーラムがハンセン病問題を取り上
げてくれたら多くの人たちにこの問題を考え
てもらうきっかけができる、あの人たちなら
私の知っている大島の人々を傷つけるような
方向での議論はしないだろう。そんな確信が
ありました。
 フォーラムの簡単な紹介をして、『青松』
や全療協ニュースのコピーを世話人たちに読
んでもらい、ハンセン病問題をテーマにした
会を企画してもいいだろうか、と私はNさん
に相談しました。十月二十三日付で返事が来
ました。「どのように使っても誰に読んでも
らってもいいですよ。」
 私は第二回研究会で一緒に話題を提供した
水戸市に住むSさんにすぐ電話し、私の気持
ちと考えを話しました。そして「後藤弘子さ
んなら、きっと取り上げてくれる。」そう請
け負う彼女の言葉に励まされ、私は世話人の
一人に電話したのです。すでに月はかわり、
冬仕度で忙しい十一月になっていました。
 後藤さんは富士短期大学で教鞭をとってい
る法学者です。一度しか会ったことのない彼
女に、私は大島のこと、『東奥日報』投稿記
事のこと、そしてもちろん自分の気持ちを話
しました。長い時間をかけたように思います。
大学で教える以外に、執筆活動や国内外の学
会に参加する多忙な方だ、というのは後で知
ったことです。
「フォーラムで取り上げていただきたい。」
依頼する私に、「取り上げたい、大事なこと
だと思う」と受話器を通じて柔らかい声が響
いてきました。けれど一人では決められない、
他の世話人に相談したい、年末年始にかけて
各人が忙しいので相談して返事ができるのは
年明けになるだろう、という返事でした。私
に異存がある筈はなく、私もまた「鳴門千草
さんへの手紙」の原稿書きに戻ったのです。

   フォーラムの企画
 一九九七年二月、後藤さんからフォーラム
の第八回研究会テーマにハンセン病問題を取
り上げる、開催は七月頃の予定、企画につい
ては私と相談したい、と連絡がありました。
私には開催場所と発言者に関して、ある考え
がありました。
「通常東京大学構内で開催されるフォーラム
を療養所内で計画し、療養所で暮らす方に発
言をお願いしたい。」私の提案に後藤さんは
「今までの場所にこだわらなくてもいい、で
も大島は遠いので無理です。」と言われまし
た。私たちは「この近辺なら会場は多摩全生
園、発言者はこれから誰かに相談しよう。」
と話し合いました。そして私は発端となった
ニュースコピーを後藤さんにファックスし、
それに続いて『青松』誌を数部とNHKで放
映された大島の番組ビデオを送ったのです。
 経過を報告し今後の相談をするため、全国
のハンセン病療養所自治会活動のために多摩
全生園で二年間過ごした経験を持つNさんに、
私は再び連絡しました。Nさんはどんなこと
でも協力すると励ましてくれました。しかし
一方で「療養所と無関係のグループが過去に
多摩全生園の会場を借りて集会を企画したこ
とはないように思う」というNさんの言葉に、
思っているほど手続きは簡単ではないのだと
私は思い知らされたのです。
 翌三月、後藤さんから世話人一同が会場と
発言者に関しての私の意見に賛成している、
と連絡が入り、いよいよ多摩全生園での生命
倫理研究会フォーラムの企画が、具体的に始
まったのです。
水戸市のSさんからは、後藤さんに相談する
ように勧められただけではありません。多摩
全生園に通い続け療養所の人々と交流を持ち
ながらハンセン病の歴史を学んでいる看護教
育者、米田和美さん、の紹介も受けていたの
です。世話人全員の賛同とNさんの励ましを
得て、ハンセン病がテーマに決まり、多摩全
生園で開催の企画が決まったこの時、会った
こともないその人と初めて連絡をとる段階に
なったのです。私はこれまでのいきさつを話
しました。米田さんは快く多摩全生園の方と
の連絡や交渉を引き受けてくれました。後藤
さん、米田さん、そして私は電話やファック
スで話し合い、資料館の見学を含めた研究会
を企画しました。そして四月から五月にかけ
て、米田さんの尽力で高松宮記念ハンセン病
資料館の視聴覚室を借りることがほぼ決まっ
たのです。準備が整わないことを考え、時期
は九月以降となりました。
 六月、F I WC関東委員会主催「らい予防
法」廃止一周年記念フォーラムで、後藤さん
と米田さんは待ち合わせました。七月、米田
さんの紹介で後藤さんは初めて全生園を訪問
し、資料館見学や企画の打ち合わせをしたの
です。子どもや仕事の都合でそのいずれにも
ご一緒できなかった私は、後日お二人から企
画がほぼ決まったことを嬉しく聞いたのでし
た。時期は十二月、場所はハンセン病資料館
見学の後に、資料館の一階視聴覚室で、問題
提起者は全生園医師であり資料館運営委員長
の成田稔先生と療養所で長い人生を過ごした
佐川修さんが参加する、生命倫理研究フォー
ラムの第八回研究会の大枠組みが決まったの
です。
 『東奥日報』投稿記事を読んで何かしなく
ちゃいけない、とは思いました。でもハンセ
ン病問題に関して「本当の何か」が自分にで
きるとは思っていませんでした。私には決ま
ったことが夢のように思われて、十二月のそ
の会が終わるまで、そのことを現実として感
じることはできませんでした。 (次回へ)



ハンセン病  ◇全文掲載
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