last update: 20131126
◆2-1-3
臨床遺伝学および遺伝サービスの提供における倫理的問題に関するガイドライン
(草案ファイナルバージョン)
D. C. Wertz, J. C. Fletcher, K. Berg, V. Boulyjenkov 1995
Guidelines on Ethical Issues in Medical Genetics and the Provision of
Genetics Services(draft).
上記の草案ファイナルバージョンの優生学に関する部分の全訳(2-1-2と対になって
いる)
下線→【】 #1 削除
下線→【】 #2 優生学という用語の削除など表現の修正
下線→【】 #3 意味の相違
下線→【】 #4 加筆
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
final version
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
1-3 予防と優生学は異なる PREVENTION IS NOT EUGENICS
1-3-1 遺伝医学対優生学 MEDICAL GENETICS VERSUS EIGENICS
今日、優生学は、普通、大量殺戮の記憶につながるため、負の意味合いを含んで
いる(Dunstan,1988; Paul,1992; Nuffield Council on Bioethics, 1993)。専門家
の多くが、優生学という言葉を遺伝医学という文脈で使うことを極端に避けている
のも、そのためである。【#2ほとんどの人にとって、優生学といえば国家が強制す
る社会的プログラムsocial programmesのことを意味するだろう。こうしたアプロ
ーチは、】人間の自由を否定し、一部の人間の価値をないがしろにするとともに、
他方で別の人間の繁栄を不当なまでに後押しするものとして、ほぼ世界中の人々が
反対するものである。
【#2他方、自発的な選択がきく余地が残されているような計画的プログラム
planned programmesというのもある。】たとえば、ベータサラセミアbeta-
thalassaemiaのような深刻な遺伝性疾患の発生を減らすためのキャリアスクリーニ
ングを導入している国がいくつかあるが、それらは地域の協力を得ながら個人の自
発性に基づいて行われているものである。
【#2個人・カップルの選択には、】避妊から、ドナーの配偶子の使用、そして、
出生前診断によって疾患を持つ胎児の堕胎への道を用意することまで、様々ある。
【#3ほとんどのカップルが同じ選択を下してしまうと、全体の結果として疾患の発
生率を下げることになりうるが、これをもって“優生学”のレッテルを貼るのは正
当ではない。#2個人・カップルの決断が、疾患の発生を減らす結果を招いた例とし
て、】アメリカでのテイサック病Tay-Sachs diseaseの激減、サルディニアのキ
[資料集p.42]
プロスやイギリスでのベータサラセミアbeta-thalassaemiaの激減、そしてイギリ
スでの脊椎形成不全neural tube defectsの激減などの例が挙げられよう(United
States,1983; Cuckle and Wald, 1984; Cao et al, 1989)。神経管形成不全の場合、
【#2受精前に葉酸を使用することで発生を防ぐので、胎児診断を減らすことにつな
がったが、なくすことにはならなかった。】
【#4遺伝医学はその目標を、個人と家族の利益に据えている。】今日の遺伝医学
の精神ethosは、患者が、自分自身の家族計画と照らし合わせて、一番よいと思う
決断を、それがいかなることであれ、自発的に決められるように援助することにあ
るのである。【#4この点こそ、今日の遺伝医学をかつての優生学から決定的に区別
できる点である。】
[資料集p.43]
1-3-2 自発的アプローチの必要性 VOLUNTARY APPROACH NECESSARY
婚姻の禁止、強制的な避妊、強制的な不妊手術、強制的な出生前診断、強制的な
堕胎、強制的な妊娠など、強制的なアプローチ(手段)は、すべて人間の尊厳を侮
辱するものとして避けねばならない。さらに、これらのアプローチでは、その意図
する目的すら達成することができないことが多い。よって家族計画の問題では、文
化に適合した、そして当事者である個人や家族に合った、自発的アプローチのみが
解決への道なのである。
また、キャリアのスクリーニング検査や妊婦に対する生化学的スクリーニング検
査などの遺伝子診断計画を実行するならば、その主たる目的は、個人や家族の福祉
におかれるべきであって、国家の福祉や未来の世代の福祉、あるいは遺伝子そのも
のの福祉におかれるべきではない。
1-3-3 差別防止の必要性 NEED TO AVOID DISCRIMINATION
差別は防がねばならないと同時に、遺伝性疾患を持つ個人・家族に対して、より
よい支援サービスを提供していくことも大事である。もしも、遺伝性疾患を患う人
に対して適切なサービスを行わなければ、子どもが同じ疾患を持って生れてくるか
もしれないと悩む家族にとっての、選択の自由の原則を、自ずと脅かすことになっ
てしまう。このような家族に情報提供してゆく上で大切なことは、できる限り偏見
なく接し、威圧的と取られるような態度を極力避けることである。また、仮に遺伝
性疾患を持つ子どもの出生数が減るようなことがあったとしても、次の点が大切で
あろう。つまり、その減少が自発的意思の結果であること、何よりも決定を行った
家族の利益を反映したものであること、さらに、当の疾患を持つ人達に対してより
よい対応をしようとする努力を損なうものではないこと、また、その疾患を持つ人
々への支援サービスを削るような結果にならないようにすることである。
[資料集p.44]
1-3-4 遺伝学的な形質向上 GENETIC ENHANCEMENT
【#2これまで述べてきた事柄は、遺伝性疾患の発生防止について主に当てはまる
ことである。正常形質の向上や“望ましい”人間の特性の向上を、遺伝医学の目的
にしてはならない。この向上追求の持つ倫理上の危険性に、遺伝学者は気付いてい
なければいけない。それは、社会の不平等の格差を広げてしまうことであり、人間
の多様性に対する耐性が弱くなることである。#4正常形質の向上すなわち“積極的
優生学”は、それを最初から意図するかいないかにはかかわらず、その結果何が起
きるか現時点では予想できないので、行われてはならないものである。】ただし、
人間は昔から成長願望を持っていただけに、人間特性の向上には、強い魅力を感じ
るかもしれない。
【#4正常形質の遺伝学的向上は、1)苦痛を和らげる、2)益は公平に分配する、3)
人間を苦しめる疾患に対する研究や治療という直接的な尽力、という医療の目指す
べきところを脅かすものである。中程度の知能指数であることは疾患とは言えない。
正常形質の遺伝学的向上は限られた資源の公平な配分という点でも抵触する。】
【#4 HIVのような感染症に対して遺伝学的方法を用いてなにがしかの抵抗を試み
ることは、正常形質の遺伝学的向上とは違う。それは苦痛の除去であり、遺伝学が
目指すべきところにも当てはまる。しかし、実際のところ、多くの苦痛と称される
ものは、社会的状況や何を正常とし何を望ましいとするかという社会的基準の結果
なのだということを忘れてはならない。将来においては、コモンディジーズに対す
る抵抗の進展と真の正常形質の遺伝学的向上との間に線を引くのは難しくなるだろ
う。】
1)人間特性の向上を、それが望ましいものであるとしながらも、それを避けるこ
とで、人間の多様性に対する敬意を再確認できるのだ。
[資料集p.45]
*作成:小川 浩史