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「発展途上国におけるCBR」

久野研二 1998 澤村誠志他編『地域リハビリテーション白書2』,三輪書店,pp.31-34.

last update: 20151221


久野研二 1998
発展途上国におけるCBR
澤村誠志他編『地域リハビリテーション白書2』,三輪書店,pp.31-34.

(表1,2は本テキストには添付されておりません。E-mail: kunok@ibm.net )

はじめに
 コミュニティー・ベースド・リハビリテーション(Community-Based Rehabilitation : CBR)は、それまでの施設を中心としたリハビリテーションに代わる新たな方法として、1970年代後半から世界保健機構(WHO)をはじめとする国連機関や政府機関、また多くの民間団体によって世界各地で実践されてきた。アジア太平洋障害者の十年(1993-2002)においても、国連・アジア太平洋経済社会委員会(United Nations Economic and Social Commission for Asia and the Pacific : ESCAP)は途上国におけるリハビリテーション戦略としてCBRを推進することを決定した(1)。

1、途上国における”障害”と”障害者”ーなぜ、従来のアプローチが有効ではなかったのかー
 途上国では貧困が障害の原因であり結果となっているように、障害を単に個人の身体機能不全としてだけとらえたアプローチでは障害(者)問題の解決には至らない。
途上国では人口の7割以上が農村地域に居住し、貧困をはじめとして、性や人種による差別、不公平で不十分な社会システム、大都市優先の経済発展至上主義によって取り残された農村や低い識字率など、多くの社会問題が底辺にある。これらの社会問題に苦しんでいる人々の中でも、障害者はさらに参加の機会を奪われ、後ろへ後ろへと押しやられ、社会の発展からもっとも取り残されている。貧困に苦しむ6人に1人が中・重度の障害者といわれている(2)。
また途上国では、身体機能の制限ではなく”違う”と見なされ、障害者という”ラベル”を社会によって張られることで偏見と差別の対象とされている(3)。
 このように、障害者が直面している問題は、その地域社会の文化や社会、そしてそれらに根ざした地域社会の人々の規範や態度などによる部分が大きい。
 このような状況に対して、大都市の施設で、機能回復のための治療と訓練だけをリハビリテーションとして切り取り、提供してきた従来のアプローチでは、そのサービスも、一部の都市部の裕福な障害者を除き、大部分の障害者にとっては意味のあるものとはならなかった(4)。

CBRとは何か
CBRの定義
 国連機関としてCBRを進めてきたWHO、ユネスコ、国際労働機関(ILO)は”CBRは地域社会開発における、全障害者のリハビリテーション、機会の均等化、社会統合のための戦略の一つである。CBRは障害者自身、家族と地域社会、そして適切な保険、教育、職業及び社会サービスの連携協力を通して遂行される”(5)と定義している。またESCAPは”CBRは、障害者を援助の受動的な受け手とみなし、第三者が障害者に代わって外部から障害(者)問題に介入する事である以上に、地域社会が発展していくために欠かすことのできない存在としての障害者の参加を含んだ内発的地域社会開発である。”(6)と述べている。
 同様に多くのCBR実施機関が、CBRを障害(者)問題解決を通した地域社会の開発戦略、社会変革であると定義し実践している。

3つのリハビリテーション・アプローチ
 CBRとは"Community-Based"という方法・アプローチを用いたリハビリテーションであり、WHOはCBRマニュアルの中でリハビリテーションのアプローチを施設中心型、巡回型、そして地域社会主体型(CBR)の3つに分け説明している(表1)。

(1) 施設中心型アプローチ ( Institution-Based / Agency-Based Approach)
 病院や学校等施設における障害者を対象とした治療・訓練的サービスの提供を中心に据えたアプローチである。サービスは専門的である反面、限定的であり、施設のサービスに適さない障害者は除外される。施設と専門職の役割はサービスの決定と提供であり、障害者の役割はサービスの受益者であり対象である。
 このアプローチは、設備の整った施設において教育を受けた専門職だけが障害者にとって適切なサービスを提供できるという考えを基にしており、地域社会の人々の参加は喚起されない。
(2) 巡回型アプローチ (Outreach Approach)
施設の専門職が障害者宅や無医村等を巡回するアプローチで、サービス提供の”場”の転換は図られるが、役割の転換はなされず、依然として施設と専門職に依存した継続性の低いアプローチである。持ち込まれるサービスは専門的であるが事前に決定されており、往々にして効果がないと見なされる重度・重複障害者、機能障害の固定した人や高齢者が取り残される。
 地域住民は実施段階のマンパワーとして動員されることはあるが、様々な能力を持った社会資源として、地域社会の分析やサービスの決定・評価に参加する例は少ない(7、8)。
(3) 地域社会中心型アプローチ (Community-Based Approach)
治療・訓練といった狭義のリハビリテーションは重要ではあるけれども、それ以上に生活に根ざした関わりがより重要であり、地域社会の人々によってなされうることが事が多々あるという考えに基づいたアプローチである。専門職は単独の意志決定者ではなく、地域社会における障害(者)問題解決への変化を促す役割(カタリスト、ファシリテイター)と、障害者を地域社会発展の主体として力づけ(エンパワーメント)、支援する役割を担う。障害者を含んだ地域社会の人々は、当事者として自分たちの地域社会の障害(者)問題を分析し、解決のための方法を決定し、実施、評価する権利と責任を担う。
 CBRにおいては、専門職自身の役割と障害(者)問題理解の転換が求められる。地域社会は単なるマンパワーとしての参加ではなく、必要であるならば専門職の権威性を凶弾する等、社会変革を導く主体としての役割を担う。これによってリハビリテーションは、医療や教育といった専門職の分類に沿った縦割りのアプローチではなく、障害者の生活を中心に据えた地域社会の生活に根ざしたアプローチとなる。都市の施設や専門職は、このCBRに組み込まれることで初めて障害者の大部分を占める農村の障害者にとって手の届く資源となり、意味のある存在となる。

2 CBRにおける”リハビリテーション”
 「国連・障害者の10年」と「障害者に関する世界行動計画」において、障害(者)問題の解決には”障害の予防”、”(狭義の)リハビリテーション”そして”機会の均等化”が必要とされている。CBRにおいても同様に、リハビリテーションはこれらを含んだ障害者のエンパワーメントと、障害者が自己実現できる障壁や差別のない社会の実現を目指した社会変革を指す(8)。例えば、CBRにおける障害の予防とは、単なる医学的な知識を得ることではなく、貧困や不公正な社会システムと戦うことをも意味している。

3 CBRの実践
 WHOは1978年にCBRマニュアルの草稿をまとめ、これをもとに世界各国でCBRが実践されてきた。ベトナムのように保健省下でプライマリー・ヘルス・ケアの延長として行われているところや、マレイシアのように社会開発省の地域開発部が監督部署となり地域開発戦略として実施されているところなど、国によってその形態は若干異なっている。
 また、メキシコではディビッド・ワーナーらによって障害者の役割をより前面にだした方法が、インドネシアではハンドヨ・チャンドラクスマらによって地域社会の啓発や組織化といった社会変革をより前面に出した方法が実践され、各々マニュアルが作られWHO同様に多くの途上国に影響を与えてきた(9)。実践例としてハンドヨの団体であるCBR開発・研修センター(CBRDTC)の実践過程を表2に示す。

CBR成功への鍵 主体性とそのための戦略
 CBRの実践においては継続性(Sustainability)が最も重要であり、その鍵となるのが地域社会の主体性である。CBR導入団体が地域社会の主体性を支援する方法は、啓発(Awareness Rising)と地域社会の組織化(Community Organization)の二つであり、その具体的な方法としてCBRDTCでは参加型村落評価活動(Participatory Rural Appraisal:PRA)という手法を用いている(11)。
 CBRの具体的な活動において重要な点は2つある。一つは、必要であること以上にできることから始めること。CBR導入団体はこの”地域社会ができること”を高めていくための研修や支援体制づくりが役割となる。二つ目は、既存の医療・訓練的アプローチにとらわれないこと。例えば障害者(とその家族)の収入を増やすには長期間の職業訓練を行うよりも、山羊を飼うなど複雑な技術の修得なしに始められる方法がより効果的であることが多い。

まとめ
 WHOがCBRマニュアルの冒頭で、”CBRはリハビリテーションの民主化(Democratization)といえるだろう”注12)と述べているように、CBRは単にサービスの提供”場所”を施設から自宅へと変えようとしているのではない。CBRはリハビリテーションにおける主体の転換と、障害を個人の問題としてではなく地域社会の問題として関わる事を目指した社会変革である。


1) ESCAP(1994): Asian and Pacific Decade of Disabled Persons, 1993-2002: Mandates for Action, United Nation, New York, p29
2) SIDA(1995): Poverty and Disability-a Position Paper, Swedish International Development Authority, p1
3) Helander, Einar (1992): Prejudice and Dignity - An Introduction to Community-Based Rehabilitation, UNDP, New York, p11-14
4) Helander, Einarer, et al (1989): Training in the Community for People with Disabilities,WHO, Geneva, p13-14
5) WHO ILO UNESCO(1994) : 1994 Joint Postilion Paper - Community-Based Rehabilitation For and With
People With Disability. Geneva
6) ESCAP 1989): Community-Based Disability Prevention and Rehabilitation: Guidlines for Planning and Management. United Nation, New York,p6
7) 以下を参考に作成。WHO (1994): Community-Based Rehabilitation and The Health Care Referral Services -A Guide for Programme Managers. Geneva.、池住義憲et al(1996):Report on the Workshop on CBR and Community Development, CBRDTC , Solo. 、Korten, David C. (1990): Getting to the 21st Century. Kumarin Press, 及び注4)。
8) パドマニ・メンディス(1989):コミュニティ・ベースド・リハビリテーションのさまざまなモデル.第16回リハビリテーション世界会議報告書,日本障害者リハビリテーション協会, p125-127
9) 各国の実践、マニュアルは以下に詳しい。中西由起子(1996):CBRの概要とアジアでの実践.海外社会保障事情, 114. p86-103、中西由起子、久野研二(1997):障害者の社会開発.明石書店
10) 久野研二(1997):解説 CBR,日本理学療法士協会・国際部,p16 
11) PRAは単なる評価のための活動ではないことから、Participatory Learning and Action(PLA)とも呼ばれる。第三者が、地域社会の人々自身が自分たちの問題を分析し解決していく過程を様々な活動を通して支援する方法。詳しくは以下参照。ハンドヨ・チャンドラクスマ、久野研二(1996):地域社会開発(CD)としてのCBRと人材育成,リハビリテーション研究,25(3). p36-43
12) Helander (1989): op.cit.p16



CBR (Community-Based Rehabilitation)   ◇久野研二  ◇全文掲載
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