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「3-1-4 乳がん・子宮がんの易罹患性をもつ家族への遺伝カウンセリング」

玉井 真理子・中澤 英之・阿部 史子 19970901 『遺伝医療と倫理』(バイオエシックス資料集 第1集)
信州大学医療技術短期大学部心理学研究室

last update: 20131224

◆3-1-4

乳がん・子宮がんの易罹患性をもつ家族への遺伝カウンセリング

Barbara B. Biesecker, Michael Boehnke, Kathy Calzone, Dorene S. Markel, Judy E. Garber, Francis S. Collins, Barbara L. Weber 1993  Genetic Counseling for Families with Inherited Susceptibility to Breast and Ovarian Cancer, JAMA 269:1970-1974

訳者による要約。ただし、Abstractは全訳

 Abstract

 染色体17q12-21上にある遺伝子(BRCA1)を分離する研究が進んでいる。この遺 伝子の突然変異を調べることで、女性の乳がんおよび卵巣がんの発症を事前に知る ことができるからである。BRCA1遺伝子に突然変異を持つ女性が生存中に乳がんを 発症する確率は85%とみられており、卵巣がんについても数値は明らかになってい ないにせよ、リスクはかなり高いといわれている。また、アメリカ人女性の 200人 から 400人に1人は、BRCA1突然変異型の保因者と推定されている。我々は、乳が ん・卵巣がんの両方(あるいは一方)とBRCA1に隣接する遺伝子マーカーとの間に 連鎖(linkage)がみられる家族をいくつか特定した。現在では、このような連鎖の みられる家族を調べて、家族のメンバーのうち誰がBRCA1突然変異型を持っている かを調べることができる。我々は、その情報の持つ臨床効果の重要性と緊急性とを 考慮して、1家族に対して、親族も含めて、この情報を伝えることにした。また、 家族に情報を提供するにあたって、遺伝子サービスを提供する際に浮上してくるで あろう様々な問題に対処するためのプロトコルを開発した。BRCA1突然変異型のキ ャリア検査は、現在のところ、研究目的のもとでごく一部の家族にだけ行われてい るだけである。しかし、BRCA1突然変異型のスクリーニング検査をより大規模に国 民全体を対象に行う技術も数年のうちに実現しようとしている今、本稿の経験はそ の難しさを予言するものである。

 ケース報告(略)

 カウンセリング前の教育とアセスメント(略)

 臨床カウンセリング(略)

 医学的管理(略)

      [資料集p.63]

<心理的評価とサポート>

 ハンチントン病(Huntington's disease)が典型例であるが、人生の後半になって から出る疾患を発症前に診断することに関連して、心理的に様々な問題がある。し かし、易罹患性でみた乳がんとハンチントン病との大きな違いは、前者の場合、ス クリーニングを行って治療介入すれば突然変異型保有者の発症率と致死率を下げる ことができる点である。いずれにせよ両者とも家族関係にかかわるので、これらの カウンセリングをするのは難しい。我々のクリニックでは、家族メンバーに同じ日 にカウンセリングを行うようにしている。もちろん、カウンセリングを別々の日に 行った方が、個人個人のプライバシーが守られるかもしれない。しかしこの家族の 場合、検査への参加の意志をオープンにしていたので、家族の圧力を感じて参加し た人が中にいなかったかという方がむしろ問題となった。検査を行う前の段階で広 く見られた心理上の問題は、家族の中で誰がハイリスクかがはっきりしてしまうこ とに対しての不安と安心感との葛藤であった。家族の中の若い女性の場合、自分が ハイリスクの運命にあると感じ、検査の結果がどうであれ、手術による予防を考慮 していることもわかった。その女性の中には、十代の多感な時期に母親を乳がんで 亡くし、自らの家族歴に憤り、自分の乳房にまでも憤りながら育った人も何人か見 受けられた。カウンセリングセッションを通じて一般的に見られた感情的反応は、 不信感、親族(特に両親や子ども)に対しての責任、怒り、安心、忘我、そして絶 望感であった。それらの感情的反応について話し合いをもとうと何度も試みたが、 家族は興奮や驚きのために話し合いどころではなかった。検査結果の情報を伝えて しまうと、自分の感情をすぐに整理し、それについて考察を加えることなど、大抵 の人には無理なことであった。この点は、その他の危機カウンセリングと異なると ころである。検査後もすぐにフォローのカウンセリングが必要なことは明らかであ った。我々の遺伝子クリニックで幾度も繰り返されるテーマは、この遺伝子がどの ように遺伝するかについての説明を真に理解させることである。というのも、検査 前に家族には、遺伝する頻度は高いが必ずおきるとはいえないと伝えられていたか らである。ここで、自分はBRCA1突然変異型を譲り受けている確率が高く、しかし 多くの家族メンバーには遺伝していない、また子どもにも遺伝しないだろうと聞か されたとしても、自分ががんになるのではないかという恐怖感が消えることはない。 他の遺伝性疾患のカウンセリングの経験からすると、家族は検査結果を聞いて長期 間鬱や絶望的になりうるという懸念がある。さらに、自尊心や生き甲斐などに変化 をきたすリスクもある。予防的手術を考えている女性であれば、体のイメージの問 題も確かに存在する。この家族の場合も、罪の意識を持ったり責任を感じてしまう ことが予想されていたが、その通りの反応がかなり見られた。この家族の中で、検 査結果を知らされた人には、検査の一週間後に電話を入れて、開示内容に対する反 応について話し合われた。さらに3カ月から6カ月たった後、心理社会面でのカウ ンセリングがもたれた。加えて1年後にも、フォローのカウンセリングを行った。

<社会的問題>

      [資料集p.64]

 我々は、18歳未満の個人には検査結果をあかさないようにした。この決断は次 のような配慮をしたためである。:
(1)未成年者の場合、自分が疾患遺伝子の保有者だということを知ったところで 医学的にメリットがない。(18歳未満で乳がんを発症した症例は見たことがない。 あるとすれば、現在研究中の遺伝子と関係しているかもしれない)。
(2)検査結果を受けとめられるほど情緒的に成長しているか否かを推し量ること は困難である。
(3)人生後期に発症する疾患について子どもにスクリーニング検査をする際の全 国的なガイドラインができていない。
 幼児期・青年期に発症するリフラウメニ症候群でさえ、突然変異型p53の検査を 行うためのプロトコルができていない状態である。ハンチントン氏病の発症前診断 のプロトコルには、未成年者は検査を受けるべきではないと記されている。また検 査をするに当たって、守秘の問題や将来起こりうるリスクについて、保険に入れな いことなどを含めて、家族一人一人と詳細にわたって話し合った。さらに、本研究 の内容や、検査結果が臨床上なぜ必要なのかについて詳細に記された小冊子が手渡 された。フォローのためのカウンセリングの手紙が一人一人に送付され、各患者に 対して個別にファイルもつくられ、他人には誰のファイルかわからないようにする という配慮もなされた。病院のカルテにも最低限の来院記録のみを記し、検査結果 を明記しないという方法で本人の秘密を守った。しかし残念ながら、家族のうち一 人でもこの情報を遺伝子クリニック以外の医療関係者にあかしてしまうと、プライ バシーがもはや基本的に守られる保証はなかった。検査結果が漏れないように監視 するのは、法律上では家族の責任になっている。また、一旦BRCA1突然変異型遺伝 子の検査が臨床の場でできるようになると、検査結果もカルテに記入されるように なるだろう。すると、カルテを調査する立場にある保険会社は、リスクを回避する ために特にその検査結果に興味を持つであろう。ハイリスク家族の中でもBRCA1突 然変異型を譲り受けなかった人の場合は、検査結果を空欄にしておくとかえって怪 しまれてしまうので、結果を伝えた方が得であろう。逆に、BRCA1突然変異型の保 有者の場合、保険会社に検査結果を知られてしまうことはもちろん損であり、知ら れた上で乳がん・卵巣がんを発症してしまったときこそ大きな負担をうことになる だろう。他方でまた、予防に力を入れている保険会社であれば、検査結果を知った としても、加入者の乳がん発症率を下げて、医療コストの減少になるような医療行 為には、保険金の支払いをするであろう。

<BRCA1について将来考慮すべき点>

 突然変異型の保有者を特定する研究施設は現在のところほんの一部に限られてい る。検査も本稿の例のようなごく一部の家族を対象としており、検査の正確度を上 げるためには大勢の親族をも巻き込んでいるのが現状である。このため、BRCA1突 然変異型キャリアに関する情報は、研究に参加してくれた家族を追跡調査するしか 方法はなく、臨床で使用する標準的な検査技術もまだ確立していない。しかし、い ったんBRCA1遺伝子の分離に成功し、様々な突然変異型をすべて把握する技術が確 立すれ

      [資料集p.65]

ば、状況は大きく変わるであろう。仮に保有率が200人から400人の女性に一 人の割合であれば、全国民に対するスクリーニングがかなり強く要求されるだろう。 BRCA1突然変異型と同様に大人になってから発症する疾患に対して行われているス クリーニング例を見れば、乳がんの場合のスクリーニング計画をつくる上で役に立 つであろう。もっとも、BRCA1突然変異型保有者の場合は治療が可能であるため、 大半の前例とは状況が異なっている。現在は検査対象が乳がんの家族歴のある18 歳以上の女性に限られているものの、このような検査の需要は今後急速に伸び、今 でさえ数に限りのあるDNA検査資源がますます品薄になってしまうだろう。また、 家族全体の遺伝関係調査のためであれば、今のところ被検者が費用を負担すること はない。しかし、いったんBRCA1遺伝子が分離され、突然変異型の検査が商業ベー スに乗ってしまうと、そのようなスクリーニング費用は高く設定されるであろう。 さらにこういった女性や家族に対して、検査を受けるかどうか、スクリーニングと 予防的手術を選択するかどうか、といったインフォームドチョイスを行うため、綿 密なカウンセリングが必要になってくるだろう。加えて、結果を知ったことから生 じる心理的ストレスに対処できるよう支援していく必要も生じる。また、予防手術 (両側卵巣摘出手術と乳房切除術)の費用であるが、乳房再建手術とともに行うと、 我々の病院でも現在30,000ドル(およそ300万円)から40,000ドル(400万円) ほどかかってしまう。乳がん・卵巣がんの予防(遺伝子治療を使った予防法のこと) によって国民一人当たりの医療費がどれくらい減るかを計算することは非常に難し い。しかし、予防によって長生きをする間だけ生産的でいられることを考慮すると、 数回に渡って行われる予防的手術にかかる費用を十分埋め合わせることもできるだ ろう。このように、医療保険制度に次から次へと変化を迫ってくる技術革新の波に 即応していくことが重要である。本稿で紹介したプロトコルは、カウンセリングを 受けた1家族、35人の対象に対して、BRCA1遺伝子検査の結果を伝えるためのも のである。現在我々は、同様のサービスを、別の少し大きめの2家族に対して提供 しているが、そこでもこのプロトコルを使用している。もしももっと大勢を対象と した突然変異型スクリーニングを行うのならば、プロトコルもそれに合わせて作り 替えなければならないのは当然である。特に、遺伝カウンセリングやがん患者の介 護の専門家の不足が、今後足を引っ張ることになりかねないので、現存のプライマ リーケア部門との連携が不可欠となろう。

      [資料集p.66]



*作成:小川 浩史
REV: 20131126, 1224
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