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第21章「ピアな関係とは――障害者から障害者への視線を通して」


last update: 20151222


第21章

ピアな関係とは
――障害者から障害者への視線を通して――

                                Matsumoto, Akira
                                 松 本  暁

Ⅰ はじめに

 ピア・カウンセリングは,障害者は健常者社会においてこれまで抑圧されてきた心を解放し,自己信頼を取り戻させることを目的に行われるカウンセリングである。ピア・カウンセリングのピアとは仲間を意味し,カウンセラーとクライエントは対等な関係を持つ。対等な関係が基本だから,ピア・カウンセリングは障害者だけで行われる。(→第1章)
 たしかに,障害者を健常者と対比されるものとして見ると,あらゆる障害者がひとくくりにされ,障害者が皆同じに見えてしまうので,障害者であれば皆対等に見える。しかし,実際には障害にはいろいろな種類があり,その程度も様々なように,障害者も多様性に富んでいる。
 障害者はいろんな立場にいるわけだが,ある立場の人が,他の立場の人を必ず理解できるかというとそんなことはないだろう。その中でもお互いに対照的な意味を持つ者同士は理解の度合いが著しく低くなるのではないだろうか。私はそのような対の関係性の中で障害者特有のものとして,軽度障害者と重度障害者,先天性の障害者と中途障害者,自立生活者と非自立生活者をあげることができると考えた。お互いにこうした対極に位置する障害者同士の間で,必ずしも対等な関係ができるとは限らないだろう。
 健常者と障害者という関係では,健常者が障害者を差別し,抑圧しているわけだが,上であげたような障害者の対の関係の間においても意識の差が現れて,この差から,なんらかの感情のズレ,もしくは葛藤が生じてくるのではないだろうか。
 いずれにせよ,ピア・カウンセリングでいう対等な関係性というのは,そう単純なものではないだろう。カウンセリングの最初から,カウンセラーとクライエントが対等でいることができるかは疑問だ。もしそこに対等性がないなら,ピア・カウンセリングは別に障害者だけでなく,健常者が参加しても成り立つことになる。
 ここではインタビューの記録をもとに,障害者の上にあげた立場の違いを明確にし,その違いから葛藤が生じるなら,それがどのようなものかを明らかにし,さらにそれを解消していくにはどうすればいいのか考えてみる。

Ⅱ 健常者社会における障害者

 障害者は機能や形態に障害を持ってしまったため,能力にも健常者と比較して差が出てくる。そして障害者は,健常者との間に能力差があるため,基本的に保証されるべき権利に制約を持つ(「社会的不利」と呼ぶ)。障害者に社会的不利を被らせるのはもちろん健常者だが,彼らは自分達を基準に障害者を見ている。障害者は健常者社会の中で生活しており,健常者の基準にもとづいて暮らしていくことになる。しかし,もちろん障害があって,能力に差があるのだから,その基準を満たすことができず,社会的不利を被る。一度,一般就労をしたが,一年余りでやめてしまったというAさん(脳性麻痺・女性)の話だ。

「体力的にというより精神的に,やっぱ障害者ゆえに,いじめというか嫌がらせをされた。ちっちゃい子会社だったので,私一人のためにという部分で結構いくつか問題点が出てきたので,自分がやりたいのは本当はこれではないなと思ったんで。昔から一般就労というのは夢で,働いたんですけれど,実際的には厳しくて。就労時間が決まってますよね,基準が。それ以上に働いても,月に少ししかもらえないというので,そういうのでも不愉快な思いをしたというのがあって。それでやめたんですけど。」

 障害があるゆえのいじめ,能力差に原因のある嫌がらせを受けていたわけだ。こうしてAさんはその会社で抑圧されていくことになる。
 これは健常者が障害者を抑圧する事例だが,逆に障害者が自ら,己を抑圧することも考えられる。圧倒的多数の健常者たちの中で暮らす障害者は,健常者の基準を内面化する。その基準を満たすことができずに,コンプレックスを感じる。例えば,「学校を出たら仕事をしなくちゃいけないみたいな考えがあり,それはプレッシャーになる。働きたくても働く場がないだけなのに。」(Bさん,脳性麻痺・女性)「いじける。人の目を気にする。自分が世の中で一番不幸だと思いこむ。世の中の役にたたないと思いこむ。」(Cさん,頚椎損傷・女性)状態となる。
 「働くことができない」「世の中の役にたたない」などと思いこんでいることから分かるように,障害者は健常者社会の価値観を自分達の中に取り入れている。そして,それを物差しにして,社会的存在としての自分を見ているのだ。

Ⅲ 軽度障害者の重度障害者への視線

 まず,軽度障害者と重度障害者の関係について考えてみよう。ここでの軽度・重度とは,種類や等級といった医療上のものではなく,一般社会の中で社会的不利を被る程度を指す。Ⅱであげた物差しの目盛に健常者,軽度障害者,重度障害者の三つを刻むと,軽度障害者は真ん中にくる。そのため,軽度障害者は社会的に不安定な存在となってしまうようだ。
 軽度障害者は,障害が軽い分,社会的不利を被ることは重度障害者に比べて少なくて済む。たとえば同じ脳性麻痺者でも,四肢が不自由であれば一人で町なかを歩き回ろうとすると,制約が多くなる。しかし,自力歩行が可能であればそれが自由にできる。

「出てこれないじゃない。会おうといっても考えなきゃいけないし。障害持ってても軽い障害を持っている人は会えるけど。車椅子の人はなかなかね。そうかといって健常者の人たちも誘ってはくれるけど,3度に1度は私をはずしていくのは分かる気はするよね。自分がそうやっていると。ぱっとは行けないわけでさ。『Bさん連れて行くからあそこがいいんじゃない。』とかさ,考える人もいたりして。」(Bさん)
 Bさんは脳性麻痺の中でも軽度で,自力歩行が可能だ。行動範囲が広くなる。ところが,車椅子を使用する肢体不自由者は,Bさんのようにどこにでも出かけるわけにはいかない。それで,会おうと思ってもなかなか会えない。このように軽度障害者は重度障害者に比べ,社会的不利をあまり被らない。
 そのためBさんは一見障害者に見えないせいもあるだろうが,社会で生活していく場面場面で,障害者としての権利を行使できなくなる。しかし,それでも障害者なのだ。身体的には障害があり,健常者に比べれば能力差は出てくる。そこで,社会的にはあくまでも障害者として扱われる。Bさんの健常者の友達が,普段はBさんを遊びに誘うのに,ときどきはずしてしまうように。軽度障害者は障害者なのか,そうでないのかどっちつかずの状態におかれている。再びBさんの話だ。

「軽度の人が重度の人に感じることって多々あるし。軽度は軽度なりの悩みはあって。重度の人は見た感じ障害者と分かるから,電車に乗ってても(席を)譲ってもらえるとかありますよね。私たちみたいのが電車に乗っていても,分からないわけじゃないですか。席譲ってもらえないしとか。そういう細かいところ。軽度は軽度なりの悩みというのは十分そういうのはありますよね。」

 このように,軽度障害者は社会的存在としては不安定だ。その状況を解消するために,どういう手段があるのだろうか。インタビューの中では,自分より重度の障害者と自分とを比較するという方法が見いだされた。それは二つの道を辿って,一つの結果に結びついていく。以下,それを見ていく。
 一つは,普通にいう軽蔑というものだ。今は自立生活をしているが,昔施設でいろいろな障害者と一緒に作業をしていたFさん(脳性麻痺・女性)の話だ。

「同じ障害者でもやっぱり脳性麻痺っていうのは全身的な障害だから,脳卒中とか,そういう人は片方だけが悪いの。片方が悪くても,片方は健常者と同じくらい動くんです。だから同じ仕事をしても,片方だけの方がはるかに速くて。やることも,私たちが片側だけの人を,ああいいなあ,ああいうふうにできたらいいなって思うことと同じように,片方の人から見れば,俺たちはこんなにやっているのに,脳性麻痺の人たちはちんたらちんたらゆっくりやってって,いくら私たちが一所懸命やっていてもそういうふうに見られちゃうっていうか。」

 この場合,脳卒中で負った中途障害という事情も働いているのだろうが,脳卒中の人たちにとって問題となっているのは,脳性麻痺の人たちと自分達との能力の差だ。彼らは,能力において健常者から軽蔑の眼差しを受ける。そこで,自分より重度の障害者を見て,自己確認をしようとする。そこから出てくるのは,軽蔑の感情となってしまっており,障害者間の差別につながっている。
 二つ目は,軽蔑とは裏返しの同情である。軽度障害者は自分よりも障害の重い人の介助を行いたがる。ピア・カウンセラーDさん(頚椎損傷・男性)が話す。

「軽度の人たちというのは障害の重い人を介助しがちなんですよ。介助することによって自分を見つめる。(親が)自分の子供を世話することによって,自分の存在を確認するのと同じで。たぶんどこでもそうでしょうけど,自分の子供を守るというのを考えることによって,自分を再確認する。障害の軽度の人たちというのは,一般社会だと障害があって,ハンディキャップを負いやすいですよね。でも,障害をもっと上を見ると,自己確認しやすいんですよね。そういう傾向があるんですね。」

 軽度障害者はこのとき,自分より重度の人の障害を通して自分を見つめている。重要なのは彼我の障害の程度の差であり,それぞれに降りかかる社会的不利の程度差である。軽度障害者はその差を見て,重度障害者を自分より手助けの必要な,保護すべき同情される存在として認識するにいたる。
 同情するということは悪いことではない。しかし,同情される側に立ったとき,同情という言葉は必ずしもよいことではない。Eさん(脳性麻痺・男性)は同情に上下関係を見いだす。

「最初はね,同情なのよ,誰だろうと。それをね,『してあげる。してもらう。』みたいなさあ,関係なのよ。誰だろうと。」

そしてCさんは

「かわいそうって言葉あるじゃない。で,かわいそうな人たちだと思っていたよね。障害を,全部の障害をひっくるめて思っていたし。そういう心の持ち方で接すれば対等につきあうというのとはちょっとニュアンスが違うよね。かわいそうというのは同情していることで,悪い感情ではないんだけれども,少し劣る人を見る気持ちに近いものがあるかなと思う。やっぱり対等でない。かわいそうかどうか決めるのはあくまでも障害者本人の問題であって,うん。で,今の私の気持ちとしてはやっぱりかわいそうかどうか決めるのは本人のことでね。」

 Cさん,Eさんの言葉にあるように,同情するには,同情する人がされる人よりも,同情の原因となっていることに関して優位に立っていなければならない。確かに同情は悪い感情ではない。しかし,そこには上下関係が存在する。そのとき同情される人は,そのことに関して劣等感を抱いても不思議ではないだろう。こうして,同情は軽蔑の裏返しとなり,差別の一形態になってしまう。
 健常者社会において,障害者には抑圧が働く。軽度の障害者にも,重度の障害者にもだ。重度障害者は抑圧されれば,それを甘んじて受けるか,はねかえすしか道はない。
 しかし,軽度の障害者にはもう一つの道がある。Dさんが言っていたように,障害のさらに上を見ることだ。つまり,より重度の障害者に,自分が健常者から受けたのと同じ眼差しを送るのだ。そのとき,軽度障害者は同情なり軽蔑なりの感情を持って,重度障害者を見ている。このとき,軽度障害者と重度障害者の間で差別が生じることになる。

Ⅳ 中途障害者の先天性の障害者への視線

 中途障害者は,あるときを境に障害者になる。それまでは健常者としての生活があった。それが病気や事故で障害を負い,それまでの生活とは切り離されてしまう。障害者として社会的不利を受ける身になる。
 『頚髄損傷者のピア・サポート――地域生活の実現に向けた支援マニュアル』には,ある中途障害者が障害を負ったときの心理が次のように書かれている。障害を負ったことがわかったとき,「自分の場合は他の脊髄損傷者とは別で必ず治るだろう。」と歩けない(手も足も動かない)状態になることを認めたくない気持ちを持ち続けた。治る希望を持ち続けたので,医者に良くなる見込みはないと宣告されたときは,生きる希望も失ってしまった。そして,退院後も歩けるようになりたいという望みは捨てきれずにいた2)。
 つまり,障害を受け入れるまで,健常者の時の自分が見え続けることになる。

「あ,でもね,私はこんなはずじゃなかったって思うことも結構あったから。まず,怪我をする前の自分が最初の雛形っていうか,標準で,うん,あったのかもしれない。もっと元気なはずだとか,もっと明るいはずだとか,もっと頭がまわったはずだというのはあったと思う,頭のどこかに。」(Cさん)

というように健常者だった頃をもとに自分の今の状態を考える。
 これに対し同じ中途障害でも進行性の病気を持った人,例えば進行性筋ジストロフィーの人はまた別の意識を持つ。

「私の場合進行性だったから。進行性ですから,小さい頃歩けてましたから。ま,走ることはできなくても。わりと健常者に近いっていうか状態でしたから。それがだんだん,要するに下がってきたわけですね。そうするとまったくばたんていうように,あるときね,障害者に急になっちゃった。事故とか,そういうことではないわけですよね。……心の準備はできていた。だから急にぼんってなって,それから落ちこんじゃうってタイプじゃないですよね。徐々に,徐々に。少しずつ,あ,何年後にこれはこうなっちゃう可能性もあるな,…心の準備は自然になっていた。」
「わりとほんとに受容できていたんですよ。できていたと思います,わりと。」(Gさん,進行性筋ジストロフィー・男性)

 Gさんは障害が体に現れてから,徐々に,徐々に重くなって行くのを見続けてきた。その結果,障害との折り合いのつけかたをいつのまにか身につけていたのだ。そしてこのことができているかどうかの違いは障害者にとって非常に大きい。これからの生き方に大きな影響を与えるようだ。
 中途障害者は障害を負ったことがわかると,その現実を認めたくない気持ちになる。そして,生活目標や欲求は健常時と変わらず,障害者と自分を同一視されることに反発する。ところが自分の障害の現実を認めるようになると,障害者に対し親近感を感じるようになる。このような経過を経て,価値観を転換し,障害を自分の個性の一部として受け入れるようになる。そして,健常者と障害者の区別無く付き合うようになる3)。このように,障害を受容できるときがターニングポイントになっているのだ。Fさんの話を引用する。

Fさん 「施設に入って来る人も,そういう人たち(中途障害者)が多くなってきているんです。だから考え方も違うし,私たちは協力して何かやって行こうっていう,小さいときからそういう考え方が植え付けられているけど,途中障害の人は自分は自分っていうか。だから一緒に何かやるっていっても,やっぱり考え方にギャップが出てきて。昔は結構リューマチとかの人がいろいろ教えてくれて,こういう時はこうやったほうがいいよとか,私たちの知らない部分を教えてくれることが多かったんだけど,今はそういうこともなくなって。…… 今はぜんぜん違って,まったく正反対で悪いとこばっかり見えてきて。」
質問者 「中途障害の人と普通の障害者とはまたどう違ってきますか。」 
Fさん 「途中障害でも,自分の状態をきちんと受容というか,俺は重い障害はあってもみんなとは違うって。」
質問者 「じゃあむしろ,中途障害の人は,自分に障害があるということを受け入れていないぶんだけそういう差別みたいのはありましたか。」
Fさん 「あります。それはすごく感じました。」

 自分の障害を受容しきれない中途障害者は,自分を障害者として同定されることを拒む。たまたまこのような身体になってしまったが,あくまでも自分は健常者であり,障害者ではないと思おうとする。そこにFさんの見たような差別が現れる可能性が出てくる。このとき障害の重さはあまり関係ない。問題になるのは障害に対する気持ちだ。中途障害者は健常者意識を持ちつつ障害者になる。健常者社会において障害者は抑圧される存在だ。中途障害者の中で障害を受容しきれない人は,他の障害者に対し抑圧者になる危険性を持つ。

Ⅴ 自立生活者の非自立生活者への視線

 自立生活者は基本的に,自分のことは自分でやらなければならない。何をどうするかは自分で決定する。そこから先は人によって程度の差こそあれ,介助者に頼むこともあるだろう。しかし,生きていく上での決定権は自分にあり,やろうと思えば健常者と変わらぬ生活を送ることもできる。ただし,自分でやったことに対しては責任をとらねばならない。
 これに対し,非自立生活者は家庭,または施設など囲われた環境にいる。彼らは一般社会から隔離され,保護される存在だ。そこには,障害者が黙っていても世話してくれる人がおり,安定した生活を送ることができる。しかし,自分なりの生活設計ができない。つまり,障害者本人の主体性が剥奪されてしまう。

「家族と生活していると家族をペースに時間は流れて行きますよね,まあ,どこでも同じだと思いますけど。何時にどうして,ああするって自分で決めるのが普通ですよね。ところが家族の介助を受けているとそこのところがなかなかできなくて,自分が遅く帰って来るには親は介助のために遅くまで起きていなくちゃいけない。そういうことで,どうしても家族のペースに合わせなくてはなわないということが多々あると思うんですよ。施設でも同じだと思うんですよ,職員の介助に合わせて生活して行かなくちゃいけない。自分で決めるというんじゃなくて,どこかに外出するとか,あの,施設に行ってしまうと外出届を出さなければいけないとっかっていうのが一般的ですから。家族と一緒に住んでいる場合もだいたい遅くなるときには遅くなるということを触れておかなくてはいけないという生活の部分があると,そういうのがありますから,(自立生活では)そういうのが無くって自分の時間は自分で決められるということがあると思うんですけど。」(Dさん)

 両者の決定的な違いは,時間の決定権が自分にあるかどうかにのようだ。自立生活をしていると,いつ,何をやるかは自分で決める。一方,施設や家族の中にいる人は,それは他の人が決めることだ。こうしたことが,両者の間を疎遠にする部分もあるようだ。先に出てきたBさんは小学校の6年のとき養護学校から普通学校に移っているが,その間のギャップを次のように話している。

「養護学校に行っている友達とも今でもつきあっているけど,サイクルが違うのよ。学校から帰って,宿題やってとか遅いからね,私の場合。そういう時に電話とかかかってきちゃうと,理解できないじゃない,相手はそういう場面を。だから喧嘩になったりとかありますよね。そのうち差別しているわけじゃないんだけど,刺激が多いじゃない,普通中学行くと。いじめられたけど,それだけの刺激。で,そういう人達と遊んでいる方が楽しくなってくるのよ。養護学校の友達と遊ぶより。」
「合わないのよ,養護学校の友達と喋っていても。『これ知ってる?』って言っても『知らない』とかさ。違うんじゃない。養護学校の友達は学校に行って,帰ってくるというぐらいでさ。でも,普通学校そうじゃないじゃない。『あの人がかっこいい』とかさ,『あの先輩がすごいすてき』とかさ。クラブ活動がああだこうだとかさ。そういう些細なことの話題が通じないと疎遠になってくる部分てあるでしょう。」

 生活のサイクルが違い,話が合わなくなる。自立生活と非自立生活という立場の違いが引き起こすギャップだ。このギャップを越えて,自立生活を始めたばかりの人は,たくさんの新しいことを経験する。Hさん(脳性麻痺・女性)の話を引用する。

Hさん 「その時初めて買い物をして,それまでは一人で買い物をしたり,やったことなくて,お金の使い方もよくわからなかった。ね,小学校1,2年になったらもう一人でお買い物に行っているでしょ?あたしたちはまだない。高校卒業して,やっと一人でできるようになった。」
質問者 「じゃ,今の生活と学校生活,学校に通っていた頃を比べると今の方が…」
Hさん 「今はね,一人で何もかもやらなきゃいけないんでしんどいこともあるんだけど,でも楽しいです。」

 自立生活者は,こうした新しい経験が新鮮で,楽しくてしかたがない。そこで彼らは,「自立しなよ,楽しいから」と先輩感を持って勧める。Aさんの話だ。

「ちょうど昨日からILプログラムが始まって,施設から来ている人が数名いて,在宅組が何人かいて,自立生活をし始めた人がいて,自立をし始めた人っていうのは,半年から一年ぐらいかな,ちょうど今が一番楽しいときだから,もう,いい加減てわけではないんだけど,自立は楽しいからやってみな,みたいな雰囲気ができちゃうのは怖い,みたいな。どうしても自分がやってみたことに対して,先輩感みたいなのを持ってしまうみたいな。施設にいる人とそういう人との間に特に,問題というのはないけれど,ただそういう話を聞くと,焦ってしまうのは確かかなというのはありますよね。自分のペースに合わせて自立をして行くのが一番とは思いますけど。」

 一方,非自立生活者にとって,そのギャップを越え,自立生活をすることは憧れとなっているところがあるようだ。Aさんが自立生活を始めたときの周りの反応だ。

「養護学校の友達は,成功する奴は勝手にやってればみたいな,後から何か言えば成功したあなただから言えるのよみたいな,そういう部分。」

そして,Fさんは自立生活を始めるときの気持ちとして,次のように言う。

「施設にいれば,たとえ風邪ひいたり,具合悪くなっても,周りの人が看てくれるけど,一人暮らしになると全部自分でやんなくちゃいけないし,親は施設にいた方が安心だって言って,私もそれが親孝行になるんだって迷うときもあったんですけど,やっぱり私は養護学校を出てからすぐに施設に入ったから,一般社会の厳しさを知らないで,本当に自分の身体が動かなくなったら,また施設とか老人ホームとかいずれは行くんだから,それだったら動けるうちにという思いがあって,いつかはここを出るんだぞっていう気構えがあったから。」

 そのような憧れが自立生活者によって刺激され,Aさんの言うような焦りにつながる。ここに,軽度・重度関係や中途・先天関係に見られた差別のような問題があるかどうかはわからない。しかし,教え,教えられるという先輩,後輩関係はあり,非自立生活者にとって自立生活者は刺激になるようだ。

Ⅵ ピアな関係性の構築へ向けて

 ここまで軽度障害者と重度障害者,中途障害者と先天障害者,自立生活者と非自立生活者の間の関係を考えてきた。それぞれの組み合わせは対照的な意味から成り立っている。そこで最初私は,お互いに理解ができずに何らかの葛藤があるのではと考えた。しかし,必ずしもそうではないようだ。
 というのは,組み合わせ同士の間に違いを見ることができたのだ。具体的に挙げると,軽度-重度関係では同情,または軽蔑という形での差別・被差別の関係が,中途-先天関係では,中途障害者が障害を受容しているかどうかが問題になっていた。自立-非自立関係では前の二つとはまた違って,先輩・後輩といった関係が見えてくる。では,その違いというのは何が原因なのだろうか。
 一番の原因は自分の,また相手の障害を受容できているかどうかではないか。例えば,中途障害者だ。Ⅳで見たように障害を受容する前と後では他の障害者との付き合い方がまったく違う。また自立-非自立関係で差別のような関係より表立たないのは,自立生活者が非自立生活者の状態を自分の経験からよくわかっていて,非自立生活者を受容できているからだろう。
 ところが,軽度障害者と重度障害者とではそんなに簡単にお互いを受容できるわけではない。Bさんの言うように両者の間にギャップがあり,お互いがわからないのだから。そしてこれは,障害を受容できない中途障害者の場合でも同じだ。しかし,わからないことがわかっていて,わかろうと努力するとき,問題は解決へ向かう。Gさんの話だ。

「自分の本当の障害を持っているが故に,いろいろ話とかありますよね,悩みとか苦しみとか。そういうのを話したことによって 100%理解はできないでしょ。じゃ,障害を持ってる人はできるか。目の不自由な人の障害が,僕らわかんないですよ,僕は。だって,目見えてるから。」
「だけど,障害者だって,理解できない人いるんです。本当にあなたの病気ね……私の病気わかるかって言ってもわかんないでしょう。わかりませんよね,本当に。隣の障害者の人が私の病気わかるかと言ってもわかんないですよ。わかろうとする努力はありますよね。それはその,障害者の方が私に近い分ね,努力,わかろうとする努力としては,あなたよりはこちらの障害者の方が近いかもしれないね,理解が。」

 つまり,障害者だからといって,最初からピアであるわけではない。障害が違えば,その人のことなどわからないのだ。しかし,違いを認識し,相手をわかろうと努力する。すなわち相手を受容しようとする。そのとき両者はピアな関係に近づくことができるだろうし,少なくとも,抑圧する,されるという関係は解消されると思う。
 ピアな関係とは障害者同士であれ前提とはならず,自ら作り出していかねばならないものなのだ。そのような関係を築く手段はたくさんあると思うが,その一つがピア・カウンセリングなのだろう。ピア・カウンセリングでは人の話を批判しない。とにかく聞く。その結果,参加者はお互いを受容する。そのような方法を持つピア・カウンセリングは,本来ピアでなかった参加者をもピアな関係にしていくと思われる。もしそうなら,健常者がピア・カウンセリングに参加すれば,ピア・カウンセリングは健常者と障害者の間でも同じようにピアな関係を作り出すことができるだろう。ピア・カウンセリングはそのように使われて,初めてその機能を有効に働かせることができるのではないだろうか。



2) 日本障害者リハビリテーション協会重度障害者支援システム研究会[1993:31]
3) 日本障害者リハビリテーション協会重度障害者支援システム研究会[1993:30,31]


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REV: 20151222
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