HOME >

企業の社会貢献

伊澤 敦史(Izawa, Atsushi)
『NPOが変える!?――非営利組織の社会学(1994年度社会調査実習報告書)』第5章

last update: 20151221


  近年、企業が社会貢献活動に関心を示し、積極的に取り組む企業も増えだしている。東京都企画審議室[1994:17] によると、範囲を広くとらえたとはいえ、9割以上の企業は何らかの取り組みをしている。また、東京都社会福祉協議会・東京ボランティアセンター[1992:7]によると、約7割が実施していて、 6.2%が検討中である。1990年には、経常利益の1%以上を社会貢献活動を支出することを当面の目標とする「1%クラブ」が経団連に発足した。また、この年の『経済白書』でも、「個人や法人の自発的、利他的な公益活動に依存する面が大きくならざるを得ない。特に大企業には、資金提供の面から公益活動への積極的貢献が期待されている。それは、単に企業に資金力があるからということだけではなく、法人企業がすぐれて社会的な存在であり、企業活動は、地域社会をはじめとする企業外部のセクタ−と良好な関係を維持しないかぎり継続することが困難な性質を持っているからである」と取り上げられ、企業の社会貢献活動への期待が表明されている。翌年には大阪商工会議所が中心となって「大阪コミュニティ財団」(→第4章)が設立され、多様な資金援助を行っている。★01
  さらに、92年以降の不況下にもかかわらず、企業の社会貢献活動は持続している。確かに社会貢献活動予算が前年度よりも減少した企業は多くなったものの、例えば社会貢献担当の専門部署を設置したり、研修に社員のボランティア活動を推進するためのプログラムを取り入れたり、情報提供したり、表彰や休暇制度を導入するといった、支援体制の整備は拡がりをみせている。さらに、対外的に目立った動きは見られなくとも将来的な社会貢献活動への参加を検討したり、地域との連携を模索する企業も現れ出している。
  以下では企業が社会貢献活動に関わるように要請されだしている背景についてまずは考え、現在行われている社会貢献の方法、支援体制や、そのなかで起こっている問題点について分析をし、さらに、企業が担いうる社会貢献の形態や役割、また企業が社会貢献を行う条件についても探っていきたい。

T 背景と手法

  1 背景

  東京ボランティアセンター[1992:11] によると、社会貢献を始めた背景として、「社訓・企業理念の実現」が55.0%と多く、次いで「地域・住民からの要望」、「経営戦略上の必要性」、「諸団体・施設の要望」が、それぞれ2割を占めている。他方、「従業員からの強い要望」は 7.5%とその割合は低い。しかし、これだけでは社会全体の流れのなかで企業が社会貢献活動に取り組む必然性のようなものが不明確である。このデータは、始めた「きっかけ」の側面が強い。社会的背景として言われていることを、整理して7つ挙げる。
  @:企業活動の国際化にともなう要因
  まず、大企業を中心とした海外進出をきっかけに、国際化への意識が高まったことが挙げられる。今回の議論が盛んになったきっかけも、そもそもは海外のフィランソロピー活動(「慈善」「博愛」と訳されるが、ここではより幅広く、社会問題の解決に取り組む自発的な活動を意味する)を目の当りにして、その研究が進められたことから始まっている。アメリカをはじめとした諸外国では、企業が地域社会の向上のために積極的に経営資源の活用やボランティア活動の支援を行い、社員も自発的に地域の一員としてボランティア活動に参加をするのが当然のこととして根づいていた。日本企業も現地で経済活動を行うためには、こうした社会通念を受け入れなければならず、そうした現地での活動の積み重ねを通して日本の経営者がその意義を認識するようになった。つまり、経済活動のグローバル化により、日本の経済活動も国際化に適応させるための動きのなかで、フィランソロピーが出てきたともいえよう。その前提として、企業活動を重視した生活習慣によって、日本において地域の貢献活動が日常的に行われていない構造が浮き彫りとなり、企業の生き残りの意味でも社会貢献に力を入れることが求められている。(島田[1993:20-21]、田代[1994b:116]、興梠[1994:114])
  これは、つまりは「外圧」として働く要因であり、次に、その当の社会の中にどういう要因があるのか、また日本社会の中にどういう要因があるのかを見なくてはならない。企業とその外側の社会(企業にとっては外部環境)の状況、そしてそれを評価し、変えていこうとする市民の意識、この3つをまず立ててみる。以下であげられる諸要因はこれら3つの相互関係、その変化としてとらえられる。そして、そのいずれにおいても、因果関係の最後にくるのは企業活動への影響である。すなわち、企業が社会貢献活動を行なうこと、企業人の社会貢献活動を支援することが、企業にとっての利益になる(しなければ不利益になる)という論理になっている。
  A:企業活動の及ぼす社会的影響の拡大が企業活動にもたらす影響。
  経済成長に伴う企業規模の拡大により、企業の及ぼす社会的な影響力が大きくなっている。この典型例として、最近の環境問題が挙げられる。これらは従来の公害問題とは違い、オゾン層の破壊や温暖化現象に見られるように国や地域を越えて地球規模の問題となっている。この解決を図るためには、一国の政府や一企業の力だけでは不可能であり、市民やNGOとの共同作業の必要性を企業が感じ始めている。
  この解決は、一つに「企業の社会的責任」として求められるとされるのだが、もう一つ、企業活動が社会に与える影響が企業活動にはねかえってくるために、企業としてもそれへの対応が求められるというものがある。たとえば、92年度版『環境白書』は、「この背景には、企業が長期的に繁栄するためには本業の活動の改善だけでは不十分で、消費者、地域、地球社会ともよりよい関係を築くため、社会公益に直接貢献する「よき企業市民」たるべきである、という考え方が浸透してきたことがある」と企業の姿勢を分析している。
  この考えは環境問題だけに当てはまるものではない。現在、我々の生活における企業との関わりは、商品やサービスといった市場を介した関係や雇用関係のみならず、企業活動自体が広域的に我々の生活や社会に影響を及ぼしている。ならば直接生産/消費活動に携わっていない人々に対しても企業が責任を持って公益活動に取り組み、彼らを支援する必要がある。そのことは結果的に地域社会や企業環境にプラスとなってはね返ってくるのだから、彼ら/自分たちのために経営資源を活用すべきだというコンセンサスができつつあることによるものだ。(田代[1994:114]、等)
  B:企業活動(が社会に与える影響)に対する消費者の評価が企業活動にもたらす影響。
  ここでは、企業活動が環境を悪化させればそれは企業活動にも悪影響をおよぼすのだというAにあげられた因果連関の中に、消費者、評価主体としての市民という項が入ってくる。例えば次のような指摘がある。
  「これまでは、社会貢献活動が経営的にプラスになるとは、とても言えない状況がありました。だから「社長の道楽」といった見方も少なくありませんでした。しかし、現代社会は大きく変わりつつあります。そして、その変化のなかで「社会貢献」活動は経営上の合理性をもつようになってきたのです。つまり近年の「社会貢献」活動は、経営環境をめぐる二つの変化への対応として取り組まれているとも言えるのです。その変化とは、一つは消費者の変化であり… 消費者は安さや便利さとともに、「社会にやさしい」という機能やイメージを求めるようになってきたといえます。そこで企業は、まさに「商品を売るために」社会貢献活動に取り組まねばならなくなってきたのです。」(早瀬[1992:233-235] 他に興梠[1994:114-115]、電通コーポレート・コミュニケーション局編(以下電通CC)[1994:14-15]、等)
  C:社会環境が企業活動に与える影響
  特に米国で、人種問題、教育問題、犯罪の増加など、地域社会の荒廃が指摘され、それが、国際競争力の低下等、企業活動にも悪影響を与えるために、企業としてもこうした問題に取り組む必要があるといった指摘がなされる(松岡[1992:157-158]、等)。(これらの社会問題の深刻化を企業活動自体が引き起こしているのだと考えれば、Aと同じになり、また実際そのように言える部分もあるだろうが、それでもAとは独立にこの要因を立てることができる場合はあるだろう。)
  さらに、この問題の解決を政府に任せることは、政府に解決しようという態度と解決能力が欠けているからできない(松岡[1992])、そして/あるいは、特に負担の面で得策でないという論点が付加される。
  ここ数年、日本でとくにあげられるのが急速な高齢化社会の進展である。日本における高齢者の割合は1990年には12%であったのに対し2025年には27%と予想される。これは世界でも類を見ない高い高齢化率であるだけでなく、西欧諸国の2〜5倍のスピードで進行している。20〜30年後には要介護高齢者は現在の3倍程度の数百万人になるのに対し、若年層の人口は少産化の影響で現在の4分の3程度となり、20年後の時点で約 300万人の高齢者の介護・介助を行うとすれば(そしてそれをボランティアが行なうとすれば)、必要なボランティアの数は少なくとも約1200万人、ボランティア組織は約5000団体が必要と予想されている(「さわやか福祉センター」の試算、→第11章)。仮に行政が全面的に介護を負担する場合には、国民負担率を、現在の4割弱から、7割以上に引き上げる必要があり、財政的に困難である(「さわやか福祉推進センター」の試算)。となると、各地域に民間の介護サービスを確立して、その担い手となる労働者や各団体が効率的に運営できるように企業が支援体制を整備しなければならない。仮に企業が整備を怠った場合、若年労働力の減少と要介護老人の急増によって、深刻な人手不足が予想され、企業にとってもその存在基盤に関わる問題になりかねない。
  「これから四半世紀の間に、日本は未曾有の高齢社会に突入する。…こうした事態に対応するのに、政府の手のみに委ねていたのでは国民負担率の上昇は避けられまい。…この水準の上昇をいささかでも食い止めるために、フィランソロピー活動を通じた相互扶助の育成を常に図っていく必要があり、企業も積極的にこれに参画していくべきだろう。」(経済団体連合会編[1992:13])
  D:消費のあり方の変化への対応
  現在のように低成長、ニーズが多様化している時代においては、画一的な商品を大量に販売しても全体の商品格差が少なくなっているため、なかなか売れにくい。そこで、いかに多様なニーズに応じた、独創的な発想に基づいた商品やサービスを提供できるかが問題になっている。(これはBと連続する部分があるが、Bの場合は、企業活動やその活動によって産み出される商品の社会的影響が問題になっていた。)
  ところが、消費者に近づいた商品の開発がなかなか進まずに消費不況の一因につながっているのが現状である。それを打開するためには、個人を企業にしばりつけておくのではなく、自由な環境を与えて個性を養わせることが必要となる。つまり、それらは地域社会の一員として同じ目の高さで考え、行動してみなければ消費者に対する感覚として磨かれない性質のものである。その意味でボランティアは人間的な視野を広げ、潜在的なニーズを発見したり、社員のモラールアップをもたらすことが期待され、企業戦略のなかでボランティアを奨励することで多様な人材を育成する/入れることにつながるものと見られ始めている。(興梠[1994:115]、田代[1994b:117]、高橋[1994b:114]、電通CC編[1994:15])
  E:市民社会意識の高まり。
  これは、以上で見てきた諸要因の関係(例えば企業活動と消費行動との関係)を強める要因と捉えることができる。
  従来からの地域活動、ボランティア活動の担い手である主婦層だけでなく、仕事一辺倒の生活であった労働者や退職者が自らの生活環境を見つめ直しているなかで、身近な問題意識を持ち始めていることが一因として考えられる。行政や企業だけに社会形成を任せていては生活者/市民としての豊かさが実感できないことを認識し、主体的に地域社会の形成に関わっていこうという動きが随所で見られ始めている。
  さらに、従来の社会形成における市民の意志反映の方法は、行政や企業の計画に対し反対をする/しないの意志表示をしたうえで、それらが受け入れられなければ実力行使をするといった、見方によっては受動的かつ一方通行の論議であった。これに対し最近では市民側から代案を提示しながら、お互いを受け入れ合うことで全体の意志を地域に反映させていこうという動きが見られる。企業にとっても地域住民と協調していくことが全体の利益につながるという認識が広まっている。
  F:日本社会の成熟に伴う、ライフスタイルや価値観の多様化
  日本において実現された豊かさとは、経済行為を通して獲得する物質的、量的、画一的なものであり、周りの生活環境を見渡すゆとりや自分にとっての趣味や生きがい、人への優しさやいたわりの気持ち、地域や家族や仲間との交流といった、精神的、質的な面では乏しいものがあった。そうした「心の豊かさの実感」を求めて個人の時間や生活を重視する傾向が高まっている。余暇時間の増大とも相まって、個々の自由な活動や交流を通して、生きがいや精神的充足感を獲得している。そのなかでもボランティア活動の参加者や希望者が増加しており、それらに参加する人の数や機会を増やし、人と人との多様な交流を促進することが期待されている。そのために、企業も社員のボランティア活動を支援することが求められている。(田代[1994b:116-117])
  早瀬がAに引用した中で二つの変化としてあげている中のもう一つのものもこれである。「いま一つは働く人たちの意識、つまり労働観の変化です。… 社会参加を志向する人たちが着実に増加しつつあるわけです。そこで企業は、人材確保対策や職場の活性化や福利厚生のためにも、「社会貢献」活動に取り組まねばならなくなってきたのです。」(早瀬[1992:233-235])
  内藤[1994:66-67]では、さらに企業人について、生活のかなりの部分を企業に取られる状況で、社会との関わりを実感したがっていることが指摘されている。
  以上7つあげた。多くの論者は以上のいくつか、あるいは全てを社会貢献につながる要因としてあげている。例えば、電通総研編[1991](『企業の社会貢献』)は、A:企業をとりまく環境の変化として、1.成熟化の進展、2.高齢化社会の進展、3.国際化、4.市民社会形成の気運の高まり、を、B:企業にとっての誘因・動機として、1.企業イメージの向上、2.事業領域の拡張、3.従業員の志気高揚、4.企業内の資源の再活性化、5.国際化への対応をあげている(電通総研編[1991:186-197])。
  次に、現在行われている社会貢献活動とはどのようなものか、見ていきたい。

  2 手法

  貢献の方法、あり方についてはいろいろな分類が可能である。
  通商産業省関東通商産業局編[1991:7-8]は、「企業活動を通じての貢献」(材料等の地元調達、共同研究、就業機会の提供、等)、「資金活動」、「企業施設を通じての貢献」(施設の開放、等)、「人を通じての貢献」、「総合的貢献」(イベント等の開催、等)の5つに分類している。
  また、桂川[1994]は、「会社が中心となって業務の一環として位置づけられた活動」「企業がボランティア活動を企画し社員に呼びかけるもの」、「従業員の主体性を尊重し、従業員への支援を通して企業も社会貢献を行うもの」、以上3つに分けている(桂川[1994:188-189])
  ここでは種類として、まず大きく、物的な貢献/人的な貢献と分ける。また、企業主体か、企業人の活動を支援する形態をとるかで分ける。物&企業主体、物&企業人主体、人&企業主体、人&企業人主体、以上4つになる。(企業人の社会貢献活動を企業が金銭面で支援するといった形態は、4番目のものになる。)
  金銭的な貢献活動については第4章でとりあげられたので、以下では、人的な貢献の方に力点を置いてみていくことにする。


U 金銭的、物的貢献

  1 企業主体の物的貢献

  従来の日本における社会貢献活動の中心をなしていたのは、企業からの直接の寄付金や企業財団からの助成金であった。
  一般の企業寄付、財団の設立、その中間に位置づくものとして公益信託の設定がある。
  ある調査によると、「現在行っている社会貢献活動」として最も多かったのが、「団体、催し物などへの寄付、チャリティなどの開催」で、次いで「財団・公益団体への出資・加入」であり、「地域貢献活動の内容」としては「地域のお祭りや行事などへの寄付」が最も多く、次いで「地域のさまざまな活動への寄付」であった。このように、寄付や出資という資金面での貢献が主流になっており、そして地域内の交流の場における活動を対象にしている場合が多い。(坂上・桂川・小野[1994:179-182])
  物的貢献とは、団体や施設を対象とし、またはイベントのときなどに自社製品や自社で購入したものを無償で提供したり、機材などを貸し出す方法である。他にも自社の施設を一般の人々に開放するといったものがこれに含まれる。金銭的貢献と同様、従来から行われている方法だ。

  2 マッチングギフト

  次に企業人・従業員の活動がまずあり、企業が側面から支援する、あるいは一緒になって貢献活動を行なう方法をみる。
  まだ数としては少ないが、最近注目されている制度として、「マッチングギフト制度」がある(経済団体連合会編[1992:283,285-286]、笹川平和財団コーポレート・シチズンシップ研究会編[1990:100-108])
  これは、従業員が何らかの寄付をする場合に、企業側もこれに上乗せして、ある一定額を拠出して同一の対象に寄付をするというシステムであり、最近になって日本でも見られはじめている。
  エッソ石油では1979年と早い時期から行われている。学校教育の充実を目的としたもので、社員やその家族が卒業/在学している学校へ自発的な寄付を行うとき、会社も同額寄付するというものである。申請制で会社の承認がいるが、寄贈した後は、受けた側がそれぞれの裁量で活用できる。(電通CC編[1994:65-66])。
  また、この制度はアメリカで盛んに行われ、リーバイ・ストラウス社の例で言えば、社員が公益事業に寄付した場合、1000ドルを限度に同額を寄付するといったものがある。
  また、大阪ガスでは「コミュニティギフト制度」といって、社員が地域で活動しているボランティア団体を対象に、申請者を通じて団体の活動に必要な器材や備品を購入したり、資金を援助する制度を設けている。
  両者に共通するのは、結果だけを見ると企業が寄付行為を行っているのではあるが、社員が主体的に関わっている社会貢献活動に対する支援にも同時になっている点である。これは、活動に熱心な社員にとってやりやすい環境を与えるだけでなく、他の社員にもボランティア活動や寄付行為への関心を向けさせることになる(田代[1994:119])。

V 人的貢献

  1 形態

  ここ数年の社会貢献活動のなかで最も重視されているのが、いかにして非営利活動のなかで実際に現場にたって活躍できるのかということである。いくら「カネ・モノ」を寄付したとしても、実際にそれを使い、活動するのは「ヒト」である。これまで参加の少なかった企業人が、そのビジネスノウハウを活かして社会貢献活動を行うことが求められているし、実際増えつつある。また、企業の対応も金銭的な支援から人的な貢献へとシフトしている。そこで、現在行われている人的貢献のタイプを挙げてみる(中小企業労働福祉協会[1992:65-68])。
  1 企業自身が中心となって従業員を使って組織的にボランティア活動を行うもの
  2 企業がボランティア活動の対象を決めて、従業員に任意参加を求めるもの
  3 従業員自らが行うボランティア活動に、企業が時間的、経営資源的な支援を行うも   の
  1は企業が業務として行う社会貢献の意味合いが強い。業種別で見ると「電気・ガス・水道業」「金融・保険業」や中小企業など、業務が地域密着型のものに多い。内容としては、性質上地域住民と直接関わることが多いので、顧客サービスに少し工夫を凝らしたものであることが多い。例えば、一人暮らしの老人や障害者のお宅に一声掛けて、安否の確認や安全点検をしたり、配食サービスに協力して高齢者に届けたり、点字や手話サービスを普及させるなど様々ある。これらは業務上のサービスとはいえ、結果的にボランティア活動と同じ役割を果たしている。他には、社員全員で地域の清掃活動を行ったり、研修のなかでボランティア団体に入って活動を行うといったものがある(内藤[1994:71])。
  2は企業が主体となって企画しているものの、これの方が従業員のボランティア活動に対する主体性を促し、意思を尊重している点で1と異なる。この方法は立ち上げまでにエネルギーを要するが、軌道に乗れば楽しく行えるものであるため、企業の間に広まりつつある。例としては母子家庭の親子や養護施設の子供たちを招待する「自然教室」を開催し、その世話役に参加希望者を募る会社や、ボランティア活動への理解を深める講座を開催したり、ボランティア体験の機会を提供するなど、言わば企業内のボランティアセンターのようなものを設ける会社などがある。
  3は、制度的には、ボランティア活動のために短期間の有給休暇を認める「ボランティア休暇制度」や、それが1年や2年と長期になったもので「ボランティア休職制度」がある。この制度が導入されている企業はまだ少数ではあるが、年々増加傾向にある。経団連が把握しているだけで社会貢献担当の部署を持っている会社が50社ぐらいあり、ボランティア休暇・休職を認めるのは93社ある(内藤[1994:67]、田代[1994:114])。
  これらによって、企業としては、どのような効果が期待されるのか、どのような意図のもとに行われるのか。企業がなぜ社会貢献をしなければならないのか、何らかの支援をすることが企業活動にとってプラスにはたらくかどうかという点が不明確なまま行われるなら、支援活動も中途半端になる。そして、このことを考えながら、以上にあげた支援形態がそれとどのように関わるのか、どのようであればよいのか考えてみたい。

  2 背景と問題

  B:第一に、企業人の活動を介して、あるいは企業人を動員して、企業が社会に貢献すること、それによって企業の社会的な責任を果たす、企業のイメージを高めるといった効果を期待する場合である。方法としては、まず1がとられる。
  だが、不況でお金をかけられなくなったから「人的貢献」の方に移行しているのだという指摘がある。「不況でお金がないっていうのはありますよね。だから社員のボランティアを推進するのはあんまりお金がかからないのでっていうこともあるし、風土づくりが大事だということで社員のボランティア活動を推進する方向に段々なっている」(日本フィランソロピー協会でのインタヴュー、他に『朝日新聞』夕刊1994.11.5:2)
  また、NPOの側、支援を得たい側としては、実際に欲しいのはまずお金であって、使えない人を派遣してもらっても困る、場合によっては迷惑だという声もないではない。
  またこういう例もある。ある企業で空き缶拾いや地域清掃活動を行うことになったが、それにある若手社員が半強制的に参加させられて、「会社のイメージアップ作戦に我々が駆り出されるのはたまらない」という不満が噴出したことがある。これは、企業が社会貢献(業務とすればサービス)をすればイメージアップとなり、業績にはね返ってくるという、商売上の都合を優先させた結果ともいえる。業務時間のなかで仕事に関連した活動を行っているかぎり、従業員にとっては仕事に過ぎず、ボランティア活動をしているという感覚になりにくいともいえる。
  次に、以上とは異なり、企業「人」、勤労者が活動を行うことに重点が置かれている場合がある。この場合、企業はその活動の誘因を与える(1・2)、あるいは側面から支援する(3)かたちで関わる。なぜ、企業はそこで働く「人」の参加を支援あるいは推進するのか。活動させることの企業にとってのメリットは何か。
  D:ここで言われるのがTにあげたDの要因である。すなわち、社員のボランティア活動を通じて、社会の複雑多様な要素を知り、それを企画、製造、販売などの企業活動に活かせるという効果である(金子[1992:231])。ボランティアの世界には企業では得られない情報が多様にあり、それを知る機会を与えている(金子[1992:150-151,199-200])。その中にビジネスチャンスが秘められているのだから、企業としてボランティアに踏み込んでいるという発想がここにはある。この場合は企業自体がボランティア活動に関する情報を積極的に求め、また活動自体への参加を奨励しているので、社員も気兼ねせずに活動できる。企業と社員の間では障害がほとんどない上に、社会的にも関係が開かれた形態ともいえよう。社員の活動を介して、企業とボランティアとの間に情報と支援がうまく流れていく。
  だが実際には、そう常にうまくいくとは限らないようだ。
  「他の社会を見るとか、他の発想を見るとか、あるいはマーケティングから言っても、社会のニーズを見るという意味でも外にどんどん出ていって、いわゆる市民の視点なり生活者の視点で見るということは、企業として何か生産する場合、何か経営する場合は、必要だろう、…というのは建て前としてはみんなありますが。ボランティア休職制度を実際に利用した人の座談会やったんですよ。で、実際に行って帰って来たんですって。そしたら言われたこと、「君、1年ブランクがあったんだから頑張りたまえ」。行った人、「あぁあれブランクだったの」って思ったんだって。ブランクとしか捉えられてない、だから絵に書いた餅としては、メリット、そういう企業が21世紀に伸びていく企業です、というのは確かにあります。だけど実際の直属の上司だとか、会社の社員そのものに、そういう意識っていうのはないですし、反対に、「君、一年間行ってきたんだから、企画会議とかで新しい発想でるだろう」って、そういうふうに言われるか、ブランクなんだって言われるか、まだその程度です」(日本フィランソロピー協会でのインタヴュー)
  「企業ではもともと存在理由そのものが、営利目的、利潤追求なんですよね。で、ボランティアっていうのはヒト・モノ・カネとありますけど、そういったものを提供するということですから、先行投資して還ってきたことにならない可能性がある。… 投資してあわよくば社員が活性化して、生産性が向上するとか、見えない貢献があればいいんだけれど、あるかどうかも分からない。そういった状況で企業が踏み出すかどうかといえば、矛盾しますよね、企業の存在理由と。」(テラリストでのインタヴュー)
  企業の存在理由は市場のなかで利潤を追求することにある。企業が社会貢献をするには見返りがあることが条件となり、それが満たされたときに初めて企業は社会貢献に取り組む必然性が生じるともいえる。けれども、少なくとも今現在の状況下では、ボランティア活動→働く人の(企業にとっての)能力の向上、という回路がうまく働かないことがあるということである。
  F:企業で働く「人」が自らの欲求として活動に参加したいという場合がある。
  当の人達はどのような意図で参加しているのか。実際には、多くの場合、佐野・成井報告(第5章)に見るように、うまくバランスを取りながら、仕事もボランティア活動もやっているようだ。仕事と活動への参加とはさしあたり別である。むしろ(技術を活かすということはあるにせよ)もう一つの別の活動として切り離している。ただこのことは、両者が無関係であることを意味しない。ボランティア活動が仕事をする上でもプラスになっているといった場合が多い。
  だが、それでも、企業に勤める「人」が、あくまで主体的に活動に参加しようとする時、それが必ず企業の意向に添うものとなるかどうかはわからない。
  「これまで仕事に偏った生活だったが、ボランティアを経験して家族と話す機会も増え、仕事、家庭、地域のバランスがとれた生活になった。仕事中心の社員が会社にとってはありがたいのだろうが、私はもう、元には戻らないでしょう。」(『朝日新聞』1994.11.5夕刊)
  これまで価値基準が仕事中心だったものが、ボランティア休職によって、個人としての生き方を見直し、仕事だけでない多様な価値観を獲得できたのだろう。こうした人々は、働きながらもボランティア活動を続けることになるに違いない。なぜなら、それ自体が誰のためでもなく自分のため、自己実現のために行うからである。
  となると企業のなかでも、きっかけは何であれ、ボランティア活動等会社だけでなく他に価値を見出している人と、従来からのように仕事に最も価値を見出している人とに分かれている。ところが全体として見ると、後者のほうが社内では中心であるのが現実だ。東京都企画審議室[1994:13-17]によると、職業別(自営業、公務員、主婦、経営者、従業員、学生など)に比較して、企業人の社会的活動への取り組み比率、積極的に社会的活動を行いたいという意識やそれに対する関心が相対的に低いという調査結果が出ている。
  統計上では確かに労働時間の短縮が進んではいるが、例えば中間管理層の労働時間は依然として長いし、自由時間ができたとしても会社関係の付き合いや休息に費やされ、会社から離れた時間を自分で作ることができない。だから当然社会や地域に目を向けることはできないし、ボランティアや余暇活動の持つ意義など理解できるはずがない。このように会社のために自分の時間をほとんど使う習慣を当然のこととし、それを評価する風潮が根強い。そのため、ボランティア休暇や有給休暇を取ったり、少しの早退であっても周りが
それをよしとしない傾向が強い(『朝日新聞』1994.11.5夕刊)。
  例えば、経営者がボランティアを奨励し支援する方針を社内に徹底させたり、上司がボランティアに理解があれば、活動者にとっては支障なくできるはずだし、それが望ましい。ところが、会社中心主義的な雰囲気ないしはボランティアについて関心のない人々の多いなかで、社員の手で社内にボランティア活動への興味や理解を広めるのは難しい。

  3 貢献の条件

  以上のB・D・Fの各々はうまく共存する場合もある。また、B・D・Fはそれぞれ方法1・2・3にある程度対応するが、完全に一対一対応というわけでもない。例えば、自分自身ある活動に参加したいと思っている人がおり(F)、企業にとってもその活動にその人を参加させることにメリットがあり(D)、同時に参加させることによる企業への社会的評価が期待される(B)といった場合である。このようにBそして/あるいはDと、Fの条件が同時に満たされている場合には、方法としては、指名しても(1)、志願者を募っても(2)、本人の希望に応えても(3)、本人そして企業にとっての意味は同じである。
  こういうこともある。ただ、常にそうなるとは限らない。これまで見てきたのは、B・D・Fが各々かなり独立のものであるということであり、また、それぞれが満たされるためには一定の条件が必要であるということである。
  内藤[1994:68] は、根本的な社会ニーズがないのに趣味的な感覚でボランティアが行われ、企業もイメージアップや企業内の活性化のためにこれを支援するが、いずれもボランティアをする側の論理が先行し、期待される社会貢献とのズレが生じていること、また、こうした個人の活動を支援することが、直接イメージアップやスキルアップにつながるのか疑問に思いながら行われていることを指摘している。
  B・Dについて。Dが十分な動因になっていないことは述べたが、それは企業としての利害と社会貢献活動とがそもそも互いに相いれないものだということではない。Dにあげた因果連関が実際にはつながっているのだが、それが認識されていないのだとすれば、そのことが認識されることによって、企業は活動に積極的になる。ただDの連鎖が実際のところつながっていないのであれば、これは現実的な要因にはならない。Dがより現実的な要因となるためには、現在は企業活動からはみ出すかもしれない活動が企業活動に不可欠であるようなかたちに、企業の「本来の」活動の性格自体が、そしてそれを要求するように社会が変わっていくことである。それにしても、この要因が常に作用するとは限らないとすれば、消費者・市民サイドがB:企業の社会貢献活動を含む活動の総体に敏感になることが、社会貢献活動が推進される条件になるだろう。(第5章付論)
  Fについて。中には、企業外の活動により大きな価値を見出して、企業をやめていく人もいるかもしれない。それはそれでその人の選択である。ただ、そういう人もいるが、多くの人達が、企業に勤めながら、生活の一部として、ボランティア活動に参加していくなら、企業としても、それを前提として、それに応じた体制を組んでいかざるをえなくなる。企業で働く条件の一つとして、活動への参加ができることを求めるなら、企業はそれを許容せざるをえない、あるいは労働条件の整備の一環として環境を整えざるをえなくなる。もう一つ、企業が社員にそのような余裕を与えている、条件を整えていること自体が、社会的に評価されるという条件があった場合には、企業自体の利害としてこのような条件を整えることが必要になってくる。これはFとして述べたこととは少し異なる。社員が自発的に行うことを企業が認める、あるいはバックアップすることが、社会(消費者)によって評価され、それが企業にとってプラスになるということである。(第5章付論)
  その前に大切なことは、なぜ「人的貢献」なのかはっきりさせることである。企業がイニシアティブをとって社員を用いて貢献活動を行なう場合には、企業が、自らのお金を寄付金として使うのと同じように、自らのお金で人を雇い、提供することである。こうした活動を「ボランティア」とは位置付けないで、たとえば「社員研修」とし、仕事の一部に組込んだ方がよいかもしれない。例えば、東京ガスでは、企業が音頭をとって社員を使う場合は、ボランティアではなく、業務活動の一環として扱うことで一線を画しているという(日本フィランソロピー協会でのインタヴュー)。
  そして、お金が惜しいから人的な貢献の方に力を入れているのだというような批判をされないのは、お金を寄付するより人材を派遣した方が、(企業が同じコストをかける場合に)提供を受ける側の利益が大きい場合である。こうした場合には、人材として派遣することが歓迎されるだろう。例えば、NGOがある種の技術を持つ人を得ようとするが、その技術は通常企業で働く中で習得されるものであり、その人達は企業の社員として働いているために、人材を得にくく、得ようとすれば(会社がその人に払っている給料よりも)高い報酬が必要だということもありうる。こうした技術の専門家を(雇いながら=給料は会社もちで)NGOに派遣するといったことが考えられる。また例えば、顧客の自宅を定期的に訪問するといった本業の遂行と同時に(したがって人的なコストをあまりかけることなく)何かを配達するといった社会サービスを行なうことができるような場合にも、あらためてお金をかけ人を雇ってサービスを行なうより、同じコストで供給できるサービスは大きくなるから、合理性があるといえる。このように、企業本来の活動の特徴を活かした人的貢献が行なわれるなら、企業・受け手双方に利益があり、活動に対する社会的評価も得られ、さらにその評価が企業にとっての利益にもなるだろう。★03

W 情報

  企業の社会貢献活動が盛んになるための条件、企業が有効な社会貢献活動をするための条件を見てきた。これらのいずれにおいても重要なのが情報である。日本でボランティア活動が広まりを持たなかった要因として、そのネットワークを結ぶ拠点が少なかったり、知られていなかったりしたことが一つ考えられる。これは企業と市民の間にある不信感により、これまで両方がつながることが少なかったこととも関連している。ただ、最近になってようやく、市民団体側も趣味活動や反対運動の域を出ない活動を反省し、企業側も市民との関係をよりよいものにしたい意向が強まり、両者が連携して社会の各分野で貢献していこうという動きが見られ始めてきたという(小山[1994:31]、中小企業労働福祉協会[1992:38-39,41-43])。
  しかしこれらをマクロな面で結ぶ情報拠点がまだ整備されていない。企業であれ、個人であれ、ボランティア活動に取り組もうとした時に、まず口を揃えて出てくるのが「情報がない」ということである。何の情報が欲しいのかということはそれぞれ違うが、少なくとも自らができることに見合った形で貢献できる場(受け手からすれば受けられる場)を求めていることが多い。もし見合った団体がなければそれを実現するための組織づくりや運営のシステム化を支援してほしいはずである。そのような全体の情報(ニーズ)を把握し、企業内や学校など、誰もが身近なところで気軽に知ることのできる情報サービスが整備されれば、各方面から参加者は増えるであろう。こうした場ができれば、団体間や異業種間の交流や情報交換の機会が増え、社会的に多様なネットワークが構築でき、何かがあったときでも迅速に活動できる。
  現に社会貢献専門の担当部署を設置して、社内報や電子メールという形で内部に情報サービスを提供し、希望者は部署を介して参加するという形をとる企業もある。ボランティア団体/活動者や受け手のニーズを一括した情報をリアルタイムで提供しようというものだ。企業がボランティア活動の対象を決めて任意参加を求める(先述の方法2)より、この方が情報として開かれている状態にある。企業−社員−外部のボランティア活動−受け手の間を情報が連続的に結ぶことになり、多様な貢献がしやすくなる★04。
  この情報拠点を活かす上で同時に重要になってくるのは、コーディネーターの能力である。コーディネーターとは、受け手のニーズが出てきたときにその解決のために貢献者のニーズを組み合わせる調整役である。貢献者のニーズにあわせて、どの部分にどれをもってくるかをうまく企画しなければならないし、パートナーシップを結ぶ企業や団体に誤解があれば、お互いの考えの持つ意義を相手に理解させて調整する必要もある。コーディネーターはこうした役割を果たす(この場合、コーディネーターには中立的な立場が求められるのは言うまでもない)。
  さらに、その前の段階として、参加希望者の場合にありがちなのが、何かをしたいという意欲は十分にあるのだが、それが漠然としていて自分の問題意識として具体的に表現できないためにニーズを結びつけられないことである。そこで、参加者の意識に見合った具体的なプログラムづくりをするコーディネーターも必要となる。現在、これらの役割を担う人材を育成することが課題となっている★05。
  このシステムができたならば、企業や個人のできる範囲内で、社会にある受け手のニーズに応えることができ、両者にとって最も都合がいい。しかも相手の「顔が見えない」という不安がなくなるので参加しやすくなる。しかし、このシステムを担う拠点として仲介機関がまだ整備されていない。各企業がそれを担う公益団体のシステム作りに協力していくことが課題となろう★06。
  さらに社会貢献における企業間を結ぶネットワークが必要なのではないか。今まで企業単位でバラバラに行う結果、まとまった形での支援が行いにくい傾向があった。トータルな形での支援を確立するためには、各企業の得意分野を各場面で組み合わせなければならないが、企業間の連携がないことがその障害となっていたのである。ただ、それ自体を企業が独自で作ることは、営利活動との関係が不明確になる上に、各企業間の関係も固定的な関係で終わってしまうだろう。ならば地域社会や生活共同体を基盤とした支援供給を行う機関を作るのも一つの手段であろう。その場合、企業は全体の中の一部を構成する主体となる。
  今、実際に社会の中では支えられていないものが多く、それを個人の力だけでなく、社会に存在するもの全体で担おうとしている。そのために企業のできることは、各社が持つ特徴、経営資源を出し合って分担していくことだろう。そして、貢献活動の各領域に企業が関わっていくことにより、多様な世界を知るだけでなく、全体の経済活動を円滑に進めることが可能となる。業績の優劣として直接的にその活動の見返りがあるのではなく、トータルな形で経済活動を少しでも支障をなくすような環境を構築できるというメリットがあるのではないだろうか。それは企業全体の責任ではあるが、ネガティブな性質のものではないはずだ。なぜなら、その活動は独自性、開拓性、主体性に基づいているからだ。その意味では企業が多様な社会的ネットワークを結ぶ情報拠点になるはずであるし、社会の中の企業という点から見ても、外部に「開かれた」関係が望まれる。



★01 企業の社会貢献・フィランソロピーについての書籍として、川添・山岡編[1987](歴史:日本の大正期)、笹川平和財団コーポレート・シチズンシップ研究会編[1990]、London[1990]、電通総研編[1991]、通産省関東通商産業局編[1991](多くの事例が紹介されている)、宮本[1991]、岩井[1992](藤井毛織の事例)、経済団体連合会編[1992]、島田編[1993]、出口[1993b]、林・山岡編[1993](フィランソロピー全般、日本における歴史の紹介を含む)、金子[1993]、通産省関東通商産業局編[1994](50の事例を詳しく、500以上の事例を簡潔に紹介)、電通コーポレート・コミュニケーション局編[1994](実例を数多く紹介)、丹下[1994]、他。
  市販されていない調査報告として、日本青年奉仕協会[1991](個別事例が30紹介されている)、中小企業労働福祉協会[1992]、東京都社会福祉協議会東京ボランティア・センター[1992][1994]、東京都企画審議室[1993][1994]、他。
  他に大阪商工会議所産業経済部編[1991](日米シンポジウムの記録)、大阪商工会議所[1993](ハンドブック)。
  雑誌の特集として、『中央公論』105-6(1990-6):402-431、『朝日ジャーナル』1991、『経団連月報』39-3(1991-3)、40-2(1992-2)、『エコノミスト』69-20(1991-5-7)、『社会教育』47-3(1992-3)、『月刊福祉』75-11(1992-9)、『労働と経営』1993-3、1994ー3、『Int'lecowk』832(1993-8)、他。
  (日本)企業のフィランソロピー活動について紹介している文章、論じている文章(インタヴューを含む)として、本間・出口[1990]、島田[1991][1993]、中沢[1991]、早瀬[1992]、樋口[1992](ソニーの事例)、今田[1993a][1993e]、田代[1994b](概説)、西尾[1994](東京ガスの事例)、堀越[1994](富士ゼロックスの事例)、高橋[1994a][1994b]、内藤[1994]。
  米国の企業(家)のフィランソロピーについて、日本国際交流センター編[1990](シンポジウムの報告書)、矢部[1991]、山村[1992]、松岡[1992]、廣井・工藤[1992]、出口[1993b:27-67][1993a]、日本貿易振興会編[1993](調査報告書)、イギリスについて山村[1992]、勝田[1993]、フランスについて今田[1993b]、ドイツについて土肥[1993]、オーストラリアについて日本貿易振興会[1991](調査報告書)、日本貿易振興会海外経済情報センター編[1992](調査報告書)。
  アメリカにおける日本企業のフィランソロピーについて、日本貿易振興会編[1991](調査報告書)、四方[1992]、八木[1993:203-222](松下通信工業)。
  企業人のボランティア(勤労者ボランティア)の活動事例集として、勤労者リフレッシュ事業振興財団・勤労者ボランティアセンター編[1994]。
★02 また、NHK教育テレビ「週刊ボランティア」(1994.8.20 放送)によると、ボランティア支援を新規導入した企業の数は次の通りである。
        90年以前  91年度  92年度
   休暇制度  15   18   26
   休職制度   6   13   15
   マッチングギフト  9    6    6
   表彰制度  10    3    6
ボランティア休暇・休職制度についての調査報告として、勤労者リフレッシュ事業振興財団[1993]。
★03 木原([1993a][1993b]等)が本業による社会貢献を提案している。「本業」を生かした貢献の一例として『企業市民JOURNAL』編集部[1993](IBMの事例)、等。また田代[1994c:14-15] は、企業によって本業との距離のとり方が異なり、むしろ多くの企業は社会貢献活動を本業と全く別のものと捉えていることを指摘し、このことをどう考えるべきか結論は出ていないと述べている。
★04 『朝日新聞』夕刊1995.2.14 「こころ」、電通CC編[1994:228-229]。その手段としてパソコン通信が注目されている。また、上記の金子氏は、現地のニーズとボランティアをつなぐ自発的なネットワークができやすい情報環境をつくるために、インターネットをベースにして、大小さまざまなパソコン通信に載っているボランティア情報を互いに共有できるようにする「インターVネット」という組織づくりを始めた(→第1章付論)。
★05 コーディネートについて早瀬[1993:214-217]、高橋[1994:130-131]で言及されている。また、早瀬[1993:217]では、コーディネート機関を企業などの手で維持・強化していくことを課題として挙げている。ボランティア・コーディネーターについては筒井[1992]、巡[1993:39-45][1995]。
★06 『広告』編集部[1994:28-29]。例えば「さわやか福祉推進センター」ではそれが見られる。同センターは活動の趣旨に賛同した企業とボランティアの人たちの協力で運営されている。


UP:1996
『NPOが変える!?』  ◇ARCHIVES
TOP HOME (http://www.arsvi.com)