HOME > 全文掲載 >

「続・私の出会ったフィリピン <人権教育ワークショップ編>」

松波めぐみ

Tweet
last update: 20151221


続・私の出会ったフィリピン <人権教育ワークショップ編>

松波めぐみ 1996

アムネスティ・インターナショナル日本支部「ニュースレター」1996年5月号

 スタディツアー4日目の午後、住宅街の一軒家であるフィリピン支部の事務所で人権教
育ワークショップが行われた。講師はいずれも人権教育チーム(注1)から、スタッフの
リーバイとボランティアで教員のゼニー。実際のワークショップは3日間かけて行うとい
うから、今回は超短縮版になる。
 まず、ワークショップの進行役である「ファシリテータ」とは何かという説明があった
(実際は歌や動作を用いながら)。
 次はいよいよワークを体験。ワークショップの手引書『ショッピングリスト』(注2)
に基づいて行われた。

●ステップ1「自分の権利を知ろう」から、『円の内側、外側』
1.まず最初にファシリテータが黒板に大きな円を描いた。参加者は、円の内側に「人間
の特徴と思うもの」を絵で描いていく。
2.各自がその絵が何を意味しているかを順々に説明していく。
(※私たちが実際に出した例:育つ/愛する/憎む/団結する/殺す/二面性がある/
趣味を楽しむ/自然が必要、等々。)
3.参加者同士で、「何故これを描いたか」を話しあう。自分の経験や思いを話す。
4.ここでファシリテータが一つ一つの絵を取り上げて説明。そして種明かし。つまり、
これら絵の中の全ては「人間が生まれながらにして持っているもの」であり、それが
「人間の尊厳」である。
 さらにファシリテータの注意点として、次の二点を挙げた。
・自分や他の人が持っていない資質があれば、それについてどうすればいいかを考える。
・ネガティブなもの(例では「殺す」など)については人権侵害の説明をし、物事にポ
ジティブ、ネガティブの両面があることも参加者に考えてもらう。
5.参加者が今度は円の外側に、「ここに描かれた特徴を高めていくために何が必要か」
を字で書いていく。
(※私たちが出した実例:「健康に育てる環境」「ちゃんとした家」「差別がないこと」
「一緒に何かできる」「自分を表現する力」「自由に意見を言えること」等々。 )
6.ここでファシリテータが再度、種明かし。
 円の外側に書かれたことが「人権」。つまりこの「円の外」には、市民的政治的権利
(言論の自由等)も社会的文化的権利(衣食住や趣味の権利等)も含まれている。 人権
を知ることで、何が人権侵害なのかも知ることが出来る。
7.「人権」の定義を参加者にしてもらう。
8.その後ファシリテータが、人権の歴史について簡単に講義をする。二度の世界大戦を
経て世界人権宣言が生まれた背景などを説明。内容は年齢やニーズなどによって変える。
 様々なワークは参加者の経験を引き出すためであり、最初は感情に訴えることもあるが
あとで知識として自分の中に蓄えられるようにする。

●ステップ2「人権を社会的関係の中で捉える」、ステップ3「人権を尊重し、保護し、
促進する」以降はワークを省略して、実際に行うこととその意味を解説してもらった。
◎最終的な人権教育の目的は、人権とは何かを分かって、人権状況が改善できることに気
づき、行動へつなげることである。
◎参加者自身の抑圧の体験を、グループディスカッションや対話から引き出す。家庭内な
どの個人的な抑圧から貧困や言論弾圧まで、様々な抑圧があることに気づく。
◎フィリピンの歴史から構造的暴力を学ぶ。具体的にはスペインとアメリカの植民地時代、
日本軍の占領、戦後の「新植民地時代」と続く歴史の中で、教育や制度がどうなっていた
か、人権がどのように抑圧されていたかを見ていく。参加者全員で歴史についてディスカ
ッションを2時間ぐらいかけて行う。
◎現在どんな抑圧があるかを理解する。マンガ等も利用。女性・労働者・農民・先住民族
等への抑圧を、権力や制度との関係から見ていく。対象を特定化して行うことも可能。
個々の問題について点検し、人権を守る方法を明らかにする。最後に「あなたはどこで関
われますか」と聞いていく。人権侵害を防止するための行動計画を作成する。

注1:フィリピン支部の人権教育チームは『自由のための教育』と呼ばれ、会員外の専門
家も協力している。『ショッピングリスト』もこのチームが作成、出版したもの。チーム
として3つの事業@資料作成、Aトレーニング(ファシリテーターの養成、派遣)、B一
般向け人権教育(ストリートシアター、ポスター作り等)を展開。

注2:手引書『ショッピングリスト』では、参加者が人権の概念を系統立てて理解できる
ように、段階別にステップ1から4まで分けて、それぞれの段階でのワークショップ数例
を紹介している。

●質疑応答から(Q:日本側の参加者 A:人権教育チームのスタッフ)
Q:欧米でも様々な人権教育の試みがあるが、このやり方は新しい?         
A:パウロ・フレイレの思想や他国での実践から影響を受けつつ、自分たちの持っている
ものと組み合わせている。
Q:学校以外の場での人権教育としては?
A:例えばストリートシアター。 現在やっているのは、貧困層の子どもが自分の状況や権
利を知るために路上で芝居や人形劇をするもの。一般の人にも見てもらう。
Q:人権にあまり興味のないような人(人権抑圧を受けていない人)には、どうやってア
プローチするのか? そういう人たちにも参加型は有効なのか?
A:そういう人に対しても「あなたはどんな抑圧や暴力を受けたのか」を聞いていく。
何らかの形で経験があるはず。自分の経験で言うと、例えばノルウェーの人にも有効だっ
た。また、私の教えている学校の生徒はお金持ちの子弟が多いが、「富は平等に分配され
ているでしょうか」と聞いてみる。地球規模の南北格差、構造的暴力(資源の収奪等)を
説明すると反応があった。また自分が抑圧している側に立つことに気付くこともある。

●感想 〜「あれもできない、これも関係ない」からの脱皮〜
私がとりわけ新鮮に感じたのは、人権を考えるためにフィリピンの歴史や現在の社会を
題材にしていることだった。これまでは何故か、自国の歴史や「南北格差」「構造的暴力」
等の言葉はアムネスティと縁がないと思いこんでいたような気がした。
 アムネスティには世界共通のルールとして「自国条項」があり、フィリピン支部ならフ
ィリピン国内の人権侵害のケースには原則として取り組まない。しかし「支部として取り
組まない」のと「考えない、個人としても何もできない」のとは全く別のことだ。
 また、アムネスティが救援活動で取り組んでいるような人権(市民的政治的権利)だけ
が人権ではないのは当然だが、現実には(スタディツアーの中で体験したように)貧困や
開発の問題(社会的権利)が弾圧や迫害(市民的政治的権利)と深く結びついている。そ
れを理解しないと、表面的な人権侵害だけを見ることにならないだろうか。その結びつき
を知っていくこと(アムネスティの規約でも唱われている「人権の不可分性」の理解)が、
現実の人権侵害を無くしていくために必要だし、それは人権教育の役割の一つだと思う。
 フィリピンで人権教育が発達したのは、ある面、それ抜きにはアムネスティのメッセー
ジ自体が説得力を欠いてしまう現実があったからだと思う。フィリピンではフィリピン社
会の現状や文化(例えば歌や踊りが得意な人が多い)に合った人権教育の手法を研究して
いる。だから真似ればいいというわけではなく、日本の社会や文化に合った、幅の広い人
権教育を作っていくことが大切だと思う。
 もちろん、ワークショップだけが人権教育ではない。スタディツアーで外国に出かけな
ければ体験できないわけでもない。「アムネスティの人権教育」はまだまだ始まったばか
りだが、様々な可能性があると思う。それに気づいただけでも素晴らしい経験だった。


  ◆アムネスティ・インターナショナル日本支部
   http://www.amnesty.or.jp/


REV: 20151221
全文掲載
TOP HOME (http://www.arsvi.com)