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「3-4-7 遺伝研究の基本的指針に関するHUGO声明」

玉井 真理子・中澤 英之・阿部 史子 19970901 『遺伝医療と倫理』(バイオエシックス資料集 第1集)
信州大学医療技術短期大学部心理学研究室

last update: 20131127

◆3-4-7

遺伝研究の基本的指針に関するHUGO声明

The Council of Human Genome Diversity Project(HUGO) 1996 HUGO Statement on the Principled Conduct of Genetic Research, Genome Digest May:2-3
 この声明はHUGOの倫理的法的社会的問題(ELSI ; Ethical Legal and Social Issues)検討委員会が作成しHUG審議会(Council of HUGO)により、1996年3月21日、ハイデルベルグでの会議にて承認されたものである。

HUGO声明の全訳 

 ヒトゲノム計画(HGP)は、1980年代に提案されて1990年に正式に着手されたものであるが、その特定の目的として、すべてのヒト遺伝子と完全なゲノム配列の同定(identification)がある。HGPの15年計画が完了するとき、当計画は、生物学と医学に基礎的資料(a source book)を提供するであろう。しかし、この時間枠では、すべての遺伝子の機能が個々にも協働的にもわかるまでには至らず、遺伝子の世界的規模の多様性が明らかにされることはないであろう。
 ヒトゲノム多様性計画(HGDP)は、世界的規模で人々(populations)・家族・個人のDNAを分析して人類の遺伝的多様性を調査することで、HGPを補足する国際的科学的な試みである。HGDPは、人類の基本的単一性・ヒトの生物学的歴史・人口動態(population movements)・様々なヒトの疾患に対する易罹患性(susceptibility)や抵抗力について我々の理解の手助けを約束するものである。
 HGP、HGDPやその他の遺伝研究は、以下のような多くの懸念を呼び起こしている:

・ゲノム研究が個人や人々に対する差別や、対象に汚名を着せること(stigmatization)につながったり、人種差別の助長に誤用され得るという心配
・特に特許取得や商業化されることにより、研究目的で新しい知見にアクセスすることが出来なくなること
・人間をそのDNA配列に還元し、社会やその他の人間の問題を遺伝的原因に帰属させうること
・人々・家族・個人の価値観・伝統・本来の姿(integrity)に対する尊重の念の欠如
・科学者集団と社会(the public)との間での遺伝研究の計画・指針に関する不十分な取り決め

 HUGO審議会は、多数の国や研究分野の専門家で構成される倫理的法的社会的問題検討委員会(HUGOのELSI)に対し、これらの懸念に対処しHGPやHGDPの進めている倫理的基準との一致を確実にするようなガイドラインと手続きを準備するよう求めた。
 HUGOのELSI委員会は、次の4つの原則にその勧告の基礎を置いた:

・ヒトゲノムは人類共有の財産の一部であるという認識

      [資料集p.104]

・人権の国際的規範の堅持
・被験者の価値観・伝統・文化・本来の姿(integrity)に対する尊重の念
・人間の尊厳と自由の受容と支持

遺伝研究の基本的指針に関するHUGOの声明

HUGOのELSI委員会は以下の様に勧告する:

 科学的適格性(competence)は倫理的研究にとっての不可欠な条件である。それには適切な訓練・計画・試験的ならびに実地のテスト・質的管理(quality control)を含む。
 コミュニケーション(communication)は科学的に正確であるだけでなく、関係する人々(the populations)・家族・個人にとって理解できるものでなければならず、かれらの社会的・文化的状況には十分な配慮がなされなければならない。コミュニケーションは相互的プロセスである。つまり、研究者は、理解されるのと同様に、理解しようと努力しなければならない。
 協議(consultation)は適切な被験者の募集に先立って行われるべきであり、研究の間続けられるべきである。文化的規範は多様であり、健康・病い・障害の認識も多様である。家族の認識、個人というものの占める位置や重要性の認識も同様である。
 情報を与えられた上で被験者になることに同意する(consent)という決定は、個人や家族のもの、さもなくばコミュニティーもしくは人々のものである。研究の性質、リスクと利益、そしてどんな選択肢があるかについての理解は、きわめて大切である。そのような同意は、科学的・医学的あるいはその他の権威による強制なしにおこなわれるべきである。ある条件下でふさわしい権威をもって行われる、疫学的目的のための匿名の実験や観察は同意の必要の例外になり得る。
 被験者から得たり明らかになった情報や資料(materials)の蓄積やさらなる使用に関して被験者が行った選択(choice)は尊重されるべきである。付随的な発見の成果に関する選択もまた、情報を与えられていた、いないにかかわらず尊重されるべきである。そのような選択は他の研究者や実験室を拘束する。このように、個人、文化あるいはコミュニティーの価値観は尊重されうる。
 プライバシーの尊重や不正なアクセスからの保護は、遺伝情報の守秘(confidentiality)によって確実なものとされなければならない。遺伝子情報のコード化・管理されたアクセスの手続き・サンプルや情報の移転や保存に関する方針は、サンプル採取の前に開発し実行されなければならない。特別な配慮は、家族構成員の現実的あるいは潜在的な利益に対して与えられなければならない。
 個人、人々、研究者における協同(collaboration)や、自由に交流できるプログラム(programs in free flow)、アクセス、情報交換における協同 )は、科学の進歩のためだけでなく、全ての関係者の現在および将来の利益にとっても必要である。工業国と発展途上国との間の協同(co-operation)と調整は、促進されるべきである。統一されたアプローチおよび条件と同意の標準化は、実行可能な共同と結果の比較をより確かなものにするために不可欠である。
 どのような現実的あるいは潜在的な利害対立(conflict of interest)も、情報が伝達される時点や合意を得る前に、明らかにされるべきである。そのような現実的あるいは潜在的な対立はまた、どんな研究が始まる前にも、倫理検討委員会で再検討されなければならない。正直(honesty)と公正

      [資料集p.105]

(impartiality)は、倫理研究の基礎である。
 被験者個人・家族・人々に対する報酬による過度の誘導(compensation)は禁止されなければならない。しかし、この禁止は、以下のようなことを見越しての人道的目的での個人、家族、グループ、コミュニティー、あるいは人々との合意は含まない:技術移転・地方の育成・ジョイントヴェンチャー・ヘルスケアや情報基盤(infrastructures)の提供・コストの償還・特許権使用料の利益の活用。
 継続的な見直し(continual review)・監督・監視は、これらの勧告の実行に不可欠である。そのような見直しには、可能な部分では、この研究の被験者の代表を含めるベきである。実際、継続的な評価なしでは、すべての人による利己的利用・不誠実・放置・濫用(abuse)の可能性が無視しえない。適格性と同様に、継続的な見直しは、国際的協同的な遺伝研究における人間の尊厳尊重には必須である。

訳者注:

 上記のcompetence, communication, consultation, consent, choice, confidentiality, collaboration, conflict of interest, compensation, continual reviewを、10 "C"sと呼んでいる。

      [資料集p.106]



*作成:小川 浩史
REV: 20131127
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