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「新任教員の前途を祝す」

石川 准
『ノーマライゼーション 障害者の福祉』17-7(192):10-11

last update: 20151221


新任教員の前途を祝す

石川 准
静岡県立大学・国際関係学部・教授

『ノーマライゼーション 障害者の福祉』17-7(192):10-11

 僕は先月ミネアポリスで開かれたSDS(Society of Disability Studies)「ア
メリカ障害学会」の大会に参加した。花田春兆さん、障害コミュニケーション
研究所の長瀬修さん、ライターの坂部明浩さんとも現地で合流した。バイオエ
シックスの土屋貴志さんもワシントンからやってきた。花田さんと長瀬さんは
学会報告を行ったが、僕はまったく同じときにスウェーデンで音声ブラウザの
開発会議があったため、彼らの報告を聞かずにあわただしく途中で切り上げざ
るをえなかったのは残念至極だった。
 それでも、セッションと休み時間をとわず、参加者たちが出生前の障害診断
の妥当性をめぐって連日熱心に議論していたことに感銘を受けた。それに議論
を聞いていると、賛成するにしても反対するにしても、話のもっていき方とい
うか、レトリックの組立方というかが日本のそれと驚くほどじつによく似てお
り親近感を覚えた。障害と向き合って考えることによって立ち上がってくる思
想、視点は横に広がる一つの文化なのだから当然といえばそうなのだが、それ
でもなんだか嬉しかった。
 最近障害者の大学教員がすこしづつ増えてきた。とくに今年は多いようで、
嬉しいかぎりだ。
日本で障害者が「大学の教壇に立つ」−−この言い方もなんだか妙だが−−と
いうのはじつはそうやさしいことではない。差別はカテゴリにすがる存在証明
だからであり、排除によるカテゴリの価値づけだからである。だから、陰に陽
にある排除しようとする力をかいくぐって大学に職を得た障害者の仲間を僕も
心から歓迎したい。
 と同時に、一つの呼びかけを行いたい。それは「障害学」という構想を現実
のものにしていこう、という提案である。福祉、教育、医療の対象として障害
を扱う専門職とは独立に、障害という視点から社会と人間をみつめる学問を僕
たちの手でこれから作っていこうではないか。
 女性、民族的少数者、第三世界の人々、性的少数者などがそれぞれの視点を
生かしつつ理論構築を行ってきたことに学びつつ、僕らも障害からの理論構築
をめざすことが可能だし、必要だと僕は思っている。じつは、いま長瀬さんと
いっしょに『障害学への招待』(仮題)という編著を企画している。存在もし
ない場所に人を招くことはできないから、正しくは障害学を作ることへの招待
である。
 もちろん障害者の視点、主張は、障害者運動の現場から長い間発信され続け
てきた。「青い芝」の運動、自立生活運動、聾者の聾文化運動など、同じ障害
者でも立場によりさまざまな主張や視点が示されてきた。それらには学ぶべき
ことが多い。けれども、それを学問とするには、既存の膨大な知的集積との突
き合わせを行う必要があると僕は思っている。そうすることによって、一見対
立するような問題、たとえば先の出生前診断をめぐるフェミニストと障害者の
対立なども、より立体的な視点から乗り越えることができる。
 僕は視覚障害者だからよけいにそう思うのかもしれないが、個人の障害者と
しての体験だけを頼みにしては障害学の構築は成らない。視覚障害者は活字メ
ディアにおける情報疎外を長く経験してきた。勢い僕は自分の頭で考え、自分
の体験を活用し、論理演算能力を鍛え、レトリックや表現を工夫して、自分の
スタイルを確立することに活路を見いだしてきた。他に方法はなかった。だが
それでは不十分なのだ。自分の頭だけで考えつくことや、自分が体験できるこ
とはごくわずかしかない。だから僕は、社会学と平行して、電子メディアをア
クセシブルにする道具作り=ソフトウエア開発を続けてきた。
 際物でいいならともかく、既存学問にインパクトを与えられるようなものに
しようと思えば障害学の道は遠い。だからこそ、障害者問題にかかわる研究者
のゆるやかなコミュニティを作り一緒によい仕事をしたいと強く思う。
 最後に花田さんたちに不義理をしてわざわざ出かけたスウェーデンの会議に
ついてもすこし説明しておこう。その会議とは、インターネット上の情報リソ
ースへの視覚障害者の十全なアクセスを実現するための音声対応Webブラウザの
開発プロジェクト会議である。
 ミネアポリスからストックホルムまではアムステルダム経由でほぼ12時間
。現地に着くやいなや昼食と少しの休息ののちに、すぐに会議は始まった。あ
らかじめ聞いていたスケジュールとは異なるが、こういうこともあろうかと、
飛行機のなかでよく寝ておいたので問題はなかった。僕以外のメンバーにとっ
ては別件の会議に引き続いての会議である。会議は土曜日の午後に始まって深
夜にまで及び、翌日の日曜日もほぼ一日中続いた。いささか疲れもしたが、音
声ブラウザ開発にかかわる技術的問題を詳細に検討できた実りの多いものだっ
た。深夜、湖畔の船着き場で、プロジェクトの成功を誓ってポートワインで乾
杯した。



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