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「受精卵着床前遺伝子診断の倫理問題に関する要望書」

斎藤有紀子

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last update: 20151221


■受精卵着床前遺伝子診断の倫理問題に関する要望書

                           1997年1月27日

日本産科婦人科学会 会長 武田佳彦殿
日本産科婦人科学会倫理委員会 委員長 佐藤和雄殿

                      斎藤有紀子(法哲学・生命倫理)
                      埼玉県立衛生短期大学非常勤講師
                      厚生省筋ジス3班・共同研究者 
                      〒338 浦和市上大久保 519
                      埼玉県立衛生短期大学

        受精卵着床前遺伝子診断の倫理問題に関する要望書


 貴会におかれましては、現在「受精卵着床前遺伝子診断」についてご審議のこと
と承っております。当該技術は生殖細胞に対するものであり、かつ出生前の生命の
選別につながりますことから、社会的・倫理的検討が不可欠と考えられており、私
も法学および生命倫理の視点から検討を重ねてまいりました。
 本邦でこれまで公開されている情報には、残念ながらいくつか不明の点・問題と
思われる点が存在します。このまま技術が容認されますことは、技術を受ける当事
者の人権のみならず、対象疾患の患者・保因者の人権も尊重できない可能性がある
ことを危惧しております。
 よって、ここに5つの点につきまして、貴会のさらなる審議と情報の公開を要望
いたします。ご検討およびご回答よろしくお願い申し上げます。

添付資料
1.世界医師会:ヒトを対象とする医生物学的研究に携わる医師に対する義務
       (ヘルシンキ宣言)
2.世界医師会:患者の権利に関するWMAリスボン宣言
3.世界医師会:体外受精と胚移植に関するWMA声明
4.世界医師会:胚減数の倫理的側面に関するWMA声明               5.世界医師会:遺伝子カウンセリングと遺伝子工学に関するWMA声明
6.白井泰子 :「受精卵の着床前診断に内在する倫理的・社会的問題の検討」             精神保健研究 42号、pp.61-69、1996               7.斎藤有紀子:「着床前診断におけるインフォームド・コンセントと人権」
        平成8年度厚生省精神・神経疾患委託「筋ジストロフィの遺伝相
        談および全身的病態の把握と対策に関する研究」研究報告書
        (印刷中)
8.斎藤有紀子:「受精卵の着床前遺伝子診断の社会倫理的問題点」
        助産婦雑誌 50 巻 8号、pp.60-66、1996

1 着床前遺伝子診断の医学的位置づけの明確化について
 諸外国では受精卵遺伝子診断は未だ確立していない「実験的診断技術」との認識
から、「臨床研究」として実施されています。既存の出生前診断、あるいは体外受
精の応用とは一線を画す議論が必要と思われますが、貴会がこの技術をどのように
位置づけ、臨床の場に導入されることとなるのか(ならないのか)、専門的なお立
場から見解をお示しいただきたいと思います。(ご参考:資料7)

2 インフォームド・コンセントの審議・公開について
 実験的医学研究の場合、その倫理性を担保するものとしてインフォームド・コン
セントがあります。研究の目的、技術の内容、予想される利益、リスク、代替法と
の比較データなど、一般の人に分かる言葉で文書化されていることが望ましいとい
われていますが、この度の技術に関しまして、日本では十分に公開されておりませ
ん。
 インフォームド・コンセントの内容が公開あるいは検討されないままでは、クラ
イアントの人権がどのように守られるのか明らかにならず、研究の妥当性自体が問
わることになると思われます。インフォームド・コンセントの具体的内容(項目で
はなく)について、ぜひ審議・公開くださいますようお願いします。(ご参考:資
料1〜5)

3 対象疾患を限定することの社会的意味について
 貴会では対象疾患を限っての実施を計画中と伺っています。適応を無制限に広げ
ない趣旨と受けとれますが、これは一方で、特定の疾患の「発症予防」を「学会と
して」肯定することになります。
 優生保護法が母体保護法になり、「別表」が削除された現在、あらたに疾患名を
挙げて「発症予防」の技術を認めることは、優生保護法改定の趣旨に照らして矛盾
とならないのでしょうか。技術の目的・本質とも関わりますので、ぜひ慎重な審議
を重ねていただきたいと思います。

4 対象疾患の選定基準の公表について
 また、診断可能な疾患が複数ある中で、一定のものだけを対象とするのであれば、
その根拠が明らかにされなければなりません。専門家が適応範囲とその根拠を明ら
かにすることは、社会の信頼を担保する重要なプロセスと考えられます。医学的判
断によるものか、そのほか社会的事由によるものか、今後、適用範囲を広げるとし
たらどのような基準を適用されるのか、疾患名公表時にその「根拠」もお示しいた
だきたいと思います。

5 関連学会との連携によるカウンセリングシステムの確立について
 遺伝的疾患のリプロダクションでは、当該疾患に関わる学会、および遺伝学・遺
伝相談に関わる学会が協議・連携し、クライアントに十分な情報が届けられる必要
があります。またクライアントの社会心理的問題に対応するために、臨床心理・カ
ウンセリングの専門家と医療者との連携も不可欠です。
 既存の出生前診断、体外受精について、必ずしもカウンセリング体制が十分とい
われていない現在、技術が複合的に組み合わされる着床前遺伝子診断については、
クライアントのカウンセリング体制について、ぜひ関連学会と十分にご検討いただ
き、具体的な「制度の確立」をもって人権を保障していただきたいと思います。


REV: 20151221
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