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出生前スクリーニング検査について──生まれ来る「命」を考える

河内 園子

last update: 20151221


 最近,新聞・テレビ・雑誌等で「出生前診断」「トリプル・マーカー・テスト」
の文字を目にした方は多いと思います。日常生活のなかではほとんどの方が,これ
は一体何を意味するものなのか深く考える必要も感じずにすごしているのではない
かと思います。
 トリプルマーカーテストとは,お母さんの血液中に漏れ出てくる赤ちゃんの蛋白
質成分を検出して3種類の化学成分を測定することによって,神経管異常やダウン
症候群の可能性を推定する検査法です。検査が陽性の場合は希望する人はさらに絨
毛診断や羊水検査が希望者に実施され,確定診断が行われ,妊娠の継続についての
判断は妊婦および家族にまかされます。
 この検査は簡便で手間や時間もかかわらないため,希望する妊婦すべてに実施可
能です。検査の是非が議論されることもなく,アメリカの検査会社から導入され,
この四月からは国内大手の検査会社も導入にふみきっています。
 この検査はなにを意味しているのでしょうか。この検査で陽性と診断されたとき,
妊婦はどんな心理状態になるのでしょうか。家族はどんな判断を下すことが想像さ
れますか。もしあなたがその立場にたったらどんな行動をとれるでしょうか。確定
診断の後,欧米ではしっかりとしたカウンセリングが行われていますが,インフォ
ームド・コンセントの思想と遺伝相談の整備が進んでいる米国でさえ,困難をかか
えているといわれています。今の日本でカウンセリングの行える医師がどれほどい
るのでしょうか。すでにダウン症児をもった親にでさえきちんと納得の行く説明の
療育の指針を伝えることすらできないのが現実です。今の教育や福祉の現状からか
んがえると,検査で確定診断をされた場合,妊婦が中絶を選択することは必至です。
現に検査を導入している某産婦人科で検査を行い,陽性と診断されたケースはすべ
て中絶を選択したという結果が出ています。検査の後カウンセリングを行ったと言
っているにもかかわらずです。
 「命」の大切さは生まれる前でも後でも同じです。安楽死の問題では,それを選
択したことをマスコミもこぞって議論沸騰するにもかかわらず,胎児の「命」の選
択に対しては障害をもつということで,容認されてよいものでしょうか。もっと本
質的なことを議論しなければいけないと思います。
 ダウン症の人は不幸だと誰がきめるのでしょうか。自分が不幸だと思っているダ
ウン症の人はいるのでしょうか。親達は本当に不幸だと思っているのでしょうか。
いいえダウン症の子どもの親たちは,他の子どもと同じようにとてもかわいいと思
っていますし,こどもがダウン症であったことでたくさんのよいことを体験できた
と言う人のほうがおおいのです。大変だと思うときは,社会に受け入れてもらえな
い時です。受け入れられ,幸せに生活している家族はたくさんあるのです。
 親が悲しむから,育てるのが大変だから,この子たちは生まれてこない方が幸せ
なのだという構図は成り立ちません。

 JDS(日本ダウン症協会)が九月に実施した、検査会社六社にたいして行った
「何のためにこの検査方法を開発したのかその目的を教えてください」という質問
には「医療供給側(病院,医師)からの要望に答えるため」と回答しています。責
任を回避する姿勢が感じられます。提携している医療供給者側の名前は公表できな
いということでした。医師は何のためにこの検査を要望しているのでしょうか。こ
うした関係の曖昧なままこの検査が普及していくことはよいのでしょうか。製薬会
社や医師のいろいろな思惑がいりまじって,たいへんな問題をひきおこした,薬害
エイズの問題と同じように重大な問題を置き去りにして取り返しのつかない社会に
ならないように,いまいちどみんなで真剣に考えてみたいと思います。
 この検査が何のために行われるのか,なぜこんなに精力的におしすすめられてい
るのか。しっかりと解明しなければならないと思います。カウンセリングをきちん
とおこなえればよいという問題ではないのです。
 問題のひとつは,弱者排斥の思想です。現在は解明されているダウン症と神経管
異常がターゲットになっていますが,もっと範囲をひろげてゆく危険はあるし,何
より障害のある人たちにとって生きにくい世の中になるということです。「障害」
の線引きをどこに引くかによって生きることが許される範囲は狭められていくので
はないでしょうか。
 また,もし検査の結果「生む」ことを選択した親が社会的な不利益にたいして異
議を申したてた時,親が選択したのだからと親の責任に賦されることはないでしょ
うか。ますます小数派になる弱者への福祉は後退するでしょう。
 もう一つの問題は,テレビ番組のインタビューの中で検査に要する費用と障害者
に対する福祉予算とを天秤にかけて,経済効率を論じていたり,検査会社にとって
二百億円の「市場」が開けるという話です。「命」の問題をこんなことで論じてよ
いのでしょうか。国家の経済は人間が生きて行くために使われるべきものなのでは
ないでしょうか。
 出生前診断とは,赤ちゃんが生まれるまえに,生理的,病的状態を判断し,妊娠
中のお母さんのからだをまもり,赤ちゃんが生まれてから,重い病気にならないよ
うに予防するために行われてきたのだと思います。医学とは本来人間の命を守るた
めに貢献するものと思っていました。障害のある赤ちゃんをみつけて排除するため
のものであってはならないと思います。

 『静岡県おもちゃ図書館連絡会ニュース』27:2-3(1997.2.15)

 河合園子
 ・しずおかおもちゃ図書館代表
 ・安倍川授産所所長
 ・静岡市保健所 子ども心理相談担当

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