HOME > 全文掲載 >

「新優生学の限界」

井上 薫 1997/08 『遺伝子からのメッセージ』,丸善ライブラリー

last update: 20151221


新優生学の限界

井上薫『遺伝子からのメッセージ』(1997年8月,丸善ライブラリー)より引用
(引用:玉井真理子)

 新優生学は、従前の優生学と同じく、人類の遺伝的改善を目的とするが、従前の優
生学と異なる点は、その限界を内在的制約として不可欠の要素とするところにある。
その第一は、前記のとおり、ヒトの遺伝に関する自然科学に基礎をおく範囲内という
限界である。この限界により、新優生学は、宗教や狂気とは別の、合理的国家政策と
しての面目を施すこととなる。
 他の一つは、基本的人権との調和を考慮する点である。日本国憲法は、基本的人権
の擁護を重要視しており、その下では、基本的人権を無視した国家政策は採りえない
。そうはいっても、人権もまた他の利益と衝突の可能性のある以上相互の調和を図る
途中で制約されることはやむをえないので、絶対視することはできず、この点は、人
権の最高位に位置すべき人命でさえも公益の前に擁護しないことのありうるのは、死
刑制度に見るとおりであることからも納得することができよう。その場合でも、まず
、できる限り人権を制約する程度の少ない手段を採るべきである。たとえば、新優生
学の目的を達成するための手段として、強制の要素のないものとして、遺伝病とその
淘汰の必要性について国民に対する啓蒙とこれに応じた自発的断種や産児制限、ある
いは出生前診断及び遺伝病に罹患した胎児の人工妊娠中絶を掲げることができる。こ
の強制の要素を欠く点こそが人権を侵害しないための中核的法技術である。
 しかし、新優生学的目的の達成が特に要請される場合、つまり、特定の遺伝病が重
篤でぜひとも子孫に伝えさせないようにすべき社会的要請が強く、その点について国
民的合意が成立しているときは、その遺伝病の患者あるいは保因者に対し、弁解を聞
く十分な機会を与える等の適正手続の下に、断種、産児制限、出生前診断、人工妊娠
中絶を含む強制的手段を国家制度として発動しうるようにすることは、その必要性と
強制的手段の均衡があれば、日本国憲法の下においても許容されうる。その一部は、
旧優生保護法による優生手術(同法10条)に見られた。強制する場合は、人権侵害
の可能性が高いので、その許容限度は法律に明記すべきである。



全文掲載
TOP HOME (http://www.arsvi.com)