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「優生保護法、刑法堕胎罪の撤廃を求める要望書」


last update: 20151221


■優生保護法、刑法堕胎罪の撤廃を求める要望書

 私たちは、女性のリプロダクティブ・ヘルス/ライツ(性と生殖に関する健康/
権利)を守り、確立する立場から、女性障害者の病気によらない子宮摘出手術をた
だちに止めさせ、優生保護法及び刑法堕胎罪を撤廃することを強く要求します。
 優生保護法第1条では、法の目的を「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止
するとともに、母性の生命健康を保護することを目的とする」としており、私たち
障害者を「不良な生命」と断定しています。そして第12条、13条においては、
精神病者および精神薄弱者に対し、本人の同意なしに優生手術を行なうことができ
ると断定しています。
 このような法律とそれに基づく優生思想により、私たち障害者がどれほど人間と
しての誇りと自尊心を傷つけられ、無力感とあきらめの中に落とし込められたかは、
はかり知れません。このような障害者の人権を無視した法律が、戦後50年近くた
った現在も存在していることに、私たちは強い憤りを覚えるものです。
 中絶を禁じた刑法第29章堕胎罪は、1907年に制定されました。これは中絶
を行なった女性と、それを助けた医師のみが処罰の対象で、相手の男性は罪に問わ
れないという一方的なものです。このような「女のからだの管理」は、戦時中の富
国強兵政策とともに「産めよ増やせよ」政策となり、敗戦まで続けられました。そ
してこの政策のもとで、「国策に役に立たない子供は必要ない」という優生思想キ
ャンペ−ンがマスコミなどにより大々的に行なわれ、「優性家系」「劣性家系」の
調査なども実施され、その結果「生命の質の管理」として誕生したのが、ナチスド
イツの「断種法」(「劣悪な」遺伝子を持つ人に断種手術を行なう法律)を参考に
1940年に制定された「国民優生法」です。
 つまり、戦時中の政策の中で、「女のからだの管理」と「生命の質の管理」は表
裏一体のものとして、同時に強化されてきたのです。
 戦後制定された優生保護法は、国民優生法の精神をそのまま受け継ぎました。そ
してその法の中に女性の中絶要項を盛り込んだため、「中絶の合法化」を求める女
性たちと優生思想に反対する障害者は、長い間悲しい対立を繰り返してきました。
「産むか産まないかは女性自身が決めること」という女性たちに、「それでは胎児
が障害児であった場合に中絶することも、女が決めるのか」と迫る障害者たち。
「もし障害児が産まれたら、自分の人生はその子の犠牲になってしまうから、中絶
を選ぶかも知れない」という女性の本音に、不信感を募らせる障害者たち、そんな
堂々巡りの繰り返しだったのです。
 しかしそのような対立を超えて、現在私たちは、女性が妊娠を継続するか否かを
決定するのは女性の基本的人権の一つであるという共通認識に至っています。また
障害の有無によって生命が価値付けられるものではない、従って女のからだを通し
て生命の質を管理することは許さない、という共通認識にも至っています。
 女性たちの「自分の人生が障害児の犠牲になってしまう」という危惧は、子育て
の責任は女が負うものという性別役割分業に加え、障害児を産むのはその母親の血
が悪いからだという家族主義的な考え方や、保育、教育、就労、まちづくり、介助、
あらゆる面において社会の障害児に対するサポ−ト体制の不備のため、結局は母親
が障害児の人生を抱え込まざるを得ないという社会的要因がもたらしたものです。
言い換えれば、行政の福祉政策の不備による情報とサポ−ト体制のなさが、女性と
障害者の対立を作り上げてきたのです。社会福祉が充実し、差別のない社会が実現
すれば、障害の有無は妊娠を継続するか否かの判断基準にはならないと、私たちは
考えています。
 しかし、優生保護法の精神である「障害者は不幸」「障害者は産まれてくるべき
ではない」「障害者は子供を産むべきではない」という考え方は、現在もなお、多
くの人々の心の中に根強く受け継がれています。隔離政策を柱に据えたらい予防法
をはじめ、母子保健法、エイズ予防法、現在審議中の臓器移植法案などにも、その
ような優生思想が色濃く影を落としています。
 障害を持つ女性たちの多くは、本来喜ばれるべき初潮を「ただでさえ介助が大変
なのに、なんでこんなものがあるの」というため息とともに迎えさせられ、何人か
は「子を産むこともないのに子宮はいらない」と、子宮摘出手術を強要されてきま
した。最近では、「社会が困れば健康な子宮であっても摘出手術は必要」と国立大
学の教授が公言し、月経時の介助が困難な知的障害を持つ女性の手術を行なったこ
とを明らかにしています(93年6月12日付毎日新聞)。そのような手術は確認
されただけでも30例に及び(毎日新聞の調べ)、その実態は何倍にも及ぶことが
推測されます。
 このような「月経時に精神が不安定になるから」「介助が大変だから」等の理由
による摘出手術は、優生保護法にさえ基づかない、非人間的な行為であり、このこ
とに私たちは強く抗議します。子供を産むか産まないかは、障害を持つ女性にとっ
ても、本人が決めることです。そして、月経、妊娠、出産、子育て等に必要な介助
や援助を求めることは、障害を持つ女性の基本的な人権です。前述したような子宮
摘出手術は、障害を持つ女性のリプロダクティブ・ヘルス/ライツに対する重大な
侵害であるということも、障害の有無を越え、女性たちの共通認識となっています。
 昨年9月にカイロで行なわれた「国連人口開発会議」では、そのような共通認識
のもとで多くの女性たちがNGOの立場で参加し、リプロダクティブ・ヘルス/ラ
イツの確立を訴えました。また私たちの仲間である障害を持つ女性により、優生保
護法の非人間性と前近代性、子宮摘出手術の実態なども明らかにされ、国際的な批
判を浴びるところとなりました。
 私たちは、我国が真に国際社会の一員として、女性のリプロダクティブ。ヘルス
/ライツを確立するために、以下のことを要求します。

1、病気以外の理由による子宮摘出手術をただちに止めるよう、関係諸機関に指導
を徹底すること。
2、優生保護法、及び刑法堕胎罪をただちに撤廃すること。
3、戦時中の優生思想キャンペ−ンの過ちを認め、優生思想をなくすためのキャン
ペ−ンをマスコミ等を通じて行なうこと。
4、女性たち、とくに女性障害者たちの声に基づく、リプロダクティブ・ヘルス/
ライツを守り、確立する新たな法律を制定すること。

  1995年2月18日

  DPI(障害者インタ−ナショナル)女性障害者ネットワ−ク
  0427-91-0132


   厚生大臣 井手 正一 殿

…以上…

(再録19971016:by山本文・信州大学医療技術短期大学部看護科3年)

REV: 20151221
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