「(本の紹介)立岩真也『私的所有論』」
古谷憲孝 199710
『バイオエシックスを考える学生の会会報』3-10(1997年10月):6
last update: 20151221
■「(本の紹介)立岩真也『私的所有論』」
古谷憲孝 199710
『バイオエシックスを考える学生の会会報』3-10(1997年10月):6
タイトルだけでは生命倫理に関係のある本に見えないので,見過ごしてしまった
方もおられるのではないかと思うが,まず書店等で手に取ってみられることをお勧
めする。1300点余りの文献が載っていて60ページもある文献リストを見ただ
けで財布に余裕のある人は買ってしまうだろうし,この会報を読んでいる方で,本
書で論じられている問題のいずれにも興味がないという方はいないと思う。注釈が
100ページ近くもあり,綿密でねばり強い議論がなされている。「日本人にもこ
んな本を書く人がいるんだ」というのが正直な感想である。
朝日新聞の書評欄では,森岡正博氏が自分の考えに引き寄せて優生思想の部分に
話を絞っていたが,本書の主な話題は私的所有,自己決定,生殖技術,線引き論,
能力主義,優生思想,といった所であり,それぞれについて根本的な所まで掘り下
げた議論がなされている。抽象的な部分も多く,楽に読み進められる本ではないが,
過去の様々な議論を検証した上で著者の立場がはっきり示されている。
筆者が最も刺激を受けたのは,能力主義に関する章である。年功序列と能力主義
の選択という問題については誰もが気付いているだろうが,筆者はそれを「能力に
応じた配分をなくすこと」の検証にまで拡げ,市場と社会の問題にまで至っている。
20世紀における様々な国家的試みに結果が出て,その多くは修正を余儀なくされ
た今,ここまで議論を掘り下げることは,当然なのかもしれない。
本書で検討されている多くの問題と根本でつながっているとされるのが,最初の
章で提示される「私的所有」の問題である。ジョン・ロック以来の所有の概念は
「私の作ったものは私のものになるべきだ」という信念でしかなく,私的所有の無
根拠性を示すことから,自己決定等の問題を再考するのが著者の議論の流れである。
(但しネオ・マルクシズム的な本ではない。)
しかし,筆者は私的所有は多くの社会における歴史的慣習でしかないし,根本的
な慣習は,原理原則によって根拠づけられているものではないと思うのだが。
簡単に論じられる本ではないので,読書会を企画します。文献の検証も充実して
いるので,現時点における生命倫理の主題のいくつかを俯瞰できるでしょう。多く
の方々の御参加をお待ちしています。