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「2-1-2 世界保健機構による遺伝医療サービスの提供に関する倫理ガイドライン」
(草案サブファイナルバージョン)

玉井 真理子・中澤 英之・阿部 史子 19970901 『遺伝医療と倫理』(バイオエシックス資料集 第1集)
信州大学医療技術短期大学部心理学研究室

last update: 20131126

◆2-1-2

世界保健機構による遺伝医療サービスの提供に関する倫理ガイドライン
(草案サブファイナルバージョン)

D. C. Wertz, J. C. Fletcher 1995  WHO Ethical Guidelines for the Provision of Genetics Service(draft).

上記の草案サブファイナルバージョンの優生学に関する部分の全訳(2-1-3と対に なっている)

下線→【】 #1 削除
下線→【】 #2 優生学という用語の削除など表現の修正
下線→【】 #3 意味の相違
下線→【】 #4 加筆

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sub-final version
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B. 優生学についての考察 EUGENIC CONSIDERATION

(1)優生学の意味 THE MEANINGS OF EUGENICS

 【#1現在の遺伝学と優生学との関係を明らかにするためには、優生学が持ってき た様々な意味について検討することが肝要である。】今日、優生学は、普通、大量 殺戮の記憶につながるため、負の意味合いを含んでいる(Dunstan,1988; Paul,1992 ; Nuffield Council on Bioethics, 1993)。専門家の多くが、その優生学という言 葉を遺伝医学という文脈で使うことを極端に避けているのも、そのためである。 【#1しかし、19世紀後半から20世紀前半にかけて、数多くの社会改革家や、政治的 自由主義者たちが、自らを優生学者と名乗っていた(Paul, 1992)。また、今日の遺 伝学専門家らが列挙する遺伝学の目的の中にも、「疾病と異常を防ぐこと(1985年 に19カ国で行われた調査では、97%の専門家がこの点を重要あるいは本質的な目的 であると答えている)」、「人類の一般的な健康と、活力を向上させること(同74 %)」、「疾患につながる遺伝子の保因者の人口を減らすこと(同59%)」など (Wertz and Fletcher, 1989)、かつての優生運動の唱道者の主張がそのまま残っ ている。
 優生学には様々な意味があった。まず、伝統的に、優生学は、ふたつに分類する ことができよう。一方は、遺伝性疾患を防ぐという“消極的優生学”、他方は、正 常な人間特性の向上を目指す“積極的優生学”である。現在では、“消極的優生学” の方が一般的な注目を得ている。】

      [資料集p.38]

 【#2優生学は、国家が強制する社会的プログラムsocial programmeを指すことが あった。このタイプの優生学は、】人間の自由を否定し、一部の人間の価値をない がしろにするとともに、他方で別の人間の繁栄を不当なまでに後押しするものとし て、ほぼ世界中の人々が反対するものである。
 【#1優生学はまた、個人や家族の自由意志による自発的行動を意味することもあ った。歴史を見てみても、イギリスにおける優生学運動の多くが、その基盤を教育 を受けた個人による自発的な選択に置いていたという実例がある。】
 【#2また、優生学は、計画的プログラムplanned programmes(その方針が個人に よって決められたものであれ社会が決めたものであれ、また自発的に決められたも のであれ強制的に決められたものであれ)、あるいは、その方針によって選択を迫 られた社会・個人・家族が生み出す予期せぬ結果を指すこともあった。】たとえば、 ベータサラセミアbeta-thalassemiaのような深刻な遺伝性疾患の発生を減らすため のキャリアスクリーニングを導入している国がいくつかあるが、それらは地域の協 力を得ながら個人の自発性に基づいて行われているものである。
 【#1しかし、大半の国において、優生学は、社会・個人・家族が下す選択の偶然 の結果のことを指しているようである。そして、遺伝性の疾患を持つ人に対して適 切な医療・経済・社会的支援サービスを提供しないことも、つまりその社会が優生 学的な指向をしているということである。】【#2個人や家族の選択には、】避妊か ら、ドナーの配偶子の使用、そして、出生前診断によって疾患を持つ胎児の堕胎へ の道を用意することまで、様々ある。【#3これらの選択をする本人たちは、優生学 のレッテルを貼られることを嫌がるであろうが、大半の家族が同じ選択をしてしま えば、全体がもたらす結果は、優生学である。】【#2個人や家族の選択の全体的な 結果が優生学となってしまった例として、】アメリカでのテイサック病Tay-Sachs diseaseの激減、サルディニアのキプロスやイギリスでのベータサラセミアbeta- thalassaemiaの激減、そしてイギリスでの脊椎形成不全neural tube defectsの激 減などの例が挙げられよう(U. S. President's Commission,1983; Mosell and Kuliev, 1991; Cao et al, 1989; Cuckle and Wald, 1984)。神経管形成不全の場 合、【#2将来、受胎前の葉酸の使用で一次予防ができるようになり、現在の堕胎に よる二次予防にとって代わるだろう。】
 【#1優生学(自発的なものも強制的なものも含めて)は、個人の利益あるいは社 会の利益というものを、その目標に据えてきた。ミルJ.S.Mill(1885)は、子ども を持つか持たぬかの決断をすることは、社会の利益と将来の世代の利益とを考慮に 入れて、個人が自発的に選択することであると考えていた。】【#4今日の遺伝医学 の精神ethosは、】【#1社会の利益を追求することにあるのではなく、】患者が、 自分自身の家族計画と照らし合わせて、一番よいと思う決断を、それがいかなるこ とであれ、自発的に決められるように援助することにあるのである。

      [資料集p.39]

(2)自発的アプローチの必要性 VOLUNTARY APPROACH NECESSARY

 【#1今日まず大切なことは、まず、ある種の優生学を避けねばならないことであ る。】婚姻の禁止、強制的な避妊、強制的な不妊手術、強制的な出生前診断、強制 的な堕胎、強制的な妊娠など、強制的なアプローチ(手段)は、すべて人間の尊厳 を侮辱するものとして避けねばならない。さらに、これらのアプローチでは、その 意図する目的すら達成することができないことが多い。よって家族計画の問題では、 文化に適合した、そして当事者である個人や家族に合った、自発的アプローチのみ が解決への道なのである。
 また、キャリアのスクリーニング検査や妊婦に対する生化学的スクリーニング検 査などの遺伝子診断計画を実行するならば、その主たる目的は、個人や家族の福祉 におかれるべきであって、国家の福祉や未来の世代の福祉、あるいは遺伝子そのも のの福祉におかれるべきではない。

(3) 差別防止の必要性 NEED TO AVOID DISCRIMINATION

 【#1決断を迫られている個人や家族にサービスを提供するにあたって、心に留め ておくべき大切なことがある。まず、このような決断が積み重なることでもたらさ れる結果が、当初はわからず考えもしていなかったかも知れないが、優生学的な結 果となりうることである。そしてさらにその結果が、その遺伝性疾患を持っていて も堕胎されることなく生れてきた人たちに対する差別につながりうることである。】 このような差別は防がねばならないと同時に、遺伝性疾患を持つ個人・家族に対し て、よりよい支援サービスを提供していくことも大事である。もしも、遺伝性疾患 を患う人に対して適切なサービスを行わなければ、子どもが同じ疾患を持って生れ てくるかもしれないと悩む家族にとっての、選択の自由の原則を、自ずと脅かすこ とになってしまう。このような家族に情報提供してゆく上で大切なことは、できる 限り偏見なく接し、威圧的と取られるような態度を極力避けることである。また、 仮に遺伝性疾患を持つ子どもの出生数が減るようなことがあったとしても、次の点 が大切であろう。つまり、その減少が自発的意思の結果であること、何よりも決定 を行った家族の利益を反映したものであること、さらに、当の疾患を持つ人達に対 してよりよい対応をしようとする努力を損なうものではないこと、また、その疾患 を持つ人々への支援サービスを削るような結果にならないようにすることである。

      [資料集p.40]

(4) 積極的優生学:正常特性の向上
"POSITIVE EUGENICS": ENHANCEMENT OF NORMAL CHARACTERISTICS

 【#2これまで述べてきた事柄は、「消極的優生学」すなわち遺伝性疾患の発生防 止について主に当てはまることである。「積極的優生学」すなわち正常な人間の特 性の向上を、遺伝医学の目的にしてはならない。】人間は昔から成長願望を持って いただけに、人間特性の向上には、強い魅力を感じるかもしれない。【#1しかし、 遺伝医学が人間特性の向上を求め続けると、長期的には、副作用なしによい結果の みを出せねばならないという、重大な倫理的危機に陥るであろう。予期せぬ結果を もたらしてしまう行動の多くがそうであるように、人間特性の向上の追求も、誰に も気づかれることなく、ゆっくりと、しかも害をもたらすことなく支持者を増やし ていくだろう。初めのうちは、病気の抵抗力を向上させることが中心におかれ、そ の結果も大体のところ好ましいものだから、倫理上の問題が取り上げられることも さしてあるまい。#2しかし、この向上追求の持つ倫理上の(および科学上の)危険 性に、遺伝学者は気付いていなければいけない。その危険性とは、例えば、経済的 裕福な家族は、高いIQといった社会的に好ましい人間特性を、自分の子どもに買 い与えるようになって、社会の不平等の格差を広げてしまうことであり、また、 「正常な人」の範囲の境界線上にいる人達を異常とみなすようになって、人間の多 様性に対する耐性が弱くなることである。】人間特性の向上を、それが望ましいも のであるとしながらも、それを避けることで、人間の多様性に対する敬意を再確認 できるのだ。

      [資料集p.41]



*作成:小川 浩史
REV: 20131126
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