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「書評:中野善達編『国際連合と障害者問題』」

評者 長瀬修
『ノーマライゼーション』97年12月号,本の森・ブックレビュー,障害・コミュニケーション研究所

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last update: 20151221


書評:中野善達編『国際連合と障害者問題』
評者 長瀬修

『ノーマライゼーション』
97年12月号
本の森・ブックレビュー
(障害・コミュニケーション研究所)
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 本書は国際的にも稀な、貴重な労作である。編者の中野善達教授は膨大な資料を基
に、国連の障害分野での動向全般を分析、把握し、特に日本政府の対応に十分な目配
りをしている。主だった国連総会決議、宣言、機会均等基準(スタンダード・ルール
ズ)、「人権と障害者」報告書、「サラマンカ宣言と行動の枠組み」などを網羅し、
障害の問題の基本的資料として必携である。私は国連事務局障害者班に2年強勤務す
る機会に恵まれたが、総会決議、決議の提案国まで丹念に把握した資料を他に見た事
がない。これだけの作業をいとわなかった編者に深い敬意を表さずにはいられない。
 本書は当初、95年3月と97年2月に、筑波大学から2分冊として発行されてい
たもので、当時から活用させて頂いていた。装丁を新たにし、入手が容易になったこ
とが嬉しい。私自身、発行直後に購入してあった。
 再読し、改めて「わくわく」した。国際的な障害政策がどのように動いてきたの
か、誰の顔が見えるのか、日本政府はどのような態度を示してきたか。ここにはドラ
マがある。
 精神遅滞者の権利宣言」(1971)から、国際障害者年(81)、国連障害者の10年
(83-92)、機会均等基準(93)と、国連で障害がどのように取り上げられてきたのか、
その経緯をこの1冊を読み通すと理解できる。
 大きく浮かび上がっているのは、本当に残念ながら、国連障害者の10年の宣言や
障害差別撤廃条約提案、など節目節目で国際的な障害政策の推進に否定的、消極的な
日本政府の姿勢である。
 また、注意深く見ると、いくつも興味深い事実が読み取れる。例えばデンマークの
カレハウゲの発言が、障害者に特別に対応することに反対(108頁)から賛成(1
22頁)に変化したこと。87年の国連総会でイタリア政府代表として、障害差別撤
廃条約策定のために孤軍奮闘したサレ(Saulle、84頁)が94年のサラマンカ会議
にしっかり出席している(363頁)ことなどである。サレは同条約を提案した「十
年」中間年専門家会議にも出席した人物である。
 本書で惜しまれるのは、事実誤認や組織名等に適切な訳語を用いてない例が散見さ
れることである。総理府の「世界行動計画」訳出を「10年」終了後とする記述(実
際は83年)、ILSMH(国際知的障害者育成会連盟)を「国際精神障害者協会連
盟」(299頁)としている点、220頁で Panel を「専門家による委員会」と正
確に記述してあるのに、180頁で別の表現をとっている点などである。国連と障害
に関する必須の資料集として、これから広く普及するにちがいない本書だけに、次版
発行時には改訂を望みたい。
 読者には、この本を手にして、これまでの国連障害政策の流れを理解すると共に、
今後の国際的な障害政策の形成に役立ててほしい。<国際的>なものも、結局は個人
から始まっているのだから。


UP: REV: 20151221
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