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「日本双生児研究学会第12回学術講演会」


last update: 20151221


日本双生児研究学会第12回学術講演会のお知らせ

日時:
平成10年1月24日(土) 午前10時〜午後5時

会場:
山梨医科大学(臨床大講堂)
〒409-38 山梨県中巨摩郡玉穂町下河東1110 
TEL 0552-73-1111

プログラム:
・特別講演(1)
最近の体外受精の動向 ―とくに顕微受精について―
座長:吉田啓治(市立室蘭病院)
演者:星 和彦(山梨医科大学産婦人科)

配偶子を人為的に操作して受精させ、妊娠に導く一連の手技を生殖
補助医療技術(assisted reproductive technology ; ART)と称しています。

人工授精も ARTの一つとすれば、その歴史は 200年になります。
しかしこの技術が最も脚光を浴びたのは1978年にイギリスで成功し
た体外受精-胚移植 (In vitro fertilization and embryo transfer;IVF-ET)
でしょう。
IVF-ETはその後世界中に瞬く間に広がり、多くの不妊患者に福音と
なりました。
最近では究極の体外受精法といわれる顕微授精法も開発され、難治性
不妊の治療に臨床応用されています。
しかし、 ARTにも問題が無いわけではありません。
新しい ARTの現状について報告し、問題点を考えてみたいと思い
ます。

・特別講演(2)
減数中絶問題と法思想からみた倫理
座長:渋谷昌三(山梨医科大学心理学)
演者:青野 透(金沢大学法学部)
指定討論:斉藤有紀子(明治大学法学部)

減数中絶は合法であり、刑事罰の対象ともならない、というのが
私の見解です。
したがって、産科婦人科学会等が減数中絶をしてはならないとする
根拠の一つとしている違法説は、誤りであると考えます。
患者のどんな医療を受けるかという自己決定権の尊重の考え方から
もこれは強調されるべきです。
そして、倫理的にどのような問題があるかは、その後の問題として
分けて論議した方がよいと考えます。
ご質問・ご意見をお寄せ下さい。
青野透 aono@sgkit.ge.kanazawa-u.ac.jp
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日本双生児研究学会第12回学術講演会抄録


特別講演(2)

「減数中絶問題と法思想からみた倫理」
青野透(金沢大学法学部)

1、減数手術か減数中絶か
減数手術という呼び方が一般化しています。なぜなのでしょうか。
私はここに、この問題を論じようとしている人の意識の反映をみます。
まず、

(1)そもそも中絶はあってはならないことだ、法律で合法化されている
とはいえ、望ましいことではない。手術という名称を与えれば
最初からマイナスイメージをもたせることにならない。
(2)中絶という名称を与えれば、母体保護法との関連を視野に
いれざるをえない。母体保護法についての論議はごめんだ。
かりに、このような意図から減数手術という名称を選択するとすれば、
この問題の矮小化を意味すると思います。

減数中絶が問題とされる理由の一つは、まさに中絶一般についての
人々の意識、及び、母体保護法に問題があるからです。

これまで、中絶が旧ソ連・東欧諸国を除けば、日本は世界に先駆けて、
合法化がなされ、事実上野放しの、中絶天国という状態が続いて
きました。合法とされていれば、それでいいのか、そうではないはずです。
女性たちは中絶後の精神的なあるいは身体的な苦しみからは、
合法であるということによって、逃れることはできません。
さらに刑法の堕胎罪の存在はそのまま、本当は犯罪であるという
意識を持たせるように仕向けています。
真に胎児の生命を大切に思い、同時に女性の心身の健康を
守っていこうとすれば、ピルの認可を含めた、避妊のための選択肢を
広げる政策が必要であるし、何より、性交を行うかどうかについての、
女性の自己決定の尊重をめざした、教育などの施策が求められるはずです。
こうした、中絶すべてについての論議に発展させずに、
この問題を終わらせようとすることには、本来的に無理があります。

減数中絶問題が中絶一般についての議論に
結びつかねばならない理由が他にもあります。
それは、この問題は、障害の有無による胎児間の選択、
性別による胎児間の選択、の是非ということも問うことになり、
それは単胎の場合にも同様な論議が必要だからです。

例えば、減数中絶に対する非難の中に、どの胎児をその対象とするかは
あたかもロシアン・ルーレットのように、医師が偶然に任せて
行うことになる、それは倫理上問題があるという指摘があります。
ただし、この指摘をする人自身が、次の問題に答える必要があります。
ア、障害のない子を残す、あるいは男性のみを残すという、
基準のある(偶然ではない)選択ならいいのか、
イ、体外受精のときに複数の卵の中から、選択をする。
胚移植のときに複数の受精卵の中から選択をする。
顕微授精のときに複数の精子の中から選択をする。
これらすべてに偶然を排した、客観的な基準があるのか。
着床前と後とで取り扱いを異にしていいのなら、その理由はどこにあるのか。

次に、
(3)中絶というのは、母体の妊娠の終了を意味する。残った児の妊娠が
継続する減数手術に中絶という名称を付するのおかしい。
という主張もありそうです。
しかし、これは、中絶の現実からはどうなのか。産科の教科書に
中絶をしたが妊娠継続があったという事例が紹介してありました。
他方の卵管内に同時にあった胎児を見落とした例ということでした。
果たして、この場合、人工妊娠中絶に当たらす、違法な行為になる
のでしょうか。
(少なくとも、母体保護法では母体の妊娠が終了することという定義には
なっていませんから、法的には合法と解釈すべきです)

私は、母体保護法で定める人工妊娠中絶と
刑法で定める堕胎という、二つの概念から出発したいと思います。
そのうえで、結論を先にいいますと、

人工妊娠中絶と呼ぶことができるとすれば、
それは母体保護法で合法とされる。
かりに中絶と呼べないとすれば、それは堕胎である。
ただし刑法上堕胎罪に形式的には当てはまっても、処罰の対象となるとは
限らない。
刑法の他の条文で違法性がない「正当な業務」と認められる場合があり、
それは違法ではない、つまり処罰されることはない。
外科手術で人体にメスを入れるのと同じレベルで、合法な行為といえる。

ということを、まず明らかにして行きたいと思います。



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