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「優生問題を考える(3)──障害者と優生保護法」

松原洋子 『婦人通信』465(1997-10):42-43

last update: 20151221



       優生問題を考える(3)──障害者と優生保護法

                      『婦人通信』465(1997-10):42-43
                       松原 洋子

 「骨形成不全」という遺伝性の障害をもつ安積遊歩さんは、昨年の優生保護法大
改正のきっかけのひとつをつくった女性です。安積さんは、一九九四年にカイロで
開催された国連国際人口・開発会議NGO会議で、「不良な子孫の出生を防止する」
ことをうたった優生保護法を批判し、これが国際的な反響を呼んで優生条項削除へ
の圧力となりました。その後の優生保護法改正の顛末については前回お話しした通
りです。
 この会議で安積さんは、優生保護法が背景となっている問題として「女性障害者
の子宮摘出」を取り上げました。施設や親、医師らが「月経時の介護困難」、「親
になるのは無理」、「性的被害による妊娠の回避」等の理由で、本人の同意の有無
にかかわらず、女性障害者に子宮摘出手術を受けさせてきた問題です。これは決し
て例外的なことではなく、福祉関係者の間では「公然の秘密」であったといわれて
います。子宮摘出問題については、すでに八〇年代に一部の障害者団体が抗議運動
を起こしていましたが、九三年六〜九月に『毎日新聞』がこの問題のキャンペーン
をはり、文部省や厚生省が実態調査に乗り出すまでになりました。同紙では、国立
大学付属病院医師が障害者の正常子宮摘出を認めたことを筆頭に、「子宮摘出は当
たり前のことだと思っていた」という障害者施設長の声、子宮摘出をめぐる親の葛
藤、手術に追い込まれていった障害者の怒り、障害者団体の抗議などが生々しく伝
えられています。
 ところで、この種の子宮摘出手術は、介護する側(または社会)が管理しやすい
ように障害者の肉体を改造することを意味します。中には自分の生活上の負担を軽
くしようと主体的に手術を受けた人もありますが、念頭におかなくてはならないの
は、多くの障害者が施設や親元から離れて生活することが困難であり、施設関係者、
親、医師らの意向をほとんど拒絶できない境遇にあるということです。特に同意能
力に欠けるとみなされる知的障害者の場合、本人の意向はほとんど無視され手術を
強いられることになります。さらに、介護困難等を理由とする子宮摘出手術は刑法
に抵触する疑いがあります。優生保護法とその関連法には、女性の「優生手術」
(不妊手術)の方法として子宮摘出は含まれていないからです。そのため、女性障
害者たちは保護者と医師の密室の合意にもとづき、虚偽の病名をつけるなどして違
法性をごまかした手術を受けてきました。
 優生保護法はこうした手術を正当化する後ろ盾として、機能してきたと考えられ
ます。優生保護法では、不妊手術と中絶手術を許す条件として「不良な子孫の出生
の防止」という優生学的理由を挙げていました。また、「審査を要件とする優生手
術」(いわゆる強制断種)を定めた第四条には、「公益上必要であると認めるとき」
という表現もみられます。つまり優生保護法は、「社会の利益」を名目とした障害
者の生殖機能に対する介入を、認めた法律といえるのです。
 月経時の介護困難であれ、「不良な子孫」の出産であれ、障害者の生殖機能に社
会への適応上問題があると見なされれば、生殖機能を阻害する措置をとる──優生
保護法の存在はこうした行為に口実を与えてきました。障害者団体が優生保護法の
撤廃を強く要求してきたのは、優生保護法が条文が限定する範囲を超えて、その優
生思想が社会的効果を発揮してきたからです。子宮摘出問題はその典型といえるで
しょう。
 最後に、ひとつだけ確認しておきたいことがあります。それは、生殖機能への介
入において男女間に大きな格差があることです。健常者を含む「優生手術」の総件
数は、例えば九三年度は男=二二件に対して女=四、九四八件と、男女では二桁違
います。女性の不妊手術は男性の場合と比べて格段にリスクが高いにもかかわらず、
この傾向は一貫して変わっていません。また、中絶は言うまでもなく女性だけが引
き受けています。この男女の格差は、女性が孕む性であるためだけでなく、性と生
殖にまつわるツケを全て女性の身体にまわしていく性差別的構造を反映したものと
みるべきでしょう。
 この構造は、弱い立場にある女性障害者に特に厳しく作用しています。子宮摘出
の理由の一つに「性的被害による妊娠の回避」があったことを思い出して下さい。
性的虐待の犠牲となることを前提に、予防的措置として子宮を取るというのです。
また、「月経時の介護困難」には月経に対する女性蔑視を伴う嫌悪感や、月経時の
女性心理への無理解が関係していないでしょうか。月経介助に工夫をして取り組ん
でいる知的障害者施設の職員は「生理は当たり前で気にしない。便をもてあそぶ方
が困るが、子宮摘出は『だから肛門をとれ』という発想と同じ」と語っています。
女性障害者は性的主体・生殖の主体であることから疎外されているがゆえに、性差
別的構造の暴力にまともにさらされているといえます。
 次回は優生保護法とナチス断種法の関係についてお話しします。
                     (早稲田大学人間科学部非常勤講師)


……以上(以下by立岩)

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