HOME > 全文掲載 >

「3-3-2 遺伝研究における倫理的問題:情報開示とインフォームドコンセント」

玉井 真理子・中澤 英之・阿部 史子 19970901 『遺伝医療と倫理』(バイオエシックス資料集 第1集)
信州大学医療技術短期大学部心理学研究室

last update: 20131224

◆3-3-2

遺伝研究における倫理的問題:情報開示とインフォームドコンセント

Philip R . Reilly, Mark F. Boshar, Steven H. Holtzman 1997  Ethical issues in Genetic Research: disclosure and informed consent, Nature Genetics, 15 Jan:16-20

訳者による要約

 遺伝子診断の技術の向上によってもたらされる遺伝情報は、増大する有害性をも ともなっている。健康保険に加入しようとする際の制限や拒否、感情的な苦悩を引 き起こすことなどが多く見られる。臨床診断テストを行う側にも、受ける側にも、 こうした有害性がかかわってくる。
 本稿では、研究をセッティングする上での問題を取り扱う。ここで、研究者は、 2つの重要な倫理的問題に直面している。すなわち参加者にリスクに対する十分な 教育を保障すること、同時にリスクへの恐れを軽減することである。このような問 題が解決されないと、参加者本人を傷つけることになり、研究も遅れることになる。

倫理的問題

1)情報の公開と利用に問題が多々ある。検査結果を親族に伝える権利(義務)は あるのか?治療法が確立していない遺伝性疾患の場合、子どもを調べてもよいのか? 保険、雇用、進学の際、情報提供を求められたらどうすればいいのかといった問題 もある。

2)最近この問題に対して、議会の専門委員会(1995年下院科学技術委員会報告 書)、専門家の諸団体(アメリカ人類遺伝学会)など、様々な団体から勧告文が次 々に出されている。

3)これらの団体の勧告は、遺伝診断が時期早尚な段階で臨床応用されると、それ は利益をもたらすよりむしろ害になりうるので、見直しが必要だといっている。さ らに、これらの団体は、治療方法のないものを伝える必要があるか?、カウンセラ ーの能力不足、保険、雇用の問題がある、等について懸念を表明している。

4)こういった倫理問題や政策問題をどうにかしなければいけないという意識は高 まってきており、議会でも、保険問題、雇用問題を中心に注目しだしている。具体 例としては、1995年1年間で、保険のプライバシー関連で6つの法案が提出され、 そのうち1つが通過した。州議会もこの流れを追っている。雇用関連では、1995年 雇用機会均等委員会が発表したADA法とリンクしたガイドラインがよい例である。

5)遺伝情報にかかわる倫理問題は、研究を行うことにも影響を及ぼし始めている。
具体例としては、

      [資料集p.78]

1992年3月、家系研究の倫理法律問題検討会議の声明が「研究の対象者は、研究に よって傷つく可能性があることを予め知るべきである」としている。また1992年、 サポートグループが、対象家族に対して、研究参加に伴うリスクを知らせる教育冊 子を配布した。

6)保存DNAサンプルの研究使用についての問題が、1994年NIHワークショップの話 題となった。採取したとき承諾をとった研究以外の研究にそのサンプルを使ってよ いか、どういった場合に承諾を取り直さなければならないか、サンプルから新たな 疾患がわかった場合、本人に知らせる義務はあるか、といった問題が議論された。 サンプルを匿名で使えばこれらの問題は回避できるが、サンプル提供者が直接利益 を得る(病気を知るなど)ことはなくなる。この問題は、1996年夏NHLBIでも議題 となった。

情報開示と同意

1)インフォームドコンセントの2つの目的は、
1.対象者に参加・不参加の理性的判断をしてもらうために知識を与えること、
2.リスクを対象者に伝える倫理的義務があることを研究者が十分に認識すること
にある。リスクを十分熟知することは、研究者においても、対象者への有害性を最 小にし、情報開示を最大にすることにつながる。

2)薬効検査のインフォームドコンセントは、連邦政府が作ったものでは15年前か らある。遺伝子検査の場合には、薬効の場合よりも問題がさらに大きく、保険、雇 用、さらには家族の人間関係にまで影響を及ぼす。

3)連邦政府が作った規則には情報開示内容が明記されてない。しかし、検査の際、 予め伴うリスクを知らせなければ検査してはならない、というのが最近の傾向であ る。この傾向は連邦規則とも矛盾しない。「情報開示なしには検査もしてはならな い」を、一般化するべきである。

4)「情報開示なしには検査もしてはならない」の基準は、OPRR、遺伝プライバシ ー法にも表れている。

情報開示と同意のためのキーディメンジョン

 下記の点を参加者と話し合うべきだし、インフォームドコンセントの書面にも明 記するべきである。これらは、IRBの情報開示リストよりも厳しいものだが、IRBリ ストの情報開示内容の方を厳しくするべきである。

1)研究内容の概略を説明すること:研究計画の全容と被験者の役割とをわかりや すい言葉で説明する。遺伝子検査の場合、説明の中で触れなければならないことは、 病歴を尋ねること、一般的な診察

      [資料集p.79]

を行うこと、そして採血をして家族性疾患の体質を受け継いでいるかを調べるため にDNA解析をすることなどである。

2)研究チームの構成員の所属を明らかにして説明すること。検査にあたる者は研 究チームの構成員の所属を明らかにしなければならない。例えば、スポンサーが付 いている場合もその旨を被験者の前で明らかにすることが必要である。遺伝研究に は一般企業が関わっていることが多く、研究資金面で、あるいはDNA研究そのもの に参加したり、将来の研究のためにDNA本体と遺伝情報・被験者の個人情報とを保 存するという形で研究に携わっていることがしばしばある。一般企業が研究に関わ っている場合、検査を見合わせたいと思う被験者もいる。この点を十分注意して、 被験者に参加の意思を決めてもらわなければならない。

3)プライバシーをどのように保護するつもりなのかを明確にすること。検査で得 られたデータの秘密を具体的にどう守るのかを被験者に明らかにすることは、研究 者にとって当然のことである。だが、研究者だけでなく企業側もプライバシー保護 の方針を明らかにするべきである。さもないと、企業がサンプルから得た被験者の 個人情報にアクセスして情報を漏らしてしまうのではないか、という被験者の誤解 を招くことになる。また、臨床上被験者と関係する情報をいっさい開示しない条件 で行われる遺伝子検査もある。しかし被験者の中には、検査に参加した後で、自分 の検査結果を知りたくなり、験者に結果の開示を求めてくる場合も考えられる。そ ういった場合は被験者に対して、企業側にはサンプルを誰から採ったのかという個 人情報はいっさい知らされることがありません、と一言伝えることがまず大切であ る。そう伝えておけば、結果も開示してくれないのに被験者になってしまったこと を後悔して、験者に問い合わせてくることを牽制することにもつながる。さらにこ の一言で、企業が個人情報を第三者に漏らすのではないかと心配する被験者を安心 させることもできる。

4)公文書としての保管:被験者のDNAサンプルから得られたDNA本体や塩基配列情 報を公文書館に保管する計画がある場合、その旨被験者に明らかにされなければな らない。

5)DNAの使用範囲について:被験者のDNAを当初の目的以外の研究に使用したり、 DNA片を匿名あるいは非匿名の形で他の研究者と交換したりするといった予定があ る場合、その旨も被験者に開示しなければならない。

 1993年OPRR (Office of Protectioin from Research Risks:NIHの「研究リスク からの保護監督事務所」)のIRB(Institutional Review Board:施設内検討委員会) が発表したガイドラインにも、サンプルやデータを当初の目的以外に使用する計画 がある場合その旨を被験者に予め開示しておかねばならないと定めてある。同ガイ ドラインの「当初の目的以外で使用することが予見される場合は、被験者に同意を 求めなければならない」と定めてある部分である。1994年のNIHのワークショップ で、当初の同意文書の中に当初の目的以外のサンプル使用のことが明記されていな い場合は他の研究にも利用してよいか、という議論がなされたが、そのワークショ ップの声明文の中にも、被験者にはサンプルが将来どのように使われるかを決める 権利がある、というくだりがある。この声明文の背景には、

      [資料集p.80]

当初の目的以外にサンプルを利用する場合は被験者に再度連絡を取ってもう一度同 意を求めなければならないという認識がある。より最近のものではアメリカ人類遺 伝学会の声明文があるが、これによると公文書館に保管されたサンプルの使用に対 する研究者のフレクシビリティはいくらか大きくなっている。
 個人遺伝情報保護法(The Genetic Privacy Act)でも、サンプルが他の研究に匿 名で使われる場合も被験者本人の同意が必要であると定めてある。また、オレゴン 州法はサンプルに関して、本人の同意がない限り研究後の速やかな廃棄を義務づけ ているため、同州の研究者は同じサンプルを将来研究利用する場合はその旨を明ら かにしておかなければならない。ニューヨーク州でも、当初の研究がIRBの承認を 受けておりかつサンプルを匿名で利用するもの以外の研究の場合は、研究終了後60 日以内の廃棄を義務づける法律が可決された。
 被験者には、自分のDNAサンプルが当初の目的以外の研究で将来利用されるのか、 そして使われるのなら匿名で使われるのかどうかについて知る権利がある。研究者 や参加企業に対してこのような情報の開示を求める個人の権利を尊重しなければな らない。被験者が自分のDNAの利用方法を当初の研究だけに限定してくる場合や利 用できる範囲を定めてくる場合(例えば家族性疾患の研究のみ、など)もあろう。 たとえサンプルや臨床所見のデータを、当初の研究終了後の利用に被験者が同意し なくても、またたとえサンプルを他の目的に利用することに同意しなくても、ある いはサンプルの匿名性を二次的利用の条件に要求してきても、当初の研究の足枷に なることはない。

6)商品開発とその利益について:被験者のDNAを分析した結果、特許取得に役立 ったり診断法や薬などの開発につながって、研究者や企業が経済的利益を受け、被 験者の経済的利益にならない場合があり得ることを、被験者に予め伝えることが必 要である。
 カリフォルニア州の最高裁判決例(3-4-5を参照)がこれに関連している。判決で は、手術中に体から切り離された臓器に対し患者は所有権をもたず、その臓器を使 って医療者が後に利益を得てもよい、とされた。しかし、患者は予めその可能性に ついて十分説明を受け、サンプルをそのように利用することに同意するか否かを決 めるという、インフォームドコンセントが必要であるとも定められた。
 遺伝研究に参加する企業は最終的に研究から経済的利益を生み出そうとするが、 他方、被験者は自分が企業の利益に荷担することをおそらく嫌がるであろう。そこ で、被験者の自己決定権と利益供与の点を予め開示するという原則とが大切なので ある。また利益が生じるとはいえ、非常に多くのサンプルを使って初めて利益につ ながることを考えると、この情報開示が被験者を減らし研究の足枷になることはな いであろう。しかしながら、ヒトゲノムの知的所有権を守るために被験者が自分の サンプルを使って特許をとることに反対したり、特許取得につながるような研究へ の参加を拒否したりすることが考えられる。しかしこれは被験者の権利であって、 権利の行使を妨害してはならない。

7)その他生物学上の微妙な情報について:研究によって、生物学的なしかし微妙 な情報(生物学的な父は別であるといった微妙な情報)や、漏れてしまうと被験者 やその家族に害がおよびかねないような情報が明らかになることがあることを、予 め伝えておく必要がある。
 生物学上の父親が他にいることや子ども本人には内緒にしてあった養子関係など が、予期せず明らかになってしまうことは、遺伝学研究では多く起こることではな いが、希でもない。OPRR IRBのガ

      [資料集p.81]

イドブックにも「国際的家系研究において、父性や親性の問題が出てくることがあ る。DNA解析を行うと生物学的な両親が実は別に存在するという情報まで明らかに なってしまうことがある。しかし、血液型からも同様な情報がわかりうる。」と記 されている。同ガイドブックはさらに、「被験者は次のことを予め知らされていな ければならない。まずどのような情報が開示されるのか。そして研究のどの時点で その情報が開示されるのか。また被験者やその家族が本当に知りたくない事実ある いは知って嬉しくない事実がわかる場合があること。被験者個人の情報が家族の他 の人に開示されることがあり得るということ」、と続けている。このような問題が 起こりうる研究に被験者の参加同意を求めるとき、験者はこれらの問題を常に取り 上げなければならないと、我々は考えている。
 また、このような情報開示をしてしまうと研究の被験者が減るという議論も臨床 の研究者達の間ではなされている。しかし、事前に開示することこそ倫理に沿った 行動であり、また、研究所内の研究者間でのデータ分析の混乱を情報開示により避 けるためにも特にそう考えるのである。我々が家族性の遺伝研究に使用している同 意文書の中にはこの開示問題についても触れられているが、研究参加の妨げにはな っていない。
 しかしながら、我々がゲノムマッピング研究を行う過程で、父性が異なるという 情報が明らかになりそれを被験者に伝えるかどうかが問題になったこともあった。 議論を重ねた結果、この場合情報を開示しないことが当の家族にとって一番の利益 であると結論した。研究結果を発表する際も、父性の問題がわからないようにかつ 科学的正確さを失わないような形で発表した。雑誌の編集長にその旨を伝えたとこ ろ、第三者にも相談してくれて、我々がとった行為が倫理的に正しかったという答 えが返ってきた。

8)検査結果とその意味について:遺伝的に深刻な疾患を発症する可能性が高いと いう情報を被験者に開示すると、現在加入している健康保険を続けることができな くなったり、新たに健康保険・生命保険・損害保険などに加入することができなく なる恐れがあることも、開示する必要がある。
 この発症リスクを数値化する研究はあまり行われていないが、これらの問題を取 り扱った法律を作る州は増えている。1993年OPRRのIRBのガイドブックでも被験者 にこの情報を開示する必要性が強調されている。同ガイドブックは、「開示情報が 被験者の被保険資格を失わせるかどうか」について同意文書の中に明記するべきだ としている。他のガイドラインにも、「本人の秘密が守られないという危険がある (保険会社に遺伝子検査の費用を請求する場合など)」ことを被験者に知らせるべ きだと定めている。そのガイドラインによると、研究者は被験者個人の情報を守ろ うとするが、「現実問題として秘密が守られなくなる場合があること、および情報 が思わぬところから漏れる可能性があることを予め被験者に伝えておくべきだ」と している。連邦政府が助成する研究であれば、certificate of confidentialityを 使って第三者が検査結果を見ることに制限を加えることも可能であるが、情報が漏 れる可能性はゼロではない。また被験者本人も結果を開示されてしまうと、保険加 入の際開示された情報に基づいて質問に答える義務が生じるのである。
 この情報開示が被験者数を減らし研究の足枷になるという議論がここでもある。 しかし、保険の加入資格喪失の問題はアメリカで大きな問題になっていることも誰 もが認める事実である。情報を開示しないと研究者側の保険会社に対する責任問題 にも発展しかねないほどである。しかし我々は、訴訟問題を回避することを議論の 出発点にするべきでないと考える。遺伝情報が被験者の被保険資格を失

      [資料集p.82]

わせることになりうる、という事実を本人に開示することが、本人を尊重すること につながると我々は考えている。よって、我々は重篤な遺伝疾患について遺伝研究 を行う際、同意文書の中にこの問題について明記することを義務づけている。また そうすることによって、被験者が減って研究が遅れたということは聞いていない。 むしろ、たとえ被験者の参加が遅れたとしても、それがかえって保険の問題を同意 文書に記載するべきだという議論を裏付けするものだと考える。また、IRBからも 保険に関する情報開示を義務づけさせるよう要求したい。

その他の新たな問題

1)一般的に子どもは研究対象からはずすべきである。どうしても必要であるなら、 保護者あるいは本人のインフォームドコンセントが必要である。

2)現行法(連邦法の規定)下では、遺伝研究は「最小のリスク」(minimal risk) の範疇に入り、インフォームドコンセントは必要がなさそうに思われる。しかし、 遺伝研究への参加は「最小のリスク」ではない。よって、IRBのガイドラインより も厳しい情報開示をするべきである。
3)リサーチが、他国で行われる場合にも、アメリカ政府が支援する研究は、以上 の点を遵守するべきである。

結論
 以上論点を挙げたが、これによって議論が盛んになることが望まれる。また、研 究においては、IRBのガイドラインを守るべきである。守ることで(情報開示するこ とで)、研究対象は減るかもしれないが、インフォームドコンセントの基礎として、 情報開示は必要なのである。

      [資料集p.83]



*作成:小川 浩史
REV: 20131127, 1224
遺伝子検査(と雇用・保険)  ◇遺伝子治療  ◇遺伝子…  ◇全文掲載 
TOP HOME (http://www.arsvi.com)