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「書評:中野善達編『国際連合と障害者問題』」

長瀬修 1997/11 『ノーマライゼーション』97年11月号 本の森・ブックレビュー

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last update: 20151221


書評:中野善達編『国際連合と障害者問題』

長瀬修
『ノーマライゼーション』97年11月号 本の森・ブックレビュー

 本書は国際的にも稀な、貴重な労作である。
編者の中野善達教授は膨大な資料を基に、
国連の障害分野での動向全般を分析、把握し、
特に日本政府の対応に十分な目配りをしている。
主だった国連総会決議、宣言、機会均等基準
(スタンダード・ルールズ)、「人権と障害者」
報告書、「サラマンカ宣言と行動の枠組み」な
どを網羅し、障害の問題の基本的資料として必
携である。私は国連事務局障害者班に2年強勤
務する機会に恵まれたが、総会決議、決議の提
案国まで丹念に把握した資料を他に見た事がな
い。これだけの作業をいとわなかった編者に深
い敬意を表さずにはいられない。
 本書は当初、95年3月と97年2月に、
筑波大学から2分冊として発行されていたもので、
当時から活用させて頂いていた。装丁を新たにし、
入手が容易になったことが嬉しい。私自
身、発行直後に購入してあった。
 再読し、改めて「わくわく」した。国際的な
障害政策がどのように動いてきたのか、誰の
顔が見えるのか、日本政府はどのような態度
を示してきたか。ここにはドラマがある。
 「精神遅滞者の権利宣言」から、国際障害
者年、国連障害者の10年、機会均等基準と、国
連で障害がどのように取り上げられてきたのか、
その経緯をこの1冊を読み通すと理解できる。
 大きく浮かび上がっているのは、本当に残念
ながら、国連障害者の10年の宣言や障害差別
撤廃条約提案、など節目節目で国際的な障害政
策の推進に否定的、消極的な日本政府の姿勢で
ある。
 また、注意深く見ると、いくつも興味深い事
実が読み取れる。例えばデンマークのカレハウ
ゲの発言が、障害者に特別に対応することに反
対(108頁)から賛成(122頁)に変化し
たこと。87年の国連総会でイタリア政府代表
として、障害差別撤廃条約策定のために孤軍奮
闘したサレ(Saulle、84頁)が94年のサラ
マンカ会議にしっかり出席している(363頁)
ことなどである。サレは同条約を提案した「十
年」中間年専門家会議にも出席した人物である。
 本書で惜しまれるのは、事実誤認や組織名等
に適切な訳語を用いてない例が散見されること
である。総理府の「世界行動計画」訳出を「1
0年」終了後とする記述(実際は83年)、I
LSMH(国際知的障害者育成会連盟)を「国
際精神障害者協会連盟」(299頁)としてい
る点、220頁で Panel を「専門家による委
員会」と正確に記述してあるのに、180頁で
別の表現をとっている点などである。国連と障
害に関する必須の資料集として、これから広く普
及するにちがいない本書だけに、次版発行時には
改訂を望みたい。
 読者には、この本を手にして、これまでの国連
障害政策の流れを理解すると共に、今後の国
際的な障害政策の形成に役立ててほしい。<国
際的>なものも、結局は個人から始まっている
のだから。


UP: REV: 20151221
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